Размер видео: 1280 X 720853 X 480640 X 360
Показать панель управления
Автовоспроизведение
Автоповтор
何気に素晴らしい❤
紅白のお目出度いドレスと良い❣️日本の和楽の名曲を素敵なヴァイオリン🎻とピアノ🎹でアレンジ素晴らしいです。🤗 ブラボー💕
ありがとうございます😊誰もが聴いたことのある、新年に相応しい一曲かなと思い選曲しました✨
宮城道雄のレコードで正月に良く聴きます。ピアノとバイオリン中々合いますね。吉岡さん、5月のコンサート、楽しみです。アンコールはシュベルトのセレナデも良いですね。
この時期にピッタリの優雅な1曲です👍ピアノとバイオリンが刻む音色も素敵ですね😉🎶
ありがとうございます😊✨和楽器でのイメージしかなかったので逆に新鮮でした😳
ブラボー🎉美しいです。赤と白のドレスもすごく素敵です。
ありがとうございます😊🎍🌅
私の母が、私がお腹にいる頃からお箏を稽古しておりましたので、それこそ「胎教」の様に筝曲を聴いていました。現在、私が長唄三味線を演奏するようになったのも、この延長線上にあるのだと確信しています。長じて私が高校時代に吹奏楽部でフルートを経験していた事から、フルートとの二重奏をした事もあります。私も冒頭の少しを母に教わって(お箏を)弾いた事があった、かな・・・そこまでは、よく覚えてませんが。(「さくらさくら」や「六段の調」の冒頭くらいなら今でも弾けるかもしれません。「My 箏爪」も持っています。)さて、箏曲「春の海」や箏という和楽器などについて、和楽器経験者の私から、僭越ながら、この場を借りて補足致します。説明欄に「本来は箏と尺八の二重奏として作曲」とありますが、初演は当時の名ヴァイオリニスト「ルネ・シュメー女史」と宮城道雄師自らの二重奏で行なわれました。和楽器音楽に馴染みの無い現代人は、「こと」というと必ず「琴」の字を書きます。しかし、皆さんがイメージする「こと」にこの漢字をつかうのは、厳密には誤りです。「琴」と漢字表記をする場合は、(「はしら」と書いて「じ」と読む)「柱」を立てない「こと」を指し、日本人が通常イメージする「おこと」は、「柱」を弦と本体の間に挟んで立てる「こと」を指します。この決定的な違いを殆どの日本人は知りません。その証拠に、明治~大正時代の女性が嗜みとして弾いていた「一弦琴」や、現在でも中高年の皆さんがカルチャーセンターなどで習う「大正琴」には「柱」がありません。中国の「古琴」(クーチン)や韓国の「伽耶琴」(カヤグム)も同様です。一方、雅楽で使われる「楽箏(がくそう)」は、「箏」と表記する事からも分かる通り「柱」を立てます。これが、「柱」を立てる一般的な日本の「こと(箏)」を指して「琴」と表記する事が誤りである理由です。(「琴」を「“きん”の“こと”」、「箏」を「“そう”の“こと”」と区別します。)「柱」とは、バイオリンやヴィオラ、チェロなどで胴の中程に立てる薄い板(駒)に相当します。但し、駒を本体上に固定し、基本的には演奏中に絶対に動かす事が無い西洋楽器と異なり、お箏の「柱」は、演奏中に一時的、あるいは頻繁に動かして調弦を変える事もあります。また、筝曲の流派には「山田流」と「生田流」という二つの流派があって、宮城道雄は「生田流 宮城派」の祖です。従って、山田流筝曲の人間国宝でいらっしゃる「山勢松韻」先生が大昔に仰っていたと記憶していますが、基本的には山田流筝曲では「春の海」をお稽古しない事になっています。これも、お箏の経験者でない殆どの皆さんが一切ご存じない事です。「お箏を習っているなら春の海は弾けますね?」と、一般人の皆さんは安直にイメージしていらっしゃるでしょうが、実は、本来「春の海」が弾けるのは、筝曲経験者の内でも「生田流」を稽古している人のみなのです。「筝曲=春の海」という印象が、あまりにも一般人に広がりすぎた為、さすがに今では山田流の筝曲家さんでも、リクエストされたら弾ける様に、お稽古なさっているかもしれません。しかし、本来は宮城会を含む生田流で稽古する作品であって、山田流では必ずしも習わなくて良い曲であり、弾かない曲なのです。少なくとも、かつてはそうだった様です。
事細かな解説まで書いていただいてありがとうございます!😳読んだ方皆が勉強出来るような濃い内容で驚きました❣️
@@Rimoen 長文に面食らった事と存じます😅この機会に原曲の箏曲音楽や三味線音楽に興味を持って下さったら、和楽器学習者のひとりとして大変嬉しく思います😃
