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※追記 今回間違いが多くなっております。皆さんのご指摘を基に、概要欄に訂正を入れております。間違いを発見した場合、概要欄をご確認ください。なかった場合は、コメント欄でご指摘くだされば幸いです。ご視聴ありがとうございました。次回は「三冠王3回、孤高の天才、落合博満伝説」をお送りします。投稿目標は4~5月頃になる予定。4月からさらに投稿ペースが鈍る可能性が高いです。なるべく作業量を減らして動画を作るよう工夫していますが、どこまで実現できるかは不透明です。ペースが落ちても、内容的に濃いものをお届けできるよう、頑張りたいと思います。
うぽつです。 いつも丁寧に資料を読み込まれて、考察されて動画を作られてるのが分かるので、待ちますよー(^^)
横浜暗黒期、ロッテ18連敗とともに、楽しく観させて頂きました。是非、ノーノー未遂男、西口文也投手を取り上げて頂けると嬉しいです。
オッチかあ…トンビにぶつけられた報復に狙ってピッチャーライナーぶち当てた話が好きですね
補強なしで優勝した落合との差
訂正‼政治家じゃないから少々の誤りたいしたことじゃないよ☀
西本が堀内さんはコーチ時代に、投手が打たれたり四球を与えるとベンチからバカ、アホと試合中でも普通に投手を罵倒していたし、キャンプ中に水野投手を殴打するなど横暴だったから慕う人が少ないのは当然と言ってたので、コーチ時代の言動の報いを監督になってから受けたんだと思う
清原と堀内の確執は伏線があり、堀内がコーチ時代に全体練習で雨天練習を強行したのに、自分だけ室内でお酒を飲んだり弁当を食っていたので、抗議した川相に対して殴ったことから始まったと聞きます。またコーチ時代に理不尽なことをしていたため、堀内は監督になってからも選手から人望がなく意志疎通が出来てなかったと元巨人の高橋さんが言っていたので、選手から造反を受けて結果を出せなかった悲劇の監督ではなく、堀内の人柄にも問題があったと思うな
清原は現役時代から難病の子供の多い施設に寄付を続けたり、沖縄キャンプを視察した際に人命救助を行うなど善行を積んでおり人間性に問題がある人ではなかったから最近表舞台に復帰出来ているのだと思います。これからも野球に関わってもらいたいな。
リアルタイムで巨人を応援していたけど、ナベツネの後継者と言われた三山球団代表が巨人をぶっ壊した元凶だと思う。この人は野球に関してド素人同然なのにフロント主導でコーチ人事を決めようとしたり、試合後に原を呼び出して采配批判を行うなどを行うなどして首脳陣を混乱させたあげく、チームが連敗した際にマスコミの前でシーズン途中での解任を示唆するなど好き放題していたので 堪忍袋の緒が切れた原監督が辞表を提出し辞めることになったみたい。ナベツネは読売グループ内での人事異動と言って誤魔化していたけど、川相コーチは原が理不尽な理由で解任されたことに抗議して巨人を退団するなど貴重な人材を失ったし、後の低迷の要因はこの時チームを混乱させた三山の言動だと感じてる
内田打撃コーチが清原は試合後も東京ドームで日付が変わるまでバットを振っていたと言っていたし、晩年に結果が出なくなったのは怪我が原因だと思う。巨人時代から足腰に爆弾を抱えており引退する直前に病院で検査したら半月板の損傷が激しい状態で医者からよく今までバットを振れましたねと驚かれたそうだから満身創痍だったんだろうな。泥水を啜るつもりで努力したのは事実だったのかなと思う
清原さんは最近東京ドームで高橋由伸と野球解説を行ったり、沖縄キャンプを視察して石川や鵜飼に打撃を指導するなど球界に復帰出来ているので安心しました。父のような野球選手になりたいと、野球に打ち込んでいる息子さんの存在も力になっていると思う。これからも野球に携わってもらいたいな。
わたしは巨人ファンではないが、ずっと「堀内監督がやりたい野球はこれじゃなかったんだ」と言い続けてきた。2005年当時は中学生だったのでたしかにこんなことは言ってなかったがまだ堀内さんが叩かれていた高校生の頃(2008〜2011)には上記のことを言ってたと思う。父が中学生硬式野球チームの監督だから、監督のつらさを分かっていたから出た感想だと思う。中学生の監督なら自分の上にフロントはいないので気を使うときても父母会やコーチくらいだろう。しかしプロだとそうはいかない。巨人軍は他球団では一流の選手ばかりでプライドも高いから気も使うはず。ちなみにわたしも機動力と投手力と守備力さえあれば12球団ワーストの打撃でも優勝できるという考え方なのでフロント無視していいなら清原なんか2004年に解雇だ。ペタジーニも取らないしローズも取らない。だが巨人ではそんな上手くいかないのだろう。事実、堀内さんは解説の時から機動力や投手力、守備力に関する意見をよく言っていた。ご自身も名投手だったからこそ投手力と機動力がいかに大事かよく分かっていたのだろう。だからわたしは堀内さんが好き好んであんなチーム作りをするわけがないと直感で分かっていた。そしてこの動画を代表する様にだんだんと堀内さんよりもフロントの思惑でチーム暗黒期に巻き込まれていった事実が明るみになった。野球ファン達は報道に踊らされて、少し負けると自軍の監督を叩く。たしかに俯瞰してみればダメな采配もあるかもしれないが、実際現場でチームを組んで動かしてみればその大変さが分かる。解説席にいるのと現場は全然違うし、それにプロ野球には口うるさいフロントがある。自軍のチームが負けが込んだりBクラスになると叩きたくなる気持ちはわかる。わたしもロッテファンなので伊東監督時代などは周りの人たちは「伊東無能すぎ!やめろ!」と言っていたし井口監督も結果が出るまで叩かれていた。下克上で日本一に導いた名将西村監督にさえ、翌シーズン調子が落ちると「西村は無能だ」と言い出す奴もいた。しかし、井口監督のように長い目でじっくり待てば監督のやりたい野球と選手たちの動きがシンクロして結果に結びつく日もくるのだ。叩く前に、もう少し温かい目で見てあげるのもファンの務めではなかろうかと常々思うのである。
たしかにファンや一部マスコミの過剰な選手や監督叩きにはうんざりしますし、頑張っている人たちのことを考えれば、そうした行為は慎むべきだと思います。一方、巨人ファンはせっかちだからこそ、常勝とは言えずとも、そこそこ強豪でいられた、という側面もありそうです。巨人ファンは勝敗にシビアなため、少しでも弱いとうるさくなり、観客動員数も落ち込みます。だからこそなりふり構わずFA補強などを行い毎年優勝を目指します。その行為の是非や、それが将来に結び付くかどうかは別として、一定の効果はあるように感じます。ただ、個人としては、報道や周囲に振り回されず、贔屓のチームの勝敗だけに拘り過ぎず、野球を楽しむことが、娯楽として良いように思います。
@@ypb7813 さん評論家気取って長々と書いたのにコメ返頂きありがとうございます(読み返して恥ずかしくなりましたw)たしかに贔屓のチームはありながらいろんなチームのいいところなんかを楽しめるといいですね!
@@gwdapwd16766 堀内は週刊ベイスボールにジャイアンツについてコラムを書いていたけど、坂本は一塁にコンバートするべき。もし坂本が拒否するなら引退しろ、大城はリードがダメだから小林に正捕手を明け渡すべき。もし小林を使わないなら松井祐樹を小林とのトレードで獲得しろと無茶苦茶なことを述べていたので無能なのでは?2005年以降も堀内が監督を続けていても暗黒期が続いていたと思います。
堀内さんは火中の栗を拾って損な役回りをよく引き受けてくれたわアレがあって様々な膿が出てその後の立て直しに繋がった
堀内監督はコーチ時代に選手が試合中四球を与えたり、打たれると罵倒したり、殴るなどしていたと聞くので人望がなかったと聞きますし、選手から造反を受けて結果を出せなかった悲劇の監督ではなく、堀内の言動にも問題があったのでは?高橋由伸もコーチ時代の堀内さんを知る人は皆信頼してなかったと言ってましたし堀内さんは監督としての資質がなかったと思います。
堀内が「敗軍之将兵を語らず」と残して退任したあの会見の場で「この二年後にジャイアンツはリーグ優勝します」なんて言おうものなら、あの場にいた全員が腹を抱えて大笑いしたのだろうな。
2007年から09年まで巨人三連覇は流石に予想できないよねこの状況では
そう言っておきながら、週刊誌で「清原は野球に向かない」とか抜かしてたから、キレそうになったわい。辞めた後も、まだなんかある奴という印象。
堀内さんはスピード感のある野球がしたいと言ってたけど足の速い鈴木尚広を使わず、代走元木などおかしなのことをしていたし、言ってることと、采配が噛み合ってなかったね。確かに内海を使うなど功績もあるけど増田が敗戦処理でマウンドに上がった時も神聖なマウンドに野手を上げるな、私はテレビを消したと文句を言ってたし指導者としてのセンスがないと感じる。
ある意味堀内が監督になったおかげで色々なものが壊れたおかげで、投手陣は若返ったんだろうなと思う勝手な印象
内海がブレイクするきっかけになったのだけは評価出来ますな
この時小学生だったけど、シコースキー好きだった
この頃のジャイアンツは他球団の主力を根こそぎ取って若手をあまり育てない超強奪球団でしたからね。しかもこの頃は長嶋茂雄監督や原辰徳監督の現役時代子供だった世代の選手が多かったから金額+長嶋茂雄監督や原辰徳監督のラブコールでヒョイと移籍する人もまあわんさかいた。でも巨人はこの失敗から学んでその後坂本・脇谷・長野・澤村・橋本到・寺内・松本・亀井 高橋由伸政権後も岡本・重信・若林など若手を育てるチームに変わったはずだった………でも高橋由伸辞任からまた陽岱鋼 丸佳浩 梶谷隆幸 井納翔一 とまた他球団の主力選手を獲るスタイルに戻りつつあるのが怖い
ミセリはぶっちゃけトラウマになってる😂浅草観光は笑ったがお父さんがめっちゃ文句言ってたの思い出したら笑う
守護神の確立、清水をベンチにしてでもローズをレフトにしてセンターに守れる外国人を補強するというのは編成的に間違ってない。それで獲得したのがミセリとキャプラーってのが問題。
まさか、巨人戦のテレビ中継が無くなるとは、誰も思わなかったのではないでしょうか。
ファンが分散して巨人ファンが減ったから視聴率取れるワケがない!!FA制度がその種を撒いたんだよ、、落合、清原、広沢、江藤獲得して巨人ファンが減ったんだよ!両親や祖父母が巨人ファンでもそ自分と子供は他球団ファンってのが増えたの
@@taka.t6937 単純にテレビで野球見る人が減ったんだよ。両親や祖父母が巨人ファンでも子供は野球なんて興味ないんだよ。
@@ハンムラビ法典-p1e そもそもテレビすらまともに見ないしね
@ただの一般人 いないよ。視聴率クソ低いから。現実を見よう。
視聴率30%なんて今やバケモノのレベル。
清原切ってから急に思い出したように鈴木使いだしたの覚えてる。鈴木みたいなの干して代走元木という珍采配やってたらそりゃ無理だな。
うぽつです!後編待ってました!今回も分かりやすい解説で思わず聞き入ってしまいました♪次回作も楽しみにしてます!
