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ちょうどNHKの大河ドラマ化された鎌倉殿の13人が放送されています。予習及び復習もでき分かりやすい解説ですね、有り難うございました。
源氏から北条政権への移行過程を解り易くかつ簡潔に説明されていました。長時間ありがとうございました。
ダイジェストからはじまるのが親切ですね。説明も丁寧なのにしつこくなくて 簡潔でわかりやすいです。とてもいい動画だと思います。ありがとうございます。
こんなに歴史が面白いと思ったのは!やすひろさんのユーチューブを見てからです。とてもわかり易くて楽しく見ています。大河の鎌倉もお陰様で、とても良くわかります。これからも、歴史解説楽しみにしています。
いくつか動画を拝見しました。淡々として分かり易い解説のお陰で、苦手だった鎌倉時代に興味が持てるようになりました。特に、頼朝が義経を殺さねばならなかった理由に納得がいきました。それで頼朝が時代の大物であったことが理解できました。ありがとうございます。どうかほかの時代も解説を進めてくださいませ。
分かり易い解説を有難うございます。これでテレビ鑑賞もバッチリです。楽しみな一年間になること請け合いです。
とてもわかり易くて、毎週面白く大河を見ていましたので興味深く見ることができました。次回を楽しみにしています。
正月に鎌倉殿の何本か解説動画見ましたが’、hiさん同様 解説が解り易くつわもの義時像やっと理解できました。時代の流れ一族の立ち位置 心理状態 教え上手で目から鱗でした。
こまかい間違いが有るかも知れませんと謙虚さが好感持てます解説も分かりやすいです!
A-wm
感動しました!面白い
今日は途中までしか聞くことができません。ですが素晴らしい話を聞くことが出来ました。
すごく面白い解説ですね。面白すぎて長時間見てしまいました。有り難う御座います。
cあくぇ
まってました!!ありがとうございます!!!
今回もありがとうございます。とても面白かったです。大河ドラマで義時がどう描かれるのかますます楽しみになりました!!
大河ドラマ、名君北条泰時の御成敗式目までしてもらいたかったです❗
すごいおもしろい!!
明けましておめでとうございます。正月気分が一段落した事で、ジックリ拝見させて頂きました。鎌倉幕府の成立まで、わかり易く説明してくれて、1時間余り バッチリ視聴させて頂きました。感謝。感謝です。NHK大河ドラマが始まる事も あり、多くの皆さんが興味を持っている事とを、タイムリーに解説してくれて、本当に 有難うございました。これからも期待して、視聴します。
このチャンネル初めてみましたけどめちゃくちゃ面白いですね😄ここは伸びるな
大河ドラマを見る前にいろいろ動画を見ましたが、一番聞き取りやすく、スライドも話もわかりやすかったです!難しい言葉を使わずに、わかりやすく解説していただきありがとう。
1
😢
これから大河ドラマを見るにあたり、大変参考になりました。
いつも分かりやすい歴史を解説していただきありがとうございます。とても勉強になります。
🐵
鎌倉時代は 平家や徳永 秀吉 などの大物ではないので 見逃されていた様だが 重要な時代なんだ。室町時代も結構面白いね。有難う!
ウソばかりのどっかのラジオ番組と違って、とても分かりやすく、丁寧にまとまっていて、声も聞き取りやすい。大変参考になりました。とても良い動画ですね。今後もがんばってください。
このテーマ待ってました〜!ありがとうございます🙇♀️やすひろさんの話すスピードやまとめ方がとてもわかりやすく更新を楽しみにしています。いつも長尺で上げてくださるので編集が大変かと思いますがこれからも動画を楽しみにしてます!^^
いやあ面白かったし次回を期待したいもんです。
サクサクと、此の深い歴史が、入って来ます‼️有難うございました
1時間以上ある動画ですが、あっという間に感じました。とても勉強になりました。他の動画も拝見しますね‼️
初めて動画を拝見しました(^^)とても分かりやすく解説されており歴史は好きですが、、まだまだ勉強不足で!ますます歴史に興味が湧きました。大河ドラマ拝見いたします。ありがとうございました😊😭
明解な解説を有難う御座いました
【誤字訂正】伊"藤"祐親→伊"東"祐親
分かりやすい解説と歯切れがいいですね😊
いや、御見事。子供の頃から日本史が好きで、大学受験でも日本史を選択し、東大で9割、早稲田で満点を獲得し、その後も探究を続けて歴史には自信がありましたが、この時代の複雑な権力闘争の過程をこれほど分かりやすく、クリアかつ詳細に語っていただいたことに心より感謝します。受験時代の理解が、まだアウトラインで、さらに深い背景と真相に迫ることができました。事実は小説よりも奇なり━ドロドロの権力闘争、世界史のレベルから見ても人間の闇(弱さ)が凝縮されている、人間理解の宝庫となる貴重な時代ですね(笑)。太平記を読み直します。ありがとう!
