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ゆめラジオさんの守備範囲の広さにいつも驚かされます☺️
宗教という何やらとらえ難いものを、ゆめラジオさんは解りやすく解説して下さっていると感じます。そして川嶋さん、とってもカッコいい!です。
人は現象世界に対する理解は深めようとしますが、視えない世界に理解を深めようとする時、心から向き合う必要がありますからね。
ゆめラジオさんの日々のご発信、常に冷静で、中立であろうとする姿勢に感服します。賛同できない部分もありますが(例えば、「ポストモダン」は今後のこと、現在進行形のことなので、現象の分析と共に「べきだ」論がどうしても混じりますよね)、宗教は「じっくり学んで、考えて、大丈夫そうだという時に少しずつ始める」という姿勢には、大賛成です。タブー視されがちな宗教というテーマに、偏らないよう努めつつしっかり向き合われるお二人に敬意を表します。
そもそも空海はこの教えは日本人に為になると選択してもってきていますからね。ですからヨガはもってきませんでした。
そう思います!全てにおいて同意です!
我が家は神道で神葬祭ですが、勉強になりました。
現代は拝金主義の坊主が多すぎる 戒名に100万とかアホかと
自分が認知し深め様とする自己世界と、言葉では表現の難しい宗教的な別空間との間の関係(性)を無視するのではなく、少しでも知って行こうとするのが、人間として、素直な生き方・旅なのかも知れないですね。
釈尊はあの世の事なんて一言も言ってないはず。ある弟子から死後の世界の事を聞かれて「そんな事考えて何になる」と諌めたはず。
お料理やスポーツの中にも自分を高めるための実践、修行・・・日常に根差した・・・、仰る通りです。日蓮の御書にも「御みやづかいを法華経とをぼしめせ」とあります。なすべきこと、果たすべき役割、職業・仕事・生活すべてが法華経と思っていきなさいと訳されます。
宗教とはなんぞや!この問いに明確に答えられる人がいたとしても、それはあくまでその人が思う宗教的概念で、健全な答えなら人それぞれの世界観なのかも知れない。確実なのは、人は皆いつかは死を迎えその時が、自分が今生培って来た宗教観の総決算を垣間見る時でもあるのでは、ないだろうか?本当に宗教とは、デリケートなリアリティだと思う。
小乗は僧侶。大乗は民。仏教は個の目覚め。欲に目覚めさせ他との共生を説いたもの。祖霊を否定。密教は祖霊精霊を容認したもの。古神道は、精霊祖霊信仰。個がなく共生する。霊力で世を正し和を得く。
とても勉強になりました。
配信ありがとうございます❤。人は死ぬ。さればまず、臨終を學んで後、他事を學ぶべし。日蓮大聖人の御金言が、命に、響きますね❤。
2:00 ベトナムは北伝ですね。念のため。
平安末期から仏教が秩序を担わなければならなくなった=現世利益政教分離の崩壊ですね。織田信長が政教分離をさせた。
空海が持ってきたのは、ヒンドゥ教だよねぇ😢
まあ今回は日本仏教の在り方を巡る話なのでこう言う話になるんだろうけど、本来宗教の出発点って、人がどのように生きるのが正しいのかと言うのが本質であり最も大切なものだと思っている。そこには型とか形なんてものはなく、そうなると宗教という形も本来ないのが本質であって、仏教とかキリスト教とかという型や形は真理を探究する人からするとどうでもいいものになる。巨大集団の宗教の胡散臭さは、そういう型や形にはまらない人は間違いであり、邪教とか偽物として排斥してきたんだけれど、それが正しいのであれば、こんなに悩み深い世界にはなっていない。大切なのは健康長寿に生きて自分が幸せを感じ、周りの人々も幸せに感じさせる生き方が大切であって、宗教という型や形が大切ということではない。つまり過去に宗教という枠組みの中で社会が構成されてきたけど、それも本来のあり方からしたらいかに幻のような在り方存在だったかという事を悟ることが大切だと思っている。最初の説明にあった通り、色即是空空即是色がこの社会のあり方の本質であり、その時代時代にあった一時的なシステムで社会は運営されてきたけど、それも時代が過ぎれば今の巨大新興宗教が崩れてきているように幻のような存在になっていくのを分かることが大切なんじゃないだろうか?
川嶋さん、ゆめラジオの方にもご出演して頂きたいです(๑-﹏-๑)
宗教を作り変える日本語の傾向・言霊信仰ことだましんこう言語そのものに霊力が宿っているという信仰。ある言葉を口に出すとその内容が実現するという,一種の宗教的信仰ともいえるもので,祝詞 (のりと) ,忌言葉もその現れである。日本においては,江戸時代の音義説にまでこの思想の流れがみられる。われわれの日常の言語生活にもある程度このような思想がみられる。・御霊信仰(ごりょうしんこう)とは、人々を脅かすような天災や疫病の発生を、怨みを持って死んだり非業の死を遂げた人間の「怨霊」のしわざと見なして畏怖し、これを鎮めて「御霊」とすることにより祟りを免れ、平穏と繁栄を実現しようとする日本の信仰のことである。霊とは日本では、人が死ぬと魂が霊として肉体を離れるという考え方は、例えば縄文期に見られる屈葬の考え方のように、原始から存在していた。こうしたことから、「みたま」なり「魂」といった霊が人々に様々な災いを起こすことも、その頃から考えられていた。古代になると、政治的に失脚した者や、戦乱での敗北者などの霊が、その相手や敵に災いをもたらすという考え方から、平安期に御霊信仰というものが現れるようになった。[要出典]怨霊から御霊へ政争や戦乱の頻発した古代期を通して、怨霊の存在はよりいっそう強力なものと考えられた。[要出典]怨霊とは、政争での失脚者や戦乱での敗北者の霊、つまり恨みを残して非業の死をとげた者の霊である。怨霊は、その相手や敵などに災いをもたらす他、社会全体に対する災い(主に疫病の流行)をもたらす。古い例から見ていくと、藤原広嗣、井上内親王、他戸親王、早良親王などは亡霊になったとされる。[要出典]こうした亡霊を復位させたり、諡号・官位を贈り、その霊を鎮め、神として祀れば、かえって「御霊」として霊は鎮護の神として平穏を与えるという考え方が平安期を通しておこった。これが御霊信仰である。また、その鎮魂のための儀式として御霊会(ごりょうえ)が宮中行事として行われた。記録上、最初に確認できる御霊会は、863年(貞観5年)5月20日に行われた神泉苑で行われたもの(日本三代実録)である。[要出典]この最初の御霊会で、崇道天皇(早良親王。光仁天皇の皇子)、伊予親王、藤原大夫人(藤原吉子、伊予親王の母)、橘大夫(橘逸勢)、文大夫(文屋宮田麻呂)、観察使(藤原仲成もしくは藤原広嗣) の六人が祭られた。[要出典]後に、井上皇后(井上内親王。光仁天皇の皇后)、他戸親王(光仁天皇の皇子)、火雷天神(下御霊神社では6つの霊の荒魂であると解釈している[1]。一般には菅原道真であるともいわれるが、道真が祀られるようになったのは御霊神社創設以降)、吉備聖霊(下御霊神社では6つの霊の和魂であると解釈している[1]。吉備大臣吉備真備、もしくは吉備内親王、とも言われる)をくわえ、観察使と伊予親王が省かれた「八所御霊」として御霊神社(上御霊神社、下御霊神社)に祀られている。[要出典]北野天満宮御霊信仰が明確化するのは平安時代以降であるが、その上限がどこまでさかのぼれるかどうかは、ひとによって理解が一定していない。史料的に確実な例としてあげられるのは、『続日本紀』の玄昉の卒伝にみえる藤原広嗣の怨霊であるが、それ以前については意見がわかれている。聖徳太子が怨霊であったとする梅原猛(『隠された十字架』)の説は証拠にとぼしいが、蘇我宗家(蘇我蝦夷・蘇我入鹿)の滅亡にその兆候がみとめられるとする八重樫直比古のような理解や、大津皇子にその発端をみる多田一臣らの説は、『扶桑略記』『薬師寺縁起』のように後世にくだる史料に拠らざるを得ない欠点はあるものの、一定の論拠を有している。また長屋王については寺崎保広(『人物叢書 長屋王』)が、天平7年(735)以降に大流行し、藤原四子らを死に追いやった天然痘と王の怨霊とが関連づけている。この長屋王に関しては藤原広嗣と時代も近い点からみて、ほぼ疑いないと思われる。ただし、本郷真紹のように、長屋王や広嗣の怨霊の記事は、『続日本紀』が平安時代の編纂までくだることから、この時代の潤色であるとみて、早良親王以前の怨霊の存在は認めがたいという見方もある。現状では、奈良以前の例については確証を得難いということになろう。[要出典]なお、小説家の井沢元彦は『逆説の日本史』において、古代の日本は中国文明の影響によって、子孫の祭祀の絶えた者が怨霊となるとして、これを「プレ怨霊信仰」と呼び、それが長屋王と藤原四子の事件により「冤罪で死んだ者が怨霊となる」という「日本的怨霊信仰」へと変化したと提唱している。[要出典]ただし井沢の説は、定説として確定していない梅原の説をほぼ全面的に承認しての論である。この古代の怨霊について論述したものはあまり多くはないが、『愚管抄』に「アラタニコノ怨霊モ何(いかに)モタダ道理ヲウル方ノコタウル事ニテ侍ナリ」とあり、また怨霊が現れるのは「意趣ヲムスビテ仇ニトリ」という形式を踏むとしている。[要出典]すくなくとも慈円は怨霊というものは、現れるだけの理由があって現れるものであり、それは「意趣」を返すためであると論じている。慈円の認識が古代から中世の一般的な認識であったのかはわからないが、この叙述によれば、やはり怨霊というものは非業の死、恨みによって生まれるものと考えられていたということになる。[要出典]平安時代から鎌倉時代にかけては崇徳上皇・藤原頼長(宇治の悪左府)、安徳天皇、後鳥羽上皇・順徳上皇、後醍醐天皇などが怨霊となったと怖れられ、朝廷や幕府は慰撫や慰霊のために寺社を建立している。[要出典]南北朝期を通して、こうした怨霊鎮魂は仏教的要素が強くなるが、それでも近世期の山家清兵衛(和霊神社)や佐倉宗吾(宗吾霊堂)などの祭神に見られるように、御霊信仰は衰退してはいなかった。それをもっとも端的に示すのが『太平記』であって、仏教的な影響を受けつつも、南北朝の動乱を怨霊の仕業とする立場を見せ、社会を変動させる原動力であるとみなしている。これは源平合戦などの世の乱れの一因に崇徳院の怨霊の影響があったとみる『保元物語』『平家物語』のありかたを一層、進展させたものと認められよう。[要出典]また、一般に御霊信仰の代表例として鎌倉権五郎(鎌倉景正)が語られることが多いが、彼は怨霊というよりは、超人的な英雄としての性格や祖霊信仰に基づく面が強いように考えられる。鎌倉権五郎に関しての話題は、民俗学的な面(一つ目小僧)からも見る必要がある。
十七条憲法(じゅうしちじょうのけんぽう)とは、推古天皇12年(西暦604年)5月6日に皇太子である聖徳太子が制定した全17条からなる日本最初の成文法。『日本書紀』には、同年4月3日(旧暦)の項に「皇太子親(みずか)ら肇(はじ)めて憲法十七条憲法を作りたもう」と、太子自らが起草したことが記述されている。(聖徳太子31歳の時。)憲法十七条、十七条の憲法(じゅうしちじょうのいつくしきのり)とも言われる。『日本書紀』、『先代旧事本紀』には、推古天皇12年4月3日(604年5月6日)の条に「十二年…夏四月丙寅朔 戊辰 皇太子親肇作憲法十七條」と記述されている。(この「皇太子」は、「厩豐聰爾皇子」こと厩戸皇子を指している。)概要憲法の名を冠しているが、政府と国民の関係を規律する後年の近代憲法とは異なり、その内容は官僚や貴族に対する道徳的な規範が示されており、行政法としての性格が強い。思想的には儒教[注釈 1]を中心とし、仏教[注釈 2]や法家[注釈 3]の要素も織り交ぜられている。また、冒頭(第一条)と末尾(第十七条)で、「独断の排除」と「議論の重要性」について、繰り返し説かれているのも大きな特徴で、その「議論重視」の精神が、五箇条の御誓文の第一条「広く会議を興し、万機公論に決すべし」にも(ひいては近代日本の議会制民主政治にも)受け継がれているとする意見が、保守層の間で出ている[1]。現代語訳夏四月丙寅朔の戊辰の日に、皇太子自らの肇の作、憲法十七條。(厳しき祝詞を七緒道)一曰く、和をもって尊しとし、逆らわないのを教義とせよ。人は皆、群れるし、また頭の達者な者は少ない。 それゆえ、あるいは父たる天皇に従わず、背くにおいて隣の里。しかれども、上が和らぎ下と睦まじく、戯れにおいて事を論じれば、すなわち事の道理は自ら通じる。何事においても成し遂げられないことがあろうか[注釈 4]。二曰く、篤く三宝を敬え。それは仏、法、僧である。すなわち総ての生物の終わり帰るところであり、すべての国の頂点の教義である。どういう世であれ、どのような人であれ、この法を尊ばざるを得ない。高くがなく低姿勢が良いとする法。この鮮やかに優れる悪の働き。教えると従うに至る。この三宝で二度と帰ってこない。無駄に真っ直ぐ。三曰く、天皇の勅語を承ったなら、必ず謹んで従う。民を支配する者の規則は天までいたる。すなわち臣下は地に行くゆく。天を覆し奴隷を載せる。そうして四季がめぐり、総ての気で神通力を得る。地の欲で天を覆し、他人の胸の内を卑屈に気にするようになる。これゆえに、君主の言葉を臣下は謹んで受ける。上が行なえば、下は真似をする。それゆえ、承る勅語は必ず慎み従う。慎まずは自敗する。四曰く、天皇の側近の位の高い役人と多くの役人に、用いるための礼の本。この民を治めるこの本、要がある。礼儀、嗚呼、上では礼儀正しくなく、しかし下々には道理に反し揃えさせる。それ故に、下の者の無礼は必ず有罪。それゆえ、多くの臣下に礼があれば、地位の序列に乱はない。