シューに再建託すもマシンは問題多発..フェラーリの96年 苦悩の要因とは【F1解説】【フェラーリ F310】
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- Опубликовано: 3 окт 2024
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今回はミハエル・シューマッハが加入、V12からV10への切り替えなど、節目の年となったフェラーリの1996年、F310やこの年のフェラーリについて解説していきます。
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F310後期型の超強引なハイノーズは嫌いじゃない。美しさもV12へのこだわりも捨てて、「これからは勝ちに行く」というハングリー精神の表れだから。
初期のほうがかっこよかった
F310の壁のような巨大なサイドプロテクターと、ウイリアムズの流麗なサイドプロテクターを比較して、もうバーナードの時代は終わったんだなとつくづく感じました。そしてエイドリアンニューウェイの時代が今でも続いているのは本当にスゴイことです。唯一のライバルだったロリー・バーンが引退しなければ今のF1はどうなっていたでしょうね・・
いろいろ言われることも多いシューマッハですが、やっぱり歴代最強クラスのドライバーだな。
マシンが遅かろうが、雨だろうが、速い人は速い。
信頼性がなく、速くも無いマシンなのに、それで3勝しちゃうのは凄いですね。
シューマッハで無ければ、勝てなかったでしょうね。
まさに、フェラーリ再建スタートの年ですね。
95年と同じ体制だったらおそらく未勝利、信頼性が実は前年度以下だったからな。
もしアイルトン・セナがご存命だった場合、ミハエル・シューマッハではなくアイルトン・セナがフェラーリを再建させていただろうなぁ…。
@@マイケル村田-l6b セナが存命でもフェラーリへの移籍が叶う時は最低35歳。チームを再建させるのに残された時間は少なかったですが、その中でやれることはやったのではないかと。
この年、前年タイトルを獲ったミハエルは、フェラーリに移籍してすぐタイトル争いが出来るとは当然考えて無く、確か目標は3勝とメディアに言ってた様な…
正確には94年に勝利したマシンは、バーナード設計のマシンの欠陥をグスタフ・ブルナーが改良した事で勝てる車になりました。
まさしくこのマシンにとってジョン・バーナードの時代が終わりを告げたのは事実
初めてF310を見た感想は
『カッコ悪い』のひと事、カナダからハイノーズにしたら見た目がアンバランス、バーナードは前年マシンを正常進化させる人でなく、エアロ処理は『凡人レベル』のデザイナー(メカニカル的のは目を見張るのはあるが) 、シーズン序盤はよく壊れた、アルゼンチンではリアウイングの一部が飛ぶし、カナダでドライブシャフトが壊れ、フランスではフォーメーション・ラップでエンジンブロー、でもマシンの進化を引き換えに信頼性を犠牲にしていたけど、イタリアで勝ったシューマッハの凄さを感じた。 あのマシンで3勝だよ、フェラーリが年に1勝すればティフォシが感激していたのに。
どこだったか、ピットアウト直後にドライブシャフトが外れて飛んで行くのが中継されてた
ベッテルがフェラーリ移籍した時、シューマッハの様に立て直せると思った時があった
それとまさかアロンソよりも先に引退するとは思わんかった…
ベッテルはトッドやモンテゼーモロにあたる存在がいなかったのが痛かったと思います。アリバベーネが更迭されてチームの立て直しを支援してくれる裏方がいない状況では、ミハエルでも...
シューマッハの場合はバーナード追い出して気心の知れたロリー・バーンやロス・ブラウンがフェラーリに来たのが大きかったのでは?
ベッテル移籍の際にもアドリアン・ニューウェイを引き抜くぐらい出来たら違う結果になっていたかも。
そんなゴミマシンでポール4回、優勝3回やってのける化け物がおったそうな
1996年はウィリアムズ1強と言って良い程マクラーレンも発展途上でパッとせずミハエルシューマッハの抜けたベネトンも苦戦する中で何回か優勝してるミハエルシューマッハは流石だと思います、ここからミハエルシューマッハの伝説が始まったわけですから移籍はこの時点では何とも言えないかも
移籍後初のインタビューで涙目だったもんね、マイケルは。うじうじしてなんかあの人物らしからぬ自信のなさが
透けて見えた。ま、移籍自体山師が勝手に決めてきたもんだったから、本人相当違和感あっただろうけどね。
さすがのシューマッハでも当時のフェラーリではしんどかった。でも後の栄光へ向けて考えると一つの準備期間と見た方が良いのかも?一応勝ち星は掴んでるし。
燃料がシェルになったきっかけは後藤さんだったとは‼︎そして今もフェラーリの燃料はシェルですよね!
