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▼茂木誠先生のもぎせかチャンネルはこちらbit.ly/mus_mogi
えっと、ローマが国教にキリスト教を据えた時 なんかの争いで、その空に 光り輝く十字架が現れて 恐れた ローマ皇帝が 国教にキリスト教 十字架を選んだ。って 今は誰も確認のできない話しがあったと思います(^^) あと、恐ろしい宗教っての あんまりないですけどねじ曲がった愛と、信じる心 信心が 怖いんだ と、思いますよ
ユダヤ人とナチスドイツについては皆さんと同じように知っていると思いますが、そこに至るまでのユダヤ人の歴史と旧約聖書の話までを詳しく聞いたことがなかったので、茂木先生の一連の動画を興味深く拝見しております。学校の授業のような学問みたいな説明ではなく、一般人にわかりやすく噛み砕いて説明くださるのがありがたいです。続きの動画も楽しみに待っております。
ヒトラーによるユダヤ人迫害にはルターのユダヤ人蔑視思想も影響したらしい。2010年頃にルーテル教会が正式な謝罪広告を出しました。
@@佐藤秀-w4m ?
コンスタチヌスも教父アウグスチヌス(母は、聖女モニカ。)も母親が熱心なカトリックで、彼らは改宗したそうですね。「子どもの運命は、常に母親が握っている。(ナポレオンボナパルト)」(笑)individual remark thanks for uploading Merci beaucoup.
歴史って、本当に面白いですね。よい授業をありがとうございます😊
この度の一連のユダヤ関係シリーズは現代を読み解くために大事ですよね。明確でわかりやすく とても勉強になりました
今日も有り難うございました。先日初めて石切さんにお参りに伺って、ああ、いいなあと思ったものですから今回のお話しは凄くインパクトが有りました。
目前に起きている紛争事変の闇を読み解く鍵にも通じる、時宜を得たご講義、頭の整理となり、有難く拝聴させていただきました。続編、楽しみにしております。
若い頃、様々な本を乱読して、頭の中に残っていた単語や説話が結び付きます。
わかりやすくて面白い!興味のなかったジャンルなのにシリーズ全部みてしまった
毎日Upは嬉しい。
私は滋賀県(近江)です。母方は昔の地名秦荘、湖東三山の金剛輪寺の近くです。依智秦氏の古墳が有ります。仕事は代々続く神社仏閣⛩在家仏壇等作製しています。(400年前は甲冑作製)作製に当たり七種類の特殊技術を組み合わせ完成させていみます。以前より不思議に思う伝来技法が何処から来たのか調べてたことも有り特に金属鍍金(水銀鍍金ー戦後ドイツより伝わったイオン鍍金とは持続性がまったく違います)の伝来が分かりませんでした。後 現在90近い職人さんに話の中に 実は水銀鍍金はペルシャより伝来したとお聞きしました。昔より近江の土地は渡来人の話が地元で色んな資料が多く、有名ところ五箇荘、蒲生には 今から約1300年前に百済王一族が白村江の戦いで終われこの2つのエリアに住みついた。と言われています。 何が無しに見たRUclipsですが、なんとなく変な感覚になります。この辺りでやめておきます。
茂木先生素晴らしい👩🏫難しいストーリーも難無く解明して楽しいからますます興味深々です!
14:10 次回予告「これもえげつない話になります。はい、お楽しみに!」そのにこやかな表情に釣られて、楽しみにしてしまいましたよ。
とても分かりやすかったです✨ありがとうございます🙇ユダヤの歴史に何故かずっと興味があって、子供の頃から断片的に知識を得たけど、すっきりしました。
日本人には「正統ユダヤの血」が流れていると宇野正美氏がRUclipsで言ってました。GHQによって研究資料は殆ど焼かれてしまいましたが、血筋が残っているから、資料は無くとも興味を持つ人は多いんでしょうね。日本人くらいでしょう、ユダヤ人を毛嫌いしない民族は。
この話は貴重でした。
とてもわかりやすく面白いです!
動画のアップありがとうございます。応援しております‼︎
今回も分かりやすい解説ありがとうございます!毎日投稿嬉しいです!!
茂木先生の授業、わかりやすい!歴史が本当に面白いです。ありがとうございます。
楽しい 面白い ありがとうございます。
繰り返し何回も聴いています とても楽しいです勉強になります
おかげさまで、よくわかりました。ありがとうございました。
頭を下げるというより自然に頭が下がっちゃうそんな感じなら、良い気がするな。なんかすごいな。素敵だなと思う。そういう感情を、素直に表せたら良いな。
は さ
一流の話しての講師...内容の質が物凄く高い講義...
