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やっぱり、ファンキーさんの一人語りが、1番よく感じるのは、私だけでしょうか。
同感です。
ファンキーさんの語りは落語を聞いているような面白さと心地よさがあると思います。
タップリでありがとうございました!寄席で聴いてるような臨場感と上下、たまに笑い有り「城西の中村」はクスっとさせて頂きましたよw
今の時期、北海道のダンプ屋さんは一所懸命、除雪された雪を運んでくれてます。感謝しかないです🙏
ファンキーさんのお話とても上手で 感心しました。また頑張ってお話されてくださいね🎵
このシリーズは本当に良いですね!毎回楽しみにしております👻🌙
ダンプ屋さん?に関しては全く知らない世界なので勉強になります!にしても完全な事故物件ですが人によって物事の捉え方は人それぞれなんですね〜
「お前誰だ」😱が超怖いファンキーさん😭怖いですよーもう
おはようございます😃ダンプ、長距離トラック、仕事でドライバーしている方達、全てを尊敬、感謝しております❤
仕事もですが、ドライブがてら田舎に行くと、必ず廃屋ってありますよね?何十年も相続権があやふやになっている物件だとは思うのですが、意外にも忘れ去られた昭和の事件跡だったり何か埋まってる?的なのが多そう…と、聴きながら過去の気になる物件に思い巡らしました。幼少の頃に、幽霊をよく見た廃屋跡で実際に人骨出て来たので…今でもトラウマです。ちなみに私の叔父は、コテコテのダンプ屋です!w
ファンキーさん やっぱりファンキーさんはお話上手ですよね〜😊 ホントウタマロ師匠かと思いました。今で言う『告知義務違反の事故物件』ですよね…身内だからそう思えないのかなぁ〜😅大家さんも泊まってみたら良いのに…私は,若い頃 いろんな音が聞こえるタイプでしたが…目の前に見えるのも怖いですが😨声だけするのも本当に怖いですよ😱😱😱
そっ…それは…😱💦貸す側と、借りる側の意識の違いが大き過ぎて…💦でも、こういう考え方の違いがあるから、事故物件を借りて 心霊体験をする人が後を絶たないんだろうなぁ…😅と、しみじみ感じたお話でした💦
関東便やってた頃は深箱の袖ヶ浦ダンプをよく見かけてたなぁ。今にもバーストしそうな勢いのタイヤで高速道路をゆっくり走る姿は迫力ありましたねw今も深箱ダンプは常磐道でたまに見かけるけど、夏場は特にバースト怖いでしょうねw
うちは運送会社です☺️事務員ですが、みなさん本当に大変です😢ご苦労様です🙏という思いで仕事しています。だから車、トラック、ダンプの話大好きです☺️たくさんお話聞きたいです❤
比較的長い話だけど、落語調のテンポ、結局最後まで聞かせてくれてしっかり怖い、ありがとうございます😺
ファンキーさんの話は、失礼だけど本来の怪談に移行しても怖いけど、あのまま普通にトラック話でもイイ感じする。語りが上手いから、経験値のない仕事話が最高👍
懐かしい話、自分も今から35年位前に乗ッてた32m3位でしただから走る道路も限られた、過酷な時間スケジュールでした自分は栃木から都内に配達し、帰りは関東の何処かで残土を積み栃木に行き、残土を下ろしてから又製品を積み都内の自宅に持ち帰り次の日の朝都内に配達、当時は工事現場に直に配達する事もあッた、立派なゼネコンの現場でした、留部計算の為鉄の棒を刺し深さを図る事もあった、金にはなったが休みが無い、本当に休みは月2日位でしたが1年8ヶ月位で辞めました、免許が危ない
やっぱ自殺は残る思いが半端ないなあ孤独死なんて問題にならないよ
普通に事故物件😅
甥っ子がそこで亡くなっているのに「それだけの事ですよ」と言えてしまうって、なんだか怖いですね😱
それだけ恨んでいたのではないでしょうか。いくら身内でも。
世の中には、そんな事故物件が沢山あるんでしょうね。😅そんな大家さん基準だと、事故物件って、どんだけヤバイ物件になるんでしょう?👻👻👻