その問題だらけのマシンでも3勝するのは凄い。
93~95年の3年間、ベルガー、アレジの2人でも計2勝しか出来なかったのだから。
1戦しか乗ってないジョーダン191すらコレクションしたのに、このF310だけは唯一コレクションしなかった事でもわかるシューマッハーにとって良い思い出が皆無の迷車。www
でも、このF310で絶望しながらも奮闘して年間3勝したのは本当に素晴らしいと思います。👍
F310で絶望したシューマッハーの奮闘を見たジャン・トッドが、フェラーリからジョン・バーナードを追い出して、全力でフェラーリを「チーム・シューマッハー」に改革させた事でフェラーリの黄金時代を築き上げたきっかけになったマシンなのも事実ですけどね。www😅
シーズン前のテストでF310と412T2を乗り比べたシューマッハーが「この412T2で何故昨年1勝しかしてないんだ?」「このF310よりも412T2のエンジンをV10に載せ替えたマシンでレースに出れないか?」って真剣に相談したらしい。www😅
シューマッハーが乗ったフェラーリのGPカーの中では一番好き(特に前期型)。味わいがある。
そう、確かになんともいえない「味わい」がありましたねw
一時期は「シューマッハ(フェラーリ)しか勝たないからつまらない」と言われるぐらい驚異的な強さでしたね
見た目からして全然期待できなかったので「今年は3勝できれば御の字だ」と言って本当に3勝したのは驚いたw
直線で首傾けて少しでもインダクションポッドにエアが入るようにしたり涙ぐましい努力してたよね。
後のインタビューで本人曰く「シーズン終了後は見たくもなかった」そうだがこんな車でも良い所はあったらしく、雨天時の走りは当時のキャリア中一番しっくりきたそうな。
F310は信頼性はまだなく
フランスではポールポジション獲得も
フォーメーションラップでブローしレースさえできず、イギリスでもスタートして数周でリタイアするほどだった
巨大なプロテクター(笑)と首を傾けながら走るシューマッハの姿が印象的でした。思えば、翌年からマールボロレッドになったんで、最後のイタリアンレッドマシンでした。あ、ミニカーはロー、ハイノーズ1台づつ持ってます(笑)
私も持っています(笑)
マルボロレッド受け入れるからマイケルの移籍金捻出出来た流れだから仕方ない
ミニカーだと何故かカッコいいんです😅
ウィリー・ウェバーの描いた、ドラマの様なシナリオ。
ここまでみんなが乗ってくるとは、本人も思っていなかったかも?
いま見ると、なかなかにカッコ良い。授業中に描いていた、ぼくの考えたF1マシン、の当時の究極、かもしれない。ウィリアムズは、ちょっと描けないでしたよ、やはり。ニューウェイはすごいw
厨二心をくすぐるデザインだったと私も思います。サイド(ヘッド)プロテクターのブサイク加減もあれはあれで味があったような。サイドポッドあたりのアピアランスは私も大好物でした。
F1興味無かった頃はシューマッハのイメージがあったからフェラーリっていつも強いチームなんだと思ってたけど、実際ある程度F1を知るようになるとシューマッハ時代が強すぎただけだったと知る
黄金期だけ切り取ると退屈症候群かと感じますが、この年からの苦労があってこその2000年以降の黄金時代があったのだと思います。
あと、この年も前年に比べれば明るめになったけど、翌年以降マルボロの影響でさらにマルボロ寄りの明るめの赤にかわってしまいました。
当時の映像みると、綺麗な最後の?真紅だなってかんじています。
俺はフェラーリにシューが移籍したって聞いたときえっあの落ち目のフェラーリって思ったもん
ブサイクなマシンが大好きな僕としてはMP4/10、11に並ぶほど大好きなマシンです。
翌年97年の310Bとは名前こそ似てはいるが全く別物でしたね。(アジップ→シェルにメーカー変更はシューマッハの契約金をアジップでは捻出出来なかった為…って事もあります)
カナダGP決勝レースでシューがピットイン→アウトの際、ピットレーンに車体後部からパラパラ部品飛び散らしてたよねぇ。フェラーリ品質やと思ったもんです
このマシンで思い出すのは96年スペインですかね。