えげつない話を楽しみにって、、、
ユダヤ人とキリスト教の根源的な話ですが…複雑なので何回も見て流れをつかみたいと思いました…
もの凄く分かりやすい解説ありがとうございます!ところで日ユ同祖論について、一神教の彼等がすんなりと日本の古代思想に同化していくとは考えにくくなってきました😅
現在に通じる教義の成立以前に東西に生き別れて同じ祖先を持って居るだけでどちらかがどちらかの先祖と云う訳では無いですよ。日本の場合には通史的に禁教が殆ど有りませんでしたから一神教の部族が周囲と馴染むのは容易だったと思います。
@@恙恙 良かれ悪しかれ、何事も弾圧すると少なからず禍根を残す…。勉強になります!
@@hm-kq6cg ユダヤ人も奴隷使ってましたし何がどう転ぶか気をつけないと往けませんね😅
似るわけないんですよね😊居住地を持たない放浪していたユダヤ人が日本の祭事や神社は古ユダヤのとかマジ意味分からん😂秦の始皇帝がユダヤで子孫が渡来したからユダヤの文化が日本に根付いたみたいな事を言うてるが秦の始皇帝がユダヤ人なら中ユ道祖論が話題にならない方が可笑しい😂個人的には大陸半島ユ道祖論を推したい😊言語も似てると言うがパレスチナの中にイスラエルを建国したときに新しいヘブライ語にしてるから日本語に似てる言語をユダヤ人が取り入れたと思った方が良い😂戦国時代の日本に一神教の布教を建前に渡来したイエスズ会ですら思考をコントロールして家畜支配するための侵略用カルトだったので禁教令を出して一神教の関係者を狩り続け鎖国😅宗教=侵略と考えた方が無難
有難うございます。
日本に渡って来たユダヤ人の話しもしてほしいです。田中英道先生が言う様に、千葉県の古墳に多くのユダヤ人そっくりな埴輪が出土していますし、日本書紀に有ります様に、3〜4世紀辺りに、弓月の国から朝鮮半島を経由して、1万8000人ほど日本に移民して来た秦氏一族がいますが、その人々はユダヤ系の人達だと思います。是非そのあたりの先生のご意見をお聞きしたいと思います。
もはや話が高校世界史ですなあ
本当に宗教は人間を幸せにするのか 疑問が湧いてきますね。
地球に宗教が出来た時から、争いが生まれました。諸悪の根源は宗教です。宗教で”支配”を作りました。日本的に言うと、縄文時代に地球に”支配”を持ってこようとした為、地球原住民(イシカミ)により地球から追放され、流浪の民となった、ユ〇ヤの復讐物語が弥生=巳=蛇時代より本格化し、自然=神→テクノロジーAI=神とすり替わり、ユ〇ヤの復讐物語が完了する。
医療が発達していなかったり、社会保障などまったく無かった当時の貧しい人達の生き方を想像すれば、宗教ぐらいにしか救いを求められなかったのではないかなと私は思います。
失意のどん底にいて、何も信じられない時に、裏切られない何かを求めて、思想に縋る。僕は宗教人じゃないけど、不幸を薄めるくらい盲信できればそれは幸せに似た何かになるんではないでしょうか。
キリスト教、名前は知ってけど、実は知らんかった事がわかりました。つまり、先生のおかげ概要がわかりました。偉い先生が聖書を説明したり、ラジオで今日の言葉みたいにやってますが、今まで日本の教育は何だったのでしょうか?盲目の日本人を育てていたのでしょうか!?
宗教=思考をコントロールして家畜支配するために頭の良い人が作った一神教が布教した国=侵略済日本は明治維新から資本家の劇場が開幕天皇制を取り入れ資本家の台本通り国をあげて天皇崇拝させてカルト国家になる
歴史を何世代語り継いでいても常に同じ間違いを犯して身を亡ぼすとは・・
大変勉強になっています。お願いですが、タイトルに番号ふっていただけますか。
面白いですね、歴史。ユダヤ教、キリスト教がその後、古代日本社会にどう絡んで来たのか?が楽しみです。ありがとうございます。
マサダ要塞跡を軍隊の入所式に使っていたのはずいぶん前のことで、現在は使用されてないそうです。
聖母マリヤの怪奇現象が民衆の間で多発したというのもあるかと思います。
勉強させて頂きました。有難うございます。歴史は基本「殺戮」と「略奪」の繰り返しだと思っています。・・あとはイデオロギーの強制かな?
