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本日は1時間越えの超大作です!かなり衝撃的な展開が続きますが、じっくり見てください!!サム初の著書『古事記転生』の販売がついにスタートしました!購入はこちらから→ www.amazon.co.jp/dp/4763140272 (考察本ではなく小説です!ご注意ください!)各メンバーのSNSも要チェックでっす!!RUclips消された時のために絶対にフォローしてください!!【語り手サムのSNS↓】linkmix.co/6994400【聴き手マサキのTwitter↓】twitter.com/happypunk8【事務局長くどぅのTwitter↓】twitter.com/DesignShaft
歌川広重の金沢八景にも描いてありますよ
1時間越えに視聴者への愛を感じます!ありがとうございます🎉
😊😊
めっちゃ面白いですね🥰
メリハリのある喋りを願います。勢いで話してるから所々解らない
あまり知られていませんが、出雲國では古くから妙見信仰(北極星信仰)がとても重視されています。私が宮司をつとめている三軆妙見宮・岩根神社は、妙見信仰の霊場でありながら、諏訪信仰をその起源としています。実に不思議ですね。
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こんな昔からいろんな民族が混ざり合ってると思えば、日本人らしさを守ろうとしなくても私達はここにいるだけでどんな姿形でも日本人なんだと思えてきました😊
私の実家方面では お正月に食べるお魚をワニ とよんで 鮫を食べます 方言と思って違和感なく食べてましたが なるほど‼︎食べ物にも歴史がある事 勉強なりました。 代々神道なので 学びながら拝見させていただいてます ありがとうございます
ご実家のあたりの習慣、素敵ですね!歴史を感じます✨稲葉の白兎のお話で、兎が海を渡る時に一列に並ばせたのが鰐=鮫というのを思い出しました😊
子供の頃に婆さんの昔話で「ワニ」って言ってたな。「ワニ〜?」って反応したら「サメのことらしいで」と帰ってきたな。懐かしいな。
すいません!どこの地域なりますか?
言っちゃていいんですか?と言うぐらい素晴らしいです♪大元出版の本を幾つか読んでいる者ですが、難解だったものがピタピタと解読出来ました。youtubeで出雲口伝を検索してもピンと来るものがあまり無く、ツーランドさんの吉田大洋氏のものを観た際もアレレ?感がありました。今回この動画を世に出していただいてとても感謝致します。世の中の古事記を含めた神話に対する考えが驚くほど一変する事間違い無いです。今まで観続けて来て本当に良かった。この動画まで辿り着いていただいて本当にありがとうございます😭
俺は縄文の意志を尊重するために生きて行こうと思う
自分も争いのない世の中にしていく一助になりたいと思っております…まずは配偶者との小競合いから…ですけど(・。・;
スサノオと大国主の古事記・日本書紀との整合性はさておき、スサノオと呼ばれる渡来系の人が酷いことしたけど、結局しそぎ土着したのは間違いなさそうですね。
平和思考はいいが、乱世になると全く役にたたなくなる。また、孫子みたいな思考は、平和時にはほとんど役に立たない。
そんな私見もしかり😂
岩手住みですが、海童と聞いて子供の頃に聞いた話をふと思い出しました。誰に聞いたのかはうろ覚えですが、「悪さをすると海童に連れて行かれるぞ」と。東北と出雲の関係は深いと個人的には思っておりますが、出雲口伝が現代まで言い伝えられていたのだなぁと考えると考え深い気持ちになりますな。
平清盛もなんか、子供を使った組織を作っていたが、徐福と関係があるのかな?
私も岩手人です。夫が山陰の人なので昨年から移住しました。出雲大社には何度も参拝しましたが落ち着きます。岩手と聞き懐かしくコメしてしまいました😊
凍結されていた宮下文書の最終考察も含め、全てを回収するような壮大なストーリーに、ただただ驚き、そしてサムさんの努力に頭がさがるばかりです。
出雲市には猪目洞窟という洞窟があり、黄泉の国と繋がっていると聞いたことがあったのですが、今回のお話の中で大国主が洞窟の中でお亡くなりになったという話しから、昔から洞窟は不吉なイメージがありこのような伝承が残っているのだと考えさせられました。もっと深く知るために何度も見返したいです。
サムさんの語りと考察で、飽きることなく日本の古代史を知ることが出来ています。真偽は確定できないですが、出雲口伝でこういう歴史の見方をしていると知るのは、歴史を豊かに見ることにつながると思います。上から押しつけられた正史よりも、サムさんが解き明かしてくれる豊かな古代史に多くの人が魅力を感じていると思います。今後の考察も楽しみにしています。
徐福は確かに日本に来て日本で亡くなりました。 徐福は紀元前245年に生まれ18年に66歳で亡くなり、八女市の童男山古墳の一号墳が葬られました。 徐福の子の福永は三号墳に、徐福!孫の福萬はニ号墳に葬られています。 これらのことは池田任三氏著の画像解析によって判明した古墳墓碑に記載されています。
出雲出身ですが、子供の頃から聞いていた話と交わる単語が多くあり、そうなのか…という理解をしました。いろんな民族が逃げ逃れて来る地とも言える土地柄なのかな?いづれにしてもよく調べましたね👏👏👏
本で読んでも、わかっていなかった細かいところまで、もう一度深堀できて感動です!出雲口伝を読んでから、出雲を回るとバチバチ当てはまることが多いので、最近出雲市に引っ越しましたが楽しいです😀神様もですが、富家、神門臣家、千家家、北島家の関係も見どころだと思います。結構、読んでいないと明治以降の流れに完全に頭を持っていかれそうです💦何にしても出雲市は出雲大社以外の神社本庁に属していない神社も大切にしてくれると、もっと出雲大社以外も楽しめる街になるだろうなと思います。色々な角度から観れて最高な内容です!!
むちゃくちゃ面白かったです。海童の話を聞いていたときに河童が川に人間を引き込むと言われてる話を思いだし、元々はこの海童から生まれた妖怪なのかなと思いました。
結局人間のルーツはひとつなんだろうな。争う必要もないのに、なんで今の世界はこんなになっているのだろう…みんなで歴史を学べば変わるかな!?
長いのに全然ダレないし最後まで引き込まれる…しかも毎回密度高い
終わってみたら長かったけど、視聴している間は全く気にならないくらいでした。忘れていた人物(神様)や名前が被って混線しそうなところを、ちゃんと拾って整えてくれるところも、いつもありがたいです🙏「じょふく〜」とか「ちょい、ちょい」とかツッコミながら、気持ちよくピタピタはまっていく具合に、にまにましながら楽しみました。壮大で、何周かしないと正しく把握できなそう。お陰で何度も楽しめそうです😊
昔、出雲古伝を読んでましたが、今回ここまで徐福が日本建国に関わっていたとは思いませんでした。今まで徐福と少名彦が一緒の方なのかなと思ってましたが、違うことが分かりました。また、日本全国に残る徐福の足跡で、超重要人物であったことを再確認しました。これだけ古代史に精通して関連付けられるサムさんに感謝です。
四方八方に散らばった数多の情報を集めて吸収して咀嚼して伝えるサムさん、その横で視聴者の「それで?なんで?!」を代弁するように聴きサムさんの語りを盛り上げてくれるマサキさん、耳で聴くだけでは難解な内容を図や年表にまとめ視覚的にサポートしてくださるくどぅさん&スタッフさん(?)。皆さまに感謝です。動画の内容については簡潔に感想言えません。だって食べても食べても減らないおにぎりみたいに内容がミチミチなんですもん😂情報過多でお腹パンパンです!
秦始皇帝・嬴政の「実の父親」ではないかとされる呂不韋(りょふい)は、ヘブライ語で「癒し手」の意味を持ち、徐福も「ジョゼフ」が訛った名前だとすれば、始皇帝も徐福も古代イスラエル人であった可能性が高いかも・・・
素朴な疑問なんですが‥ユダヤ人の末裔や古代イスラエルの末裔だとなると、顔や背格好はやはりあちらの顔だったのでしょうか‥?今表されてる顔は中国系の顔になってるので、本当はどうなのかな?と疑問になりました。その辺りの答えはあまり見かけないので、誰かわかる方居ませんかね😂
改めて歴史は人が作ってきたものだと感じました。1時間を超えるビックボリューム!サムさんもマサキさんもクドゥさんも編集さんも本当に本当にお疲れ様です!!!👏✨こんな素敵なお話を世に出してくださり、ありがとうございます!!
今日も凄かった!記紀をはじめたくさんの古文書や色んな氏族の末裔とされる方々のお話や口伝で伝わるお話を明らかにされたり、これが日本だけでなく地球上のあちこちにあって、サムさんはそれらの秘密を暴き暴露しちゃう暴露系配信者。都合よく書いてたってお見通し!益々古代に興味が湧いてきます♪ありがとうございました♪
もう、え〜⁈の連続で何度も停止して考えちゃいました。すっごい面白いな〜、古事記や武内文書で繋がらなかった点と点が繋がっていく感覚!突拍子も無い説なのに、何故か繋がる(笑)それにしても徐福のイメージが180度変わりましたね、これは当時は偽書やら不敬罪やらでまともに扱われなかったでしょうねと納得する内容でした。あーでも無いこーでも無いと娘と古代史トークが止まりません(笑)長いのに一気見で興奮冷めやらず…個人的に、先祖の物部氏に関する話に繋がると興奮します!みんな自分のルーツ(祖先)が分かると古代史や神社巡りが面白くなりますよね!これからも動画楽しみにしてます!いつも楽しい動画を本当にありがとう。
長尺が本当に幸せです!ありがとうございます!
日本の国の成り立ちは大変興味深く、毎回目が離せません!登場人物については自分の中で上手く整理がつかない部分も多々あるのですが、動画を拝見するたびに新たな発見があります。これからも深堀考察楽しみにしています!
徐福の野望など サムさんの深い考察とても面白く勉強になります😣昨日の続きをすごく楽しみにしてました‼️
出雲口伝、熱い考察動画、ありがとうございます。昔からニギハヤヒを追い研究しているのですが、饒速日は徐福と言う説は知ってましたが3度も来日しているとは思いませんでした。30年前に秀真伝の先生が近くに住んでいたのでアマテルの存在を知り、天照大神が男神である事がきっかけになり、近くにある伊勢神宮には誰が祀られてるのかと疑問に思いあらゆる歴史研究者に会って来ました。この出雲口伝も真実味があり、以前から饒速日と大国主の関係性がモヤモヤしてましたが、動画を拝見してピントが合った気がします。しかし、宗像三女神が大国主と徐福とで結婚した経過した時間が長すぎますね。徐福がイチキシマヒメと結婚するには、かなり高齢に近いかと思います。年が離れた三姉妹かも知れませんが、、しかし、イスラエル10支族の末裔、秦氏の話など、以前、秋山眞人氏と竹内睦泰氏との対談で、秋山さんは饒速日が宝物とたくさんの子供と技術者を乗せた天乃磐船、天乃鳥船はUFO説と睦泰さんは天火明命だから海(天)を照らして来た船だと意見が割れてたのを見て笑いました。とにかく徐福は天照国照彦火明櫛玉饒速日命と言う自分の人生をすべて長い名に残したのでしょうね。ところで天叢雲剣は登場しましたが、他の三種の神器や聖櫃(アーク)はどうなんでしょうね。やはり徐福が十種神宝として日本に持ち込んだのでしょうか?出雲口伝には無いようですね。また考察、よろしくお願い致します。
1時間があっという間と感じるくらい引き込まれて観ていました。今までの動画も全て観ています(5周くらい笑)これまでの考察で矛盾していたり、疑問に思っていたことがここへ来てピタっとはまってくることに鳥肌が立ちます。サムさんすごい!そして、動画の中で、全てを鵜呑みにするのはまだできないと伝えているところにも好感。マサキさんの相槌によってテンポよく話が進んで、とても聞きやすく、わかりやすくなっているところもこのチャンネルの魅力であることは間違いない!