堀内に代わった時にコーチほぼ全員に逃げられたのも、相当痛かったと思われる
堀内時代の巨人が低迷した要因は何だと思いますか?私は清原に対して球団とは関係ない長嶋一茂を通して構想外という大切なことをを伝えるなど選手への扱いが酷かったり、ポジションの被る長距離砲を獲得しては捨てることを繰り返すなど雑な編成をしていたフロントの言動が問題だったと思います。寧ろ清原などの選手はフロントの杜撰な球団運営に巻き込まれた被害者だったのではとも感じています。
@@似年名 低迷の一因に大艦巨砲主義やってた事に対しては概ね同意悪い言い方したら長嶋、原の二監督と比べてベテラン選手に舐められてた様な気もします(あくまで推測ですが)
@@ge-ha-5963 堀内監督はコーチ時代に選手が試合中に四球を与えたり、打たれると罵倒したり、殴るなどしていたので慕っている選手はほとんどいなかったと西本が言ってましたし、選手から造反を受けて結果を出せなかった悲劇の監督ではなく堀内の言動にも問題があったのではと感じますがどのように思いますか?勝てなかったのは編成をしていたフロントのせいだけど、不運の監督ではないと思います。
@@似年名 巨人唯一の負け越し監督って結果を見るに巨人低迷の元凶の一角と言っても差し支え無い同時に逃げられたコーチ陣が残っていれば、もう少しマシな成績だったとも考えとります
長嶋監督時代に4番ばかりを集めて上手くいかなかったのに学ばない対戦投手が4番ばかりだと小技の心配がないから打者との勝負に集中出来るからやりやすいと話してたね
3:17 東京観光 浅草観光で有名になったミセリ投手 キッタプロ野球の動画から来ました
大した成績も出ない上に7番にされてキレる選手なんてサヨナラして正解
昔、長嶋さんが「他のチームは5回に1回が巨人戦です。でもウチは毎試合巨人戦なんです。」って言っていたのを思い出した。字面だけ捉えたら、何言ってんだと思ったけど、「常勝」「メンツ」そしてこの時は「使いきれないほどの4番とエース」。その上、首脳陣と選手との板挟みだから、「毎日が巨人戦」、つまり自分対チームを含む全てが相手、なんだなあ、そりゃあ大変だ、と思ったよ。
このグッチャグチャなチーム状態から数年で元に戻れるんやから、やっぱ巨人は土台が違うわ
小田さんのチャンネルで清原さんからカンチョーをくらい病院に行った事を古き良き思い出として話してましたこんなチームが強いわけ無いですよね
そんなスゴいカンチョーだったのか…カカシ先生の千年殺しかな?
私は元から清原嫌いだから低迷の一因の一人ですわな
2006年、原辰徳が再び巨人の監督に就任し、新生ジャイアンツは始動した。しかし、開幕から暫くは好調だったものの、セ・パ交流戦辺りから調子を崩し、8月には一時最下位に転落するなど失速。結局4位に終わってしまい、球団史上初の2年連続Bクラスという屈辱を味わった。シーズンオフ、ベテランの桑田真澄と工藤公康、巨人不動の二塁手だった仁志敏久、福岡ダイエーホークスから無償トレードでやってきた小久保裕紀などが次々と巨人を出て行ってしまったが、北海道日本ハムファイターズから小笠原道大、オリックスバファローズから谷佳知を獲得。来季に向けて新たな戦力を獲得するのだった。2007年3月某日横浜スタジアムで行われたシーズン開幕戦。ベイスターズ相手に先発内海が序盤から大量失点、打線も勢いを見せず完敗だった……スタジアムに響くジャイアンツファン達の怒号「辰徳辞めろ~!!」「今年は最下位だ~!!」無言で帰り始める選手達の中、今年からキャプテンを任されたチームの要である阿部慎之助は独りベンチで泣いていた。 プロ2年目で手にした日本一という栄冠、喜び、感動、そして何より信頼できるチームメイト…… それを今のジャイアンツで得ることは殆ど不可能と言ってよかった。「どうすりゃいいんだ……」阿部は悔し涙を流し続けた。どれくらい経ったろうか、阿部ははっと目覚めた。どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ、冷たいベンチの感覚が現実に引き戻した「やれやれ、帰ってトレーニングをしなくちゃな」阿部はため息をしながら呟いた。立ち上がって伸びをした時、阿部はふと気付いた。「あれ……?お客さんがいる……?」 ベンチから飛び出した阿部が目にしたのは、外野席まで埋めつくさんばかりの観客だった。千切れそうなほどに旗が振られ、レフトスタンドからは微かにジャイアンツの応援歌が響いていた。どういうことか分からずに呆然とする阿部の背中に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。「慎之助、守備練習や、早く行くぞ」声の方に振り返った阿部は目を疑った「き……清原さん?」「なんだ慎之助、居眠りでもしてたのか?」「あ……アメリカへ行ったはずの松井さん!?」「なんだよ慎之助、勝手に松井をアメリカ行きにさせやがって」「元木さん……?」阿部は半分パニックになりながらスコアボードを見上げた。1番:仁志 2番:清水隆 3番:高橋由 4番:松井 5番:小笠原 6番:清原 7番:阿部 8番:二岡 9番:上原暫時、唖然としていた阿部だったが、全てを理解した時、もはや彼の心には雲ひとつ無かった 「勝てる・・・勝てるんだ!」 元木からミットを受け取り、グラウンドへ全力疾走する阿部、その目に光る涙は悔しさとは無縁のものだった……「ハッ……?!」気が付くと、横浜市内のホテルの部屋の中にいた。どうやら夢を見ていたようだ。「夢か……」時計は午前7時を指していた。朝食を済ませ、ユニフォームに着替え、バスに乗って横浜スタジアムへと向かった。松井もいない、清原もいない、元木もいない。いるのは高橋由伸、高橋尚成、上原、二岡、内海、そして新たに加入した小笠原と谷、信頼できるチームメイトだった。(そうだ、これから戦いが始まるんだ……。今ここにいる自分達の手で優勝をつかむんだ)そう誓うと、阿部は真っ先にグラウンドへ練習に向かった。この時、阿部はまだ気づいてなかった。由伸が1番でスタメン出場して開幕戦初球ホームランを放つこと、上原が1年間限定でストッパーに起用されること、そしてジャイアンツが5年ぶりのV奪回を決めること。今後起こる出来事を阿部はまだ知る由もなかった。
病院で吉村と村田が……あれ?
どっかで見たような構文…?(笑)
みんなすぐ最悪っていうけど、この1年があってからフロントの4番集める病が徐々に治っていったと思うから良かったと思ってる
巨人主催試合は今でこそ日テレ以外にNHKもテレビ放送していますが、かつてはテレ朝も放送していました。王会長が福岡ダイエー監督時代「東京ドームの巨人戦を見ようと思い、たまたまテレ朝にチャンネルを合わせたら東尾修が解説で、えっ!と思いチャンネルを確認したらテレ朝だったので驚いた。今の巨人は成績が思わしくないから視聴率が期待出来ないという日テレ側の考えは分かるがグループなのに、いいとこ取りしか日テレは考えていないのでは?と言わざるを得ない。」と某野球書籍で発言していました。他球団に籍を置いていても巨人を気にする姿勢には頷くしかありません。
ドラフトの5年後を検証すると、現在のチームが上昇中か下降線かよくわかりますね。大変良い企画だと思います。ありがとうございました。
待ってました!
ミセリは「日本観光ツアーのオプションに読売ジャイアンツ体験入団があった」とか言われてましたねなんか全部が噛み合わなくてガタガタだった印象
仲ミセリ言われてましたな
97年98年も酷かったはず。年寄り巨人ファンが堀内じゃ客が入らないぞ、言ってたけど勝てなくてどうしようもなかったな。
97、98年は三本柱が衰えてたとこと投手陣が酷かった、抑えもいなかった清原が移籍後不振で叩かれその他投打の外部補強も上手くいかなかったヤク横浜がめっちゃ強かったな、でも暗黒期とはならないのは松井23,24で由伸が一個下さらに仁志も清水も20代だったし基本は自前のオーダーだったと思うだからまだ未来が明るかった時代
なお現在キャプラーは「サンフランシスコ」ジャイアンツの監督を務めている
えっ
そうなんだよなそして今季から元読売のどすこい山口が入団すると
当時のスポーツ紙の1面だったのかな?浅草観光してるミセリの記事は今でも覚えてる!
自分はNHKニュース7で報道されたのが印象に残っています😅
仲見世リか。
この年はファンもジャイアンツに対して愛想がつきてたな。東京ドームの観客動員数が去年から数十万人減ったんだよね。
この程度で愛想つかすなや。ちな虎。
見た目の減少(レフトの空席)とかはあるけど、一番は観客動員数の実数化。46,000人しか入らないのに毎試合55,000ってカウントしてたらそら数十万人減りますわ
人が入っても酷かった。6回まで負けてると、ライトスタンドのお客さんが徐々に帰っていき、最終回になるとライトスタンドにほとんど人がいなかった。
だってファンは弱いのに慣れてないもん
巨人ファンだけど、堀内時代のことはほんと記憶にない。
堀内さんはコミュニケーションを積極的に取るタイプではなさそうですし、そういう部分も選手の不安や不信に繋がったんでしょうね。
由伸もそうかな?
