+cu da ムキになっての反論ではありません(^^;)唯物論は「過去」を捉えるときは、現在にとっての過去として現在から遡及して、過去そのものを変形させることはしません。ネオナチがヒトラーを歴史的必然性としてその現れを捉えたり、当時(過去)には様々な多岐な選択肢があったのに、以降の様々な歴史的な契機過程の因果系列を捨象してしまって、あたかも現在に至る必然性であったかのようなとらえ方(おうおうにして宗教的な…)はしません。現在の我々にとってはそこに過去自身が厳然として在るために、=現在から過去を視ると一本の因果系列のみが在るためにそう視てしまう(信長の過大評価など…)。過去は現在の我々が当為的な面で捉えるのではなく、あくまでそこに在った過去自身を・その事象を存在論的に記述する…と習いました。過去を殺すというなかなかの文学的表現は素晴らしい言葉ですね。過去を変形させるよりもインパクトがあって、論理を語ろうとする我々にとって、情動に左右する言葉ですね。国会でももの凄く論理的に語られる議員が橋下徹氏が一喝したら引き下がってしまうようなタイプの方には効きますね→「お前らは歴史を殺すだろうが、バカタレ…」とか言うと、学者は引きます(T_T;)
谷川俊太郎の訃報を知ってここに来ました。やはり本田路津子さんの歌声が一番いいです。もともとはベトナム戦争の反戦歌だったそうですが、こんな時代の今こそ多くの人に聴いて欲しい歌です。
ご冥福をお祈りいたします。
谷川俊太郎さんの訃報を聞いて、50年以上前、たまたま聴いていたラジオから流れてきた本田路津子さんの歌うこの曲を思い出しました。
世界各地できな臭い争いが続いているこの時代に、谷川さんの想いを改めて噛み締めたいと思います。
戦争の悲惨さ、無惨さを有りのままに歌にしたのです。戦争はそれでも世界のどこかで繰り返されています。生きていく為に人はまた立ち上がる。希望もみる。そして小康するとまた戦争。こんな不毛な非生産な日常を諌める為にあるのが反戦歌なのです。更に戦争は関係を持たないあらゆる人々を捲き込みます。その意味からも本田路津子さんの清らかで可憐な歌声が戦争に関わりを持たない人の悲しみをも際立たせているのです。
本田さんの歌声は最高です!
気持ちの入れように
感激が混ざりあいます。
なんとも物悲しい名曲、素晴らしい歌唱力に感動しています。心に染み入るような本田さんの歌声は凄いですね‼
数多くの名歌手たちが歌っており合唱にもなっていますが、歴史に残る名曲だと思っています。
この歌は世界中の人すべてが口ずさむ歌だと思います。
アップありがとうございます。すばらしい。谷川俊太郎の詞、武満徹の曲、そして透明感あふれた本田路津子の声、珠玉の取り合わせですね。ちょうど半世紀前、1965年の作と思いますが、いまこそ顧みるべき歌かと思います。
寂しい情感の世界歌声、歌詞
ツラすぎますですね🍀ツラすぎますですね🍀私達が出来る事は、何だろうと思っています。
平和で過ごせる感謝、大切ですね。有り難いです。
本田路津子さんの声が好きです、この歌初めて聞きました、
歌詞が心に刺さります、
戦後生まれですが、経験したかのように、涙がにじみます。
合唱でよく聞きましたが本田さんの歌もいいですね。作詞が谷川俊太郎さんだとあらためて知りました。
今日、学校の旅行で広島へ戦争について学びに行きました。その時被爆ピアノの演奏とともにこの曲を歌ってもらいました。私はまだ若く、戦争の経験が全くありませんが、この歌に激しく心打たれました。戦争は何も残さない、絶対にすべきじゃないものとこれから先もその事を心に刻み毎日の些細なことにも感謝していきたいです。
ほぼ独学でこんな悲しみに溢れた素晴らしい曲を作れるなんて
武満さんは本当に偉大なお方だと思う。
独学なの関係なくね笑笑
ガザで虐殺が行われている今こそ、この歌を!
なぜこの歌は、明るく終わるのだ
輝く今日(安い給料、高いアパート代、苦しい生活)
また来る明日(老人になっては、見こめない年金、まだ残るアパート代)
今日は乗り切った、明日は来ないかもしれない
こんな日本に誰がした
それでも未来を夢見よう。それが人間。
いろいろな歌手が歌ってきたが本田さんの歌ったこの録音が一番悲しく響く。
アレンジもストリングスが美しくも儚い。
う~ん 凄く良い・・・
亡くなった親父を思い出しました。
確かに親父が残したものは妻一人と子ども(である自分)一人で、「他には何も残さなかった」気がします。
中島みゆきの『愛だけを残せ』は、この歌に近いものがありますね。
辛すぎます、
人間の隣には必ず人間が居る。服役中の「座右の銘」です。
ベトナム戦争の時の歌ですが、これからの日本に意味のある歌となるかもしれませんね。
+カンシケツ What does it mean? … (T_T) I agree.