大作動画ありがとうございます!私は全く知識がないので、コメント欄を読んでて自分が恥ずかしくなります😭なんとなーく出雲、奈良、北九州…日本の礎?的なイメージはありましたが、神話も暗号すぎてわからないし、学校でも深く習った記憶もないしで。御先祖様の歴史だけど他人事のようでしたが、トゥーランドさんの動画をずっと見てきて、今回、点と点が繋がるような感覚がありました…!私事ですが、先週、急に思いたち出雲大社にお参りしてきて、見て聞いた名前が出てきたからからもしれませんが。(トゥーランドさんの動画を見て興味を持ちました)神話って奥が深いんですね…😮💨そして、いつもマサキさんの、はて?みたいなリアクションに救われています😭マサキさんがはて?となっているところは私もほぼ はて?となっているので…。聞き手の方も『はいはい、あの神様ね〜』というテンションだったら、多分ここまでついてこれてないです🥲サムさんは神話知識が豊富でギャップがすごいです!(褒めている)
スサノオが徐福だとすると、アマテラスさんとかツクヨミさんはどうなっちゃうんでしょう?あと徐福がまとめたという宮下文書はどのタイミングなんでしょう?
古代出雲国があった地域で生まれ、賀茂神社に関わる家で育ちました。子供のころから神社は大好きなのですが、何故か稲荷系はずっと違和感があり、体調も悪くなるので行かないことにしています。家族も同じような感覚があり、ご先祖様と関係があったりするのかな…と考えていましたが、何となく今回の動画で理由が分かった気がしてスッキリしました😊✨
キビツ彦兄弟が2世紀に出雲国の斐伊川上流から鉄が欲しくて侵略してきた。今の賀茂まで侵攻された時点で、西出雲王国は降伏し銅剣をインゴットにしてキビツ彦にさし出して休戦となった。キビ軍の本体はキビの中山に帰ったが、賀茂から来ていた一部の兵は残って住ついたので、加茂(かも)の地名となった。城名樋山周辺は最後の激戦があった所で、戦死した出雲豪族の多くは、中山古墳群に埋葬されたと伝わる。
リアリティが凄い😳神話や童話の一部を想像させるようなお話もたくさん。どんどんイメージが繋がって楽しめるのも、TOLANDVLOG見続けてるおかげです♪サムさん、マサキさん、くどぅさん、いつもお疲れ様です!楽しい時間をありがとうございます😊
出雲口伝シリーズ引き込まれました!!京都市在住で、地場産業の織物の仕事をしており、いわゆる"秦氏"の技術を受け継いでいます。なので、カイコさんがお祀りされている、太秦にある蚕ノ社社と呼ばれる木島坐天照御魂神社によく行きます。そこでは、天之御中主が祀られていて、なぜ"天照"なのか?真名井神社は伊勢の豊受大神の荒御魂という話なのに、天之御中主と習合しているのか?それらの長年の疑問に点で繋がった気がしました。なんだかスッキリ。両親が丹後と亀岡出身の私自身は、道教含む、北極星や北斗七星に惹かれるのも、ルーツと関わりがあったようですね。素晴らしい考察、ありがとうございます!
海童が大国主と事代主を取り囲む様子がかごめ歌とリンクして、ちょっとゾワッとしました
徐福は、本当に不老不死を手に入れたのかもしれませんね、2000年以上たった今でもこうやって思い出されるのですから😊
しかも孫の村雲と言う血筋を使って不老不死を得た。のかもしれませんね。またはその子孫である日本と言う国がある意味で不老不死なのかも。相当な長い時間軸で考えていたのかもしれませんね。
ヒルルクやん
面白過ぎてあっという間に見終わってしまった!映画を1本見たような満足感でいっぱいです。動画有難うございます。
今回も非常に重厚な内容を公開いただき大変ありがとうございました。本来、出自も種族トーテムも異なる徐氏(ウル人、犬トーテム)と秦氏(イスラエル人、牛トーテム)。この新興の渡来2種族が、在来の古代出雲族側からすれば、徐福の渡来として一括りに扱われたのは、彼らの列島への渡来経緯と時期が重なったことに関係しているのでしょう。渡来の最大の要因は、彼ら2種族の避難先であった箕子朝鮮が消滅するという半島での大動乱にあります。半島から押し出された彼らを救ったのは、当時、箕子朝鮮と深く交易していたエブス人(シュメール人、蛇トーテム)が九州で千年立国した倭面土国(豊日国)でした。後の倭国大乱の舞台である九州で、宗像地域が古代出雲族の側に残れたのも、同じ蛇トーテムの古代出雲族に融和的であったエブス人が九州に築いた倭面土国の加護があったおかげと考えます。
サムさんTOLANDのみなさん、今回もありがとうございます!京都亀岡市の出雲大神宮が好きですが、なぜこんな所に立派な出雲系の神社がと思ってましたが、そういうことなのかとわかりました。星信仰やシュメールなど、さらなる考察を楽しみしています。サムさんのお陰で、自分でも考察してみたりするクセがついてきました。
ちょっ、、もう2~3回見ないと、よく分からない😅サムさんの語り口は聞きやすく楽しいのですが、情報が多すぎて脳に入り切れません!💦これをよどみなく語り切る、サムさんの能力が凄いです!👍✨
ノートに書きながら聞いてました!もりもりの濃い情報ありがとうございます!村雲と聞いた瞬間鳥肌でした、何も知らないけど叢雲の剣だと思ったら解説があってびっくりしました。道教がユダヤベースだったとは、過去にご先祖さまから道教のお経を読んで欲しいと言われた時になんで中国の宗教なんだろうと思いましたが、自分はユダヤ系ということだけわかっていたので合点がいきました、スッキリしましたありがとうございます。また北極星から自分は北魂であることは知ってるんですけど、そもそもヤハウェと繋がりはあり、妙見さんだけ霊符を今手元に残しているので今回北極星の情報がたくさん入ってきてびっくりしました。一人では知り得ないことばかりで、ありがたいです。キーワードだけがたくさんきていたので点だったのが自分の中で線になっていったことがあって感謝です。これからも日本の真の姿を教えてください。面白かったですありがとうございます。
今日も楽しかった!久々に大元出版の本読みたくなりました♡ 出雲王朝好きで、青森の三内丸山遺跡から日本海側を旅しましたが、共通点がめっちゃありました🎉
率直に言って真実味を感じさせる素晴らしい考察だと思いました。
これがペトログリフシリーズに繋がってくると思うとやばいですね日本…エグい!しかも出雲口伝にも暗号が散りばめられているのは確実なんでまっだまだ掘れまくれるし、後、記紀編纂した人達相変わらず頭良すぎてすげぇ。
こんなに日本の歴史が面白いと思ったことはなかったです!本当にありがとうございます!
そろそろ各口伝比較したマトリックス表ほしくなってきた
今回の考察より、とにかく長い古代歴史がある事にも関係しているとも言える事がわかった様な感じですね! 日本から世界に渡って行ったと言う事も言われていますので、日本に渡来したと言っても元々は同じ種族とも言えますよね?これからの考察が楽しみです🎉
すごい内容で、観ながら「えー!」の連呼でした😂これまでのサムさんの動画の色んなお話で少しずつ埋まってきていた頭の中のパズルがピタピタと埋まっていく感覚❤おもしろすぎで、昼間もぼんやりあれはこういうことか…ん?あれは…などと、私なりの考察で頭がいっぱいです😂わたしは丹波地方出身ですが、京都の「部」の漢字のつく地名の場所は、昔、秦一族で栄えていたという話を聞いたことがあります。そんな話も脳内ピタピタ~❤サムさんのお陰で古代史に目覚めました❤いつもありがとうございます!
いつもありがとうございます✨そう言えば。。。金屋子神の伝説の中に、金屋子神が降り立ったあと、75人のワッパを連れてきた🤔とありました日本語の音の話かと思いましたが。。。
島根県松江市八雲にある、熊野大社では火鑽り神事が10月に行われます🤔五十猛とスサノオは木を植えて回ったという伝説もあり、たたらで木を切るから木を植えて回ったのが、現在の植樹祭に繋がっていると考えています。。。スサノオはホツマツタヱでは、幼名はハナキネ🤔花、華なのか鼻なのか本当はわかりませんが。。。
出雲口伝ピタピタだし、スムーズに繋がるから解説頂いたところは信じちゃいそうです。母親の実家で育てば出雲色濃く育っちゃいますよね。ある時期まで天皇のお嫁さんは、とある家柄から出す決まりだったとか、天皇は夏王朝起源とか、どこかで聞いたような話も真実味が増してきました。にしても、遡って遡るときりがありませんね。深堀りすることでテポロハウ長老が話していた日本人の金龍が目覚めるきっかけになるのかなと思ったり。
とても面白かったです。徐福の勢力半端ないですね青森の出身で瞳がグレーががった方がいるのですが、一部の地域のみで生まれるらしいです完全日本人で髭の宮様事、三笠宮様は古代史や日本の歴史研究を選考しようとして色んな人に「天皇の系図は調べないように」的なことを言われたらしいです。
俺も見たことある。バーブラ・ストライサンドみたいな感じの子を見たことがある。青森の子だった。
先週、目がグレーの方にお会いしました‼︎20代後半の男性でした。硬派なお仕事されているので、カラコンではないと思います。不思議な透き通った色でした。
いつもありがとうございます。何が真実か?以上に、人の歴史は面白いですね。色々な人の視点によって、真実は違うからそれを知るのは、本当に楽しいです。昔から人は、色々な立場で、一生懸命生きてきたんだなあと、しみじみしました。今もみんながそれぞれの歴史を作っていて、自分もその一人であることが楽しいと思いました。フラットな視点で考察してくださるサムさんの和の心が素敵です。みんな仲良くが良いですね。次回も楽しみにしてます。
文書達はそれぞれが本当で合わせて整合性取っていくと本当の話が分かってくるんですかねスサノオの由来と設定もこれで全部繋がりますね高天原から追い出されるエピソードこんなに腑に落ちる説初めてです。出雲口伝が1番リアリティ感じました。良く行く稲荷神社の脇に龍神が祀られてるのもそういう事なんですかね……複雑な気持ちになりますが、そりゃあイスラエルから認められる訳ですね。ムラクモさんの考察で少し報われたと言うかホッとしました。
ニギハヤヒがあっさり王位譲ったのも納得だし、むしろアマテラスも同一人物に思えてきました…😇
こーんなややこしいのに何故か分かりやすい…サムさんの丁寧な部分と噛み砕く部分のバランスあってこそですね。本当に内容が盛りだくさんで、また過去の動画も見返してみます!ペトログリフシリーズ楽しみにしてます😌!!!
