【古代史観考ver1.1】⛩️✨豊玉姫と玉依姫を信仰する謎の一族、阿曇氏とは?🤔古代日本の海人系を代表し、歴史を作り変えるに至った謎の信仰を妄想解釈します😉

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  • Опубликовано: 18 окт 2024
  • 古代日本考察です😆
    豊玉姫と玉依姫を信仰する謎の一族、阿曇氏とは?🤔
    古代日本の海人系を代表し、
    歴史を作り変えるに至った謎の海神信仰を
    妄想解釈します😉
    【参考資料】
    ◆重蔵神社
    juzo.or.jp/
    ◆玉櫛媛
    ja.wikipedia.o...
    ◆百足足尼命
    ja.wikipedia.o...
    ◆古代阿曇氏小考
    seijo.repo.nii...
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Комментарии • 18

  • @ぴこたん-g4y
    @ぴこたん-g4y Год назад +4

    香川県に住む者です
    瀬戸内海にも豊玉姫と山幸彦伝説があり、縁の寺社を巡り、調べてたらこちらにたどり着きました
    神話の舞台は様々な地に散らばり、ほんとカオスになってますが、地元説を押したいのが人情ですね😅
    集めた情報を自分というフィルターに通し、素直に柔軟に発想しているのがいいなぁと思いました
    参考にさせていただきます😊

  • @hifumi181
    @hifumi181 Год назад +2

    若狭めぐりから辿り着きました。玉依姫を調べている中、一番納得できました。ありがとうございます。また楽しみにしております。

  • @t.i6104
    @t.i6104 2 года назад +3

    若狭路めぐりし、鰐族の歴史発見し、こちらを参照させてもらいました。
    豊玉姫は鰐族で若狭姫神社の祭神でした。
    瑪瑙が名産品との事で豊玉の由縁も納得。
    鰐街道を行き来し、大和に海産物や瑪瑙を献上するなどと若狭、近江も安曇野の拠点だったのかなと妄想しました。

  • @yjapan6118
    @yjapan6118 Месяц назад

    凄く詳しく解説していただいて 参考になります。
    日向はひむかいと呼ぶんでしょうか? 私は ひゅうが、ひむか、ひるが、ひうが、にこう、ひなた などと呼ぶのがいいような気がします。
    読まさせていただきます....。は 読ませていただきますでいいんじゃないでしょうか。

  • @村上宏一-n5s
    @村上宏一-n5s 2 года назад +6

    最近見つけて面白く拝見させてもらってます。
    私の住む石川県の能登に安津見という地名がありその近くに出雲という地名もあります、その集落のある行政区域名はなんと志賀町と言います、私も福岡から潮の流れに乗って能登半島にきたものだと思ってましたが、ふどきさんのような考えかたもなりますね、古代史はロマンですね。ワクワクします。

  • @s-yo
    @s-yo Год назад +2

    戦国時代にも百足(ムカデ)衆と呼ばれる情報収集(早見)の部隊がありましたけど安曇連だったのでしょうか?

  • @110nari8
    @110nari8 13 дней назад

    何でか知りませんが玉依姫神社って長野県にしかなかった気がします。たしか崇神期と言う話が伝わっていて、勾玉が大神神社の子持ち勾玉にソックリと言うw
    ピンポイント過ぎる
    摂社に宗像社があります。
    安曇は海部の分家と考えられ、帝紀編纂委員会には、海部の名代として呼ばれたんじゃないかと考えております。
    物部氏は呼ばれておらずハブられているように見えますが、その時の大臣は石上かなんかじゃなかったかと思います

