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ムートンとポンスによる女性初のWRC優勝させる原動力でありラリー界に四輪駆動革命をもたらした名車や〜
確か某DVDでムートンは、ミッコラが色々とフォローしてくれて大変助かってるって、当時の映像で話してたよ。それとムートンは、書籍で131やストラトスみたいな癖のある車に比べれば動画で解説してる通り凄く乗りやすいとも発言してたなぁ〜フロントヘビーな車だったのでターマックでは大変だったりパワー上げ過ぎた最後ら辺はアクアポリスとか千湖とかでは暑さでエンジンが火を噴き大変だ〜とぼやいてた二人の無線のやりとり映像が印象的だったw
グループ4クワトロとエボ2のプラモデルを作って見比べてみたけどエボ2の魔改造振りを再認識した。初めてエボ2を見た時「WRCはシルエットフォーミュラー(グループ5)O.Kなのか?」と思ったものです。インパクトで言えばアウディのCMでスキーのジャンプ台を逆に登っていくアレかな。
ラリーや世界耐久では滅茶苦茶頑丈な車で、特に世界耐久では運営の露骨なアウディ潰しが約20年続いたのに、負けなかったほどの無双っぷりでマジ壊れないのに、市販車はボコボコ壊れるアウディ🤣
クアトロの陰に隠れた存在ですが、基となったクーペも良いクルマですオーバーフェンダーもターボもない、80セダンをベースした地味なクルマ一応正規輸入もされてました
ファブリツィア・ポンス姐さんといえば優勝・表彰式後に足下にズラっと並んだトロフィーをニッコリ眺めている写真と、大人しいイタリア人(ピエロ・リアッティ)の代わりにブチ切れてたイメージがすごい…
ミシェル・ムートンさんはラリー仕様の911でドリフトしながらインタビューに答える超人です。wグループB廃止後、エアロパーツすら付けないタクシーみたいなアウディ200がミッコラのドライブで異様に速かったのが印象的でした。
タクシー見たいなAudi200はよく分かるよ。メルセデスのW124とかね。
WRCの女性ドライバーだったムートン氏はツール・ド・コルスでの凄惨な事故をきっかけに引退した。その後はFIAの職員として勤務している
ミッシェル・ムートンさんの活躍にはハンヌ・ミッコラさんの献身的なアドバイスがあったそうです。ムートン曰く「左足ブレーキから何から包み隠さず色々なテクニックを伝授してくれた」とグループB特集の雑誌のインタビューで仰っておりました
自分の記憶では“ビッグ”クワトロにはプラネタリー型センターデフついていたように思う。ただしLSD機能を持たなかったのでデフロックしていたんじゃなかったっけ?話が逸れるが、マツダがファミリア4WD(BFMR型)をリリースした直後のPD誌には羽豆氏がセンターデフのフリーとロックでは操安、タイム共にロックの方が優位だとコメントしていたと記憶している。ごく初期の段階、センターデフの制御技術がなされる以前は、フルタイムの4WDが凄いんじゃなくて高出力エンジンを搭載したのが凄いんだと評価されていたはずだ。
クアトロの初期は、派手なフェイントモーションを使って何とか向きを変えていた記憶。左足ブレーキだけでは足りなくて、あらゆる手を使ってなんとか曲げていたイメージでした。
サファリラリーで日本車輌で唯一三連覇達成した日産バイオレットを紹介して下さい!更にフェアレディ240Zサファリラリー、モンテカルロラリーで活躍紹介して下さい
当時の古い映像見てると曲がらないクワトロを道端の杭にぶつけて曲がっていたなマジで曲がらない車やったのは間違いない‼️
ミッシェル・ムートンとファブリツァ・ポンス、大好物w
ああ、懐かしい名前が次々と。。。。
ムートンは131の前はストラトスに載っていたから、結構癖の強い車ばかりのキャリアなんだよね。最近ではアウディのCMにも出ている。
世界初の高速4WDを具現化したのはスバル、ただスポット参戦だったので認知度が低かった高速4WDを世界に広めたのがクアトロムートン女史好きでした、並み居る男性の中でしかも速いこんな人もう出ないんだろうね
✕ アウディ、DKW、ホルヒ、ダイムラー○ アウディ、DKW、ホルヒ、ヴァンダラー
