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余談ですが、京急沿線に55年以上住んでます。私が30歳になる頃までは、快特は品川、川崎、横浜、上大岡、金沢文庫、横須賀中央、京浜久里浜、津久井浜、三浦海岸、三崎口のみの停車で京浜蒲田、金沢八景は日曜日のみ停車。分岐駅の堀之内は通過。三崎口や三浦海岸を先に出発した上りの特急が堀之内で退避して、後発の快速特急が通過しながら抜いていくと言う、特急が快速特急の通過待ちをすると言う、光景が見れました。今となっては信じられない光景です。ちなみに、快速特急は全て品川始発。都営地下鉄からの急行川崎行きが品川に快速特急発車の数分前に発車して、平和島で快速特急の通過待避待ちをしていました。
情報ありがとうございました。
@@OffOnE7E8 クーガーさんの切り口が大好きで、いつも楽しく拝見してます。これからも頑張って下さい。
ありがとうございます!
「普通」もさることながら「急行」の「意地でも逗子行き」にこだわる理由も一体何なのでしょうね。一時期だけでも良いからグレー、青も含めた全てのラインが三崎口まで到達している路線図が見てみたいものです。
普通列車が久里浜以南に来なくなったのは京急の輸送目的に変化があったからと言われています。以前は快特も久里浜線内に通過駅があり、普通列車は優等の間を縫う形が今よりも濃かったのです。それが三浦海岸の人気が減り、羽田に輸送力をかけたい京急は、蒲田を高架化し、わざわざ遠い三崎口まで普電を走らせてる暇が無くなりました。代わりに快特と特急の停車駅を増やして速達性を落とし対応したそうです。
因みに昭和末期から平成初期に掛けては京急長沢と野比(現YRP野比)は快特は通過でした
情報ありがとうございます。
豊橋駅に 停車する 名鉄電車(「名鉄線」とは 言っていないので 注意!)は,普通列車が 1日 0本です。飯田線の 線路に 乗り入れているため,乗り入れ制限が あるからです。
以前紹介しましたruclips.net/video/ge2YHJuqgqI/видео.html名鉄-飯田線供用区間は日本トップクラスに面白い区間だと思います。
昔は平日の昼間限定で普通電車が三崎口まで来ていた時もありました。当時(1996~1999)の平日の昼間の久里浜以南の久里浜線は20分に一本の特急、20分に一本の普通というダイヤが基本で、平日の昼間の快特は全て久里浜始発でしかも20分に一本と本数も今と比べて少ない印象でした。ちなみに休日の久里浜以南は20分に一本の快特、20分に一本の特急というダイヤでその当時は快特に限り久里浜線内で通過運転を行っていて(特急は各駅停車)、停車駅は三崎口、三浦海岸、津久井浜、久里浜、横須賀中央とかなり飛ばしていました(後に野比、長沢も止まるようになりました。)
普通電車が久里浜線に来たおかげで、20分間隔でしか電車が来ない駅の乗車機会が増えました。
@@ひらがな-w9u そうですね。
それでいうと成田スカイアクセスの印旛日本医大-空港第二ビル間もアクセス特急かスカイライナーしかない
かつては快特は完全な京急久里浜止まりで7月1日から8月31日までの臨時運転で野比と長沢通過で三崎口まで運転でした。快特が日中だけ通年運転になった時に普通三崎口も久里浜行の延長でやっていました。久里浜線の普通を浦賀行に変えたので堀之内と久里浜線通過駅にも停車になりました。記憶が曖昧なので確かこうだったと思いました。
1995までの夏の休日ダイヤは1時間に快速特急6本、特急3本。普通車は京急久里浜止まりでした。(通常は快速特急の久里浜行き3本、特急の三崎口行き3本、普通車久里浜行き3本)春や秋の観光シーズンは快速特急が三崎口まで延長(横須賀中央からは京急久里浜、津久井浜、三浦海岸停車)。その時だけは京急久里浜での快速特急と特急の接続がありませんでした。その後1996~1999は久里浜行きの普通車が三崎口まで延長。平日の快速特急は京急久里浜止まりのままでした。今のように全列車が堀ノ内から各駅停車になったのは1999年から。その時に昼間の特急が無くなりました。
自分が生まれて時には快速特急が既に快特になっていたの詳しくは知りませんが、久里浜線内通過運転の列車がもっとあればなと個人的には思います。
@@OffOnE7E8 さま90年代はよく京急で横須賀や三浦に行っていました。ただ、当時と比べてレジャー志向の変化やクルマ社会の浸透を考えると快特の各駅停車化はやむを得ないかもしれませんね。かつてに比べて本数が倍増したこと、快特に一本化したことは地元にとってはありがたいものです。このご時世においても関西の私鉄のように減便しないのも京急の有り難みを感じます。
10月から京急久里浜-三崎口の平日10時から15時の時間帯において、現行の10分間隔の運転が20分間隔に半減されます。休日ダイヤは現行通りの10分間隔の運転です。
@@鈴木誠-i6l さま驚きましたね。昼間の乗車率が1割台だとか。
直通先の成田湯川駅もアクセス特急しかない優等列車専用駅
しかしJR成田線は全通過
ジエイアール成田湯川駅つくれば
昼間の川崎~文庫の12両快特の運用廃止は、運用効率の悪さや人件費とかではなく、金沢文庫での増結車の事故が原因みたい。
実家は三崎口、私は久里浜在住で無くてはならない公共機関です。横浜までどっちで行く?京急一択なのは解説の通りです。三浦市は過疎化が進み、また来月で油壷マリンパは閉館なので複線にしなかった、&延長しなかったのは鋭い先読みと言えるでしょう。
仰る通りで延伸していたら過疎化進行具合がもっと遅かったかもしれませんが、さらに長期的に見たら正しい判断だったと思います。
モーニング・ウィング、何気に久里浜線の定期列車では初の京急久里浜駅を通過する設定なんですよね……普通電車が来ていた頃、堀ノ内での優等列車接続もあったかどうかイマイチ覚えていないのですが、確か無かったんじゃないかな……なんだか不便だったのは覚えています。その頃の名残も、今や4・6両の停止目標くらいでしょうか?(8/31追記)結構誤解を招いてしまっているようなので、表現を変えました。大変失礼致しました。年齢イコールで久里浜以南在住の身ですが、快速特急の堀ノ内の低速通過、北久里浜の通過電車専用の踏切の表示灯、京急久里浜で特急を待たされる乗り換え待ち……幼い頃の思い出でした。
ウィング号設定前快特に通過設定が1999までありました
@@OffOnE7E8 え、京急久里浜でですか?