民に礼が有れば、国家は自治する。五曰く、絶対に接待への欲を棄て、訴訟はハッキリと物の道理をわきまえろ。その民の訴えは、一百と千件。そのうえ貴様、このあり様は何年にも渡る。このごろ訴訟を治める者が、私利を得るためが常になり、見る、賄賂政庁の裁き。この厄介な訴えは都合が良い、右手で水に投げるごとし。訴える貧民、水に投げる石のようだ。これをもって貧民は、規則の理由が分からない。臣下としての道もまた欠ける。六曰く、悪を懲らしめ善を励ますのは、古来からの良典である。これを用いては善の人を隠せ無い、見たら必ず悪は正される。すなわち媚び欺く者は、二国家の利器であり、人民を絶つための鋭い剣である。また媚びへつらう者は、もっとも良い謀に応じ話しやすい。下に向かっては上の失敗を誹謗する。このような人はみな、王に対する忠心がなく、民における思いやりも無い。これで大乱のもとになる。七曰く、人には各々の任務があり、それは濫りにしてはならない。賢人や哲人を官に任じれば、手本とし称賛の声が起こる。偽りの心をもつ者を官職に雇う、世の災い乱れがそく繁栄する。世に生き知る人は少ない。厳しく念を作り、これ聖人とする。事の大小にかかわらず、人を得て必ず治める。時の緩急はない、出会う賢者は自ずと寛大だ。それゆえ国家は永久、社禝[注釈 5]を危くしてはならぬ。それゆえ古来の聖王、官のために求人を行う、人の為に官を求めることはない。八曰く、位の高い役人たちは、早朝寝坊で退出する。回りもなびいて公務が止まる。仕事時間に難ありにつきる。これをもって、遅い朝から焦ってやっては行き届かない。必ずやの仕事が早退で終わらない。九曰く、義(人として守るべき正しい道)を信じる本。ことごとく信ずる。この善悪での成敗の要はここ、信じるにある。群れも臣下もともに信じる、何事も成し遂げられない。(我々は)群れや臣下の信用がまるでなく、総ての事がことごとく失敗した。十曰く、憤怒をたち怒り恨み捨て、人に逆らい怒らない。人にはみな心があり、各々には執着がある。彼が正しい、つまり私が悪い。私が正しい、だから彼が悪い。私は聖人ではない、彼は愚かではない。共にこれは凡夫の耳だ。是と非の道理、どうして定めることが出来ようか?賢人も愚者とともに鐶の端だ。だから、彼は怒っていても我を失う恐れで戻る。我は独り占めしたが、衆は従いこぞって持ち上げる。十一曰く、明確に功労と過失を見ぬき、賞と罰を必ず当てる。近頃、功に賞をしておらず、罪への罰をしていない。天皇皇后の直属の役人と公卿は、賞と罰を明らかに宣言する。十二曰く、國司と國造、民から税を取り立てるな。国に二人の君主はなく、民に両方の主人はない。地の続く限りの多くの民は、天皇を主人とする。官庁のところに任命する者すべてが、天皇の臣下で皆、正しい。なぜあえて公に与えた、民への租税の取り立ての割り当て。十三曰く、多くの官職に任じられた者、同じく知識省。拷問する者、あるいは使者、ある門においての出来事。しかるに知を得た日。すなわち、和らぎのごとしを知る。それは過ち、これを与え聞かせる。防衛と公務でしてはならぬ。十四曰く、多くの臣下と多くの役人、あることないことで嫉妬。我すでに嫉妬の人。またまた妬みの我。嫉妬の患い無知の極み。ゆえに、智が勝においてそく己が不愉快。才が優れているにおいて、そく嫉妬。それで、五百もの賢人に今遭遇しても、千年に一人の聖人を待つのは難しい。何によって国を治めればよいのか。十五曰く、私心に背を向け政務が、臣下の正しい道である。凡人は私心が有り、必ず恨みがある。怨みが有れば必ず同じではない、同じでなければ、すなわち私をもって政務をさまたげる。怨みが起き、害法の定めに従わない。ゆえに最初の章で述べた、上下の調和、そのわきに正しいと定めた情の安らかな気。十六曰く、民の使用は時期を選べというのは古の良典である。ゆえに冬と月のある夜間は、民を使用して良い。(我々が)従うのは春から秋は農耕と養蚕の季節であり、民を使ってはならない。農作をせず(我々は)何を食べる?養蚕しなければ何を着る?十七曰く、人夫の事がらの独断はよくない。必ず大衆に論議を与える。些細な事柄は軽々しく認める。良くないことも必ず大衆、ただ議論大事とだけとらえる。 もし疑い出ると失う。ゆえに大衆をあい織り交ぜ、言葉で乗っ取るのが徳の理。
「事なかれ主義」の従業員が多い企業は、生産性を高められずに企業の成長が鈍化したり、衰退したりするかもしれません。目次「事なかれ主義」とは職場の事なかれ主義による悪影響事なかれ主義に陥りやすい人の特徴事なかれ主義が発生しやすい職場の特徴事なかれ主義の具体例事なかれ主義の従業員を減らす方法事なかれ主義を防ぐ職場環境とは事なかれ主義を発生させないために「Chatwork」「事なかれ主義」とは「事なかれ主義」とは、波風が立つ状況を避け、物事を穏便に済ませようとする態度や考え方を意味する言葉です。「事なかれ主義」という言葉は、「事なかれ」と「主義」から成り立ち、「なかれ」は「なし」の命令形「勿れ(なかれ)」で、「重大な事態を起こすことなかれ」という意味を表し、「思想」を意味する「主義」を添えて、「波風を立たせず、平和的に済ませようとする思想」を指してます。職場の事なかれ主義による悪影響職場に事なかれ主義がいると、周りの人や企業に悪影響をおよぼします。職場に事なかれ主義がいる状況における悪影響を紹介します。保守的になってしまう事なかれ主義の人は何事も穏便に済ませたいと考えているため、新たな物事にチャレンジせず、保守的になってしまう傾向があります。事なかれ主義の従業員が職場にいると、チームの行動が守りに徹してしまい、事業が時代の変化に追いつけず、企業の成長を妨げたり、衰退させたりするかもしれません。指示待ちになってしまう事なかれ主義の従業員は、問題を起こさないようにするために、積極的な行動を避けようとします。指示待ち状態の事なかれ主義の従業員が職場にいると、チームにも受け身な姿勢が広がり、スピーディな業務遂行が難しくなるでしょう。業務の進捗の遅れや停滞は、企業の生産性の低下につながります。事なかれ主義に陥りやすい人の特徴事なかれ主義に陥りやすい人には、以下のような特徴があります。自分に自信がない当事者意識がな責任感がない向上心がない自己保身に走る争いを避けたい職場にいる事なかれ主義の人を減らしたいと考える場合は、まずは事なかれ主義になりやすい人の特徴を確認しておくと、対処しやすくなるでしょう。自分に自信がない事なかれ主義に陥りやすい人は、自分に自信がないという特徴があります。自分に自信がなくて決断や判断ができないため、物事に関わろうと思わなかったり、他者に判断を任せたりします。当事者意識がない当事者意識がない人も、事なかれ主義に陥りやすいです。業務を円滑に進めるには、当事者意識をもち積極的に行動する姿勢が求められます。しかし、当事者意識がないと、自分で考えて必要な行動をとれなかったり、意見をもてなかったりします。責任感がない事なかれ主義に陥りやすい人は、責任感がない傾向があります。自分の不手際でミスやトラブルが生じても、「指示が悪かった」「タイミングが悪かった」などと他者や環境のせいにして、自責の念を抱きません。また、責任を負わないために、重要な仕事を避けたり、言われた仕事のみに従事したりします。向上心がない向上心がなく、変化を嫌う姿勢も、事なかれ主義に陥りやすい人の特徴といえます。現状の安定した業務に慣れている人は、面倒ごとが増える状況を避けるために、さらなる成果を出したり、職場をよりよくしたりといったポジティブな行動に対する意欲がない傾向です。自己保身に走る他者からの評価が下がる状況や、自分のミスが原因で怒られる状況に対して恐れを抱く人も、事なかれ主義に陥りやすいでしょう。たとえば、ミスをした際に隠してしまったり、失敗を恐れて新たな業務へのチャレンジを避けたりする傾向があります。また、自分に責任が生じるのを恐れて、トラブルの種をわざと見過ごすケースもあるでしょう。争いを避けたい事なかれ主義に陥りやすい人の特徴として、他者との争いを避けるために、相手に合わせようとする姿勢も挙げられます。他者との競争を面倒に感じたり、相手に嫌われることを恐れたりして、相手の意見に賛同するため、状況によって発言内容が異なるケースが多いです。事なかれ主義が発生しやすい職場の特徴事なかれ主義が発生しやすい職場には、特徴があります。自社が、事なかれ主義が発生しやすい職場の特徴に当てはまっていないか、確認しましょう。失敗やミスに厳しい環境失敗やミスに厳しい職場は、事なかれ主義が発生しやすいです。失敗やミスをした社員に対し、必要以上に叱責する、評価を大きく下げるというような厳しい環境では、失敗やミスを恐れる社員から挑戦意欲が消え、指示された内容にしか従事しないといった状態になる恐れがあります。正当な評価がされない環境正当な評価がされない職場環境は、従業員のモチベーションを低下させるため、必要最低限の業務しかしない事なかれ主義が発生しやすいでしょう。たとえば、業績に貢献しているのに評価が低い、評価基準が曖昧で頑張っても頑張らなくても評価が変わらないなどの状態は、従業員の向上心を削ぐ可能性が高いです。お互いに協力や感謝がされない環境従業員がおこなう業務や作業を「やって当たり前」と考え、協力や感謝がない環境は、従業員の業務意欲を減退させ、事なかれ主義を生じさせます。困っていても助けてもらえない、アイデアや意見を出して業務効率化をはかれても感謝されないような職場では、従業員はネガティブな感情を抱き、業務へ積極的に取り組まなくなるでしょう。事なかれ主義の具体例事なかれ主義の人が職場で起こしがちな行動の具体例を紹介します。見て見ぬ振りをしてしまう意見に一貫性がなくなってしまう問題を先送りにしてしまうそれぞれについて詳しく解説していきます。見て見ぬ振りをしてしまう事なかれ主義の人は、職場で発生しているトラブルを見て見ぬ振りをする傾向があります。業務におけるクレームなどのトラブルや人間関係の不和、ミスなども見て見ぬ振りをして、自分にも責任が及ぶ可能性がある関わりを避けようとするでしょう。また、トラブルを未然に防ぐために、マニュアルや既存のやり方にこだわり、従業員の前例にない考えなどを一蹴する振る舞いもみられます。意見に一貫性がなくなってしまう事なかれ主義の人は、相手によって自分の考えや意見を変えるため、一貫性のない発言をします。他者に嫌われることや他者との競争を恐れる傾向がある事なかれ主義の人は、自分の意見をもっている場合でも、あえて隠して相手に賛同するでしょう。問題を先送りにしてしまう目の前にある問題の先送りは、事なかれ主義の人が起こしがちな行動です。解決しなければならない問題があるにも関わらず、面倒だと感じたり争いや失敗を恐れたりして先送りにし、他者が解決してくれるのを待つ傾向があります。
事なかれ主義の従業員を減らす方法事なかれ主義の従業員が社内に多いと、チームメンバーや企業によい影響を与えません。自社の従業員の意欲的な活動や企業の成長のためにも、事なかれ主義の従業員を減らす取り組みが重要です。事なかれ主義の従業員を減らす方法を解説します。責任感をもたせる事なかれ主義の従業員は、責任感がない傾向があるため、責任感を芽生えさせると効果がある可能性があります。たとえば、日常業務や会議などで発言させる機会を設けると、他者に自分の意見やアイデアを聞かれる状況におかれるため、発言に対する責任感の芽生えにつながるでしょう。また、従業員に対して期待役割を伝えると、業務意欲向上につながり、責任感をもって仕事に取り組んでもらえると考えられます。>ビジネスシーンにおける責任感の必要性に関する記事はこちら難易度が高い業務を割り振る普段の業務よりも難易度が高い業務を割り振ると、向上心や責任感が芽生えるため、事なかれ主義の従業員を減らすことにつながるでしょう。やり慣れている安定した業務ばかりをおこなっていると、従業員の変化に対する恐怖が強くなり、事なかれ主義が助長する恐れがあります。難易度が高い業務を与えれば、従業員に責任感が生じるだけでなく、期待役割も伝えられるため、モチベーションも上げられます。成功体験をさせる事なかれ主義の人は、自分に自信がない傾向があるため、成功体験を積ませて自信をつけさせる取り組みも効果的です。まずは、小さな目標を設定し事なかれ主義の従業員に達成させて、自信をつけさせたり、業務に対する意欲を向上させたりしましょう。最初から大きな目標を設定すると、失敗のリスクが高くなり自信を大きく削ぐ状態になりかねないため、小さな目標から徐々に大きな目標を設定していく進め方がポイントです。事なかれ主義を防ぐ職場環境とは事なかれ主義の従業員を減らすだけでなく、そもそも事なかれ主義を発生させないことが大切です。事なかれ主義の従業員を発生させない職場環境のポイントと作り方を解説します。安心して発言できる環境挑戦する姿勢を評価する環境正当な評価が受けられる環境多様性を認める環境お互いに協力・感謝しあえる環境ひとつずつ詳しくみていきましょう。安心して発言できる環境従業員が安心して発言できる環境は、事なかれ主義に陥りにくい意識の醸成につながります。発言すると傾聴してもらえる、ひとつの意見としてうけいれてもらえるという職場環境は、発言に対する心理的ハードルを下げ、自分の意見を伝えやすくなるため、よりよいアイデアを積極的に出せるなど、能動的な業務を実現できるでしょう。
インドって今もそうですけど、【現実・この世】が辛い国なんじゃないですかね?日本は【現実・この世】がそんなに辛い国じゃ無いんですよね。インド世界の辛さから ”あの世の世界” の想像・妄想へといったんじゃないでしょうか?