ミッコラやムートンのクアトロに毎回毎回食いついたヴァルター・ロールの車は、当時既に旧式だったオペル・アスコナ…
tipo38、deltaS4もどうかどうか忘れないで、もはや村正的な生き血すする悪魔な車だけど大好きなのよ。できたら紹介してあげて
スポーツクワトロS4のコンパクト化を困難にしたのは、アウディ自慢の直列5気筒だったよね。エンジン長が長かったからね。その解決策がリヤラジエーター化だった。
85年のクアトロを持ってます。下からぐっと来る5気筒ターボsohc エンジンは最強です♪❤😊
最近のアウディは、オイルゲージがセンサーで、オイル交換をして新オイルを入れているのに、オイル不足の警告灯が点く時があります。日本車の倍の価格なのにセンサーは馬と鹿が入っています。オイル類のゲージは、アナログに限ります。
す、スバル・レオーネ・・・(震え声)w
「クワトロショック」は81年モンテカルロラリーが強烈過ぎましたからね。雪降った途端他の車より1ステージ毎に1分速い状態だったとか。しかもタイヤはドイツ製コンチネンタルという競技じゃ無名のメーカー。今風に例えればオートバックス辺りのPBタイヤ履いてるのにヨコハマミシュランブリジストンのSタイヤ勢をぶっちぎりみたいな感じ。結局橋の欄干にぶつかってフロント片輪もげちゃって優勝戦線から脱落したけど。83年WRCの特集映像で同じコーナーを駆け抜けるオペルアスコナ、ランチアラリー、クワトロの比較映像が有りました。豪快なカウンターで尻振り出しながら曲がって行くアスコナ。更に速い速度でゼロカウンタードリフトで駆け抜けるラリー037。クワトロはアスコナより遅めの感じで入って来てコーナー中程でズリッと向き変えた途端バヒューンと倍速再生級ダッシュ。
3:41 左から順にアウディ、DKW、ホルヒ、ヴァンダラーを指すものとされる。wikiより、
WRCと云えば、トヨタのセリカとランチアのデルタ・インテグラーレ―の一騎打ちが結構、迫力ものだった時期があるね!
美女と野獣でしたな!!名前の通り野獣ムートンってな感じのミッシェルと当時でも図抜けて可愛かったファブリッツア・ポンスポンス嬢は少しF・スペンサーに似てたかな?
ファブリーツィア・ポンスがお嬢様っぽくて好きだった。
20年前の冬にチェーン規制で、チェーンを付けられない車の場合、通してもらえないのか交通機動隊に聞きに行ったら、「車種は何ですか?」と聞かれたので「レガ〇ィ」と答えたら、「スバルとアウディは、スタッドレスタイヤが付いていたら通しています」との回答でした。
アウディの5気筒エンジンは,メルセデス傘下時代にメルセデスが開発したエンジンです.ガソリンエンジンはアウディに,ディーゼルエンジンはメルセデスが搭載してました.
やっぱスキーのジャンプ台?を登ってるCMの衝撃。あれは脳に焼き付いて死んでも消えないアウディ、多分乗れないと思うけど、クアトロもTTもR8も、脳汁不可避の大好物。ポルシェには魅力を感じず、ベンツ・BMWはオールドモデル(当然入手も維持も無理)、VWもRR時代が好き・・・現実的にはTTの4WDかな。意外とリーズナブルだし
RX-8も闇開発(ボロボロのRX-7を改造)→フォードの常務元レーサーじゃねえか!→常務!ささ!どうぞ!どうぞ!→役員会議→マツダ!ロータリーのスポーツカー出せ!→ここで技術者が意地でサイド排気エンジンと車体設計をする→名車RX-8完成!
3:40 ダイムラーではなくヴァンダラーでは?
クアトロスポーツってホイールベースが今の軽自動車どころか、一世代前の軽自動車よりも確か短いんですよね。そりゃ曲がらないよと思っています。
アウディクワトロですね。走りもいいし女性ドライバーミッシェルム一トンファブリツァポンズスゴい偉業ですね。
クワトロは速いけど『曲がらない、止まらない』、レオーネは速くなく『走らない、曲がらない』だった。クワトロはマジ速かったけど怖かったな。車自体はフォルクスワーゲンと同レベルのクオリティだったなぁ。今や高級ブランドになっちゃってるけど。
世界で唯1人、ワールドチャンプに手がかかった女性ドライバーですよね、ムートン女史。
実用4WD性能(スタック、坂道発進)はアウディよりはるかに安いスバルに勝てないのが惜しい。
やっぱグループB好きだ
さいっこうっすよね!(狂気?凶器?