なかなか味わい深い動画になっていますね。堪能させていただきました。有り難うございます。(歴史好きの老人より
大河を見てから、遡ってここに来ました。見てから聞くと、よりわかりやすく面白い。闇堕ちの義時を描いた大河の感想も、最終回後にぜひ聞いてみたい。
50年前にこれらが見れたら、受験楽勝だったのに!
義時と政子のコンビが強力だったんだろうなと思いました。権力闘争を生き抜くためには必要に迫られて陰謀も辞さないようになって行ったんでしょうね。
解説が明快。登録しました。今後も、いろいろ解説お願いします。
わかりやすい解説ありがとうございます。事件の起こる背景の説明が、簡潔にまとめられていて素晴らしいです。大河ドラマのテーマにそった解説なので、ドラマのストーリと史実を対比させながら楽しみたいと思います。三谷幸喜脚本なので、大きな出来事はおそらく史実に忠実ではあると思いますが、その背景の表現は結構独創的な展開がありそうです。ドラマ途中でも追加の解説などしていただくと面白いのではないでようか?(ここは史実に近い、ここは創作だとか)
わかりやすい解説ありがとうございます。今後も楽しみしてます。個人的に石橋山の戦いの大庭景親を少し入れて頂いて解説が欲しかったです。
いつもありがとうございます🙇小さい頃、大河ドラマ【草燃ゆる】を見ました。源実朝が、若き篠田三郎。クールでした❤️北条義時は、マツケン・サンバの松平健。
チョー今更だけど、明けましておめでとうございます。私も最初北条義時が大河ドラマの主人公になると聞いた時は、父や姉、息子、曾孫、玄孫(この人も主人公になったが・・・・)の方がもっと有名なだけに意外に感じた(愛之助氏が演じた兄貴なんか、小学館の頼朝の伝記では戦死した事も言及されてなくてフェードアウトしてしまったが・・・・・)けど、確かにその時代に遺した業績は大きいものがありましたね。相変わらず分かりやすい解説は、改めて理解を深めるのに参考になりますが、今年も特にべらぼうに関する解説を視聴させていただきたいと思います。
ありがとうございます。
源頼朝は三男とはいえ、母親の出自が良く正室(熱田神宮の大宮司の娘)だったので、嫡子扱いでした。そのため、昇進が早かったのに対して、長男の悪源太義平は無官だったとのことです。
素晴らしい解説です。無駄話が無く、ほんとに 知りたいことに、満足してますと ともに、声と、話しの早さに、聞き逃さまいと、釘付けになります。素晴らしいと、言う以外にありません\(^o^)/
後鳥羽上皇は義時を幕府から排除するのが目的なので幕府を滅ぼすつもりはありませんでした。後鳥羽上皇は実朝に好意を持っており実朝が暗殺されなければ承久の乱はなかったのです。
ある番組で鎌倉時代の歴史専門家は少ないと言われるてるみたいですよ。
項目の横に 年月を入れていただくとありがたいです。例えば「富士川の戦い 治承4年(1180年)」
伊東祐親から逃げてきた頼朝を北条氏が庇護したのは遠い親戚だから、というのが一つの理由だと思ってるのですが150年程前、平忠常の乱を中々鎮圧出来なかった平直方に代わり鎮圧したのが源頼信で、その息子の頼義が平直方の娘と結婚して出来た子供が源義家、その子孫が頼朝平直方は北条氏の開祖ですから、頼朝から見たら北条氏は先祖の奥さんの実家、北条氏から見たら頼朝は先祖の嫁ぎ先の子孫ということになるので北条時政の出自がはっきりしてないみたいなので、時政が平直方の子孫という前提ですけど
初めて動画を拝見したちまち 先生のファンになりました。話しの内容が分かりやすいし、アクセントが飽きさせない! 早く知っていたら良かったと思いました。ありがとうございます。話しに納得性があると思いましたし、わくわくしなから拝聴しました。\(^o^)/
鎌倉時代は、北条特宗家が次々と有力な御家人を倒して、政権を強固なものにしていった時代。しかも暗殺という汚い手を多用した。時政を追放して執権の座についた義時のイメージは良くない。傀儡政権をたてて黒幕政治を始めた最初の人。頼朝の死後の義時を、三谷幸喜がどう描くのか?今回の大河ドラマは面白い。
かっての「草燃える」では将軍家や御家人の権謀術数が凄まじく描写されていました。さすがに時代が違うので今度のは多少ソフトに描かれると思いますが楽しみですね。近年の大河は主人公=正義で描きがちですがリアリティある演出を期待します。