@@ひらがな-w9u ちょっと表現がおかしかったですね、すいません。久里浜線を、ではなく、京急久里浜駅を、でした。
三崎口〜京急久里浜間は、種別表示無しでもいいです。
京急は種別毎に制限速度が設けられているそうです。
かつては品川発の「普通」三崎口行もありました。また「特急」が主力だった時代は特急が堀ノ内から先の各駅に停車、「快速特急」が横須賀中央〜京浜久里浜(現在の京急久里浜)間の途中駅を通過、更に野比(現在のYRP野比)、京浜長沢(現在の京急長沢)を通過していました。
それはそれで便利そうな通過設定ですね。
私が子供の頃の快特の停車駅は、品川・京浜川崎・横浜・上大岡・金沢文庫・横須賀中央・京浜久里浜・津久井浜・三浦海岸・三崎口でしたね。
@@rui_koshigawa 様へ私もその時代を知っています。支線乗り換え駅の京浜蒲田(現在の京急蒲田)、金沢八景、堀ノ内(快特が行かない浦賀方面が本線ですが)も通過で、車掌によっては品川〜京浜久里浜間を53分で運転する旨の車内放送もありました。懐かしいですね。
@@特急日本海-m3n 様空港線が空港接続の機能をしていなかった時代ですね。青物横丁・鮫洲・立会川が高架化工事中だった記憶があります。懐かしいです。
かつては観光シーズンの休日(日曜と祝日)のみ快特が三崎口まで乗り入れていました。普段は京急久里浜~三崎口は特急が1時間に3本のみ。快速特急が京急久里浜で特急に接続する形でした。三崎口まで普通車が入った時代は逸見で快速特急に抜かれ、そのお客を横須賀中央で受け、堀ノ内で浦賀行きの普通車に連絡。さらには京急久里浜でその快特が特急に接続するダイヤでしたので快特にお客が集中していました。
こんな末端区間でも110キロ出すのはさすが。うちの近所の相鉄なんか横浜市内なのにのんびり走っているよ。
特急新設のお陰でスピードアップした気がします。相鉄本線特急はほんとに便利
相鉄線は本線では最高速度は時速100キロ。特に曲線の多い横浜~二俣川は特急でも85キロ。のんびりとは言うよりその速度が精一杯というところです。
相鉄は線形見てもわかるくらいにはカーブ多そうとわかるのと横浜〜二俣川は本数が多いのも原因となります(それに合わせて二俣川以西も設定されているくらいには全長が短い路線)京急とはいえこの区間は単線もあるし、本数も落ち着いているからこそ速度を上げられる
東武スカイツリーライン(東武伊勢崎線)の押上駅も普通は設定されてないですね。まあ、同一駅扱いのとうきょうスカイツリー駅は普通列車が沢山出てますが。
確かに曳舟ー押上は普通がないですね。
成田湯川を思い出した
成田湯川も普通がないですね!ただJR成田線の普通は全通過ですがw
かつては夏期にYRP野比(当時は野比)で快特が交換し、下り上り共にドアが開かないこともあったそうです。(停車駅は品川→京急蒲田(休日のみ)→京急川崎→横浜→上大岡→金沢文庫→横須賀中央→京急久里浜→津久井浜→三浦海岸→三崎口)快特が久里浜線内で通過駅があったのも遥か昔のことになってしまいました。マリンパーク号があったのも良き思い出。
石勝線みたいあと名古屋本線豊橋も
元久里浜の者だけど、普通(黒)は浦賀に行く電車って認識がわりと地元民にはある。快特が通過運転してた頃の普通三崎口行きとか違和感しかなかった。
久里浜線完結の短距離特急、快特は言わば「車両の取り替え」ですね。阪神電車でも神戸三宮から高速神戸方の各停区間しか走らない「特急」がありますが、終着から折り返し特急大阪梅田行き運用になる事と、普通列車をジェットカーと呼ばれる青い車両に特化している為、普通の種別にしていないものと思います。(阪神なんば線のみ例外)
普通車両と急行車両を完全に分けているのも珍しいですね。
@@OffOnE7E8 阪神電車は特に本線がもともと軌道線(路面電車に準ずる路線)として開業した名残から駅間が短いので、各駅停車は加減速が優れたモーターでなければならないとしてジェットカーが開発されたそうですよ。近鉄や京阪など、特急だけ違う車両を使う鉄道は当たり前にありますが、普通列車だけ違う車両を使うというのは阪神以外にはなかなか聞きませんね。ただ、近鉄南大阪線のラビットカーも同様の理由で開発されたとか(登場当時は急行などの通勤型車は戦前製造のボロボロな車両ばかりだったそうな)。
久里浜−三崎口間は1994年頃までは日中は特急が20分間隔で走っていただけでしたが、この区間の利便性向上のため久里浜止まりだった普通列車が三崎口まで延長するダイヤ改正が行われました。その後1998年に快特が久里浜線内各駅停車になり、また日中の特急を廃止して快特が10分毎に走るようになったため、この区間の普通列車が廃止されたと記憶しています。
1800番台がA快特運用に代走で入ってる都営出禁になった今となっては珍しいな
2016年頃までしか1800の乗入れはなかったですね。1890もこのまま京急内だけの運用になりそう。
今気づいたけど4:32に映ってる新1000形の番号が...
元三浦海岸住民です。うろ覚えなんですが、80年代後半?辺りまで三浦海岸駅1番線ホームの高架部分の付け根辺りに木製階段の名残りがあったように記憶しています。あれは、海水浴シーズンの臨時改札口だったんでしょうか?
今度調査します。
三崎口行った事無いからこの動画で色々知れて良かった
2100形の座席電動転換も見られる駅になってます!
それは面白い
個人情報で恐縮ですが、横須賀生まれ(最寄り駅は汐入)の私が鉄道好きになった原点は京急です。特に上りで横浜を出てからJRとのつばぜり合いが好きでした。子供ながらに、いとこが住んでた浦賀に行くときに、本線だということに違和感を持ってました。そのあたりも解説していただきありがとうございました。
堀ノ内ー浦賀と大師線は京急車しか走らない区間なので独特な感じがして好きです。
@@OffOnE7E8 なるほど、確かにそういうことなのですね。
三浦海岸ホームって、誰も触れないよね。昭和の海水浴ブーム名残を。
三浦海岸も昔と比べたら随分廃れましたからね、バブル崩壊から急激に人口が減少しましたから
昔の東武日光線、鬼怒川線の特急連絡列車を思い出させるパターンですね。もっとも、東武は通過駅あった気がしますが。
上今市は通過ですね。
久里浜駅の作りや久里浜から先の運行形態阪急神戸線の三宮から先に似てる
総武線の新日本橋・馬喰町も快速しか止まらない
快速と通勤快速だけですね。優等列車専用の地下駅ですね。同じ理由で三河島、南千住も案内上は全部快速ですね。
子供の頃は土日に普通京急久里浜行きもそこそこありました。その頃は快特は羽田空港駅がなく、京急蒲田を通過して、金沢八景も通過、久里浜線内は新大津、北久里浜、野比、京急長沢を通過してましたしかも快特はほぼ京急久里浜止まりで特急三崎口行きに連絡してました〰️品川で特急三崎口→普通浦賀→急行川崎→快特京急久里浜みたいな感じが定型だった気がします(笑)
大分運行形態が変わってますね。
東武線の押上〜曳舟も急行と準急しか来ない。1駅で短いとはいえ、東武線における珍区間
以前聞いた話ですが、京急の場合、普通=4両または6両快特、特急=8両と言う運行管理になっているそうで、各駅に止まる電車でも、8両編成で運行される場合は「特急」、「快特」の種別になるようです。実際には私も見てないのでわかりませんが、かつての普通三崎口行きは、恐らく旧1000形の4両か6両編成車、又は800形(6両固定)で運用されていたのではないでしょうか。
loo-ool.com/rail/KH/00/20210812/#dialogこれの33行路は京急8両車で普通運用があります。さらにかつては6両800形の快特もあったのでその説は違うと個人的には思います。
@@OffOnE7E8 さん情報ありがとうございます。現在、羽田空港〜蒲田の線内運用で8連の普通運用があるのですね。800形の快特運用も昔あったのですね😮私の場合、800形の優等列車運用は逗子線急行しか見たことがありませんでしたね…私は長崎出身→1990年から進学で埼玉県草加市住まい→1998年から都内在住→2005年から福岡市住まいの者です。私がその話を聞いたのが90年代末期位でした。確かに言われれば当てはまるなあ、と納得してましたが、現状はどうも違うみたいですね。
普通車の三崎口行きは品川からずっと各駅に止まるので4両か6両でした。逸見で快特に抜かれ、横須賀中央で快特のお客様を受け、さらに堀ノ内で浦賀行きに連絡するスタイルでした。その頃の快特は京急久里浜止まりで特急の三崎口行きに連絡。クロスシートの2000系が中心だったこともあり、お客様は快特に集中していました。
堀ノ内発浦賀行きって朝に結構あるけど特急と普通の違いはなんなんだろう...。8両が特急で6両が普通とかなんですかね?