変態メーカーとはランチアの事か?。フォードも含むか?。
ランチアはまあ確定として、フォードもたいがいはコンサバな設計ですがことグループBに関しては変態設計でしたね
@@moma9704 あの「デコタン」が設計した205T16こそ「変態メーカー」だと僕は思います。プラモデルを作られた経験があれば、あの「勝つことしか考えない」デコタンの変態思想がわかろうというもの。「莫大な資金投入したがために86年にGr.B廃止決定時に『約束していたGr.S』も破綻した結果、ジャン・トッドらプジョースポールがガチギレしてFISAと揉めて、遺恨の結果Gr.Cで3.5LNA化にほぼ唯一賛成したプジョーに忖度してFISA自体がプロトタイプスポーツカーレースの伝統を自ら潰した」というのが歴史的な流れです。結局残されたプジョーのGr.B&Gr.Sマシンたちはラリーレイドに活路を見出し改良され、病み上がりのバタネンを中心に起用して「砂漠のライオン」として一時代を築き「当初の目的通り販売促進に寄与」しているのはずですが…。
シエラRSコスワース 妙高杉野原の駐車場で見た →コスワース チューンでは無かった
分野関係なく強い女性好き
時代的にアウディというとダカールラリーのイメージがある
360馬力の女神ね❗️ムートンさん、ポンスさんお二人がタミヤの箱絵を御覧に成らないことを願います
ミシェル・ムートンはタイヤ交換もできなさそうなギャルっぽさを感じた。
WRCでチャンピオン争いする女性ドライバーまた出てこないかな。
やっぱりピエヒは偉大だった。
元祖アルピーヌA110の解説よろしくお願いします。
最初の頃はケツが流れてるのにハンドルを目一杯曲げる方向に切ってないと曲がらなかった。
その後、ポンス女史は1997年のモンテでWRカー初勝利コドラになったんだよね。それからWRカー時代が20年以上続き…2022年からのラリー1で初勝利コドラはイサベル・ガルミッシュで、女性だった。胸熱だけど、周囲の人は20年以上前のWRCトリビアなんか興味なくて寂しかった。そろそろ変態が積み重なったからランチアを解説してほしいなー
ムートン女史は女神
これがWRCに出たお陰で、スバル・レオーネ4WDがWRCに参戦可能になったという。
舗装路走ってないと直結、LSD、オープンの癖の違いはわからないと思う。四駆で雪道だとセンターリアデフ直結くらいならスピード乗っちゃえばあんまり気にならないもんな。四駆のいいところはデフが三つあってそれぞれ調節できるところだよなー。ロックが必ずしも悪いわけじゃないもんな。一昔前の軽の四駆なんて基本センターロックだし。サイドしか使えないへたっぴにセンターロックは…
このチャンネルでGT7のプレイ動画が見たい
壊れやすいのは今も変わらないの?
