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4:05 縁石に引っかけて片輪浮かすのめっちゃかっこいい!
その後乱れないですっ飛んでくのもめっちゃしびれる
ブリジストンだと着地が穏やかだけど他のメーカーのタイヤだと、ハネてしまい大変だったみたいです。
@@ブライアンポッキー さん ヨコハマからブリヂストンに移った土屋さんが初めてブリヂストンのテストをしたとき、ブレーキング時の安定感の高さに驚いた話ホント好き。
4:18土屋さんの走りが熱すぎるw容赦ないね
2:01 接触しないスタンスを保ちながらも、決して譲ろうとしない、これぞプロフェッショナルドライバーの闘いなのだ5:50 接触するドリキン
5:50 なんか韓国みたいだよな
草
いっちゃダメw
JSSなんかもそうだけど、やっぱりこの頃のダウンフォースに頼らないツーリングカーレースが個人的には一番刺さる。余りにも見ていて面白い。またこういうレースが流行らないかな。
やっぱりグループA最高だわ。GT-Rサイド出しチタン直管の音は車内も外もイイ音してる!
何処かのチューナーが普通にチューニングしてもこのようなエンジン音にならないと言っていた。それだけグループAのマシンは、見えない所に大金が掛かっているんだろうなぁ
この時代のGTRはフォードシェラに対抗する為に最高出力は当初650馬力位だったが、ライバル不在となりトラブル軽減の為に全車550馬力程度に押さえてニスモより供給された。そこに現れたのがHKSのGTR。シャシーはニスモ製だがエンジンはHKSが独自にチューニングした。最高出力は600馬力以上と言われ、そのパワーで速さは見せるもののエンジントラブルでリタイアというパターンが多かった。しかし、遂にこのレースで優勝した。エンジンプライベーターがワークスに勝った画期的な1勝だった。
うむ この頃は打倒WorksグループAやTSなどはプライベータの腕の見せ所でした勿論Formulaもありますが FordはAsadaさんや32の森さんのところも速かったね
この時代の車はレースで勝つために開発されていた。そのフィードバックを受けた市販車がまた楽しい車だった。
この時HKSに乗っていた萩原氏はADVANホイールのデザイナーになってますね。そして、これがグループAGT-Rの29勝で日産工機ユーザー以外が勝利した唯一のレースでした。
HKSって凄いよなあ。資金力もあるんだろうけど、チューニングメーカーがワークスに挑んでいるから。
しかもグループaだけじゃなくて、f3とか鈴鹿の8耐とかにもオリジナルチューンのエンジンで出てたからね
@@RUclipsr-ii9tq F1もやろうとしてた変態だから多少はね
@@Kae_Love_R 元々創業者がヤマハの技術者だからね
いくら車体は日産から買ったとはいえ勝負になるまでにもってくんだから凄いよね
@@Kae_Love_RF1出て欲しいですね。一瞬でもトップを走ってくれるところを見てみたいです。
1990年。西日本サーキット(美祢サーキット)観に行った。帰りに田宮のプラモがまだ出て無くて泣いたな。70スープラ が好きだったけど、一気に32Rファン。この年は確か32R全戦優勝の完全制覇。カルソニックは初戦のみBBSのメッシュだったな。
R32のグループAマシンの凄いところの一つに『スピンしてグラベルに出た』としても、センターコンソールにある4WDシステムの『stuck』ってスイッチを入れると、一時的にセンターデフロック状態となり自力で(全てのタイヤが埋まると厳しいですが)脱出が出来るようになるってのが凄いところですよね!