早く言ってほしいですよね。自分の甥が命をたっただけ、って、、、立派な事故物件。
まあ、他人から見たら事故物件でも、所有者からしたら身内が亡くなっただけってこと
その家ってのは結局完全な事故物件だったんですね。それにしても大変なところに住んでしまったものだと思います。冒頭のダンプの踏切事故って92年に起こった成田線大菅踏切事故ですかね?この事故でダンプの過積載が騒がれました。あの頃は私千葉市内に住んでいたのでよく覚えています。が、あれで亡くなったのは普通仕業中の113系電車の運転士で、潰れたキャブ内で立ったままだったそうで救出に数時間も掛り搬送中に死亡されたとか。ダンプの運転士は存命で後に業務上過失致死傷罪で逮捕されたと記憶しています。この事故をきっかけに千葉管内の113系電車は全面にステンレスの強化板が取り付けられ鉄ちゃんからは「鉄仮面」と呼ばれることになったのでよく覚えている次第です。
大菅踏切事故は裁判で運転手、荷主、砕石会社に一億余の損害賠償の判決が出ていますね。現在は踏切自体は廃止されて道路を高架にして立体交差になっています(1998年完成) かつての踏切跡の側には亡くなった電車の運転士を供養するためか小さな地蔵が置かれていてたまに関係者でしょうか、お供えがしてあるそうです😢
場違いなお話であり、本まで出版されているファンキーさんにご指摘するのは誠に恐縮ですが、木根さんのチャンネルで「骸骨の因縁」を拝聴しました。多分お聴きするのは2回目かと思います。大変面白い話だと思っております。ただ、一点だけ…教諭→きょうゆ教論→きょうろん→この様な言葉は有りません。誠に僭越ではありますがご指摘させて頂きます。余計なお世話でしたらご容赦下さい。これからもご活躍下さいます事を祈念しております。
中村さん、お疲れ様です🙇♂いつも、お話聞かせて頂き有難うございます。 自分も4㌧平ボディ、ウイング、3㌧ユニック乗ってますが、ダンプ屋さんは毎日、夜中からバンバン走られて本当にお疲れ様ですと言いたいです。いい話には、中には何かありますね。 デコトラやダンプ屋さんの話になると、ワクワクしながら聞いてます
どうして自死したのか…はっきりとした理由はわからず…、今でも出てくるとは、何かしらの思いも残してんですかね。🙄
1991(平成3)年てちょうど自分が生まれた年だ😂
まだ甥っ子さんはあの家に居たんですね😖だから誰だお前はーって問いかけていたんですね😱幽霊もわがままですね自分で命を絶っておいて何でここにいるんだってって言われてもねー😩
ある事情で急遽借家を探さなければならなくなっていた時、知人のお爺ちゃんが勧めてくれた離れ。「身内が首○りしたんだけどね~。昔の話だから気にするな 😊」と豪快に笑っていてドン引きした事があります。同じ感覚なのでしょうねぇ😅😱
おじいちゃん1番可愛そうw
やっぱり、ファンキーさんの一人語りが、1番よく感じるのは、私だけでしょうか。
同感です。
ファンキーさんの語りは落語を聞いているような面白さと心地よさがあると思います。
タップリでありがとうございました!寄席で聴いてるような臨場感と上下、たまに笑い有り「城西の中村」はクスっとさせて頂きましたよw
今の時期、北海道のダンプ屋さんは一所懸命、除雪された雪を運んでくれてます。感謝しかないです🙏
ファンキーさんのお話
とても上手で 感心しました。また頑張って
お話されてくださいね🎵
このシリーズは本当に良いですね!毎回楽しみにしております👻🌙
ダンプ屋さん?に関しては全く知らない世界なので勉強になります!
にしても完全な事故物件ですが人によって物事の捉え方は人それぞれなんですね〜
「お前誰だ」😱が超怖い
ファンキーさん😭怖いですよーもう
おはようございます😃ダンプ、長距離トラック、仕事でドライバーしている方達、全てを尊敬、感謝しております❤
仕事もですが、ドライブがてら田舎に行くと、必ず
廃屋ってありますよね?
