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私にとって父の眠るお墓は心の拠り所です。永代供養の集合墓地ですが何かあるたびに自分のために報告に行っています。そこに父がいるようでとても心が癒されます。10代遡れば誰にでも1024人のご先祖様がいるのですよね。この命に感謝。私がいなくなるとその墓を継ぐものもいなくなるのかもしれませんが私にとっては大切な場所。ありがとうございます。
墓じまいや樹木葬が増えてますね。先月、私の祖父母の墓参りに行ったらお隣が墓じまいされていました。昨年は高校時代の恩師の葬儀があったのですが樹木葬でした。時代の流れなんでしょうね。
毎日、欠かさず大愚和尚様のお話に、心を癒されております❤私共のお寺は、中部地方の由緒あるお寺様ですが、葬儀か法事の時に、和尚様から、少しお話が聞ける程度で、いつお墓参りや御布施を届けに行かれても、一切お目に掛かることも無く、余り、有り難みを感じた事がありません。大愚和尚様から福厳寺の佇まい、自然豊かな、敷地内の様子、又お墓の其々の特徴等、言葉で聞いておりましても、映像のように脳に描き出され、こお言う場所で、死後眠りに付きたいと思いました。永代供養のお話も大変興味深く、実の所、家も娘二人が長男に嫁ぎ私たちの代で、墓じまいをしなくてはならない状況です。実際、娘達には、墓じまい迄、私達に残さないでね、とクギを刺されております。私も、主人もガンを煩い私は、運良く、ガンは寛解状態となりましたが、半年毎に検診日がありますが、主人は難しいガンなので、動けるうちに、墓じまいをと、考えておりましたが、主人にそのきがなく、結局は、又、私の仕事になりそうでーす。主人は、のんびり屋と言うか人任せ主義と言うか、残された時間を楽しむのもよしなのですが、やっておくべき事は、身体が動く内に少しずつ、片付けて頂きたいのです。私は、おひとり様になったら、一応、福厳寺を下見に行き、ご住職様と良くお話しさせて頂き、決めたいと思っております。どうぞ宜しくお願い致します。😊今後も、沢山の仏様のお知恵を交えて、お話しを伺える事を楽しみながら、自分も死に向かう準備を進めてまいりたいと思います。もし、ご縁が有りましたら、眠りの場を、提供頂けると嬉しいです☆ありがとうございました♪
素晴らしいお説法でした。死と生のみならずあらゆることに通じると思います。人を大切に思い、自分を見つめる。これぞ人間の道ですね。ありがとうございます。
はじめまして。昨年兄が亡くなり 実家じまいし次は墓じまいをと考えております。私は祖母 母 父そして兄を見送りました。近々お寺さんと相談する予定になっていて 永代供養について慎重な心構えが必要だと感じて どのようにこちらの思いを伝えたらいいのかと 日々悩んでおりました。お話のように永代供養は親不孝ではないと伺い 背負っていた悩みから開放された気持ちになりました。永代供養は生きている自分達の為と心に決めて 進めたいと思います。ともしび説法に導いてくれた事に ご先祖様にも感謝です。またコメントを寄せたいと思います。これからも宜しくお願いします。
大事なお話ありがとう御座いました。永代供養は、先祖様に対して失礼じゃないのですね。悩むところでしたが心すっきりしました。
1年前、宗教の違いで、墓じまいをするかしないかの話しが1年前に有りました。姉達は東京在住、私は広島、お墓は姉達がやっている宗教です。お墓は広島に有ると言う事で、嫁がご先祖様を大切にしたいと言ってくれて宗教は関係なく引き受けてくれる事になりました。ご先祖様がいたから主人がいて、子供が生まれた、有難い、、、感謝と言う根本的な考え方で、言葉と行動が変わる姉達と嫁とのやり取りでした。嫁を誇らしく思えた、姑の私は、この嫁を大切にしようと思えた時でした、感謝😊