彼ら(彼と彼女)のおかげでビッグワンガムのアウディクワトロにつながるんだな…www👍
ムートンのゆっくり化マジで草
グループB夢中に見てた時まだBの経験なかった。
某チャンネルでは「残念オリンピック」と呼ばれてるアウディ。
ラジコンで言ったらホットショットがオプティマに勝てなかったみたいだ(違
4:17 World War1
アウディと言えばクアトロよ! クワトロと言えば「5気筒ターボ」よ!ウルクアトロ、4000クアトロ そして5000Tクアトロアバントの3台を10年乗ってましたがマジで面白かった。今も欲しいくらいですが生産量(というか当時の販売量)の少なさで当時の新車価格がポルシェ928と同じ位( の公道用ラリーカーをモノ好き以外一体誰が買うというのか? それもラリーって何?の北米で )つまりパーツも少量ロット生産で高いわけです。故に製廃パーツもドイツ車としては珍しく多いらしい。ソビエト連邦崩壊前の生産車なので今みたいにチョンボで近所の元共産国諸国を使って安くパーツを造れなかった。5000Tは手動でABSをON/OFFできるスイッチがあったので色々路面状況・外気温等に合わせて使えましたし遊べました。センターとリアのデフロックのダイアルを回せばABSは自動でキャンセルされます(ウルと4000の方は元々ABSなし)。両方のデフをロックすると深く湿った重い雪の上り坂でも戦車の如くガンガン走りますがやはり戦車の如く曲がらない(笑)5気筒2.3Lエンジンも独特の排気音とトルクが好きでした(4気筒より振動が少なく6気筒より軽いという理由で採用)。静かで速いのですが、夜中の雪道の高速で数台のトレーラーを追い抜く際に〇〇〇マイル出しても接地感は全く持って素晴らしく、安心して運転できました(1980年代のハナシでもです)。数人のカージャーナリストがスバルのフロントの接地感に?を指摘してましたが同感で、なんか低速でも気持ち浮き気味のような軽すぎるような不思議な感じ。逆にボディを30センチぶった切ったスポーツクアトロを運転してみたいです。現在3000万円位するんですよね?その後Aシリーズになった時点で↑の開発エンジニアやデザイナーたちは退社して散ったので、もうこの手の変なクルマは作られないでしょうね。それからはスバル一辺倒ですが、どちらの会社も国際ラリーで勝利し知名度が上がりヒット商品も出た故に普通の自動車メーカーになってしまい誠に残念。因みに当時の北米では、フォルクスワーゲングループ として 旦那がポルシェ、奥さんがアウディという販売戦略で同じディーラーで扱ってました。ミッシェル ムートンは、例のスタジアムでラリーやF1とかの異種レースのチャンピオンたちで勝者を決めるレースのプロモーターをやってますね。立派な興行主だ。カナダ陸軍がアメリカに当てつけで?ジープを採用せずにVWイルティスを使っていたので、夏場の訓練期間中に高速道路の隊列の中で良く見ました。キューベルワーゲンと言うより初代ホンダバモスみたいでコケたら全員死亡コースみたいな。。。
ATならともかくMTで左足でブレーキ踏んだらクラッチペダルはどうしてたんだろう?
世界級のプロドライバーはとんでもないスキルの持ち主なので、MTでクラッチ踏まずにスコスコ変速するくらいは朝飯前でしょう。
@@たけのうちかつひさ プロじゃなくてもアクセル煽りながらだとギアは入りましたね。昔はヒール・アンド・トウって右足でブレーキとアクセルを同時に踏む技術が一般的だったみたいですが、左足ブレーキの方が精密に操作できたのかな?
個人的にはなんでドイツ車なのに「クアトロ」というイタリア語を使ったのか?そこに一番興味あるかな(笑)
欧米人はどうもフランス語のお洒落っぽい響きに激しくハートをくすぐられる由。
@@たけのうちかつひさ 日本人の感覚だとフランス語ってなよなよしてて気持ち悪いんだがな(笑)
ムーちゃんも相当な変態ドライバーだったんですね
オモロスギ!
ダイムラーではなくて「バンダラー」でしょ?😫
センターデフないって🤣
人には趣味があるので否定はしないけどミッシェル ムートンを 美人ドライバー のジャンルに入れるアップ主と私の意見は合わない様だただでさえ直5をフロントオーバーハングに載せているのに初期はセンターデフ無しで走っていたのだから曲がるワケがない
ムートン本人がフロントオーバーハングにウエイトがついてたw綾部がレオーネで全日ラリーに参戦したときはフルカウンターでレオーネがFRに見えたわw