おそらくそうですね。
小田急小田原線も本厚木〜新松田も同様ですね、でもこちらは末端区間ではなく、途中駅ですが…笑
本厚木ー新松田は各駅停車ありますが。
98年まで、三崎口まで普通があったのは確かで、しかも、それモ1~2年くらいの短期間だった。今は1時間当たり6本あったが、夏期の休日ダイヤては快特6本に特急3本の計9本を運行していた事がある。ただ、快特は三浦海岸折り返しで、久里浜から、三浦海岸、(昭和55年から、長沢)までの単線区間に、詰め込みダイヤをしていた。
三浦海岸の駅の1番線の長いホームがその名残です。
津久井浜~三浦海岸間は開業当初から複線です。
めちゃくちゃ古い話ですが、1970年代終盤の頃は、三崎口駅を発車する列車はすべて特急でした。今回ご紹介いただいたように、久里浜行きの特急も多数あり、子供ながらに違和感があったのを覚えています。あと「なぞなぞ」で「特急なのに各駅に止まる列車は何でしょう?」という問題を出されたとき、ある程度鉄道を知っている人は「新幹線こだま号」と答えるし、正解もどうやらそれだったようなのですが、ひねくれ者だった私は「京浜急行の三崎口発京浜久里浜行き!!(≧∇≦)」←当時は「京急〇〇」ではなく「京浜〇〇」と言っていた・・・と、答えていましたwwもちろん周りの人間、全員「キョトン」ですwwwちなみに私は、そういう年齢ですww
その頃に海水浴で三浦海岸に行ったことがあります。ミュージックトレインが走っていた時代でした。平日だったので臨時快速特急もなく特急が1時間に3本だけ。夕方だったので京浜久里浜での快速特急との接続無し。しかし驚いたのは八景で快速特急に追い抜かれたことでした。その後90年代に通勤で京急を使いましたが、八景で快速特急が特急を抜くと言うのは健在でした。
偵察お疲れ様です。
ありがとうございます。
普通が無い❓路線。丸で、名鉄本線の国府❓〜豊橋(一部分JRと共有。マジでカオス)で、豊橋発着は〜普通が無い❗
三崎口の先は、2本止められる留置線でも良かったと思うんですけど…環境保護を含めると難しそうですね
久里浜に車両基地があり、三浦海岸に引き上げ線があるので必要無いかと思います。
ん~⁉️🤔 途中で【種別変更】する列車より合理的だと思うがなぁ。郊外の客への利便性を考えたら、こっちの方が良いと思う🤔ただ、現在のように快特連発で【特急停車駅の意味がない】のは止めて欲しいが😑
朝方の久里浜での上り接続は朝ラッシュでWING号と品川行A快特で出した2100を、H特急と交換して泉岳寺までのA快特として出すためにやってます。逆に夕方は2100のA快特を久里浜で3ドア車と交換し、帰宅ラッシュ帯のWING号に合わせ品川に送り込むという感じです。
遠近分離で優等列車しか走らない区間って結構多いですね。JR西なんて誤解を避ける意味で関空快速等では各駅停車区間では「普通」に変更しています。通勤用車両で運行している優等列車ではなく、特急・急行料金を取る本当の優等列車だけしか走らない区間は相当少ないかと。ぱっと思いつくのは新幹線かな?
浦賀に優等1本あることにびっくり
朝だけあります。
早朝に堀之内で待ってたとき、浦賀方面から2100来てバグかと思ったw
昔は、快特は野比と長沢は止まらなかったな〜
30年以上前にはそうでしたね(何時変更になったか記憶にないです)当時は津久井浜に住んでいたので優越感でした。
@@pekadon_sevilla2008 私は、産まれてからずっと三浦海岸ですが三浦ビーチ号とかも懐かしい思い出です。😊
@@しゅんしゅん-f7z さんそうですね。あの頃は今の季節になると、あの広いホームでさえ海水浴客でごった返してました。当時は駅近のスリーエフでバイトしてたので懐かしいわぁ。
YRP野比のYRPは、横須賀リサーチパークの頭文字を取って付けられました。
末端区間になりますからね。優等列車だけで足りてしまうのだと思います。複線化の敷地があっても手を付けてないとこみても、京急は十分だと思っているのでしょう。個人的には完全複線化、三崎漁港までの延伸をやってほしいんですけどね。
むしろ末端区間なら編成の短い列車がピストン運行するようなイメージがありますが地下鉄からの直通優等列車が次々とやってくる久里浜線は独特だと思います。
油壺までの延伸は、何年か前の京急の決算報告で完全に諦めた旨が書かれてました。
共用駅ですけど名鉄豊橋駅も普通の発着がゼロでしたね。この駅は容量の問題が大きいのですが。
登録者100人くらいの時に紹介しました!➡︎ruclips.net/video/ge2YHJuqgqI/видео.html名鉄は普通列車がなく飯田線は普通が通過するかなり面白い区間ですね!
でも実質久里浜線内普通みたいなもんなんよな(どのみち堀の内で接続があるし)車掌の停車駅案内でも「堀の内までの各駅と、~」のような案内になっていますし
余り記憶に無いけど・・・八景か新町で特急が快特の通過待ちが有った気がする・・・
昭和60年代には、金沢八景で特急が快特の通過待ちをしていました。その他の年代は利用していないので、わかりません。
@@F.FAN46 さんやっぱ有りましたよね
品川からの優等が本線ではなく久里浜線に振られているのは元々は三浦海岸などを目的とした行楽輸送のためだと聞いたことがあります。また、京急において優等列車に多く使われる8両編成の電車の大半が久里浜の車両基地に所属している、というのも関係しているでしょうね。
関西で言う近江今津〜敦賀間の大半が新快速なのと似てますね理由は違いますが
確か数年前に京成車も三崎口に来てました
定期でアクセス車両が京成高砂➡︎三崎口三崎口➡︎成田空港で運用されてましたね懐かしい!