いや、コミュニケーションとろうとしてキャンプ中、バー堀内とかいって、自室を開放して選手と飲みながら話そうとしたら1人もこなかったんだよ^_^
だから清原が増長魔になり幅を利かせてチームの雰囲気も最悪だった。言うなれば中田翔がドンみたいなチームだからな
東方も野球も好きなのですごく楽しいです。次回も期待してます
ほぼ毎試合やってた関東での巨人戦の地上波中継がこの頃からめっきり減った印象がある
それでも最下位は免れてるのがジャイアンツの凄い所です。
堀内時代の巨人が低迷した要因は何だと思いますか?私は清原に対して球団とは関係ない長嶋一茂を通して構想外という大切なことをを伝えるなど選手への扱いが酷かったり、ポジションの被る長距離砲を獲得しては捨てることを繰り返すなど雑な編成をしていたフロントの言動が問題だったと思います。寧ろ清原など選手はフロントの杜撰な球団運営に巻き込まれた被害者だったのではと感じています。
堀内元監督結構好きだけどな
それでも暗黒期と呼べる時代が2・3年でとどまったのがまだ良かった。
巨人はFAで選手取りすぎてるようなきがします
清原・・・なぜ覚せい剤なんかに・・・
2:03この多村の前のミセリVSウィットは伝説の迷勝負として有名
後にミセリコールにつながる
途中帰国したキャプラーが将来メジャーの最優秀監督になるとは
この当時リアルで観ていて、堀内監督が悪者みたいな扱いされてたけど。堀内さんの野球観自体は時代が違えば優勝できる能力はあったよ。実際内海とかその後を担う選手達に経験積ませる為に我慢して起用したりしてる。
堀内監督はコーチ時代に選手が試合中に四球を与えたり、打たれると罵倒したり、殴るなどしていたと聞くので人望がなかったと聞きますし、選手から造反を受けて結果を出せなかった悲劇の監督ではなく、堀内の言動にも問題があったのでは?高橋由伸もコーチ時代の堀内さんを知る人は皆信頼してなかったと言ってましたし堀内さんは監督としての資質がないと思います。
現場の面では、ベテランが故障・力が落ち、若手が育たない戦力谷間の時代。 フロントマネジメント面では、数年にわたるドラフト不作、外人選定失敗、FA失敗、選手チーム内構成失敗と計画的監督育成無しなど戦略なき人事、 当時の堀内監督の立場でできることは、チーム内の問題点の徹底的洗いだし、見込みのある若手選手に手痛い授業料を払ってでも経験を積ませ独り立ちさせること、戦略なきフロントに代わり、若手中心のチーム再構成のための現場側からの処方箋を作ることしかなく、チームの成績を上げることはあきらめざるを得ない状況だったのでしょう。 堀内監督が泥をかぶりながら使命を遂行したからこそ、その後の第2次原監督時代の黄金時代が訪れたのだと思います。ドラフト制度の時代には、第1次長嶋監督や堀内監督や高橋監督のように、監督としての成績を断念し、泥をかぶりながらも若手育成と若手中心チーム構成の処方箋作成を行わねばならない損な役回りの監督が必ず必要になります。マスコミや世間はこのような役割の監督をさんざんバッシングするけれど、次の監督の黄金時代が、仕事の成果を証明します。世間フロントも次の黄金時代の監督の実績と評価するので、名監督の条件は、戦力の谷間がくる前に身を引き、フロントが戦力の谷間を埋めたのを見定めて監督に就任するように感じます。
松井がいなくなり03 04 05年あたり野球中継見なくなってましたね 夜のニュースで又負けてる又負けてるの連続でした清原の存在ははチームにとって致命的マイナスでした
逆に、イチロー(2001から)や松井(2003から)のメジャー移籍で、メジャー中継とか視聴者は増えた気がします。
シーズン後半は先発上原の試合しか勝てないんじゃないか…というレベルになってたね。その上原も二桁勝ってないし。今でこそ清原組の放出や内海を使ったと評価されてる堀内監督だけど、当時は球界の盟主としての地位低下や、巨人戦地上波撤退の戦犯だった。でも、その後は三連覇するんだから、膿を出すという意味で必要な時期だったのかもね。
少し違うな。そもそも、この男が監督として戻って来なければ、清原もローズも膿になんてなってなかったよ。この男は、第一に外国人を使いこなせない、次に移籍組を差別する、最後に人を育てられない。一体誰なら使えるのよって感じ。
清原軍団は本当に存在しなかったみたいですよ。チームメイトだった高橋由伸や上原がyoutubeで清原軍団はマスコミが造ったもので、キヨさんは番長と呼ばれていたけど、実際は繊細で群れるのが嫌いな人で後輩から食事に誘われても毎回断るほど一人が好きな人だったと言っていたし徒党を組む人ではなかったと思います。実際元木はfa選手の付き人だから球場では一緒にいたけど、仲が良かったわけではないそうですし、週刊誌やネット掲示板が広めたデマなのではないでしょうか?
ある意味堀内さんはババというか貧乏くじを引いてしまったんでしょうね。また、この時ヤクルト戦の試合見に行った時はまぁブーイングの酷かったこと…ちと気の毒にも感じた。
原監督の名声はある意味堀内さんと原さんの犠牲の上に成り立っている側面があります。来年以後は原さんがいかに次のバトンを渡せるかが試されることになりそうです。
2005年、主な退団者清原和博 戦力外→オリックスT.ローズ 自由契約→レッズ3A江藤智 FA人的保障で西武後藤孝志 引退元木大介 戦力外→引退ミセリ シーズン途中解雇キャプラー シーズン途中解雇堀内恒夫 監督解任
内2人がコーチ
條辺剛 戦力外→引退も追加で(現在はうどん屋さん)
巨人は低迷期が2年で終わってよかっただろう。しかも最下位にはなっていない。阪神なんて85年に優勝してから2003年に優勝するまでに最下位10回だもん。それもしてもあのスター軍団をまとめられていた長嶋監督がいかにすごかったかだよな。やっぱり球界の神には清原みたいな番長でも逆らえないのだろうな。
毎年優勝が義務のチームで最下位経験もやらかしたけどそれでも威光は衰えなかったのは凄さの象徴でもあるよね。原監督もある意味よくまとめられてるよなぁって思う
よく見ると、堀内と違って全然ブレない監督だったよね。長嶋監督時代の悪い点って、そのまんま堀内時代に受け継がれてるよ。つまり、あれは長嶋監督が悪かったんじゃなくて、堀内があの頃から悪かったんだな。堀内をコーチにしなければ、もう少し勝てたよ。ちなみに、長嶋監督は数年に一回の割合で神采配を振るうんだよwそれが、優勝した年な。
確かに長嶋は良くも悪くもブレない印象堀内は朝令暮改
原が帰ってきて建て直したのは事実ではあるけれど…結果として原への依存が強くなりすぎてろくに後継者を育ててこなかったことが由伸の悲劇に繋がってしまったまあ、その反省も有ってか今は阿部や桑田を後継者候補として育ててるみたいだけど
由伸は原スキャンダルの口封じにされただけだったから。(結果的に由伸にはG監督の”ワンチャン”込の契約だったわけで)
@@poporonx 由伸は確かヤクルトに入りたかったけど父親の借金を読売が肩代わりしてくれる代わりに巨人に入ったんだっけ?条件としてFAでの他球団移籍が禁止とか色々条件出されて巨人から出られなくされたとか
@@もふもふ-x4pというか、借金を完済するまで、巨人側としても嫌でも出せなかったんじゃない⁉️一時期の桑田も、それが原因でトレードに出せなかったらしいじゃないか。由伸引退後は、無理矢理にでもコーチにするのが、既定路線だったと言える。
原さんは選手全体の高齢化とかしてから、離れるイメージ。あとの監督に丸投げ。まともな戦力の時に由伸さんにもう一回監督やって貰いたい。岡本選手育てたのは由伸さん達だと思いますし。
@@るしまさあまり変わらないと思う。原監督は代打や代走を出すタイミングが絶妙。高橋監督にはそれがなく、鈴木が全然生きなくて「心技体のバランスが崩れ」と言って、一年で辞めてしまった。他に原監督は再任が決まった途端、気になる若手選手にマスコミを通じて期待を掛ける声かけしている。こういうとこからチームをまとめるのが、本当に上手いと思った。高橋監督には一切無かった話。
堀内のカリスマ性の無さと、フロントが我慢しきれなかったのが悪い印象
タイトルだけで「史上最凶悪害人トリオ」って、プロレスの6人タッグみたいなコピーが思い浮かんだ。
2005年のペナントレース開幕戦を消化してからペナントレース全試合消化まで、ずっと借金生活だったのは、ジャイアンツのみだった。パ・リーグのダントツ最下位だった楽天イーグルスですら、貯金1の時があったのに。
高度経済成長期から続いた巨人人気一強の時代が完全に終結した瞬間である。
清原はデッドボールを避ける技術が無くて,怪我が増えた。本当に2004年で切るべきだった。そもそもスピード野球を掲げながら,フロントが取ってくるのはホームランバッターしかいないし・・・。
落合にも散々言われていたのに全く改善すること無し努力不足としか言えない
この2004〜2006年あたりが球界が大きく変革した年になったと思う。視聴率でも成績でも巨人が低迷したこと、球界再編で北海道と宮城に球団が出来てフランチャイズ化が進んだこと、プレーオフの導入、交流戦の導入、SHINJOの「これからはパリーグ」発言、契約金問題と逆指名ドラフト廃止…。
この3年間でダルビッシュ涌井田中マー君中田翔、あと長く活躍はしなかったが衝撃デビューを飾った大場や大学生で唯一日本代表に選ばれた長谷部辺りのドラフトの目玉が一気にパ・リーグに流れたのもパ・リーグに目が向き始めたのに影響してると思う
2000年代後半から、先発投手の名誉である沢村賞(沢村栄二賞)がパ・リーグに2005~2009年まで持っていかれた。
良くも悪くもそういう改革の影響ので野球人気が落ちたのはあるだろうね巨人の弱さもあるが
@@user-ys7kp7iv9r それに大谷・甲斐・千賀・朗希といった野球に疎い一般人にも名が知られてる選手は皆パ出身者な事もあるな。最近では山田・村上・鈴木誠也とセ出身選手も奮闘してはいるがな・・・・・。
実際野手は育ちにくいし投手は水物だから逆指名で野手を確保して投手をドラフト下位、外国人でカバーしようとするやり方は正しいただ当時はそこまで明確に考えてる人が現在より少ないからバラバラになったんだろうな
ローズとケンカの弘田って阪神の1985年優勝の弘田澄男だもんね
誰でも知ってる
フロントは補強四番打者とかパワプロみたいなことやってたな
巨人て変なプライド持ちすぎなんだよ球界の盟主だとか常勝軍団じゃなきゃいけないとかさ普通のチームだったら堀内ぐらいの成績なんてザラでしょ
20:36 ここで使われてるBGMはどのような曲名の曲ですか?少し気になったもので...。
甘茶の音楽工房「チョコレート大作戦」です。
@@ypb7813 ありがとうございます!
指標とかない時代だけど守備もやばそう、子供ながら二岡の守備範囲狭すぎだろと思ってました
DRSとか恐ろしい数値が出そう…
色々言われてるけど守備しかないよね上原の成績が物語ってると思う
2005年の巨人では、ミセリとキャブラーが全然使い物にならず、前年のホームランを中心とした打線もふるわなかった。原が復帰した2006年は落合中日に本拠地胴上げを許す結果に、しかしここから第二次原体制がこれをバネに復活できたのは大きいです。
次回はオッチかこれは楽しみ
開幕悪夢すぎて、めちゃめちゃ覚えてる
ローズ「ジャイアンツヘタクソ!ダイキライ!」
ちなみにこのキャプラーが今ではジャイアンツの監督になっているって知ってる?SFみたいな話だろ?本当にSFの話なんだ。
結構、助っ人経験のある(しかも活躍できなかった)監督が増えましたね。ダイヤモンドバックスの監督はヤクルトにいた、トーリ・ロブロ(2000年に在籍)ですね。
確かに San Francisco のジャイアンツなのでSFですな。こりゃ上手い。
上手いなオイ(笑)
そういや東野って今の戸郷みたいに期待されてたのに急に消えたなw
背番号変えてダメになった選手の1人ですね
野球選手は野球で進学なんて当たり前なのに、東野は周りのそういう選手たちを馬鹿にしまくってたらしいからなあ。
原監督ってホント良いタイミングで抜けたり戻ってくるよねw面倒くさい清原らが抜けてから戻ってくるし、賭博問題や自身のスキャンダルのほとぼりが冷めた頃に戻ってくるし
80敗か… 流石に最下位か。あれ?金があっても編成が上手いこと出来なかった印象がある。というか堀内監督は貧乏クジ引いただけでフロントサイドよなゴタゴタしてたのは
この年の巨人で一番の屈辱は阪神の胴上げを見させられたことだろうね
JFK。
そんな阪神でもこの年の日本シリーズであまりにも屈辱的な大敗北を果たすという…
もう一つの屈辱は、横浜に6勝16敗と大きく負け越したこと。土肥義弘一人に負け過ぎやろwww
@@kt6012 そうです。334です。これ以降、2014のCS突破の日本シリーズ進出までの間は全く。
岡田監督は色々と功罪がな・・・リリーフ整備は神がかりだけど将来への投資意識とか選手を大きく育てる意識0で先行逃げ切り以外勝てませんってチームスタイルの元凶でもあり
ミセリの浅草観光の一件はシコースキーとローズブチギレしてたな。
なんかわかる気がする シコースキーもローズも日本では結果を出してた人だからねアイツなめてんの?とか思ってそう
@@米満勇輝 シコースキーは周りから怒ったところを見たことがないって言われるほどの屈指の聖人でしたからね。
ローズは巨人に移籍しなければよかった
ローズは複数年契約を結ぶのが、長年の夢だった。近鉄時代は「外国人選手の複数年契約はNG」という決まりがあった。ローズの高年齢高年俸を考えると、お金が払えたのは巨人だけなのだろう。
ローズの理想は(年俸額据え置きでも構わないから)複数年契約で近鉄残留だったんですけど、現実はそうではなかった。
第二次原政権になって、外国人もマシソンという大当たりがあったのが大きい。
堀内の置き土産と言われた辻内は一度も一軍公式戦のマウンドに立つことなく戦力外になったな制球難と怪我に泣かされ、一軍に初めて呼ばれたのも2012年頃だったかなもし辻内が順調に成長して実績を積んでれば、巨人の左のエースになってたかもしれないね仮に巨人で才能が出なくても、大田のように他球団で才能が花開く未来もあったかも?