悪党しか出てこない大河は珍しいので期待してますw
動画を観るというより、寝るときに流しながら聴いています。失礼なのかも知れませんが、心地よく眠っていけます。なので、どの動画も最後までたどり着けません。ゴメンナサイ(^_^;)
北条も三浦も畠山も梶原も千葉も上総も皆、平氏です。北条は名字だから、正式な姓名は、平義時です。桓武平氏系の坂東平氏です。関東武士軍団です。都の貴族の平清盛一家の「平家」ではなく、都の圧政に不満でした。源平の戦いと言うより、東西の覇権争いです。
わかり易いようで ちよっと 大河とラマの配役と共に 教えてほしかった 片岡愛之助は どうなるの
ありがとうございます。ただ、ネガチブなのですが、ドラマに関してはあくまでエンターテイメントなので、それなりに、見るなら見ないという気がします。
平常盛でなく平時忠と間違ってしまいましたが,平時忠と山木兼隆こと平兼隆はどの様な関係でしょうか教えて下さい。
平治の乱で負けたのは頼朝ではなく父。頼朝は当時12歳の子供で流罪でした。
公暁も悲しい話だったよね。
伊藤ではなくて伊東ですよね。今に残る伊豆半島の地名でもあります。
義時より政子や御成敗式目の泰時の方が有名だしな。頼朝の本質的後継者として認知度が上がったのは草燃えるがきっかけ。今年は鎌倉や北条の発祥地の伊豆の韮崎市は今年観光客が増えそうだな
韮崎市は山梨県北条氏は静岡県伊豆の国市の韮山ですね
@@piitan69 韮山でしたw
義時は江間という韮山の狩野川を挟んだ隣村で生まれ育ってます。お墓も江間にあります、ちなみに私の出身地。🤣
@@直江土屋 ああ、それで江間(の)小四郎っていうんだな
武蔵坊弁慶(むさしのぼう×→むさしぼう)
伊東祐親ですね。伊藤でなくて。伊東に行くなら、ハットヤ。電話は良い風呂です。この伊東は元は日向からの出向ですね。
北条は、平氏です。家系図もあります。
伊東祐親の娘、八重姫は頼朝の子を産んで、父の祐親に殺されました。伊豆の城ヶ崎(富戸)の海に流された子どもの遺体を地元の漁師が丁重に扱い、その場所に竜宮神社を建てています。眺めの良いステキな場所です。後に頼朝はこの漁師に褒美と姓を与え大変、感謝したそうです。頼朝と八重姫は、伊東市にある音無神社で逢瀬を重ねていたのは有名です🥰
伊藤(:東)祐親の娘と4人の娘の中の3女の八重姫(名前も定かでは無い)と兵衛佐殿(すけどの)が恋仲に成り、千鶴丸という子も儲けられたが、三歳の千鶴丸を雑色(:ぞうしき)に命ぜられて松河(:まつかは)の瀧津瀬(:たつづせ)の藻屑(もくづ:蒲?(漢字が無い?:草冠むりに補)埃)となった。簀巻(すまき)にして沈められたものであるが、その出典の伝説は湘南の大磯の酒匂川瀬の『曾我物語-真名本』なのであるが、>八重姫<と言う名前自体も伝説的であるので出て来無い。伊藤(:東)の4人の娘の中の3女目の娘は(:「曾我物」に)「美女の聞こえあり」とされている。『曾我物語-真名本』に千鶴丸を沈め殺したことが批判させられていて『「縦(たと)ひ異性(いしゃう:異姓)他人の子(伊藤一族で無い者)なりとも、さして執心(しふしん)深き敵(かたき)に非ず、只、世になし源氏、と云ひたるばかりなり。その上眼の前の(肉親たる)娘の子なれば、孫子において諍(あらそ)はじ(まぎれもなく実の孫である)。後悔は先に立たぬ物を。末(すえ)はいかがあるべからむ」と親も疎も(伊藤入道と親しい者も親しくない者も)爪弾(つまはじ)き(非難)をぞしける。この若君(:千鶴丸)の御有様をば近くして見し者は涙をのみ流す色茂(しげ)し(ものも言えず涙を流すことしきりであった)遠くて伝え聞きし者は袖(:そで)を捶(しを)らぬ人ぞなき。』と書かれている。尚当時は真名(人々の個人名)は近しい夫婦みたいな者なののみが知るのみで皆(みんな)は仮呼びでお互いを呼んでいたものと思われる。北条政子も「平の政子」と古文書の記録で出て居(を)るのみで、朝廷側から下賜(かし)された名前だとされている。後で八重姫が江間小次(四)郎と言う北条義時と一緒に成るというのが或る一説の伝説による脚本の架空のお話しなのである。伊藤(東)のその第3番目の女の娘の存在自体はそういう女性は居たが(>八重姫<とは名前の自体がこの大河ドラマで造られた名前なのであろうか?そうであろうが?)その女性の名前>八重姫<の名前自体がはも伝説的な作り物的な名前でありなのである。子供の千鶴丸御前は名前が口伝もの(「曾我物」の)記録にも出て来るのではあるが。大江広元の助言は幕府が何百年も続くものなのでその時点で知恵がある凄かったんだ。矢張りこの世の国は武力なんだ!?日本王も自分はもは認めてはいたんだが?!朝廷も院政とは言え宗教権威では無くして武力はも世俗権威の政治なんだな?尚院政の制度実質的には幕末まで孝明天皇迄?続くそうである。明治天皇以降憲法議会大臣や法律などにより、実質上院政は無い。