トランスファーのクラッチ直結状態ですね何かあっても復帰さえ出来れば可能性はありますしね!考えてみればその点でも4駆ってレースで有意義ですねw
あらいER34 さんそうですよね!車両開発を担当したニスモの日置さんも『レースを盛り上げる意味でも有意義だ』ってお話しがありましたから、私も同感ですね!出来れば、現代のGT3マシンのR35もハンデを多少受けてもいいから、二駆じゃなく市販車の延長線上としてやはりアテーサE-TSを使って欲しいですね!というかGT3マシンはトラコンとかあるし、正直言ってハンデ無しでもいいと感じるのは俺だけか・・・
クールデビル そうなんですね!そういうのいいですよねこの頃のグループAみたく市販車と競技車が近いカテゴリーってやっぱり面白いと思います僕が物心ついたときにはラリーカーもツーリングカーも市販車とはかけ離れてたので、グループAを生で感じてた世代が本当に羨ましいですw
今考えると国さんに長谷見さんがバドルするの見られたのは貴重だよなぁ
この時点で国さん53歳・・・・すげぇなぁ😄
グループA面白かったなぁ。また観に行きたいよ泣
4:05ここ思わず声出たわ
國さんの、走りが、今また、見れるのが、最高🎉良い意味で、時代が良くなったなぁ…残ってるもんなぁ…國さんの走りが...😂
日鉱共石のカラーリングめちゃくちゃ好き
当時、これを観に夜中に走りSUGOに観に行った。
グループAといえば"モーターランド2"ガキながらも眠い目をこすって観ていたのを思い出す
当時、雨天時の面積確保からなのかSTPタイサン号が外車らしき車両のワイパーでシングル化してたのをカッコいいと思った反面、不思議に思ってた事を思い出した。
グループAはレースもラリーも熱かったなぁ❗️宮城はSUGOと西仙台ハイランドでの2戦あったから良い時代だね〜👍🏻
HKSのマシンはニスモ/日産工機ユーザーと違い、独自のエンジンチューニング&オーストラリアのギブソンモータースポーツがATCCやバサースト耐久レース等で使っているホリンジャー製6速ミッションを使ってました。この年の前半は日産工機ユーザーよりもHKSの方がパワーが出ていると言われてましたよね。
HKSのデザインめっちゃ好き。タミヤのプラモ再販して欲しい
この当時の観客席見ると髪型やファッションセンス等、みんな兄弟に見えてくる
voptがグループA特集ってなんか違和感あるw グループA GTRのカラーリングカッコいい!
コレは熱いですね
モーターランドの映像だ!三栄書房グループだからこそ可能なのか。アキラさんがまだ日産ワークスの時代ですね。
WRCのランエボエンジンはHKSチューンでしたし。
グループA好きだったなぁ
TAISAN GT-Rのカラーリングがカッコ良すぎる
3:05 , este carro me dava muito trabalho no gran turismo 2
角目ほしい
English subtitles please!
このVHSビデオテープ持ってます。オートスポーツビデオですね😅
you found the only english comment lol i watched the whole thing not knowing a single thing being said but the gtr is best production car ever
不敗神話のRだぁーーーーー
この動画のナレーターがベスモやホットバージョンの人だから一瞬、ビデオさんが間違えてupしたのかと思った笑
わかりみ
Calsonic r32 or HKS r32? Very hard decision.
土屋さんかなり熱い走りですな笑
好きな選手とか居なかったけど、CALSONIC SKYLINEのカラーが好きだったな
窓開けてもOKな時代
ワークスカーに勝っちゃうんだもんな、ロマンだね。
スローダウンしてオイル撒きながらブロックされるなんて堪ったもんじゃないな
この後の93年最終戦インターTECの星野さんは更に…
グループaはhksが一番カッコいい
@4:15 ドリドリ、気分はラリーカーwwwインカットが半端ない!今時分の優等生な走りのSuperGTに比べて、外連味たっぷりなこの頃のJTCのほうが走り屋って感じがして 観ていて楽しいですね〜。( ´ ▽ ` )
HKSかっこいい
HKSのこの勝利は、チューニングパーツの売れ行きにも影響した。TかHKSか悩んだ時はHKSを選んだな。そういう人は多かったろう。この勝利がなければTと同じような運命を辿ったかも。何せNISMOワークスに土をつけたんだから。
4:17 Rubbing is racing :)
「残り2周で、カルソニックのデフが壊れて青白い煙が・・・」って言うんだけど、HKSがスピンしたくらいの段階でもまあまあ白煙吹いてるのよね。
グループAGTRの本当の速さはスパとマカオでしか見せられなかった
マカオって一回bopキツすぎて2クラスのm3に優勝持って行かれなかったっけ?