実に喋りが上手い、百田さんの日本保守党から議員になってほしいな。
神のユダヤに対する試練はえげつない感じがする。現代のイスラエルが小国でも強いのはユダヤは神の試練を乗り越えたからか?
いよいよ「グローバリズム」の本質と正体が明らかになりますね。
太宰治の「走れメロス」の時代ですね。
マサダ、ネゲヴ、イェリコ、いずれもイスラエル軍の銃の名前になっていますね
ありがとう
最終戦争で世界の2/3の人口が殺される惨状をみながら、自分らは助かったヤハウエ万歳と叫ぶという預言だからな。俺にはどうしてもそれがイエスの啓示とは思えない。
しかも、その戦争を自分らで仕掛けるんだぜ‼😡
@@princeglobaljapan 許しや慈愛、平等を説いたイエスとは完全に正反対の思想だよ。
後、教員は絶対知らないよりは知っておくべき!!だと思う。その上で判断して欲しいけど余りにも知らない教員が今は多い…。ネットが正しい訳でも無いかも知れないがデータ過ぎて戦地に行った人見てないから仕方ないかも知れないが、教鞭振るなら突き詰めろ!!
マサダの戦いって、まさに日本の山城の籠城戦の末、玉砕する日本人みたい。
発掘の結果、籠城したマサダでは、大量自殺の痕跡は見当たらないそうです。ローマ兵の遺骨が25人発見されただけから、かなり誇張した話とか。
@@バチコ-y9i さんそうなんですか⁉️😳それ(ユダヤ人は自殺してない、ローマ兵が殺された)が真相ならユダヤの迫害の歴史とはかなり歪なものになってるかもしれませんね?
神話とは、だいたい、こんなものでしよう。この話の出典は不確かですが、キリスト教辞典だったようです。もし、お望みならば調べてみます。
@@バチコ-y9i さん仰る通り、神話は悠久の時を隔て醸造されていくものだとは思いますが、、、でも、これは…なにも被害妄想で盛り付けなくても…純心な(?)ユダヤ教徒が気の毒になりました😢(ユダヤ教は根本的に、その方向付けする危険性を孕んでいるのでしょうか?)お手数お掛けしますが、何か解ったら、ぜひお聞かせください。🙏自分でも調べてみようと思います。
@@バチコ-y9i さん 私のイメージでは天草の原城みたく掘れば虐殺の遺骨が出てくる感じでしたが、ローマ兵のみとは驚きですね。どういう事でしょう!!ただ、日本とは気候が違うので、野ざらしで埋もれていく気はしませんね。なので、戦後の遺体はまとめて撤去し、ローマ軍の拠点として再利用で使ったのなら、ローマ兵の遺体だけ出てきてもおかしくないとは思います。
ピラトー1ポンテオ・ピラト(古典ラテン語:Pontius Pilatus (ポンティウス・ピーラートゥス)、生没年不詳)は、ローマ帝国の第5代ユダヤ属州総督(タキトゥスによれば皇帝属領長官、在任:26年 - 36年)。新約聖書で、イエスの処刑に関与した総督として登場することで有名。新約聖書の福音書の登場のほか、少し後の時代のユダヤ人の歴史家であるフィロンやフラウィウス・ヨセフスなどの歴史書においては、アグリッパ1世以前のユダヤ総督で唯一詳しい説明が存在する[1]。概説生没年や出身地などは不詳。ピラトはローマの騎士階級(エクィテス)に属し、ティベリウス帝治下に総督を務めた。シリア総督の下では代官。任期の前半においては反ユダヤ的な思想を持っていた親衛隊長官セイヤヌスの影響力が大きかったため、ピラトの統治にもその影響が出ている。ヨセフスの『ユダヤ古代誌』(第XVIII巻3章と4章)では、彼についての記述で以下のようなものがある。それまでのユダヤ総督が自重していた皇帝の胸像が付いた軍旗を夜間カエサリアからエルサレムに持ち込み、人目が付くところに掲げておいたが、人々の嘆願と態度で折れて撤去した。エルサレムに水を引くための水道工事に神殿に人々が納めていた金の一部を使用し、工事中止を訴えた人々を力ずくで解散させたことで死傷者が出た。ユダヤ人の指導者に告発されたイエスに十字架刑の判決を下した。ゲリジム山に集結した(ヨセフスによると詐欺師の「モーセの什器が見られる」という情報を信じて集まったという)サマリア人を、ローマ人からの離反未遂と思い込んで兵士たちに攻撃させ死傷者を出した。(なお『ユダヤ戦記』第II巻にもイエスの処刑の下りがない以外はほぼ同内容の記述がある。)この最後のサマリア人達の殺傷事件の後、サマリア人の評議会はシリア総督ウィテリウス(ピラトの上司に当たる)に使者を出し、ピラトの非道を訴えた(ローマ帝国では被支配住民に総督のリコール権があった)[2]。ところ、ウィテリウスは友人のマルケルスをユダヤ総督として派遣し、ピラトに「ローマに帰ってサマリア人から告発されていることを皇帝に釈明せよ」と命じた。こうしてピラトは10年間のユダヤ総督生活を終え、ローマへ向かったが、到着前に皇帝ティベリウスは死亡していたという[3]。