超ビッグボリュームだけどめちゃくちゃ面白かったです!サムさんが日本史の先生だったらみんな日本史好きになりますね😊記紀や古史古伝をパズルみたいに組み立てていって見えてくる「日本」の姿に驚かされました。
この話を是非わかりやすい本にして欲しいです。サムさんのノリで子供が読んでもわかるような図鑑みたいな本がいいですね。あとキングダムみたいなアニメ化とかまで発展して欲しいな。でも皇室関連がらみは難しいかもしれないけど私は逆にもっと世界から愛される日本になると思います。難しけどね。
エンタメとして〜としながらも。ついつい大好き何大国主様のお話。感情移入してしまう〜すっごいのめり込む回でした〜
縄文から弥生へと変わっていくとこの時代が今までよく解らなかったんですが、今回の動画でなんとなく解ってきました。そもそも弥生人て何?大和政権、大和民族って何?渡来人は何系?とか色々謎だったんですが、なんとなく解ってきました。難しくて複雑だからまだ完全には理解出来てませんが、本当にありがとうございました。あと、安曇族についてもどこからの渡来人なのか解らなかったのですが知れてよかったです。海童ってのがめちゃくちゃショックですが…。出雲族かと思ってたから…😢本土日本人に徐福の集団の血が流れてるのもショック。てか凄い嫌。それでも完全にあちらのようにはならなかったのは縄文系の血も入ってるからだと信じたい。
フィクションだから気にするな。
藤原氏も初期は大陸そのもので、権力掌握のために、一族皆殺しみたいだけど、子孫になるにつれて、まともになってるようにも見える。
面白い〜〜!!!!😂昨日から待ちに待っていましたが、期待以上にホント面白かったです!!話がピッタリ合うのは快感ですね。今後も深い考察を楽しみにしています♡
国のツートップを殺されて、実行犯と首謀者を処刑もせず生かし、その後も再渡来を許し気付かず容易く血統に入れるとは単純に考えにくいのですが。口伝内には信憑性の高い点もあるのかとは思いますが、超重要な部分でいうとそれほど信憑性を感じられません。
知恩院にある資料で国宝認定されている書物があるのですが、聖徳太子辺りの記述が存在し、それを読むと倭国は戦慣れは全然していなく、度重なる侵略に対して、その都度応戦してきたそうです。小競り合い程度の喧嘩はあったそうですが、やはり海外の勢力が混じると国内がそれによって荒れるみたいです。
あくまで個人的考察なのですが・・・中華の歴史を見ると、国を乗っ取る方法に①「放伐(ほうばつ)」と②「禅譲(ぜんじょう)」の2つがあります①は王ないし皇帝を武力で倒して新たな王朝を打ち建てること、②は王ないし皇帝の姻戚となって政権を譲ってもらい、国を奪うことです出雲口伝の内容から考えるに、徐福は①と②を同時に行って失敗したと見れますしかし出雲王朝は元来平和主義的国家だったことを考えると、首謀者を死罪にせずに済ませたのはあながち有り得ない話でもないかなと・・・また、徐福が再渡来(トライ)した際に、別名を名乗って出雲ではない北九州に来たのであれば、元々朝鮮半島など大陸との交流が盛んであった北九州では、さほど怪しまれなかった可能性も大きいです大陸との交流が盛んであった証拠として、「来た(キタ)」は「北(キタ)」に通じますつまり北九州から見て北の朝鮮半島を経由し、大陸からの人々が多く来ていた名残でしょうこれはあくまで出雲口伝に沿った考察ですので、実際に出雲口伝が正しいかどうかの真偽は分かりませんが・・・
本当はどうだったのかすごく気になりますね笑笑ショックなこともありますが😅色んな事があり現状がある😱昔の失敗を繰り返さないようにそれぞれが考える経験ができるのでありがたいです。ありがとうございます(^-^)
津軽半島の港に徐福の像があって須佐之男命と新羅がセットで出てくるから納得してしまう出雲口伝!
今回も面白く拝見させて頂きました。出雲口伝にこんなに徐福が関わっているとは知りませんでした。徐福=スサノオ=ニギハヤヒ。。。となると新羅はどこに?(笑)でも、他の口伝とも繋がる話があると、符合したものを拾い集めると本来の日本の史実が見えてきそうですね。次回も楽しみにしています。ありがとうございました。あっ、忘れていました。以前住んでいた所に松江出身のご夫婦が住んでいらっしゃったのですが、「お茶を飲む」時はいつもお抹茶を立てて召し上がっていたのを思い出しました。これも何か出雲族の習慣の一つなんでしょうかね?お茶は結構なお手前でした。
出雲王国とヤマト政権昨年読んで、付箋だらけになっています😆私が生まれた宍粟市千種町にタタラの跡があり、鉄を取った跡の石を「かなくそ」と言って子供の頃その石で遊んでいました。播磨風土記には、ヒボコが鉄を求めて攻めてきたというようなことが書いてあるので、自分はヒボコ達朝鮮半島系の子孫なのかと思ったりしています。山岳信仰や妙見信仰も根づいていた地域でした。こちらでお話を聞き、もう一度読むと自分の中で様々なことが繋がり腑に落ちるような気がしています。いつも興味深いお話ありがとうございます🙏❤
天叢雲剣=村雲という事で、十種の神宝の八握剣(ヤツカノツルギ)は出雲の八束水臣津命なのではと思っています。
いかん。サムさんの説得力が強すぎて、あくまで楽しみながら考察!な感覚がぶっ飛んでました。そうそう、徐福の事が悪く描かれて当然な出雲族の心情もありますが…それよりも出雲族が隠し伝えるアラハバキ信仰と女系の家系はどこに隠されているのかとっても気になります。私、島根県東部と鳥取県の西部が相当!隠しているような気がしております笑まだ推測の域を出ませんけどね。たたらの神、金屋子神は女性ですしね。
膳の大伴部が治めていた地元に、こんな御詠歌がひっそりと有ります『限りなき誓いの是非は罪深く…女人を守る○の〇〇れん』今はいらっしゃらないですが、どなたか昔匿っていたような感じです…水軍が有り、忌部とも佐伯氏とも同族であったようで黒潮を使ったネットワークがあった様です。私の勝手な考察ではとある海産物と共に海外に渡っていらっしゃるかも…と思っています。青い衣の幼女と海賊と金竜のヘンテコな昔話が伝わってます😊アラハバキとは関係ないお姫様かもしれませんが、どこかのお姫様を永劫に守る約束をして、ひょっとすると今でも守られているかもしれません。
@@uchinopc2620 青い衣の幼女と海賊と金龍のヘンテコな昔話がどうも気になりますね。細かくありがとうございます。サムさんの今回の動画にある弓ヶ浜の粟島神社には確かに洞窟があり、そこには八尾比丘尼(人魚の肉を食べて長寿になった娘)が隠れ、自ら食事を摂らず亡くなったというお話があります。何か色々織り交ぜたり暗号にしてありそうな気がしてあります。そんな伝説がある粟島の頂上に粟島神社があります。その粟島神社の御祭神は少彦名神社(事代主)です。
女性達が子供を産み育てる構造がありますから、母系社会文化の痕跡は世界中で見られますよね。
役小角が弁財天の洞窟を掘りそこに悪さをする海賊を閉じ込め150年経つと慈覚大師が封印を解き、大きな音と共に青い衣の幼女が現れ、かしずき『私は悪さを繰り返し封じ込められた海賊です』と言うと仏教を守護する約束をして、今度は巨大な金竜に変身し飛び去りました。…という幼女が海賊で金竜というヘンテコなお話なんです。海賊がまんま出てくるバージョンもあるのですが、そこにも最初にかしずく青い衣の少女が出てくるんです😅どうしてもメインキャストのようなんです😊龍神の巫女か何かなのか…大房岬と木の根峠のお話です。
出雲口伝シリーズ待ってた~!超ボリュームの神回や~。これ見たら過去動画を復習したくなる。ペトログリフシリーズの続きも待ってます!!
毎回情報量が凄すぎる。ぜひ歴史の先生になって下さい!昔から邪馬台国が九州なのか?近畿なのか?という説で争っていたのも、こういう内容を聞いて腑に落ちました。何でも争いには背景があるな、と。まさかの徐福さんこんなに影響してるとは。親戚が秦氏なので興味津々できいています。いつもありがとうございます😊
日本の成り立ちなどとても興味があるのでとても興味深く拝見させて頂きました✨また、次回楽しみにしています!
