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幸せの火が灯りました😊幸せや喜びを、嫌いな人はいないと思います。だから、今の世の中二極化なんて、ほんとは馬鹿げていると改めて感じました。世の中の解決策になるお話しをありがとうございました😊器が大きくないと、まだまだ私は未熟者です。少しでも、ちかづけるように目指していきたいと思います🍀ありがとうございます😊
自分のしあわせを、みんなにとってのしあわせにまで広げる菩薩の道!それだけでも、世の中すみずみまで届いていったら本当に良い世の中になっていきますね!みんな頭では分かっていても実践となると追いつかなかったりする所を、広く実践して広める力がある空海のような生き様を示せる人が増えると人類全体の菩薩行も進みそうですね!
小名木先生、本日も素晴らしいご講義をいただきありがとうございます。心を動かされました。
空海さんが素晴らしい日本人であることが今回のお話でとてもよく分かりました。自分の学びたいという欲望もいつか大欲に繋がればいいなと励まされました。いつも目からウロコの素晴らしいお話を有り難うございます。
ありがとうございますっっ☺️みんなで幸せになりましょうっっ💕💕💕
「菩薩」の文字的意味、また道徳的な解釈として先生のおっしゃる話は素敵ですね。ただ本来の「菩薩」の意味を履き違えると問題ですので、諸経の王たる法華経から解説しますね。菩薩とは菩提薩埵(ボーディサッタ)の省略形で、悟りを求める者のことです。そして菩薩は修行を重ねて悟りに近づくのですが、その途上、人を悟りに導くためのあらゆる努力が菩薩行とされてます。人を悟りに導くことが正に衆生の救いです。そして、修行ののち菩薩が完全に悟りに到達すると如来になる、とされてます。
まあ、小名木さんの解釈もそれで納得するなら自由であるということですね。玄奘三蔵や鳩摩羅什などがインドから中国へ仏教を持ち帰った際、中国人は慣例に従って名詞や訳せない言葉はそのまま音訳したはずですから、あなたの解説が本来の意味であることは、小名木さんもご存じのはずなんですがね・・・。この先生、たまにテキトーなことを言うので(笑)
ありがとうございます😊感謝いたしております❤
小名木先生の話は聞きやすく分かりやすい✨
今回も素晴らしい講話でした。どんな分野であれ一つの道を極めた人物というのは、「救いの元」となり大欲を貫き生を全うされたのですね・・・果てしない・・・
恥ずかしながら生れて初めてお聞きしたお話で御座いました(90歳です)みんなで楽しく幸せになる「大欲」を求めるのが「菩薩行」・・・「空海さん」の卓抜を学ばせて頂きました有り難う御座いました。若い頃「信仰は民主主義ではなく個人主義である」を本で読んだことありましたが、時々思い出したりしています。それにしても「小名木先生のトーク」は若か若かしくて勢いがいつも素晴らしいですね。日頃のお元気をお祈りしています。いまyoutubeで「塩分は日に6グラム」って読みましたよアッチャ~です。
菩薩道を生きるために生まれてきたと占いで言われた事があります。菩薩道てなんだ?とずっと思っていましたが今日なんとなく府に落ちました。なんとなく空海が好きでしたが菩薩と関係があるんですね。先生ありがとうございました!