半蔵門線 スカイツリーラインの押上みたいなものか。。準急と急行のみしか通らない
C-ATSの都合で普通では無くエア急以上の種別にしてるんじゃなかったけな。
三浦海岸のホテルで都営車見た!5506f
普通だからって「各駅停車」とは言ってないんですけどね
三崎口発久里浜行きの快速特急って素直に普通にしろよって思うけどね。各駅停車の優等列車って誤解するだろ。
種別で最高速度設定が違うのも理由の1つだそうです。
えー優等列車しか来ないとこなんてあるんだーっておもったら地元やんあんまり上りWingいがい堀之内から各駅に泊まるから気にしてなかった
久里浜以南が一切普通が無いのは意外でした。
高評価👍✨
高評価ありがとうございます。
@@OffOnE7E8 さんはい、どういたしまして😆👍️➰
快特三崎口行きで~す堀ノ内から先は各駅に停まりま~す次は新大津で~す
京急って、面白いですね。始発駅から終着駅まで“各駅”に停まるにもかかわらず、「特急」や「快特」と言った“優等種別”になっているのが不思議です。又、逗子線内完結の「急行」も各駅に停まっていました。
同感です!実は直通先の京成にも通過駅無しの快速があるそうです。
それを優等列車専用と呼ぶにはやや誇張しすぎなのでは。
なぜでしょうか?優等列車しか来ていないのは紛れもない事実です。
堀ノ内から列車が普通に種別変更とかなら話は別ですが。貴方が自分に納得のいく説明ができる事を期待します笑
変わってないなあ人口減少で変えようがないんだろうけど🥴
一瞬トマムと占冠かと思った
あの区間も特急専用ですね。18切符でも乗れて便利です。ただ日豊本線の佐伯ー延岡が18切符で特急乗れないのが不便すぎる気がします...
成田湯川も
成田湯川はアクセス特急全停車でJR普通全通過ですね!
三崎口~京急久里浜間は一部区間が単線区間な上、普通列車の設定がなく特急と快特が全駅に停車するしかないのです
名鉄と似てますね。豊橋からは快速特急、特急、急行のみの発着で、各停は隣の伊奈から、準急は豊川稲荷からの発着になりますね。
ruclips.net/video/ge2YHJuqgqI/видео.html名鉄はネタの宝庫ですね!
今はあるか分からないですが京急2100形を使用した泉岳寺始発の特急浦賀行きもありますね🤔
まだ残ってますね。
京急久里浜~三浦海岸、三崎口間の列車は「普通」に表示した方が!「快特」「特急」は堀ノ内~三崎口間は全て各駅停車だから
京急の場合、快特と特急は8両、普通車は4両か6両の上に最高速度が異なるのであえて分けているものと思います。かつては通勤快特(文庫まで特急、そこから品川まで快特)という種別があり、下りの送り込み列車も通勤快特を名乗っていました。今の列車番号の末尾がBの列車がそれにあたります。
かつての事を挙げるなら6両の快特もありましたが
@@OffOnE7E8 さまコメントありがとうございます。6両の快特と言うのは一時期羽田空港から京急川崎あたりでありましたね。しかも4つドアの800系もあったとか。昭和の終わりごろまでは都営浅草線に直通する特急が6両でした。休日の下りの品川で2両増結して8両になったのを見たことがあります。
堀ノ内~三崎口間の列車も「普通」にした方が良いですね。
相鉄の二俣川~海老名も長らく急行(早朝深夜を除く)だけだったけど、快速、特急、JR直通、そして普通も走るようになりました。
以前も早朝深夜帯は各停が若干ありましたね。今はあまりレア感無いですね。
京王相模原線も、日中は、橋本発は若葉台行(車庫)へ入る列車と16時発調布行の1本以外各停はありません。相模原線内全停とつつじヶ丘しか停まらない快速つつじヶ丘行なる変態列車が存在します。なお下りは日中準特・区急・快速のみです。
橋本発つつじヶ丘行き快速は、調布駅地下化改造以前に存在した各停調布行きの代替です。地下化改造で調布駅にあった引き込み線が消滅したので、折り返しをつつじヶ丘駅に変更、車両運用合理化のため調布より先の途中駅を通過する快速に設定した。
1日1本の都営車による快特も取り上げてもらえると嬉しかったです。19時56分発快特印西牧の原行きです。
久里浜以降、全種別が各駅に停車するなら珍しい例では無いのでは……?
幕すら変えない鉄道会社はそんなにないんじゃないですか。
@@涼宮ハルヒ-g6u幕を変更するっていうのは種別を普通に変更するってことですよね?優等種別は末端区間で各駅に停車していくのが定石なのかと……
動画内で言っているようにウィング号は通過しますし、全種別が各駅に停まるのが珍しいのではなく、普通が存在しないのが珍しいと言っています。
優等種別ではあるけど、実質、各駅停車。(笑)久里浜〜長沢、三浦海岸〜三崎口は単線だから(今もそうかは知らないけど)
阪急宝塚線(雲雀丘花屋敷→宝塚)も朝7:45以後終電迄全て急行だけです(実質普通)。家族で三崎口まで出掛けた当時、2000系が現役だった。京急久里浜駅まで通過駅があった。
もっと昔は久里浜より先にも通過駅があった。ただし快特自体が基本久里浜どまりだったため久里浜より先の通過を見ることはほとんどなかったが。
阪急宝塚線はJR宝塚線の複線電化により戦前からの独占状態が崩れてJRに対抗するために特急や快速急行を走らせていた時代があったものの、JRの尼崎の事故以降スピード競争よりも沿線顧客をこまめに拾う方向に転換したという事情があるのでは?横須賀や三浦のようにほぼ京急で独占できるところ(JRはやや遠回り)とは事情が異なります。
宝塚線は早朝深夜に上り早朝のみ下り普通があるみたいですね。終夜運転の時は普通が大増発されるみたいですが
普通久里浜行、また三崎口行は京成押上線内でも見ることができますね。
押上で列車種別が変わるんですよね。
京急久里浜線路線図普通列車京急久里浜までなってますね。
正確な路線図で良いと思います。
夜間帯の久里浜線内完結の運行は「普通」表示で良いんじゃないかと思いますね。
頑なに普通を運行しないですね。
@@OffOnE7E8 さん更に謎設定なのが三崎口始発特急京急久里浜行と、快特京急久里浜行が有るんですよね。使用する車両によっての違いなのか・・・
そんな駅あるのか
タイトルを見たとき京成電鉄の成田湯川駅(停まるのはアクセス特急だけ)を連想しました。
成田湯川も全列車が優等列車ですね。ただJR成田線普通は全通過...
品川~三崎口の普通列車に乗って見たかった。
所要時間が長そうですね。
関係無いですがドレミファインターバルは消滅しましたね。
4:43 どんだけ抜かされるねん!?
朝ラッシュ時は待避駅で1〜3本に抜かされるので下手したら20本超えてます。
優等だけど、各停扱いですやん。
これがもし小田急だったら、三崎口発【普通:京急久里浜行】→京急久里浜で【快特:泉岳寺行】ってな具合で途中駅で種別変更なんてこともやりそうですね(もちろん京急久里浜までの区間の車内放送で「この電車は京急久里浜から快特の泉岳寺行きとなります。」と流れる)。
京成でも同じような事やってますね。
今の小田急に習うなら普通泉岳寺行き→京急久里浜から全車両、快特泉岳寺行きとなります今の小田急と京王は最終行先を常に表示して種別を変える手法です(小田原発で急行新宿行き、新松田から全車両、快速急行新宿行きは日中帯ほぼ全てで行われています、開成に止めたいけど快速急行停車駅とはしたくない為)京王はこの手法と同じ物がだいぶ時間経ってから設定されていますので……(京王高尾線内に行く改正後準特急として)
YRP野比のび太?
?