最後が面白い‼️辻褄合ってる感じする、けど、初代天皇が侵略者の子孫というのは複雑…。孫の村雲くんは、出雲の教えを受けて、みんなに支持された大国主みたいな良い人だったのが救いかも。 個人的に気になっていた天孫族のルーツが語られました。金を求めていた一族…。美しい女神、天照大神がやっぱり良いイメージなので複雑。最近、刀と鏡が出た、富雄丸山古墳は、出雲の重大な血筋だった、富家の誰かの古墳だったということですね。あんな大きな刀を作れたのも納得ですね。饒速日の墓と言われる場所が、富家の拠点の近くにあるんです。山中にひっそりと、古墳もなく、寂しいところです。北九州で死んでしまったといいますが、富家の誰がが、自拠点でじつは仇討ちしたのでは?なんて妄想しました。嫌われていたでしょうなら、それならお墓が無いのもわかるなぁなんて…
大作ありがとうございましたー地図や画像や系図が折々入るのはここでの大きな魅力ですね。誰がどこに行ったか、どの家の流れだったか、グチャグチャになってしまうので。あー、息長帯姫まで行かなかったー。あの訳の分からない「三韓制圧」に鮮やかな説明がつく出雲口伝を、ぜひみなさんと分かち合いたい。
内容が濃いことが予想されたので、前回、前々回を見直し、気合を入れて視聴しました!😆衝撃でした!!頭の中でいろんな妄想が吹き荒れてい ます😅大元出版の出雲口伝も自分でも読んでみたいと思い、早速注文しました。こんなレベル高い動画を無料で配信してくださって、本当に有難うございますm(_ _)m
待ってました。って感じです。もうてんこ盛り。 何度も何度も見て理解を深めていこうと思ってます。サムさんの語りなら1時間超でもあっという間でした。 今後の動画も楽しみだし、ついていけるように過去の動画も見まくります。ありがとうございます😊
いつも楽しみにしています。色々気づかされることが多いです。出雲口伝は、かなり重要なことを伝えてると思うのですが、出雲に拠点を置いたのは、貿易のためだったと思うので、その辺が書かれてないのが謎です。その点は、歴史探偵パミコのシリーズがしっくり来ました。出雲の倭国貿易連合の船は季節風を使っていて、春には、伊都国→五島列島→釜山、秋には、釜山→出雲。沢山の宝を持ち帰った船が出雲に到着する秋は、各地の長たちが出雲に赴き、船を出迎え、各地に長(神)が不在となり、神無月と呼ばれた。伊都国で関税と川を使った曳舟事業を行なっていた人たちがいて、その人たちが尾張を拠点にした。だから、伊都之尾羽張の剣の名前には、伊都国と尾張国の名前が入ってる。尾張の人たちは出雲の直系ではなく、庶流。公孫氏が朝鮮半島を支配するようになって、港の位置が変わり、出雲が使われなくなり衰退したとのことでした。天村雲命は下宮の度会氏の祖で、伊勢津彦は諏訪に行ったけど、天日鷲命を受け入れた出雲族が度会氏になったとも言われます。
有難う御座いました。素晴らしい歴史の配信に感謝しております。これからも真心からの壮大な解説を楽しみにしております。
シュメールが日本人の始まりだと、ある人から教わりました。また、私の過去の記憶に残っているのは『シリウス星』から来た記憶があるのが不思議であります。地球人ではありますが地球人ではないのです。バカバカしく感じるかも知れませんがお含み頂けたら幸いです。これからも、頑張って下さい。
成る程。。。❗面白いですね。下賀茂神社とか冨族が貴重ですね👍️氣になりますね👍️妙見信仰も興味在りますね。
コメントが最後まで読めていません(笑)!皆さん楽しんでますね、私も楽しいです!聞きながら思い浮かんだのが斉の漢音と忌部の関連性でした。斉は漢読みでqiという発音をします。サイ、忌部さんと同一視されている斉部さんと繋がっていたら、編纂書の中心人物に忌部真人がいるという事が腑に落ちます。あと、やっこの件もそうですね、書きそうです(笑)斉qi(サイ)という漢読みを、訓読みにすると(フシ)になるのも面白いと思います。めっちゃ言葉遊びですが(笑)この言葉遊びを作ったのは、現に秦の子孫たちかもしれないとなると、隠しきれない承認欲求が(笑)追記;斉qi→柴qiになった時に、柴の漢読みが(フシ)になっています。解りづらくてごめんなさい。訓読みがサイになっているのもポイント高めですが、訓読みのもうひとつの意味が『ふさぐ』なんです。多分、出雲に慣れ親しんだ秦氏の子孫たちは、その当時本当に馴染みたかったのかもしれないですね。
バラバラのお話のような歴史も繋がる楽しさ、神話や伝承の裏に隠されている実話を考察する楽しさ、浪漫ですね〜。引き込まれてぜんぜん長く感じませんでした😊
洞窟に閉じ込められる…これがネズミの話なんですかねえ。やっぱこういう感じだと大陸の考え方ってみんな一緒やなあって感じますね。しかしすごい影響力徐福さん割と個人プレーですねえ。天皇家アマテラスの子孫=かあ…、なんか確かに凄い複雑な気分になりますね。しかし移民はやっぱいやだなあ…。
前回に引き続き今回の口伝考察を聞いて正直頭の中がパンクしました。今まで聞いて学んできた歴史はなんだったのかと頭の中がかなりうなだれています。ただ日本国民が色々な文化や宗教を抵抗無く取り入れれるのにはこのような色々な時代背景があり、色々な血が混ざり合った結果なのかもしれないですね。
イスラエル🇮🇱の方とたまたま話す機会があったのですが、自国の事をイズエルと言われてました。日本読みと違うことに面白みを感じてました。
私の姉妹や身近な人たちがイスラエルやほかの国の原住民と似ているなあとずっと疑問に思ってきたことの答えがこちらにある気がしてワクワクと拝見させていただいております。
サムさんお疲れさまです💦頭がパンクしました🤣何度も見ないとwこれ、ほんと学校でずっと流しとけばいいよね?教科書より絶対楽しいと思う。
出雲口伝やサムさんの考察がピタピタでアドレナリンが出まくりなのですが、何よりコメント欄の情報量が物凄いことになってそうですね。全国から住んでいる地域や家、神社等にまつわる情報が集まってきていて、読んでいてとても興味深くて楽しいです!
ここまで記紀との関係や神武天皇との連続性まで解説しているのは凄いと思います。皇室ではどこまで伝承されているのかとても気になります。
蓬莱山は富士山のことで、方丈とは神仙が住む東方絶海の中央にあるとされる島のこと、瀛洲は日本のことです←つまり、全て日本のことです。始皇帝も徐福も同じ名字の「瀛」氏で、瀛は日本のことを指してるので、ユダヤ人でもあり更なるルーツは日本ではないか?と飛鳥昭雄先生が言ってました。
粟嶋…めっちゃうちの近所なんだか今は入れないけど、洞窟がありますが伝承では八百比丘尼と言う人魚が住んでいたと言われています。粟嶋は粟嶋神社として少彦名命が祀られていますが
八尾比丘尼の洞窟の手前に、大岩大神宮とかかいてある小さな社があるけど、少彦名命の上陸の地?岩?が祀ってありますよね。そこが現場なのかな?
私の聞いた八百比丘尼は人魚の肉と知らずに食べた娘が、不老不死となり、八百歳まで生きたのち尼となり出家します。松の木を植えてこの松が枯れたら私が死んだと思ってください。という話です。ちなみにその松の大木はまだ青々としています。
今回の出雲口伝では描かれていない朝鮮半島の辰韓のことや牛頭天皇=スサノオの流れ、そして蘇民しょうらいの伝承などとのつながりの考察も期待しています。
歴史習い始めた小学生の頃から、一旦縄文時代に戻った方がみんな幸せじゃない?って周りに言ってた私正解だったのかな〜🥹
長野県には戸隠神社と同格の穂高神社があり、祀られている神様が九州の海人族である安曇氏です。ルーツは九州だとばかり思っていましたが、出雲や徐福と繋がるとは驚きです。
この世の中で恩を仇で返す人ほど嫌いな相手はいません。胡散臭い自分達を受け入れてくれた感謝など最初からなくて、騙される間抜けという目線だったのかと思うと辛い気持ち。相手が信仰するものを罪悪感もなく破壊する。伴天連追放令。
日本人のくせだな。しかし、外人には注意したほうがいい。
コロナ前に、ほつまつたえの勉強会に参加していました。書かれている内容と、ヲシテ文字の読み書きが主な目的でした。アワ唄も勉強しました。ただ、そこで、武内文書とか宮下文書といった他の古史古伝について、紹介はあったものの内容の比較はまったくなく、質問してもあちらはあちらの研究者がいるんで、みたいな話で終わってしまっていたので、消化不良を起こしていました。サムさんの解説で、ほつまの勉強会のことも理解に役立ち、無駄ではなかったと思い直しています。
衝撃を受けました。日本は面白すぎる。自分の寿命が来る前にトゥランさんに出会えた奇跡と運命に感謝しかありません。
自分はホツマツタヱが好きなのですがホツマと出雲口伝の内容が全然重ならないのがまた面白い
そうなんだ!ホツマツタエも学んでみたら良いんですね!
@@seorzmzh ホツマツタヱではスサノオはソサノヲと記されて ソサの国 (紀州熊野 和歌山県) で生まれてソサの国を治めていた。母親はイザナミ、父親はイザナギだが実はイザナミと火之迦具土の間に出来た不倫の子であると考察する人も多い。 古事記でイザナギが火之迦具土を斬殺した本当の理由がこの不倫に発狂したのが原因とも言われるトホカミヱヒタメの「ヒ」は消されてトホカミヱミタメにされてしまった 嘘か本当かは知らん
凄い考察、ありがとうございます。徐福って、日本に来たんじゃないかなー?でも、痕跡がないとずっと不思議だったんですが、謎が解けました。スサノオでおり、アマテラスの系統あったとは。そして、出雲すら、インドから来たナーガ、蛇の一族。この島に居ついていた縄文人、日本古来のものってなんだったんでしょう?そついう疑問が出てきました。
サムくんの考察まじすごい!😳なるほどねぇーーー。わくわくするよね。何度も観ます!メモを取りながら観ます!
これによれば、安曇族(長野県安曇野市)は徐福の連れてきた子供たちの末裔なのですね。説得力ありすぎて信じてしまいます。
今回、話に出ませんでしたが、事代主が亡くなった後、妃のヌナカワヒメは、御子・建御名方を連れて越の実家に帰るのです。建御名方はそこから、出雲族とともに、諏訪へ進出しますが、建御名方の妃となったヤサカトメが安曇族の姫だと聞いています。ですので、出雲族と安曇族が一緒になって諏訪へ流れたと思います。
そういえば出雲大神宮に真名井の水があったなぁ鳥居の建立は出雲大社出資になってた
北極星信仰は私が住むハワイにもあり、北極星などを目指し、昔の方法で作った船「ホクレア」号が今も海洋を旅しています。レムリア文明も日本とハワイを結ぶ太平洋付近にあったと言われてますが、海洋民族のラピュタ族との関連も教えていただきたいです。今回も神回でした。古代の歴史って本当にワクワクしますね。ありがとうございます。
いつも参考にさせて頂いております。【岐神の導き】古代、航海を対馬海流と風向きに頼っていた時代、貿易は南風となる春夏に九州から出発し、帰国は北風となる旧暦10月に稲佐の浜に到着していた。稲佐の浜は本州における輸入の重要港でありカムト(神門)と呼ばれ同地を管轄していた神門家は西出雲王家となり出雲連合の盟主だった。一方、輸出品は東出雲を先に経由するためこちらも繁栄し、一族は向家(神門の向かいという意)からいつしか富家と呼ばれるようになり東出雲王家とされた。西出雲と東出雲は交互に大名持(主王)と少名彦(副王)を務めた。出雲では旧暦10月になるとウミヘビが稲佐の浜に漂着し、帰国の時期を知り、「神迎祭」を行った。全国から貿易品を求めて神様が集まり神在月と呼ばれた。神々は貿易の取り分を相談し合い「神議り」と呼ばれた。神々の解散の時期になると「神等去出祭」が行われた。今でも出雲に伝統が残っている。神門家の末裔はカモ族(カミの意)と呼ばれ、氏神として阿遅鉏高日子根を祭った。一方、富家の末裔は氏神を事代主として祀り東出雲の象徴だった。丹後にも天火明命を氏神とする一族が住み着き繁栄した。朝鮮半島情勢による朝鮮の港の変遷により到着地がいつしか稲佐の浜でなくなり衰退傾向となった。しかし日本海勢力は大和にも勢力を伸ばした。葛城山一帯には鴨族や尾張系、三輪山一帯には葉江家、奈良北部には丹後勢力がいた。春日には和邇氏もいた。淀川一帯にも勢力があり、天野川周辺には宇麻志摩遅の末裔 物部氏、安威川には三島溝杭、他に鴨族の分派もおり姻戚関係があったため三島鴨神社なるものができた。大和の一等地は三輪山(三輪山も三諸山も酒の意)であり、富家の末裔である葉江家がここの盟主として繁栄し八重波津身事代主(恵比寿)は商売繁盛の神様となった。登美長髄彦は富氏であり葉江家(八重かつ栄え)とは近い親戚であり共に繁栄し神武東征の際に裏切らなかった。鴨族は遠い親戚でしかなく利権が少なかったため八咫烏として神武側についた。宇麻志摩遅も饒速日と称して神武についた。兄磯城も裏切らなかったが弟磯城は神武についた。弟磯城は後の磯城縣主となった。八重波津身事代主の息子の天日方奇日方は鴨氏の婿養子となり鴨王と呼ばれた。鴨王の末裔は鴨都波神社を創建し、いつしか阿遅鉏高日子根と事代主が混同されるようになった。東出雲には意宇郡がある。太田田根子、太安万侶、多氏、神八耳などと関係がある。国譲りは、出雲と大和の両方同時に行われたのではない。大国主が事代主に聞けといったのは大和の国譲りの件を意味している。
お話はビッグボリュームでもイメージしやすい語り口だから凄い分かりやすいです!ありがとうございます。
本日は1時間越えの超大作です!
かなり衝撃的な展開が続きますが、じっくり見てください!!
