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「我らが母校」にお越し頂きまして誠にありがとうございます!私も4月に約、半世紀ぶりに行って面白いものがあるので行ってみました。着いたのがもう16時だったので受付付近の展示をみて帰ってきました。そう言えば当時の現場上がりの教授が、なんでアマチュア無線にこんなに電波が割り当ててあるのかを解説され、昔は長波や中波が主流で(多分タイタニック号 B電波~、の頃のことを仰っておられたのかな)利用価値のない短波を開発していって実用にしていったのは世界のアマチュア無線家だったからだと仰っておられました。2度の大戦を経て双曲線航法で船舶や航空機でも自局の位置がわかるようになりました。(現代では言うに及ばず)真珠湾攻撃時には既に日本の攻撃機隊でも短波が使われていたようです。
そうですよね、実はアマチュア無線ってすごい歴史があるんですよね
卒業から40数年、一度も行ったことが無い。爺になって暇が出来たので行ってみたいと思います。電通大のサイトにあった「調布駅からUECコミュニケーションミュージアムへの道のり」という動画見たらミュージアムより左となりの東34号館(昔の生協食堂)に目が向いてしまいました。入口に「TK-80入荷しました」の貼り紙があった事を思い出す。
ぜひ行ってください
卒業生です。ありがとうございます。宮甚商店様 いつも、本当に、まさに見たいものを見せていただき、ありがとうございます。これからも、お願いいたします。
ご卒業生ですか! 私の憧れの大学だっただけに羨ましいです。 わたしも電通大に行けていたらきっと人生変わっていたように思います。
はいこんにちは こちらはジュリエとロミオ 5です
私の母校です。一度行ってみたいと思っておりましたが、関西在住の為、なかなか行けずにいます。電通大の電波通信学科を卒業しました。アマチュア無線を趣味にしていた同期がいっぱいいました。通信士になるつもりでしたが、エンジニアとして開発畑で回路設計をしていました。真空管は懐かしいものばかるですね。いつか行ってみます。
そうでしたか 秋ごろの学園祭もおもしろそうです
へ〜こんな所が一般に開放されているのですね。お知らせ有難う御座います。
ぜひ行って下さい 無料ですし
私の母校にこんなミュージアムが出来てたんだ。絶対行かなくっちゃ。
ぜひどうぞ! 笑
日本の文化・歴史ですよね、こういった装置類も。
まさに電子立国日本の縮図ですね
我が母校へようこそ。自分は傍流のコンピュータ屋なんで、電子管や無線のセクションはサッパリですが、古いパソコンやワークステーションの中には展示の手伝いをしたものが混じってます。動体には最大限の敬意を払いますので、お手持ちのセットを関係者に見せびらかして、刺激を与えてやって下さい。
お世話になりました真空管の多さや 業務用の無線機も多くたのしめました
いつも楽しい動画をありがとうございます。 私もユーチューブの ムヨレコ丸通信室 さんのチャンネルで教えてもらって今年の11月下旬の調布祭=電通大の学園祭に行ってきました。基本的には動態保存を心掛けているとのことで、修理作業中の方もいました。実際にリレー式計算機、機械式リレーのズラット並んだ行列が壮観でしたが、それでルート2の計算を9桁まで計算実演してくれました。真空管もレプリカではない本物のエジソン電球など、またソラ、ウミという戦時中の希少真空管もあり壮観でした。オーディオも蓄音機からタンノイなどの数種のSP切り替え試聴もできました。全部はゆっくりとは見れなかったのでまた行こうかとも思います。
学園祭 わたしも行きたかったです こんど行こ
どうもありがとうございます 楽しかったです。
ご丁寧にありがとうございます
行ったことあります! タマの写真撮りづらかった思い出がww
たしかにショーケースの光がやっかいですね
紹介有難うございます。ただ、宮甚商店の展示物?も引けをとらないんではないでしょうか。
昭和40年代の無線機なら 私の勝ちです! 笑
これは萌える
でしょ 笑
電車で行っても調布駅から歩いて10分。電通大入り口に入って一番奥にありますね。ここはタダだし良いですね。10年前に5、6回行きました。知り合いの電通大OBの方がボランティアで寄贈品を箱出し整理して、展示するところまでやっていたようですが、年で中々体も動かなくて大変だと言ってました。最近お亡くなりになってしまいましたが、昔を知る先輩の方々が手掛けた展示品なので、また足を運んでみたいと思います。ご紹介ありがとうございました。
こちらこそご丁寧にありがとうございます
懐かしいですね。展示物の50%がアマチュア無線関連だとおもいます。真空管も見ものです。
そうですね 台数的にはそんなもんでしょうが とにかく船舶用や放送用無線設備は大きいので場所とっています
いやぁー、母校を紹介して頂き有難うございました。自分はこのミュージアムに行ったことがありません。一度行ってみるべきですね。展示物に真空管式のコンピュータは有りませんでしたか。双3極管を大量に使用した大型のものが最初の勤務先にあったのです。べら棒な熱を出していた事としょっちゅう故障していた事を覚えています。入力は紙テープにパンチしたものを使っていました。それを思うと、今や第4次産業革命、デジタルトランフォメーションの時代だそうで、物凄い進歩に遠くから眺めるだけでとてもついて行けません。
真空管の計算機ありました。母校でも見てないんですか? もったいないです 笑
すぐに分解したくなる…通信機や車バイク好きには完全に当てはまりますね笑
ドストライクです
同じくドストライクです笑
懐しいな.OBです.まだ行ったことないです.奥の方ということで当時は巨大なコンクリートホーンがあったんですが,まだありました?