@@sinsins3528 ご存じだとは思いますが、初期のAwdはコーナー入口どアンダー、出口はどオーバのステア特性。だから80年代中盤までダートラではフロントデフはオープン、リアのみ機械式のセッティングで走ってました。それでも立ち上がりはどオーバー。フロントがオープンに毛が生えた程度ならフルカウンターで立ち上がるのもなんら不思議ではないと推察いたします。
レオーネクーペが、サファリに出たとき、フルタイム四駆ではなく、パートタイムのを選んだのはなぜか、とカートピア(スバルの広報誌)に質問したら、フルタイムで出ても、どのみちセンターデフロックして走るからという解答でした。
BGMのチクチクする高音が耳障りで2分で見るのをやめました。
ムートンとポンスによる女性初のWRC優勝させる原動力であり
ラリー界に四輪駆動革命をもたらした名車や〜
確か某DVDでムートンは、ミッコラが色々とフォローしてくれて
大変助かってるって、当時の映像で話してたよ。
それとムートンは、書籍で131やストラトスみたいな癖のある車に比べれば
動画で解説してる通り凄く乗りやすいとも発言してたなぁ〜
フロントヘビーな車だったのでターマックでは大変だったり
パワー上げ過ぎた最後ら辺は
アクアポリスとか千湖とかでは暑さでエンジンが火を噴き大変だ〜と
ぼやいてた二人の無線のやりとり映像が印象的だったw
グループ4クワトロとエボ2のプラモデルを作って見比べてみたけどエボ2の魔改造振りを再認識した。初めてエボ2を見た時「WRCはシルエットフォーミュラー(グループ5)O.Kなのか?」と思ったものです。インパクトで言えばアウディのCMでスキーのジャンプ台を逆に登っていくアレかな。
ラリーや世界耐久では滅茶苦茶頑丈な車で、特に世界耐久では運営の露骨なアウディ潰しが約20年続いたのに、負けなかったほどの無双っぷりでマジ壊れないのに、市販車はボコボコ壊れるアウディ🤣
クアトロの陰に隠れた存在ですが、基となったクーペも良いクルマです
オーバーフェンダーもターボもない、80セダンをベースした地味なクルマ
一応正規輸入もされてました
ファブリツィア・ポンス姐さんといえば優勝・表彰式後に足下にズラっと並んだトロフィーをニッコリ眺めている写真と、大人しいイタリア人(ピエロ・リアッティ)の代わりにブチ切れてたイメージがすごい…
ミシェル・ムートンさんはラリー仕様の911でドリフトしながらインタビューに答える超人です。w
グループB廃止後、エアロパーツすら付けないタクシーみたいなアウディ200がミッコラのドライブで異様に速かったのが印象的でした。
タクシー見たいなAudi200はよく分かるよ。メルセデスのW124とかね。
WRCの女性ドライバーだったムートン氏はツール・ド・コルスでの凄惨な事故をきっかけに引退した。
その後はFIAの職員として勤務している
ミッシェル・ムートンさんの活躍にはハンヌ・ミッコラさんの献身的なアドバイスがあったそうです。
ムートン曰く「左足ブレーキから何から包み隠さず色々なテクニックを伝授してくれた」とグループB特集の雑誌のインタビューで仰っておりました
自分の記憶では“ビッグ”クワトロにはプラネタリー型センターデフついていたように思う。
ただしLSD機能を持たなかったのでデフロックしていたんじゃなかったっけ?
話が逸れるが、マツダがファミリア4WD(BFMR型)をリリースした直後のPD誌には羽豆氏がセンターデフのフリーとロックでは操安、タイム共にロックの方が優位だとコメントしていたと記憶している。
ごく初期の段階、センターデフの制御技術がなされる以前は、フルタイムの4WDが凄いんじゃなくて高出力エンジンを搭載したのが凄いんだと評価されていたはずだ。
クアトロの初期は、派手なフェイントモーションを使って何とか向きを変えていた記憶。左足ブレーキだけでは足りなくて、あらゆる手を使ってなんとか曲げていたイメージでした。
サファリラリーで日本車輌で唯一三連覇達成した日産バイオレットを紹介して下さい!更にフェアレディ240Zサファリラリー、モンテカルロラリーで活躍紹介して下さい
当時の古い映像見てると曲がらないクワトロを道端の杭にぶつけて曲がっていたなマジで曲がらない車やったのは間違いない‼️
ミッシェル・ムートンとファブリツァ・ポンス、大好物w
ああ、懐かしい名前が次々と。。。。
ムートンは131の前はストラトスに載っていたから、結構癖の強い車ばかりのキャリアなんだよね。最近ではアウディのCMにも出ている。
世界初の高速4WDを具現化したのはスバル、ただスポット参戦だったので認知度が低かった
高速4WDを世界に広めたのがクアトロ