宗教は薬と同じで適量なら薬として役立つが多すぎると毒になる 見えるものと見えないものを結ぶのが宗教で見えない物が見えるようになるわけではないただ、見えない不安 ままならない不安を和らげる
大日月地神示もいいですよーーー🟡🟡🟡🟡🟡
なぜ宗教が歪められるのか?それは愛のためでない欲のためでしょうね。哲学者のニーチェが『ツァラトゥストラ〜』の中で書いているように「愛のための欲は健康で神聖な欲であり、愛のためでない欲は病的な欲である」ですからね。w
仏教に関して造詣が深い方なのかな?と思って動画観てみたのですが、あまり分かってなさそうですね。
宗教の成立は根源的には、人間や動物に見られる生きるために群れを作る習性、つまり本能であると思う。動物は強いリーダーに盲目的に従っているだけだが、人間はそれに意味づけをして高尚なものとして崇めていると考えられないでしょうか。
宗教の本質は、人が生きていく中で体験する様々な苦しみや悩みをどうしたら解消できるかを提供することです。この2人はこのことがまったく分かっていない。
歴史思想で、人を殺し正当化自分の家族が殺されたら皆さんどうします?
大乗仏教の呼び方自体が部派仏教への侮蔑を込めて大乗仏教一派が付けた名称!大乗仏教経典の殆どが後から作られた経典なので、日本へ伝わった時点でもう釈迦の教えそのものでは無くなっている。頭では理解出来ない、のですが!
日本語の傾向が宗教や政党の主張自体を無力化する理由日本語を使うことによる脳構造「日本人の脳」とニッポン人の〈原始のしっぽ〉ありていに言えば、約束事にしばられずに、縦横に「日本人とは何だろうか」を問うてみたいのです。そしてそれは自分自身への問いでもあります。そういうごく個人的な探索ノートが、実はこの「ニッポン民俗学」に他なりません。あらかじめ、あるいは改めましてご承知おき願います。ずっと以前に「右脳・左脳」ということがずいぶん話題に上った。同時に「日本人と脳」ということについても語られていたはずだ。本来なら、私もそのときにこの問題を「卒業」しておかねばならなかったのだろう。大人になってからの「はしか」は重篤になるという。しばらくはこのテーマが頭を離れそうにない。 その「禁断の書」とは、角田忠信氏の著作『日本人の脳』(正編1978年、続編1985年刊行)である。そこには何が書かれていたのか。日本人の脳の働き方が、欧米人とは愚か、ほとんどのアジア人とも異なるものであることが明証されていた。私たち日本人は他とは違う人間なのである。誇らしさが浮かびそうになるが、いやいや実は文字通り「日本の常識は世界の非常識」であることが運命づけられているのであり、相互理解のためには必ず「翻訳」が必須であることを自覚せねばならないのである。(二) 人類とは種であり、ここにおいて民族の差はなく、脳を含めた身体的諸機能に差異はない。いかなる民族や国籍において生まれようと、どんな言語の習得も可能である。発声および聴覚機能自体は普遍的であり、生得的な差異はない。言わば、人間としてのハードウェアは同一である。興味深いことにコンピュータ同様に(人間がこれを作ったのだから、むしろ当然と言うべきかも知れないが)、ここでもソフトウェアが重要なのである。 いま、世界中のコンピュータの基盤ソフトウェア(OS:オペレーティング・システム;各アプリケーション・ソフト起動の前提となる基本ソフト)はほとんどがMS-Windows(DOS-V)である。これに対するのは少数派のMac-OSやLinuxである。人間にとってのOSとは何か。それは紛れもなく、思考の基盤となる言語である。そうである、日本人の言語が違うのである。 問題は日本語にある。日本語というOSが日本人を作るのである。日本人であることは生得的なものではなく、日本語を習得することによって、母国語とすることによって「日本人になる」のである。では、「日本人になる」とはどういうことか。脳の働かせ方を、日本人仕様にするということである。脳の働かせ方の日本人仕様とは何か。母音を左脳に取り込むということである。 何でもないことのように思えるだろう。ところがこれこそが人類学的に特異なことなのである。日本語は母音が必ず伴う言語である。よって、これが言語脳である左脳に取り込まれること自体は仕方がない。しかし、母音的特質(注)をもつ他の自然「音」も、母音的なものとしてすべて言語として左脳に受容されてしまうのだ。その例として最も有名なものは、虫の音である。ちなみに欧米人はこれを右脳で聞いている。(注)母音的特質 二つ以上のフォルトマン構造をもち、その周波数比が倍数関係にないこと及び構成音の一つ以上がFM音であること(要は音韻・音波的な特徴である)。(三) 右脳と左脳、それぞれの機能の特徴と一般的に言われていることを列挙してみよう(欧米人の脳モデル)。【左脳】言語脳、理性、デジタル的、ストレス脳。顕在意識(意識)、理解・記憶を求める、段階的に少量ずつ受け入れる、低速で受け入れる、直列処理する、手動処理、意識処理。言語、観念構成、算術処理などに適し、分析的、抽象的、論理的。【右脳】イメージ脳、感性、アナログ的、リラックス脳。潜在意識(無意識)、理解・記憶を求めない、一度に大量を受け入れる、高速で受け入れる、並列処理する、自動処理、無意識処理。音楽、図形感覚、絵画、幾何学処理などに適し、合成的、全体的、感覚的、直観的。もちろん、右脳と左脳はバラバラに働いているのではなく、普通は協働的に機能している。ただし、「言語」が発せられたとき、言語脳である左脳が優位となる。例えば、楽器の音色を聴いているとき、右脳が受容処理の主体となっているが、言葉が聞こえてくると、その音楽を含めて左脳で処理され始めるのである。しかしこれは多数派のWindowsのOSで働く脳の場合である。 Mac-OSとでも言うべきOSで働く日本人の脳の場合は、最初から特殊である。洋楽器の音色こそ右脳受容であるが、三味線など邦楽器となれば初めから左脳で受容されるのである。前述したが、虫の音も左脳(欧米人は右脳)だし、言語は母音・子音とも左脳(欧米人は母音は右脳、子音は左脳)である。さらに、日本人は情動(感情、パトス)も左脳にその座がある。音関係について、まとめよう。【日本人の脳】 〈左脳で受容〉 言語(母音・子音)、情動的な人声(喜怒哀楽の声、ハミング)、虫や動物の鳴き声、波や雨音、邦楽器音 〈右脳で受容〉洋楽器音、機械音【欧米人の脳】 〈左脳で受容〉言語(子音) 〈右脳で受容〉言語(母音)、情動的な人声(喜怒哀楽の声、ハミング)、虫や動物の鳴き声、波や雨音、邦楽器音、洋楽器音、機械音それぞれ〈右脳で受容〉の音だけが聞こえている間は右脳優位となるが、〈左脳で受容〉の音が聞こえ始めた途端、左脳優位となり、〈右脳で受容〉の音も左脳経由で処理される。(四) 西欧思想を学ぶ者にとって、ロゴス(論理)とパトス(情念)というのは基本タームであり、この二項対立が西欧思想を形作っていることは常識である。例えば、理性と感情、霊魂と肉体、精神と身体などというのは、このヴァリエーションである。ここからデカルト的にさらに引き延ばせば、思惟と延長、精神と物体、人工と自然、人間と世界などの二元対立項も引き出せる。 欧米人のこの二元論思考には、実に生理学的根拠があったのだ。彼らのOSでは、【左脳】 ロゴス(言葉) 【右脳】パトス(言葉ではないもの)、人間以外の自然、もの(物体、延長)と脳は作動している。ところが、日本語OSに従う日本人の脳の場合はどうか。【左脳】 こころあるもの(ロゴス、パトス、自然) 【右脳】こころがない、ただの「もの」(物体)と作動していたのだった。 価値づけは相対的なものだ。日本人が「もしかしたら自分たちは妙なOSを持っているのかも知れない」とようやく気づいたのは、明治以降、「西欧近代」の世界図式を「普遍」として受け容れてからのことである。それまでの日本人は、ことさら「不幸」ではなかった。別に、いまでも不幸がることはもちろんない。しかしながら、私たちのOSは世界標準から大きく外れたものであることは紛れのない事実である。 日本語を母国語とする限り、この脳という物質に依拠した「唯物論」(あるいは、脳機能という観点から言えば「唯脳論」)から私たちは逃れられない。日本人の自然と一体だと感じる呪術的心性もここに基盤があったわけだ。また、日本語に「情理」という言葉あるが、実に日本的な言葉であることに思い至る。「情理を尽す」とは、人情と道理を述べ、ものごとを説き明らかにすることである。この言葉には、ロゴスとパトスの隣接、いや同居が語られている。 思えば、オリンピック・シドニー大会で柔道の篠原選手が出場した決勝での判定を巡っての騒動は、実は日本人にとってだけの「騒動」で、日本的なるものと非日本的なるものとの葛藤であったのだろう。そのキイ・ワードは「気配り」である。気配りとは、ロゴスとパトスが隣接ないしは同居した「情理」を感じる心である。日本人はこの情理が「普遍的に」通じることを信じて「謙虚」であったのだ。しかし、ロゴスとパトスが別物であるOSを持った人間から見れば、そんな「短絡」は単なる愚かさにすぎない。これは、無媒介の「翻訳」は不可能であることを実証する「不幸」の一例である。
(五) 日本語OSの特異性に由来すると思われることをいくつか挙げよう。まず、英語に代表される外国語会話の習得が日本人はなぜ不得手なのか。これは彼我の脳の使い方を知れば一目瞭然であろう。非日本人は左右の脳を使って言語を使うのに対して、日本人は左脳優位で言語を使うのが自然であるから、外国語も左脳で理解・習得しようとしてしまうのだ。これは日本語の一語一語(一拍一拍)に母音が必ず伴うことに起因する。欧米人は母音を右脳で音楽音のように聞き話している。日本人はそれを左脳で言語音として聞こうとし話そうとするのだ(他に母音や子音の数の違いなどもあるが、ここでは割愛する)。 こういう日本人が西洋古典音楽に接するとき、はなはだ微妙な問題が惹起される。これを好んで聴けるのだとすると、天恵とでも言うべき救いである。なぜなら、日本人にとっては雑音以外で右脳受容できる唯一の美的対象音であるからだ。しかしその人にとり、もし聴き難いものであったとしたら、その日本人の脳はその音楽を右脳に侵入する雑音としてか、あるいは言語として左脳で解析するが理解できない音として受容し難いのだ。 これに関連して面白いことがある。クラシック・ファンの日本人が集うコンサートでは、言語的なマナーがたいへんよい。これはそれらの日本人にとってコンサート・ホールが「右脳空間」であることを無意識的に自覚しているからである。オーケストラが勢揃いし指揮者が棒を振り始めた瞬間から、そこは右脳だけを働かせる世界となる。日本人の左脳を刺激するもの、おしゃべりはもちろんのこと、しわぶき一つも許されない。 これは実際あった話だが、音楽評論家の吉田秀和氏が野外コンサートで演奏を聴いている最中に野鳥の声が聞こえ、その時まるで「音の空間に穴」が空いたと感じたと書いておられる(「音楽展望」『朝日新聞』1974.09.19)。野鳥の声は、日本人の脳活動に音楽脳から言語脳への転換をいきなり強いたのだった。演奏が終わっても、日本人は「ブラボー」なぞと言語的には反応せずに、非言語的手段すなわち長く強い拍手で演奏者たちを讃えるのが流儀である。 それから、日本語と言えば、漫画について語らねばならない。音声言語では左右の脳を使う欧米人だが、書かれたアルファベットは一義的で左脳認知の文字である。それに対して、日本語の中の漢字は多義的で多様な読み方を持つ。だから「ルビ」がある。ところが、ルビがある言語は日本語だけなのである(中国語の中の漢字は一音しかない)。日本人だけが漢字を視覚的には右脳で認知し、左脳でルビを読み意味解析する。なお、かな(カナ)・ローマ字・数字は左脳で認知されている。 漫画は日本人にとってのクラシック音楽に似ている。日本人が右脳をうまく働かせられる数少ない対象の一つなのである。日本人は漫画を左右の脳を使って読む。漫画の画は「漢字」、吹き出しは「ルビ」の役割だ。日本の漫画がなぜ優れているのか、また日本人がなぜあのように漫画を素早く読んだり、深く味わったりできるのかは、日本人の脳と日本語にその秘密があった。
