古い音楽って退屈だよね【賛否両論52】
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- Опубликовано: 8 окт 2024
- みのミュージック
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「推す対象が好き」っていうより、「推しを推すことに生きがいを感じる、推しを推してる自分が好き」っていうパターンが批評に過剰に反応しているイメージ。
確かに自分に誰かの意見の矢印が向いたら、感情的になって自己防衛をしようとする気持ちはわかる。
でも、批評に耐え得るには「推しの良いところを客観的に説明できる」という方法もあるが、この方法をとると、好きの理由を言語化していく過程で悪い部分も見つかれば、自分で自分を否定する行為になってしまう。それが盲目的なファンはそれが怖くてできないのだと思う。
その推しを批判される→それを推してる自分も馬鹿にされてる感覚になる
って感じなんですかね
客観的に悪い部分があって、それを認めつつ嵌ってしまうケースもある。
たまたま今読んでいる橘玲の新刊によれば、推しとは他者への「アイデンティティ融合=帰属意識」と定義できるらしい。要するに推しの帰属意識は、人を安心させることもあれば、帰属対象が傷つけられれば自らも痛み、攻撃的にもなる。そんな現象を説明できると。元来、帰属意識は部族や国・地域といった共同体が請け負っていたが、今や「自分らしさ」を帰属させる対象が多岐にわたっている。それゆえ、特別な推しのない者にはなかなか理解できないのではないか。
みのさんが言う「日本独特」というのは解けない。
この動画のコメントで「古い音楽が退屈??現代の音楽の方がつまらないだろうが!!」と躍起なってる人達もまた、「批判に耐えられないファン文化」なのだった。
どっちかというとネット上では「昔の音楽は良かった、それに比べ最近の音楽は心に響かないしつまらない」みたいな意見のほうがよく見かける
特に昭和や90年代頃の曲の動画のコメント欄。
昔(2000年代)友達にピストルズ聴かせたら
「ピストルズってこんななの?どこにでもあるような音楽だな」という感想だったことがある。
1970年代当時はどこにでも無かったんだろうなと思いを馳せました。
オリジナルから派生して色々な音楽が誕生し、オリジナルの良さを感じれなくなる場合があるのだと考察します。
アナーキーUKを伊武さんがスネークマンショーで歌った時に草生えたあの面白さなんて分からないでしょうねw
かもだけど、あんなバンドいねーよ
ピストルズの良さは今でもわからんな、クラッシュは好きだが
ダウンタウンの漫才的な
シンプルに古い音楽を聴くと現代の音楽も更に楽しく聴ける。
ありきたりだけど、既に聴いた曲同士で化学反応が起きるのが幅広く音楽を聴く一つの楽しみだと思う。
クラシックのREMIXとかすき
昔の曲のサンプリング、引用、オマージュ諸々カッコ良く使いこなしてるの聴くと脳汁ヤバいです
推しのコメント欄なんかは楽しい交流の場を期待する人も多いからね。議論や批評ではなく。
場への認識に差があるから、人によっては冷や水を浴びせられたように感じるんだと思う。
最後の質問に関しては海外でも結構ある
Kpop stanとか特に…
日本特有のものではないと思う
批判意見に拒否反応が起きやすいのって実は日本語の文が他言語よりも話し手書き手のニュアンスが色濃く出すぎてしまうからだったりしないだろうか?