原さんや長嶋さんみたいな表に出られる人を置いて影の宰相としてヘッドなり投手コーチをやる方が悪太郎は向いてたんだろうね…監督時代も内海を見出した功績はあるし
いやいや、それすら本来は向いてなかったよ。コーチ時代にその無能振りが中々露呈されなかったのは、藤田監督が築き上げた投手王国を引き継いだだけ。それがヘッドコーチになった事で、ようやく露呈されたと言ったところだろう。ちなみに、95年からの数年間は藤田監督の戦力が残りカス状態になって、なんとか踏ん張っていたと言ったところか。
そんなミセリも、巨人退団後はデビルレイズ(現レイズ)でチームには欠かせない中継ぎ投手だったらしい。
余談ですが、当時はデビルレイズ出身の投手がよく日本に来ました。スタンリッジとかフォッサムとかジャンとか。横浜に来たランス・カーターはメジャーのオールスターに出たことがあります。
日本の環境に慣れなかったのが丸わかり
なんだかんだで松井の穴を埋められなかった(センターラインを固められなかったこと)、ひいては松井の退団で外野手の層の薄さが露呈したのにも関わらずフロントが外野手の獲得に動かなかったのも巨人低迷の原因だったと思います。この時期の巨人は年を取ったローズをセンターに起用したり、本職が一塁手のペタジーニを外野で起用するなどひどいレベルでした。でこの穴って結局鈴木の台頭や谷、長野の入団でようやく解決したので巨人の課題である松井退団後の外野の層の薄さも要因といえます。何せ2002年の開幕戦で本職が遊撃手の二岡をレフトで起用するという事をやらかしているわけで松井、清水、高橋以外の外野手で戦力になりそうなのが斉藤ぐらいというやばさですから。
この件に限らず、なぜかこの前後で巨人はレフトに拙守の選手、内野手などを使う傾向がありましたね。短期間ながら、元木、仁志を起用したりしてましたね。
ここまで解説されたら清武の乱を扱って欲しいですね
松井がいなくなって清原やりたい放題の暗黒期上原とかの世代はみんな松井松井と慕ってて清原に無関心なのはそういう事なんだろうな
清原の人望の無さに草w
巨ファンなので無茶苦茶面白かったです。かなり調べられてますね。地上波のスポーツ番組よりも面白かったです。
主力選手の年齢が高めなのは今も変わっていない。レギュラーと確実に言える若手は岡本ぐらいで、吉川尚輝がそこになりそう。それ以外は30歳以上の坂本や丸がメインで、FAで梶谷をとって、またベテランが増えた。2005年との違いは少ないけど、増田大輝という脚のスペシャリストがいるということや、増田大輝や松原という若手が活躍したり、亀井のような元気なベテランがいて選手層が厚いことが大きな違いだと思う。
この程度の低迷で暗黒期だなんて、他球団ファン(ライオンズファンを除く)からすれば「贅沢言ってんじゃないよ」でしょうな…。なんだかんだ言っても最下位に沈むことは無かったし、監督の交代ですぐさま年がら年中優勝の状態に戻れたわけですし。
逆にこの年の阪神はウィリアムス、藤川、久保田、の通称JFKが君臨しており、この為巨人なら守護神になれる桟原、橋本、江草、の通称SHEが敗戦処理に回らざるを得ないくらいリリーフ陣が充実しており、極端に言えば先発が3イニングもてば後は1イニングずつSHEとJFKを出せば勝てる、と言うチーム状態で優勝してます。巨人がやろうとした野球は皮肉にも日本シリーズでロッテが行ってます。ざっくり言うと巨人程度の先発でも、阪神級のリリーフ陣が有れば優勝できるという事ですね。
落合編、めっちゃ楽しみにしてます!
坂本が来なかったら今どんな球団になってただろうね坂本じゃなくて堂上直倫だったら…
あのドラフト堂上外れてよかったし、坂本も2年目に二岡の怪我からのモナ岡騒動で退団しなければ、レギュラー勝ち取るのもっと遅かったのかもしれない。
大森さんGJ
@@ゆなかた 二岡が無事だったらセカンドでレギュラー獲っていたと思う
2005年は阪神が甲子園球場で巨人戦で優勝決めたんだよ
確か、高橋由伸選手の打球を金本選手がキャッチして優勝決定でしたよね。覚えがあります。
高橋選手ではなく阿部慎之助選手です
@@ユダ-x6s 阿部選手でしたか。訂正ありがとうございます。すみません。
とにかくこの年は最低最悪で最後に阪神の岡田監督の胴上げまでアシストするとは?どうしょうもなかったですね。
マック懐かしい。名前だけだけど出てきてうれしい。ぼてぼての内野ゴロでもヘルメット飛ばす勢いで一塁に向かう姿が好きだった。二年目終盤に怪我して契約更新せず、代わりに来たのがルイス…。
ちなみに、当時のプロ野球ゲームの「グレイテストナイン97」では、ルイスの三塁守備の悪さは反映されていますが、あまりに極端すぎて、打球はほぼ弾き、送球したらほぼ悪送球。打力は高いのだが、とてもスタメンでは使えないレベルでした…
@@shomasuda4675 さんそのゲームのルイスは、正面のゴロやイージーなフライは全く捌けないけど、ダイビングキャッチを試みると何故か「(グラブに)入りました」けどね。懐かしいわ。
@@suteki_na_obakaさん、ご存知の方が!確かに、ファインプレーではエラーしませんでしたね!投手がすぐバテましたが(笑)ちなみに、ルイスは確か、外野も守れた気がします。98では新人の高橋由伸がサードだったりもしたなあ、確か。
ルイス年齢詐称疑惑
「名選手名監督にあらず」とよく言われるが堀内氏は申し訳ないがそう言われてもしょうがない。しかし原氏は選手としては、名選手ではあったが堀内氏に比べると・・・という感じだが、監督としては彼を超える人は数えるぐらいしかいないくらいの名監督だと思います。
まぁチーム事態が常時強いからね。
原が名監督は草故・野村克也氏も、原は監督としては凡才だと言い放ってる
@@xmr4257 ノムはあれで目立ちたがりで自分を評価してもらいたい人だから、言うことあんまり鵜呑みにしない方がいい。
@@xmr4257 まあ元巨人ファンの私からからみてもそんな凄いとは思えないですけどね。結局最初の1年目の成績が良かったのも長年長嶋茂雄監督が手塩にかけて育てた選手・財産が残ってましたからね 結局堀内退任後も堀内が色んなものをぶち壊してたからチーム再建をやりやすかった 高橋由伸退任後も結局高橋由伸が育成した岡本ら若手の成長がありましたから
@8 k 無理だと思いますよ 原さんは若手を育てられないですからあまり しかもチーム予算も巨人に比べると遥かに少ないので彼の他球団の主力を取るスタイルもあまり出来ませんし
ブログでの内海への愛が凄いし、澤村への叱咤記事とか頷きたくなる内容だったり、監督向きではない性格だったのかもしれない→堀内 清原ー巨人は「初恋は実らぬからこそ美しき哉」ってやつよね今でこそ原監督がカリスマで引っ張ってるけど、強いけど原監督以外の才覚で回せるのか?ってのが常に付きまとっちゃう。それ故巨人の監督条件物凄い厳しいのも納得(生涯巨人の大黒柱のみ)
だからこそ次代が阿部慎之助って気配に「ん?」なOBお歴々が多いのでは?(主力ではあったがどこまで”大黒柱”で”かけがいのない”存在だったのか。その価値だけなら成績はともかく阿部は原辰徳には届かない)
その辺が口だけで全く行動が伴わないのが堀内なんだよ。
ちょうどこの堀内時代の2004年に球界再編騒動があり、2005年頃から地上波の巨人戦が無くなり始めたのと重なって心象最悪になったのも不運だった。そして地域密着を掲げてパ・リーグが躍進しだすのもこの頃だった。2004年、2005年というのは日本のプロ野球にとっては大きな転換点だったと思う。
その流れの先に、ロッテ日本一があるのかもしれない。エポックメイキングだなぁ
どこが暗黒やねん。読売も10年以上Bクラス経験しろよ
暗黒時代では無いんですよ
問題は暗黒の内容。短くとも暗黒は暗黒。
巨人軍は優勝しか許されないんです。3年連続優勝逃すのは巨人軍的には暗黒時代なんです。
良くも悪くも巨人の大きな転換点になった2年間だと思います。
それな!