画像を拝見させて頂き心が決まりました。私の回りでは、まだ65歳でご主人や息子さんが居て、すでに、墓じまい、仏壇じまいをお済ませした友達がいます。私は弟と2人暮らしで、跡を見る人が居ません、弟に今は墓じまいの話しをしたら凄い悲しい顔をしてました、弟が建てたお墓ですし、そこには、5歳亡き兄と両親が入っています。今でも、お参りに行っています、仏壇も毎日、お花、お茶、🍚、御供え物などをしております、何か有ると、ご先祖様に拝み心のより何処としてます、私の代で締めなければなら無い事は分かりますが、今は出来ません、何故か私の心が痛むのですよねー。
生きてる人間が大事。 そのうち人は必ず死ぬって事は忘れてはいけない。
自分自身の在り方、姿勢…お墓参りでさえ?ご先祖様からの生きることに対するありがたい学びなのだと思うと、感謝しかありません☺️ありがとうございました🙏😊
ありがとうございました。
自分の祖母が亡くなった時、法要の時ご住職が同じ様な事を言ってた事を思い出しました。法要は亡くなった人の為というより生きてる人の為にあるって言っていました。法要を通して死を見つめ直したり自分自身を見つめ直す機会だと
こなち5ぬにたなたちにたまみあ
素晴らしいお話をありがとうございます。親不孝どころか自分不幸、大変胸に染みました。今よりどれだけ過酷な世の中で命を繋いできてくださったか、100年前になると御先祖様は1万人をこえるのだそうです、2世代前しか私は名前も知りません。命のバトンを今生きている、その奇跡とありがたさに頭があがりません、お墓参りへいくようになり感じたことです。素晴らしいお話をお話下さり本当にありがとうございます。私は幸せに生きること、感謝を忘れない、生き方が御先祖様になるよう精進します、いつも素晴らしいお話感謝しております。
大愚和尚様のお話しはいつも感謝で学ばせて頂いています。日々、生活する中で迷いがたくさん有ります。少しずつ迷いが解消出来ている事は有難く、感謝です😊
ご住職の説法をお聴きして悩んでいました。有り難うございました。
少子化が止まらない時代の流れの中、一体誰が墓守をするのか。金銭的な問題も現実にある。両親が亡くなってもそれは姿が見えないだけ。いつの時も私の心の中に元気でいる。いつも見守ってくれている。そう思うことができれば気持ちは楽になりますよ。
本当にありがとうございました!
良いお話しでした。おっしゃる通りだと感じます。お話し聞けて良かったです。
今父親があと少しの命と言われてます。僕は独身で後継がいません。なので合葬墓にしようと思っています。供養は市営の霊園なのでお花と線香で手を合わせるぐらいしかできないんですが、お墓がないのに戒名を授かってお位牌に書いてもらって家で供養しても差し支えないんでしょうか?
お墓じまいとは本来、墓地に複数ある戒名墓(1人戒名墓・夫婦墓)を合祀(○○家之墓)にすることを表していました。言葉の響から墓じまい=墓石撤去処分となったことは寂しく思います。また棹石の供養についても蔑ろにされている現状についても思うところが多々あります。
結局、墓じまい、永代供養は、ご先祖よりも生きている家族、親族の問題です。
穏やかな口調でとても聞きやすかったです。仏教はインド発祥なのにその土地、国の背景文化に沿って変遷されていったのですね。私の父は生前から戒名を持ち合わせていました。死というものを真正面から受け入れたんだと思います。それが悟りというのでしょうか。頭の中では理解できても実際なかなか受け入れがたいです。
同感、同意します。
私には子供が居ますが息子夫婦には子供が居ません。本当は主人の両親と兄夫婦が遠方のお墓に入っています。若い頃はせっせと通えたものも、歳をとると主人の運転も心配なってきましたし、自分自身もしんどくなって来ました。嫁が私達と同じ車に乗ることが出来なくなりました。コロナ禍もあり今年の盆は息子達だけに参って貰いました。義兄が亡くなった事によって、私達が全部お位牌を受け取りました。
見えない、努力をしてしまいました。
死に対する腹を決めると言うことは命のレッスン生がはっきりすると死がはっきりする。
うちは守るお墓二つあってその分支払いも二つ
お骨を備蓄する様になってから問題が増えた。土葬であれば朽ちるだけなのに