伊東の、とう、は、東でしょうね。
伊勢平氏と同じように倒せると思ったのに、いきなり京都に攻めて来てビビっただろうね。
源頼朝がレーニンで北条義時がスターリンのようだ。レーニンの棺を担いだ自分以外の同志5人を全て殺し、スターリンは権力を握った。
ネタもなくなり大河ドラマもマイナーの人間を取り上げて喜んでる時代になったな。そこが中心な時代とは思わないことが肝心かな。
北条家は平氏では?単なる地方豪族というのは違和感が
ちょっと質問があります。源頼朝の挙兵で伊豆の知行国守が源頼政から平常盛に変わったと説明されていますが,山木兼隆という人物が源頼朝佑殿が挙兵する時に最初の闘いで討ち取ろうと鎌倉殿の13人というNHK大河では山木兼隆こと平兼隆であったが,平常盛と平兼隆は同一人物なのでしょうか?教えて下さい。夜も寝られません。目代と言う言葉も教えて頂ければ幸いです。
権力をめぐる暗闘が激しいので、フィクション作品の制作に当たり「実はこうなっていた」「黒幕は○○!」といった部分で驚くような筋立てを描けることから大河ドラマを楽しみにしています。それはそうと、頼家、実朝が亡くなったとき、母である政子の反応はどんなものだったでしょうね?(史料に乏しいのでしょうけれど、ここを解説している動画はお見かけしませんね……。)北条氏による謀殺だとしたら流石に政子は発狂せんばかりに食って掛かったり事前に止めようとしたりすると思うので、黒幕が北条氏だとしたら実行には大変な苦労が伴ったのではないかと想像します。頼朝と政子の激しい恋愛結婚の経緯を考えると、源氏の血筋を絶つという目論見には激しく抵抗したでしょうねぇ……。
Nghê vậy ta
大河ドラマは、NHKが説明する通りフィクションなので見ていません。
北条雅子は野望を抱いていなかlつぃたのか。
名前が似ていて全く整理できないアタマクラクラカマクラクラ覚えても意味ない・・・・
髪型いけてる
私は若干、違う見方をしています。北条執権政治、ひいては武家政権を確立したのは2代義時ではなく、3代泰時だと考えています。力で抑えるのはTOPのの能力で大きく左右されます。それを避けるには「法」で抑える一番です。無論、貴族の時代にも「律令」という法がありましたが、時代を経て形骸化している部分も大きく、何より、政治の主体が朝廷から幕府に変わったのですから、ふさわしい法に作り替える必要がありました。個人的には「御成敗式目」があったから武家政治が続いたと思います。徳川家康も「御成敗式目」は高く評価し、「武家諸法度」等を作っています。それらが完成した家光の時代に江戸幕府は最高潮となります。奇しくも3代目です。そういえば、奥州藤原氏も3代秀衡がピークでしたね。3は魔の数字ですね
して
今回の歴史もの大河を非常に楽しみにしてていざ、見始めて非常にがっかりした。内容の事でなく言葉遣いが全く現代口調で演じている。現代人に解るようにしたのか知らないがNHKも質が落ちたな。当たり前の言葉で演じれば全てのリスナーにも勉強にもなるはずだ。もっと真剣に考えて取り組んで欲しいです。
小栗旬が15才の役、う~んww
さ
ささ
野む爺
ちょうどNHKの大河ドラマ化された鎌倉殿の13人が放送されています。予習及び復習もでき分かりやすい解説ですね、有り難うございました。
源氏から北条政権への移行過程を解り易くかつ簡潔に説明されていました。長時間ありがとうございました。
ダイジェストからはじまるのが親切ですね。説明も丁寧なのにしつこくなくて 簡潔でわかりやすいです。とてもいい動画だと思います。ありがとうございます。
こんなに歴史が面白いと思ったのは!やすひろさんのユーチューブを見てからです。とてもわかり易くて楽しく見ています。大河の鎌倉もお陰様で、とても良くわかります。これからも、歴史解説楽しみにしています。