堀内と清原の確執といえば、2人の退団の7年後の対阪神のOB戦でも清原の打席が終わってベンチに戻った後他のチームメイトはハイタッチで出迎えるところを堀内が後ろの方のベンチで座ったままガン無視していたのでよっぽどなんだろなと思った。
堀内氏は「清原は性格的に野球どころか団体スポーツに向いてない❗️」と発言してましたからね…
@@畑野よしゆき まさにお前が言うなって感じですけどね
2005年の開幕前、堀内は「今年は(前年優勝の)中日と一騎討ちになるだろう」と豪語したが、結果は眼中になかった(?)阪神の胴上げを甲子園で見ることになるとは…
その優勝した阪神も、ロッテに33-4。
解説の江川はミセリの投球練習みて、大丈夫ですかねえ、とか、言ってたら案の定でしたねw
江川にまで言われている仲ミセリ
※追記 今回間違いが多くなっております。
皆さんのご指摘を基に、概要欄に訂正を入れております。間違いを発見した場合、概要欄をご確認ください。なかった場合は、コメント欄でご指摘くだされば幸いです。
ご視聴ありがとうございました。
次回は「三冠王3回、
孤高の天才、落合博満伝説」をお送りします。
投稿目標は4~5月頃になる予定。4月からさらに投稿ペースが鈍る可能性が高いです。
なるべく作業量を減らして動画を作るよう工夫していますが、どこまで実現できるかは不透明です。
ペースが落ちても、内容的に濃いものをお届けできるよう、頑張りたいと思います。
うぽつです。
いつも丁寧に資料を読み込まれて、考察されて動画を作られてるのが分かるので、待ちますよー(^^)
横浜暗黒期、ロッテ18連敗とともに、楽しく観させて頂きました。
是非、ノーノー未遂男、西口文也投手を取り上げて頂けると嬉しいです。
オッチかあ…トンビにぶつけられた報復に狙ってピッチャーライナーぶち当てた話が好きですね
補強なしで優勝した落合との差
訂正‼政治家じゃないから少々の誤りたいしたことじゃないよ☀
西本が堀内さんはコーチ時代に、投手が打たれたり四球を与えるとベンチからバカ、アホと試合中でも普通に投手を罵倒していたし、キャンプ中に水野投手を殴打するなど横暴だったから慕う人が少ないのは当然と言ってたので、コーチ時代の言動の報いを監督になってから受けたんだと思う
清原と堀内の確執は伏線があり、堀内がコーチ時代に全体練習で雨天練習を強行したのに、自分だけ室内でお酒を飲んだり弁当を食っていたので、抗議した川相に対して殴ったことから始まったと聞きます。またコーチ時代に理不尽なことをしていたため、堀内は監督になってからも選手から人望がなく意志疎通が出来てなかったと元巨人の高橋さんが言っていたので、選手から造反を受けて結果を出せなかった悲劇の監督ではなく、堀内の人柄にも問題があったと思うな
清原は現役時代から難病の子供の多い施設に寄付を続けたり、沖縄キャンプを視察した際に人命救助を行うなど善行を積んでおり人間性に問題がある人ではなかったから最近表舞台に復帰出来ているのだと思います。これからも野球に関わってもらいたいな。
リアルタイムで巨人を応援していたけど、ナベツネの後継者と言われた三山球団代表が巨人をぶっ壊した元凶だと思う。この人は野球に関してド素人同然なのにフロント主導でコーチ人事を決めようとしたり、試合後に原を呼び出して采配批判を行うなどを行うなどして首脳陣を混乱させたあげく、チームが連敗した際にマスコミの前でシーズン途中での解任を示唆するなど好き放題していたので 堪忍袋の緒が切れた原監督が辞表を提出し辞めることになったみたい。ナベツネは読売グループ内での人事異動と言って誤魔化していたけど、川相コーチは原が理不尽な理由で解任されたことに抗議して巨人を退団するなど貴重な人材を失ったし、後の低迷の要因はこの時チームを混乱させた三山の言動だと感じてる
内田打撃コーチが清原は試合後も東京ドームで日付が変わるまでバットを振っていたと言っていたし、晩年に結果が出なくなったのは怪我が原因だと思う。巨人時代から足腰に爆弾を抱えており
引退する直前に病院で検査したら半月板の損傷が激しい状態で医者からよく今までバットを振れましたねと驚かれたそうだから満身創痍だったんだろうな。泥水を啜るつもりで努力したのは事実だったのかなと思う
清原さんは最近東京ドームで高橋由伸と野球解説を行ったり、沖縄キャンプを視察して石川や鵜飼に打撃を指導するなど球界に復帰出来ているので安心しました。父のような野球選手になりたいと、野球に打ち込んでいる息子さんの存在も力になっていると思う。これからも野球に携わってもらいたいな。
わたしは巨人ファンではないが、ずっと「堀内監督がやりたい野球はこれじゃなかったんだ」と言い続けてきた。
2005年当時は中学生だったのでたしかにこんなことは言ってなかったがまだ堀内さんが叩かれていた高校生の頃(2008〜2011)には上記のことを言ってたと思う。
父が中学生硬式野球チームの監督だから、監督のつらさを分かっていたから出た感想だと思う。
中学生の監督なら自分の上にフロントはいないので気を使うときても父母会やコーチくらいだろう。
しかしプロだとそうはいかない。
巨人軍は他球団では一流の選手ばかりでプライドも高いから気も使うはず。
ちなみにわたしも機動力と投手力と守備力さえあれば12球団ワーストの打撃でも優勝できるという考え方なのでフロント無視していいなら清原なんか2004年に解雇だ。
ペタジーニも取らないしローズも取らない。
だが巨人ではそんな上手くいかないのだろう。
事実、堀内さんは解説の時から機動力や投手力、守備力に関する意見をよく言っていた。
ご自身も名投手だったからこそ投手力と機動力がいかに大事かよく分かっていたのだろう。
だからわたしは堀内さんが好き好んであんなチーム作りをするわけがないと直感で分かっていた。
そしてこの動画を代表する様にだんだんと堀内さんよりもフロントの思惑でチーム暗黒期に巻き込まれていった事実が明るみになった。
野球ファン達は報道に踊らされて、少し負けると自軍の監督を叩く。
たしかに俯瞰してみればダメな采配もあるかもしれないが、実際現場でチームを組んで動かしてみればその大変さが分かる。
解説席にいるのと現場は全然違うし、それにプロ野球には口うるさいフロントがある。
自軍のチームが負けが込んだりBクラスになると叩きたくなる気持ちはわかる。
わたしもロッテファンなので伊東監督時代などは周りの人たちは「伊東無能すぎ!やめろ!」と言っていたし井口監督も結果が出るまで叩かれていた。
下克上で日本一に導いた名将西村監督にさえ、翌シーズン調子が落ちると「西村は無能だ」と言い出す奴もいた。
しかし、井口監督のように長い目でじっくり待てば監督のやりたい野球と選手たちの動きがシンクロして結果に結びつく日もくるのだ。
叩く前に、もう少し温かい目で見てあげるのもファンの務めではなかろうかと常々思うのである。
たしかにファンや一部マスコミの過剰な選手や監督叩きにはうんざりしますし、頑張っている人たちのことを考えれば、そうした行為は慎むべきだと思います。一方、巨人ファンはせっかちだからこそ、常勝とは言えずとも、そこそこ強豪でいられた、という側面もありそうです。巨人ファンは勝敗にシビアなため、少しでも弱いとうるさくなり、観客動員数も落ち込みます。だからこそなりふり構わずFA補強などを行い毎年優勝を目指します。その行為の是非や、それが将来に結び付くかどうかは別として、一定の効果はあるように感じます。
ただ、個人としては、報道や周囲に振り回されず、贔屓のチームの勝敗だけに拘り過ぎず、野球を楽しむことが、娯楽として良いように思います。
@@ypb7813 さん
評論家気取って長々と書いたのにコメ返頂きありがとうございます(読み返して恥ずかしくなりましたw)
たしかに贔屓のチームはありながらいろんなチームのいいところなんかを楽しめるといいですね!
@@gwdapwd16766
堀内は週刊ベイスボールにジャイアンツについてコラムを書いていたけど、坂本は一塁にコンバートするべき。もし坂本が拒否するなら引退しろ、大城はリードがダメだから小林に正捕手を明け渡すべき。もし小林を使わないなら松井祐樹を小林とのトレードで獲得しろと無茶苦茶なことを述べていたので無能なのでは?2005年以降も堀内が監督を続けていても暗黒期が続いていたと思います。
堀内さんは火中の栗を拾って損な役回りをよく引き受けてくれたわ
アレがあって様々な膿が出てその後の立て直しに繋がった
堀内監督はコーチ時代に選手が試合中四球を与えたり、打たれると罵倒したり、殴るなどしていたと聞くので人望がなかったと聞きますし、選手から造反を受けて結果を出せなかった悲劇の監督ではなく、堀内の言動にも問題があったのでは?高橋由伸もコーチ時代の堀内さんを知る人は皆信頼してなかったと言ってましたし堀内さんは監督としての資質がなかったと思います。
堀内が「敗軍之将兵を語らず」と残して退任したあの会見の場で「この二年後にジャイアンツはリーグ優勝します」なんて言おうものなら、あの場にいた全員が腹を抱えて大笑いしたのだろうな。
2007年から09年まで巨人三連覇は流石に予想できないよねこの状況では
そう言っておきながら、週刊誌で「清原は野球に向かない」とか抜かしてたから、キレそうになったわい。
辞めた後も、まだなんかある奴という印象。
堀内さんはスピード感のある野球がしたいと言ってたけど足の速い鈴木尚広を使わず、代走元木などおかしなのことをしていたし、言ってることと、采配が噛み合ってなかったね。確かに内海を使うなど功績もあるけど増田が敗戦処理でマウンドに上がった時も神聖なマウンドに野手を上げるな、私はテレビを消したと文句を言ってたし指導者としてのセンスがないと感じる。
ある意味堀内が監督になったおかげで色々なものが壊れたおかげで、投手陣は若返ったんだろうなと思う
勝手な印象
内海がブレイクするきっかけになったのだけは評価出来ますな
この時小学生だったけど、シコースキー好きだった
この頃のジャイアンツは他球団の主力を根こそぎ取って若手をあまり育てない超強奪球団でしたからね。しかもこの頃は長嶋茂雄監督や原辰徳監督の現役時代子供だった世代の選手が多かったから金額+長嶋茂雄監督や原辰徳監督のラブコールでヒョイと移籍する人もまあわんさかいた。
でも巨人はこの失敗から学んでその後坂本・脇谷・長野・澤村・橋本到・寺内・松本・亀井 高橋由伸政権後も岡本・重信・若林など若手を育てるチームに変わったはずだった………
でも高橋由伸辞任からまた陽岱鋼 丸佳浩 梶谷隆幸 井納翔一 とまた他球団の主力選手を獲るスタイルに戻りつつあるのが怖い
ミセリはぶっちゃけトラウマになってる😂
浅草観光は笑ったがお父さんがめっちゃ文句言ってたの思い出したら笑う
守護神の確立、清水をベンチにしてでもローズをレフトにしてセンターに守れる外国人を補強するというのは編成的に間違ってない。それで獲得したのがミセリとキャプラーってのが問題。
まさか、巨人戦のテレビ中継が無くなるとは、誰も思わなかったのではないでしょうか。
ファンが分散して巨人ファンが減ったから視聴率取れるワケがない!!
FA制度がその種を撒いたんだよ、、落合、清原、広沢、江藤獲得して巨人ファンが減ったんだよ!
両親や祖父母が巨人ファンでもそ自分と子供は他球団ファンってのが増えたの
@@taka.t6937 単純にテレビで野球見る人が減ったんだよ。
両親や祖父母が巨人ファンでも子供は野球なんて興味ないんだよ。
@@ハンムラビ法典-p1e そもそもテレビすらまともに見ないしね
@ただの一般人
いないよ。視聴率クソ低いから。現実を見よう。
視聴率30%なんて今やバケモノのレベル。
清原切ってから急に思い出したように鈴木使いだしたの覚えてる。
鈴木みたいなの干して代走元木という珍采配やってたらそりゃ無理だな。
うぽつです!