サム初の著書『古事記転生』の販売がついにスタートしました!購入はこちらから→ www.amazon.co.jp/dp/4763140272 (考察本ではなく小説です!ご注意ください!)
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歌川広重の金沢八景にも描いてありますよ
1時間越えに視聴者への愛を感じます!ありがとうございます🎉
😊😊
めっちゃ面白いですね🥰
メリハリのある喋りを
願います。
勢いで話してるから
所々解らない
あまり知られていませんが、出雲國では古くから妙見信仰(北極星信仰)がとても重視されています。私が宮司をつとめている三軆妙見宮・岩根神社は、妙見信仰の霊場でありながら、諏訪信仰をその起源としています。実に不思議ですね。
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こんな昔からいろんな民族が混ざり合ってると思えば、日本人らしさを守ろうとしなくても私達はここにいるだけでどんな姿形でも日本人なんだと思えてきました😊
私の実家方面では お正月に食べるお魚をワニ とよんで 鮫を食べます 方言と思って違和感なく食べてましたが なるほど‼︎食べ物にも歴史がある事 勉強なりました。 代々神道なので 学びながら拝見させていただいてます ありがとうございます
ご実家のあたりの習慣、素敵ですね!歴史を感じます✨
稲葉の白兎のお話で、兎が海を渡る時に一列に並ばせたのが鰐=鮫というのを思い出しました😊
子供の頃に婆さんの昔話で「ワニ」って言ってたな。「ワニ〜?」って反応したら「サメのことらしいで」と帰ってきたな。懐かしいな。
すいません!
どこの地域なりますか?
言っちゃていいんですか?と言うぐらい素晴らしいです♪大元出版の本を幾つか読んでいる者ですが、難解だったものがピタピタと解読出来ました。
youtubeで出雲口伝を検索してもピンと来るものがあまり無く、ツーランドさんの吉田大洋氏のものを観た際もアレレ?感がありました。今回この動画を世に出していただいてとても感謝致します。世の中の古事記を含めた神話に対する考えが驚くほど一変する事間違い無いです。
今まで観続けて来て本当に良かった。この動画まで辿り着いていただいて本当にありがとうございます😭
俺は縄文の意志を尊重するために生きて行こうと思う
自分も争いのない世の中にしていく一助になりたいと思っております…まずは配偶者との小競合いから…ですけど(・。・;
スサノオと大国主の古事記・日本書紀との整合性はさておき、スサノオと呼ばれる渡来系の人が酷いことしたけど、結局しそぎ土着したのは間違いなさそうですね。
平和思考はいいが、乱世になると全く役にたたなくなる。また、孫子みたいな思考は、平和時にはほとんど役に立たない。
そんな私見もしかり😂
岩手住みですが、海童と聞いて子供の頃に聞いた話をふと思い出しました。誰に聞いたのかはうろ覚えですが、「悪さをすると海童に連れて行かれるぞ」と。東北と出雲の関係は深いと個人的には思っておりますが、出雲口伝が現代まで言い伝えられていたのだなぁと考えると考え深い気持ちになりますな。
平清盛もなんか、子供を使った組織を作っていたが、徐福と関係があるのかな?
私も岩手人です。
夫が山陰の人なので昨年から移住しました。出雲大社には何度も参拝しましたが落ち着きます。
岩手と聞き懐かしくコメしてしまいました😊
凍結されていた宮下文書の最終考察も含め、全てを回収するような壮大なストーリーに、ただただ驚き、そしてサムさんの努力に頭がさがるばかりです。
出雲市には猪目洞窟という洞窟があり、黄泉の国と繋がっていると聞いたことがあったのですが、今回のお話の中で大国主が洞窟の中でお亡くなりになったという話しから、昔から洞窟は不吉なイメージがありこのような伝承が残っているのだと考えさせられました。もっと深く知るために何度も見返したいです。
サムさんの語りと考察で、飽きることなく日本の古代史を知ることが出来ています。
真偽は確定できないですが、出雲口伝でこういう歴史の見方をしていると知るのは、歴史を豊かに見ることにつながると思います。上から押しつけられた正史よりも、サムさんが解き明かしてくれる豊かな古代史に多くの人が魅力を感じていると思います。
今後の考察も楽しみにしています。
徐福は確かに日本に来て日本で亡くなりました。
徐福は紀元前245年に生まれ18年に66歳で亡くなり、八女市の童男山古墳の一号墳が葬られました。
徐福の子の福永は三号墳に、徐福!孫の福萬はニ号墳に葬られています。
これらのことは池田任三氏著の画像解析によって判明した古墳墓碑に記載されています。
出雲出身ですが、子供の頃から聞いていた話と交わる単語が多くあり、そうなのか…という理解をしました。いろんな民族が逃げ逃れて来る地とも言える土地柄なのかな?いづれにしてもよく調べましたね👏👏👏
本で読んでも、わかっていなかった細かいところまで、もう一度深堀できて感動です!
出雲口伝を読んでから、出雲を回るとバチバチ当てはまることが多いので、
最近出雲市に引っ越しましたが楽しいです😀
神様もですが、富家、神門臣家、千家家、北島家の関係も見どころだと思います。
結構、読んでいないと明治以降の流れに完全に頭を持っていかれそうです💦
何にしても出雲市は出雲大社以外の神社本庁に属していない神社も大切にしてくれると、
もっと出雲大社以外も楽しめる街になるだろうなと思います。
色々な角度から観れて最高な内容です!!
むちゃくちゃ面白かったです。
海童の話を聞いていたときに河童が川に人間を引き込むと言われてる話を思いだし、元々はこの海童から生まれた妖怪なのかなと思いました。
結局人間のルーツはひとつなんだろうな。争う必要もないのに、なんで今の世界はこんなになっているのだろう…みんなで歴史を学べば変わるかな!?
長いのに全然ダレないし最後まで引き込まれる…しかも毎回密度高い
終わってみたら長かったけど、視聴している間は全く気にならないくらいでした。忘れていた人物(神様)や名前が被って混線しそうなところを、ちゃんと拾って整えてくれるところも、いつもありがたいです🙏「じょふく〜」とか「ちょい、ちょい」とかツッコミながら、気持ちよくピタピタはまっていく具合に、にまにましながら楽しみました。壮大で、何周かしないと正しく把握できなそう。お陰で何度も楽しめそうです😊
昔、出雲古伝を読んでましたが、今回ここまで徐福が日本建国に関わっていたとは思いませんでした。今まで徐福と少名彦が一緒の方なのかなと思ってましたが、違うことが分かりました。また、日本全国に残る徐福の足跡で、超重要人物であったことを再確認しました。これだけ古代史に精通して関連付けられるサムさんに感謝です。
四方八方に散らばった数多の情報を集めて吸収して咀嚼して伝えるサムさん、その横で視聴者の「それで?なんで?!」を代弁するように聴きサムさんの語りを盛り上げてくれるマサキさん、耳で聴くだけでは難解な内容を図や年表にまとめ視覚的にサポートしてくださるくどぅさん&スタッフさん(?)。皆さまに感謝です。
動画の内容については簡潔に感想言えません。だって食べても食べても減らないおにぎりみたいに内容がミチミチなんですもん😂情報過多でお腹パンパンです!
秦始皇帝・嬴政の「実の父親」ではないかとされる呂不韋(りょふい)は、ヘブライ語で「癒し手」の意味を持ち、徐福も「ジョゼフ」が訛った名前だとすれば、始皇帝も徐福も古代イスラエル人であった可能性が高いかも・・・
素朴な疑問なんですが‥ユダヤ人の末裔や古代イスラエルの末裔だとなると、顔や背格好はやはりあちらの顔だったのでしょうか‥?
今表されてる顔は中国系の顔になってるので、本当はどうなのかな?と疑問になりました。
その辺りの答えはあまり見かけないので、誰かわかる方居ませんかね😂
改めて歴史は人が作ってきたものだと感じました。
1時間を超えるビックボリューム!
サムさんもマサキさんもクドゥさんも編集さんも本当に本当にお疲れ様です!!!👏✨
こんな素敵なお話を世に出してくださり、ありがとうございます!!
今日も凄かった!
記紀をはじめたくさんの古文書や色んな氏族の末裔とされる方々のお話や口伝で伝わるお話を明らかにされたり、これが日本だけでなく地球上のあちこちにあって、サムさんはそれらの秘密を暴き暴露しちゃう暴露系配信者。都合よく書いてたってお見通し!
益々古代に興味が湧いてきます♪ありがとうございました♪
もう、え〜⁈の連続で何度も停止して考えちゃいました。すっごい面白いな〜、古事記や武内文書で繋がらなかった点と点が繋がっていく感覚!突拍子も無い説なのに、何故か繋がる(笑)それにしても徐福のイメージが180度変わりましたね、これは当時は偽書やら不敬罪やらでまともに扱われなかったでしょうねと納得する内容でした。あーでも無いこーでも無いと娘と古代史トークが止まりません(笑)長いのに一気見で興奮冷めやらず…個人的に、先祖の物部氏に関する話に繋がると興奮します!みんな自分のルーツ(祖先)が分かると古代史や神社巡りが面白くなりますよね!これからも動画楽しみにしてます!いつも楽しい動画を本当にありがとう。
長尺が本当に幸せです!ありがとうございます!
日本の国の成り立ちは大変興味深く、毎回目が離せません!
登場人物については自分の中で上手く整理がつかない部分も多々あるのですが、動画を拝見するたびに新たな発見があります。
これからも深堀考察楽しみにしています!
徐福の野望など サムさんの深い考察
とても面白く勉強になります😣
昨日の続きをすごく楽しみにしてました‼️
出雲口伝、熱い考察動画、ありがとうございます。昔からニギハヤヒを追い研究しているのですが、饒速日は徐福と言う説は知ってましたが3度も来日しているとは思いませんでした。30年前に秀真伝の先生が近くに住んでいたのでアマテルの存在を知り、天照大神が男神である事がきっかけになり、近くにある伊勢神宮には誰が祀られてるのかと疑問に思いあらゆる歴史研究者に会って来ました。この出雲口伝も真実味があり、以前から饒速日と大国主の関係性がモヤモヤしてましたが、動画を拝見してピントが合った気がします。しかし、宗像三女神が大国主と徐福とで結婚した経過した時間が長すぎますね。徐福がイチキシマヒメと結婚するには、かなり高齢に近いかと思います。年が離れた三姉妹かも知れませんが、、しかし、イスラエル10支族の末裔、秦氏の話など、以前、秋山眞人氏と竹内睦泰氏との対談で、秋山さんは饒速日が宝物とたくさんの子供と技術者を乗せた天乃磐船、天乃鳥船はUFO説と睦泰さんは天火明命だから海(天)を照らして来た船だと意見が割れてたのを見て笑いました。とにかく徐福は天照国照彦火明櫛玉饒速日命と言う自分の人生をすべて長い名に残したのでしょうね。ところで天叢雲剣は登場しましたが、他の三種の神器や聖櫃(アーク)はどうなんでしょうね。やはり徐福が十種神宝として日本に持ち込んだのでしょうか?出雲口伝には無いようですね。また考察、よろしくお願い致します。
1時間があっという間と感じるくらい引き込まれて観ていました。今までの動画も全て観ています(5周くらい笑)これまでの考察で矛盾していたり、疑問に思っていたことがここへ来てピタっとはまってくることに鳥肌が立ちます。サムさんすごい!そして、動画の中で、全てを鵜呑みにするのはまだできないと伝えているところにも好感。
マサキさんの相槌によってテンポよく話が進んで、とても聞きやすく、わかりやすくなっているところもこのチャンネルの魅力であることは間違いない!