人称や語尾、単語の順番等々多言語ならあまり変えない部分をちょっと変えるだけで文の持つニュアンスがガラッと変わってしまう。だから他の言語よりも相当気を配らないと、批判的な文章の攻撃性がより高まってしまっているのではという仮説。
「今の音楽は退屈」「昔の音楽は退屈」って言う人は主語がでかい思うんだよ。
今も昔も曲は無数にあるんだから、そりゃ退屈な音楽から最高な音楽まで色々あるだろ。
あらゆる年代の音楽を調べてるとオールディーズの音楽にも令和の音楽にもそれぞれ違った魅力があることがわかる
一方的にどちらかを下げようとするのはあまりよくないわな
主語がでかい、主語がでかいって言うけれど、そんな事は分かっていると思いますよ。それでも頑として言っているのだと思います。
そうやね、ひとくくりにして「そんなもんだ」と思考停止している奴が多いので、議論にもならない。日本人特有かどうかはわからんが。
好きな音楽を批判されてキレる人たちは、ただ単純に音楽を聴いているっていうこと以外に、自分がその音楽を聴いている、あるいはその音楽に関連するコミュニティに属している、っていう事実に対してアイデンティティを感じてるからなんじゃないかと思う
だから自分の好きな音楽を批判されたとき、自分自身も否定されたような気がして怒りが湧いてくる
文化的アイデンティティですね
いつからかは分かりませんが嫌いなら聴くなとか本当のファンなら〜みたいな感じでとにかく全肯定が求められてる空気がありますね
それこそ推しの幸せ=オタクの幸せだろみたいな感じで自分と一体で考えてる人がいて、その人たちはコンテンツの批判=自分への批判・否定だと感じて過剰反応するのかも
それに発信者側もそういうファンを求めてる節がある気がします
推しとの同化が本人の承認欲求の問題と絡み合ってると面倒くさいファンになるんよな
そもそも「最近の音楽」みたいにくくることが嫌い。
自分の理解できない音楽が理解できるようになったとき、その時の世界の広がりは忘れられないですよね笑
現代の音数多い音楽が受け付けれなかった時に、King Gnu聴いて衝撃を受けて他の現代の曲も聴けるようになったので、King Gnuはすごい特別なバンドになってます笑
でも今でもヘビーロックだけは受け付けないw
俺もking gnu→tempalay→ゆらゆら帝国→ヨーロッパのプログレ
って拡張していったなぁ
自分は平成生まれの18歳だけど昔のロックがめっちゃ好き、特に60年代後半から70年代中期が好き。
古い楽曲を無理して聴く必要は有るのか?
敢えて無理してまで聴く必要は無いが、古い物にも新しい物にも心に刺さる曲は有る。
良いなと思ったら深掘りや開拓すれば良し。
そういう曲って構えて聴いているより偶然で巡り合う事が多いですから。
年齢というかその時々に置かれた状況で感じ方変わるから、好きな時に聴きたいと思ったものを聴けばいい
嫌いなら聴かなければいいじゃんって言われるのが一番喰らうし、心のシャッターが完全に閉まる。そもそも嫌いとは言ってないし。もうその人には絶対この話はしないってなる。
ロバートジョンソンをヘッドフォンで爆音で聴いてみな
本当に自分のすぐ隣で歌っているような感覚になるから。
防音もなくその時代の空気の音が聴こえてくる。
これは現代の音楽では味わえない。
クラシック音楽も発表当時は最先端であり発明だったはず。
例えば寝ている人を起こすために「ジャン❗」とでかい音を入れたり、聴いてもらうための工夫は今も昔も変わらないと思う。
現在のセンセーショナルでオルタナティブな楽曲たちも、時が経てば「退屈な音楽」って扱いになっちゃうんだろうな…
例えば?