わたしは気づきませんでしたが グーグルで見れるそうです (コメントいただきました)
学園祭の時に鳴らすんですが、めちゃくちゃいい音でした.
いいですね、今にも宮甚博物館、宮甚製作所様が開所されそうですね。
いやー ほんと 昭和40年代のアマチュア無線機なら まけないくらい台数あります 笑
あっ!デリカのグリッドディップメーター!!わけもなく欲しかった。🤣無骨で格好良く見えたんです。ご紹介ありがとうございます。足の捻挫が治ったら行ってみます。
ぜひどうぞ
電通大に是非昭和の三十、四十年代の外航船の代表的な無線室をミュージアム内に作って頂きたい。当時の外航船は全てスクラップされているので今では当時の船を一杯も見ることが出来ない。当時の外航船には優秀な船が多くあったがプラモデルにも全くないのは当時の関係者としては涙が出るほど悲しい。
やっぱりプロ無線機の花形は外洋船ですね。
画面の中のマウスカーソルが、自分のが動いているのかと、焦ってしまいました。無線機器は詳しくないのですが、パンチカードのコンピューターや、グリーンディスプレイのマイコンはかなり触っていたので、懐かしいものが見られそうです。
わたしもマイコンすきだったので 楽しめました
宮甚さん ミュージアム看板のパラボラアンテナの手前 おそらくコンクリート製の巨大ホーンスピーカーの残骸を見逃しちゃダメですよ 普通の人なら建物構造物の残骸としか思えないでしょう あれで音楽聴いてみたいです。
らしいですね 多くの方から コンクリートホーンの話ききました
はじめました。初めてコメントします。東京タワーやスカイツリーのような大出力のテレビ送信所の送信機を見てみたいのですが、どこかに展示されてないかご存知の方いらっしゃれば教えて頂きたいです。
38FD 所有しています。 50CA10いい玉が手に入らないんですよね。何度からックスでメンテしてもらいましたが、もうすぐ50年ものになります。
わたしなら 6KD6あたりを三極管接続に改造します
現在はLUXサービスも真空管の入手が難しい様で、古い真空管機器の修理受付を中止もしくは控えているようですからね。
もう少し北へ行くとJRC三鷹製作所もあったし(今は移転しちゃった?)、無線家にとってはワクワクの地域ですね。
荻窪から立川にかけて プリンスの本拠地でもありました
ご近所へいらしてたんですね。電通大ミュージアムは知りませんでした。今度行ってみます。
ご近所ならぜひどうぞ ダイエーに車とめさせてもらいました
ジジイ アゲアゲ ですね😊行ってみたいです🤗
ハイテンションな一日になりました
電通大博物館イイですね昔ウチの会社で電通大の学生さん3人ほど手伝ってもらっていましたその前サラリーマンの時の同僚にも2名電通大卒でしたが無線も電子工作に興味を持ってるヤツは居なかったなぁ電通大から車でそこそこ近いNTT武蔵野通研の電電公社資料室も面白いですよ設備寄りの展示が多いですが腐ってもさすがは電電公社珍しいものも多いです私が通っていた頃は毎週木曜日に資料室公開していました但しビジターは駐車できないので武蔵野市役所近くのパーキングの利用になりますかこの研究所の敷地は元中島飛行機の発動機工場で公開はしていないんですが地下道や変な造りの建物も見所あります一度寄ってみてください
情報ありがとうございます いいですね電電公社資料室いきたいです。わたしも会社がプリンス自動車だったので 中島飛行機身近に感じます
宮甚さん、ご紹介有難うございます。これは真空管を眺めるだけでも価値がありそうですね! 以前勤めていた会社の同期の仲間に電通大OBがいて、先日も一緒に飲んだのですが、こんないい所があるなんて教えてくれませんでした。早速見に行ってきます。
わたしも ローカル局の卒業生に聞いて いきました。 初めてでしたがびっくりです
宮甚兄い、電通大って初めて見ました。私、船乗りで越中島の東京商船大学でしたが、船に乗ると通信士の皆さん、そろって電通大。へー、こんな所で勉強しておられたんだなあって。それど、電鍵っていいますか、トン・ツー、トン・ツーですが、そのトン・ツーに通信士一人一人、くせのようなものがありましたねえ。やっぱり、アナログなんですねえ。
商船大ですか! いいなー 海はロマンありますね