いくつか動画を拝見しました。淡々として分かり易い解説のお陰で、苦手だった鎌倉時代に興味が持てるようになりました。特に、頼朝が義経を殺さねばならなかった理由に納得がいきました。それで頼朝が時代の大物であったことが理解できました。ありがとうございます。
どうかほかの時代も解説を進めてくださいませ。
分かり易い解説を有難うございます。これでテレビ鑑賞もバッチリです。楽しみな一年間になること請け合いです。
とてもわかり易くて、毎週面白く大河を見ていましたので興味深く見ることができました。次回を楽しみにしています。
正月に鎌倉殿の何本か解説動画見ましたが’、hiさん同様 解説が解り易くつわもの義時像やっと理解できました。時代の流れ一族の立ち位置 心理状態 教え上手で目から鱗でした。
こまかい間違いが有るかも知れませんと謙虚さが好感持てます解説も分かりやすいです!
A-wm
感動しました!面白い
今日は途中までしか聞くことができません。ですが素晴らしい話を聞くことが出来ました。
すごく面白い解説ですね。面白すぎて長時間見てしまいました。有り難う御座います。
cあくぇ
まってました!!ありがとうございます!!!
今回もありがとうございます。とても面白かったです。大河ドラマで義時がどう描かれるのかますます楽しみになりました!!
大河ドラマ、名君北条泰時の御成敗式目までしてもらいたかったです❗
すごいおもしろい!!
明けましておめでとうございます。正月気分が一段落した事で、ジックリ拝見させて頂きました。鎌倉幕府の成立まで、わかり易く説明してくれて、1時間余り バッチリ視聴させて頂きました。感謝。感謝です。NHK大河ドラマが始まる事も あり、多くの皆さんが興味を持っている事とを、タイムリーに解説してくれて、本当に 有難うございました。これからも期待して、視聴します。
このチャンネル初めてみましたけどめちゃくちゃ面白いですね😄
ここは伸びるな
大河ドラマを見る前にいろいろ動画を見ましたが、一番聞き取りやすく、スライドも話もわかりやすかったです!
難しい言葉を使わずに、わかりやすく解説していただきありがとう。
1
😢
これから大河ドラマを見るにあたり、大変参考になりました。
いつも分かりやすい歴史を解説していただきありがとうございます。とても勉強になります。
🐵
鎌倉時代は 平家や徳永 秀吉 などの大物ではないので 見逃されていた様だが 重要な時代なんだ。
室町時代も結構面白いね。有難う!
ウソばかりのどっかのラジオ番組と違って、とても分かりやすく、丁寧にまとまっていて、声も聞き取りやすい。大変参考になりました。とても良い動画ですね。今後もがんばってください。
このテーマ待ってました〜!ありがとうございます🙇♀️やすひろさんの話すスピードやまとめ方がとてもわかりやすく更新を楽しみにしています。
いつも長尺で上げてくださるので編集が大変かと思いますがこれからも動画を楽しみにしてます!^^
いやあ面白かったし次回を期待したいもんです。
サクサクと、此の深い歴史が、入って来ます‼️有難うございました
1時間以上ある動画ですが、あっという間に感じました。
とても勉強になりました。
他の動画も拝見しますね‼️
初めて動画を拝見しました(^^)
とても分かりやすく解説されており歴史は好きですが、、
まだまだ勉強不足で!
ますます歴史に興味が湧きました。
大河ドラマ拝見いたします。
ありがとうございました😊😭
明解な解説を有難う御座いました
【誤字訂正】
伊"藤"祐親→伊"東"祐親
分かりやすい解説と歯切れがいいですね😊
いや、御見事。子供の頃から日本史が好きで、大学受験でも日本史を選択し、東大で9割、早稲田で満点を獲得し、その後も探究を続けて歴史には自信がありましたが、この時代の複雑な権力闘争の過程をこれほど分かりやすく、クリアかつ詳細に語っていただいたことに心より感謝します。受験時代の理解が、まだアウトラインで、さらに深い背景と真相に迫ることができました。事実は小説よりも奇なり━ドロドロの権力闘争、世界史のレベルから見ても人間の闇(弱さ)が凝縮されている、人間理解の宝庫となる貴重な時代ですね(笑)。太平記を読み直します。ありがとう!