@@user-mh9fl2qi3h まあ予想はできたw
真に価値のある物と思い出補正で過大評価される物がゴチャ混ぜになってて面倒くさい
YMOなんてデビュー当時日本では「アホが聞く音楽」なんて言われてたが、今じゃ万人受けの世界に誇る音楽だもんなぁ。
表現者側がどういった意図をもってフレーズや音楽を構築しているのかという発想の部分で感動できるようになると、音数やテクニック的な事は曲を構成する中の一つの要素にすぎないと捉えられるようになり、本質的な事が見えてくるようになる。それによって視野が広がりジャンルや時代という垣根を越えて理解できるようになると思います。
自分の感性に合わなくて聴けないことは永久にありますよね
音楽関係の仕事をしてない限りは、そうなること必至に思います
最初はポップスにハマって、後にバンド音楽にハマってポップスが飴に思った時期があって、次にモテや人ウケを意識してヒップホップやハードコアやダンス系の音楽にハマって、その次に周りは殆ど理解してくれないけど自分にはいいなと思えるサウンドにたくさん出会って、造詣深めて行って…
そのうちに昔ハマったポップスからバンド音楽やら全てのハマれた音楽が愛しいし、思い出が詰まってて聴くたびにその当時を思い出せて酒の肴になる…
果ては聴きもしなかったオレンジレンジやアユとかも、懐かしんで愉しみだしてるので、人の好みは分かりませんw
お笑いに例えると分かり易い気がします。
ドリフが古過ぎて何が面白いのかわからない、最近のお笑いが進化してるのでそちらを見てると古いモノで笑えない…
それと似てる気がします。
リズムネタや歌ネタの良さがわからないとか、そういう感じと似たモノを感じます。
面白さにビジュアル関係あったりとか、アイドルみたいな芸人が居たりとか、とても似てる気がします。
みのさんの言語化能力は本当に感心する。素直に尊敬できる。
「古いけれど今の時代でも皆が良いというものはちゃんとその理由がある」というのは、音楽だけじゃなくて文学や美術、学問等、色々なものにもいえますね。それは、今の自分の考え方を変えてくれるかもしれない未知の世界への好奇心と同じだと思います。若い人にはぜひ、柔軟に興味の幅を広げてもらいたいですね
独特のファン文化は昭和の昔から続いています。作品性より応援的な。
日本独特のむず痒いこの感じを村上龍さんは80年代エッセイで、家族的承認と言語化して揶揄していました。
究極に家族的承認が今の推しエンタメに来てると感じます。
ここ50年を見たとき、映像やら他のコンテンツの進化に比べて「音楽」ってそれほど大きな進化を遂げてるかなぁ…?
ってのがおじさんの感想です。
むしろ退化してる説ある
ロック、ポップ音楽にはエレキの発明以来天地のひっくり返るようなイノベーションが起こってないと思う。
技術的にも作風的にもマイナーチェンジだけで根本は変わってないというか。
映画なら、トーキーが発明され、カラーが発明されて、CGの導入にデジタル化…とそれ以前、以後と分けられるイノベーションがあるけど
同意見です。そんで音楽って定期的にリバイバルブームが起こるから3歩進んで2歩下がりますよね。@@田中三郎-i5x
@user-uf3bb2dk4k アイコン見て一瞬バーバパパさんかと思ってビックリしました。失礼しました😭
音楽なんて好きなものを聴いたらいいと思う。
わかんない、好まないならばそれで良いと思います。
無理して聞く必要なんかないのですから😊
世に言う名盤の中にも何度聞いてもわかんなくて「なんでこれが?」と思う事が多々あります。
自分が心地よかったり、かっこいいな、痺れるなって感覚に従って好きな音楽を増やして行きましょう。
最近の音楽のほうがクソだろって言わんばかりに怒ってる人がコメント欄に多いけど最近の音楽を聞くのも楽しいよ新しい若手を探すの好きだよっていう視聴者はこのチャンネルでは少数派なんだろうか。。
X(旧Twitter)とかだとオススメの新譜を教えてくれる人がいるので最高です
その人にとって新しければ若手かどうかは重要では無いと思います。
固定層のリスナーに中年の方が多いからかなと思ってます
新しい音楽を発掘するプロセスにワクワクするのは自分も共感できるよ!