高野山が大好きでドライブがてら又は難波から高野号でも何度も行き宿泊しておりますが最初の頃朝6時ごろに奥之院に行くとお勤めが始まっています。お掃除をなさっているお坊さんに上がらせて頂いても宜しいでしょうかと?とお聴きするとどうぞと言われてあそこに手を洗う ? 浄める ? 粉の名前は忘れましたが その粉を一つまみして( 現在コロナ禍の色々な場所の入口に置いてある消毒液かな?) 心身共に浄めてからご昇段させて頂きました。中には既に20名程の方々が居られてお念仏なされて居ました。私は少し足が悪いので椅子に腰掛けて座り皆さんのお勤めに習って手を合わせて居ました。帰る時は心も身体も清々しさを覚え小鳥の声もより美しい声で鳴いて居るなと感じながら宿泊して居る所へ辿り着きました。
4:15 小名木先生わかりやすい。
有り難い解説、ありがとうございます。
ありがとうございます。木花咲耶姫にも繋がるかと、思いました。弥栄、ニッポン‼️
もう少しで弥勒菩薩の降臨ですね。僕も29歳から35歳まで釈迦と同じ修行して35歳で新たな悟りを開く事が出来ました。釈迦さんの教えでは救われ無かった人もきっと救われる内容に完成したと思います。
空海様、今の時代で言えば保守系ですね😍呼び戻すことは出来ないとしても、その教えを頭に叩き込んで残りの人生を堂々と生きて参りたいと思います🙇♂️
財務省や政治家たちに説法してください。
背景の菩薩様の像は大変お綺麗ですが、どちらにいらっしゃるんでしょうか。
小名木様の語る、花が命の素を蓄えやがて花開いていくイメージは、無限の宇宙を生みそこに生じるあらゆる命をさとりに導くという菩薩行のあり方を、印象的に表現したものだと思います。映画『男はつらいよ』の主題歌2番の歌詞を思い出しました。
弘法大師は本物の天才。
すご
中学生の美術の授業で先生が仏様は男性でも女性でもないように表されていますと仰っていたのを思い出しました。
とても分かりやすいです。有難うございました(╹◡╹)♡
大我とは中々大変の様です。小我は元より、内輪の我とか一部に叶う我とかが精一杯の人が大半の様でして、でも希望としては大我の集団が出来て欲しいところです。
たまに視聴しておりますこの動画を見る直前に入菩提行論を調べてたので繋がってるよなぁ…って思います
目指すぞ「菩薩業」!!
仏教はインド辺りの宗教なので漢字で解釈すると誤解するかもサンスクリット語やパーリ語で解釈するとサクッと腑に落ちます。bodhisattva → 菩薩
官僚キャリアや政治家もこの講義を試聴すればなー
菩薩の字はなるほどですが、本来は菩提薩埵(ぼだいさった)。悟りを求めてあらゆる努力や修行をする者のことを菩薩と言って広義では我々もその一人。そして仏様の「仏」とは、修行を完成させて悟った者(如来)のことを言うから、菩薩=仏ではない。ちなみにこの世界で仏覚(最高の悟り)を開いたのは釈迦だけで、次は弥勒菩薩(みろくぼさつ)という菩薩が仏に成るとされています。
2:00 3:08 4:10 5:37 6:20 6:40 6:55 7:05
漢字はサンスクリットの音と近い意味を宛てた宛字。ホーサー→菩薩修行僧
真言宗は祈願仏教なので、自分に合っています。日本に来ると仏様も女性になるところが好きです。あの世に行っても男ばかりでは嫌です。そしてこんな美しい菩薩像を毎日見ているとひどい欲望など、どうしておきましょうか?子ども食堂の風景を見ることがありますが、子供の礼儀のなさ(躾とは違いますよ)やそれを迎えにきた母親や年寄りも同様で、そのさもしさを見ていると愛想がつきます。教養としての神道、仏教が軸としてなくなったからです。民意が高いなどと到底思えません。子供のうちから、貧しくても家庭で教えていってほしい。
世界のトップが菩薩の行いをすれば 戦争しなくていいのでは
維新の足立が同じような事を言っているよ だから俺は好きなんだ
この「菩薩」というのは日本で生まれたものですか?大陸から伝わったものですか?