私は通信工学科ではなかったんですが、トンツーの単位を取りましたよ。それから暗号文の作成方法も教わりました。懐かしいですね。
昔、とある団体でトンツーしていました。もうヘタレですが、国内電信級陸上もちです。
個人がやってる「横浜旧軍無線通信資料館」は昔から気になってます…
ここ凄いですよね よく集めたもんだって感じで メンテナンスもいいんでしょうね
昔、中学生の頃、どこかの家にアンテナが立っていたり、窓から交信している姿が見えたりすると、「見せてください」といって、初めての家にお邪魔して、リグを見せてもらったり、交信している姿を見せてもらいましたね。おおらかな時代でした。
そうですね 当時わたしもそうしましたし 無線をはじめてから そういう子供も多くきましたね
プロの通信士の方は電通大出身が多いようですね。宮甚さんの絵は凄く良い😊何かレトロで温かい、人柄故ですかね。
ありがとうございます
電通大ミュージアム 行ってみたいですね 懐かしの無線機があるわあるわ ですね
絶対おすすめです
電気通信大学凄いですね! よく似た大学で大阪電気通信大学というのがありますが、そこの卒業生です。これほどの博物館はありませんでした。
電気通信大学 ほかにも名古屋にアルト視聴者の方からコメントいただきました
3エリアの人間ですので寝屋川の私立の方の電通大を思い浮かんだのですが、調布の方のなんですね。動態、静態に関わらず機器の保存がされてるのはいいですね。青梅市のマイコン博物館も保存に苦労されてるみたいです。
電通大博物館、行ったことがあります。日本製真空管で珍しいものはFM2A05Aとかソラでしょうか...JA1HAMの笠原功一さんに頼んでソニーに入れてもらい配属された部署に無線と実験誌でおなじみの斎藤健さん(JA1AD)がおられたので驚いた。またNHK技研の島茂夫さんも重役だったし、そのお嬢さんとも同じ部署で仕事をしました。懐かしい。
お恥ずかしい話ですが、私は還暦過ぎるまで電通大が国立大学とは知りませんでした。 友人に電通大出身者がいたにもかかわらずです。 ちなみに私自身は地方国立大の電気工学出身です。
電機大学とまちがえやすいんでしょうか
@@miyazin-shoten すごく地味な感じで、ニュースなどで話題になることもなく、名前が工学系の私立大学っぽいので...
逆にアマチュア無線やっている子供にとっては 東大と 慶応と この電通大くらいしか大学の名前しらなかったと思います 笑
@@miyazin-shoten 高校生の頃は自分の周りは地元志向が強く、都会の大学に行く場合も大阪とか京都がメインだったと思います。 なので電通大という大学名さえ知りませんでした。
電通大の起源は目黒にあった無線電信講習所。主に無線通信士の養成や電波通信工学が主だったが今は情報理工学領域に様変わりしている。電通大短期大学部も発展解消しフレックスタイム制の先端工学基礎課程に。
はい わたしも Wikipediaで見ました
ここの真空管は以前MJでクラシックバルブの連載をされていた大塚久氏が寄贈したものが多くを占めています。氏が真空管コレクターを引退するときに、手持ちの貴重な真空管類の嫁ぎ先を探していて、国立博物館は引き取るがそのまま倉庫行きとのことで諦め、電通大では展示もしてくれるということでここに寄贈したそうです。しばらくは学芸員のようなこともしておられました。私は氏と少しばかり親交があったので、引退するときに歴史的なものや有名オーディオ管以外のあまり人気のない真空管を相当数頂きました。氏は収集した真空管の個別データーを各真空管に荷札で括り付けていましたが、今回の動画でも8045Gや50CA10にその荷札が有って懐かし拝見しました。
真空管の展示は ほかではあまり見ないですね
調布の佐須に住んでいたので時々通っていたが、あの近辺パッとしない学生ばかりだった。だが、こういう連中が日本の繁栄の土台を作っているんだよ。年を取ると共に、その優秀性に気が付く。
技術者はみんなすばらしいです
うわー、凄いな、無線機だけなら青森と函館に展示している青函連絡船で見た事があります。時効だから言うと探検してて札幌市電の生きてる水銀整流管なんかも、水銀整流管はどこだかの鉄道博物館とかでも見た事があります。