(六) 彼我の脳OSの差異から来る世界観や人間観、自然観の違いを述べよう。分かりやすいところから述べると、都市構造である。面白いことに、脳機能のあり方がそのまま都市構造に反映されている。ヨーロッパの都市は、人が住む所を城壁で囲い、その周囲に田畑を拓いた。さらにその向こうは森である。都市内は完全に人工的な造り物で満たされている。庭園すら自然のままのものはない。道は石で舗装され、人も着衣することが強いられる。田畑は半ば自然的な領域であるが、人が立ち回ることが許されるのはそこまでである。その外側の森は人が住む所ではない。魔女の棲み処である。童話に登場する魔物は森に棲む。つまり、都市とは欧米人の左脳であり理性的人間的な世界である。一方の森とは右脳であり感性的自然的な世界である。 日本の「都市」は都市ではない、と欧米学者がよく言うのは、それがふつう城壁を持たなかったためだ。日本人はヨーロッパ人とは逆に、「森」を排斥しない、むしろ「森」とともにある「都市」を築こうとしたと言えよう。人が住む所、田畑、「森」の共存が日本人の理想だ。家のあり方にもそれはよく表れていた。身近な自然そのものを借景とし、庭に小山を築き小川を流す。自然媒介的な縁側や障子も、人工世界と自然を分離しないようにしている仕組みである。日本人の左脳には、人間と自然が共存している。だが、これは普遍的には異常なことなのである。 次に「死体」についてである。実は「戒名」は日本的なものである。例えば、欧米人の墓には何と刻まれているか。生前の人間としての名である。欧米人は、死体は人間の肉体であり、死者の人格そのものとは思わない。それはもはや人間ではなく、自然的な物体である。しかし日本人はどうか。まず、戒名は死者が仏に成ったことを示す。死体は生前以上に神聖なものとなり、決しておろそかに扱ってはならないものとなる。自然的な物体なぞではもちろんなく、祭り上げるべき存在(神)でさえある。 欧米人が、左脳に精神を右脳に肉体を配し、死後にはそれぞれを葬り去ることができるのに対して、日本人は左脳で一体となった精神と肉体を分離できず、縁者に告げ知らせもせず去った場合なぞ、その死体(日本では「遺体」)に精神を求めさえする。それがいまも続く、縁者による戦没者の遺骨や航空機事故死亡者の遺品収拾である。日本人が生体間臓器移植を認め難いのは、もう言うまでもなくここに由来する。 とどめに、日本人の「虫好み」について述べよう。欧米人と日本人では、虫に対する感覚が大きく違う。日本では近ごろ、夏休みに昆虫採集が叶わなかった子どもたちにデパートで昆虫が高価で売られているということが、少し非難めいて報道されている。しかし欧米人にとっては、昆虫が子どもたちに好まれていること自体が何かぞっとすることなのである。 ご存知の「仮面ライダー」は人間と昆虫を合体した「改造人間」である。このキャラクターが日本の子どもたちにはたいへん人気があったわけだ。映画でも、巨大化した昆虫がたくさん登場する。日本人にとっては「人類の味方」であった「モスラ」もそうだ。大画面に映し出されたイモムシであった幼虫に喝采を送るというのは、なるほど言われてみれば異様、奇怪なことである。 もう少しキレイに言えば、池に蛙が飛び込む音に「わび」「さび」を感じるのは日本人の脳だけなのである。日本映画やテレビドラマの中で多用される効果音としての自然音、例えば小川のせせらぎや雨だれの音に、私たちなら「当然」感じるだろう「情理」(論理を抱き合わせた情感)を引き起こされる欧米人はいないのである。自然や虫の音に「理性的な感情移入」が自然にできるのは日本人だけなのである。これらもまた、日本人の脳OSが成せる業と言えよう。
(七) 昔は「和魂漢才」と言い、今は「和魂洋才」と言うが、私たち日本人は本当にこの意味を理解しているのだろうか。答えは否である。私たちは根底を変えようとしていないのではなく、自ら変えようとしても変えられないのだ。戦国後期の、キリスト教を誤解しての広汎かつ急速な信仰の広がりに対して、解禁されて正当な教義が伝えられた明治以降の受容の少なさと浅さは何を物語るのだろうか。 故遠藤周作氏は、戦国後期のキリスト教外人宣教師の苦労を『沈黙』という小説で描いており、日本のことを「この国は沼地だ。(…)どんな苗も根が腐りはじめる。(…)我々はこの沼地に基督教という苗を植えてしまった」と語らしめている。同氏は、キリスト教の運命を述べているのではない。日本人の運命を語っているのだ。日本人は日本語を話す限り、異OSである「普遍」を受け容れられないだろう。 私たち日本人は、自らを誤解している。いかなる誤解であるか。日本人もまた「普遍人」だと思っているのである。いま、グローバル・スタンダードは欧米標準である。例えば、「民主主義」だ。日本人は民主主義をしているつもりである。しかしいつまで経っても民主主義にはならない。これだけ自民党主導政府批判が全国民的になされつつ、それを定立する選挙では別行動がまかり通ることは、まさに「沼地」だという証明でなくてなんであろうか。 頭では分かりながら、あるいは口ではそう言いながら、臓器移植が進まず、また欧米とはどうも歩調の合わない環境保護なども、日本語OSの成せる業のように思える。環境保護が典型であるが、同じテーマを根底では別のテーマとしてしか解せないのがOSの違いのように思う。言語化されないままだが、欧米人が考える環境保護と日本人が考えるそれはおそらく似て非なるテーマなのである。(八) 渡部昇一氏は、角田忠信氏との対談(『続日本人の脳』に所収)の中で〈原始のしっぽ〉という絶妙の言葉を使われている。筆者もこれを拝借させてもらおう。渡部氏は、日本語こそ最古の「普遍」言語の姿を残すものではないかと提起されている。つまり、人間は初め皆、日本人的な脳の使い方をしていたのではないかということだ。それがいろいろあって、多くは固有言語を持った「宗教」の襲来だが、原始の言語(=脳の使い方)という〈しっぽ〉が断ち切られ、新言語(=いまの普遍脳OS)に切り替わっていった。日本人と日本語とは、その〈原始のしっぽ〉を残す稀有な民族であり言語ではないか。 天皇とは何か。古代には普遍的な存在であった「首長」である。部族の長であり「宗教」成立以前の宗教的な長である。特徴として、神の子孫だということが挙げられる。世界的には、こんな「首長」は克服・打倒され尽くしてしまっている(中世以降の「王」は神の子孫なぞではない)。しかしそんな存在が生き延び続けている国がある。日本という我が国がそれに他ならない。これに符合するように、古代普遍的な脳の使い方を続け、それに基づく世界観・人間観・自然観をもった民族がいる。日本人は、廃絶され尽くしてしまったはずの〈原始のしっぽ〉を持続する民族なのである。 日本人の思考は、放っておけば左脳偏向となる。これを是正してくれるのが、昔からの外国語学習である。外国語は日本人の右脳を刺激する。かつての中国語がそうであったはずだし、いまの英語学習もそうである。しかし、それはしばしば日本人の脳を痛めつけ、疲れさせる。そこで日本人は逃避する。それが「鎖国」である。その中で日本人は右脳志向した脳を、改めて左脳優位に振り戻す。 どういうふうに振り戻すかというと、「シンプル」にである。世界の一元認識、一元思考こそ日本的思考の究極である(言語の一元的受容構造に基づく。右脳的な「音」を左脳の「言葉」にする擬音語・オノマトペアもその一つ)。道元の「只管打坐」(しかんたざ:ひたすら座禅すること)や親鸞の「南無阿弥陀仏」などはその典型である。最澄や空海の複雑多様な仏教受容も四百年も経てば、極めてシンプルな教義に蒸留されてしまう。 では、私たち日本人は右脳を使っていないのか。もちろんそんなことはない。カンは右脳の所産であり、ノン・バーバル(非言語)は日本人の思考の特徴であるとすら言えるであろう。禅がノン・バーバルを大切にし、日本人がそれを受け容れてきたことは、日本人がそれを重視してきたことをむしろ物語っているだろう。そこ(右脳)は、日本人には人や生き物など一般存在者は棲めない、言わば「絶対者」の領域であり、神が坐す所なのだろう。 日本語と同様な母音構造を持った言語は、現在のところ、太平洋東南(ハワイ・ニュージーランド・イースター島を結ぶ三角海域)に広がるポリネシア民族にしか見出せない(彼らの脳OSは確かに日本人型の働き方をしているのだ)。もしかしたらであるが、太平洋戦争中の日本軍が占領した島嶼で、日本人が歓迎されたというのは、ここに通じるものがあったせいだろうか(ただし、日本の進軍はミクロネシア・メラネシアまででポリネシア領域には達していない)。 このポリネシア民族(注)に親近性があるという事実は案外重い。我がニッポン人の由来を示唆するかも知れないからだ。アメリカ大陸の先住民族たちはモンゴロイドだと言われるが、その移住路について、近ごろ、北方ベーリング海峡回りのルートばかりでなく、太平洋横断ルートもあったとする説がある。しかもこのルートの方が先行していたというのだ。我がニッポン人の少なくとも一部の先祖ともなった古代モンゴロイド人たちは、舟を漕ぎ出し東へ東へと向かったのかも知れない。(注)ポリネシア民族 ポリネシア語派(ハワイ語、タヒチ語、サモア語など)は、インドネシア語派やメラネシア語派とともに、マライ・ポリネシア語族(オーストロネシア語族、南島語族とも言う)に属している。 ポリネシアには、相撲取りの出身地として有名になったトンガ諸島なども含まれる(ちなみに、角田氏の左右脳検査はこのトンガ出身の相撲取りの協力を得て行われ、その脳機能が日本人と同一だと実証された)。 マライ・ポリネシア語族はモンゴロイドで、東南アジア付近にいた古モンゴロイドの一派が東方海上へ向かったのがポリネシア人である。
(九) 日本語が変化したように、脳機能も変わる。今の日本人の脳機能は、日本語が今の様態になった平安初期に定式化されたものと思える。最近の変化は、歌に表れているように思う。歌は、歌詞の意味が分からない場合は右脳優位で、歌詞の意味が分かったら左脳優位で取り込まれているはずだ。いわゆる欧米の「ポップス」は、たいていの日本人には意味が分からないので右脳優位で聴いているのだろう。 サザン・オールスターズなどに代表される歌詞が不明瞭でよく分からないニッポンの歌は、ほとんど意味が分からない外国語曲と同様だ。つまり、右脳受容できる歌となる。これまでの歌詞明瞭な、すなわち左脳に取り込まれる歌とは違う日本人のための歌が生まれたのだ。これまでのクラシックや欧米ポップスにばかり頼らなくてもよい状態が整ってきたのである。 しかしながら、ニッポンの歌は生きている。英語交じりで歌われる歌とは何だろうか。右脳から左脳へ落ちる快感、あるいは言語から非言語へ飛び出す快楽は、日本語OSが前提となっていると言わざるを得ない。実は、リズムやメロディにもニッポンの歌は根強く生き残っている。演歌ばかりがニッポンの歌ではない。宇多田ヒカルにも「伝統」は生き残っているし、パフィーなぞは「拍」(言葉の一語一語の区切り)を明確に歌うニッポンの歌の典型である。「だんご三兄弟」も「拍」を明らかにした(一語一語が意味明瞭)歌の典型である。欧米風のものが並ぶヒット曲の中で、間歇泉のようにニッポンの典型歌が大ヒットするというのが我が国のヒット・チャートの周期である。(十) エンディングとして「日本人の脳」のその後を推察しておきたい。ただし、以下は筆者の直観による、実証的な根拠のないあくまで「妄想」であることをお断りしておく。 例えば筆者に、これだけのこだわりを喚起させたこの「日本人の脳」というテーマは、その後どういう扱いを受けることになったのだろう。書物自体は静かなロング・セラーとなり、いまでも版を重ねている。しかし「大脳生理学」と称される学問分野で、角田氏が定立された「日本人の脳」というテーマが、いま現在も継承されているようにはとても見えない。いま一般的に流通している内容は、日本人と欧米人を区別しない(ということは、欧米人型脳=普遍脳とする立場だ)「右脳・左脳論」だけと思われる。 続編発行(1985年)以降の、脳科学の進展(「進歩」とは言わない)がこのテーマを無効なものにしてしまったのだろうか。角田氏がもっぱら聴覚問題および聴覚検査を通じて本テーマを提起されたという限定条件も確かにあろう。それに、同氏の研究がやや「オカルト」とも受け取られかねないところへと傾いていったこともあろう(「四〇、六〇システム」という左右脳受容の普遍的転換スイッチ、脳の時空間処理における「40・60・80」の人類学的スイッチ、公転周期を刻む脳内年輪システムや月の満ち欠けによる左右脳受容の逆転などの発見)。 逸脱は、日本の学者の好むところではない。一時の関心も、欧米学会がリードする脳科学の普遍標準にしだいに引き寄せられ、角田説は異端視されていったのだろうか。いずれにせよ、学者受けはせず、後継を持たない学説へと追いやられたに違いない。時は80年代後半、日本はバブル景気に浮き立っていた。「日本人論」ブームが沸き起こり、日本人の特異性が誇りをもって語られもした時代であった。角田説はこのとき高揚し、その崩壊後、バブルとともに日本のケガレを祓うように遠く流されたのか。 いまの「右脳・左脳論」では、日本人は右脳の働きが強いとされている。これは角田説に似て非なるものだ。前提が違っている。いまの「右脳・左脳論」は、欧米人脳OS=普遍脳とし、パトスの部位を人類共通に「右脳」において、日本人は「パトス」的だとしているものだ。筆者にすればだが、これではニッポン人の秘密に何ら迫れるものではない。また、これほどの衝撃を受けもしなかっただろう。流竄された説こそを私は愛しく思う。(蛇足) 断わるまでもなく、筆者は脳科学プロパーに対して何ら発言できる学識も資格もない。この論はあくまで、筆者が一連の書物たちに出逢ってしまい、そこから受けた「啓示」に基づいてニッポン人というものの基底部(「沼地」)について、筆者なりの示唆的な見取り図をラフ・スケッチしてみたものにすぎない。どうかそこを誤解せずにお受け取り願いたい。また、専門的なご質問を頂いてもここに記した以上にはお答えしようもないこともあらかじめお断わりしておく。[主な典拠文献]角田忠信『日本人の脳』大修館書店角田忠信『』大修館書店金田一春彦『日本語』岩波新書 新版坂野登『しぐさでわかるあなたの「利き脳」』日本実業出版社養老孟司・梅図かずお『やさしい「唯脳論」』メディアファクトリー遠藤周作『沈黙』新潮文庫佐藤良明『J-POP進化論』平凡社新書head
宗教はご利益信仰ではなく哲学であってほしいですぬ
無明。
どうにもゆめラジオさんには賛同できないです。特にゆめラジオさんの普段の動画。
ゆめラジオさんは、ドイツの哲学以外、お得意ではないようですね。川嶋さんの知見の浅さが輪をかけて、内容の薄い対談となっています。
ゆめラジオさんの守備範囲の広さにいつも驚かされます☺️
宗教という何やらとらえ難いものを、ゆめラジオさんは解りやすく解説して下さっていると感じます。
そして川嶋さん、とってもカッコいい!です。
人は現象世界に対する理解は深めようとしますが、視えない世界に理解を深めようとする時、心から向き合う必要がありますからね。
ゆめラジオさんの日々のご発信、常に冷静で、中立であろうとする姿勢に感服します。賛同できない部分もありますが(例えば、「ポストモダン」は今後のこと、現在進行形のことなので、現象の分析と共に「べきだ」論がどうしても混じりますよね)、宗教は「じっくり学んで、考えて、大丈夫そうだという時に少しずつ始める」という姿勢には、大賛成です。タブー視されがちな宗教というテーマに、偏らないよう努めつつしっかり向き合われるお二人に敬意を表します。
そもそも空海はこの教えは日本人に為になると選択してもってきていますからね。ですからヨガはもってきませんでした。
そう思います!