  • @malkotoisu9730
    @malkotoisu9730 2 года назад +3

    ちなみに志摩は福岡にも三重にもあり、二見の夫婦岩もあり、横穴式古墳もある。三重県の志摩は福岡から移ってきた安曇だと言われている。

  • @akudaikan1127
    @akudaikan1127 7 дней назад

    イイですねー。
    安曇氏。
    「安国」と「出雲」の合体したお名前。更に、雲に日まで付いてます。
    日神信仰なのでしょう。
    古代北部九州において、馬韓風俗の日神+(月神)+天神+鬼道がAD200年頃の姿。
    倭國大混乱し、とりあえず話を纏めるために担がれたのが、伽耶の卑弥呼。
    倭奴國にいたようです。
    その時分、倭國にはもう一人の王がいた。
    そう。
    伊都國の王です。
    この王が、どの神様を信仰していたのか。
    それが、このビデオにいう宗像三女神と玉依姫の分布な気がします。

  • @malkotoisu9730
    @malkotoisu9730 2 года назад +1

    なんか横穴式古墳が4世紀後半に福岡県北部あたりで発生してそれが5世紀に全国に散っていったのが安曇が散っていったからじゃないかみたいな話があったのだが、どうなんだろうか? 祭神もわだつみ三神だし。

  • @piromin8806
    @piromin8806 8 месяцев назад

    こんにちは
    神様のお祀りの仕方や勧請された時期によって二柱になることもあると思います。後世になるほど陰陽道の影響によって二柱として祀られるのではないかと思います。
    その時代時代の思想に祀る側が影響を受けて様式が変わります。

  • @seiji5431
    @seiji5431 Год назад +3

    こんにちは。阿波には豊玉姫の神社があります。豊玉比命神社(式内社)と速雨神社があります。この速雨神社の境内には妹玉依姫の産屋後があり、この地でウガヤフキアイノミコトが生まれてます。日向神話は場所の改竄です。古事記編纂後、に古事記で竺紫の日向(日が尽きる所)が勝手に筑紫の日向をして勝手に日向国にして日向神話にしてます。同じ出雲国も改竄です。出雲風土記には大国主は出てきません。出雲大社は712年創建なのに国譲りに出てくるのはおかしい。出雲も古事記編纂後の場所改竄です。阿波には古事記編纂以前から阿波伊津面があり史跡や神社や墓があります。

  • @ココ-g1k
    @ココ-g1k Год назад +1

    豊玉姫は離婚ではなく、姿を消したのです
    ワタツミはスサノオでは無いです。我が一族がワタツミ神です。別の神様をつけるのはお願いですから辞めて下さい。

  • @ptwjhbeamjgtwda
    @ptwjhbeamjgtwda Год назад

    玉依姫信仰では無いと。海神信仰で鹿神。
    玉依姫と豊玉姫は娘です
    離婚では無いです。

  • @koro13ad92
    @koro13ad92 2 года назад

    三島綿津見の玉依姫と賀茂の建玉依姫はわかるが、この玉依姫は何氏だ???

  • @まゆみ-k5o
    @まゆみ-k5o Год назад

    豊玉姫は崇神天皇の后です

  • @seiji5431
    @seiji5431 Год назад +1

    こんにちは。阿波国内に阿波と長と二つ国があって阿波国は忌部氏系長国は 阿雲氏系です。神功皇后時代に志賀島に阿雲連が行ってます。そして玉依姫神社ウガヤフキアイノミコトの神社彦五瀬の神社神武天皇の佐野神社神武天皇即位地跡がこの近くにあります。この時代の宮崎はまだ神話に無いです。古事記の竺紫の日向は宮崎の事じゃないです。古事記作成後の後付け神話になってます。竺紫の日向は東の日が尽きる所って意味です。

  • @koro13ad92
    @koro13ad92 2 года назад

    宗教分類のこの地図参考になるな。安曇が天皇家に恭順したのは三韓征伐の時360年以降と遅い。元は宗像連合にいたと思う。筑紫のところだけすっぽりと天皇家の綿津見信仰に入れ替えられたと思う。筑紫の抵抗勢力は移住させた。安曇は天皇家の綿津見を信仰するように押しつけられたのか。九州から移住させられたと思う。神武天皇以前に一度築紫征伐をしているから。