古い音楽でたくさんのアーティストに影響を与えたから偉大とかいう考え方本当にゴミ
ゴミと言ってしまえば、みもふたもない。
確かに推し文化が強いというのはありますが、批評側も悪口と変わらない表現しかできない例もありますし批評文化の未熟さとも関連してくる問題だと思います
スネークマンショーのネタじゃないけれど、たとえ推しの作品であっても「良いものもある。でも悪いものもある」ということを認めるようにしています。それはおそらく自分の人生のベクトルが必ずしもアーチストのそれと一致しないから仕方がないのかなと。だからお気に入りのアーチストであっても盲目的に支持するのはやめようと。だって、聴きたい曲に身を委ねる方が心地いいじゃないですか。
音楽じゃなくてアニメの話だけど、あまり好きでない作品を「見ないでで文句言うな!」って言われたから人通り見た上で批評してたら今度は「嫌なら見るな!」って言われてどうしたらいいんだってなったことはある
これ今のアニメだとフリーレンとかマジでそうですよね…
僕は見た上で面白くないって思いました…
自分的にはこの話でわかりやすいのがビートルズとオアシスだな。
ビートルズがロックのパイオニアでオアシスも崇拝してて自分達より上においてるのはわかるんだけど、20世紀末生まれの自分にはオアシスの方が断然良く聴こえるし、ビートルズにはさすがに古臭く感じたり捨て曲もザラにある。
音楽界特にロック界には今を低くみて昔をアゲなきゃみたいなしきたりがあるけど、個人的には普通に90年代以降のロックの方がそれ以前のものより断然いいわ、もちろん例外だらけだけどね。
音楽にはマインドが反映されているから昔の曲を聴いて今を生きる若者がピンと来ないのはまあ当たり前だよね。
ただ音楽でもっと人生を彩りたいと思うなら、幅広い引き出しを持っておくに越したことはない。なんとも思ってなかった曲がある日突然ブッ刺さるなんてこともあるしね。
古臭さはあるが聴いていくうちに良さに気づく
ビートルズやバディホリー、二村定一
この曲いいよね〜ってワイワイ楽しんでる時にあんたらの聴いてる音楽はカスだから!みたいなこと言われて気分のいい人は少ないと思う。
景気が悪いんだよ。みんな余裕がない。疲れてて上昇志向どころじゃない。
だから下を見て安心したり、他人の過ちや他人のセンスを過剰に批判したりする。
それを養護する側も過剰になって、結果しょーもないコメント欄の出来上がりって感じ。
時代に風化されずに生き残った名曲達は、当時の時代感や古臭さが独特な味わいを生み出すので現代のヒット曲には無い洗練された名曲としての品格があって好きです
日本は宗教を信仰する人が少ない分、
芸能人とかアーティスト、インフルエンサーを信仰、崇拝しているような気がします。
そうすると自分の生きる意味とか、思考とか思想とかの軸にしてしまってる分、少しでも批判的な意見を聞くと信仰対象が穢されたように感じている+自分も批判されたように感じる、、、みたいな感じなのかなと思ったりします。
最後の問いにコメントさせていただきます。
日本の「無宗教文化」ゆえに一部の熱狂的なファンは、宗教的な崇拝の対象として「推し」を認識しているのではと感じています。
日々の暮らしの中で手っ取り早く熱狂できる「推し」の存在が神格化したのではと。
昔の音楽は、現代を生きる我々にとっては新しいぞ。ていうか聴いたことないんだから、全部新しいよ。
Yesの黄金期のライブ盤を各楽器に耳を全集中して何回も聴くことに最近ハマってる
わかります!自分もたまにやります!
黄金期ではないですが、自分も「Symphonic Live」はよく聴いてます!
「危機」「錯乱の扉」のオーケストラアレンジが最高です!