東京から転勤で札幌にいたときがありますが 青函連絡船のりたかった!ー 残念
そんないいもんじゃありませんって、まあナッチャンは乗りに行ったけど、この前四国行くときは南海フェリーでいきました。
当時のラジオ少年には見応えが有るでしょうね。入館無料なんですか、機会が有ったら私も行ってみたいですね。そして帰りには宮甚工房博物館にも行きたいな(^^;
昭和40~50年ならわたしのほうが多いですね
思い出しました。並4コイルってあったよネ❤ 最初はゲルマニウムラジオでした。兄が通信が好きで沢山作ったな😮
ゲルマ → 並四 → スーパーが ラジオ小僧の正しいルートです
いわゆるマイコンって割と最近のイメージがありますけど、(私だけ?)映像に出てきたMZシリーズが発売されたのは実は40年も前の話で、真空管式リグ全盛期からほんの10年後の話なんですよね。テクノロジーの進化に驚きます。あの頃は家電も毎年劇的に進化していたように記憶してます。やっとの思いで買ったら翌年、もっと凄いのが発売されたとかザラでしたw
たしかにわたしも 出たばかりのPC8801 のプリンターセット買ったら100万円でした。 100万円ではFDDも買えないという値段には・・・・・
この博物館ですが、分けて動画化して欲しいです。真空管、無線機、プロ用無線機、航空機用無線機、コンピュータ・・・宮甚さんマジックで是非じっくりと見せて下さい。行けない方もいらっしゃると思いますので。
そんな動画とってこなかったです! 笑
電通大ですか~。私は電機大に行きたかったですが、数学・物理に比して英語の成績が散々だったので諦めたクチです。
私は 国語と社会と英語の出来はわりとよかったのですが 数学と物理がさんざんでした
宮甚商店のあの魑魅魍魎たる「伏魔殿」も、真剣に掘り起こしたらミュージアムになるのではないでしょうか。
昭和40年代に限定すればわたしのほうが多いです 笑
昔、秋葉原でよだれをたらしながら眺めるだけの無線機の数々と言っても、最早未練は、ございません。
いつ見ても いいもんです 無線機は
戦争中の旧日本軍機の無線機が気になりました見に行きたいですよく日本軍機の無線機はダメだと本には書かれていますが実はエンジンの点火プラグからのノイズを受けてたとの説も同時期の米軍機はちゃんと通じるVHF無線電話と後方警戒レーダーと敵味方識別装置を積んでいたそうです夜間戦闘機のレーダーはPPIスコープ(クルクル回るやつ)でした勝てる訳ないですね泣あとAppleⅡや初期のMacが懐かしい宮甚商店にもMacありましたねレストアどうですか😅それとAppleⅡのビデオ回路ってウォズニアックの変態性が出てて凄かった
これは立派な展示ですね、動態状態の展示が少ない様なのは少し残念 動態機器の整備を学生に実習させたら実学としてもよさそうですけど
たしかに 動く機器はすくないでしょうね
文系文学ですか🚀。雪が溶ければ何になる?水ですか。ロマンがないなあ理数科系は(笑)。それは春ですね~、サラリとゆーてけつかる。
なんでも自分にないものに憧れますね
まんとヒヒ(笑)。ロマンがないなあ~。ガイコツ💀。
@@sparrow0727雪が溶けると川になって流れて行き、つくしの子が恥ずかしげに顔を出してから春になります。乱数ミキが歌ってました♫キャンディーズは理数系ですね!by.子泣きジ爺ィ
富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も…。藤圭子が渋谷公会堂で歌った『お座敷小唄』、ASHIDA Voxの Headphoneで聴くと、ビックリしますよ。RUclipsの中にあります。
太陽無線NT110 太陽無線NT110 太陽無線NT110~! 無かったー!!!w (先輩から開局当初にお借りしていた受信機)
さすがに 全部は無いですね 笑
ここの学食の飯が美味かった。
バリバリの理系だとしか思えない宮甚さんが、大学は文系だったとはビックリ!ド文系の私は、通信機の知識・興味はサッパリですが、真空管とパソコンは大好きです。
わたしも 実はトランジスタやオペアンプがさっぱりで 真空管とバリコン コイルだけです 笑
「我らが母校」にお越し頂きまして誠にありがとうございます!