サンスクリットに当てた字ですからちょっと違うんですよね。聖徳太子が、山に出家した僧侶に対して言った言葉が正しいと思いますよ。つまり、「庶民に説く事で、人々の営みを豊かにする」と言う意味です。だから聖徳太子は、我悟れりと偉そうにするなら、山から下りて里で説法をしなさい。下りて来ないと言う事は、未だ至らずと言うことではないか。そうであるならば、一体いつまで修行をしているつもりなのかと言われた訳です。そう言う業(行)の事を菩薩行と言うわけです。サンスクリットの場合は、そのまま日本語に直した方が正確です。「ボサツ」で変換すると、「差別を無くし、分け隔てをしない」という意味になり、別の言葉で言うと、「遍照」になります。もっと庶民(個人)のレベルに言い換えて、砕いて言うと、仰る意味になると思います(高野山での説明)。漢字訳は意味が変わってしまう事が、まま有りますので、文献として不正確と言われる原因ですね。
ある意味、政治家を目指す人が、街頭演説をするのも良く似ているのではないでしょうか。ただ、その前にちゃんと修行をしてもらいたいものですね。知名度頼みはダメですが、人間性まで見抜くのは難しいですよね。
別な視点から ①如来――悟りを開き真理を体得した仏さま。釈迦・阿弥陀・薬師など ②菩薩――悟りを求め人々に救済をもたらす仏さま。観音・弥勒など ③明王――怒りの形相で人々を導く密教の仏さま。不動・五大など ④天部――仏様を守る古代インドの神々で現世利益をもたらす。帝釈天・梵天・四天王などここで聖徳太子で有名な「四天王寺」 この四天王とは、④の天部の中でも帝釈天の配下(家来)で四方を守る役目の天(いわゆるボディーガード)のことです。本来は地名通りの「天王寺」で天皇をお祀りするお寺です。651年-前期難波宮(現大阪城南)の天子 タリシホコ(隋に国書を送った有名な"日出處天子") をお祀りするお寺でしたが、平安時代から救世観音をご本尊とのこと。
菩提薩タと言う言葉の略
インド発の神様なので、サンスクリット語で語源を探るべきと思います。漢字ではなくて。空海の解釈は日本国内では権威あるかもしれないけど、菩薩という言葉は日本国内に限定されない。空海の解釈に偏ってると感じます。
菩薩は仏ではないんですが…弥勒如来とか言ってる人もありましたが…トホホ原典は漢字ではないので、漢字の意味はたいして関係ないですよ。色即是空の色だって空だってそのままの意味で読むと誤解します。
理想と現実は違う、これも教えとして学ぶ必要があるんじゃないですか? 夢や霞だけで人間生きてはいけません。
ボーディ・サットヴァでは?
これは大間違いでしたね。インド語だ!との認識が先。厳密には仏教が聖典用語として定めたパーリー語と判るべきでしたね。持論に走ったための、推敲・検証不足からの事故でした。菩薩は菩提薩埵と漢字で音写した梵語を菩薩と略称しただけの極めて日本的変革が犯したミス本来の梵語(パーリー語)では菩提はボーディ、つまり「悟りの智慧による不動の安らぎ」を意味する言葉であり、薩埵はサットゥバ(サトバン)、つまり「戦士」の意味です。と言う事は、仏の悟りを求めて自己の煩悩と戦う「心の戦士」である!と言う意味ですよ。花の脂肪とか…日本的感覚で漢字からの思い付きを披露してはダメ!…あなたにも持論を確論に高めたいがためのミスが有る事と、噂を広める罪「邪見」が仏教では第六番の「大叫喚地獄」に落ちる程の重罪にあたる事は「往生要集」や「?」にも書かれています。…勿論、信じなけれはそれまでの経典ですから、脅しでは有りませんが、あなたのファンとして、進言させて頂きました。これからも、気が付いたときは躊躇なく書き込ませて頂きたいと、思っています。老骨の寝言と捉えて頂きたく存じます。
日本の中華料理や韓国料理の味が本場中国や韓国のそれと異なるように、仏教もインド→中国→日本とやって来る頃には日本流にアレンジされてます。小乗→大乗。菩薩の意味も日本流ということであれば良いと思います。サンスクリット語の味は日本人には辛すぎるかもしれません。(笑)
菩薩の菩は『説文解字』では歩乃切:艸也。从艸、咅聲。薩は『説文解字』には無いが”艸、阝(左)、文、厂、生から出来ている。菩薩は宗教の大前提となる輪廻転生の如来とともに根本佛である。
菩薩は菩提薩埵の略語で、菩提薩埵と云う字はサンスクリット音にあてた当て字ですよね。阿耨多羅三藐三菩提もサンスクリット語音にあてた当て字で、字義に仏陀教義の意味は含まれていませんよね。何時から当て字に意味があるとなったのでしょうか。死んだら仏に成るなどの様に、仏説では無い説を仏説であるとするのはどうかと思います。
生まれてくる時、かの世へいく時(ーー;)ってね手ブラなんだよ⁉︎ お金の戒名も持っていけないんだよ😂だって輪廻転生しても戒名覚えてないでしょ?