91年のマカオですね。前年に優勝して『速過ぎる』と言われたので、ウェイト140キロのハンデを搭載されてしまいDTM仕様のBMW M3に決勝で負けてしまいました。スタートではスタンディングスタートでアテーサダッシュを決めたのですが、決勝はそこまででした・・・
@@telkor-tzm50r さすヨーロッパ人・・・・ルールは自分らのためにあるを露骨にいきやがったのですね。140キロって草
@@poison03218241 92年のスパ24時間レースでも前年に優勝したってことで同じような憂き目(ハンデウェイト90キロ)に合ってます。この時もマカオ同様、BMWワークスのシュニッツァーが参戦・しかもDTM仕様のM3を数台送り込みます。予選ではM3勢が上位を独占・R32のスタートダッシュを妨害するようにスタートするも、コース脇のダートに落ちながらもスタートでトップに立ったR32は爽快でした!この時は車両火災によりリタイア…レースにタラレバは無しですが、これがなければ勝っていたでしょうね。ちなみにR32はATCCというオーストラリアのツーリングカーレースでも大活躍をしました。90年途中参戦時から既に速く、その速さから翌91年には既にハンデウェイトを載せられましたが全戦優勝と大活躍…こちらも翌92年からはハンデウェイト100キロ+ブースト制限(約650ps/1.7→約550ps/1.4へ)をさせられ、日本では過去の車となったフォード シエラにストレートで簡単に抜かれるなどの苦戦する場面もありながら、4WDを活かしてチャンピオン獲得を果たすも…あまりに強すぎて翌年より出場不可という締め出しを喰らいました。その時にオーストラリアのテレビではしきりに『ゴジラ!』と叫ばれていたので、今やR32=ゴジラと世界で有名になったんです!長文失礼しました。
@@telkor-tzm50r なるほど・・GT-Rは日本のスポーツカー市場を変えてしまったと思っていますが、海外のメーカー・・特にセダン型で直6を作る某社には青ざめるような脅威だった事が伺えます。また世界の脅威になるような日本車を見てみたいものです
羽根さんってスペックスの方??
HKSのカラーリング大好き
How much power these grA r32 had back then?
around 600hp
中里(これこそバトルだ!
GTRしか映らないからワンメイクかと思った
HKSが打ち出した金字塔。ドライバーも他と比べたら劣る中、よく頑張った。ストレートはHKSが最速。
gran turismo 2 IRL
各車ブースト圧が違ったんでしょ?😅カルソニックは0.75で土屋さん達は0.5だったとか?
HKS速すぎて草
32GTRより速いクルマ,?
Огонь
2
1
4:05 縁石に引っかけて片輪浮かすのめっちゃかっこいい!
その後乱れないですっ飛んでくのもめっちゃしびれる
ブリジストンだと着地が穏やかだけど他のメーカーのタイヤだと、ハネてしまい大変だったみたいです。
@@ブライアンポッキー さん ヨコハマからブリヂストンに移った土屋さんが初めてブリヂストンのテストをしたとき、ブレーキング時の安定感の高さに驚いた話ホント好き。
4:18
土屋さんの走りが熱すぎるw
容赦ないね
2:01 接触しないスタンスを保ちながらも、決して譲ろうとしない、これぞプロフェッショナルドライバーの闘いなのだ
5:50 接触するドリキン
5:50 なんか韓国みたいだよな
草
いっちゃダメw
JSSなんかもそうだけど、やっぱりこの頃のダウンフォースに頼らないツーリングカーレースが個人的には一番刺さる。余りにも見ていて面白い。またこういうレースが流行らないかな。
やっぱりグループA最高だわ。
GT-Rサイド出しチタン直管の音は車内も外もイイ音してる!