音楽は人それぞれ自分の好きなものを聴けばいいのだと思います。
特に若いうちは刺激の強い音楽を好むのもよく分かります。私は今50ですけど、自分もそうでした。一方で若いうちにジャズやクラシック他いろんなジャンルを退屈と感じても無理して聞いたおかげでその後いろんな音楽の良さに気づくことができました。しかも当時はCDの時代ですから、お金出して買ったのに聴かなかったらもったいないという感覚もありました。サブスクだと退屈な(だと感じる)音楽を無理して聞くのはちょっと苦痛かもしれませんね😅
ハーモニカなんて咥えてスーハースーハー呼吸してればいいんだよ。
って長渕剛が言ってたような気がします。謙遜もあるかと思いますが、いい言葉だと思います。
「推し文化」と「ファンダム」の違いは、ファンダムは対象と個人という相対性があるのに対し、推し文化は対象という絶対しかない、もしくは対象と個人が限りなく同化しているという世界観なのではないか。
だから、対象について批評されると、自分自身を攻撃されたかのような過剰な反応になってしまうのでは?
俺はむしろ昔の音楽の方が魅力があった
今好きな音楽を飽きるほど聞くのが一番いいと思う。
そして質問者さんみたいに「今理解できないものもいずれ理解したい」という意識を頭の片隅に持っていれば、どこかのタイミングで感性が広がる瞬間が来る。
そうやって少しずつじわじわとテリトリーを広げていくと、音楽を体系的に見たりどこに注目すれば面白いかがだんだん分かってくる。
そのフェーズに入ったら割とどんな音楽でも聴ける&楽しめるようになるというのが個人的な経験です。
あとは音楽と言っても突き詰めてしまえば人間だと思うので「この音楽は何を表現したいんだろう」と考えるのがすべての音楽に通じる視点だと思います。
する方も受け取る方も批評と悪口の違いがわかってない人が多いとは思う。
ファン文化を考えることにつながりそうな本として、「アイドルについて葛藤しながら考えてみた ジェンダー/パーソナリティ/〈推し〉」は良いかもしれません。論考集というか。
音数とかに物足りなさを感じるのは分かる。
複雑な音楽を聞きまくっていくと、シンプルで美しいラインってのにある日気付くと思うから、好きな音楽とそれに近い音楽を取り入れまくるってのがいいと思った。
9:41 「日本には凌ぐという文化がない」と昔サッカー日本代表監督をしていたトルシエさんが言っていましたが多分これもそれなんじゃないでしょうか。批判に対するしのぎ方を知らないのでヒステリックになってしまうみたいな。何故日本に「凌ぐ文化がない」のかはわかりませんが、、
俺も若いときはJ-POP特有の身の詰まった音楽に慣れていた&ノリ重視にしていたせいで昔の音楽が退屈でスカスカに感じて苦手だったよ。
でも30越えた最近はビートルズやらプログレ、60s〜90sのオルタナティブロックも聞けるようになってきた。逆に「青のすみか」とか「アイドル」とかのポップスが苦手になった笑。この子も今は若者向けの音楽を楽しんだ方がいいぜ。焼肉を若いうちに食べていた方がいいのと一緒だ。
ファン文化については
個人の世界の統制にあるのだと思う、
例えば推しの人がいて自分達はいいと思ってるしそう思う母数も多いだけど、一部の批判を見れば自分達の楽園コミュニティーを馬鹿にされたのと同じだから自分達の園を守るための防御、批判から身を守るための防衛なのではないかと思う、それに特徴もあって味方が少なければその防御はあまりしないからね、園が広いからこそだと思う
ジョイディヴィジョンはアトモスフィアが良いよね。最近の曲も聞いたりしますが、どの曲かで判断してます。ただ昔の曲は良い曲が多い気がします。😊
耳がいいって音程だけじゃなくて音色を正確に聴きとる/再現する能力もあるんじゃない
年寄の懐古厨と、若者の古い物理解できないのは、結局自分が同時代的に聞いたもの以外理解できないって意味で同類なんだよな。
新しい古いという概念は無いのですが、最近の音楽は「どこかで聴いたことあるな」というものが多い気がする。
最後のは社会学・心理学的なアプローチが必要な気がする
その反応はファンがある文化だと大なり小なり発生する事象だし
最後のファン文化についてですが、例えば曲、歌唱や演奏について批評されても、ファンはそのグループ、歌手自体が否定されているように捉えてしまうところがある気がします。