後編待ってました!今回も分かりやすい解説で思わず聞き入ってしまいました♪次回作も楽しみにしてます!
堀内に代わった時にコーチほぼ全員に逃げられたのも、相当痛かったと思われる
堀内時代の巨人が低迷した要因は何だと思いますか?私は清原に対して球団とは関係ない長嶋一茂を通して構想外という大切なことをを伝えるなど選手への扱いが酷かったり、ポジションの被る長距離砲を獲得しては捨てることを繰り返すなど雑な編成をしていたフロントの言動が問題だったと思います。寧ろ清原などの選手はフロントの杜撰な球団運営に巻き込まれた被害者だったのではとも感じています。
@@似年名 低迷の一因に大艦巨砲主義やってた事に対しては概ね同意
悪い言い方したら長嶋、原の二監督と比べてベテラン選手に舐められてた様な気もします(あくまで推測ですが)
@@ge-ha-5963
堀内監督はコーチ時代に選手が試合中に四球を与えたり、打たれると罵倒したり、殴るなどしていたので慕っている選手はほとんどいなかったと西本が言ってましたし、選手から造反を受けて結果を出せなかった悲劇の監督ではなく堀内の言動にも問題があったのではと感じますがどのように思いますか?勝てなかったのは編成をしていたフロントのせいだけど、不運の監督ではないと思います。
@@似年名 巨人唯一の負け越し監督って結果を見るに
巨人低迷の元凶の一角と言っても差し支え無い
同時に逃げられたコーチ陣が残っていれば、もう少しマシな成績だったとも考えとります
長嶋監督時代に4番ばかりを集めて上手くいかなかったのに学ばない
対戦投手が4番ばかりだと小技の心配がないから打者との勝負に集中出来るからやりやすいと話してたね
3:17 東京観光 浅草観光で有名になったミセリ投手 キッタプロ野球の動画から来ました
大した成績も出ない上に7番にされてキレる選手なんてサヨナラして正解
昔、長嶋さんが「他のチームは5回に1回が巨人戦です。でもウチは毎試合巨人戦なんです。」って言っていたのを思い出した。字面だけ捉えたら、何言ってんだと思ったけど、「常勝」「メンツ」そしてこの時は「使いきれないほどの4番とエース」。その上、首脳陣と選手との板挟みだから、「毎日が巨人戦」、つまり自分対チームを含む全てが相手、なんだなあ、そりゃあ大変だ、と思ったよ。
このグッチャグチャなチーム状態から数年で元に戻れるんやから、やっぱ巨人は土台が違うわ
小田さんのチャンネルで清原さんからカンチョーをくらい病院に行った事を
古き良き思い出として話してました
こんなチームが強いわけ無いですよね
そんなスゴいカンチョーだったのか…カカシ先生の千年殺しかな?
私は元から清原嫌いだから低迷の一因の一人ですわな
2006年、原辰徳が再び巨人の監督に就任し、新生ジャイアンツは始動した。
しかし、開幕から暫くは好調だったものの、セ・パ交流戦辺りから調子を崩し、8月には一時最下位に転落するなど失速。
結局4位に終わってしまい、球団史上初の2年連続Bクラスという屈辱を味わった。
シーズンオフ、ベテランの桑田真澄と工藤公康、巨人不動の二塁手だった仁志敏久、福岡ダイエーホークスから無償トレードでやってきた小久保裕紀などが次々と巨人を出て行ってしまったが、北海道日本ハムファイターズから小笠原道大、オリックスバファローズから谷佳知を獲得。
来季に向けて新たな戦力を獲得するのだった。
2007年3月某日
横浜スタジアムで行われたシーズン開幕戦。
ベイスターズ相手に先発内海が序盤から大量失点、打線も勢いを見せず完敗だった……
スタジアムに響くジャイアンツファン達の怒号「辰徳辞めろ~!!」「今年は最下位だ~!!」
無言で帰り始める選手達の中、今年からキャプテンを任されたチームの要である阿部慎之助は独りベンチで泣いていた。
プロ2年目で手にした日本一という栄冠、喜び、感動、そして何より信頼できるチームメイト……
それを今のジャイアンツで得ることは殆ど不可能と言ってよかった。
「どうすりゃいいんだ……」阿部は悔し涙を流し続けた。
どれくらい経ったろうか、阿部ははっと目覚めた。
どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ、冷たいベンチの感覚が現実に引き戻した「やれやれ、帰ってトレーニングをしなくちゃな」阿部はため息をしながら呟いた。
立ち上がって伸びをした時、阿部はふと気付いた。
「あれ……?お客さんがいる……?」 ベンチから飛び出した阿部が目にしたのは、外野席まで埋めつくさんばかりの観客だった。
千切れそうなほどに旗が振られ、レフトスタンドからは微かにジャイアンツの応援歌が響いていた。
どういうことか分からずに呆然とする阿部の背中に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「慎之助、守備練習や、早く行くぞ」声の方に振り返った阿部は目を疑った「き……清原さん?」「なんだ慎之助、居眠りでもしてたのか?」「あ……アメリカへ行ったはずの松井さん!?」「なんだよ慎之助、勝手に松井をアメリカ行きにさせやがって」「元木さん……?」阿部は半分パニックになりながらスコアボードを見上げた。
1番:仁志 2番:清水隆 3番:高橋由 4番:松井 5番:小笠原 6番:清原 7番:阿部 8番:二岡 9番:上原
暫時、唖然としていた阿部だったが、全てを理解した時、もはや彼の心には雲ひとつ無かった 「勝てる・・・勝てるんだ!」 元木からミットを受け取り、グラウンドへ全力疾走する阿部、その目に光る涙は悔しさとは無縁のものだった……
「ハッ……?!」気が付くと、横浜市内のホテルの部屋の中にいた。
どうやら夢を見ていたようだ。
「夢か……」時計は午前7時を指していた。
朝食を済ませ、ユニフォームに着替え、バスに乗って横浜スタジアムへと向かった。
松井もいない、清原もいない、元木もいない。
いるのは高橋由伸、高橋尚成、上原、二岡、内海、そして新たに加入した小笠原と谷、信頼できるチームメイトだった。
(そうだ、これから戦いが始まるんだ……。今ここにいる自分達の手で優勝をつかむんだ)そう誓うと、阿部は真っ先にグラウンドへ練習に向かった。
この時、阿部はまだ気づいてなかった。
由伸が1番でスタメン出場して開幕戦初球ホームランを放つこと、上原が1年間限定でストッパーに起用されること、そしてジャイアンツが5年ぶりのV奪回を決めること。
今後起こる出来事を阿部はまだ知る由もなかった。
病院で吉村と村田が……あれ?
どっかで見たような構文…?(笑)
みんなすぐ最悪っていうけど、この1年があってからフロントの4番集める病が徐々に治っていったと思うから良かったと思ってる
巨人主催試合は今でこそ日テレ以外にNHKもテレビ放送していますが、かつてはテレ朝も放送していました。
王会長が福岡ダイエー監督時代「東京ドームの巨人戦を見ようと思い、たまたまテレ朝にチャンネルを合わせたら東尾修が解説で、えっ!と思いチャンネルを確認したらテレ朝だったので驚いた。今の巨人は成績が思わしくないから視聴率が期待出来ないという日テレ側の考えは分かるがグループなのに、いいとこ取りしか日テレは考えていないのでは?と言わざるを得ない。」と某野球書籍で発言していました。
他球団に籍を置いていても巨人を気にする姿勢には頷くしかありません。
ドラフトの5年後を検証すると、現在のチームが上昇中か下降線かよくわかりますね。大変良い企画だと思います。ありがとうございました。
待ってました!
ミセリは「日本観光ツアーのオプションに読売ジャイアンツ体験入団があった」とか言われてましたね
なんか全部が噛み合わなくてガタガタだった印象
仲ミセリ言われてましたな
97年98年も酷かったはず。年寄り巨人ファンが堀内じゃ客が入らないぞ、言ってたけど勝てなくてどうしようもなかったな。
97、98年は三本柱が衰えてたとこと投手陣が酷かった、抑えもいなかった
清原が移籍後不振で叩かれその他投打の外部補強も上手くいかなかった
ヤク横浜がめっちゃ強かったな、でも暗黒期とはならないのは松井23,24で由伸が一個下
さらに仁志も清水も20代だったし基本は自前のオーダーだったと思う
だからまだ未来が明るかった時代
なお現在キャプラーは「サンフランシスコ」ジャイアンツの監督を務めている
えっ
そうなんだよな
そして今季から元読売のどすこい山口が入団すると
当時のスポーツ紙の1面だったのかな?浅草観光してるミセリの記事は今でも覚えてる!
自分はNHKニュース7で報道されたのが印象に残っています😅
仲見世リか。
この年はファンもジャイアンツに対して愛想がつきてたな。
東京ドームの観客動員数が去年から数十万人減ったんだよね。
この程度で愛想つかすなや。ちな虎。
見た目の減少(レフトの空席)とかはあるけど、一番は観客動員数の実数化。
46,000人しか入らないのに毎試合55,000ってカウントしてたらそら数十万人減りますわ
人が入っても酷かった。6回まで負けてると、ライトスタンドのお客さんが徐々に帰っていき、最終回になるとライトスタンドにほとんど人がいなかった。
だってファンは弱いのに慣れてないもん
巨人ファンだけど、堀内時代のことはほんと記憶にない。
堀内さんはコミュニケーションを積極的に取るタイプではなさそうですし、そういう部分も選手の不安や不信に繋がったんでしょうね。
由伸もそうかな?