なかなか味わい深い動画になっていますね。堪能させていただきました。有り難うございます。(歴史好きの老人より
大河を見てから、遡ってここに来ました。
見てから聞くと、よりわかりやすく面白い。闇堕ちの義時を描いた大河の感想も、最終回後にぜひ聞いてみたい。
50年前にこれらが見れたら、受験楽勝だったのに!
義時と政子のコンビが強力だったんだろうなと思いました。権力闘争を生き抜くためには必要に迫られて陰謀も辞さないようになって行ったんでしょうね。
解説が明快。登録しました。今後も、いろいろ解説お願いします。
わかりやすい解説ありがとうございます。事件の起こる背景の説明が、簡潔にまとめられていて素晴らしいです。
大河ドラマのテーマにそった解説なので、ドラマのストーリと史実を対比させながら楽しみたいと思います。三谷幸喜脚本なので、大きな出来事はおそらく史実に忠実ではあると思いますが、その背景の表現は結構独創的な展開がありそうです。ドラマ途中でも追加の解説などしていただくと面白いのではないでようか?(ここは史実に近い、ここは創作だとか)
わかりやすい解説ありがとうございます。今後も楽しみしてます。個人的に石橋山の戦いの大庭景親を少し入れて頂いて解説が欲しかったです。
いつもありがとうございます🙇
小さい頃、大河ドラマ【草燃ゆる】を見ました。
源実朝が、若き篠田三郎。
クールでした❤️
北条義時は、マツケン・サンバの松平健。
チョー今更だけど、明けましておめでとうございます。私も最初北条義時が大河ドラマの主人公になると聞いた時は、父や姉、息子、曾孫、玄孫(この人も主人公になったが・・・・)の方がもっと有名なだけに意外に感じた(愛之助氏が演じた兄貴なんか、小学館の頼朝の伝記では戦死した事も言及されてなくてフェードアウトしてしまったが・・・・・)けど、確かにその時代に遺した業績は大きいものがありましたね。相変わらず分かりやすい解説は、改めて理解を深めるのに参考になりますが、今年も特にべらぼうに関する解説を視聴させていただきたいと思います。
ありがとうございます。
源頼朝は三男とはいえ、母親の出自が良く正室(熱田神宮の大宮司の娘)だったので、嫡子扱いでした。そのため、昇進が早かったのに対して、長男の悪源太義平は無官だったとのことです。
素晴らしい解説です。
無駄話が無く、ほんとに 知りたいことに、満足してますと ともに、声と、話しの早さに、聞き逃さまいと、釘付けになります。
素晴らしいと、言う以外にありません\(^o^)/
後鳥羽上皇は義時を幕府から排除するのが目的なので幕府を滅ぼすつもりはありませんでした。後鳥羽上皇は実朝に好意を持っており実朝が暗殺されなければ承久の乱はなかったのです。
ある番組で鎌倉時代の歴史専門家は少ないと言われるてるみたいですよ。
項目の横に 年月を入れていただくとありがたいです。例えば「富士川の戦い 治承4年(1180年)」
伊東祐親から逃げてきた頼朝を北条氏が庇護したのは遠い親戚だから、というのが一つの理由だと思ってるのですが
150年程前、平忠常の乱を中々鎮圧出来なかった平直方に代わり鎮圧したのが源頼信で、その息子の頼義が平直方の娘と結婚して出来た子供が源義家、その子孫が頼朝
平直方は北条氏の開祖ですから、頼朝から見たら北条氏は先祖の奥さんの実家、北条氏から見たら頼朝は先祖の嫁ぎ先の子孫ということになるので
北条時政の出自がはっきりしてないみたいなので、時政が平直方の子孫という前提ですけど
初めて動画を拝見し
たちまち 先生のファンになりました。
話しの内容が分かりやすいし、アクセントが飽きさせない! 早く知っていたら良かったと思いました。ありがとうございます。話しに納得性があると思いましたし、わくわくしなから拝聴しました。\(^o^)/
鎌倉時代は、北条特宗家が次々と有力な御家人を倒して、政権を強固なものにしていった時代。しかも暗殺という汚い手を多用した。時政を追放して執権の座についた義時のイメージは良くない。傀儡政権をたてて黒幕政治を始めた最初の人。頼朝の死後の義時を、三谷幸喜がどう描くのか?今回の大河ドラマは面白い。