あのレースで勝った後、マシントラブル続きで…ピットアウト時にドライブシャフトが壊れたり、フォーメーションラップ中にエンジンブローしたり、5周も走らせたらギアボックスが壊れたり…酷いマシンでしたよね。
あの頃、ミハエルがエンジンに空気が入らないからとストレートで首を傾けて走るのFニッポンやカートでもみんなやって居たの思い出します(笑)。
96年のフェラーリは他のマシンよりも1.5秒遅くて、ミハエルの運転で1秒は縮められるけど…あと0.5秒はどうしようも無いんだと誰かが言ってましたが…そんなマシンでスパとモンツァで勝ったのは凄いなと思いました。
いつも、楽しく拝見しています。
堅実な内容ゆえに、安心して視聴できる貴重なチャンネルだと思います。
13:25~ やはり F1 は、ドライバー以上にマシン開発が重要なのですね。
悲しいけど、それがモータースポーツの現実なんですよねぃ。
最初にF310のサイドプロテクターを見たときに戦闘機のF-15イーグルにコンフォーマルタンクを付けたF-15EストライクイーグルのF1版かと思いました。
ずんぐりしたサイドプロテクターが無かったらどれだけ格好いいのか学生時代、頭の中でよく妄想を巡らしていました。
初テストで油圧から油漏れ起こしてても
問題なしって言ったクルーにシューマッハが激怒したエピソード思い出します
その初テストにはメカニックよりも先にガレージに来てた話も有名。
当時はトルクレンチも使わないでエンジン組んでたようなお粗末さだったからオイルリークして当たり前だけどね
信頼性が低く、走らないF310を3勝し
コンストラクターズランキング2位に
上り詰めたシューマッハはすごかった
あの年のマシンは初物づくしでしたからね、シューマッハが優勝できたことで上出来だったと思うんですよね。
後藤エンジンも最初から競争力あったし。あの複雑なギアボックスもありますが、このマシン、今のF1では常識に
なっている設計がはじめてバーナードによって導入されたマシンでもあります。それはサスペンションアーム取り付けがピロボールではなく、チタンの薄板で剛結されるジョイントですね。これでサスペンションがほぼ無駄な動きをしなくなって、続々と
他チームが真似したデザインです。
シューマッハは正直嫌いだしレーススタイルも手段を選ばないこと結構やってるけど
勝つためのマシンテストを歴代チャンピオンドライバーの中でも徹底的やってたしそのことに対してはすごいと言うしかない
2:03
何回見てもかわいい
ミハエルはこのマシンを初めて見たときは、見た目が他と違っていてとても気に入ったが、シーズンが終わった後はもう見たくもなかったらしい。
ウイリアムズのマシン見た時に終わったと一瞬で思った
ミハエル・シューマッハのフェラーリ入り…。ここから本当の意味におけるフェラーリとシューマッハの序章ともいえる年。開幕前では「今年のダブルタイトル獲得は無理だが、今年は3勝にして見せる」とコメントしていたなぁ…。もしアイルトン・セナご存命だった場合は…アイルトン・セナがウィリアムズから長らくタイトルに見放されているフェラーリへと移籍していた可能性は十分にあっただろう…ってね。
金のBBSホイルだけがかっこよかったなーw
シューマッハが自分が乗ったマシンで唯一コレクションに加えなかった迷車。www
96年の最終戦でこのマシンでレースをするのが最後だと喜んだとか。www
実際に412T2にV10搭載した方が速くてフィーリングも良かったらしい。www
強引なハイノーズがミナルディみたいでカッコ悪いって素直に思いました。www
元の問題点からして
ハイノーズ化は必要だったのか疑問。
こんな昔から「俺たち」のフェラーリが発動しまくっていたのか
このクルマで宣言通り3勝を上げてティフォシの心を掴んでこの数年後に本当にチャンピオンを取り、フェラーリに黄金時代を栄華を繁栄を極めるところまで持っていったのだから、人心掌握やファンの期待に応えるところは素晴らしいですね。さすがはシューマッハです🤗🤗🤗💖👍
ミハエルは自分の乗ったマシンをコレクションで買っていたらしいが
このマシンは買わなかったそうなw
それだけのクソマシンで3勝もするってのは凄い、前年まで在籍していたベネトンもベルガーがあいつはこんなクソマシンでチャンピオン獲ったのか!というマシンだったから