私も4月に約、半世紀ぶりに行って面白いものがあるので行ってみました。着いたのがもう16時だったので受付付近の展示をみて帰ってきました。
そう言えば当時の現場上がりの教授が、なんでアマチュア無線にこんなに電波が割り当ててあるのかを解説され、昔は長波や中波が主流で(多分タイタニック号 B電波~、の頃のことを仰っておられたのかな)利用価値のない短波を開発していって実用にしていったのは世界のアマチュア無線家だったからだと仰っておられました。2度の大戦を経て双曲線航法で船舶や航空機でも自局の位置がわかるようになりました。(現代では言うに及ばず)真珠湾攻撃時には既に日本の攻撃機隊でも短波が使われていたようです。
そうですよね、実はアマチュア無線ってすごい歴史があるんですよね
卒業から40数年、一度も行ったことが無い。
爺になって暇が出来たので行ってみたいと思います。
電通大のサイトにあった「調布駅からUECコミュニケーションミュージアムへの道のり」という動画見たらミュージアムより左となりの東34号館(昔の生協食堂)に目が向いてしまいました。
入口に「TK-80入荷しました」の貼り紙があった事を思い出す。
ぜひ行ってください
卒業生です。ありがとうございます。宮甚商店様 いつも、本当に、まさに見たいものを見せていただき、ありがとうございます。これからも、お願いいたします。
ご卒業生ですか! 私の憧れの大学だっただけに羨ましいです。 わたしも電通大に行けていたらきっと人生変わっていたように思います。
はいこんにちは こちらはジュリエとロミオ 5です
私の母校です。一度行ってみたいと思っておりましたが、関西在住の為、なかなか行けずにいます。
電通大の電波通信学科を卒業しました。アマチュア無線を趣味にしていた同期がいっぱいいました。
通信士になるつもりでしたが、エンジニアとして開発畑で回路設計をしていました。真空管は懐かしいものばかるですね。いつか行ってみます。
そうでしたか 秋ごろの学園祭もおもしろそうです
へ〜こんな所が一般に開放されているのですね。
お知らせ有難う御座います。
ぜひ行って下さい 無料ですし
私の母校にこんなミュージアムが出来てたんだ。
絶対行かなくっちゃ。
ぜひどうぞ! 笑
日本の文化・歴史ですよね、こういった装置類も。
まさに電子立国日本の縮図ですね
我が母校へようこそ。自分は傍流のコンピュータ屋なんで、電子管や無線のセクションはサッパリですが、古いパソコンやワークステーションの中には展示の手伝いをしたものが混じってます。動体には最大限の敬意を払いますので、お手持ちのセットを関係者に見せびらかして、刺激を与えてやって下さい。
お世話になりました
真空管の多さや 業務用の無線機も多くたのしめました
いつも楽しい動画をありがとうございます。 私もユーチューブの ムヨレコ丸通信室 さんのチャンネルで教えてもらって今年の11月下旬の調布祭=電通大の学園祭に行ってきました。基本的には動態保存を心掛けているとのことで、修理作業中の方もいました。実際にリレー式計算機、機械式リレーのズラット並んだ行列が壮観でしたが、それでルート2の計算を9桁まで計算実演してくれました。真空管もレプリカではない本物のエジソン電球など、またソラ、ウミという戦時中の希少真空管もあり壮観でした。オーディオも蓄音機からタンノイなどの数種のSP切り替え試聴もできました。全部はゆっくりとは見れなかったのでまた行こうかとも思います。
学園祭 わたしも行きたかったです こんど行こ
どうもありがとうございます 楽しかったです。
ご丁寧にありがとうございます
行ったことあります! タマの写真撮りづらかった思い出がww
たしかにショーケースの光がやっかいですね
紹介有難うございます。ただ、宮甚商店の展示物?も引けをとらないんではないでしょうか。
昭和40年代の無線機なら 私の勝ちです! 笑
これは萌える
でしょ 笑
電車で行っても調布駅から歩いて10分。電通大入り口に入って一番奥にありますね。ここはタダだし良いですね。10年前に5、6回行きました。
知り合いの電通大OBの方がボランティアで寄贈品を箱出し整理して、展示するところまでやっていたようですが、年で中々体も動かなくて大変だと言ってました。最近お亡くなりになってしまいましたが、昔を知る先輩の方々が手掛けた展示品なので、また足を運んでみたいと思います。
ご紹介ありがとうございました。
こちらこそご丁寧にありがとうございます
懐かしいですね。展示物の50%がアマチュア無線関連だとおもいます。真空管も見ものです。
そうですね 台数的にはそんなもんでしょうが とにかく船舶用や放送用無線設備は大きいので場所とっています
いやぁー、母校を紹介して頂き有難うございました。自分はこのミュージアムに行ったことがありません。一度行ってみるべきですね。展示物に真空管式のコンピュータは有りませんでしたか。双3極管を大量に使用した大型のものが最初の勤務先にあったのです。べら棒な熱を出していた事としょっちゅう故障していた事を覚えています。入力は紙テープにパンチしたものを使っていました。それを思うと、今や第4次産業革命、デジタルトランフォメーションの時代だそうで、物凄い進歩に遠くから眺めるだけでとてもついて行けません。
真空管の計算機ありました。
母校でも見てないんですか? もったいないです 笑
すぐに分解したくなる…
通信機や車バイク好きには完全に当てはまりますね笑
ドストライクです
同じくドストライクです笑
懐しいな.OBです.まだ行ったことないです.奥の方ということで当時は巨大なコンクリートホーンがあったんですが,まだありました?