ムートン女史好きでした、並み居る男性の中でしかも速い
こんな人もう出ないんだろうね
✕ アウディ、DKW、ホルヒ、ダイムラー
○ アウディ、DKW、ホルヒ、ヴァンダラー
ミッコラやムートンのクアトロに毎回毎回食いついたヴァルター・ロールの車は、当時既に旧式だったオペル・アスコナ…
tipo38、deltaS4もどうかどうか忘れないで、もはや村正的な生き血すする悪魔な車だけど大好きなのよ。できたら紹介してあげて
スポーツクワトロS4のコンパクト化を困難にしたのは、アウディ自慢の直列5気筒だったよね。エンジン長が長かったからね。その解決策がリヤラジエーター化だった。
85年のクアトロを持ってます。下からぐっと来る5気筒ターボsohc エンジンは最強です♪❤😊
最近のアウディは、オイルゲージがセンサーで、オイル交換をして新オイルを入れているのに、オイル不足の警告灯が点く時があります。
日本車の倍の価格なのにセンサーは馬と鹿が入っています。
オイル類のゲージは、アナログに限ります。
す、スバル・レオーネ・・・(震え声)w
「クワトロショック」は81年モンテカルロラリーが強烈過ぎましたからね。雪降った途端他の車より1ステージ毎に1分速い状態だったとか。しかもタイヤはドイツ製コンチネンタルという競技じゃ無名のメーカー。今風に例えればオートバックス辺りのPBタイヤ履いてるのにヨコハマミシュランブリジストンのSタイヤ勢をぶっちぎりみたいな感じ。結局橋の欄干にぶつかってフロント片輪もげちゃって優勝戦線から脱落したけど。
83年WRCの特集映像で同じコーナーを駆け抜けるオペルアスコナ、ランチアラリー、クワトロの比較映像が有りました。豪快なカウンターで尻振り出しながら曲がって行くアスコナ。更に速い速度でゼロカウンタードリフトで駆け抜けるラリー037。クワトロはアスコナより遅めの感じで入って来てコーナー中程でズリッと向き変えた途端バヒューンと倍速再生級ダッシュ。
3:41 左から順にアウディ、DKW、ホルヒ、ヴァンダラーを指すものとされる。wikiより、
WRCと云えば、トヨタのセリカとランチアのデルタ・インテグラーレ―の一騎打ちが結構、迫力ものだった時期があるね!
美女と野獣でしたな!!
名前の通り野獣ムートンってな感じのミッシェルと
当時でも図抜けて可愛かったファブリッツア・ポンス
ポンス嬢は少しF・スペンサーに似てたかな?
ファブリーツィア・ポンスがお嬢様っぽくて好きだった。
20年前の冬にチェーン規制で、チェーンを付けられない車の場合、通してもらえないのか交通機動隊に聞きに行ったら、「車種は何ですか?」と聞かれたので「レガ〇ィ」と答えたら、「スバルとアウディは、スタッドレスタイヤが付いていたら通しています」との回答でした。
アウディの5気筒エンジンは,メルセデス傘下時代にメルセデスが開発したエンジンです.ガソリンエンジンはアウディに,ディーゼルエンジンはメルセデスが搭載してました.
やっぱスキーのジャンプ台?を登ってるCMの衝撃。あれは脳に焼き付いて死んでも消えない
アウディ、多分乗れないと思うけど、クアトロもTTもR8も、脳汁不可避の大好物。
ポルシェには魅力を感じず、ベンツ・BMWはオールドモデル(当然入手も維持も無理)、VWもRR時代が好き・・・
現実的にはTTの4WDかな。意外とリーズナブルだし
RX-8も闇開発(ボロボロのRX-7を改造)→フォードの常務元レーサーじゃねえか!→常務!ささ!どうぞ!どうぞ!→役員会議→マツダ!ロータリーのスポーツカー出せ!→ここで技術者が意地でサイド排気エンジンと車体設計をする→名車RX-8完成!
3:40 ダイムラーではなくヴァンダラーでは?
クアトロスポーツってホイールベースが今の軽自動車どころか、一世代前の軽自動車よりも確か短いんですよね。そりゃ曲がらないよと思っています。
アウディクワトロですね。走りもいいし女性ドライバーミッシェルム一トンファブリツァポンズスゴい偉業ですね。
クワトロは速いけど『曲がらない、止まらない』、レオーネは速くなく『走らない、曲がらない』だった。クワトロはマジ速かったけど怖かったな。車自体はフォルクスワーゲンと同レベルのクオリティだったなぁ。今や高級ブランドになっちゃってるけど。
世界で唯1人、ワールドチャンプに手がかかった女性ドライバーですよね、ムートン女史。
実用4WD性能(スタック、坂道発進)はアウディよりはるかに安いスバルに勝てないのが惜しい。
やっぱグループB好きだ
さいっこうっすよね!(狂気?凶器?