何気に素晴らしい❤
紅白のお目出度いドレスと良い❣️
日本の和楽の名曲を素敵なヴァイオリン🎻とピアノ🎹でアレンジ素晴らしいです。🤗 ブラボー💕
ありがとうございます😊誰もが聴いたことのある、新年に相応しい一曲かなと思い選曲しました✨
宮城道雄のレコードで正月に良く聴きます。ピアノとバイオリン中々合いますね。吉岡さん、5月のコンサート、楽しみです。アンコールはシュベルトのセレナデも良いですね。
この時期にピッタリの優雅な1曲です👍
ピアノとバイオリンが刻む音色も素敵ですね😉🎶
ありがとうございます😊✨
和楽器でのイメージしかなかったので逆に新鮮でした😳
ブラボー🎉
美しいです。
赤と白のドレスもすごく素敵です。
ありがとうございます😊🎍🌅
私の母が、私がお腹にいる頃からお箏を稽古しておりましたので、それこそ「胎教」の様に筝曲を聴いていました。
現在、私が長唄三味線を演奏するようになったのも、この延長線上にあるのだと確信しています。
長じて私が高校時代に吹奏楽部でフルートを経験していた事から、フルートとの二重奏をした事もあります。
私も冒頭の少しを母に教わって(お箏を)弾いた事があった、かな・・・そこまでは、よく覚えてませんが。
(「さくらさくら」や「六段の調」の冒頭くらいなら今でも弾けるかもしれません。「My 箏爪」も持っています。)
さて、箏曲「春の海」や箏という和楽器などについて、
和楽器経験者の私から、僭越ながら、この場を借りて補足致します。
説明欄に「本来は箏と尺八の二重奏として作曲」とありますが、
初演は当時の名ヴァイオリニスト「ルネ・シュメー女史」と宮城道雄師自らの二重奏で行なわれました。
和楽器音楽に馴染みの無い現代人は、「こと」というと必ず「琴」の字を書きます。
しかし、皆さんがイメージする「こと」にこの漢字をつかうのは、厳密には誤りです。
「琴」と漢字表記をする場合は、(「はしら」と書いて「じ」と読む)「柱」を立てない「こと」を指し、
日本人が通常イメージする「おこと」は、「柱」を弦と本体の間に挟んで立てる「こと」を指します。
この決定的な違いを殆どの日本人は知りません。
その証拠に、明治~大正時代の女性が嗜みとして弾いていた「一弦琴」や、
現在でも中高年の皆さんがカルチャーセンターなどで習う「大正琴」には「柱」がありません。
中国の「古琴」(クーチン)や韓国の「伽耶琴」(カヤグム)も同様です。
一方、雅楽で使われる「楽箏(がくそう)」は、「箏」と表記する事からも分かる通り「柱」を立てます。
これが、「柱」を立てる一般的な日本の「こと(箏)」を指して「琴」と表記する事が誤りである理由です。
(「琴」を「“きん”の“こと”」、「箏」を「“そう”の“こと”」と区別します。)
「柱」とは、バイオリンやヴィオラ、チェロなどで胴の中程に立てる薄い板(駒)に相当します。
但し、駒を本体上に固定し、基本的には演奏中に絶対に動かす事が無い西洋楽器と異なり、
お箏の「柱」は、演奏中に一時的、あるいは頻繁に動かして調弦を変える事もあります。
また、筝曲の流派には「山田流」と「生田流」という二つの流派があって、宮城道雄は「生田流 宮城派」の祖です。
従って、山田流筝曲の人間国宝でいらっしゃる「山勢松韻」先生が大昔に仰っていたと記憶していますが、
基本的には山田流筝曲では「春の海」をお稽古しない事になっています。
これも、お箏の経験者でない殆どの皆さんが一切ご存じない事です。
「お箏を習っているなら春の海は弾けますね?」と、一般人の皆さんは安直にイメージしていらっしゃるでしょうが、
実は、本来「春の海」が弾けるのは、筝曲経験者の内でも「生田流」を稽古している人のみなのです。
「筝曲=春の海」という印象が、あまりにも一般人に広がりすぎた為、
さすがに今では山田流の筝曲家さんでも、
リクエストされたら弾ける様に、お稽古なさっているかもしれません。
しかし、本来は宮城会を含む生田流で稽古する作品であって、
山田流では必ずしも習わなくて良い曲であり、弾かない曲なのです。
少なくとも、かつてはそうだった様です。
事細かな解説まで書いていただいてありがとうございます!😳
読んだ方皆が勉強出来るような濃い内容で驚きました❣️
@@Rimoen
長文に面食らった事と存じます😅
この機会に原曲の箏曲音楽や三味線音楽に興味を持って下さったら、
和楽器学習者のひとりとして大変嬉しく思います😃