全てにおいて同意です!
我が家は神道で神葬祭ですが、勉強になりました。
現代は拝金主義の坊主が多すぎる 戒名に100万とかアホかと
自分が認知し深め様とする自己世界と、言葉では表現の難しい宗教的な別空間との間の関係(性)を無視するのではなく、少しでも知って行こうとするのが、人間として、素直な生き方・旅なのかも知れないですね。
釈尊はあの世の事なんて一言も言ってないはず。
ある弟子から死後の世界の事を聞かれて「そんな事考えて何になる」と諌めたはず。
お料理やスポーツの中にも自分を高めるための実践、修行・・・日常に根差した・・・、仰る通りです。
日蓮の御書にも「御みやづかいを法華経とをぼしめせ」とあります。
なすべきこと、果たすべき役割、職業・仕事・生活すべてが法華経と思っていきなさいと訳されます。
宗教とはなんぞや!
この問いに明確に答えられる人がいたとしても、それはあくまでその人が思う宗教的概念で、健全な答えなら人それぞれの世界観なのかも知れない。確実なのは、人は皆いつかは死を迎えその時が、自分が今生培って来た宗教観の総決算を垣間見る時でもあるのでは、ないだろうか?本当に宗教とは、デリケートなリアリティだと思う。
小乗は僧侶。大乗は民。
仏教は個の目覚め。欲に目覚めさせ他との共生を説いたもの。祖霊を否定。
密教は祖霊精霊を容認したもの。
古神道は、精霊祖霊信仰。個がなく共生する。霊力で世を正し和を得く。
とても勉強になりました。
配信ありがとうございます❤。
人は死ぬ。
さればまず、臨終を學んで後、他事を學ぶべし。
日蓮大聖人の御金言が、命に、響きますね❤。
2:00 ベトナムは北伝ですね。念のため。
平安末期から仏教が秩序を担わなければならなくなった=現世利益
政教分離の崩壊ですね。織田信長が政教分離をさせた。
空海が持ってきたのは、ヒンドゥ教だよねぇ😢
まあ今回は日本仏教の在り方を巡る話なのでこう言う話になるんだろうけど、本来宗教の出発点って、人がどのように生きるのが正しいのかと言うのが本質であり最も大切なものだと思っている。そこには型とか形なんてものはなく、そうなると宗教という形も本来ないのが本質であって、仏教とかキリスト教とかという型や形は真理を探究する人からするとどうでもいいものになる。巨大集団の宗教の胡散臭さは、そういう型や形にはまらない人は間違いであり、邪教とか偽物として排斥してきたんだけれど、それが正しいのであれば、こんなに悩み深い世界にはなっていない。大切なのは健康長寿に生きて自分が幸せを感じ、周りの人々も幸せに感じさせる生き方が大切であって、宗教という型や形が大切ということではない。つまり過去に宗教という枠組みの中で社会が構成されてきたけど、それも本来のあり方からしたらいかに幻のような在り方存在だったかという事を悟ることが大切だと思っている。最初の説明にあった通り、色即是空空即是色がこの社会のあり方の本質であり、その時代時代にあった一時的なシステムで社会は運営されてきたけど、それも時代が過ぎれば今の巨大新興宗教が崩れてきているように幻のような存在になっていくのを分かることが大切なんじゃないだろうか?
川嶋さん、ゆめラジオの方にもご出演して頂きたいです(๑-﹏-๑)
宗教を作り変える日本語の傾向
・言霊信仰
ことだましんこう
言語そのものに霊力が宿っているという信仰。ある言葉を口に出すとその内容が実現するという,一種の宗教的信仰ともいえるもので,祝詞 (のりと) ,忌言葉もその現れである。日本においては,江戸時代の音義説にまでこの思想の流れがみられる。われわれの日常の言語生活にもある程度このような思想がみられる。
・御霊信仰
(ごりょうしんこう)とは、人々を脅かすような天災や疫病の発生を、怨みを持って死んだり非業の死を遂げた人間の「怨霊」のしわざと見なして畏怖し、これを鎮めて「御霊」とすることにより祟りを免れ、平穏と繁栄を実現しようとする日本の信仰のことである。
霊とは
日本では、人が死ぬと魂が霊として肉体を離れるという考え方は、例えば縄文期に見られる屈葬の考え方のように、原始から存在していた。こうしたことから、「みたま」なり「魂」といった霊が人々に様々な災いを起こすことも、その頃から考えられていた。古代になると、政治的に失脚した者や、戦乱での敗北者などの霊が、その相手や敵に災いをもたらすという考え方から、平安期に御霊信仰というものが現れるようになった。[要出典]
怨霊から御霊へ
政争や戦乱の頻発した古代期を通して、怨霊の存在はよりいっそう強力なものと考えられた。[要出典]怨霊とは、政争での失脚者や戦乱での敗北者の霊、つまり恨みを残して非業の死をとげた者の霊である。怨霊は、その相手や敵などに災いをもたらす他、社会全体に対する災い(主に疫病の流行)をもたらす。古い例から見ていくと、藤原広嗣、井上内親王、他戸親王、早良親王などは亡霊になったとされる。[要出典]こうした亡霊を復位させたり、諡号・官位を贈り、その霊を鎮め、神として祀れば、かえって「御霊」として霊は鎮護の神として平穏を与えるという考え方が平安期を通しておこった。これが御霊信仰である。また、その鎮魂のための儀式として御霊会(ごりょうえ)が宮中行事として行われた。記録上、最初に確認できる御霊会は、863年(貞観5年)5月20日に行われた神泉苑で行われたもの(日本三代実録)である。[要出典]
この最初の御霊会で、崇道天皇(早良親王。光仁天皇の皇子)、伊予親王、藤原大夫人(藤原吉子、伊予親王の母)、橘大夫(橘逸勢)、文大夫(文屋宮田麻呂)、観察使(藤原仲成もしくは藤原広嗣) の六人が祭られた。[要出典]後に、井上皇后(井上内親王。光仁天皇の皇后)、他戸親王(光仁天皇の皇子)、火雷天神(下御霊神社では6つの霊の荒魂であると解釈している[1]。一般には菅原道真であるともいわれるが、道真が祀られるようになったのは御霊神社創設以降)、吉備聖霊(下御霊神社では6つの霊の和魂であると解釈している[1]。吉備大臣吉備真備、もしくは吉備内親王、とも言われる)をくわえ、観察使と伊予親王が省かれた「八所御霊」として御霊神社(上御霊神社、下御霊神社)に祀られている。[要出典]
北野天満宮
御霊信仰が明確化するのは平安時代以降であるが、その上限がどこまでさかのぼれるかどうかは、ひとによって理解が一定していない。史料的に確実な例としてあげられるのは、『続日本紀』の玄昉の卒伝にみえる藤原広嗣の怨霊であるが、それ以前については意見がわかれている。聖徳太子が怨霊であったとする梅原猛(『隠された十字架』)の説は証拠にとぼしいが、蘇我宗家(蘇我蝦夷・蘇我入鹿)の滅亡にその兆候がみとめられるとする八重樫直比古のような理解や、大津皇子にその発端をみる多田一臣らの説は、『扶桑略記』『薬師寺縁起』のように後世にくだる史料に拠らざるを得ない欠点はあるものの、一定の論拠を有している。また長屋王については寺崎保広(『人物叢書 長屋王』)が、天平7年(735)以降に大流行し、藤原四子らを死に追いやった天然痘と王の怨霊とが関連づけている。この長屋王に関しては藤原広嗣と時代も近い点からみて、ほぼ疑いないと思われる。ただし、本郷真紹のように、長屋王や広嗣の怨霊の記事は、『続日本紀』が平安時代の編纂までくだることから、この時代の潤色であるとみて、早良親王以前の怨霊の存在は認めがたいという見方もある。現状では、奈良以前の例については確証を得難いということになろう。[要出典]
なお、小説家の井沢元彦は『逆説の日本史』において、古代の日本は中国文明の影響によって、子孫の祭祀の絶えた者が怨霊となるとして、これを「プレ怨霊信仰」と呼び、それが長屋王と藤原四子の事件により「冤罪で死んだ者が怨霊となる」という「日本的怨霊信仰」へと変化したと提唱している。[要出典]ただし井沢の説は、定説として確定していない梅原の説をほぼ全面的に承認しての論である。
この古代の怨霊について論述したものはあまり多くはないが、『愚管抄』に「アラタニコノ怨霊モ何(いかに)モタダ道理ヲウル方ノコタウル事ニテ侍ナリ」とあり、また怨霊が現れるのは「意趣ヲムスビテ仇ニトリ」という形式を踏むとしている。[要出典]すくなくとも慈円は怨霊というものは、現れるだけの理由があって現れるものであり、それは「意趣」を返すためであると論じている。慈円の認識が古代から中世の一般的な認識であったのかはわからないが、この叙述によれば、やはり怨霊というものは非業の死、恨みによって生まれるものと考えられていたということになる。[要出典]平安時代から鎌倉時代にかけては崇徳上皇・藤原頼長(宇治の悪左府)、安徳天皇、後鳥羽上皇・順徳上皇、後醍醐天皇などが怨霊となったと怖れられ、朝廷や幕府は慰撫や慰霊のために寺社を建立している。[要出典]
南北朝期を通して、こうした怨霊鎮魂は仏教的要素が強くなるが、それでも近世期の山家清兵衛(和霊神社)や佐倉宗吾(宗吾霊堂)などの祭神に見られるように、御霊信仰は衰退してはいなかった。それをもっとも端的に示すのが『太平記』であって、仏教的な影響を受けつつも、南北朝の動乱を怨霊の仕業とする立場を見せ、社会を変動させる原動力であるとみなしている。これは源平合戦などの世の乱れの一因に崇徳院の怨霊の影響があったとみる『保元物語』『平家物語』のありかたを一層、進展させたものと認められよう。[要出典]
また、一般に御霊信仰の代表例として鎌倉権五郎(鎌倉景正)が語られることが多いが、彼は怨霊というよりは、超人的な英雄としての性格や祖霊信仰に基づく面が強いように考えられる。鎌倉権五郎に関しての話題は、民俗学的な面(一つ目小僧)からも見る必要がある。
十七条憲法
(じゅうしちじょうのけんぽう)とは、推古天皇12年(西暦604年)5月6日に皇太子である聖徳太子が制定した全17条からなる日本最初の成文法。『日本書紀』には、同年4月3日(旧暦)の項に「皇太子親(みずか)ら肇(はじ)めて憲法十七条憲法を作りたもう」と、太子自らが起草したことが記述されている。(聖徳太子31歳の時。)
憲法十七条、十七条の憲法(じゅうしちじょうのいつくしきのり)とも言われる。『日本書紀』、『先代旧事本紀』には、推古天皇12年4月3日(604年5月6日)の条に「十二年…夏四月丙寅朔 戊辰 皇太子親肇作憲法十七條」と記述されている。(この「皇太子」は、「厩豐聰爾皇子」こと厩戸皇子を指している。)
概要
憲法の名を冠しているが、政府と国民の関係を規律する後年の近代憲法とは異なり、その内容は官僚や貴族に対する道徳的な規範が示されており、行政法としての性格が強い。思想的には儒教[注釈 1]を中心とし、仏教[注釈 2]や法家[注釈 3]の要素も織り交ぜられている。
また、冒頭(第一条)と末尾(第十七条)で、「独断の排除」と「議論の重要性」について、繰り返し説かれているのも大きな特徴で、その「議論重視」の精神が、五箇条の御誓文の第一条「広く会議を興し、万機公論に決すべし」にも(ひいては近代日本の議会制民主政治にも)受け継がれているとする意見が、保守層の間で出ている[1]。
現代語訳
夏四月丙寅朔の戊辰の日に、皇太子自らの肇の作、憲法十七條。(厳しき祝詞を七緒道)
一曰く、和をもって尊しとし、逆らわないのを教義とせよ。人は皆、群れるし、また頭の達者な者は少ない。 それゆえ、あるいは父たる天皇に従わず、背くにおいて隣の里。しかれども、上が和らぎ下と睦まじく、戯れにおいて事を論じれば、すなわち事の道理は自ら通じる。何事においても成し遂げられないことがあろうか[注釈 4]。
二曰く、篤く三宝を敬え。それは仏、法、僧である。すなわち総ての生物の終わり帰るところであり、すべての国の頂点の教義である。どういう世であれ、どのような人であれ、この法を尊ばざるを得ない。高くがなく低姿勢が良いとする法。この鮮やかに優れる悪の働き。教えると従うに至る。この三宝で二度と帰ってこない。無駄に真っ直ぐ。
三曰く、天皇の勅語を承ったなら、必ず謹んで従う。民を支配する者の規則は天までいたる。すなわち臣下は地に行くゆく。天を覆し奴隷を載せる。そうして四季がめぐり、総ての気で神通力を得る。地の欲で天を覆し、他人の胸の内を卑屈に気にするようになる。これゆえに、君主の言葉を臣下は謹んで受ける。上が行なえば、下は真似をする。それゆえ、承る勅語は必ず慎み従う。慎まずは自敗する。
四曰く、天皇の側近の位の高い役人と多くの役人に、用いるための礼の本。この民を治めるこの本、要がある。礼儀、嗚呼、上では礼儀正しくなく、しかし下々には道理に反し揃えさせる。それ故に、下の者の無礼は必ず有罪。それゆえ、多くの臣下に礼があれば、地位の序列に乱はない。民に礼が有れば、国家は自治する。
五曰く、絶対に接待への欲を棄て、訴訟はハッキリと物の道理をわきまえろ。その民の訴えは、一百と千件。そのうえ貴様、このあり様は何年にも渡る。このごろ訴訟を治める者が、私利を得るためが常になり、見る、賄賂政庁の裁き。この厄介な訴えは都合が良い、右手で水に投げるごとし。訴える貧民、水に投げる石のようだ。これをもって貧民は、規則の理由が分からない。臣下としての道もまた欠ける。