わたしは気づきませんでしたが グーグルで見れるそうです (コメントいただきました)
学園祭の時に鳴らすんですが、めちゃくちゃいい音でした.
いいですね、今にも宮甚博物館、宮甚製作所様が開所されそうですね。
いやー ほんと 昭和40年代のアマチュア無線機なら まけないくらい台数あります 笑
あっ!デリカのグリッドディップメーター!!
わけもなく欲しかった。🤣無骨で格好良く見えたんです。
ご紹介ありがとうございます。足の捻挫が治ったら行ってみます。
ぜひどうぞ
電通大に是非昭和の三十、四十年代の外航船の代表的な無線室をミュージアム内に作って頂きたい。当時の外航船は全てスクラップされているので今では当時の船を一杯も見ることが出来ない。当時の外航船には優秀な船が多くあったがプラモデルにも全くないのは当時の関係者としては涙が出るほど悲しい。
やっぱりプロ無線機の花形は外洋船ですね。
画面の中のマウスカーソルが、自分のが動いているのかと、焦ってしまいました。
無線機器は詳しくないのですが、パンチカードのコンピューターや、グリーンデ
ィスプレイのマイコンはかなり触っていたので、懐かしいものが見られそうです。
わたしもマイコンすきだったので 楽しめました
宮甚さん ミュージアム看板のパラボラアンテナの手前 おそらくコンクリート製の巨大ホーンスピーカーの残骸を見逃しちゃダメですよ 普通の人なら建物構造物の残骸としか思えないでしょう あれで音楽聴いてみたいです。
らしいですね 多くの方から コンクリートホーンの話ききました
はじめました。初めてコメントします。
東京タワーやスカイツリーのような大出力のテレビ送信所の送信機を見てみたいのですが、どこかに展示されてないかご存知の方いらっしゃれば教えて頂きたいです。
38FD 所有しています。 50CA10いい玉が手に入らないんですよね。
何度からックスでメンテしてもらいましたが、もうすぐ50年ものになります。
わたしなら 6KD6あたりを三極管接続に改造します
現在はLUXサービスも真空管の入手が難しい様で、古い真空管機器の修理受付を中止もしくは控えているようですからね。
もう少し北へ行くとJRC三鷹製作所もあったし(今は移転しちゃった?)、無線家にとってはワクワクの地域ですね。
荻窪から立川にかけて プリンスの本拠地でもありました
ご近所へいらしてたんですね。
電通大ミュージアムは知りませんでした。
今度行ってみます。
ご近所ならぜひどうぞ ダイエーに車とめさせてもらいました
ジジイ アゲアゲ ですね😊
行ってみたいです🤗
ハイテンションな一日になりました
電通大博物館イイですね
昔ウチの会社で電通大の学生さん3人ほど手伝ってもらっていました
その前サラリーマンの時の同僚にも2名電通大卒でしたが無線も電子工作に興味を持ってるヤツは居なかったなぁ
電通大から車でそこそこ近いNTT武蔵野通研の電電公社資料室も面白いですよ
設備寄りの展示が多いですが腐ってもさすがは電電公社珍しいものも多いです
私が通っていた頃は毎週木曜日に資料室公開していました
但しビジターは駐車できないので武蔵野市役所近くのパーキングの利用になりますか
この研究所の敷地は元中島飛行機の発動機工場で公開はしていないんですが地下道や変な造りの建物も見所あります
一度寄ってみてください
情報ありがとうございます いいですね電電公社資料室いきたいです。
わたしも会社がプリンス自動車だったので 中島飛行機身近に感じます
宮甚さん、ご紹介有難うございます。これは真空管を眺めるだけでも価値がありそうですね! 以前勤めていた会社の同期の仲間に電通大OBがいて、先日も一緒に飲んだのですが、こんないい所があるなんて教えてくれませんでした。早速見に行ってきます。
わたしも ローカル局の卒業生に聞いて いきました。 初めてでしたがびっくりです
宮甚兄い、電通大って初めて見ました。私、船乗りで越中島の東京商船大学でしたが、船に乗ると通信士の皆さん、そろって電通大。へー、こんな所で勉強しておられたんだなあって。それど、電鍵っていいますか、トン・ツー、トン・ツーですが、そのトン・ツーに通信士一人一人、くせのようなものがありましたねえ。やっぱり、アナログなんですねえ。
商船大ですか! いいなー 海はロマンありますね