いや、コミュニケーションとろうとしてキャンプ中、バー堀内とかいって、自室を開放して選手と飲みながら話そうとしたら1人もこなかったんだよ^_^
だから清原が増長魔になり幅を利かせてチームの雰囲気も最悪だった。言うなれば中田翔がドンみたいなチームだからな
東方も野球も好きなのですごく楽しいです。次回も期待してます
ほぼ毎試合やってた関東での巨人戦の地上波中継がこの頃からめっきり減った印象がある
それでも最下位は免れてるのがジャイアンツの凄い所です。
堀内時代の巨人が低迷した要因は何だと思いますか?私は清原に対して球団とは関係ない長嶋一茂を通して構想外という大切なことをを伝えるなど選手への扱いが酷かったり、ポジションの被る長距離砲を獲得しては捨てることを繰り返すなど雑な編成をしていたフロントの言動が問題だったと思います。寧ろ清原など選手はフロントの杜撰な球団運営に巻き込まれた被害者だったのではと感じています。
堀内元監督結構好きだけどな
それでも暗黒期と呼べる時代が2・3年でとどまったのがまだ良かった。
巨人はFAで選手取りすぎてるようなきがします
清原・・・なぜ覚せい剤なんかに・・・
2:03
この多村の前のミセリVSウィットは伝説の迷勝負として有名
後にミセリコールにつながる
途中帰国したキャプラーが将来メジャーの最優秀監督になるとは
この当時リアルで観ていて、堀内監督が悪者みたいな扱いされてたけど。
堀内さんの野球観自体は時代が違えば優勝できる能力はあったよ。実際内海とかその後を担う選手達に経験積ませる為に我慢して起用したりしてる。
堀内監督はコーチ時代に選手が試合中に四球を与えたり、打たれると罵倒したり、殴るなどしていたと聞くので人望がなかったと聞きますし、選手から造反を受けて結果を出せなかった悲劇の監督ではなく、堀内の言動にも問題があったのでは?高橋由伸もコーチ時代の堀内さんを知る人は皆信頼してなかったと言ってましたし堀内さんは監督としての資質がないと思います。
現場の面では、ベテランが故障・力が落ち、若手が育たない戦力谷間の時代。
フロントマネジメント面では、数年にわたるドラフト不作、外人選定失敗、FA失敗、選手チーム内構成失敗と計画的監督育成無しなど戦略なき人事、
当時の堀内監督の立場でできることは、チーム内の問題点の徹底的洗いだし、見込みのある若手選手に手痛い授業料を払ってでも経験を積ませ独り立ちさせること、戦略なきフロントに代わり、若手中心のチーム再構成のための現場側からの処方箋を作ることしかなく、チームの成績を上げることはあきらめざるを得ない状況だったのでしょう。
堀内監督が泥をかぶりながら使命を遂行したからこそ、その後の第2次原監督時代の黄金時代が訪れたのだと思います。ドラフト制度の時代には、第1次長嶋監督や堀内監督や高橋監督のように、監督としての成績を断念し、泥をかぶりながらも若手育成と若手中心チーム構成の処方箋作成を行わねばならない損な役回りの監督が必ず必要になります。マスコミや世間はこのような役割の監督をさんざんバッシングするけれど、次の監督の黄金時代が、仕事の成果を証明します。世間フロントも次の黄金時代の監督の実績と評価するので、名監督の条件は、戦力の谷間がくる前に身を引き、フロントが戦力の谷間を埋めたのを見定めて監督に就任するように感じます。
松井がいなくなり03 04 05年あたり野球中継見なくなってましたね 夜のニュースで又負けてる又負けてるの連続でした
清原の存在ははチームにとって致命的マイナスでした
逆に、イチロー(2001から)や松井(2003から)のメジャー移籍で、メジャー中継とか視聴者は増えた気がします。
シーズン後半は先発上原の試合しか勝てないんじゃないか…というレベルになってたね。その上原も二桁勝ってないし。
今でこそ清原組の放出や内海を使ったと評価されてる堀内監督だけど、当時は球界の盟主としての地位低下や、巨人戦地上波撤退の戦犯だった。
でも、その後は三連覇するんだから、膿を出すという意味で必要な時期だったのかもね。
少し違うな。
そもそも、この男が監督として戻って来なければ、清原もローズも膿になんてなってなかったよ。
この男は、第一に外国人を使いこなせない、次に移籍組を差別する、最後に人を育てられない。
一体誰なら使えるのよって感じ。
清原軍団は本当に存在しなかったみたいですよ。チームメイトだった高橋由伸や上原がyoutubeで清原軍団はマスコミが造ったもので、キヨさんは番長と呼ばれていたけど、実際は繊細で群れるのが嫌いな人で後輩から食事に誘われても毎回断るほど一人が好きな人だったと言っていたし徒党を組む人ではなかったと思います。実際元木はfa選手の付き人だから球場では一緒にいたけど、仲が良かったわけではないそうですし、週刊誌やネット掲示板が広めたデマなのではないでしょうか?
ある意味堀内さんはババというか貧乏くじを引いてしまったんでしょうね。
また、この時ヤクルト戦の試合見に行った時はまぁブーイングの酷かったこと…ちと気の毒にも感じた。
原監督の名声はある意味堀内さんと原さんの犠牲の上に成り立っている側面があります。来年以後は原さんがいかに次のバトンを渡せるかが試されることになりそうです。
2005年、主な退団者
清原和博 戦力外→オリックス
T.ローズ 自由契約→レッズ3A
江藤智 FA人的保障で西武
後藤孝志 引退
元木大介 戦力外→引退
ミセリ シーズン途中解雇
キャプラー シーズン途中解雇
堀内恒夫 監督解任
内2人がコーチ
條辺剛 戦力外→引退も追加で
(現在はうどん屋さん)
巨人は低迷期が2年で終わってよかっただろう。しかも最下位にはなっていない。阪神なんて85年に優勝してから2003年に優勝するまでに最下位10回だもん。
それもしてもあのスター軍団をまとめられていた長嶋監督がいかにすごかったかだよな。やっぱり球界の神には清原みたいな番長でも逆らえないのだろうな。
毎年優勝が義務のチームで最下位経験もやらかしたけどそれでも威光は衰えなかったのは凄さの象徴でもあるよね。原監督もある意味よくまとめられてるよなぁって思う
よく見ると、堀内と違って全然ブレない監督だったよね。
長嶋監督時代の悪い点って、そのまんま堀内時代に受け継がれてるよ。
つまり、あれは長嶋監督が悪かったんじゃなくて、堀内があの頃から悪かったんだな。
堀内をコーチにしなければ、もう少し勝てたよ。
ちなみに、長嶋監督は数年に一回の割合で神采配を振るうんだよw
それが、優勝した年な。
確かに長嶋は良くも悪くもブレない印象
堀内は朝令暮改
原が帰ってきて建て直したのは事実ではあるけれど…
結果として原への依存が強くなりすぎてろくに後継者を育ててこなかったことが由伸の悲劇に繋がってしまった
まあ、その反省も有ってか今は阿部や桑田を後継者候補として育ててるみたいだけど
由伸は原スキャンダルの口封じにされただけだったから。
(結果的に由伸にはG監督の”ワンチャン”込の契約だったわけで)
@@poporonx
由伸は確かヤクルトに入りたかったけど
父親の借金を読売が肩代わりしてくれる代わりに巨人に入ったんだっけ?
条件としてFAでの他球団移籍が禁止とか色々条件出されて
巨人から出られなくされたとか
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というか、借金を完済するまで、巨人側としても嫌でも出せなかったんじゃない⁉️
一時期の桑田も、それが原因でトレードに出せなかったらしいじゃないか。
由伸引退後は、無理矢理にでもコーチにするのが、既定路線だったと言える。
原さんは選手全体の高齢化とかしてから、離れるイメージ。あとの監督に丸投げ。
まともな戦力の時に由伸さんにもう一回監督やって貰いたい。岡本選手育てたのは由伸さん達だと思いますし。
@@るしまさ
あまり変わらないと思う。
原監督は代打や代走を出すタイミングが絶妙。
高橋監督にはそれがなく、鈴木が全然生きなくて「心技体のバランスが崩れ」と言って、一年で辞めてしまった。
他に原監督は再任が決まった途端、気になる若手選手にマスコミを通じて期待を掛ける声かけしている。
こういうとこからチームをまとめるのが、本当に上手いと思った。
高橋監督には一切無かった話。
堀内のカリスマ性の無さと、フロントが我慢しきれなかったのが悪い印象
タイトルだけで「史上最凶悪害人トリオ」って、
プロレスの6人タッグみたいなコピーが思い浮かんだ。
2005年のペナントレース開幕戦を消化してからペナントレース全試合消化まで、ずっと借金生活だったのは、ジャイアンツのみだった。
パ・リーグのダントツ最下位だった楽天イーグルスですら、貯金1の時があったのに。
高度経済成長期から続いた巨人人気一強の時代が完全に終結した瞬間である。
清原はデッドボールを避ける技術が無くて,怪我が増えた。本当に2004年で切るべきだった。
そもそもスピード野球を掲げながら,フロントが取ってくるのはホームランバッターしかいないし・・・。
落合にも散々言われていたのに全く改善すること無し
努力不足としか言えない
この2004〜2006年あたりが球界が大きく変革した年になったと思う。視聴率でも成績でも巨人が低迷したこと、球界再編で北海道と宮城に球団が出来てフランチャイズ化が進んだこと、プレーオフの導入、交流戦の導入、SHINJOの「これからはパリーグ」発言、契約金問題と逆指名ドラフト廃止…。
この3年間でダルビッシュ涌井田中マー君中田翔、あと長く活躍はしなかったが衝撃デビューを飾った大場や大学生で唯一日本代表に選ばれた長谷部辺りのドラフトの目玉が一気にパ・リーグに流れたのもパ・リーグに目が向き始めたのに影響してると思う
2000年代後半から、先発投手の名誉である沢村賞(沢村栄二賞)がパ・リーグに2005~2009年まで持っていかれた。
良くも悪くもそういう改革の影響ので野球人気が落ちたのはあるだろうね
巨人の弱さもあるが
@@user-ys7kp7iv9r それに大谷・甲斐・千賀・朗希といった野球に疎い一般人にも名が知られてる選手は皆パ出身者な事もあるな。最近では山田・村上・鈴木誠也とセ出身選手も奮闘してはいるがな・・・・・。
実際野手は育ちにくいし投手は水物だから逆指名で野手を確保して投手をドラフト下位、外国人でカバーしようとするやり方は正しい
ただ当時はそこまで明確に考えてる人が現在より少ないからバラバラになったんだろうな
ローズとケンカの弘田って阪神の1985年優勝の弘田澄男だもんね
誰でも知ってる
フロントは補強四番打者とかパワプロみたいなことやってたな
巨人て変なプライド持ちすぎなんだよ
球界の盟主だとか常勝軍団じゃなきゃいけないとかさ
普通のチームだったら堀内ぐらいの成績なんてザラでしょ
20:36 ここで使われてるBGMはどのような曲名の曲ですか?少し気になったもので...。
甘茶の音楽工房「チョコレート大作戦」です。
@@ypb7813 ありがとうございます!
指標とかない時代だけど守備もやばそう、子供ながら二岡の守備範囲狭すぎだろと思ってました
DRSとか恐ろしい数値が出そう…
色々言われてるけど守備しかないよね
上原の成績が物語ってると思う
2005年の巨人では、ミセリとキャブラーが全然使い物にならず、前年のホームランを中心とした打線もふるわなかった。原が復帰した2006年は落合中日に本拠地胴上げを許す結果に、しかしここから第二次原体制がこれをバネに復活できたのは大きいです。
次回はオッチか
これは楽しみ
開幕悪夢すぎて、めちゃめちゃ覚えてる
ローズ「ジャイアンツヘタクソ!ダイキライ!」
ちなみにこのキャプラーが今ではジャイアンツの監督になっているって知ってる?SFみたいな話だろ?本当にSFの話なんだ。
結構、助っ人経験のある(しかも活躍できなかった)監督が増えましたね。ダイヤモンドバックスの監督はヤクルトにいた、トーリ・ロブロ(2000年に在籍)ですね。
確かに San Francisco のジャイアンツなのでSFですな。こりゃ上手い。
上手いなオイ(笑)
そういや東野って今の戸郷みたいに期待されてたのに急に消えたなw
背番号変えてダメになった選手の1人ですね
野球選手は野球で進学なんて当たり前なのに、東野は周りのそういう選手たちを馬鹿にしまくってたらしいからなあ。
原監督ってホント良いタイミングで抜けたり戻ってくるよねw
面倒くさい清原らが抜けてから戻ってくるし、賭博問題や自身のスキャンダルのほとぼりが冷めた頃に戻ってくるし
80敗か… 流石に最下位か。あれ?