また逆に批評する側も曲、演奏、歌唱どれかが気に入らないと全て否定する。
最初から歌手、グループが嫌いだから口実として、歌が下手、演奏が下手などもっともらしく非難してしいる。
つまり、純粋な批評がなされていない気もします。
そりゃ今の比べたら音数も少なければ音圧も無いよ
ただ、少ないってことはそれぞれのパートがよく聴こえるってことでもあるんだよね
たぶん、単なる「否定・悪口」のコメントに対して『そんなに嫌いなら聞くなよ』は筋が通っている。
そして悪口コメントと「悪意の無い批判」との区別が出来てない層が『嫌なら聞くな』と言い、それに他のファンも乗っかってるんだろうな。
古い音楽が退屈っていうのは、最新曲の味付けに慣れすぎてるんだと思う。濃い味付けに慣れて、薄味の料理の味がよくわからないみたいな。
個人的にそれまで冗長だと思ってたスーパーカーのTRIP SKYとsuchmosのindigo bluesを電車の移動中に聴いてその良さに気づいた時は一個音楽の幅が大きく開けた瞬間だったと思う。単調だったり長い曲は何か作業ついでに聴いたらその良さに気づけることがあると思う
僕もIndigo Bluesのおかげで長い曲や古いロックを難なく聴けるようになりました
TRIP SKY、僕はちょっと疲れてる時に聴いてそれまでなかった気づきを得られましたね
同じフレーズの繰り返しを無自覚にトリップするあの体験、良さに気づけた瞬間だと感じました
@@Aokage-lx4hsまさしくです!!!
まじでthe anymalは最初わからんくても何回も聴いてるうちに沼にハマってく感じある
自分の好きなモノ、人を批判されたら反発するのは人として当たり前の反応なんじゃないですかね
現代の音楽からいきなり昔の音楽に触れるよりは、ルーツやその時代の出来事(政治など)を辿って少しずつ行く方が楽しいと思いますね
例えば私は、Coldplayが洋楽の入り口で後にRadioheadにハマったのですが、そこからどんなバンドに影響を受けたのか興味を持ち始めました
Coldplay → Radiohead → Joy Division, Stone Roses, Talking Heads, → Pink Floyd, The Clash, Kraftwerk → Beatles, Rolling Stones, Doors → Chuck Berry, Buddy Holly, Muddy Waters など
フェイゲンないしスティーリー・ダンなんかを聴いてると、古い音楽の複雑さとか美しさに触れられる気がする
呼んだ?
個人的な感想だけど、いつもなら退屈と感じるような音楽でも、レコードだとめちゃくちゃ聴けるようになることが往々にしてある。
携帯や遠隔操作だとボタンひとつで飛ばせちゃうから、つまるところ最近の音楽に慣れたのではなく、手軽さに慣れた結果だと思う。
だから僕らの耳は、古い音楽に心動かせるものとして何一つ変わってないのではないでしょうか。
今レコード買おうか迷ってた自分にはタイムリーな上に購入意欲が増すコメントだ!
何かオススメのレコードプレーヤーありますか??
魂に刺さる曲かどうかで選曲するので、出た時期の鮮度は関係ないっス。新しかろうが古かろうが駄作は駄作、名曲は名曲。
自分は2018~2019の米津、あいみょん、星野源、髭男、ヌー、バクナンがヒットたくさん出してそこにUSAや紅蓮華や天気の子主題歌、シンデレラガール、アイノカタチ、プロローグみたいなヒット曲もあるみたいな90年代を思い出させる豪華さが好きでした
時代が進むにつれて複雑になってきているのは確かに感じる。
現代の情報量多い曲もすごく楽しいけど、昔のシンプルな曲もシンプルがゆえに深みみたいなものを感じてすごく好き。
サラッと「うる星やつら」のTシャツを着てるところがイイネ
批判の話、私の体験では小学校の時点で議論ができない土壌が出来上がっていましたよ
何かを決めるにあたりまともに議論がされることは一切なく、人気者の発言と空気、そして多数決で全てが決まっていくのでした笑
とろい和製民主主義ね。
わかる。
誰も発言しない。もちろん僕も怖くて出来なかった。結局人気者のなんの面白みもない典型的な意見が多数決で採決。
「ファン文化」というのは、楽曲や演奏に対するリスペクトじゃなくて、宗教的、信仰的な偶像崇拝ではないでしょうか?