私は通信工学科ではなかったんですが、トンツーの単位を取りましたよ。それから暗号文の作成方法も教わりました。懐かしいですね。
昔、とある団体でトンツーしていました。
もうヘタレですが、
国内電信級陸上もちです。
個人がやってる「横浜旧軍無線通信資料館」は昔から気になってます…
ここ凄いですよね よく集めたもんだって感じで メンテナンスもいいんでしょうね
昔、中学生の頃、どこかの家にアンテナが立っていたり、窓から交信している姿が見えたりすると、「見せてください」といって、初めての家にお邪魔して、リグを見せてもらったり、交信している姿を見せてもらいましたね。おおらかな時代でした。
そうですね 当時わたしもそうしましたし 無線をはじめてから そういう子供も多くきましたね
プロの通信士の方は電通大出身が多いようですね。
宮甚さんの絵は凄く良い😊何かレトロで温かい、人柄故ですかね。
ありがとうございます
電通大ミュージアム 行ってみたいですね 懐かしの無線機があるわあるわ ですね
絶対おすすめです
電気通信大学凄いですね! よく似た大学で大阪電気通信大学というのがありますが、そこの卒業生です。これほどの博物館はありませんでした。
電気通信大学 ほかにも名古屋にアルト視聴者の方からコメントいただきました
3エリアの人間ですので寝屋川の私立の方の電通大を思い浮かんだのですが、調布の方のなんですね。
動態、静態に関わらず機器の保存がされてるのはいいですね。
青梅市のマイコン博物館も保存に苦労されてるみたいです。
電通大博物館、行ったことがあります。日本製真空管で珍しいものはFM2A05Aとかソラでしょうか...
JA1HAMの笠原功一さんに頼んでソニーに入れてもらい配属された部署に無線と実験誌でおなじみの
斎藤健さん(JA1AD)がおられたので驚いた。またNHK技研の島茂夫さんも重役だったし、そのお嬢さん
とも同じ部署で仕事をしました。懐かしい。
お恥ずかしい話ですが、私は還暦過ぎるまで電通大が国立大学とは知りませんでした。 友人に電通大出身者がいたにもかかわらずです。 ちなみに私自身は地方国立大の電気工学出身です。
電機大学とまちがえやすいんでしょうか
@@miyazin-shoten すごく地味な感じで、ニュースなどで話題になることもなく、名前が工学系の私立大学っぽいので...
逆にアマチュア無線やっている子供にとっては 東大と 慶応と この電通大くらいしか大学の名前しらなかったと思います 笑
@@miyazin-shoten 高校生の頃は自分の周りは地元志向が強く、都会の大学に行く場合も大阪とか京都がメインだったと思います。 なので電通大という大学名さえ知りませんでした。
電通大の起源は目黒にあった無線電信講習所。主に無線通信士の養成や電波通信工学が主だったが今は情報理工学領域に様変わりしている。電通大短期大学部も発展解消しフレックスタイム制の先端工学基礎課程に。
はい わたしも Wikipediaで見ました
ここの真空管は以前MJでクラシックバルブの連載をされていた大塚久氏が寄贈したものが多くを占めています。氏が真空管コレクターを引退するときに、手持ちの貴重な真空管類の嫁ぎ先を探していて、国立博物館は引き取るがそのまま倉庫行きとのことで諦め、電通大では展示もしてくれるということでここに寄贈したそうです。しばらくは学芸員のようなこともしておられました。
私は氏と少しばかり親交があったので、引退するときに歴史的なものや有名オーディオ管以外のあまり人気のない真空管を相当数頂きました。
氏は収集した真空管の個別データーを各真空管に荷札で括り付けていましたが、今回の動画でも8045Gや50CA10にその荷札が有って懐かし拝見しました。
真空管の展示は ほかではあまり見ないですね
調布の佐須に住んでいたので時々通っていたが、あの近辺パッとしない学生ばかりだった。
だが、こういう連中が日本の繁栄の土台を作っているんだよ。
年を取ると共に、その優秀性に気が付く。
技術者はみんなすばらしいです
うわー、凄いな、無線機だけなら青森と函館に展示している青函連絡船で見た事があります。時効だから言うと探検してて札幌市電の生きてる水銀整流管なんかも、水銀整流管はどこだかの鉄道博物館とかでも見た事があります。