六曰く、悪を懲らしめ善を励ますのは、古来からの良典である。これを用いては善の人を隠せ無い、見たら必ず悪は正される。すなわち媚び欺く者は、二国家の利器であり、人民を絶つための鋭い剣である。また媚びへつらう者は、もっとも良い謀に応じ話しやすい。下に向かっては上の失敗を誹謗する。このような人はみな、王に対する忠心がなく、民における思いやりも無い。これで大乱のもとになる。
七曰く、人には各々の任務があり、それは濫りにしてはならない。賢人や哲人を官に任じれば、手本とし称賛の声が起こる。偽りの心をもつ者を官職に雇う、世の災い乱れがそく繁栄する。世に生き知る人は少ない。厳しく念を作り、これ聖人とする。事の大小にかかわらず、人を得て必ず治める。時の緩急はない、出会う賢者は自ずと寛大だ。それゆえ国家は永久、社禝[注釈 5]を危くしてはならぬ。それゆえ古来の聖王、官のために求人を行う、人の為に官を求めることはない。
八曰く、位の高い役人たちは、早朝寝坊で退出する。回りもなびいて公務が止まる。仕事時間に難ありにつきる。これをもって、遅い朝から焦ってやっては行き届かない。必ずやの仕事が早退で終わらない。
九曰く、義(人として守るべき正しい道)を信じる本。ことごとく信ずる。この善悪での成敗の要はここ、信じるにある。群れも臣下もともに信じる、何事も成し遂げられない。(我々は)群れや臣下の信用がまるでなく、総ての事がことごとく失敗した。
十曰く、憤怒をたち怒り恨み捨て、人に逆らい怒らない。人にはみな心があり、各々には執着がある。彼が正しい、つまり私が悪い。私が正しい、だから彼が悪い。私は聖人ではない、彼は愚かではない。共にこれは凡夫の耳だ。是と非の道理、どうして定めることが出来ようか?賢人も愚者とともに鐶の端だ。だから、彼は怒っていても我を失う恐れで戻る。我は独り占めしたが、衆は従いこぞって持ち上げる。
十一曰く、明確に功労と過失を見ぬき、賞と罰を必ず当てる。近頃、功に賞をしておらず、罪への罰をしていない。天皇皇后の直属の役人と公卿は、賞と罰を明らかに宣言する。
十二曰く、國司と國造、民から税を取り立てるな。国に二人の君主はなく、民に両方の主人はない。地の続く限りの多くの民は、天皇を主人とする。官庁のところに任命する者すべてが、天皇の臣下で皆、正しい。なぜあえて公に与えた、民への租税の取り立ての割り当て。
十三曰く、多くの官職に任じられた者、同じく知識省。拷問する者、あるいは使者、ある門においての出来事。しかるに知を得た日。すなわち、和らぎのごとしを知る。それは過ち、これを与え聞かせる。防衛と公務でしてはならぬ。
十四曰く、多くの臣下と多くの役人、あることないことで嫉妬。我すでに嫉妬の人。またまた妬みの我。嫉妬の患い無知の極み。ゆえに、智が勝においてそく己が不愉快。才が優れているにおいて、そく嫉妬。それで、五百もの賢人に今遭遇しても、千年に一人の聖人を待つのは難しい。何によって国を治めればよいのか。
十五曰く、私心に背を向け政務が、臣下の正しい道である。凡人は私心が有り、必ず恨みがある。怨みが有れば必ず同じではない、同じでなければ、すなわち私をもって政務をさまたげる。怨みが起き、害法の定めに従わない。ゆえに最初の章で述べた、上下の調和、そのわきに正しいと定めた情の安らかな気。
十六曰く、民の使用は時期を選べというのは古の良典である。ゆえに冬と月のある夜間は、民を使用して良い。(我々が)従うのは春から秋は農耕と養蚕の季節であり、民を使ってはならない。農作をせず(我々は)何を食べる?養蚕しなければ何を着る?
十七曰く、人夫の事がらの独断はよくない。必ず大衆に論議を与える。些細な事柄は軽々しく認める。良くないことも必ず大衆、ただ議論大事とだけとらえる。 もし疑い出ると失う。ゆえに大衆をあい織り交ぜ、言葉で乗っ取るのが徳の理。
「事なかれ主義」の従業員が多い企業は、生産性を高められずに企業の成長が鈍化したり、衰退したりするかもしれません。
目次
「事なかれ主義」とは
職場の事なかれ主義による悪影響
事なかれ主義に陥りやすい人の特徴
事なかれ主義が発生しやすい職場の特徴
事なかれ主義の具体例
事なかれ主義の従業員を減らす方法
事なかれ主義を防ぐ職場環境とは
事なかれ主義を発生させないために「Chatwork」
「事なかれ主義」とは
「事なかれ主義」とは、波風が立つ状況を避け、物事を穏便に済ませようとする態度や考え方を意味する言葉です。
「事なかれ主義」という言葉は、「事なかれ」と「主義」から成り立ち、「なかれ」は「なし」の命令形「勿れ(なかれ)」で、「重大な事態を起こすことなかれ」という意味を表し、「思想」を意味する「主義」を添えて、「波風を立たせず、平和的に済ませようとする思想」を指してます。
職場の事なかれ主義による悪影響
職場に事なかれ主義がいると、周りの人や企業に悪影響をおよぼします。
職場に事なかれ主義がいる状況における悪影響を紹介します。
保守的になってしまう
事なかれ主義の人は何事も穏便に済ませたいと考えているため、新たな物事にチャレンジせず、保守的になってしまう傾向があります。
事なかれ主義の従業員が職場にいると、チームの行動が守りに徹してしまい、事業が時代の変化に追いつけず、企業の成長を妨げたり、衰退させたりするかもしれません。
指示待ちになってしまう
事なかれ主義の従業員は、問題を起こさないようにするために、積極的な行動を避けようとします。
指示待ち状態の事なかれ主義の従業員が職場にいると、チームにも受け身な姿勢が広がり、スピーディな業務遂行が難しくなるでしょう。
業務の進捗の遅れや停滞は、企業の生産性の低下につながります。
事なかれ主義に陥りやすい人の特徴
事なかれ主義に陥りやすい人には、以下のような特徴があります。
自分に自信がない
当事者意識がな
責任感がない
向上心がない
自己保身に走る
争いを避けたい
職場にいる事なかれ主義の人を減らしたいと考える場合は、まずは事なかれ主義になりやすい人の特徴を確認しておくと、対処しやすくなるでしょう。
自分に自信がない
事なかれ主義に陥りやすい人は、自分に自信がないという特徴があります。
自分に自信がなくて決断や判断ができないため、物事に関わろうと思わなかったり、他者に判断を任せたりします。
当事者意識がない
当事者意識がない人も、事なかれ主義に陥りやすいです。
業務を円滑に進めるには、当事者意識をもち積極的に行動する姿勢が求められます。
しかし、当事者意識がないと、自分で考えて必要な行動をとれなかったり、意見をもてなかったりします。
責任感がない
事なかれ主義に陥りやすい人は、責任感がない傾向があります。
自分の不手際でミスやトラブルが生じても、「指示が悪かった」「タイミングが悪かった」などと他者や環境のせいにして、自責の念を抱きません。
また、責任を負わないために、重要な仕事を避けたり、言われた仕事のみに従事したりします。
向上心がない
向上心がなく、変化を嫌う姿勢も、事なかれ主義に陥りやすい人の特徴といえます。
現状の安定した業務に慣れている人は、面倒ごとが増える状況を避けるために、さらなる成果を出したり、職場をよりよくしたりといったポジティブな行動に対する意欲がない傾向です。
自己保身に走る
他者からの評価が下がる状況や、自分のミスが原因で怒られる状況に対して恐れを抱く人も、事なかれ主義に陥りやすいでしょう。
たとえば、ミスをした際に隠してしまったり、失敗を恐れて新たな業務へのチャレンジを避けたりする傾向があります。
また、自分に責任が生じるのを恐れて、トラブルの種をわざと見過ごすケースもあるでしょう。
争いを避けたい
事なかれ主義に陥りやすい人の特徴として、他者との争いを避けるために、相手に合わせようとする姿勢も挙げられます。
他者との競争を面倒に感じたり、相手に嫌われることを恐れたりして、相手の意見に賛同するため、状況によって発言内容が異なるケースが多いです。
事なかれ主義が発生しやすい職場の特徴
事なかれ主義が発生しやすい職場には、特徴があります。
自社が、事なかれ主義が発生しやすい職場の特徴に当てはまっていないか、確認しましょう。
失敗やミスに厳しい環境
失敗やミスに厳しい職場は、事なかれ主義が発生しやすいです。
失敗やミスをした社員に対し、必要以上に叱責する、評価を大きく下げるというような厳しい環境では、失敗やミスを恐れる社員から挑戦意欲が消え、指示された内容にしか従事しないといった状態になる恐れがあります。
正当な評価がされない環境
正当な評価がされない職場環境は、従業員のモチベーションを低下させるため、必要最低限の業務しかしない事なかれ主義が発生しやすいでしょう。
たとえば、業績に貢献しているのに評価が低い、評価基準が曖昧で頑張っても頑張らなくても評価が変わらないなどの状態は、従業員の向上心を削ぐ可能性が高いです。
お互いに協力や感謝がされない環境
従業員がおこなう業務や作業を「やって当たり前」と考え、協力や感謝がない環境は、従業員の業務意欲を減退させ、事なかれ主義を生じさせます。
困っていても助けてもらえない、アイデアや意見を出して業務効率化をはかれても感謝されないような職場では、従業員はネガティブな感情を抱き、業務へ積極的に取り組まなくなるでしょう。
事なかれ主義の具体例
事なかれ主義の人が職場で起こしがちな行動の具体例を紹介します。
見て見ぬ振りをしてしまう
意見に一貫性がなくなってしまう
問題を先送りにしてしまう
それぞれについて詳しく解説していきます。
見て見ぬ振りをしてしまう
事なかれ主義の人は、職場で発生しているトラブルを見て見ぬ振りをする傾向があります。
業務におけるクレームなどのトラブルや人間関係の不和、ミスなども見て見ぬ振りをして、自分にも責任が及ぶ可能性がある関わりを避けようとするでしょう。
また、トラブルを未然に防ぐために、マニュアルや既存のやり方にこだわり、従業員の前例にない考えなどを一蹴する振る舞いもみられます。
意見に一貫性がなくなってしまう
事なかれ主義の人は、相手によって自分の考えや意見を変えるため、一貫性のない発言をします。
他者に嫌われることや他者との競争を恐れる傾向がある事なかれ主義の人は、自分の意見をもっている場合でも、あえて隠して相手に賛同するでしょう。
問題を先送りにしてしまう
目の前にある問題の先送りは、事なかれ主義の人が起こしがちな行動です。
解決しなければならない問題があるにも関わらず、面倒だと感じたり争いや失敗を恐れたりして先送りにし、他者が解決してくれるのを待つ傾向があります。
事なかれ主義の従業員を減らす方法
事なかれ主義の従業員が社内に多いと、チームメンバーや企業によい影響を与えません。
自社の従業員の意欲的な活動や企業の成長のためにも、事なかれ主義の従業員を減らす取り組みが重要です。
事なかれ主義の従業員を減らす方法を解説します。
責任感をもたせる
事なかれ主義の従業員は、責任感がない傾向があるため、責任感を芽生えさせると効果がある可能性があります。
たとえば、日常業務や会議などで発言させる機会を設けると、他者に自分の意見やアイデアを聞かれる状況におかれるため、発言に対する責任感の芽生えにつながるでしょう。
また、従業員に対して期待役割を伝えると、業務意欲向上につながり、責任感をもって仕事に取り組んでもらえると考えられます。
>ビジネスシーンにおける責任感の必要性に関する記事はこちら
難易度が高い業務を割り振る
普段の業務よりも難易度が高い業務を割り振ると、向上心や責任感が芽生えるため、事なかれ主義の従業員を減らすことにつながるでしょう。
やり慣れている安定した業務ばかりをおこなっていると、従業員の変化に対する恐怖が強くなり、事なかれ主義が助長する恐れがあります。
難易度が高い業務を与えれば、従業員に責任感が生じるだけでなく、期待役割も伝えられるため、モチベーションも上げられます。
成功体験をさせる
事なかれ主義の人は、自分に自信がない傾向があるため、成功体験を積ませて自信をつけさせる取り組みも効果的です。
まずは、小さな目標を設定し事なかれ主義の従業員に達成させて、自信をつけさせたり、業務に対する意欲を向上させたりしましょう。
最初から大きな目標を設定すると、失敗のリスクが高くなり自信を大きく削ぐ状態になりかねないため、小さな目標から徐々に大きな目標を設定していく進め方がポイントです。
事なかれ主義を防ぐ職場環境とは
事なかれ主義の従業員を減らすだけでなく、そもそも事なかれ主義を発生させないことが大切です。
事なかれ主義の従業員を発生させない職場環境のポイントと作り方を解説します。
安心して発言できる環境
挑戦する姿勢を評価する環境
正当な評価が受けられる環境
多様性を認める環境
お互いに協力・感謝しあえる環境
ひとつずつ詳しくみていきましょう。
安心して発言できる環境
従業員が安心して発言できる環境は、事なかれ主義に陥りにくい意識の醸成につながります。
発言すると傾聴してもらえる、ひとつの意見としてうけいれてもらえるという職場環境は、発言に対する心理的ハードルを下げ、自分の意見を伝えやすくなるため、よりよいアイデアを積極的に出せるなど、能動的な業務を実現できるでしょう。
インドって今もそうですけど、【現実・この世】が辛い国なんじゃないですかね?