檀家してる寺の和尚は時計を見せびらかしたり葬儀費用に文句を言ったりします(女性に対してしかしない)。自分の代で墓仕舞いするか悩んでいます。こういう相談ってどこにしたらいいんだろう。
坊主いらないでしょ不要😮
複数人の男性と一緒に和尚様のとこに行くとか…ですかね…😢
すいません。主人にも今の動画を観て貰ってたので。続きを書きます。遠方の墓は墓じまいをして、8人で一緒に入れる永代供養墓を建てようかと思っていましたが、それは難しく、やっぱりやむを得ず四人には合祀墓に入って貰う事も考えています。息子が私が入院した間主人のご両親にお世話になった事もあり、毎年欠かさずお墓参りにお盆だけは参ってくれます。草引きもして墓石も磨いてくれます。そんな息子の気持も大切にしてやりたいと思って、もしかしたら息子が通える間はそのお墓を残して、合祀墓に移すお金を渡してやっといて、私達は四人で入れる永代供養墓を建てようかとも考えています。主人は七十四歳、私は六十六歳です。最近義の兄が亡くなり、中山家の位牌を全部引取世話をしています。そういうものなんですね。お墓に参る事によって自分の死を見つめ生を見つめる事が出来るんですね。私だって本当は8人で這入れたら最高だと思いますが、永代供養墓を2つ建てるのも費用が掛かりすぎて無理です。最後に息子がお墓に参る事によって自分の生というものを考えてくれてたら有り難いと思います。私はじっかのお墓の方が近いのに長年よう参って居ません。せめて両親が入ったら参りたいです。でも将来合祀墓に入るらしいです。嫁ぐと本当に自分がこの世に存在するご先祖さんにお参りすることが難しくなって反省しました。私は近くに中山の墓を移したらもっと回数参れる様になれるからと思って考えましたが、合祀墓でも参っても聴して貰えるんですね。でも、本当は辛いです。良いお話を聞かせて頂いて有難うございました。学びになりました。
世界に珍しい日本の徳川からの慣習に在る。体裁の按配で安堵?今の境涯で各自識るべき😅
私にとって父の眠るお墓は心の拠り所です。
永代供養の集合墓地ですが何かあるたびに自分のために報告に行っています。
そこに父がいるようでとても心が癒されます。
10代遡れば誰にでも1024人のご先祖様がいるのですよね。
この命に感謝。
私がいなくなるとその墓を継ぐものもいなくなるのかもしれませんが私にとっては大切な場所。
ありがとうございます。
墓じまいや樹木葬が増えてますね。
先月、私の祖父母の墓参りに行ったらお隣が墓じまいされていました。
昨年は高校時代の恩師の葬儀があったのですが樹木葬でした。
時代の流れなんでしょうね。
毎日、欠かさず大愚和尚様のお話に、心を癒されております❤
私共のお寺は、中部地方の由緒あるお寺様ですが、葬儀か法事の時に、和尚様から、少しお話が聞ける程度で、いつお墓参りや御布施を届けに行かれても、一切お目に掛かることも無く、余り、有り難みを感じた事がありません。
大愚和尚様から福厳寺の佇まい、自然豊かな、敷地内の様子、又お墓の其々の特徴等、言葉で聞いておりましても、映像のように脳に描き出され、こお言う場所で、死後眠りに付きたいと思いました。
永代供養のお話も大変興味深く、実の所、家も娘二人が長男に嫁ぎ私たちの代で、墓じまいをしなくてはならない状況です。
実際、娘達には、墓じまい迄、私達に残さないでね、とクギを刺されております。
私も、主人もガンを煩い私は、運良く、ガンは寛解状態となりましたが、半年毎に検診日がありますが、主人は難しいガンなので、動けるうちに、墓じまいをと、考えておりましたが、主人にそのきがなく、結局は、又、私の仕事になりそうでーす。
主人は、のんびり屋と言うか人任せ主義と言うか、残された時間を楽しむのもよしなのですが、やっておくべき事は、身体が動く内に少しずつ、片付けて頂きたいのです。
私は、おひとり様になったら、一応、福厳寺を下見に行き、ご住職様と良くお話しさせて頂き、決めたいと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します。😊
今後も、沢山の仏様のお知恵を交えて、お話しを伺える事を楽しみながら、自分も死に向かう準備を進めてまいりたいと思います。