余談ですが、
京急沿線に55年以上住んでます。
私が30歳になる頃までは、
快特は
品川、川崎、横浜、上大岡、金沢文庫、
横須賀中央、京浜久里浜、津久井浜、
三浦海岸、三崎口
のみの停車で
京浜蒲田、金沢八景は日曜日のみ停車。
分岐駅の堀之内は通過。
三崎口や三浦海岸を先に出発した
上りの特急が堀之内で退避して、
後発の快速特急が
通過しながら抜いていくと言う、
特急が快速特急の通過待ちをすると言う、
光景が見れました。
今となっては信じられない光景です。
ちなみに、快速特急は全て品川始発。
都営地下鉄からの急行川崎行きが
品川に快速特急発車の数分前に発車して、平和島で快速特急の通過待避待ちを
していました。
情報ありがとうございました。
@@OffOnE7E8
クーガーさんの切り口が大好きで、
いつも楽しく拝見してます。
これからも頑張って下さい。
ありがとうございます!
「普通」もさることながら「急行」の「意地でも逗子行き」にこだわる理由も一体何なのでしょうね。
一時期だけでも良いからグレー、青も含めた全てのラインが三崎口まで到達している路線図が見てみたいものです。
普通列車が久里浜以南に来なくなったのは京急の輸送目的に変化があったからと言われています。以前は快特も久里浜線内に通過駅があり、普通列車は優等の間を縫う形が今よりも濃かったのです。それが三浦海岸の人気が減り、羽田に輸送力をかけたい京急は、蒲田を高架化し、わざわざ遠い三崎口まで普電を走らせてる暇が無くなりました。代わりに快特と特急の停車駅を増やして速達性を落とし対応したそうです。
因みに昭和末期から平成初期に掛けては京急長沢と野比(現YRP野比)は快特は通過でした
情報ありがとうございます。
豊橋駅に 停車する 名鉄電車(「名鉄線」とは 言っていないので 注意!)は,普通列車が 1日 0本です。飯田線の 線路に 乗り入れているため,乗り入れ制限が あるからです。
以前紹介しました
ruclips.net/video/ge2YHJuqgqI/видео.html
名鉄-飯田線供用区間は
日本トップクラスに
面白い区間だと思います。
昔は平日の昼間限定で普通電車が三崎口まで来ていた時もありました。
当時(1996~1999)の平日の昼間の久里浜以南の久里浜線は20分に一本の特急、20分に一本の普通というダイヤが基本で、平日の昼間の快特は全て久里浜始発でしかも20分に一本と本数も今と比べて少ない印象でした。
ちなみに休日の久里浜以南は20分に一本の快特、20分に一本の特急というダイヤでその当時は快特に限り久里浜線内で通過運転を行っていて(特急は各駅停車)、停車駅は三崎口、三浦海岸、津久井浜、久里浜、横須賀中央とかなり飛ばしていました(後に野比、長沢も止まるようになりました。)
普通電車が久里浜線に来たおかげで、20分間隔でしか電車が来ない駅の乗車機会が増えました。
@@ひらがな-w9u そうですね。
それでいうと成田スカイアクセスの印旛日本医大-空港第二ビル間もアクセス特急かスカイライナーしかない
かつては快特は完全な京急久里浜止まりで7月1日から8月31日までの臨時運転で野比と長沢通過で三崎口まで運転でした。
快特が日中だけ通年運転になった時に普通三崎口も久里浜行の延長でやっていました。
久里浜線の普通を浦賀行に変えたので堀之内と久里浜線通過駅にも停車になりました。
記憶が曖昧なので確かこうだったと思いました。
1995までの夏の休日ダイヤは1時間に快速特急6本、特急3本。普通車は京急久里浜止まりでした。(通常は快速特急の久里浜行き3本、特急の三崎口行き3本、普通車久里浜行き3本)
春や秋の観光シーズンは快速特急が三崎口まで延長(横須賀中央からは京急久里浜、津久井浜、
三浦海岸停車)。その時だけは京急久里浜での快速特急と特急の接続がありませんでした。
その後1996~1999は久里浜行きの普通車が三崎口まで延長。平日の快速特急は京急久里浜止まりのままでした。
今のように全列車が堀ノ内から各駅停車になったのは1999年から。その時に昼間の特急が無くなりました。
自分が生まれて時には快速特急が
既に快特になっていたの詳しくは
知りませんが、久里浜線内通過運転の
列車がもっとあればなと
個人的には思います。
@@OffOnE7E8 さま
90年代はよく京急で横須賀や三浦に行っていました。
ただ、当時と比べてレジャー志向の変化やクルマ社会の浸透を考えると快特の各駅停車化はやむを得ないかもしれませんね。
かつてに比べて本数が倍増したこと、快特に一本化したことは地元にとってはありがたいものです。
このご時世においても関西の私鉄のように減便しないのも京急の有り難みを感じます。
10月から京急久里浜-三崎口の平日10時から15時の時間帯において、現行の10分間隔の運転が20分間隔に半減されます。
休日ダイヤは現行通りの10分間隔の運転です。
@@鈴木誠-i6l さま
驚きましたね。昼間の乗車率が1割台だとか。
直通先の成田湯川駅もアクセス特急しかない優等列車専用駅
しかしJR成田線は全通過
ジエイアール成田湯川駅つくれば
昼間の川崎~文庫の12両快特の運用廃止は、運用効率の悪さや人件費とかではなく、金沢文庫での増結車の事故が原因みたい。
実家は三崎口、私は久里浜在住で無くてはならない公共機関です。
横浜までどっちで行く?京急一択なのは解説の通りです。
三浦市は過疎化が進み、また来月で油壷マリンパは閉館なので
複線にしなかった、&延長しなかったのは鋭い先読みと言えるでしょう。
仰る通りで
延伸していたら過疎化進行具合が
もっと遅かったかもしれませんが、
さらに長期的に見たら
正しい判断だったと思います。
モーニング・ウィング、何気に久里浜線の定期列車では初の京急久里浜駅を通過する設定なんですよね……
普通電車が来ていた頃、堀ノ内での優等列車接続もあったかどうかイマイチ覚えていないのですが、確か無かったんじゃないかな……なんだか不便だったのは覚えています。
その頃の名残も、今や4・6両の停止目標くらいでしょうか?
(8/31追記)結構誤解を招いてしまっているようなので、表現を変えました。大変失礼致しました。
年齢イコールで久里浜以南在住の身ですが、快速特急の堀ノ内の低速通過、北久里浜の通過電車専用の踏切の表示灯、京急久里浜で特急を待たされる乗り換え待ち……幼い頃の思い出でした。
ウィング号設定前
快特に通過設定が1999までありました
@@OffOnE7E8 え、京急久里浜でですか?