菩薩はインドのサンスクリット語(梵語:ぼんごと呼ばれている)を「音訳:おんやく」したものですね!音を直接漢字に当てはめたものです!簡単な例えだと暴走族が言葉の音だけを別の漢字で書くようなモノです…例:よろしく(意味:程々に)→夜露死苦みたいな笑笑反対に、言葉の意味を訳したものは「意訳:いやく」と言われています例:プンダリーカ(ハスの花)→蓮華音訳は「芬陀梨伽」となります菩薩は、梵語(インドのサンスクリット語)のboddhi-sattvaボディーサットバの音を当てはめて「菩薩薩埵:ぼだいさった」と音訳したものです!意味は「自ら仏の悟り(菩提)を求めて学び続け、苦しむ民衆に説き伝えて救うことを諦めない者」という意味です
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小名木先生、本日も素晴らしいご講義をいただきありがとうございます。心を動かされました。
空海さんが素晴らしい日本人であることが今回のお話でとてもよく分かりました。自分の学びたいという欲望もいつか大欲に繋がればいいなと励まされました。
いつも目からウロコの素晴らしいお話を有り難うございます。
ありがとうございますっっ☺️
みんなで幸せになりましょうっっ💕💕💕
「菩薩」の文字的意味、また道徳的な解釈として先生のおっしゃる話は素敵ですね。
ただ本来の「菩薩」の意味を履き違えると問題ですので、諸経の王たる法華経から解説しますね。
菩薩とは菩提薩埵(ボーディサッタ)の省略形で、悟りを求める者のことです。そして菩薩は修行を重ねて悟りに近づくのですが、その途上、人を悟りに導くためのあらゆる努力が菩薩行とされてます。人を悟りに導くことが正に衆生の救いです。
そして、修行ののち菩薩が完全に悟りに到達すると如来になる、とされてます。
まあ、小名木さんの解釈もそれで納得するなら自由であるということですね。
玄奘三蔵や鳩摩羅什などがインドから中国へ仏教を持ち帰った際、中国人は慣例に従って名詞や訳せない言葉はそのまま音訳したはずですから、あなたの解説が本来の意味であることは、小名木さんもご存じのはずなんですがね・・・。この先生、たまにテキトーなことを言うので(笑)
ありがとうございます😊感謝いたしております❤
小名木先生の話は聞きやすく分かりやすい✨
今回も素晴らしい講話でした。どんな分野であれ
一つの道を極めた人物というのは、「救いの元」となり
大欲を貫き生を全うされたのですね・・・果てしない・・・
恥ずかしながら生れて初めてお聞きしたお話で御座いました(90歳です)みんなで楽しく幸せになる「大欲」を求めるのが「菩薩行」・・・「空海さん」の卓抜を学ばせて頂きました有り難う御座いました。若い頃「信仰は民主主義ではなく個人主義である」を本で読んだことありましたが、時々思い出したりしています。それにしても「小名木先生のトーク」は若か若かしくて勢いがいつも素晴らしいですね。日頃のお元気をお祈りしています。いまyoutubeで「塩分は日に6グラム」って読みましたよアッチャ~です。
菩薩道を生きるために生まれてきたと占いで言われた事があります。
菩薩道てなんだ?とずっと思っていましたが今日なんとなく府に落ちました。なんとなく空海が好きでしたが菩薩と関係があるんですね。
先生ありがとうございました!
高野山が大好きでドライブがてら又は難波から高野号でも何度も行き宿泊しておりますが最初の頃朝6時ごろに奥之院に行くとお勤めが始まっています。お掃除をなさっているお坊さんに上がらせて頂いても宜しいでしょうかと?とお聴きするとどうぞと言われてあそこに手を洗う ? 浄める ? 粉の名前は忘れましたが その粉を一つまみして( 現在コロナ禍の色々な場所の入口に置いてある消毒液かな?) 心身共に浄めてからご昇段させて頂きました。中には既に20名程の方々が居られてお念仏なされて居ました。私は少し足が悪いので椅子に腰掛けて座り皆さんのお勤めに習って手を合わせて居ました。帰る時は心も身体も清々しさを覚え小鳥の声もより美しい声で鳴いて居るなと感じながら宿泊して居る所へ辿り着きました。
4:15 小名木先生わかりやすい。
有り難い解説、ありがとうございます。
ありがとうございます。
木花咲耶姫にも繋がるかと、思いました。
弥栄、ニッポン‼️
もう少しで弥勒菩薩の降臨ですね。
僕も29歳から35歳まで釈迦と同じ修行して35歳で新たな悟りを開く事が出来ました。釈迦さんの教えでは救われ無かった人もきっと救われる内容に完成したと思います。
空海様、今の時代で言えば保守系ですね😍呼び戻すことは出来ないとしても、その教えを頭に叩き込んで残りの人生を堂々と生きて参りたいと思います🙇♂️
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背景の菩薩様の像は大変お綺麗ですが、どちらにいらっしゃるんでしょうか。
小名木様の語る、花が命の素を蓄えやがて花開いていくイメージは、無限の宇宙を生みそこに生じるあらゆる命をさとりに導くという菩薩行のあり方を、印象的に表現したものだと思います。映画『男はつらいよ』の主題歌2番の歌詞を思い出しました。
弘法大師は本物の天才。
すご
中学生の美術の授業で
先生が
仏様は男性でも女性でもないように
表されていますと仰っていたのを
思い出しました。
とても分かりやすいです。
有難うございました(╹◡╹)♡
大我とは中々大変の様です。
小我は元より、内輪の我とか一部に叶う我とかが精一杯の人が大半の様でして、
でも希望としては大我の集団が出来て欲しいところです。
たまに視聴しております
この動画を見る直前に入菩提行論を調べてたので繋がってるよなぁ…って思います
目指すぞ「菩薩業」!!