今聞いて一番古くさく感じるのは90年代のハウスミュージックかな…
何かの対象を自分の推しにして、それに自己を勝手に投影して批判されただけでキレ散らかす奴、そんなことでもしないと承認欲求満たせずに自己が保てないのか?とっとと自分が凡人だと認めて、強者の邪魔しないように密やかに生きとけよ。
そりゃトータルで見たら新しい方が表現の幅も技術や知識も増えてるから当然だよね
嫌いなら聴くな!っていうコメントがその文化(界隈)の入口を狭めてるってことに気づかないのほんとにだめだよな〜
好き嫌いなんて人それぞれ違うし触れてくれる人が増えた方が発展もするのに
絶対音感だけどコード分からないワイ、和音もアルペジオも構成音で拾ってしまうため効率が悪い()
ファンダムについてはありきたりな意見ですが、
推しと自分自身を同一視(感情移入)→推しを否定されるのは自分を否定されてるのと同じ→怒り💢って感じじゃないでしょうか?多分
音楽はその日の気分や環境、天気、場所で感じ方が変わる
今までよくわかんなかった曲が突然わかったり今まで好きだった曲が急にしっくり来なくなったりする
だからまぁそんな切羽詰らず聞いてればいいと思うよ
アクロバティックな歌唱法は、ボカロ的な音楽性の中でもまさにJ-POPとかアニソンに波及しがちな(つまり人が真似しやすい)要素なので、
ジャンルとして「ボカロ」を使うのなら、人に真似できることよりも、ボカロにしかできない表現法や音楽領域も取り上げたいですね
声質の異質さ、冷たさ、セクシュアリティの薄さ、電気的なサウンドとの相性や、それによって可能になる抑制の効いた感情表現とか
最近のJ-POPやアニソンを説明するという用途でボカロというジャンルを限定するのはもったいないというか、やるせない
声も楽器の一つと考えればボカロの曲を人が歌うのはギターやドラムのパートを歌でやろうとするのと同じ、とかなんとか…いや、違うか…
自分はパンクからプログレまで、幅広く聴くけど、いくら有名でも感性に合わないものは聴かない、新しい古いよりも重要かな、ヒップホップとか打ち込み中心の音楽は苦手、ようは自分に合うものだけ、聴けばいい、
批判に耐えられないファン文化について、個人的には以前何かの動画でみのさんが仰られた(ような気がする)「アーティストを所有する感覚」が、ひとつの原因な気がします。
「批判に耐えられないファン文化」と「称賛を許さないアンチ文化」があると思うんだよなあ。
今作られてる音楽には余白がなくなってるのが一番悲しい
凝縮させすぎて聞き手の感性に任せる遊びが無いのがつまらない
Joy divisionの素晴らしさは複雑さではなく、底知れぬ暗さの中にあるわずかな若者の爽やかさに共感できないとわからない
音楽とか映画もそうだけど、その時代背景など理解するとちょっと違う視点が見つかると思う。
様々な音色を詰め込む「足し算の音楽」は現在流行する音楽の傾向だと思ってます
音楽がますます画と音の融合に向かう中で、自分が親しんできた音のみで全てを語る音楽が古く顧みられない音楽として消えていくなら、悲しい。
批評の件に関しては、ファンダム云々以前にクソレビューが横行した時期があった反動が大きいんじゃないかなぁ?