@@ひらがな-w9u ちょっと表現がおかしかったですね、すいません。
久里浜線を、ではなく、京急久里浜駅を、でした。
三崎口〜京急久里浜間は、種別表示無しでもいいです。
京急は種別毎に制限速度が設けられているそうです。
かつては品川発の「普通」三崎口行もありました。
また「特急」が主力だった時代は特急が堀ノ内から先の各駅に停車、「快速特急」が横須賀中央〜京浜久里浜(現在の京急久里浜)間の途中駅を通過、更に野比(現在のYRP野比)、京浜長沢(現在の京急長沢)を通過していました。
それはそれで便利そうな
通過設定ですね。
私が子供の頃の快特の停車駅は、
品川・京浜川崎・横浜・上大岡・金沢文庫・横須賀中央・京浜久里浜・津久井浜・三浦海岸・三崎口でしたね。
@@rui_koshigawa 様へ
私もその時代を知っています。
支線乗り換え駅の京浜蒲田(現在の京急蒲田)、金沢八景、堀ノ内(快特が行かない浦賀方面が本線ですが)も通過で、車掌によっては品川〜京浜久里浜間を53分で運転する旨の車内放送もありました。
懐かしいですね。
@@特急日本海-m3n 様
空港線が空港接続の機能をしていなかった時代ですね。
青物横丁・鮫洲・立会川が高架化工事中だった記憶があります。
懐かしいです。
かつては観光シーズンの休日(日曜と祝日)のみ快特が三崎口まで乗り入れていました。
普段は京急久里浜~三崎口は特急が1時間に3本のみ。快速特急が京急久里浜で特急に接続する形でした。
三崎口まで普通車が入った時代は逸見で快速特急に抜かれ、そのお客を横須賀中央で受け、堀ノ内で浦賀行きの普通車に連絡。さらには京急久里浜でその快特が特急に接続するダイヤでしたので快特にお客が集中していました。
こんな末端区間でも110キロ出すのはさすが。うちの近所の相鉄なんか横浜市内なのにのんびり走っているよ。
特急新設のお陰で
スピードアップした気がします。
相鉄本線特急はほんとに便利
相鉄線は本線では最高速度は時速100キロ。特に曲線の多い横浜~二俣川は特急でも85キロ。のんびりとは言うよりその速度が精一杯というところです。
相鉄は線形見てもわかるくらいにはカーブ多そうとわかるのと横浜〜二俣川は本数が多いのも原因となります
(それに合わせて二俣川以西も設定されているくらいには全長が短い路線)
京急とはいえこの区間は単線もあるし、本数も落ち着いているからこそ速度を上げられる
東武スカイツリーライン(東武伊勢崎線)の押上駅も普通は設定されてないですね。
まあ、同一駅扱いのとうきょうスカイツリー駅は普通列車が沢山出てますが。
確かに曳舟ー押上は
普通がないですね。
成田湯川を思い出した
成田湯川も普通がないですね!
ただJR成田線の普通は全通過ですがw
かつては夏期にYRP野比(当時は野比)で快特が交換し、下り上り共にドアが開かないこともあったそうです。(停車駅は品川→京急蒲田(休日のみ)→京急川崎→横浜→上大岡→金沢文庫→横須賀中央→京急久里浜→津久井浜→三浦海岸→三崎口)
快特が久里浜線内で通過駅があったのも遥か昔のことになってしまいました。
マリンパーク号があったのも良き思い出。
石勝線みたい
あと名古屋本線豊橋も
元久里浜の者だけど、普通(黒)は浦賀に行く電車って認識がわりと地元民にはある。
快特が通過運転してた頃の普通三崎口行きとか違和感しかなかった。
久里浜線完結の短距離特急、快特は言わば「車両の取り替え」ですね。
阪神電車でも神戸三宮から高速神戸方の各停区間しか走らない「特急」がありますが、終着から折り返し特急大阪梅田行き運用になる事と、普通列車をジェットカーと呼ばれる青い車両に特化している為、普通の種別にしていないものと思います。(阪神なんば線のみ例外)
普通車両と急行車両を
完全に分けているのも珍しいですね。
@@OffOnE7E8 阪神電車は特に本線がもともと軌道線(路面電車に準ずる路線)として開業した名残から駅間が短いので、各駅停車は加減速が優れたモーターでなければならないとしてジェットカーが開発されたそうですよ。近鉄や京阪など、特急だけ違う車両を使う鉄道は当たり前にありますが、普通列車だけ違う車両を使うというのは阪神以外にはなかなか聞きませんね。
ただ、近鉄南大阪線のラビットカーも同様の理由で開発されたとか(登場当時は急行などの通勤型車は戦前製造のボロボロな車両ばかりだったそうな)。
久里浜−三崎口間は1994年頃までは日中は特急が20分間隔で走っていただけでしたが、この区間の利便性向上のため久里浜止まりだった普通列車が三崎口まで延長するダイヤ改正が行われました。
その後1998年に快特が久里浜線内各駅停車になり、また日中の特急を廃止して快特が10分毎に走るようになったため、この区間の普通列車が廃止されたと記憶しています。
1800番台がA快特運用に代走で入ってる
都営出禁になった今となっては珍しいな
2016年頃までしか1800の
乗入れはなかったですね。
1890もこのまま京急内だけの
運用になりそう。
今気づいたけど4:32に映ってる新1000形の番号が...
元三浦海岸住民です。
うろ覚えなんですが、80年代後半?辺りまで三浦海岸駅1番線ホームの高架部分の付け根辺りに木製階段の名残りがあったように記憶しています。
あれは、海水浴シーズンの臨時改札口だったんでしょうか?
今度調査します。
三崎口行った事無いから
この動画で色々知れて良かった
2100形の座席電動転換も
見られる駅になってます!
それは面白い
個人情報で恐縮ですが、横須賀生まれ(最寄り駅は汐入)の私が鉄道好きになった原点は京急です。
特に上りで横浜を出てからJRとのつばぜり合いが好きでした。
子供ながらに、いとこが住んでた浦賀に行くときに、本線だということに違和感を持ってました。
そのあたりも解説していただきありがとうございました。
堀ノ内ー浦賀と大師線は
京急車しか走らない区間なので
独特な感じがして好きです。
@@OffOnE7E8 なるほど、確かにそういうことなのですね。
三浦海岸ホームって、誰も触れないよね。
昭和の海水浴ブーム名残を。
三浦海岸も昔と比べたら随分廃れましたからね、バブル崩壊から急激に人口が減少しましたから
昔の東武日光線、鬼怒川線の特急連絡列車を思い出させるパターンですね。もっとも、東武は通過駅あった気がしますが。
上今市は通過ですね。
久里浜駅の作りや久里浜から先の運行形態阪急神戸線の三宮から先に似てる
総武線の新日本橋・馬喰町も快速しか止まらない
快速と通勤快速だけですね。
優等列車専用の地下駅ですね。
同じ理由で三河島、南千住も
案内上は全部快速ですね。
子供の頃は土日に普通京急久里浜行きもそこそこありました。
その頃は快特は羽田空港駅がなく、京急蒲田を通過して、金沢八景も通過、久里浜線内は新大津、北久里浜、野比、京急長沢を通過してました
しかも快特はほぼ京急久里浜止まりで特急三崎口行きに連絡してました〰️
品川で
特急三崎口→普通浦賀→急行川崎→快特京急久里浜みたいな感じが定型だった気がします(笑)
大分運行形態が変わってますね。
東武線の押上〜曳舟も急行と準急しか来ない。
1駅で短いとはいえ、東武線における珍区間
以前聞いた話ですが、京急の場合、
普通=4両または6両
快特、特急=8両
と言う運行管理になっているそうで、各駅に止まる電車でも、8両編成で運行される場合は「特急」、「快特」の種別になるようです。
実際には私も見てないのでわかりませんが、かつての普通三崎口行きは、恐らく旧1000形の4両か6両編成車、又は800形(6両固定)で運用されていたのではないでしょうか。
loo-ool.com/rail/KH/00/20210812/#dialog
これの33行路は
京急8両車で普通運用があります。
さらにかつては6両800形の快特も
あったのでその説は違うと
個人的には思います。
@@OffOnE7E8 さん
情報ありがとうございます。現在、羽田空港〜蒲田の線内運用で8連の普通運用があるのですね。800形の快特運用も昔あったのですね😮私の場合、800形の優等列車運用は逗子線急行しか見たことがありませんでしたね…
私は長崎出身→1990年から進学で埼玉県草加市住まい→1998年から都内在住→2005年から福岡市住まいの者です。
私がその話を聞いたのが90年代末期位でした。確かに言われれば当てはまるなあ、と納得してましたが、現状はどうも違うみたいですね。
普通車の三崎口行きは品川からずっと各駅に止まるので4両か6両でした。
逸見で快特に抜かれ、横須賀中央で快特のお客様を受け、さらに堀ノ内で浦賀行きに連絡するスタイルでした。
その頃の快特は京急久里浜止まりで特急の三崎口行きに連絡。クロスシートの2000系が中心だったこともあり、お客様は快特に集中していました。
堀ノ内発浦賀行きって朝に結構あるけど特急と普通の違いはなんなんだろう...。
8両が特急で6両が普通とかなんですかね?