変態メーカーとはランチアの事か?。フォードも含むか?。
ランチアはまあ確定として、フォードもたいがいはコンサバな設計ですがことグループBに関しては変態設計でしたね
@@moma9704 あの「デコタン」が設計した205T16こそ「変態メーカー」だと僕は思います。プラモデルを作られた経験があれば、あの「勝つことしか考えない」デコタンの変態思想がわかろうというもの。「莫大な資金投入したがために86年にGr.B廃止決定時に『約束していたGr.S』も破綻した結果、ジャン・トッドらプジョースポールがガチギレしてFISAと揉めて、遺恨の結果Gr.Cで3.5LNA化にほぼ唯一賛成したプジョーに忖度してFISA自体がプロトタイプスポーツカーレースの伝統を自ら潰した」というのが歴史的な流れです。結局残されたプジョーのGr.B&Gr.Sマシンたちはラリーレイドに活路を見出し改良され、病み上がりのバタネンを中心に起用して「砂漠のライオン」として一時代を築き「当初の目的通り販売促進に寄与」しているのはずですが…。
シエラRSコスワース 妙高杉野原の駐車場で見た →コスワース チューンでは無かった
分野関係なく強い女性好き
時代的にアウディというとダカールラリーのイメージがある
360馬力の女神ね❗️ムートンさん、ポンスさんお二人がタミヤの箱絵を御覧に成らないことを願います
ミシェル・ムートンはタイヤ交換もできなさそうなギャルっぽさを感じた。
WRCでチャンピオン争いする女性ドライバーまた出てこないかな。
やっぱりピエヒは偉大だった。
元祖アルピーヌA110の解説よろしくお願いします。
最初の頃はケツが流れてるのにハンドルを目一杯曲げる方向に切ってないと曲がらなかった。
その後、ポンス女史は1997年のモンテでWRカー初勝利コドラになったんだよね。
それからWRカー時代が20年以上続き…
2022年からのラリー1で初勝利コドラはイサベル・ガルミッシュで、女性だった。
胸熱だけど、周囲の人は20年以上前のWRCトリビアなんか興味なくて寂しかった。
そろそろ変態が積み重なったからランチアを解説してほしいなー
ムートン女史は女神
これがWRCに出たお陰で、スバル・レオーネ4WDがWRCに参戦可能になったという。
舗装路走ってないと直結、LSD、オープンの癖の違いはわからないと思う。
四駆で雪道だとセンターリアデフ直結くらいならスピード乗っちゃえばあんまり気にならないもんな。
四駆のいいところはデフが三つあってそれぞれ調節できるところだよなー。
ロックが必ずしも悪いわけじゃないもんな。
一昔前の軽の四駆なんて基本センターロックだし。サイドしか使えないへたっぴにセンターロックは…
このチャンネルでGT7のプレイ動画が見たい
壊れやすいのは今も変わらないの?
彼ら(彼と彼女)のおかげでビッグワンガムのアウディクワトロにつながるんだな…www👍
ムートンのゆっくり化マジで草
グループB夢中に見てた時まだBの経験なかった。
某チャンネルでは「残念オリンピック」と呼ばれてるアウディ。
ラジコンで言ったらホットショットがオプティマに勝てなかったみたいだ(違
4:17 World War1
アウディと言えばクアトロよ! クワトロと言えば「5気筒ターボ」よ!