フィロンの方(Filo,Leg.38 (299-306) )は、アグリッパ1世からカリグラに送られた手紙の中の話として書かれている記述で、ヨセフスの最初の話に似ているが内容が微妙に異なる。エルサレムに皇帝の像を建てることは不可能と考えたピラトが「像はないが皇帝の名がついた飾り用の金箔の張られた盾をエルサレムにある総督邸宅(元ヘロデの宮殿)に掲げる」という行為を行い、これを知ったエルサレム貴族とヘロデの4人の息子達[4] が盾を取り除くように嘆願し、それがピラトに通じないと知るとティベリウスに直訴してティベリウスはこれを認め、カエサリアにあるアウグストゥス神殿に移すように命じたことで皇帝の名誉とエルサレムの風習が保たれた。というものである[5]。キリスト教の聖書におけるピラトキリスト教の使徒信条に「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」とあるのは、史実性を示すものであり、キリスト教においてはこの記述は史実であるととらえられてきたが、史実性を否定する主張も存在する[6][7]。日本語訳聖書における名前の表記ピラトは新約聖書に記載のある人物だが、日本語訳聖書の中では様々な表記がなされる。具体例を挙げるとポンテオ・ピラト(文語訳・口語訳・新改訳)、ポンティイ ピラト(正教会訳)、ポンティウス・ピラトゥス(共同訳)、ポンティオ・ピラト(新共同訳)などがある。ピラトの性質ヨセフスは『ユダヤ古代誌』18巻で、ピラトとユダヤ人との間に起こった騒動として三つの事件をあげている。18巻3章3節には有名なイエス・キリストに関する記事がでていて、そこには「ピラトスは、彼(イエス)がわれわれ(ユダヤ人)の指導者たちによって告発されると、十字架刑の判決を下したが、最初に彼を愛するようになった者たち(イエスの弟子たち)は、彼を見棄てようとはしなかった」とある。フィロンに言わせれば「彼は融通のきかない性格で、とても頑固なばかりか無慈悲でもあった」〔フィロン「ガイウスへの弁明書」38章301節〕『ルカによる福音書』13:1に「ピラトがガリラヤ人の血をガリラヤ人たちのささげるいけにえに混ぜた」[8]と書かれているなど残虐であるが、裁判でのピラトの行動は陳情を繰り返すユダヤ人への恐れから(マルコ15:15)のものであったとされる[9][10]。ところが、この「冷酷無慈悲な」はずのピラトが、イエスの裁判に臨んだ際には、全く違った様子を見せる。イエスの無罪性新約聖書に描かれるピラトは最初のうちイエスの処刑に消極的であった[11]。福音書記者の証言では、ピラトがイエスの無罪を知っていたとされる(ルカ23:4、ヨハネ13:38)[12]。『ルカによる福音書』(23:4)には「わたしはこの男に何の罪を見いだせない」[13]とピラトが語ったと書かれており、『ヨハネによる福音書』(19:6)には、「十字架につけろ。」と叫ぶ人々に対し、「わたしはこの男に罪を見いだせない」[14]と述べたとあり、イエスの無実すら明言する。 『マタイによる福音書』(27:19)ではピラトの妻が登場し、死刑を宣告する前の晩に夢の中で苦しい目にあったので「あの正しい人」に関わらないでくださいと訴える。『ルカによる福音書』(23:1-12)によれば、ピラトはヘロデ・アンテパスの所にイエスを送り、イエスはヘロデによる尋問を受ける。ヘロデは兵士と一緒にイエスを侮辱し、派手な服を着せてピラトのもとにイエスを送り返したので、それまで敵対していたピラトとヘロデは仲良くなったという。手を洗うピラトピラトは手を洗って自分に責任がないことを示そうとしたが、彼は無罪を知りながら、人々を満足させるために不当な死刑判決を認めたのであり、ジェームス・パッカーはこれを最も愚かなジェスチャーである、としている[15]。『マルコによる福音書』(15:1-15)と『ヨハネによる福音書』(19章)には群集の要求にこたえてやむをえずイエスの処刑に踏み切ったとの記述がある。ピラトの動機には自分の政治生命を守ることがあり(ヨハネ19:12)、ローマにユダヤの情勢が伝わらないようにしたいという願いがあったとされる[12][9][10]。
ハドリアヌス、お前もか!と思ってしまいました。というかいつでも中東周りの情勢はカオスですね。迫害を受ける人々にもう悪意が触れて回る事が無いように、フラグが立てられる事が無いように祈ります。
このこじれ方が全ての始まり…。そもそもが切り離された瞬間…。一体どこまで続くの⁇
茂木先生、イスラエル建国のユダヤ人は違うってご存じの上で仰ってますね
中学高校の時にこんな先生に巡り合っていたら間違いなく人生が変わっていたと思う。時計の針が戻らないのが残念だ!