何十年も相続権があやふやになっている物件だとは
思うのですが、意外にも忘れ去られた昭和の事件跡だったり
何か埋まってる?的なのが多そう…と、聴きながら
過去の気になる物件に思い巡らしました。
幼少の頃に、幽霊をよく見た廃屋跡で
実際に人骨出て来たので…今でもトラウマです。
ちなみに私の叔父は、コテコテのダンプ屋です!w
ファンキーさん やっぱりファンキーさんはお話上手ですよね〜😊 ホントウタマロ師匠かと思いました。
今で言う『告知義務違反の事故物件』ですよね…身内だからそう思えないのかなぁ〜😅大家さんも泊まってみたら良いのに…
私は,若い頃 いろんな音が聞こえるタイプでしたが…目の前に見えるのも怖いですが😨声だけするのも本当に怖いですよ😱😱😱
そっ…それは…😱💦
貸す側と、借りる側の意識の違いが大き過ぎて…💦
でも、こういう考え方の違いがあるから、事故物件を借りて 心霊体験をする人が後を絶たないんだろうなぁ…😅と、しみじみ感じたお話でした💦
関東便やってた頃は深箱の袖ヶ浦ダンプをよく見かけてたなぁ。
今にもバーストしそうな勢いのタイヤで高速道路をゆっくり走る姿は迫力ありましたねw
今も深箱ダンプは常磐道でたまに見かけるけど、夏場は特にバースト怖いでしょうねw
うちは運送会社です☺️事務員ですが、みなさん本当に大変です😢
ご苦労様です🙏という思いで仕事しています。だから車、トラック、ダンプの話大好きです☺️たくさん
お話聞きたいです❤
比較的長い話だけど、落語調のテンポ、結局最後まで聞かせてくれてしっかり怖い、ありがとうございます😺
ファンキーさんの話は、失礼だけど本来の怪談に移行しても怖いけど、あのまま普通にトラック話でもイイ感じする。語りが上手いから、経験値のない仕事話が最高👍
懐かしい話、自分も今から35年位前に乗ッてた32m3位でしただから走る道路も限られた、過酷な時間スケジュールでした
自分は栃木から都内に配達し、帰りは関東の何処かで残土を積み栃木に行き、残土を下ろしてから又製品を積み都内の自宅に持ち帰り
次の日の朝都内に配達、当時は工事現場に直に配達する事もあッた、立派なゼネコンの現場でした、留部計算の為鉄の棒を刺し深さ
を図る事もあった、金にはなったが休みが無い、本当に休みは月2日位でしたが1年8ヶ月位で辞めました、免許が危ない
やっぱ
自殺は残る思いが半端ないなあ
孤独死なんて問題にならないよ
普通に事故物件😅
甥っ子がそこで亡くなっているのに「それだけの事ですよ」と言えてしまうって、なんだか怖いですね😱
それだけ恨んでいたのではないでしょうか。いくら身内でも。
世の中には、そんな事故物件が沢山あるんでしょうね。😅そんな大家さん基準だと、事故物件って、どんだけヤバイ物件になるんでしょう?👻👻👻
早く言ってほしいですよね。自分の甥が命をたっただけ、って、、、立派な事故物件。
まあ、他人から見たら事故物件でも、所有者からしたら身内が亡くなっただけってこと
その家ってのは結局完全な事故物件だったんですね。それにしても大変なところに住んでしまったものだと思います。
冒頭のダンプの踏切事故って92年に起こった成田線大菅踏切事故ですかね?この事故でダンプの過積載が騒がれました。あの頃は私千葉市内に住んでいたのでよく覚えています。が、あれで亡くなったのは普通仕業中の113系電車の運転士で、潰れたキャブ内で立ったままだったそうで救出に数時間も掛り搬送中に死亡されたとか。ダンプの運転士は存命で後に業務上過失致死傷罪で逮捕されたと記憶しています。この事故をきっかけに千葉管内の113系電車は全面にステンレスの強化板が取り付けられ鉄ちゃんからは「鉄仮面」と呼ばれることになったのでよく覚えている次第です。
大菅踏切事故は裁判で運転手、荷主、砕石会社に一億余の損害賠償の判決が出ていますね。現在は踏切自体は廃止されて道路を高架にして立体交差になっています(1998年完成) かつての踏切跡の側には亡くなった電車の運転士を供養するためか小さな地蔵が置かれていてたまに関係者でしょうか、お供えがしてあるそうです😢
場違いなお話であり、本まで出版されているファンキーさんにご指摘するのは誠に恐縮ですが、木根さんのチャンネルで「骸骨の因縁」を拝聴しました。
多分お聴きするのは2回目かと思います。大変面白い話だと思っております。
ただ、一点だけ…
教諭→きょうゆ
教論→きょうろん→この様な言葉は有りません。
誠に僭越ではありますがご指摘させて頂きます。
余計なお世話でしたらご容赦下さい。
これからもご活躍下さいます事を祈念しております。
中村さん、お疲れ様です🙇♂いつも、お話聞かせて頂き有難うございます。
自分も4㌧平ボディ、ウイング、3㌧ユニック乗ってますが、ダンプ屋さんは毎日、夜中からバンバン走られて
本当にお疲れ様ですと言いたいです。
いい話には、中には何かありますね。
デコトラやダンプ屋さんの話になると、ワクワクしながら聞いてます
どうして自死したのか…はっきりとした理由はわからず…、今でも出てくるとは、何かしらの思いも残してんですかね。🙄
1991(平成3)年てちょうど自分が生まれた年だ😂
まだ甥っ子さんはあの家に居たんですね😖だから誰だお前はーって問いかけていたんですね😱幽霊もわがままですね自分で命を絶っておいて何でここにいるんだってって言われてもねー😩
ある事情で急遽借家を探さなければならなくなっていた時、知人のお爺ちゃんが勧めてくれた離れ。「身内が首○りしたんだけどね~。昔の話だから気にするな 😊」と豪快に笑っていてドン引きした事があります。
同じ感覚なのでしょうねぇ😅😱
おじいちゃん1番可愛そうw