ウルクアトロ、4000クアトロ そして5000Tクアトロアバントの3台を10年乗ってましたがマジで面白かった。
今も欲しいくらいですが生産量(というか当時の販売量)の少なさで当時の新車価格がポルシェ928と同じ位( の公道用ラリーカーをモノ好き以外一体誰が買うというのか? それもラリーって何?の北米で )つまりパーツも少量ロット生産で高いわけです。故に製廃パーツもドイツ車としては珍しく多いらしい。ソビエト連邦崩壊前の生産車なので今みたいにチョンボで近所の元共産国諸国を使って安くパーツを造れなかった。
5000Tは手動でABSをON/OFFできるスイッチがあったので色々路面状況・外気温等に合わせて使えましたし遊べました。
センターとリアのデフロックのダイアルを回せばABSは自動でキャンセルされます(ウルと4000の方は元々ABSなし)。両方のデフをロックすると深く湿った重い雪の上り坂でも戦車の如くガンガン走りますがやはり戦車の如く曲がらない(笑)
5気筒2.3Lエンジンも独特の排気音とトルクが好きでした(4気筒より振動が少なく6気筒より軽いという理由で採用)。静かで速いのですが、夜中の雪道の高速で数台のトレーラーを追い抜く際に〇〇〇マイル出しても接地感は全く持って素晴らしく、安心して運転できました(1980年代のハナシでもです)。数人のカージャーナリストがスバルのフロントの接地感に?を指摘してましたが同感で、なんか低速でも気持ち浮き気味のような軽すぎるような不思議な感じ。
逆にボディを30センチぶった切ったスポーツクアトロを運転してみたいです。現在3000万円位するんですよね?
その後Aシリーズになった時点で↑の開発エンジニアやデザイナーたちは退社して散ったので、もうこの手の変なクルマは作られないでしょうね。それからはスバル一辺倒ですが、どちらの会社も国際ラリーで勝利し知名度が上がりヒット商品も出た故に普通の自動車メーカーになってしまい誠に残念。因みに当時の北米では、フォルクスワーゲングループ として 旦那がポルシェ、奥さんがアウディという販売戦略で同じディーラーで扱ってました。
ミッシェル ムートンは、例のスタジアムでラリーやF1とかの異種レースのチャンピオンたちで勝者を決めるレースのプロモーターをやってますね。立派な興行主だ。
カナダ陸軍がアメリカに当てつけで?ジープを採用せずにVWイルティスを使っていたので、夏場の訓練期間中に高速道路の隊列の中で良く見ました。キューベルワーゲンと言うより初代ホンダバモスみたいでコケたら全員死亡コースみたいな。。。
ATならともかくMTで左足でブレーキ踏んだらクラッチペダルはどうしてたんだろう?
世界級のプロドライバーはとんでもないスキルの持ち主なので、MTでクラッチ踏まずにスコスコ変速するくらいは朝飯前でしょう。
@@たけのうちかつひさ プロじゃなくてもアクセル煽りながらだとギアは入りましたね。
昔はヒール・アンド・トウって右足でブレーキとアクセルを同時に踏む技術が一般的だったみたいですが、左足ブレーキの方が精密に操作できたのかな?
個人的にはなんでドイツ車なのに
「クアトロ」というイタリア語を使ったのか?
そこに一番興味あるかな(笑)
欧米人はどうもフランス語のお洒落っぽい響きに激しくハートをくすぐられる由。
@@たけのうちかつひさ 日本人の感覚だとフランス語ってなよなよしてて気持ち悪いんだがな(笑)
ムーちゃんも相当な変態ドライバーだったんですね
オモロスギ!
ダイムラーではなくて「バンダラー」でしょ?😫
センターデフないって🤣
人には趣味があるので否定はしないけど
ミッシェル ムートンを 美人ドライバー のジャンルに入れるアップ主と私の意見は合わない様だ
ただでさえ直5をフロントオーバーハングに載せているのに初期はセンターデフ無しで走っていたのだから曲がるワケがない
ムートン本人がフロントオーバーハングにウエイトがついてたw
綾部がレオーネで全日ラリーに参戦したときはフルカウンターでレオーネがFRに見えたわw
@@sinsins3528 ご存じだとは思いますが、初期のAwdはコーナー入口どアンダー、出口はどオーバのステア特性。だから80年代中盤までダートラではフロントデフはオープン、リアのみ機械式のセッティングで走ってました。それでも立ち上がりはどオーバー。フロントがオープンに毛が生えた程度ならフルカウンターで立ち上がるのもなんら不思議ではないと推察いたします。
レオーネクーペが、サファリに出たとき、フルタイム四駆ではなく、パートタイムのを選んだのはなぜか、とカートピア(スバルの広報誌)に質問したら、フルタイムで出ても、どのみちセンターデフロックして走るからという解答でした。
BGMのチクチクする高音が耳障りで2分で見るのをやめました。