仏教はインド辺りの宗教なので
漢字で解釈すると誤解するかも
サンスクリット語やパーリ語で
解釈するとサクッと腑に落ちます。
bodhisattva → 菩薩
官僚キャリアや政治家もこの講義を試聴すればなー
菩薩の字はなるほどですが、本来は菩提薩埵(ぼだいさった)。
悟りを求めてあらゆる努力や修行をする者のことを菩薩と言って広義では我々もその一人。
そして仏様の「仏」とは、修行を完成させて悟った者(如来)のことを言うから、菩薩=仏ではない。
ちなみにこの世界で仏覚(最高の悟り)を開いたのは釈迦だけで、次は弥勒菩薩(みろくぼさつ)という菩薩が仏に成るとされています。
2:00 3:08 4:10 5:37 6:20 6:40 6:55 7:05
漢字はサンスクリットの音と近い意味を宛てた宛字。
ホーサー→菩薩
修行僧
真言宗は祈願仏教なので、自分に合っています。日本に来ると仏様も女性になるところが好きです。あの世に行っても男ばかりでは嫌です。そしてこんな美しい菩薩像を毎日見ているとひどい欲望など、どうしておきましょうか?子ども食堂の風景を見ることがありますが、子供の礼儀のなさ(躾とは違いますよ)やそれを迎えにきた母親や年寄りも同様で、そのさもしさを見ていると愛想がつきます。教養としての神道、仏教が軸としてなくなったからです。民意が高いなどと到底思えません。子供のうちから、貧しくても家庭で教えていってほしい。
世界のトップが菩薩の行いをすれば 戦争しなくていいのでは
維新の足立が同じような事を言っているよ だから俺は好きなんだ
この「菩薩」というのは日本で生まれたものですか?大陸から伝わったものですか?
サンスクリットに当てた字ですからちょっと違うんですよね。聖徳太子が、山に出家した僧侶に対して言った言葉が正しいと思いますよ。つまり、「庶民に説く事で、人々の営みを豊かにする」と言う意味です。だから聖徳太子は、我悟れりと偉そうにするなら、山から下りて里で説法をしなさい。下りて来ないと言う事は、未だ至らずと言うことではないか。そうであるならば、一体いつまで修行をしているつもりなのかと言われた訳です。そう言う業(行)の事を菩薩行と言うわけです。サンスクリットの場合は、そのまま日本語に直した方が正確です。「ボサツ」で変換すると、「差別を無くし、分け隔てをしない」という意味になり、別の言葉で言うと、「遍照」になります。もっと庶民(個人)のレベルに言い換えて、砕いて言うと、仰る意味になると思います(高野山での説明)。漢字訳は意味が変わってしまう事が、まま有りますので、文献として不正確と言われる原因ですね。
ある意味、政治家を目指す人が、街頭演説をするのも良く似ているのではないでしょうか。ただ、その前にちゃんと修行をしてもらいたいものですね。知名度頼みはダメですが、人間性まで見抜くのは難しいですよね。
別な視点から
①如来――悟りを開き真理を体得した仏さま。釈迦・阿弥陀・薬師など
②菩薩――悟りを求め人々に救済をもたらす仏さま。観音・弥勒など
③明王――怒りの形相で人々を導く密教の仏さま。不動・五大など
④天部――仏様を守る古代インドの神々で現世利益をもたらす。帝釈天・梵天・四天王など
ここで聖徳太子で有名な「四天王寺」
この四天王とは、④の天部の中でも帝釈天の配下(家来)で四方を守る役目の天(いわゆるボディーガード)のことです。
本来は地名通りの「天王寺」で天皇をお祀りするお寺です。651年-前期難波宮(現大阪城南)の天子 タリシホコ(隋に国書を送った有名な"日出處天子") をお祀りするお寺でしたが、平安時代から救世観音をご本尊とのこと。
菩提薩タ
と言う言葉の略
インド発の神様なので、サンスクリット語で語源を探るべきと思います。漢字ではなくて。空海の解釈は日本国内では権威あるかもしれないけど、菩薩という言葉は日本国内に限定されない。空海の解釈に偏ってると感じます。
菩薩は仏ではないんですが…
弥勒如来とか言ってる人もありましたが…トホホ
原典は漢字ではないので、漢字の意味はたいして関係ないですよ。
色即是空の色だって空だってそのままの意味で読むと誤解します。
理想と現実は違う、これも教えとして学ぶ必要があるんじゃないですか? 夢や霞だけで人間生きてはいけません。
ボーディ・サットヴァでは?