かっての「草燃える」では将軍家や御家人の権謀術数が凄まじく描写されていました。
さすがに時代が違うので今度のは多少ソフトに描かれると思いますが楽しみですね。
近年の大河は主人公=正義で描きがちですがリアリティある演出を期待します。
悪党しか出てこない大河は珍しいので期待してますw
動画を観るというより、寝るときに流しながら聴いています。失礼なのかも知れませんが、心地よく眠っていけます。なので、どの動画も最後までたどり着けません。ゴメンナサイ(^_^;)
北条も三浦も畠山も梶原も千葉も上総も皆、平氏です。北条は名字だから、正式な姓名は、平義時です。桓武平氏系の坂東平氏です。関東武士軍団です。都の貴族の平清盛一家の「平家」ではなく、都の圧政に不満でした。源平の戦いと言うより、東西の覇権争いです。
わかり易いようで ちよっと 大河とラマの配役と共に 教えてほしかった 片岡愛之助は どうなるの
ありがとうございます。ただ、ネガチブなのですが、ドラマに関してはあくまでエンターテイメントなので、それなりに、見るなら見ないという気がします。
平常盛でなく平時忠と間違ってしまいましたが,平時忠と山木兼隆こと平兼隆はどの様な関係でしょうか教えて下さい。
平治の乱で負けたのは頼朝ではなく父。頼朝は当時12歳の子供で流罪でした。
公暁も悲しい話だったよね。
伊藤ではなくて伊東ですよね。今に残る伊豆半島の地名でもあります。
義時より政子や御成敗式目の泰時の方が有名だしな。頼朝の本質的後継者として認知度が上がったのは草燃えるがきっかけ。
今年は鎌倉や北条の発祥地の伊豆の韮崎市は今年観光客が増えそうだな
韮崎市は山梨県
北条氏は静岡県伊豆の国市の韮山ですね
@@piitan69 韮山でしたw
義時は江間という韮山の狩野川を挟んだ隣村で生まれ育ってます。お墓も江間にあります、ちなみに私の出身地。🤣
@@直江土屋 ああ、それで江間(の)小四郎っていうんだな
武蔵坊弁慶(むさしのぼう×→むさしぼう)
伊東祐親ですね。伊藤でなくて。伊東に行くなら、ハットヤ。電話は良い風呂です。
この伊東は元は日向からの出向ですね。
北条は、平氏です。家系図もあります。
伊東祐親の娘、八重姫は頼朝の子を産んで、父の祐親に殺されました。伊豆の城ヶ崎(富戸)の海に流された子どもの遺体を地元の漁師が丁重に扱い、その場所に竜宮神社を建てています。眺めの良いステキな場所です。後に頼朝はこの漁師に褒美と姓を与え大変、感謝したそうです。
頼朝と八重姫は、伊東市にある音無神社で逢瀬を重ねていたのは有名です🥰
伊藤(:東)祐親の娘と4人の娘の中の3女の八重姫(名前も定かでは無い)と兵衛佐殿(すけどの)が恋仲に成り、千鶴丸という子も儲けられたが、三歳の千鶴丸を雑色(:ぞうしき)に命ぜられて松河(:まつかは)の瀧津瀬(:たつづせ)の藻屑(もくづ:蒲?(漢字が無い?:草冠むりに補)埃)となった。簀巻(すまき)にして沈められたものであるが、その出典の伝説は湘南の大磯の酒匂川瀬の『曾我物語-真名本』なのであるが、>八重姫<と言う名前自体も伝説的であるので出て来無い。伊藤(:東)の4人の娘の中の3女目の娘は(:「曾我物」に)「美女の聞こえあり」とされている。『曾我物語-真名本』に千鶴丸を沈め殺したことが批判させられていて『「縦(たと)ひ異性(いしゃう:異姓)他人の子(伊藤一族で無い者)なりとも、さして執心(しふしん)深き敵(かたき)に非ず、只、世になし源氏、と云ひたるばかりなり。その上眼の前の(肉親たる)娘の子なれば、孫子において諍(あらそ)はじ(まぎれもなく実の孫である)。後悔は先に立たぬ物を。末(すえ)はいかがあるべからむ」と親も疎も(伊藤入道と親しい者も親しくない者も)爪弾(つまはじ)き(非難)をぞしける。この若君(:千鶴丸)の御有様をば近くして見し者は涙をのみ流す色茂(しげ)し(ものも言えず涙を流すことしきりであった)遠くて伝え聞きし者は袖(:そで)を捶(しを)らぬ人ぞなき。』と書かれている。尚当時は真名(人々の個人名)は近しい夫婦みたいな者なののみが知るのみで皆(みんな)は仮呼びでお互いを呼んでいたものと思われる。