日本は【現実・この世】がそんなに辛い国じゃ無いんですよね。
インド世界の辛さから ”あの世の世界” の想像・妄想へといったんじゃないでしょうか?
宗教は薬と同じで適量なら薬として役立つが多すぎると毒になる
見えるものと見えないものを結ぶのが宗教で
見えない物が見えるようになるわけではない
ただ、見えない不安 ままならない不安を和らげる
大日月地神示もいいですよーーー🟡🟡🟡🟡🟡
なぜ宗教が歪められるのか?それは愛のためでない欲のためでしょうね。哲学者のニーチェが『ツァラトゥストラ〜』の中で書いているように「愛のための欲は健康で神聖な欲であり、愛のためでない欲は病的な欲である」ですからね。w
仏教に関して造詣が深い方なのかな?と思って動画観てみたのですが、あまり分かってなさそうですね。
宗教の成立は根源的には、人間や動物に見られる生きるために群れを作る習性、
つまり本能であると思う。
動物は強いリーダーに盲目的に従っているだけだが、人間はそれに意味づけをして高尚なものとして崇めていると考えられないでしょうか。
宗教の本質は、人が生きていく中で体験する様々な苦しみや悩みをどうしたら解消できるかを提供することです。この2人はこのことがまったく分かっていない。
歴史思想で、人を殺し正当化
自分の
家族が殺されたら皆さんどうします?
大乗仏教の呼び方自体が部派仏教への侮蔑を込めて大乗仏教一派が付けた名称!
大乗仏教経典の殆どが後から作られた経典なので、日本へ伝わった時点でもう釈迦の教えそのものでは無くなっている。
頭では理解出来ない、のですが!
日本語の傾向が宗教や政党の主張自体を無力化する理由
日本語を使うことによる脳構造
「日本人の脳」とニッポン人の〈原始のしっぽ〉
ありていに言えば、約束事にしばられずに、縦横に「日本人とは何だろうか」を問うてみたいのです。そしてそれは自分自身への問いでもあります。そういうごく個人的な探索ノートが、実はこの「ニッポン民俗学」に他なりません。あらかじめ、あるいは改めましてご承知おき願います。
ずっと以前に「右脳・左脳」ということがずいぶん話題に上った。同時に「日本人と脳」ということについても語られていたはずだ。本来なら、私もそのときにこの問題を「卒業」しておかねばならなかったのだろう。大人になってからの「はしか」は重篤になるという。しばらくはこのテーマが頭を離れそうにない。
その「禁断の書」とは、角田忠信氏の著作『日本人の脳』(正編1978年、続編1985年刊行)である。そこには何が書かれていたのか。日本人の脳の働き方が、欧米人とは愚か、ほとんどのアジア人とも異なるものであることが明証されていた。私たち日本人は他とは違う人間なのである。誇らしさが浮かびそうになるが、いやいや実は文字通り「日本の常識は世界の非常識」であることが運命づけられているのであり、相互理解のためには必ず「翻訳」が必須であることを自覚せねばならないのである。
(二)
人類とは種であり、ここにおいて民族の差はなく、脳を含めた身体的諸機能に差異はない。いかなる民族や国籍において生まれようと、どんな言語の習得も可能である。発声および聴覚機能自体は普遍的であり、生得的な差異はない。言わば、人間としてのハードウェアは同一である。興味深いことにコンピュータ同様に(人間がこれを作ったのだから、むしろ当然と言うべきかも知れないが)、ここでもソフトウェアが重要なのである。
いま、世界中のコンピュータの基盤ソフトウェア(OS:オペレーティング・システム;各アプリケーション・ソフト起動の前提となる基本ソフト)はほとんどがMS-Windows(DOS-V)である。これに対するのは少数派のMac-OSやLinuxである。人間にとってのOSとは何か。それは紛れもなく、思考の基盤となる言語である。そうである、日本人の言語が違うのである。
問題は日本語にある。日本語というOSが日本人を作るのである。日本人であることは生得的なものではなく、日本語を習得することによって、母国語とすることによって「日本人になる」のである。では、「日本人になる」とはどういうことか。脳の働かせ方を、日本人仕様にするということである。脳の働かせ方の日本人仕様とは何か。母音を左脳に取り込むということである。
何でもないことのように思えるだろう。ところがこれこそが人類学的に特異なことなのである。日本語は母音が必ず伴う言語である。よって、これが言語脳である左脳に取り込まれること自体は仕方がない。しかし、母音的特質(注)をもつ他の自然「音」も、母音的なものとしてすべて言語として左脳に受容されてしまうのだ。その例として最も有名なものは、虫の音である。ちなみに欧米人はこれを右脳で聞いている。
(注)母音的特質
二つ以上のフォルトマン構造をもち、その周波数比が倍数関係にないこと及び構成音の一つ以上がFM音であること(要は音韻・音波的な特徴である)。
(三)
右脳と左脳、それぞれの機能の特徴と一般的に言われていることを列挙してみよう(欧米人の脳モデル)。
【左脳】
言語脳、理性、デジタル的、ストレス脳。
顕在意識(意識)、理解・記憶を求める、段階的に少量ずつ受け入れる、低速で受け入れる、直列処理する、手動処理、意識処理。
言語、観念構成、算術処理などに適し、分析的、抽象的、論理的。
【右脳】
イメージ脳、感性、アナログ的、リラックス脳。
潜在意識(無意識)、理解・記憶を求めない、一度に大量を受け入れる、高速で受け入れる、並列処理する、自動処理、無意識処理。
音楽、図形感覚、絵画、幾何学処理などに適し、合成的、全体的、感覚的、直観的。
もちろん、右脳と左脳はバラバラに働いているのではなく、普通は協働的に機能している。ただし、「言語」が発せられたとき、言語脳である左脳が優位となる。例えば、楽器の音色を聴いているとき、右脳が受容処理の主体となっているが、言葉が聞こえてくると、その音楽を含めて左脳で処理され始めるのである。しかしこれは多数派のWindowsのOSで働く脳の場合である。
Mac-OSとでも言うべきOSで働く日本人の脳の場合は、最初から特殊である。洋楽器の音色こそ右脳受容であるが、三味線など邦楽器となれば初めから左脳で受容されるのである。前述したが、虫の音も左脳(欧米人は右脳)だし、言語は母音・子音とも左脳(欧米人は母音は右脳、子音は左脳)である。さらに、日本人は情動(感情、パトス)も左脳にその座がある。音関係について、まとめよう。
【日本人の脳】
〈左脳で受容〉
言語(母音・子音)、情動的な人声(喜怒哀楽の声、ハミング)、虫や動物の鳴き声、波や雨音、邦楽器音
〈右脳で受容〉
洋楽器音、機械音
【欧米人の脳】
〈左脳で受容〉
言語(子音)
〈右脳で受容〉
言語(母音)、情動的な人声(喜怒哀楽の声、ハミング)、虫や動物の鳴き声、波や雨音、邦楽器音、洋楽器音、機械音
それぞれ〈右脳で受容〉の音だけが聞こえている間は右脳優位となるが、〈左脳で受容〉の音が聞こえ始めた途端、左脳優位となり、〈右脳で受容〉の音も左脳経由で処理される。
(四)
西欧思想を学ぶ者にとって、ロゴス(論理)とパトス(情念)というのは基本タームであり、この二項対立が西欧思想を形作っていることは常識である。例えば、理性と感情、霊魂と肉体、精神と身体などというのは、このヴァリエーションである。ここからデカルト的にさらに引き延ばせば、思惟と延長、精神と物体、人工と自然、人間と世界などの二元対立項も引き出せる。
欧米人のこの二元論思考には、実に生理学的根拠があったのだ。彼らのOSでは、
【左脳】
ロゴス(言葉)
【右脳】
パトス(言葉ではないもの)、人間以外の自然、もの(物体、延長)
と脳は作動している。
ところが、日本語OSに従う日本人の脳の場合はどうか。
【左脳】
こころあるもの(ロゴス、パトス、自然)
【右脳】
こころがない、ただの「もの」(物体)
と作動していたのだった。
価値づけは相対的なものだ。日本人が「もしかしたら自分たちは妙なOSを持っているのかも知れない」とようやく気づいたのは、明治以降、「西欧近代」の世界図式を「普遍」として受け容れてからのことである。それまでの日本人は、ことさら「不幸」ではなかった。別に、いまでも不幸がることはもちろんない。しかしながら、私たちのOSは世界標準から大きく外れたものであることは紛れのない事実である。
日本語を母国語とする限り、この脳という物質に依拠した「唯物論」(あるいは、脳機能という観点から言えば「唯脳論」)から私たちは逃れられない。日本人の自然と一体だと感じる呪術的心性もここに基盤があったわけだ。また、日本語に「情理」という言葉あるが、実に日本的な言葉であることに思い至る。「情理を尽す」とは、人情と道理を述べ、ものごとを説き明らかにすることである。この言葉には、ロゴスとパトスの隣接、いや同居が語られている。
思えば、オリンピック・シドニー大会で柔道の篠原選手が出場した決勝での判定を巡っての騒動は、実は日本人にとってだけの「騒動」で、日本的なるものと非日本的なるものとの葛藤であったのだろう。そのキイ・ワードは「気配り」である。気配りとは、ロゴスとパトスが隣接ないしは同居した「情理」を感じる心である。日本人はこの情理が「普遍的に」通じることを信じて「謙虚」であったのだ。しかし、ロゴスとパトスが別物であるOSを持った人間から見れば、そんな「短絡」は単なる愚かさにすぎない。これは、無媒介の「翻訳」は不可能であることを実証する「不幸」の一例である。
(五)
日本語OSの特異性に由来すると思われることをいくつか挙げよう。まず、英語に代表される外国語会話の習得が日本人はなぜ不得手なのか。これは彼我の脳の使い方を知れば一目瞭然であろう。非日本人は左右の脳を使って言語を使うのに対して、日本人は左脳優位で言語を使うのが自然であるから、外国語も左脳で理解・習得しようとしてしまうのだ。これは日本語の一語一語(一拍一拍)に母音が必ず伴うことに起因する。欧米人は母音を右脳で音楽音のように聞き話している。日本人はそれを左脳で言語音として聞こうとし話そうとするのだ(他に母音や子音の数の違いなどもあるが、ここでは割愛する)。
こういう日本人が西洋古典音楽に接するとき、はなはだ微妙な問題が惹起される。これを好んで聴けるのだとすると、天恵とでも言うべき救いである。なぜなら、日本人にとっては雑音以外で右脳受容できる唯一の美的対象音であるからだ。しかしその人にとり、もし聴き難いものであったとしたら、その日本人の脳はその音楽を右脳に侵入する雑音としてか、あるいは言語として左脳で解析するが理解できない音として受容し難いのだ。
これに関連して面白いことがある。クラシック・ファンの日本人が集うコンサートでは、言語的なマナーがたいへんよい。これはそれらの日本人にとってコンサート・ホールが「右脳空間」であることを無意識的に自覚しているからである。オーケストラが勢揃いし指揮者が棒を振り始めた瞬間から、そこは右脳だけを働かせる世界となる。日本人の左脳を刺激するもの、おしゃべりはもちろんのこと、しわぶき一つも許されない。
これは実際あった話だが、音楽評論家の吉田秀和氏が野外コンサートで演奏を聴いている最中に野鳥の声が聞こえ、その時まるで「音の空間に穴」が空いたと感じたと書いておられる(「音楽展望」『朝日新聞』1974.09.19)。野鳥の声は、日本人の脳活動に音楽脳から言語脳への転換をいきなり強いたのだった。演奏が終わっても、日本人は「ブラボー」なぞと言語的には反応せずに、非言語的手段すなわち長く強い拍手で演奏者たちを讃えるのが流儀である。
それから、日本語と言えば、漫画について語らねばならない。音声言語では左右の脳を使う欧米人だが、書かれたアルファベットは一義的で左脳認知の文字である。それに対して、日本語の中の漢字は多義的で多様な読み方を持つ。だから「ルビ」がある。ところが、ルビがある言語は日本語だけなのである(中国語の中の漢字は一音しかない)。日本人だけが漢字を視覚的には右脳で認知し、左脳でルビを読み意味解析する。なお、かな(カナ)・ローマ字・数字は左脳で認知されている。
漫画は日本人にとってのクラシック音楽に似ている。日本人が右脳をうまく働かせられる数少ない対象の一つなのである。日本人は漫画を左右の脳を使って読む。漫画の画は「漢字」、吹き出しは「ルビ」の役割だ。日本の漫画がなぜ優れているのか、また日本人がなぜあのように漫画を素早く読んだり、深く味わったりできるのかは、日本人の脳と日本語にその秘密があった。
(六)
彼我の脳OSの差異から来る世界観や人間観、自然観の違いを述べよう。分かりやすいところから述べると、都市構造である。面白いことに、脳機能のあり方がそのまま都市構造に反映されている。ヨーロッパの都市は、人が住む所を城壁で囲い、その周囲に田畑を拓いた。さらにその向こうは森である。都市内は完全に人工的な造り物で満たされている。庭園すら自然のままのものはない。道は石で舗装され、人も着衣することが強いられる。田畑は半ば自然的な領域であるが、人が立ち回ることが許されるのはそこまでである。その外側の森は人が住む所ではない。魔女の棲み処である。童話に登場する魔物は森に棲む。つまり、都市とは欧米人の左脳であり理性的人間的な世界である。一方の森とは右脳であり感性的自然的な世界である。
日本の「都市」は都市ではない、と欧米学者がよく言うのは、それがふつう城壁を持たなかったためだ。日本人はヨーロッパ人とは逆に、「森」を排斥しない、むしろ「森」とともにある「都市」を築こうとしたと言えよう。人が住む所、田畑、「森」の共存が日本人の理想だ。家のあり方にもそれはよく表れていた。身近な自然そのものを借景とし、庭に小山を築き小川を流す。自然媒介的な縁側や障子も、人工世界と自然を分離しないようにしている仕組みである。日本人の左脳には、人間と自然が共存している。だが、これは普遍的には異常なことなのである。