ミハエルはドライバーとしての能力は凄かったんですね
テスト制限がない時代でトータル300kmも走れない車で迎えるシーズンなんて、お察しくださいですよね。
そんな車でも年間3勝は奇跡ですね。
しかし、フェラーリ、マシンにも人材にも相当お金かけてますね。
アイルトンがフェラーリで走る姿を見たかった😭
8:07あたりから始まる映像で、ノーズコーンとパネルの接合面がおかしくなってる気がします。おそらくローノーズにハイノーズ用のパネルを組み合わせたのではないかと。このブサイクマシン、実は大好きですので特集してくれて嬉しかったです。これで3勝、特に高速のイタリアGPでよく勝てたなと。後期の無理矢理ハイノーズよりローノーズの頃が良かったですね。
叩かれがちなシューだけど、1996年と2000年の姿は本当に格好良かったと思う。
2000年シーズンはトラコン積んでたから勝てた
ミハエルがフェラーリに!という夢のようなニュースをブチ壊さんばかりにダサいF310、、、初めて見た時には固まりました。ノーズ上げたらさらにアンバランスなルックスに、、、それミハエルのアゴやんけーーーー!って、、、久々に見ましたが、やっぱりキツいっす、、、
1994年の悲劇をきっかけに、マシンのデザインが大きく変わったから、この時期のF1マシンはどのチームもデザインが洗練されていないよね。
ありがとうございます!
この2:06秒のセナのくだり、本当は94年には移籍したいとセナから打診がありましたが、まだアレジとベルガーの契約があるので無理とトッドが答えたため、セナはウィリアムズへ移籍したそうです。
どこかに動画にあったけどFW18と比べて明らかに挙動が不安定だったらしい。
あれ?連勝できたはいいけど、肝心なドライバー保護のサイドプロテクター 高さ調整と
エンジンへの吸気の方の形状変更ははなぜしなかったのフェラーリ??💦
7速セミオートマが付いた途端、早くなった様な。
シューがフェラーリに移籍してきたからと言っていきなりタイトル取れるとはかぎらないでしょう。
後悔つーより最初涙目だったんだよね。
インチキマネージャーに勝手に決められてさ。当時のシューマッハの単独インタビューが残ってるけど、小声でボソボソ
答えるは、真っ直ぐ前を見続けることが出来なくて、俯き気味だわ、ポジティブなマインドなんてなくてお利口さん発言でポジティブ演出、挙句は泣きそうな顔。ドヤ顔が当時からトレードマークのあの人だからコントラストがアレで
痛々しかったね。
シューマッハ「オレ、跳馬移籍後悔してるんだ」トッド「待ってくれ!ほしいモノを言ってくれ!用意するぞ!」シューマッハ「ニューウェイかバーンのマシン」トッド「ニューウェイ無理だけどバーンはOK」。
Mシューミーは、この苦悩の96年の後、97年は全ポイント剥奪、98年のハッキネンとのタイトル争いに負け、99年には骨折でシーズン後半を棒に振り、00年にようやくハッキネンに勝利してのチャンピオン。
00年〜04年の5連覇に至るまでに、ダーティーなものも含め、連覇と1年しか短くない4年もの間、フェラーリでタイトルに届かない年月を過ごしているのです。
シューのマクラーレン入りやセナのフェラーリ入りが実現していたらF1の勢力地図はどうなっていたのだろう
フェラーリ在籍時にマクラーレンと交渉してた時もありましたね
何かF92Aみたいなマシン…
でも、常勝軍団に変えたシューマッハは大したモノ。
それでもへらーりは
V12を使い続けてほしかった
どうせシューマッハが勝つだろうと、録画したF1はラスト数分のみ観てた。
「おっ!誰かクラッシュしてるじゃん!」って場合だけ最初から観てたなあ。
フェラーリの戦闘力よりも魅力は圧倒的なブランド力ですね。
ウィリー・ウェバーの判断はどう考えても正しいと思いますよ。
そしてバーナードが完全に過去の人になったF310という駄馬。
特にシーズン途中から投入した吊り下げノーズは見た目も酷くて最悪でしたね。
もしフェラーリのマシンにセナが乗っていたら、かっこよかっただろうな。
初めて見たときF92Aを不細工にしたデザインでダメだと思った
絶望的にダサい車だけど
記録より記憶に残る