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保険証の件は原則の他に経済力も必要。幼児期に虐待された人はどうやって乗り切ればいいのだろう、自我が目覚めるのは思春期だし、思春期でも親の庇護はまだ必要。大人になってから解決するのか?また、コーヒーか紅茶か聞かれるのが面倒くさいというのは、日本なら言わなくても察して分かってくれる場面が多いので、長期間外国にいると最初は「if you want」が心地よくても、だんだん疲れてくるので、そういうことなのかなぁと思います。だからと言って、勝手に決められるのも嫌なのだけど。
私は会社で外国人に仕事を教えています。彼らの中には、細かいことを言うと嫌な顔をする人がいます。腹が立つと同時に羨ましいんですよね。だって彼らには悪意がない。再三の注意で最近は随分物分かりが良くなったんですが、罪悪感があるんです。その正体はこの動画を見て分かりましたね。ルールに沿って行動を変えてもらう必要はあるけど、人を変えたいわけじゃないんだと。難しいですね。
c.c.ghost さんはイイ人ですね🧡
私は乖離性人格障害を寛解させた者です。これを寛解させたのは、私の中にある真理を見つけだしたことにありました。見つけられたのは閉鎖病棟の中でただただ踊り続け、体を使って踊っていると、波一つたたぬ静かな水面のような無の場所を見つけたからでした。これはそのときからとても大事にしてます。
仏教で「空」とか「無我」って言いますけど、普通「我を無くす」って捉えられているんですよね。だから修行して一生懸命「我」を無くそうとする。けど、死ぬまで「我」は無くならない。本当は、大瀧さんが「無の場所」と表現している、「自我」の背景にある「無の意識」のことを「空」とか「無我」と言うのであって、そして、それがわたしたちの意識の本体なんだと、何年か前に気が付きました。「存在の背後には、空間と静寂が透徹してる」と。そこに意識を置くと、自我の右往左往が他人事に感じるし、「無の場所」ですから何にも乱されることがなくて平安です。乖離性障害と紙一重ですが、だからこそ大瀧さんは「そこ」の存在に気付かれたのでしょうね。
私も皆様も自分と集団や社会や世間との間に少なからず葛藤があると思うが 変えてはならないことをしっかり把握できれば その他は変えること変えさせられること変えねばならないことに対応してけば良い 養老先生のお話を若い時に聴ければその分きっと良い人生が長くなりそうですね‼︎
自分を変えるって本当に難しいし、勇気のいること。自我の強さが必要だと思う。特に幼い頃に何かしら辛い経験をした人は、先生のおっしゃるように、何か別の自分を作り出して自分を守ろうとする。それによって生まれた大きな思い込みが大人になって重荷になってしまう。その思い込みを信じていた方が気は楽なのだが、自己に根ざした自分で無いのでとても脆く、どこかやりづらさを感じたり、何かをきっかけに崩れてしまう。
どうであれ、生きれるなら、生き抜かなければと思います。
医者でもあり、哲学者でもあり、養老猛司でもある。
真理は、真理の中に。👀‼️
死体には飽きなかったであろうこの方に そろそろ飽きてききた。が 真理に生きる生き方が最善であるとは 正鵠を射ていると思う。虚偽に浸かり切って それを真実とする世界に 人は安住している。しかし。この先に希望の光を見いだすには 何よりも真理を唯一の友としなければならない。
養老先生がもっとも嫌だと思う社会に日本はなりましたね。この1年で。
先生も❗まる大大教授❗の猫吸い❗マヨネーズの‼香り❗しましたか🍀🎵、、、、、、。
東大京大はルールを守らない
我慢は許すけど、自由は、人をころすからな、
保険証の件は原則の他に経済力も必要。
幼児期に虐待された人はどうやって乗り切ればいいのだろう、自我が目覚めるのは思春期だし、思春期でも親の庇護はまだ必要。大人になってから解決するのか?
また、コーヒーか紅茶か聞かれるのが面倒くさいというのは、日本なら言わなくても察して分かってくれる場面が多いので、長期間外国にいると最初は
「if you want」が心地よくても、だんだん疲れてくるので、そういうことなのかなぁと思います。だからと言って、勝手に決められるのも嫌なのだけど。
私は会社で外国人に仕事を教えています。
彼らの中には、細かいことを言うと嫌な顔をする人がいます。
腹が立つと同時に羨ましいんですよね。だって彼らには悪意がない。
再三の注意で最近は随分物分かりが良くなったんですが、罪悪感があるんです。
その正体はこの動画を見て分かりましたね。
ルールに沿って行動を変えてもらう必要はあるけど、人を変えたいわけじゃないんだと。
難しいですね。
c.c.ghost さんはイイ人ですね🧡
私は乖離性人格障害を寛解させた者です。
これを寛解させたのは、私の中にある真理を見つけだしたことにありました。見つけられたのは閉鎖病棟の中でただただ踊り続け、体を使って踊っていると、波一つたたぬ静かな水面のような無の場所を見つけたからでした。
これはそのときからとても大事にしてます。
仏教で「空」とか「無我」って言いますけど、普通「我を無くす」って捉えられているんですよね。だから修行して一生懸命「我」を無くそうとする。けど、死ぬまで「我」は無くならない。
本当は、大瀧さんが「無の場所」と表現している、「自我」の背景にある「無の意識」のことを「空」とか「無我」と言うのであって、そして、それがわたしたちの意識の本体なんだと、何年か前に気が付きました。「存在の背後には、空間と静寂が透徹してる」と。
そこに意識を置くと、自我の右往左往が他人事に感じるし、「無の場所」ですから何にも乱されることがなくて平安です。乖離性障害と紙一重ですが、だからこそ大瀧さんは「そこ」の存在に気付かれたのでしょうね。
私も皆様も自分と集団や社会や世間との間に少なからず葛藤があると思うが 変えてはならないことをしっかり把握できれば その他は変えること変えさせられること変えねばならないことに対応してけば良い 養老先生のお話を若い時に聴ければその分きっと良い人生が長くなりそうですね‼︎
自分を変えるって本当に難しいし、勇気のいること。自我の強さが必要だと思う。特に幼い頃に何かしら辛い経験をした人は、先生のおっしゃるように、何か別の自分を作り出して自分を守ろうとする。それによって生まれた大きな思い込みが大人になって重荷になってしまう。その思い込みを信じていた方が気は楽なのだが、自己に根ざした自分で無いのでとても脆く、どこかやりづらさを感じたり、何かをきっかけに崩れてしまう。
どうであれ、生きれるなら、生き抜かなければと思います。
医者でもあり、哲学者でもあり、養老猛司でもある。
真理は、真理の中に。👀‼️
死体には飽きなかったであろうこの方に そろそろ飽きてききた。
が 真理に生きる生き方が最善であるとは 正鵠を射ていると思う。
虚偽に浸かり切って それを真実とする世界に 人は安住している。しかし。
この先に希望の光を見いだすには 何よりも真理を唯一の友としなければならない。
養老先生がもっとも嫌だと思う社会に日本はなりましたね。この1年で。
先生も❗まる大大教授❗の猫吸い❗マヨネーズの‼香り❗しましたか🍀🎵、、、、、、。
東大京大はルールを守らない
我慢は許すけど、自由は、人をころすからな、