これは大間違いでしたね。
インド語だ!との認識が先。
厳密には仏教が聖典用語として定めたパーリー語と判るべきでしたね。
持論に走ったための、推敲・検証不足からの事故でした。
菩薩は菩提薩埵と漢字で音写した梵語を菩薩と略称しただけの極めて日本的変革が犯したミス
本来の梵語(パーリー語)では菩提はボーディ、つまり「悟りの智慧による不動の安らぎ」を意味する言葉であり、薩埵はサットゥバ(サトバン)、つまり「戦士」の意味です。
と言う事は、仏の悟りを求めて自己の煩悩と戦う「心の戦士」である!と言う意味ですよ。
花の脂肪とか…日本的感覚で漢字からの思い付きを披露してはダメ!…あなたにも持論を確論に高めたいがためのミスが有る事と、噂を広める罪「邪見」が仏教では第六番の「大叫喚地獄」に落ちる程の重罪にあたる事は「往生要集」や「?」にも書かれています。…勿論、信じなけれはそれまでの経典ですから、脅しでは有りませんが、あなたのファンとして、進言させて頂きました。
これからも、気が付いたときは躊躇なく書き込ませて頂きたいと、思っています。老骨の寝言と捉えて頂きたく存じます。
日本の中華料理や韓国料理の味が本場中国や韓国のそれと異なるように、仏教もインド→中国→日本とやって来る頃には日本流にアレンジされてます。小乗→大乗。菩薩の意味も日本流ということであれば良いと思います。サンスクリット語の味は日本人には辛すぎるかもしれません。(笑)
菩薩の菩は『説文解字』では歩乃切:艸也。从艸、咅聲。薩は『説文解字』には無いが”艸、阝(左)、文、厂、生から出来ている。菩薩は宗教の大前提となる輪廻転生の如来とともに根本佛である。
菩薩は菩提薩埵の略語で、
菩提薩埵と云う字はサンスクリット音にあてた当て字ですよね。
阿耨多羅三藐三菩提もサンスクリット語音にあてた当て字で、
字義に仏陀教義の意味は含まれていませんよね。
何時から当て字に意味があるとなったのでしょうか。
死んだら仏に成るなどの様に、
仏説では無い説を仏説であるとするのはどうかと思います。
生まれてくる時、かの世へいく時(ーー;)ってね手ブラなんだよ⁉︎ お金の戒名も持っていけないんだよ😂だって輪廻転生しても戒名覚えてないでしょ?
菩薩はインドのサンスクリット語(梵語:ぼんごと呼ばれている)を「音訳:おんやく」したものですね!音を直接漢字に当てはめたものです!
簡単な例えだと暴走族が言葉の音だけを別の漢字で書くようなモノです…
例:よろしく(意味:程々に)→夜露死苦
みたいな笑笑
反対に、言葉の意味を訳したものは「意訳:いやく」と言われています
例:プンダリーカ(ハスの花)→蓮華
音訳は「芬陀梨伽」となります
菩薩は、梵語(インドのサンスクリット語)のboddhi-sattvaボディーサットバの音を当てはめて「菩薩薩埵:ぼだいさった」と音訳したものです!
意味は「自ら仏の悟り(菩提)を求めて学び続け、苦しむ民衆に説き伝えて救うことを諦めない者」という意味です