大作動画ありがとうございます!
私は全く知識がないので、コメント欄を読んでて自分が恥ずかしくなります😭
なんとなーく出雲、奈良、北九州…日本の礎?的なイメージはありましたが、神話も暗号すぎてわからないし、学校でも深く習った記憶もないしで。
御先祖様の歴史だけど他人事のようでしたが、トゥーランドさんの動画をずっと見てきて、今回、点と点が繋がるような感覚がありました…!
私事ですが、先週、急に思いたち出雲大社にお参りしてきて、見て聞いた名前が出てきたからからもしれませんが。(トゥーランドさんの動画を見て興味を持ちました)
神話って奥が深いんですね…😮💨
そして、いつもマサキさんの、はて?みたいなリアクションに救われています😭
マサキさんがはて?となっているところは私もほぼ はて?となっているので…。
聞き手の方も『はいはい、あの神様ね〜』というテンションだったら、多分ここまでついてこれてないです🥲
サムさんは神話知識が豊富でギャップがすごいです!(褒めている)
スサノオが徐福だとすると、アマテラスさんとかツクヨミさんはどうなっちゃうんでしょう?
あと徐福がまとめたという宮下文書はどのタイミングなんでしょう?
古代出雲国があった地域で生まれ、賀茂神社に関わる家で育ちました。
子供のころから神社は大好きなのですが、何故か稲荷系はずっと違和感があり、体調も悪くなるので行かないことにしています。
家族も同じような感覚があり、ご先祖様と関係があったりするのかな…と考えていましたが、何となく今回の動画で理由が分かった気がしてスッキリしました😊✨
キビツ彦兄弟が2世紀に出雲国の斐伊川上流から鉄が欲しくて侵略してきた。今の賀茂まで侵攻された時点で、西出雲王国は降伏し銅剣をインゴットにしてキビツ彦にさし出して休戦となった。キビ軍の本体はキビの中山に帰ったが、賀茂から来ていた一部の兵は残って住ついたので、加茂(かも)の地名となった。城名樋山周辺は最後の激戦があった所で、戦死した出雲豪族の多くは、中山古墳群に埋葬されたと伝わる。
リアリティが凄い😳神話や童話の一部を想像させるようなお話もたくさん。どんどんイメージが繋がって楽しめるのも、TOLANDVLOG見続けてるおかげです♪
サムさん、マサキさん、くどぅさん、いつもお疲れ様です!楽しい時間をありがとうございます😊
出雲口伝シリーズ引き込まれました!!
京都市在住で、地場産業の織物の仕事をしており、いわゆる"秦氏"の技術を受け継いでいます。なので、カイコさんがお祀りされている、太秦にある蚕ノ社社と呼ばれる木島坐天照御魂神社によく行きます。そこでは、天之御中主が祀られていて、なぜ"天照"なのか?
真名井神社は伊勢の豊受大神の荒御魂という話なのに、天之御中主と習合しているのか?
それらの長年の疑問に点で繋がった気がしました。
なんだかスッキリ。
両親が丹後と亀岡出身の私自身は、道教含む、北極星や北斗七星に惹かれるのも、
ルーツと関わりがあったようですね。
素晴らしい考察、ありがとうございます!
海童が大国主と事代主を取り囲む様子がかごめ歌とリンクして、ちょっとゾワッとしました
徐福は、本当に不老不死を手に入れたのかもしれませんね、2000年以上たった今でもこうやって思い出されるのですから😊
しかも孫の村雲と言う血筋を使って不老不死を得た。のかもしれませんね。またはその子孫である日本と言う国がある意味で不老不死なのかも。相当な長い時間軸で考えていたのかもしれませんね。
ヒルルクやん
面白過ぎてあっという間に見終わってしまった!映画を1本見たような満足感でいっぱいです。
動画有難うございます。
今回も非常に重厚な内容を公開いただき大変ありがとうございました。
本来、出自も種族トーテムも異なる徐氏(ウル人、犬トーテム)と秦氏(イスラエル人、牛トーテム)。この新興の渡来2種族が、在来の古代出雲族側からすれば、徐福の渡来として一括りに扱われたのは、彼らの列島への渡来経緯と時期が重なったことに関係しているのでしょう。
渡来の最大の要因は、彼ら2種族の避難先であった箕子朝鮮が消滅するという半島での大動乱にあります。半島から押し出された彼らを救ったのは、当時、箕子朝鮮と深く交易していたエブス人(シュメール人、蛇トーテム)が九州で千年立国した倭面土国(豊日国)でした。
後の倭国大乱の舞台である九州で、宗像地域が古代出雲族の側に残れたのも、同じ蛇トーテムの古代出雲族に融和的であったエブス人が九州に築いた倭面土国の加護があったおかげと考えます。
サムさんTOLANDのみなさん、今回もありがとうございます!
京都亀岡市の出雲大神宮が好きですが、なぜこんな所に立派な出雲系の神社がと思ってましたが、そういうことなのかとわかりました。
星信仰やシュメールなど、さらなる考察を楽しみしています。
サムさんのお陰で、自分でも考察してみたりするクセがついてきました。
ちょっ、、もう2~3回見ないと、よく分からない😅
サムさんの語り口は聞きやすく楽しいのですが、情報が多すぎて脳に入り切れません!💦これをよどみなく語り切る、サムさんの能力が凄いです!👍✨
ノートに書きながら聞いてました!もりもりの濃い情報ありがとうございます!村雲と聞いた瞬間鳥肌でした、何も知らないけど叢雲の剣だと思ったら解説があってびっくりしました。
道教がユダヤベースだったとは、過去にご先祖さまから道教のお経を読んで欲しいと言われた時になんで中国の宗教なんだろうと思いましたが、自分はユダヤ系ということだけわかっていたので合点がいきました、スッキリしましたありがとうございます。また北極星から自分は北魂であることは知ってるんですけど、そもそもヤハウェと繋がりはあり、妙見さんだけ霊符を今手元に残しているので今回北極星の情報がたくさん入ってきてびっくりしました。一人では知り得ないことばかりで、ありがたいです。キーワードだけがたくさんきていたので点だったのが自分の中で線になっていったことがあって感謝です。これからも日本の真の姿を教えてください。面白かったですありがとうございます。
今日も楽しかった!久々に大元出版の本読みたくなりました♡ 出雲王朝好きで、青森の三内丸山遺跡から日本海側を旅しましたが、共通点がめっちゃありました🎉
率直に言って真実味を感じさせる素晴らしい考察だと思いました。
これがペトログリフシリーズに
繋がってくると思うとやばいですね
日本…エグい!
しかも出雲口伝にも暗号が散りばめられているのは確実なんで
まっだまだ掘れまくれるし、
後、記紀編纂した人達
相変わらず頭良すぎてすげぇ。
こんなに日本の歴史が面白いと思ったことはなかったです!本当にありがとうございます!
そろそろ各口伝比較したマトリックス表ほしくなってきた
今回の考察より、とにかく長い古代歴史がある事にも関係しているとも言える事がわかった様な感じですね! 日本から世界に渡って行ったと言う事も言われていますので、日本に渡来したと言っても
元々は同じ種族とも言えますよね?これからの考察が楽しみです🎉
すごい内容で、観ながら「えー!」の連呼でした😂
これまでのサムさんの動画の色んなお話で少しずつ埋まってきていた頭の中のパズルがピタピタと埋まっていく感覚❤おもしろすぎで、昼間もぼんやりあれはこういうことか…ん?あれは…などと、私なりの考察で頭がいっぱいです😂
わたしは丹波地方出身ですが、京都の「部」の漢字のつく地名の場所は、昔、秦一族で栄えていたという話を聞いたことがあります。そんな話も脳内ピタピタ~❤
サムさんのお陰で古代史に目覚めました❤
いつもありがとうございます!
いつもありがとうございます✨
そう言えば。。。
金屋子神の伝説の中に、金屋子神が降り立ったあと、75人のワッパを連れてきた🤔とありました
日本語の音の話かと思いましたが。。。
島根県松江市八雲にある、熊野大社では火鑽り神事が10月に行われます🤔
五十猛とスサノオは木を植えて回ったという伝説もあり、たたらで木を切るから木を植えて回ったのが、現在の植樹祭に繋がっていると考えています。。。
スサノオはホツマツタヱでは、幼名はハナキネ🤔花、華なのか鼻なのか
本当はわかりませんが。。。
出雲口伝ピタピタだし、スムーズに繋がるから解説頂いたところは信じちゃいそうです。母親の実家で育てば出雲色濃く育っちゃいますよね。
ある時期まで天皇のお嫁さんは、とある家柄から出す決まりだったとか、天皇は夏王朝起源とか、どこかで聞いたような話も真実味が増してきました。にしても、遡って遡るときりがありませんね。深堀りすることでテポロハウ長老が話していた日本人の金龍が目覚めるきっかけになるのかなと思ったり。
とても面白かったです。
徐福の勢力半端ないですね
青森の出身で瞳がグレーががった方がいるのですが、一部の地域のみで生まれるらしいです
完全日本人で
髭の宮様事、三笠宮様は古代史や日本の歴史研究を選考しようとして色んな人に
「天皇の系図は調べないように」的なことを言われたらしいです。
俺も見たことある。バーブラ・ストライサンドみたいな感じの子を見たことがある。青森の子だった。
先週、目がグレーの方にお会いしました‼︎
20代後半の男性でした。
硬派なお仕事されているので、
カラコンではないと思います。
不思議な透き通った色でした。
いつもありがとうございます。何が真実か?以上に、人の歴史は面白いですね。色々な人の視点によって、真実は違うからそれを知るのは、本当に楽しいです。昔から人は、色々な立場で、一生懸命生きてきたんだなあと、しみじみしました。今もみんながそれぞれの歴史を作っていて、自分もその一人であることが楽しいと思いました。フラットな視点で考察してくださるサムさんの和の心が素敵です。みんな仲良くが良いですね。次回も楽しみにしてます。
文書達はそれぞれが本当で合わせて整合性取っていくと本当の話が分かってくるんですかね
スサノオの由来と設定もこれで全部繋がりますね
高天原から追い出されるエピソードこんなに腑に落ちる説初めてです。出雲口伝が1番リアリティ感じました。良く行く稲荷神社の脇に龍神が祀られてるのもそういう事なんですかね……
複雑な気持ちになりますが、そりゃあイスラエルから認められる訳ですね。
ムラクモさんの考察で少し報われたと言うかホッとしました。
ニギハヤヒがあっさり王位譲ったのも納得だし、むしろアマテラスも同一人物に思えてきました…😇
こーんなややこしいのに何故か分かりやすい…
サムさんの丁寧な部分と噛み砕く部分のバランスあってこそですね。
本当に内容が盛りだくさんで、また過去の動画も見返してみます!
ペトログリフシリーズ楽しみにしてます😌!!!