北条政子も「平の政子」と古文書の記録で出て居(を)るのみで、朝廷側から下賜(かし)された名前だとされている。後で八重姫が江間小次(四)郎と言う北条義時と一緒に成るというのが或る一説の伝説による脚本の架空のお話しなのである。伊藤(東)のその第3番目の女の娘の存在自体はそういう女性は居たが(>八重姫<とは名前の自体がこの大河ドラマで造られた名前なのであろうか?そうであろうが?)その女性の名前>八重姫<の名前自体がはも伝説的な作り物的な名前でありなのである。子供の千鶴丸御前は名前が口伝もの(「曾我物」の)記録にも出て来るのではあるが。大江広元の助言は幕府が何百年も続くものなのでその時点で知恵がある凄かったんだ。矢張りこの世の国は武力なんだ!?日本王も自分はもは認めてはいたんだが?!朝廷も院政とは言え宗教権威では無くして武力はも世俗権威の政治なんだな?尚院政の制度実質的には幕末まで孝明天皇迄?続くそうである。明治天皇以降憲法議会大臣や法律などにより、実質上院政は無い。
伊東の、とう、は、東でしょうね。
伊勢平氏と同じように倒せると思ったのに、いきなり京都に攻めて来てビビっただろうね。
源頼朝がレーニンで北条義時がスターリンのようだ。レーニンの棺を担いだ自分以外の同志5人を全て殺し、スターリンは権力を握った。
ネタもなくなり大河ドラマもマイナーの人間を取り上げて喜んでる時代になったな。そこが中心な時代とは思わないことが肝心かな。
北条家は平氏では?単なる地方豪族というのは違和感が
ちょっと質問があります。源頼朝の挙兵で伊豆の知行国守が源頼政から平常盛に変わったと説明されていますが,山木兼隆という人物が源頼朝佑殿が挙兵する時に最初の闘いで討ち取ろうと鎌倉殿の13人というNHK大河では山木兼隆こと平兼隆であったが,平常盛と平兼隆は同一人物なのでしょうか?教えて下さい。夜も寝られません。目代と言う言葉も教えて頂ければ幸いです。
権力をめぐる暗闘が激しいので、フィクション作品の制作に当たり「実はこうなっていた」「黒幕は○○!」といった部分で驚くような筋立てを描けることから大河ドラマを楽しみにしています。
それはそうと、頼家、実朝が亡くなったとき、母である政子の反応はどんなものだったでしょうね?(史料に乏しいのでしょうけれど、ここを解説している動画はお見かけしませんね……。)
北条氏による謀殺だとしたら流石に政子は発狂せんばかりに食って掛かったり事前に止めようとしたりすると思うので、黒幕が北条氏だとしたら実行には大変な苦労が伴ったのではないかと想像します。
頼朝と政子の激しい恋愛結婚の経緯を考えると、源氏の血筋を絶つという目論見には激しく抵抗したでしょうねぇ……。
Nghê vậy ta
大河ドラマは、NHKが説明する通りフィクションなので見ていません。
北条雅子は野望を抱いていなかlつぃたのか。
名前が似ていて全く整理できない
アタマクラクラカマクラクラ覚えても意味ない・・・・
髪型いけてる
私は若干、違う見方をしています。北条執権政治、ひいては武家政権を確立したのは2代義時ではなく、3代泰時だと考えています。力で抑えるのはTOPのの能力で大きく左右されます。それを避けるには「法」で抑える一番です。無論、貴族の時代にも「律令」という法がありましたが、時代を経て形骸化している部分も大きく、何より、政治の主体が朝廷から幕府に変わったのですから、ふさわしい法に作り替える必要がありました。個人的には「御成敗式目」があったから武家政治が続いたと思います。徳川家康も「御成敗式目」は高く評価し、「武家諸法度」等を作っています。それらが完成した家光の時代に江戸幕府は最高潮となります。奇しくも3代目です。
そういえば、奥州藤原氏も3代秀衡がピークでしたね。3は魔の数字ですね
して
今回の歴史もの大河を非常に楽しみにしてていざ、見始めて非常にがっかりした。内容の事でなく言葉遣いが全く現代口調で演じている。現代人に解るようにしたのか知らないが
NHKも質が落ちたな。当たり前の言葉で演じれば全てのリスナーにも勉強にもなるはずだ。もっと真剣に考えて取り組んで欲しいです。
小栗旬が15才の役、う~んww
さ
ささ
野む爺