もし、ご縁が有りましたら、眠りの場を、提供頂けると嬉しいです☆ありがとうございました♪
素晴らしいお説法でした。死と生のみならずあらゆることに通じると思います。人を大切に思い、自分を見つめる。これぞ人間の道ですね。ありがとうございます。
はじめまして。
昨年兄が亡くなり 実家じまいし次は墓じまいをと考えております。私は祖母 母 父そして兄を見送りました。近々お寺さんと相談する予定になっていて 永代供養について慎重な心構えが必要だと感じて どのようにこちらの思いを伝えたらいいのかと 日々悩んでおりました。お話のように永代供養は親不孝ではないと伺い 背負っていた悩みから開放された気持ちになりました。永代供養は生きている自分達の為と心に決めて 進めたいと思います。ともしび説法に導いてくれた事に ご先祖様にも感謝です。
またコメントを寄せたいと思います。
これからも宜しくお願いします。
大事なお話ありがとう御座いました。永代供養は、先祖様に対して失礼じゃないのですね。悩むところでしたが心すっきりしました。
1年前、宗教の違いで、墓じまいをするかしないかの話しが1年前に有りました。
姉達は東京在住、私は広島、お墓は姉達がやっている宗教です。
お墓は広島に有ると言う事で、嫁がご先祖様を大切にしたいと言ってくれて
宗教は関係なく引き受けてくれる事になりました。
ご先祖様がいたから主人がいて、子供が生まれた、有難い、、、
感謝と言う根本的な考え方で、言葉と行動が変わる
姉達と嫁とのやり取りでした。
嫁を誇らしく思えた、姑の私は、この嫁を大切にしようと思えた時でした、感謝😊
画像を拝見させて頂き心が決まりました。
私の回りでは、まだ65歳でご主人や息子さんが居て、すでに、墓じまい、仏壇じまいをお済ませした友達がいます。私は弟と2人暮らしで、跡を見る人が居ません、弟に今は墓じまいの話しをしたら凄い悲しい顔をしてました、弟が建てたお墓ですし、そこには、5歳亡き兄と両親が入っています。
今でも、お参りに行っています、仏壇も毎日、お花、お茶、🍚、御供え物などをしております、何か有ると、ご先祖様に拝み心のより何処としてます、私の代で締めなければなら無い事は分かりますが、今は出来ません、何故か私の心が痛むのですよねー。
生きてる人間が大事。
そのうち人は必ず死ぬって事は忘れてはいけない。
自分自身の在り方、姿勢…お墓参りでさえ?ご先祖様からの生きることに対するありがたい学びなのだと思うと、感謝しかありません☺️
ありがとうございました🙏😊
ありがとうございました。
自分の祖母が亡くなった時、法要の時ご住職が同じ様な事を言ってた事を思い出しました。法要は亡くなった人の為というより生きてる人の為にあるって言っていました。法要を通して死を見つめ直したり自分自身を見つめ直す機会だと
こなち5ぬにたなたちにたまみあ
素晴らしいお話をありがとうございます。親不孝どころか自分不幸、大変胸に染みました。今よりどれだけ過酷な世の中で命を繋いできてくださったか、100年前になると御先祖様は1万人をこえるのだそうです、2世代前しか私は名前も知りません。命のバトンを今生きている、その奇跡とありがたさに頭があがりません、お墓参りへいくようになり感じたことです。素晴らしいお話をお話下さり本当にありがとうございます。私は幸せに生きること、感謝を忘れない、生き方が御先祖様になるよう精進します、いつも素晴らしいお話感謝しております。
大愚和尚様のお話しはいつも感謝で学ばせて頂いています。
日々、生活する中で迷いがたくさん有ります。
少しずつ迷いが解消出来ている事は有難く、感謝です😊
ご住職の説法をお聴きして悩んでいました。有り難うございました。
少子化が止まらない時代の流れの中、一体誰が墓守をするのか。金銭的な問題も現実にある。両親が亡くなってもそれは姿が見えないだけ。いつの時も私の心の中に元気でいる。いつも見守ってくれている。そう思うことができれば気持ちは楽になりますよ。
本当にありがとうございました!