超ビッグボリュームだけどめちゃくちゃ面白かったです!サムさんが日本史の先生だったらみんな日本史好きになりますね😊記紀や古史古伝をパズルみたいに組み立てていって見えてくる「日本」の姿に驚かされました。
この話を是非わかりやすい本にして欲しいです。サムさんのノリで子供が読んでもわかるような図鑑みたいな本がいいですね。あとキングダムみたいなアニメ化とかまで発展して欲しいな。でも皇室関連がらみは難しいかもしれないけど私は逆にもっと世界から愛される日本になると思います。難しけどね。
エンタメとして〜としながらも。ついつい大好き何大国主様のお話。感情移入してしまう〜
すっごいのめり込む回でした〜
縄文から弥生へと変わっていくとこの時代が今までよく解らなかったんですが、今回の動画でなんとなく解ってきました。そもそも弥生人て何?大和政権、大和民族って何?渡来人は何系?とか色々謎だったんですが、なんとなく解ってきました。
難しくて複雑だからまだ完全には理解出来てませんが、本当にありがとうございました。あと、安曇族についてもどこからの渡来人なのか解らなかったのですが知れてよかったです。海童ってのがめちゃくちゃショックですが…。出雲族かと思ってたから…😢本土日本人に徐福の集団の血が流れてるのもショック。てか凄い嫌。それでも完全にあちらのようにはならなかったのは縄文系の血も入ってるからだと信じたい。
フィクションだから気にするな。
藤原氏も初期は大陸そのもので、権力掌握のために、一族皆殺しみたいだけど、子孫になるにつれて、まともになってるようにも見える。
面白い〜〜!!!!😂
昨日から待ちに待っていましたが、
期待以上にホント面白かったです!!
話がピッタリ合うのは快感ですね。
今後も深い考察を楽しみにしています♡
国のツートップを殺されて、実行犯と首謀者を処刑もせず生かし、その後も再渡来を許し気付かず容易く血統に入れるとは単純に考えにくいのですが。口伝内には信憑性の高い点もあるのかとは思いますが、超重要な部分でいうとそれほど信憑性を感じられません。
知恩院にある資料で国宝認定されている書物があるのですが、聖徳太子辺りの記述が存在し、それを読むと倭国は戦慣れは全然していなく、度重なる侵略に対して、その都度応戦してきたそうです。小競り合い程度の喧嘩はあったそうですが、やはり海外の勢力が混じると国内がそれによって荒れるみたいです。
あくまで個人的考察なのですが・・・
中華の歴史を見ると、国を乗っ取る方法に①「放伐(ほうばつ)」と②「禅譲(ぜんじょう)」の2つがあります
①は王ないし皇帝を武力で倒して新たな王朝を打ち建てること、②は王ないし皇帝の姻戚となって政権を譲ってもらい、国を奪うことです
出雲口伝の内容から考えるに、徐福は①と②を同時に行って失敗したと見れます
しかし出雲王朝は元来平和主義的国家だったことを考えると、首謀者を死罪にせずに済ませたのはあながち有り得ない話でもないかなと・・・
また、徐福が再渡来(トライ)した際に、別名を名乗って出雲ではない北九州に来たのであれば、元々朝鮮半島など大陸との交流が盛んであった北九州では、さほど怪しまれなかった可能性も大きいです
大陸との交流が盛んであった証拠として、「来た(キタ)」は「北(キタ)」に通じます
つまり北九州から見て北の朝鮮半島を経由し、大陸からの人々が多く来ていた名残でしょう
これはあくまで出雲口伝に沿った考察ですので、実際に出雲口伝が正しいかどうかの真偽は分かりませんが・・・
本当はどうだったのかすごく気になりますね笑笑
ショックなこともありますが😅
色んな事があり現状がある😱
昔の失敗を繰り返さないようにそれぞれが考える経験ができるのでありがたいです。
ありがとうございます(^-^)
津軽半島の港に徐福の像があって須佐之男命と新羅がセットで出てくるから納得してしまう出雲口伝!
今回も面白く拝見させて頂きました。
出雲口伝にこんなに徐福が関わっているとは知りませんでした。
徐福=スサノオ=ニギハヤヒ。。。となると新羅はどこに?(笑)
でも、他の口伝とも繋がる話があると、符合したものを拾い集めると本来の日本の史実が見えてきそうですね。
次回も楽しみにしています。ありがとうございました。
あっ、忘れていました。以前住んでいた所に松江出身のご夫婦が住んでいらっしゃったのですが、「お茶を飲む」時はいつもお抹茶を立てて召し上がっていたのを思い出しました。これも何か出雲族の習慣の一つなんでしょうかね?
お茶は結構なお手前でした。
出雲王国とヤマト政権
昨年読んで、付箋だらけになっています😆
私が生まれた宍粟市千種町にタタラの跡があり、鉄を取った跡の石を「かなくそ」と言って子供の頃その石で遊んでいました。
播磨風土記には、ヒボコが鉄を求めて攻めてきたというようなことが書いてあるので、自分はヒボコ達朝鮮半島系の子孫なのかと思ったりしています。
山岳信仰や妙見信仰も根づいていた地域でした。
こちらでお話を聞き、もう一度読むと自分の中で様々なことが繋がり腑に落ちるような気がしています。
いつも興味深いお話ありがとうございます🙏❤
天叢雲剣=村雲という事で、十種の神宝の八握剣(ヤツカノツルギ)は出雲の八束水臣津命なのではと思っています。
いかん。サムさんの説得力が強すぎて、あくまで楽しみながら考察!な感覚がぶっ飛んでました。
そうそう、徐福の事が悪く描かれて当然な出雲族の心情もありますが…
それよりも出雲族が隠し伝えるアラハバキ信仰と女系の家系はどこに隠されているのかとっても気になります。
私、島根県東部と鳥取県の西部が相当!隠しているような気がしております笑
まだ推測の域を出ませんけどね。
たたらの神、金屋子神は女性ですしね。
膳の大伴部が治めていた地元に、こんな御詠歌がひっそりと有ります『限りなき誓いの是非は罪深く…女人を守る○の〇〇れん』今はいらっしゃらないですが、どなたか昔匿っていたような感じです…水軍が有り、忌部とも佐伯氏とも同族であったようで黒潮を使ったネットワークがあった様です。私の勝手な考察ではとある海産物と共に海外に渡っていらっしゃるかも…と思っています。青い衣の幼女と海賊と金竜のヘンテコな昔話が伝わってます😊アラハバキとは関係ないお姫様かもしれませんが、どこかのお姫様を永劫に守る約束をして、ひょっとすると今でも守られているかもしれません。
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青い衣の幼女と海賊と金龍のヘンテコな昔話がどうも気になりますね。
細かくありがとうございます。
サムさんの今回の動画にある弓ヶ浜の粟島神社には確かに洞窟があり、そこには八尾比丘尼(人魚の肉を食べて長寿になった娘)が隠れ、自ら食事を摂らず亡くなったというお話があります。
何か色々織り交ぜたり暗号にしてありそうな気がしてあります。そんな伝説がある粟島の頂上に粟島神社があります。
その粟島神社の御祭神は少彦名神社(事代主)です。
女性達が子供を産み育てる構造がありますから、母系社会文化の痕跡は世界中で見られますよね。
役小角が弁財天の洞窟を掘りそこに悪さをする海賊を閉じ込め150年経つと慈覚大師が封印を解き、大きな音と共に青い衣の幼女が現れ、かしずき『私は悪さを繰り返し封じ込められた海賊です』と言うと仏教を守護する約束をして、今度は巨大な金竜に変身し飛び去りました。…という幼女が海賊で金竜というヘンテコなお話なんです。海賊がまんま出てくるバージョンもあるのですが、そこにも最初にかしずく青い衣の少女が出てくるんです😅どうしてもメインキャストのようなんです😊龍神の巫女か何かなのか…大房岬と木の根峠のお話です。
出雲口伝シリーズ待ってた~!超ボリュームの神回や~。これ見たら過去動画を復習したくなる。ペトログリフシリーズの続きも待ってます!!
毎回情報量が凄すぎる。ぜひ歴史の先生になって下さい!
昔から邪馬台国が九州なのか?近畿なのか?という説で争っていたのも、こういう内容を聞いて腑に落ちました。何でも争いには背景があるな、と。まさかの徐福さんこんなに影響してるとは。親戚が秦氏なので興味津々できいています。いつもありがとうございます😊
日本の成り立ちなどとても興味があるのでとても興味深く拝見させて頂きました✨
また、次回楽しみにしています!
最後が面白い‼️
辻褄合ってる感じする、けど、初代天皇が侵略者の子孫というのは複雑…。
孫の村雲くんは、出雲の教えを受けて、みんなに支持された大国主みたいな良い人だったのが救いかも。
個人的に気になっていた天孫族のルーツが語られました。金を求めていた一族…。
美しい女神、天照大神がやっぱり良いイメージなので複雑。
最近、刀と鏡が出た、富雄丸山古墳は、出雲の重大な血筋だった、富家の誰かの古墳だったということですね。あんな大きな刀を作れたのも納得ですね。
饒速日の墓と言われる場所が、富家の拠点の近くにあるんです。
山中にひっそりと、古墳もなく、寂しいところです。
北九州で死んでしまったといいますが、富家の誰がが、自拠点でじつは仇討ちしたのでは?なんて妄想しました。嫌われていたでしょうなら、それならお墓が無いのもわかるなぁなんて…
大作ありがとうございましたー
地図や画像や系図が折々入るのはここでの大きな魅力ですね。誰がどこに行ったか、どの家の流れだったか、グチャグチャになってしまうので。
あー、息長帯姫まで行かなかったー。あの訳の分からない「三韓制圧」に鮮やかな説明がつく出雲口伝を、ぜひみなさんと分かち合いたい。
内容が濃いことが予想されたので、前回、前々回を見直し、気合を入れて視聴しました!😆
衝撃でした!!
頭の中でいろんな妄想が吹き荒れてい ます😅
大元出版の出雲口伝も自分でも読んでみたいと思い、早速注文しました。
こんなレベル高い動画を無料で配信してくださって、本当に有難うございますm(_ _)m
待ってました。って感じです。
もうてんこ盛り。 何度も何度も見て
理解を深めていこうと思ってます。
サムさんの語りなら1時間超でも
あっという間でした。
今後の動画も楽しみだし、ついていけるように過去の動画も見まくります。
ありがとうございます😊
いつも楽しみにしています。色々気づかされることが多いです。
出雲口伝は、かなり重要なことを伝えてると思うのですが、出雲に拠点を置いたのは、貿易のためだったと思うので、その辺が書かれてないのが謎です。
その点は、歴史探偵パミコのシリーズがしっくり来ました。
出雲の倭国貿易連合の船は季節風を使っていて、春には、伊都国→五島列島→釜山、秋には、釜山→出雲。
沢山の宝を持ち帰った船が出雲に到着する秋は、各地の長たちが出雲に赴き、船を出迎え、各地に長(神)が不在となり、神無月と呼ばれた。
伊都国で関税と川を使った曳舟事業を行なっていた人たちがいて、その人たちが尾張を拠点にした。
だから、伊都之尾羽張の剣の名前には、伊都国と尾張国の名前が入ってる。
尾張の人たちは出雲の直系ではなく、庶流。
公孫氏が朝鮮半島を支配するようになって、港の位置が変わり、出雲が使われなくなり衰退したとのことでした。
天村雲命は下宮の度会氏の祖で、伊勢津彦は諏訪に行ったけど、天日鷲命を受け入れた出雲族が度会氏になったとも言われます。
有難う御座いました。
素晴らしい歴史の配信に感謝しております。
これからも真心からの壮大な解説を楽しみにしております。
シュメールが日本人の始まりだと、ある人から教わりました。また、私の過去の記憶に残っているのは『シリウス星』から来た記憶があるのが不思議であります。地球人ではありますが地球人ではないのです。バカバカしく感じるかも知れませんがお含み頂けたら幸いです。これからも、頑張って下さい。
成る程。。。❗面白いですね。下賀茂神社とか冨族が貴重ですね👍️氣になりますね👍️妙見信仰も興味在りますね。
コメントが最後まで読めていません(笑)!