何処かのチューナーが普通にチューニングしてもこのようなエンジン音にならないと言っていた。それだけグループAのマシンは、見えない所に大金が掛かっているんだろうなぁ
この時代のGTRはフォードシェラに対抗する為に最高出力は当初650馬力位だったが、ライバル不在となりトラブル軽減の為に全車550馬力程度に押さえてニスモより供給された。
そこに現れたのがHKSのGTR。シャシーはニスモ製だがエンジンはHKSが独自にチューニングした。
最高出力は600馬力以上と言われ、そのパワーで速さは見せるもののエンジントラブルでリタイアというパターンが多かった。
しかし、遂にこのレースで優勝した。エンジンプライベーターがワークスに勝った画期的な1勝だった。
うむ この頃は打倒Works
グループAやTSなどはプライベータの腕の見せ所でした
勿論Formulaもありますが FordはAsadaさんや
32の森さんのところも速かったね
この時代の車はレースで勝つために開発されていた。そのフィードバックを受けた市販車がまた楽しい車だった。
この時HKSに乗っていた萩原氏はADVANホイールのデザイナーになってますね。
そして、これがグループAGT-Rの29勝で日産工機ユーザー以外が勝利した唯一のレースでした。
HKSって凄いよなあ。資金力もあるんだろうけど、チューニングメーカーがワークスに挑んでいるから。
しかもグループaだけじゃなくて、f3とか鈴鹿の8耐とかにもオリジナルチューンのエンジンで出てたからね
@@RUclipsr-ii9tq F1もやろうとしてた変態だから多少はね
@@Kae_Love_R 元々創業者がヤマハの技術者だからね
いくら車体は日産から買ったとはいえ勝負になるまでにもってくんだから凄いよね
@@Kae_Love_R
F1出て欲しいですね。
一瞬でもトップを走ってくれるところを見てみたいです。
1990年。
西日本サーキット(美祢サーキット)
観に行った。
帰りに田宮のプラモがまだ出て無くて
泣いたな。
70スープラ が好きだったけど、
一気に32Rファン。
この年は確か32R全戦優勝の完全制覇。
カルソニックは初戦のみBBSのメッシュ
だったな。
R32のグループAマシンの凄いところの一つに『スピンしてグラベルに出た』としても、センターコンソールにある4WDシステムの『stuck』ってスイッチを入れると、一時的にセンターデフロック状態となり自力で(全てのタイヤが埋まると厳しいですが)脱出が出来るようになるってのが凄いところですよね!
トランスファーのクラッチ直結状態ですね
何かあっても復帰さえ出来れば可能性はありますしね!
考えてみればその点でも4駆ってレースで有意義ですねw
あらいER34 さん
そうですよね!
車両開発を担当したニスモの日置さんも『レースを盛り上げる意味でも有意義だ』ってお話しがありましたから、私も同感ですね!
出来れば、現代のGT3マシンのR35もハンデを多少受けてもいいから、二駆じゃなく市販車の延長線上としてやはりアテーサE-TSを使って欲しいですね!
というかGT3マシンはトラコンとかあるし、正直言ってハンデ無しでもいいと感じるのは俺だけか・・・
クールデビル
そうなんですね!
そういうのいいですよね
この頃のグループAみたく市販車と競技車が近いカテゴリーってやっぱり面白いと思います
僕が物心ついたときにはラリーカーもツーリングカーも市販車とはかけ離れてたので、グループAを生で感じてた世代が本当に羨ましいですw
今考えると国さんに長谷見さんがバドルするの見られたのは貴重だよなぁ
この時点で国さん53歳・・・・すげぇなぁ😄
グループA面白かったなぁ。
また観に行きたいよ泣
4:05ここ思わず声出たわ
國さんの、走りが、今また、見れるのが、最高🎉
良い意味で、時代が良くなったなぁ…
残ってるもんなぁ…國さんの走りが...😂
日鉱共石のカラーリングめちゃくちゃ好き
当時、これを観に夜中に走りSUGOに観に行った。
グループAといえば"モーターランド2"
ガキながらも眠い目をこすって観ていたのを思い出す
当時、雨天時の面積確保からなのか
STPタイサン号が外車らしき車両のワイパーでシングル化してたのを
カッコいいと思った反面、不思議に
思ってた事を思い出した。
グループAはレースもラリーも熱かったなぁ❗️宮城はSUGOと西仙台ハイランドでの2戦あったから良い時代だね〜👍🏻
HKSのマシンはニスモ/日産工機ユーザーと違い、独自のエンジンチューニング&オーストラリアのギブソンモータースポーツがATCCやバサースト耐久レース等で使っているホリンジャー製6速ミッションを使ってました。
この年の前半は日産工機ユーザーよりもHKSの方がパワーが出ていると言われてましたよね。
HKSのデザインめっちゃ好き。タミヤのプラモ再販して欲しい
この当時の観客席見ると髪型やファッションセンス等、みんな兄弟に見えてくる
voptがグループA特集ってなんか違和感あるw グループA GTRのカラーリングカッコいい!
コレは熱いですね
モーターランドの映像だ!三栄書房グループだからこそ可能なのか。
アキラさんがまだ日産ワークスの時代ですね。
WRCのランエボエンジンはHKSチューンでしたし。
グループA好きだったなぁ
TAISAN GT-Rのカラーリングがカッコ良すぎる
3:05 , este carro me dava muito trabalho no gran turismo 2
角目ほしい
English subtitles please!