東京から転勤で札幌にいたときがありますが 青函連絡船のりたかった!ー 残念
そんないいもんじゃありませんって、まあナッチャンは乗りに行ったけど、この前四国行くときは南海フェリーでいきました。
当時のラジオ少年には見応えが有るでしょうね。
入館無料なんですか、機会が有ったら私も行ってみたいですね。
そして帰りには宮甚工房博物館にも行きたいな(^^;
昭和40~50年ならわたしのほうが多いですね
思い出しました。並4コイルってあったよネ❤ 最初はゲルマニウムラジオでした。兄が通信が好きで沢山作ったな😮
ゲルマ → 並四 → スーパーが ラジオ小僧の正しいルートです
いわゆるマイコンって割と最近のイメージがありますけど、(私だけ?)映像に出てきたMZシリーズが発売されたのは実は40年も前の話で、真空管式リグ全盛期からほんの10年後の話なんですよね。テクノロジーの進化に驚きます。あの頃は家電も毎年劇的に進化していたように記憶してます。やっとの思いで買ったら翌年、もっと凄いのが発売されたとかザラでしたw
たしかにわたしも 出たばかりのPC8801 のプリンターセット買ったら100万円でした。 100万円ではFDDも買えないという値段には・・・・・
この博物館ですが、分けて動画化して欲しいです。真空管、無線機、プロ用無線機、航空機用無線機、コンピュータ・・・
宮甚さんマジックで是非じっくりと見せて下さい。
行けない方もいらっしゃると思いますので。
そんな動画とってこなかったです! 笑
電通大ですか~。
私は電機大に行きたかったですが、数学・物理に比して英語の成績が散々だったので諦めたクチです。
私は 国語と社会と英語の出来はわりとよかったのですが 数学と物理がさんざんでした
宮甚商店のあの魑魅魍魎たる「伏魔殿」も、真剣に掘り起こしたらミュージアムになるのではないでしょうか。
昭和40年代に限定すればわたしのほうが多いです 笑
昔、秋葉原でよだれをたらしながら眺めるだけの無線機の数々と言っても、最早未練は、ございません。
いつ見ても いいもんです 無線機は
戦争中の旧日本軍機の無線機が気になりました
見に行きたいです
よく日本軍機の無線機はダメだと本には書かれていますが実はエンジンの点火プラグからのノイズを受けてたとの説も
同時期の米軍機はちゃんと通じるVHF無線電話と後方警戒レーダーと敵味方識別装置を積んでいたそうです
夜間戦闘機のレーダーはPPIスコープ(クルクル回るやつ)でした
勝てる訳ないですね泣
あとAppleⅡや初期のMacが懐かしい
宮甚商店にもMacありましたね
レストアどうですか😅
それとAppleⅡのビデオ回路ってウォズニアックの変態性が出てて凄かった
これは立派な展示ですね、動態状態の展示が少ない様なのは少し残念
動態機器の整備を学生に実習させたら実学としてもよさそうですけど
たしかに 動く機器はすくないでしょうね
文系文学ですか🚀。雪が溶ければ何になる?水ですか。ロマンがないなあ理数科系は(笑)。それは春ですね~、サラリとゆーてけつかる。
なんでも自分にないものに憧れますね
まんとヒヒ(笑)。ロマンがないなあ~。ガイコツ💀。
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雪が溶けると川になって流れて行き、つくしの子が恥ずかしげに顔を出してから春になります。
乱数ミキが歌ってました♫
キャンディーズは理数系ですね!
by.子泣きジ爺ィ
富士の高嶺に降る雪も、
京都先斗町に降る雪も…。
藤圭子が渋谷公会堂で歌った
『お座敷小唄』、
ASHIDA Voxの Headphoneで聴くと、ビックリしますよ。
RUclipsの中にあります。
太陽無線NT110 太陽無線NT110 太陽無線NT110~! 無かったー!!!w (先輩から開局当初にお借りしていた受信機)
さすがに 全部は無いですね 笑
ここの学食の飯が美味かった。
バリバリの理系だとしか思えない宮甚さんが、大学は文系だったとはビックリ!
ド文系の私は、通信機の知識・興味はサッパリですが、真空管とパソコンは大好きです。
わたしも 実はトランジスタやオペアンプがさっぱりで 真空管とバリコン コイルだけです 笑