おそらくそうですね。
小田急小田原線も本厚木〜新松田も同様ですね、でもこちらは末端区間ではなく、途中駅ですが…笑
本厚木ー新松田は
各駅停車ありますが。
98年まで、三崎口まで普通があったのは確かで、しかも、それモ1~2年くらいの短期間だった。今は1時間当たり6本あったが、夏期の休日ダイヤては快特6本に特急3本の計9本を運行していた事がある。ただ、快特は三浦海岸折り返しで、久里浜から、三浦海岸、(昭和55年から、長沢)までの単線区間に、詰め込みダイヤをしていた。
三浦海岸の駅の1番線の長いホームがその名残です。
津久井浜~三浦海岸間は開業当初から複線です。
めちゃくちゃ古い話ですが、1970年代終盤の頃は、三崎口駅を発車する列車はすべて特急でした。
今回ご紹介いただいたように、久里浜行きの特急も多数あり、子供ながらに違和感があったのを覚えています。
あと「なぞなぞ」で「特急なのに各駅に止まる列車は何でしょう?」という問題を出されたとき、
ある程度鉄道を知っている人は「新幹線こだま号」と答えるし、正解もどうやらそれだったようなのですが、
ひねくれ者だった私は
「京浜急行の三崎口発京浜久里浜行き!!(≧∇≦)」←当時は「京急〇〇」ではなく「京浜〇〇」と言っていた
・・・と、答えていましたww
もちろん周りの人間、全員「キョトン」ですwww
ちなみに私は、そういう年齢ですww
その頃に海水浴で三浦海岸に行ったことがあります。ミュージックトレインが走っていた時代でした。
平日だったので臨時快速特急もなく特急が1時間に3本だけ。夕方だったので京浜久里浜での快速特急との接続無し。しかし驚いたのは八景で快速特急に追い抜かれたことでした。
その後90年代に通勤で京急を使いましたが、八景で快速特急が特急を抜くと言うのは健在でした。
偵察お疲れ様です。
ありがとうございます。
普通が無い❓路線。
丸で、名鉄本線の国府❓〜豊橋(一部分JRと共有。マジでカオス)
で、豊橋発着は〜
普通が無い❗
三崎口の先は、2本止められる留置線でも良かったと思うんですけど…環境保護を含めると難しそうですね
久里浜に車両基地があり、
三浦海岸に引き上げ線があるので
必要無いかと思います。
ん~⁉️🤔 途中で【種別変更】する列車より合理的だと思うがなぁ。
郊外の客への利便性を考えたら、こっちの方が良いと思う🤔
ただ、現在のように快特連発で【特急停車駅の意味がない】のは止めて欲しいが😑
朝方の久里浜での上り接続は朝ラッシュでWING号と品川行A快特で出した2100を、H特急と交換して泉岳寺までのA快特として出すためにやってます。
逆に夕方は2100のA快特を久里浜で3ドア車と交換し、帰宅ラッシュ帯のWING号に合わせ品川に送り込むという感じです。
遠近分離で優等列車しか走らない区間って結構多いですね。
JR西なんて誤解を避ける意味で関空快速等では各駅停車区間では「普通」に変更しています。
通勤用車両で運行している優等列車ではなく、特急・急行料金を取る本当の優等列車だけしか走らない区間は相当少ないかと。ぱっと思いつくのは新幹線かな?
浦賀に優等1本あることにびっくり
朝だけあります。
早朝に堀之内で待ってたとき、浦賀方面から2100来てバグかと思ったw
昔は、快特は野比と長沢は止まらなかったな〜
30年以上前にはそうでしたね(何時変更になったか記憶にないです)
当時は津久井浜に住んでいたので優越感でした。
@@pekadon_sevilla2008
私は、産まれてからずっと三浦海岸ですが三浦ビーチ号とかも懐かしい思い出です。😊
@@しゅんしゅん-f7z さん
そうですね。
あの頃は今の季節になると、あの広いホームでさえ
海水浴客でごった返してました。
当時は駅近のスリーエフでバイトしてたので懐かしいわぁ。
YRP野比のYRPは、横須賀リサーチパークの頭文字を取って付けられました。
末端区間になりますからね。
優等列車だけで足りてしまうのだと思います。
複線化の敷地があっても手を付けてないとこみても、京急は十分だと思っているのでしょう。
個人的には完全複線化、三崎漁港までの延伸をやってほしいんですけどね。
むしろ末端区間なら
編成の短い列車がピストン運行
するようなイメージがありますが
地下鉄からの直通優等列車が
次々とやってくる久里浜線は
独特だと思います。
油壺までの延伸は、何年か前の京急の決算報告で完全に諦めた旨が書かれてました。
共用駅ですけど名鉄豊橋駅も普通の発着がゼロでしたね。この駅は容量の問題が大きいのですが。
登録者100人くらいの時に
紹介しました!
➡︎ruclips.net/video/ge2YHJuqgqI/видео.html
名鉄は普通列車がなく
飯田線は普通が通過する
かなり面白い区間ですね!
でも実質久里浜線内普通みたいなもんなんよな(どのみち堀の内で接続があるし)
車掌の停車駅案内でも「堀の内までの各駅と、~」のような案内になっていますし
余り記憶に無いけど・・・八景か新町で特急が快特の通過待ちが有った気がする・・・
昭和60年代には、金沢八景で特急が快特の通過待ちをしていました。
その他の年代は利用していないので、わかりません。
@@F.FAN46 さん
やっぱ有りましたよね
品川からの優等が本線ではなく久里浜線に振られているのは元々は三浦海岸などを目的とした行楽輸送のためだと聞いたことがあります。また、京急において優等列車に多く使われる8両編成の電車の大半が久里浜の車両基地に所属している、というのも関係しているでしょうね。
関西で言う近江今津〜敦賀間の大半が新快速なのと似てますね
理由は違いますが
確か数年前に京成車も三崎口に来てました
定期でアクセス車両が
京成高砂➡︎三崎口
三崎口➡︎成田空港で運用されてましたね
懐かしい!
半蔵門線 スカイツリーラインの押上みたいなものか。。
準急と急行のみしか通らない
C-ATSの都合で普通では無くエア急以上の種別にしてるんじゃなかったけな。
三浦海岸のホテルで都営車見た!
