#曾根崎心中

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  • Опубликовано: 11 сен 2024
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Комментарии • 5

  • @user-yl9ek9le7m
    @user-yl9ek9le7m 28 дней назад

    渡部昇一先生が、「国民が何の前で平等か、ということを考えれば国柄が分かる」と仰っていて
    「日本の場合は『和歌の前の平等』です」。
    「秀れた歌なら身分を問わず採用した万葉集」の東歌や防人歌について語られていました。
    まさにその通りですので、NHKの大河「炎たつ」で
    後三年の役の、八幡太郎義家が逃れる安倍貞任に
    「衣の館は綻びにけり」
    と呼び掛けたのに対し
    振り向いた貞任が
    「年を経し糸の乱れの苦しさに」
    と上の句を付けた「古今著聞集」の有名なエピソードを
    「衣の館は滅びたぞ」
    「滅びも綻びもせんわ」
    という意味の分からない怒鳴り合いにしてしまった脚本には、いまだに納得出来ません。
    東戎でも蝦夷の首領でも、和歌に精進していたことを世に知ろしめる好機だったのに。
    日本文化に対する敬意がないのだと思って以後視聴しませんでした。
    この時、渡部先生は「東西南北のうち、なぜ東だけを『あづま』とも呼ぶのか、倭建命の話に因らずに説明出来るまでは、『古事記』を信じるべきです」とも仰っていました。
    「現在でもあの辺りは吾妻郡嬬恋村です」と申し上げた記憶があります。

    • @user-yl9ek9le7m
      @user-yl9ek9le7m 28 дней назад +1

      昔は「八丁荒らし」という言葉がありました。
      「この芸人が出ると周囲八丁の寄席の客足が途絶える」という人気者に対しての褒め言葉で、一丁は100メートル余りですから、1キロ圏内に多くの寄席があったことが実感されます。
      この時代の寄席一つひとつについて円生師匠が語られたものが一冊にまとめられているので、たいへんありがたいです。
      なお、「落語協会」とともに「落語芸術家協会」がありますが、もちろん
      「我々の落語は芸術である」
      ということでなく、
      落語とともに、漫才や奇術、声帯模写、漫談、紙切りなど寄席で行われる「芸術(剣術の術と同じ)」も網羅するという命名です。

    • @user-yl9ek9le7m
      @user-yl9ek9le7m 28 дней назад +1

      近松門左衛門は歌舞伎の「国姓爺合戦」を観たことがあるだけで世話物(二番物)は苦手です。
      中村吉右衛門さんと岩下志麻さんの「心中天網島」は新聞広告(当時は必ず新聞広告があり、銭湯にもポスターが貼られた)を覚えています。
      同じく岩下志麻さんと郷ひろみさんの「槍の権三」、梶芽衣子さんと宇崎竜童さんの「曽根崎心中」、樋口可南子さんと堤真一さんの「女刹し油地獄」は皆、食指が動きましたが観に行きませんでした。
      ただ動画にある部分か

      「未来成仏うたがひなき
      恋の手本になりにけり」
      の最後までは、荻生徂徠も暗唱したというし、なんとなく覚えています。
      徂徠は赤穂浪士を「義士」とは認めず、柳沢吉保に切腹処分を進言した人。
      隣に住んでいて
      「梅ヶ香や隣は荻生惣右衛門」
      と詠んだ宝井其角は、蕉門十哲の一人で
      「忠臣蔵」では討ち入り前夜に両国橋で大高源吾に出遭い、
      「年の瀬や川の(水のだったかな?)流れと人の身は」と問いかけ、
      「あした待たるるこの宝船」
      との返事を得た人一一と並べると、時代の雰囲気のようなものが、わかった気になります。

    • @3-hy8dy
      @3-hy8dy  27 дней назад

      コメントありがとうございます。勉強になります。古典文学の次は、現代文学を配信いたします。

    • @3-hy8dy
      @3-hy8dy  27 дней назад

      コメントありがとうございます。いつもコメントの正確さに、驚いています。他のたくさんの視聴者様も読まれています。引き続きよろしくお願いいたします🙇