金があっても編成が上手いこと出来なかった印象がある。
というか堀内監督は貧乏クジ引いただけでフロントサイドよなゴタゴタしてたのは
この年の巨人で一番の屈辱は
阪神の胴上げを見させられたことだろうね
JFK。
そんな阪神でもこの年の日本シリーズであまりにも屈辱的な大敗北を果たすという…
もう一つの屈辱は、横浜に6勝16敗と大きく負け越したこと。
土肥義弘一人に負け過ぎやろwww
@@kt6012 そうです。334です。これ以降、2014のCS突破の日本シリーズ進出までの間は全く。
岡田監督は色々と功罪がな・・・リリーフ整備は神がかりだけど将来への投資意識とか選手を大きく育てる意識0で先行逃げ切り以外勝てませんってチームスタイルの元凶でもあり
ミセリの浅草観光の一件はシコースキーとローズブチギレしてたな。
なんかわかる気がする シコースキーもローズも日本では結果を出してた人だからね
アイツなめてんの?とか思ってそう
@@米満勇輝 シコースキーは周りから怒ったところを見たことがないって言われるほどの屈指の聖人でしたからね。
ローズは巨人に移籍しなければよかった
ローズは複数年契約を結ぶのが、長年の夢だった。
近鉄時代は「外国人選手の複数年契約はNG」という決まりがあった。
ローズの高年齢高年俸を考えると、
お金が払えたのは巨人だけなのだろう。
ローズの理想は(年俸額据え置きでも構わないから)複数年契約で近鉄残留だったんですけど、現実はそうではなかった。
第二次原政権になって、外国人もマシソンという大当たりがあったのが大きい。
堀内の置き土産と言われた辻内は一度も一軍公式戦のマウンドに立つことなく戦力外になったな
制球難と怪我に泣かされ、一軍に初めて呼ばれたのも2012年頃だったかな
もし辻内が順調に成長して実績を積んでれば、巨人の左のエースになってたかもしれないね
仮に巨人で才能が出なくても、大田のように他球団で才能が花開く未来もあったかも?
原さんや長嶋さんみたいな表に出られる人を置いて影の宰相としてヘッドなり投手コーチをやる方が悪太郎は向いてたんだろうね…監督時代も内海を見出した功績はあるし
いやいや、それすら本来は向いてなかったよ。
コーチ時代にその無能振りが中々露呈されなかったのは、藤田監督が築き上げた投手王国を引き継いだだけ。
それがヘッドコーチになった事で、ようやく露呈されたと言ったところだろう。
ちなみに、95年からの数年間は藤田監督の戦力が残りカス状態になって、なんとか踏ん張っていたと言ったところか。
そんなミセリも、巨人退団後はデビルレイズ(現レイズ)でチームには欠かせない中継ぎ投手だったらしい。
余談ですが、当時はデビルレイズ出身の投手がよく日本に来ました。スタンリッジとかフォッサムとかジャンとか。横浜に来たランス・カーターはメジャーのオールスターに出たことがあります。
日本の環境に慣れなかったのが丸わかり
なんだかんだで松井の穴を埋められなかった(センターラインを固められなかったこと)、ひいては松井の退団で外野手の層の薄さが露呈したのにも関わらずフロントが外野手の獲得に動かなかったのも巨人低迷の原因だったと思います。この時期の巨人は年を取ったローズをセンターに起用したり、本職が一塁手のペタジーニを外野で起用するなどひどいレベルでした。でこの穴って結局鈴木の台頭や谷、長野の入団でようやく解決したので巨人の課題である松井退団後の外野の層の薄さも要因といえます。何せ2002年の開幕戦で本職が遊撃手の二岡をレフトで起用するという事をやらかしているわけで松井、清水、高橋以外の外野手で戦力になりそうなのが斉藤ぐらいというやばさですから。
この件に限らず、なぜかこの前後で巨人はレフトに拙守の選手、内野手などを使う傾向がありましたね。短期間ながら、元木、仁志を起用したりしてましたね。
ここまで解説されたら清武の乱を扱って欲しいですね
松井がいなくなって清原やりたい放題の暗黒期
上原とかの世代はみんな松井松井と慕ってて清原に無関心なのはそういう事なんだろうな
清原の人望の無さに草w
巨ファンなので無茶苦茶面白かったです。
かなり調べられてますね。地上波のスポーツ番組よりも面白かったです。
主力選手の年齢が高めなのは今も変わっていない。レギュラーと確実に言える若手は岡本ぐらいで、吉川尚輝がそこになりそう。それ以外は30歳以上の坂本や丸がメインで、FAで梶谷をとって、またベテランが増えた。2005年との違いは少ないけど、増田大輝という脚のスペシャリストがいるということや、増田大輝や松原という若手が活躍したり、亀井のような元気なベテランがいて選手層が厚いことが大きな違いだと思う。
この程度の低迷で暗黒期だなんて、他球団ファン(ライオンズファンを除く)からすれば「贅沢言ってんじゃないよ」でしょうな…。なんだかんだ言っても最下位に沈むことは無かったし、監督の交代ですぐさま年がら年中優勝の状態に戻れたわけですし。
逆にこの年の阪神は
ウィリアムス、藤川、久保田、の通称JFKが君臨しており、この為
巨人なら守護神になれる桟原、橋本、江草、の通称SHEが敗戦処理に回らざるを得ないくらいリリーフ陣が充実しており、極端に言えば先発が3イニングもてば後は1イニングずつSHEとJFKを出せば勝てる、と言うチーム状態で優勝してます。
巨人がやろうとした野球は皮肉にも日本シリーズでロッテが行ってます。
ざっくり言うと
巨人程度の先発でも、阪神級のリリーフ陣が有れば優勝できる
という事ですね。
落合編、めっちゃ楽しみにしてます!
坂本が来なかったら今どんな球団になってただろうね
坂本じゃなくて堂上直倫だったら…
あのドラフト堂上外れてよかったし、坂本も2年目に二岡の怪我からのモナ岡騒動で退団しなければ、レギュラー勝ち取るのもっと遅かったのかもしれない。
大森さんGJ
@@ゆなかた 二岡が無事だったらセカンドでレギュラー獲っていたと思う
2005年は阪神が甲子園球場で巨人戦で優勝決めたんだよ
確か、高橋由伸選手の打球を金本選手がキャッチして優勝決定でしたよね。覚えがあります。
高橋選手ではなく阿部慎之助選手です
@@ユダ-x6s 阿部選手でしたか。訂正ありがとうございます。すみません。
とにかくこの年は最低最悪で最後に阪神の岡田監督の胴上げまでアシストするとは?どうしょうもなかったですね。
マック懐かしい。名前だけだけど出てきてうれしい。
ぼてぼての内野ゴロでもヘルメット飛ばす勢いで一塁に向かう姿が好きだった。
二年目終盤に怪我して契約更新せず、代わりに来たのがルイス…。
ちなみに、当時のプロ野球ゲームの「グレイテストナイン97」では、ルイスの三塁守備の悪さは反映されていますが、あまりに極端すぎて、打球はほぼ弾き、送球したらほぼ悪送球。打力は高いのだが、とてもスタメンでは使えないレベルでした…
@@shomasuda4675 さん
そのゲームのルイスは、正面のゴロやイージーなフライは全く捌けないけど、ダイビングキャッチを試みると何故か「(グラブに)入りました」けどね。
懐かしいわ。
@@suteki_na_obakaさん、ご存知の方が!確かに、ファインプレーではエラーしませんでしたね!投手がすぐバテましたが(笑)
ちなみに、ルイスは確か、外野も守れた気がします。98では新人の高橋由伸がサードだったりもしたなあ、確か。
ルイス年齢詐称疑惑
「名選手名監督にあらず」とよく言われるが堀内氏は申し訳ないがそう言われてもしょうがない。しかし原氏は選手としては、名選手ではあったが堀内氏に比べると・・・という感じだが、監督としては彼を超える人は数えるぐらいしかいないくらいの名監督だと思います。
まぁチーム事態が常時強いからね。
原が名監督は草
故・野村克也氏も、原は監督としては凡才だと言い放ってる
@@xmr4257 ノムはあれで目立ちたがりで自分を評価してもらいたい人だから、言うことあんまり鵜呑みにしない方がいい。
@@xmr4257 まあ元巨人ファンの私からからみてもそんな凄いとは思えないですけどね。結局最初の1年目の成績が良かったのも長年長嶋茂雄監督が手塩にかけて育てた選手・財産が残ってましたからね 結局堀内退任後も堀内が色んなものをぶち壊してたからチーム再建をやりやすかった 高橋由伸退任後も結局高橋由伸が育成した岡本ら若手の成長がありましたから
@8 k 無理だと思いますよ 原さんは若手を育てられないですからあまり しかもチーム予算も巨人に比べると遥かに少ないので彼の他球団の主力を取るスタイルもあまり出来ませんし
ブログでの内海への愛が凄いし、澤村への叱咤記事とか頷きたくなる内容だったり、監督向きではない性格だったのかもしれない→堀内 清原ー巨人は「初恋は実らぬからこそ美しき哉」ってやつよね
今でこそ原監督がカリスマで引っ張ってるけど、強いけど原監督以外の才覚で回せるのか?ってのが常に付きまとっちゃう。それ故巨人の監督条件物凄い厳しいのも納得(生涯巨人の大黒柱のみ)
だからこそ次代が阿部慎之助って気配に「ん?」なOBお歴々が多いのでは?
(主力ではあったがどこまで”大黒柱”で”かけがいのない”存在だったのか。
その価値だけなら成績はともかく阿部は原辰徳には届かない)
その辺が口だけで全く行動が伴わないのが堀内なんだよ。
ちょうどこの堀内時代の2004年に球界再編騒動があり、
2005年頃から地上波の巨人戦が無くなり始めたのと重なって心象最悪になったのも不運だった。
そして地域密着を掲げてパ・リーグが躍進しだすのもこの頃だった。
2004年、2005年というのは日本のプロ野球にとっては大きな転換点だったと思う。
その流れの先に、ロッテ日本一があるのかもしれない。エポックメイキングだなぁ
どこが暗黒やねん。読売も10年以上Bクラス経験しろよ
暗黒時代では無いんですよ
問題は暗黒の内容。
短くとも暗黒は暗黒。
巨人軍は優勝しか許されないんです。3年連続優勝逃すのは巨人軍的には暗黒時代なんです。
良くも悪くも巨人の大きな転換点になった2年間だと思います。
それな!
堀内と清原の確執といえば、
2人の退団の7年後の対阪神のOB戦でも清原の打席が終わってベンチに戻った後他のチームメイトはハイタッチで出迎えるところを堀内が後ろの方のベンチで座ったままガン無視していたのでよっぽどなんだろなと思った。
堀内氏は「清原は性格的に野球どころか団体スポーツに向いてない❗️」と発言してましたからね…
@@畑野よしゆき まさにお前が言うなって感じですけどね
2005年の開幕前、堀内は「今年は(前年優勝の)中日と一騎討ちになるだろう」と豪語したが、結果は眼中になかった(?)阪神の胴上げを甲子園で見ることになるとは…
その優勝した阪神も、ロッテに33-4。
解説の江川はミセリの投球練習みて、大丈夫ですかねえ、とか、言ってたら案の定でしたねw
江川にまで言われている仲ミセリ