5506f
普通だからって「各駅停車」とは
言ってないんですけどね
三崎口発久里浜行きの快速特急って素直に普通にしろよって思うけどね。各駅停車の優等列車って誤解するだろ。
種別で最高速度設定が違うのも
理由の1つだそうです。
えー優等列車しか来ないとこなんてあるんだーっておもったら地元やん
あんまり上りWingいがい堀之内から各駅に泊まるから気にしてなかった
久里浜以南が一切普通が無いのは
意外でした。
高評価👍✨
高評価ありがとうございます。
@@OffOnE7E8 さん
はい、どういたしまして😆👍️➰
快特三崎口行きで~す
堀ノ内から先は各駅に停まりま~す
次は新大津で~す
京急って、面白いですね。
始発駅から終着駅まで“各駅”に停まるにもかかわらず、「特急」や「快特」と言った“優等種別”になっているのが不思議です。
又、逗子線内完結の「急行」も各駅に停まっていました。
同感です!
実は直通先の京成にも
通過駅無しの快速があるそうです。
それを優等列車専用と呼ぶにはやや誇張しすぎなのでは。
なぜでしょうか?
優等列車しか来ていないのは紛れもない事実です。
堀ノ内から列車が普通に種別変更とかなら話は別ですが。
貴方が自分に納得のいく説明ができる事を期待します笑
変わってないなあ
人口減少で変えようがないんだろうけど🥴
一瞬トマムと占冠かと思った
あの区間も特急専用ですね。
18切符でも乗れて便利です。
ただ日豊本線の佐伯ー延岡が
18切符で特急乗れないのが
不便すぎる気がします...
成田湯川も
成田湯川はアクセス特急全停車で
JR普通全通過ですね!
三崎口~京急久里浜間は一部区間が単線区間な上、普通列車の設定がなく特急と快特が全駅に停車するしかないのです
名鉄と似てますね。豊橋からは快速特急、特急、急行のみの発着で、各停は隣の伊奈から、準急は豊川稲荷からの発着になりますね。
ruclips.net/video/ge2YHJuqgqI/видео.html
名鉄はネタの宝庫ですね!
今はあるか分からないですが京急2100形を使用した泉岳寺始発の特急浦賀行きもありますね🤔
まだ残ってますね。
京急久里浜~三浦海岸、三崎口間の列車は「普通」に表示した方が!「快特」「特急」は堀ノ内~三崎口間は全て各駅停車だから
京急の場合、快特と特急は8両、普通車は4両か6両の上に最高速度が異なるのであえて分けているものと思います。
かつては通勤快特(文庫まで特急、そこから品川まで快特)という種別があり、下りの送り込み列車も通勤快特を名乗っていました。今の列車番号の末尾がBの列車がそれにあたります。
かつての事を挙げるなら
6両の快特もありましたが
@@OffOnE7E8 さま
コメントありがとうございます。
6両の快特と言うのは一時期羽田空港から京急川崎あたりでありましたね。しかも4つドアの800系もあったとか。
昭和の終わりごろまでは都営浅草線に直通する特急が6両でした。休日の下りの品川で2両増結して8両になったのを見たことがあります。
堀ノ内~三崎口間の列車も「普通」にした方が良いですね。
相鉄の二俣川~海老名も長らく急行(早朝深夜を除く)だけだったけど、快速、特急、JR直通、そして普通も走るようになりました。
以前も早朝深夜帯は各停が
若干ありましたね。
今はあまりレア感無いですね。
京王相模原線も、
日中は、橋本発は
若葉台行
(車庫)へ入る
列車と16時発
調布行の
1本以外
各停はありません。
相模原線内全停と
つつじヶ丘しか
停まらない
快速つつじヶ丘行
なる変態列車が
存在します。
なお下りは日中
準特・区急・快速
のみです。
橋本発つつじヶ丘行き快速は、
調布駅地下化改造以前に存在した各停調布行きの代替です。
地下化改造で調布駅にあった引き込み線が消滅したので、
折り返しをつつじヶ丘駅に変更、車両運用合理化のため
調布より先の途中駅を通過する快速に設定した。
1日1本の都営車による快特も取り上げてもらえると嬉しかったです。
19時56分発快特印西牧の原行きです。
久里浜以降、全種別が各駅に停車するなら珍しい例では無いのでは……?
幕すら変えない鉄道会社はそんなにないんじゃないですか。
@@涼宮ハルヒ-g6u
幕を変更するっていうのは種別を普通に変更するってことですよね?
優等種別は末端区間で各駅に停車していくのが定石なのかと……
動画内で言っているように
ウィング号は通過しますし、
全種別が各駅に停まるのが
珍しいのではなく、
普通が存在しないのが
珍しいと言っています。
優等種別ではあるけど、実質、各駅停車。(笑)
久里浜〜長沢、三浦海岸〜三崎口は単線だから(今もそうかは知らないけど)
阪急宝塚線(雲雀丘花屋敷→宝塚)も朝7:45以後終電迄全て急行だけです(実質普通)。家族で三崎口まで出掛けた当時、2000系が現役だった。京急久里浜駅まで通過駅があった。
もっと昔は久里浜より先にも通過駅があった。ただし快特自体が基本久里浜どまりだったため久里浜より先の通過を見ることはほとんどなかったが。
阪急宝塚線はJR宝塚線の複線電化により戦前からの独占状態が崩れてJRに対抗するために特急や快速急行を走らせていた時代があったものの、JRの尼崎の事故以降スピード競争よりも沿線顧客をこまめに拾う方向に転換したという事情があるのでは?
横須賀や三浦のようにほぼ京急で独占できるところ(JRはやや遠回り)とは事情が異なります。
宝塚線は早朝深夜に上り
早朝のみ下り普通があるみたいですね。
終夜運転の時は普通が
大増発されるみたいですが
普通久里浜行、また三崎口行は京成押上線内でも見ることができますね。
押上で列車種別が変わるんですよね。
京急久里浜線路線図普通列車京急久里浜までなってますね。
正確な路線図で良いと思います。
夜間帯の久里浜線内完結の運行は「普通」表示で良いんじゃないかと思いますね。
頑なに普通を運行しないですね。
@@OffOnE7E8 さん
更に謎設定なのが三崎口始発特急京急久里浜行と、
快特京急久里浜行が有るんですよね。
使用する車両によっての違いなのか・・・
そんな駅あるのか
タイトルを見たとき京成電鉄の成田湯川駅(停まるのはアクセス特急だけ)を連想しました。
成田湯川も
全列車が優等列車ですね。
ただJR成田線普通は全通過...
品川~三崎口の普通列車に乗って見たかった。
所要時間が長そうですね。
関係無いですがドレミファインターバルは消滅しましたね。
4:43 どんだけ抜かされるねん!?
朝ラッシュ時は待避駅で
1〜3本に抜かされるので
下手したら20本超えてます。
優等だけど、各停扱いですやん。
これがもし小田急だったら、三崎口発【普通:京急久里浜行】→京急久里浜で【快特:泉岳寺行】ってな具合で途中駅で種別変更なんてこともやりそうですね(もちろん京急久里浜までの区間の車内放送で「この電車は京急久里浜から快特の泉岳寺行きとなります。」と流れる)。
京成でも同じような事
やってますね。
今の小田急に習うなら
普通泉岳寺行き→京急久里浜から全車両、快特泉岳寺行き
となります
今の小田急と京王は最終行先を常に表示して種別を変える手法です
(小田原発で急行新宿行き、新松田から全車両、快速急行新宿行きは日中帯ほぼ全てで行われています、開成に止めたいけど快速急行停車駅とはしたくない為)
京王はこの手法と同じ物がだいぶ時間経ってから設定されていますので……
(京王高尾線内に行く改正後準特急として)
YRP野比のび太?
?