このVHSビデオテープ持ってます。オートスポーツビデオですね😅
you found the only english comment lol i watched the whole thing not knowing a single thing being said
but the gtr is best production car ever
不敗神話のRだぁーーーーー
この動画のナレーターがベスモやホットバージョンの人だから一瞬、ビデオさんが間違えてupしたのかと思った笑
わかりみ
Calsonic r32 or HKS r32? Very hard decision.
土屋さんかなり熱い走りですな笑
好きな選手とか居なかったけど、CALSONIC SKYLINEのカラーが好きだったな
窓開けてもOKな時代
ワークスカーに勝っちゃうんだもんな、ロマンだね。
スローダウンしてオイル撒きながらブロックされるなんて堪ったもんじゃないな
この後の93年最終戦インターTECの星野さんは更に…
グループaはhksが一番カッコいい
@4:15 ドリドリ、気分はラリーカーwww
インカットが半端ない!
今時分の優等生な走りのSuperGTに比べて、外連味たっぷりなこの頃のJTCのほうが走り屋って感じがして 観ていて楽しいですね〜。
( ´ ▽ ` )
HKSかっこいい
HKSのこの勝利は、チューニングパーツの売れ行きにも影響した。
TかHKSか悩んだ時はHKSを選んだな。そういう人は多かったろう。この勝利がなければTと同じような運命を辿ったかも。
何せNISMOワークスに土をつけたんだから。
4:17 Rubbing is racing :)
「残り2周で、カルソニックのデフが壊れて青白い煙が・・・」って言うんだけど、HKSがスピンしたくらいの段階でもまあまあ白煙吹いてるのよね。
グループAGTRの本当の速さはスパとマカオでしか見せられなかった
マカオって一回bopキツすぎて2クラスのm3に優勝持って行かれなかったっけ?
91年のマカオですね。
前年に優勝して『速過ぎる』と言われたので、ウェイト140キロのハンデを搭載されてしまいDTM仕様のBMW M3に決勝で負けてしまいました。
スタートではスタンディングスタートでアテーサダッシュを決めたのですが、決勝はそこまででした・・・
@@telkor-tzm50r さすヨーロッパ人・・・・ルールは自分らのためにあるを露骨にいきやがったのですね。140キロって草
@@poison03218241
92年のスパ24時間レースでも前年に優勝したってことで同じような憂き目(ハンデウェイト90キロ)に合ってます。
この時もマカオ同様、BMWワークスのシュニッツァーが参戦・しかもDTM仕様のM3を数台送り込みます。
予選ではM3勢が上位を独占・R32のスタートダッシュを妨害するようにスタートするも、コース脇のダートに落ちながらもスタートでトップに立ったR32は爽快でした!
この時は車両火災によりリタイア…
レースにタラレバは無しですが、これがなければ勝っていたでしょうね。
ちなみにR32はATCCというオーストラリアのツーリングカーレースでも大活躍をしました。
90年途中参戦時から既に速く、その速さから翌91年には既にハンデウェイトを載せられましたが全戦優勝と大活躍…
こちらも翌92年からはハンデウェイト100キロ+ブースト制限(約650ps/1.7→約550ps/1.4へ)をさせられ、日本では過去の車となったフォード シエラにストレートで簡単に抜かれるなどの苦戦する場面もありながら、4WDを活かしてチャンピオン獲得を果たすも…
あまりに強すぎて翌年より出場不可という締め出しを喰らいました。
その時にオーストラリアのテレビではしきりに『ゴジラ!』と叫ばれていたので、今やR32=ゴジラと世界で有名になったんです!
長文失礼しました。
@@telkor-tzm50r なるほど・・GT-Rは日本のスポーツカー市場を変えてしまったと思っていますが、
海外のメーカー・・特にセダン型で直6を作る某社には青ざめるような脅威だった事が伺えます。
また世界の脅威になるような日本車を見てみたいものです
羽根さんってスペックスの方??
HKSのカラーリング大好き
How much power these grA r32 had back then?
around 600hp
中里(これこそバトルだ!
GTRしか映らないからワンメイクかと思った
HKSが打ち出した金字塔。
ドライバーも他と比べたら劣る中、よく頑張った。
ストレートはHKSが最速。
gran turismo 2 IRL
各車ブースト圧が違ったんでしょ?😅
カルソニックは0.75で土屋さん達は0.5だったとか?
HKS速すぎて草
32GTRより速いクルマ,?
Огонь
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