例えば「こういう所に興味を持って聴いてみたけど自分にはこの辺が物足りなかった」みたいな批評なら解るんだけど、
興味の無い物を叩く為にわざわざ聴いて、主語の大きい批判をする…みたいなのが2ちゃんとか個人サイトの全盛期で多かったのよね。
更に言うと、こういう「叩くために聴く」みたいなレビューが増えた要因って90年代の音楽誌にもあると思ってて、
当時「忖度の無い辛口レビュー」を売りにした音楽誌がチラホラ有ったと思うけど、そういう音楽誌が辛口レビューという売りの為にわざわざ興味無さそうな物まで記事にしだしたのが発端だと思うわ。
そういうのに影響受けたイキりたがりが一時期本当にウザかった。そこからの「嫌なら聴くな」なワケ。
…とここまで書いといて何なんだけど、今は確かにファンダム内のイザコザを要因として「嫌なら聴くな」「嫌なら見るな」というような言説が飛び交う流れも多いでしょうね。
原因は所謂「反転アンチ」っていう、元々はファンだったけどファン対象が自分の理想とかけ離れた事によって粘着質なアンチに反転してしまったヤカラのせいだと思うのよね。
一つの物に固執していつまでも嫌々聴いてるんじゃねぇ、せめて好みの対象を分散させろ、と。
まぁ、何れにせよ批判的な言葉に過敏なファンダムってのはそれだけ迷惑なアンチに悩まされてきた人達である可能性が高いので、
率直な意見言っただけでも過敏な反応を取られる事もあるかも知れないけど、そんな時は「ああ、苦労してこられた人達なんだな…」と察してあげましょうw
1980年代に急に音が良くなった。
日本人は好き嫌いと良い悪いを同じベクトルで捉えてる人が多いので批評をされると否定されたと感じるのではないか?
美味しいけど嫌いな食べ物や最低だけど好きな音楽があっても良いんだと思う
日本のファン文化の異様さの正体は何かといわれたら、
シンプルに「自身のアイデンティティが希薄なせいで対象の存在がアイデンティティの空白部分とすげ変わってしまっていて、
対象への批判が全て自身のアイデンティティへの攻撃かのように誤認してしまっている」だけだと思う。
ようするに、認知のゆがみ。
昔の音楽を必ずしも理解する必要はないと思います。
僕も最初無理して聞いてました。
そしてある日突然耳のリミッターが外れてような感覚があってそれ以来あらゆる時代、ジャンルの音楽を楽しめるようになりました。
僕は理解できるようになって良かったと思っています。
高度情報化社会という言葉が死語となりつつあるこの現代では、昔と比べて沢山の刺激を受けるようになっているが故に1つの情報量に対する価値が相対化されてるから現代の音楽に比べて情報量(音数やエフェクトetc...)が少ない昔の音楽が退屈に聞こえるのは現代化の副作用とも言える。かといって現代の人達は昔の音楽を楽しめないというとそういう訳ではなく、アーティスト本人の制作意図や時代背景、制作方法などといったその音以外の情報量というのを増やしていくとなぜその音楽がこの時代でも聴き続けられているのかが分かって面白い。そういう意味では、予備知識を必要とせずに大衆に受け入れられている現代の音楽もかなり面白いものだなあと思う。
ファン自身が攻撃されてる気になってるんじゃないかな
昔の曲はつまらないならビートルズはどうなってしまうんだぁ!?
ジョイディビジョンとかは好きなんだけどプログレがどうしても長いなと思ってしまう…
悔しい
逆に自分は幼少期から昔の音楽に慣れ親しんで育ってきて、最近の音楽をいいと思えるようになるまで時間かかってる(27歳にしてまだちょっと最近の音楽に抵抗感じちゃう)から、最近の音楽に親しみを感じられる人が羨ましい。
こういう変な引っかかりさえなければもっと音楽楽しめたのに、って思う。
僕も昔そうでしたよー
現代のバンドで一つでも衝撃を受けたら割と他の曲も聴けるようになると思いますよ