この歌、今日の合唱コンクールで3年8組が歌っていました!もっと男子の声が強い感じでした。後伴奏無しでした。でも銀賞でした。凄く上手かったのに…(私は1年ですが)
後藤新平の「金を残す者は下、書を残す者は中、人を残す者は上」という言葉を思い出しました。
大東亜戦争(≠太平洋戦争)で散って逝った彼らはきっと・・・・
すばらしい!!!!
ありがとうございます
Чудесная песня. Попробую перевести стихи на русский.
聴いていただきどうもありがとうございます。
本家は森山良子でしょうか?いろんな人がカバーしてるようですが、やはり歌詞がいいからかな。ベトナム戦争の反戦歌、谷川俊太郎、武満徹と大御所の歌、いいですねえ。最後の輝く今日というのは、谷川さんの皮肉と捉えましたが違うかな。いずれにしても、50年経った今の日本にこそ必要な歌ではないかと思います。
本家は高石ともやだと思います。当時のシングルレコードを買いました。
クラシックの武満徹の曲ですから歌曲としての作品でしょう、ですからポップスのように本家とかという立場は無く、カバーと言う言葉も当てはまらないでしょう。
この歌を聞きながら、断捨離したら、仕事はかどるだろうか。しずしずと……
仕事が、はかどる
さびしいよ~
+ymsk2209 確かに~ただ、明日のこない夜はない…。しかし、失ったものや、過去自身はもう現れないのだが、今の私は全く違うとらえ方をする。(幼い頃汽車に母と汽車に飛び込んだがとっさに助けられて現在に至る。(これは単なる自己の話だが)今夜はもう遅いから、続きは、1年以内に続きを書く。
続きを忘れていた~^^;
魂に流転再生などあり得ないとしたら…なぜに、お互いに「いま」と「ここ」に生まれている!?奇蹟というよりも不可思議の領域。45億年の彼方に現象したお互いは「人間界」の寂しさ・苦しさなど、それも「生」のツマみたいなもの…しっかり見て、味わってから逝こう。
ひょっとして、この歌の話だったらごめん。
私は癌になったのに死に損なっています。
残せるものはなんなのでしょうか?
「残したものは何もない」という絶望的な詩。夢や希望を語らないのはダメだ。
本田路津子さんは白血病なくなられた歌手dすかあ? コメントお願いします。🧓👱♀️
存命で、各地の教会でゴスペルを歌っておられます。白血病に罹ったことはないと思います。
この曲メロディは好きだけれど
歌詞が好きでないのです
歌詞が直接的であるが故に、
好き嫌いが分かれてしまいますよね。
けど、僕はこの歌詞好きですよ
生命保険?
4番5番とどんどん政治臭くなってく曲ですね。「死んだ歴史」って意味がよくわかりませんが。歴史を「殺す」のはそう…唯物論者ですけどね。まあそういう変な風潮が支配的だった時代に書かれた曲と理解しておけば良いのかもしれません
+cu da ムキになっての反論ではありません(^^;)唯物論は「過去」を捉えるときは、現在にとっての過去として現在から遡及して、過去そのものを変形させることはしません。ネオナチがヒトラーを歴史的必然性としてその現れを捉えたり、当時(過去)には様々な多岐な選択肢があったのに、以降の様々な歴史的な契機過程の因果系列を捨象してしまって、あたかも現在に至る必然性であったかのようなとらえ方(おうおうにして宗教的な…)はしません。現在の我々にとってはそこに過去自身が厳然として在るために、=現在から過去を視ると一本の因果系列のみが在るためにそう視てしまう(信長の過大評価など…)。過去は現在の我々が当為的な面で捉えるのではなく、あくまでそこに在った過去自身を・その事象を存在論的に記述する…と習いました。過去を殺すというなかなかの文学的表現は素晴らしい言葉ですね。過去を変形させるよりもインパクトがあって、論理を語ろうとする我々にとって、情動に左右する言葉ですね。国会でももの凄く論理的に語られる議員が橋下徹氏が一喝したら引き下がってしまうようなタイプの方には効きますね→「お前らは歴史を殺すだろうが、バカタレ…」とか言うと、学者は引きます(T_T;)
+cu da 勘違いした。スマン。唯物論と書いているのではなくて、唯物論者の(狂人)←出来ればこれがいい。)と書いてある…正しい。スターリン、毛沢東、チャウシェスク、ポルポト等々 確かに~過去自身を人もろとも抹殺しまくった。
よく「歴史は繰り返す」って言いますよね。
人間はすぐ「仕方ないよ、人間ってそういうものだから……」みたいなことを訳知り顔で言うけど、そこを疑うことが大事だと思います。
過ちを繰り返すのではなく、その先に行くために。
だから、過去によってボロボロに傷付き、生々しい記憶が残っていても「死んだ歴史」と言う必要があったのではないでしょうか。
まっさらな「あなた」「わたし」として、新しい生を踏み出すために。