次に「死体」についてである。実は「戒名」は日本的なものである。例えば、欧米人の墓には何と刻まれているか。生前の人間としての名である。欧米人は、死体は人間の肉体であり、死者の人格そのものとは思わない。それはもはや人間ではなく、自然的な物体である。しかし日本人はどうか。まず、戒名は死者が仏に成ったことを示す。死体は生前以上に神聖なものとなり、決しておろそかに扱ってはならないものとなる。自然的な物体なぞではもちろんなく、祭り上げるべき存在(神)でさえある。
欧米人が、左脳に精神を右脳に肉体を配し、死後にはそれぞれを葬り去ることができるのに対して、日本人は左脳で一体となった精神と肉体を分離できず、縁者に告げ知らせもせず去った場合なぞ、その死体(日本では「遺体」)に精神を求めさえする。それがいまも続く、縁者による戦没者の遺骨や航空機事故死亡者の遺品収拾である。日本人が生体間臓器移植を認め難いのは、もう言うまでもなくここに由来する。
とどめに、日本人の「虫好み」について述べよう。欧米人と日本人では、虫に対する感覚が大きく違う。日本では近ごろ、夏休みに昆虫採集が叶わなかった子どもたちにデパートで昆虫が高価で売られているということが、少し非難めいて報道されている。しかし欧米人にとっては、昆虫が子どもたちに好まれていること自体が何かぞっとすることなのである。
ご存知の「仮面ライダー」は人間と昆虫を合体した「改造人間」である。このキャラクターが日本の子どもたちにはたいへん人気があったわけだ。映画でも、巨大化した昆虫がたくさん登場する。日本人にとっては「人類の味方」であった「モスラ」もそうだ。大画面に映し出されたイモムシであった幼虫に喝采を送るというのは、なるほど言われてみれば異様、奇怪なことである。
もう少しキレイに言えば、池に蛙が飛び込む音に「わび」「さび」を感じるのは日本人の脳だけなのである。日本映画やテレビドラマの中で多用される効果音としての自然音、例えば小川のせせらぎや雨だれの音に、私たちなら「当然」感じるだろう「情理」(論理を抱き合わせた情感)を引き起こされる欧米人はいないのである。自然や虫の音に「理性的な感情移入」が自然にできるのは日本人だけなのである。これらもまた、日本人の脳OSが成せる業と言えよう。
(七)
昔は「和魂漢才」と言い、今は「和魂洋才」と言うが、私たち日本人は本当にこの意味を理解しているのだろうか。答えは否である。私たちは根底を変えようとしていないのではなく、自ら変えようとしても変えられないのだ。戦国後期の、キリスト教を誤解しての広汎かつ急速な信仰の広がりに対して、解禁されて正当な教義が伝えられた明治以降の受容の少なさと浅さは何を物語るのだろうか。
故遠藤周作氏は、戦国後期のキリスト教外人宣教師の苦労を『沈黙』という小説で描いており、日本のことを「この国は沼地だ。(…)どんな苗も根が腐りはじめる。(…)我々はこの沼地に基督教という苗を植えてしまった」と語らしめている。同氏は、キリスト教の運命を述べているのではない。日本人の運命を語っているのだ。日本人は日本語を話す限り、異OSである「普遍」を受け容れられないだろう。
私たち日本人は、自らを誤解している。いかなる誤解であるか。日本人もまた「普遍人」だと思っているのである。いま、グローバル・スタンダードは欧米標準である。例えば、「民主主義」だ。日本人は民主主義をしているつもりである。しかしいつまで経っても民主主義にはならない。これだけ自民党主導政府批判が全国民的になされつつ、それを定立する選挙では別行動がまかり通ることは、まさに「沼地」だという証明でなくてなんであろうか。
頭では分かりながら、あるいは口ではそう言いながら、臓器移植が進まず、また欧米とはどうも歩調の合わない環境保護なども、日本語OSの成せる業のように思える。環境保護が典型であるが、同じテーマを根底では別のテーマとしてしか解せないのがOSの違いのように思う。言語化されないままだが、欧米人が考える環境保護と日本人が考えるそれはおそらく似て非なるテーマなのである。
(八)
渡部昇一氏は、角田忠信氏との対談(『続日本人の脳』に所収)の中で〈原始のしっぽ〉という絶妙の言葉を使われている。筆者もこれを拝借させてもらおう。渡部氏は、日本語こそ最古の「普遍」言語の姿を残すものではないかと提起されている。つまり、人間は初め皆、日本人的な脳の使い方をしていたのではないかということだ。それがいろいろあって、多くは固有言語を持った「宗教」の襲来だが、原始の言語(=脳の使い方)という〈しっぽ〉が断ち切られ、新言語(=いまの普遍脳OS)に切り替わっていった。日本人と日本語とは、その〈原始のしっぽ〉を残す稀有な民族であり言語ではないか。
天皇とは何か。古代には普遍的な存在であった「首長」である。部族の長であり「宗教」成立以前の宗教的な長である。特徴として、神の子孫だということが挙げられる。世界的には、こんな「首長」は克服・打倒され尽くしてしまっている(中世以降の「王」は神の子孫なぞではない)。しかしそんな存在が生き延び続けている国がある。日本という我が国がそれに他ならない。これに符合するように、古代普遍的な脳の使い方を続け、それに基づく世界観・人間観・自然観をもった民族がいる。日本人は、廃絶され尽くしてしまったはずの〈原始のしっぽ〉を持続する民族なのである。
日本人の思考は、放っておけば左脳偏向となる。これを是正してくれるのが、昔からの外国語学習である。外国語は日本人の右脳を刺激する。かつての中国語がそうであったはずだし、いまの英語学習もそうである。しかし、それはしばしば日本人の脳を痛めつけ、疲れさせる。そこで日本人は逃避する。それが「鎖国」である。その中で日本人は右脳志向した脳を、改めて左脳優位に振り戻す。
どういうふうに振り戻すかというと、「シンプル」にである。世界の一元認識、一元思考こそ日本的思考の究極である(言語の一元的受容構造に基づく。右脳的な「音」を左脳の「言葉」にする擬音語・オノマトペアもその一つ)。道元の「只管打坐」(しかんたざ:ひたすら座禅すること)や親鸞の「南無阿弥陀仏」などはその典型である。最澄や空海の複雑多様な仏教受容も四百年も経てば、極めてシンプルな教義に蒸留されてしまう。
では、私たち日本人は右脳を使っていないのか。もちろんそんなことはない。カンは右脳の所産であり、ノン・バーバル(非言語)は日本人の思考の特徴であるとすら言えるであろう。禅がノン・バーバルを大切にし、日本人がそれを受け容れてきたことは、日本人がそれを重視してきたことをむしろ物語っているだろう。そこ(右脳)は、日本人には人や生き物など一般存在者は棲めない、言わば「絶対者」の領域であり、神が坐す所なのだろう。
日本語と同様な母音構造を持った言語は、現在のところ、太平洋東南(ハワイ・ニュージーランド・イースター島を結ぶ三角海域)に広がるポリネシア民族にしか見出せない(彼らの脳OSは確かに日本人型の働き方をしているのだ)。もしかしたらであるが、太平洋戦争中の日本軍が占領した島嶼で、日本人が歓迎されたというのは、ここに通じるものがあったせいだろうか(ただし、日本の進軍はミクロネシア・メラネシアまででポリネシア領域には達していない)。
このポリネシア民族(注)に親近性があるという事実は案外重い。我がニッポン人の由来を示唆するかも知れないからだ。アメリカ大陸の先住民族たちはモンゴロイドだと言われるが、その移住路について、近ごろ、北方ベーリング海峡回りのルートばかりでなく、太平洋横断ルートもあったとする説がある。しかもこのルートの方が先行していたというのだ。我がニッポン人の少なくとも一部の先祖ともなった古代モンゴロイド人たちは、舟を漕ぎ出し東へ東へと向かったのかも知れない。
(注)ポリネシア民族
ポリネシア語派(ハワイ語、タヒチ語、サモア語など)は、インドネシア語派やメラネシア語派とともに、マライ・ポリネシア語族(オーストロネシア語族、南島語族とも言う)に属している。
ポリネシアには、相撲取りの出身地として有名になったトンガ諸島なども含まれる(ちなみに、角田氏の左右脳検査はこのトンガ出身の相撲取りの協力を得て行われ、その脳機能が日本人と同一だと実証された)。
マライ・ポリネシア語族はモンゴロイドで、東南アジア付近にいた古モンゴロイドの一派が東方海上へ向かったのがポリネシア人である。
(九)
日本語が変化したように、脳機能も変わる。今の日本人の脳機能は、日本語が今の様態になった平安初期に定式化されたものと思える。最近の変化は、歌に表れているように思う。歌は、歌詞の意味が分からない場合は右脳優位で、歌詞の意味が分かったら左脳優位で取り込まれているはずだ。いわゆる欧米の「ポップス」は、たいていの日本人には意味が分からないので右脳優位で聴いているのだろう。
サザン・オールスターズなどに代表される歌詞が不明瞭でよく分からないニッポンの歌は、ほとんど意味が分からない外国語曲と同様だ。つまり、右脳受容できる歌となる。これまでの歌詞明瞭な、すなわち左脳に取り込まれる歌とは違う日本人のための歌が生まれたのだ。これまでのクラシックや欧米ポップスにばかり頼らなくてもよい状態が整ってきたのである。
しかしながら、ニッポンの歌は生きている。英語交じりで歌われる歌とは何だろうか。右脳から左脳へ落ちる快感、あるいは言語から非言語へ飛び出す快楽は、日本語OSが前提となっていると言わざるを得ない。実は、リズムやメロディにもニッポンの歌は根強く生き残っている。演歌ばかりがニッポンの歌ではない。宇多田ヒカルにも「伝統」は生き残っているし、パフィーなぞは「拍」(言葉の一語一語の区切り)を明確に歌うニッポンの歌の典型である。「だんご三兄弟」も「拍」を明らかにした(一語一語が意味明瞭)歌の典型である。欧米風のものが並ぶヒット曲の中で、間歇泉のようにニッポンの典型歌が大ヒットするというのが我が国のヒット・チャートの周期である。
(十)
エンディングとして「日本人の脳」のその後を推察しておきたい。ただし、以下は筆者の直観による、実証的な根拠のないあくまで「妄想」であることをお断りしておく。
例えば筆者に、これだけのこだわりを喚起させたこの「日本人の脳」というテーマは、その後どういう扱いを受けることになったのだろう。書物自体は静かなロング・セラーとなり、いまでも版を重ねている。しかし「大脳生理学」と称される学問分野で、角田氏が定立された「日本人の脳」というテーマが、いま現在も継承されているようにはとても見えない。いま一般的に流通している内容は、日本人と欧米人を区別しない(ということは、欧米人型脳=普遍脳とする立場だ)「右脳・左脳論」だけと思われる。
続編発行(1985年)以降の、脳科学の進展(「進歩」とは言わない)がこのテーマを無効なものにしてしまったのだろうか。角田氏がもっぱら聴覚問題および聴覚検査を通じて本テーマを提起されたという限定条件も確かにあろう。それに、同氏の研究がやや「オカルト」とも受け取られかねないところへと傾いていったこともあろう(「四〇、六〇システム」という左右脳受容の普遍的転換スイッチ、脳の時空間処理における「40・60・80」の人類学的スイッチ、公転周期を刻む脳内年輪システムや月の満ち欠けによる左右脳受容の逆転などの発見)。
逸脱は、日本の学者の好むところではない。一時の関心も、欧米学会がリードする脳科学の普遍標準にしだいに引き寄せられ、角田説は異端視されていったのだろうか。いずれにせよ、学者受けはせず、後継を持たない学説へと追いやられたに違いない。時は80年代後半、日本はバブル景気に浮き立っていた。「日本人論」ブームが沸き起こり、日本人の特異性が誇りをもって語られもした時代であった。角田説はこのとき高揚し、その崩壊後、バブルとともに日本のケガレを祓うように遠く流されたのか。
いまの「右脳・左脳論」では、日本人は右脳の働きが強いとされている。これは角田説に似て非なるものだ。前提が違っている。いまの「右脳・左脳論」は、欧米人脳OS=普遍脳とし、パトスの部位を人類共通に「右脳」において、日本人は「パトス」的だとしているものだ。筆者にすればだが、これではニッポン人の秘密に何ら迫れるものではない。また、これほどの衝撃を受けもしなかっただろう。流竄された説こそを私は愛しく思う。
(蛇足)
断わるまでもなく、筆者は脳科学プロパーに対して何ら発言できる学識も資格もない。この論はあくまで、筆者が一連の書物たちに出逢ってしまい、そこから受けた「啓示」に基づいてニッポン人というものの基底部(「沼地」)について、筆者なりの示唆的な見取り図をラフ・スケッチしてみたものにすぎない。どうかそこを誤解せずにお受け取り願いたい。また、専門的なご質問を頂いてもここに記した以上にはお答えしようもないこともあらかじめお断わりしておく。
[主な典拠文献]
角田忠信『日本人の脳』大修館書店
角田忠信『』大修館書店
金田一春彦『日本語』岩波新書 新版
坂野登『しぐさでわかるあなたの「利き脳」』日本実業出版社
養老孟司・梅図かずお『やさしい「唯脳論」』メディアファクトリー
遠藤周作『沈黙』新潮文庫
佐藤良明『J-POP進化論』平凡社新書
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宗教はご利益信仰ではなく哲学であってほしいですぬ
無明。
どうにもゆめラジオさんには賛同できないです。特にゆめラジオさんの普段の動画。
ゆめラジオさんは、ドイツの哲学以外、お得意ではないようですね。
川嶋さんの知見の浅さが輪をかけて、内容の薄い対談となっています。