良いお話しでした。
おっしゃる通りだと感じます。
お話し聞けて良かったです。
今父親があと少しの命と言われてます。僕は独身で後継がいません。なので合葬墓にしようと思っています。供養は市営の霊園なのでお花と線香で手を合わせるぐらいしかできないんですが、お墓がないのに戒名を授かってお位牌に書いてもらって家で供養しても差し支えないんでしょうか?
お墓じまいとは本来、墓地に複数ある戒名墓(1人戒名墓・夫婦墓)を合祀(○○家之墓)にすることを表していました。言葉の響から墓じまい=墓石撤去処分となったことは寂しく思います。また棹石の供養についても蔑ろにされている現状についても思うところが多々あります。
結局、墓じまい、永代供養は、ご先祖よりも生きている家族、親族の問題です。
穏やかな口調でとても聞きやすかったです。仏教はインド発祥なのにその土地、国の背景文化に沿って変遷されていったのですね。私の父は生前から戒名を持ち合わせていました。死というものを真正面から受け入れたんだと思います。それが悟りというのでしょうか。頭の中では理解できても実際なかなか受け入れがたいです。
同感、同意します。
私には子供が居ますが息子夫婦には子供が居ません。
本当は主人の両親と兄夫婦が遠方のお墓に入っています。
若い頃はせっせと通えたものも、歳をとると主人の運転も心配なってきましたし、自分自身もしんどくなって来ました。
嫁が私達と同じ車に乗ることが出来なくなりました。
コロナ禍もあり今年の盆は息子達だけに参って貰いました。
義兄が亡くなった事によって、私達が全部お位牌を受け取りました。
見えない、努力をしてしまいました。
死に対する腹を決めると言うことは命のレッスン生がはっきりすると死がはっきりする。
うちは守るお墓二つあってその分支払いも二つ
お骨を備蓄する様になってから問題が増えた。土葬であれば朽ちるだけなのに
檀家してる寺の和尚は時計を見せびらかしたり葬儀費用に文句を言ったりします(女性に対してしかしない)。自分の代で墓仕舞いするか悩んでいます。こういう相談ってどこにしたらいいんだろう。
坊主いらないでしょ不要😮
複数人の男性と一緒に和尚様のとこに行くとか…ですかね…😢
すいません。主人にも今の動画を観て貰ってたので。
続きを書きます。
遠方の墓は墓じまいをして、8人で一緒に入れる永代供養墓を建てようかと思っていましたが、それは難しく、やっぱりやむを得ず四人には合祀墓に入って貰う事も考えています。
息子が私が入院した間主人のご両親にお世話になった事もあり、毎年欠かさずお墓参りにお盆だけは参ってくれます。草引きもして墓石も磨いてくれます。
そんな息子の気持も大切にしてやりたいと思って、もしかしたら息子が通える間はそのお墓を残して、合祀墓に移すお金を渡してやっといて、私達は四人で入れる永代供養墓を建てようかとも考えています。
主人は七十四歳、私は六十六歳です。
最近義の兄が亡くなり、中山家の位牌を全部引取世話をしています。そういうものなんですね。
お墓に参る事によって自分の死を見つめ生を見つめる事が出来るんですね。
私だって本当は8人で這入れたら最高だと思いますが、永代供養墓を2つ建てるのも費用が掛かりすぎて無理です。
最後に息子がお墓に参る事によって自分の生というものを考えてくれてたら有り難いと思います。
私はじっかのお墓の方が近いのに長年よう参って居ません。
せめて両親が入ったら参りたいです。でも将来合祀墓に入るらしいです。嫁ぐと本当に自分がこの世に存在するご先祖さんにお参りすることが難しくなって反省しました。
私は近くに中山の墓を移したらもっと回数参れる様になれるからと思って考えましたが、合祀墓でも参っても聴して貰えるんですね。
でも、本当は辛いです。
良いお話を聞かせて頂いて有難うございました。学びになりました。
世界に珍しい日本の徳川からの慣習に在る。体裁の按配で安堵?今の境涯で各自識るべき😅