皆さん楽しんでますね、私も楽しいです!
聞きながら思い浮かんだのが斉の漢音と忌部の関連性でした。
斉は漢読みでqiという発音をします。サイ、忌部さんと同一視されている斉部さんと繋がっていたら、編纂書の中心人物に忌部真人がいるという事が腑に落ちます。
あと、やっこの件もそうですね、書きそうです(笑)
斉qi(サイ)という漢読みを、訓読みにすると(フシ)になるのも面白いと思います。めっちゃ言葉遊びですが(笑)
この言葉遊びを作ったのは、現に秦の子孫たちかもしれないとなると、隠しきれない承認欲求が(笑)
追記;
斉qi→柴qiになった時に、柴の漢読みが(フシ)になっています。解りづらくてごめんなさい。訓読みがサイになっているのもポイント高めですが、訓読みのもうひとつの意味が『ふさぐ』なんです。多分、出雲に慣れ親しんだ秦氏の子孫たちは、その当時本当に馴染みたかったのかもしれないですね。
バラバラのお話のような歴史も繋がる楽しさ、神話や伝承の裏に隠されている実話を考察する楽しさ、浪漫ですね〜。引き込まれてぜんぜん長く感じませんでした😊
洞窟に閉じ込められる…これがネズミの話なんですかねえ。
やっぱこういう感じだと大陸の考え方ってみんな一緒やなあって感じますね。
しかしすごい影響力徐福さん割と個人プレーですねえ。
天皇家アマテラスの子孫=かあ…、なんか確かに凄い複雑な気分になりますね。
しかし移民はやっぱいやだなあ…。
前回に引き続き今回の口伝考察を聞いて正直頭の中がパンクしました。
今まで聞いて学んできた歴史はなんだったのかと頭の中がかなりうなだれています。
ただ日本国民が色々な文化や宗教を抵抗無く取り入れれるのにはこのような色々な時代背景があり、色々な血が混ざり合った結果なのかもしれないですね。
イスラエル🇮🇱の方とたまたま話す機会があったのですが、自国の事をイズエルと言われてました。
日本読みと違うことに面白みを感じてました。
私の姉妹や身近な人たちがイスラエルやほかの国の原住民と似ているなあとずっと疑問に思ってきたことの答えがこちらにある気がしてワクワクと拝見させていただいております。
サムさんお疲れさまです💦頭がパンクしました🤣何度も見ないとw
これ、ほんと学校でずっと流しとけばいいよね?教科書より絶対楽しいと思う。
出雲口伝やサムさんの考察がピタピタでアドレナリンが出まくりなのですが、何よりコメント欄の情報量が物凄いことになってそうですね。
全国から住んでいる地域や家、神社等にまつわる情報が集まってきていて、読んでいてとても興味深くて楽しいです!
ここまで記紀との関係や神武天皇との連続性まで解説しているのは凄いと思います。皇室ではどこまで伝承されているのかとても気になります。
蓬莱山は富士山のことで、方丈とは神仙が住む東方絶海の中央にあるとされる島のこと、瀛洲は日本のことです←つまり、全て日本のことです。
始皇帝も徐福も同じ名字の「瀛」氏で、瀛は日本のことを指してるので、ユダヤ人でもあり更なるルーツは日本ではないか?と飛鳥昭雄先生が言ってました。
粟嶋…めっちゃうちの近所なんだか
今は入れないけど、洞窟がありますが伝承では八百比丘尼と言う人魚が住んでいたと言われています。
粟嶋は粟嶋神社として少彦名命が祀られていますが
八尾比丘尼の洞窟の手前に、大岩大神宮とかかいてある小さな社があるけど、
少彦名命の上陸の地?岩?が祀ってありますよね。そこが現場なのかな?
私の聞いた八百比丘尼は人魚の肉と知らずに食べた娘が、不老不死となり、八百歳まで生きたのち尼となり出家します。松の木を植えてこの松が枯れたら私が死んだと思ってください。という話です。ちなみにその松の大木はまだ青々としています。
今回の出雲口伝では描かれていない朝鮮半島の辰韓のことや牛頭天皇=スサノオの流れ、そして蘇民しょうらいの伝承などとのつながりの考察も期待しています。
歴史習い始めた小学生の頃から、一旦縄文時代に戻った方がみんな幸せじゃない?って周りに言ってた私正解だったのかな〜🥹
長野県には戸隠神社と同格の穂高神社があり、祀られている神様が九州の海人族である安曇氏です。
ルーツは九州だとばかり思っていましたが、出雲や徐福と繋がるとは驚きです。
この世の中で恩を仇で返す人ほど嫌いな相手はいません。胡散臭い自分達を受け入れてくれた感謝など最初からなくて、騙される間抜けという目線だったのかと思うと辛い気持ち。相手が信仰するものを罪悪感もなく破壊する。伴天連追放令。
日本人のくせだな。しかし、外人には注意したほうがいい。
コロナ前に、ほつまつたえの勉強会に参加していました。書かれている内容と、ヲシテ文字の読み書きが主な目的でした。アワ唄も勉強しました。ただ、そこで、武内文書とか宮下文書といった他の古史古伝について、紹介はあったものの内容の比較はまったくなく、質問してもあちらはあちらの研究者がいるんで、みたいな話で終わってしまっていたので、消化不良を起こしていました。サムさんの解説で、ほつまの勉強会のことも理解に役立ち、無駄ではなかったと思い直しています。
衝撃を受けました。
日本は面白すぎる。
自分の寿命が来る前にトゥランさんに出会えた奇跡と運命に感謝しかありません。
自分はホツマツタヱが好きなのですがホツマと出雲口伝の内容が全然重ならないのがまた面白い
そうなんだ!ホツマツタエも学んでみたら良いんですね!
@@seorzmzh
ホツマツタヱではスサノオはソサノヲと記されて ソサの国 (紀州熊野 和歌山県) で生まれて
ソサの国を治めていた。母親はイザナミ、父親はイザナギだが実はイザナミと火之迦具土の間に出来た
不倫の子であると考察する人も多い。
古事記でイザナギが火之迦具土を斬殺した本当の理由がこの不倫に発狂したのが原因とも言われる
トホカミヱヒタメの「ヒ」は消されてトホカミヱミタメにされてしまった 嘘か本当かは知らん
凄い考察、ありがとうございます。徐福って、日本に来たんじゃないかなー?でも、痕跡がないとずっと不思議だったんですが、謎が解けました。
スサノオでおり、アマテラスの系統あったとは。
そして、出雲すら、インドから来たナーガ、蛇の一族。この島に居ついていた縄文人、日本古来のものって
なんだったんでしょう?そついう疑問が出てきました。
サムくんの考察まじすごい!😳なるほどねぇーーー。
わくわくするよね。
何度も観ます!メモを取りながら観ます!
これによれば、安曇族(長野県安曇野市)は徐福の連れてきた子供たちの末裔なのですね。説得力ありすぎて信じてしまいます。
今回、話に出ませんでしたが、
事代主が亡くなった後、
妃のヌナカワヒメは、
御子・建御名方を連れて
越の実家に帰るのです。
建御名方はそこから、
出雲族とともに、
諏訪へ進出しますが、
建御名方の妃となった
ヤサカトメが
安曇族の姫だと聞いています。
ですので、
出雲族と安曇族が
一緒になって諏訪へ流れたと
思います。
そういえば出雲大神宮に真名井の水があったなぁ
鳥居の建立は出雲大社出資になってた
北極星信仰は私が住むハワイにもあり、北極星などを目指し、昔の方法で作った船「ホクレア」号が今も海洋を旅しています。レムリア文明も日本とハワイを結ぶ太平洋付近にあったと言われてますが、海洋民族のラピュタ族との関連も教えていただきたいです。今回も神回でした。古代の歴史って本当にワクワクしますね。ありがとうございます。
いつも参考にさせて頂いております。
【岐神の導き】
古代、航海を対馬海流と風向きに頼っていた時代、貿易は南風となる春夏に九州から出発し、帰国は北風となる旧暦10月に稲佐の浜に到着していた。稲佐の浜は本州における輸入の重要港でありカムト(神門)と呼ばれ同地を管轄していた神門家は西出雲王家となり出雲連合の盟主だった。一方、輸出品は東出雲を先に経由するためこちらも繁栄し、一族は向家(神門の向かいという意)からいつしか富家と呼ばれるようになり東出雲王家とされた。西出雲と東出雲は交互に大名持(主王)と少名彦(副王)を務めた。出雲では旧暦10月になるとウミヘビが稲佐の浜に漂着し、帰国の時期を知り、「神迎祭」を行った。全国から貿易品を求めて神様が集まり神在月と呼ばれた。神々は貿易の取り分を相談し合い「神議り」と呼ばれた。神々の解散の時期になると「神等去出祭」が行われた。今でも出雲に伝統が残っている。神門家の末裔はカモ族(カミの意)と呼ばれ、氏神として阿遅鉏高日子根を祭った。一方、富家の末裔は氏神を事代主として祀り東出雲の象徴だった。丹後にも天火明命を氏神とする一族が住み着き繁栄した。朝鮮半島情勢による朝鮮の港の変遷により到着地がいつしか稲佐の浜でなくなり衰退傾向となった。しかし日本海勢力は大和にも勢力を伸ばした。葛城山一帯には鴨族や尾張系、三輪山一帯には葉江家、奈良北部には丹後勢力がいた。春日には和邇氏もいた。淀川一帯にも勢力があり、天野川周辺には宇麻志摩遅の末裔 物部氏、安威川には三島溝杭、他に鴨族の分派もおり姻戚関係があったため三島鴨神社なるものができた。大和の一等地は三輪山(三輪山も三諸山も酒の意)であり、富家の末裔である葉江家がここの盟主として繁栄し八重波津身事代主(恵比寿)は商売繁盛の神様となった。登美長髄彦は富氏であり葉江家(八重かつ栄え)とは近い親戚であり共に繁栄し神武東征の際に裏切らなかった。鴨族は遠い親戚でしかなく利権が少なかったため八咫烏として神武側についた。宇麻志摩遅も饒速日と称して神武についた。兄磯城も裏切らなかったが弟磯城は神武についた。弟磯城は後の磯城縣主となった。八重波津身事代主の息子の天日方奇日方は鴨氏の婿養子となり鴨王と呼ばれた。鴨王の末裔は鴨都波神社を創建し、いつしか阿遅鉏高日子根と事代主が混同されるようになった。東出雲には意宇郡がある。太田田根子、太安万侶、多氏、神八耳などと関係がある。国譲りは、出雲と大和の両方同時に行われたのではない。大国主が事代主に聞けといったのは大和の国譲りの件を意味している。
お話はビッグボリュームでもイメージしやすい語り口だから凄い分かりやすいです!ありがとうございます。