ロシア帝国の歴史のセミナーを希望します。
マサダで立て籠った7年間、水、食料、建材・・など、どうやって手に入れたのだろうか?
66年から73年までマサダに立て籠もりしたんちゃうで70年にエルサレム陥落から逃げてマサラに立て籠もり2年がかりでローマ軍が準備だから2年か長くて3年それでも兵糧攻め状態で精々半年しか水分と食糧も耐えられないと思う千人分の1日消費量で水1000リットル食糧1000キロ3年で水1000000リットル食糧1000トンなんて準備出来てるはずないもの現実は3ヶ月か半年で餓死だろうね
@@トワスト総研 ありがとうございます。
@@Aランチ-d9m さんあとマサダ砦は既に以前から建設してあった要塞なので、逃げ込んでから完全にゼロから建てた施設な訳ではないです
もう、最初にイエスが主張してたことを無視してるから、教え自体を悪くは思わないけど、教会という組織に対してはなんというか懐疑的になってしまうんだよなぁ
頭下げたくらいで地獄に送るだなんてなんて心の狭い神様だこと。そんな人でも神でもそんな了見の狭い者に従うほうがどうかしてる。
ですね。エゴを肯定している時点で駄目宗教。仏教というか釈迦の教えはその真逆。
信仰とは何か考えさせられます❣…行き過ぎた思想のように。だんだん宗教を国、民衆を統率するために使われていくんですね、日本も天皇陛下万歳で特攻ありました。拘り過ぎると宗教とか思想は怖いです。色々な考えや人種、自由がいいな❣次回も楽しみにしています。
天皇崇拝=宗教=侵略済天皇家こそ共産主義の象徴個人崇拝させて思考をコントロールして家畜として支配するのが一神教=天皇崇拝、イエス崇拝、サタン崇拝など
バビロン捕囚は70年ではないですか。
マサダの様な孤山に陣構えて水食料はどうしたのだろう。
なるほど、全ての疑問が解決しました。もしかしてユダヤ人にとって宗教が無かった方が幸せな人生を送れてたんじゃないかと思ったりします。
ユダヤ人の定義ってユダヤ教を崇拝してるかしてないかで人種的に捉えるのは困難なんだけどな…人種を定義する時に言語はとても大事なものだが、ヘブライ語はヨーロッパの言語に近づけて1948年の建国に合わせて最近作られた言語だし…今イスラエルにただ住んでる人達を表すならユダヤ人ではなくイスラエル人。ユダヤ人っていうのはイスラム教を崇拝してる人達をイスラム人って言っているような感じ
ローマの宗教傾向と建築ー4・カタコンベ(イタリア語:catacombe)とは、地下の墓所のこと。もともとはローマのサン・セバスティアーノ・フォーリ・レ・ムーラ教会がある場所の地下に存在する埋葬場所のことを意味していた。周辺の地形「窪地のあたり」を意味するad catacumbasに由来する。その後、死者を葬る為に使われた洞窟、岩屋や地下の洞穴のこと全般を指すようになった。厳密には3、4世紀のローマやその周辺地方の地下墓所をカタコンベと呼ぶ。英語(catacomb)ではカタコームまたはカタクームといい、語尾のbは発音しない。イタリア語(catacombe)やドイツ語(Katakombe)ではカタコンベと発音される。フランス語(Catacombes)ではカタコンブに近い音になる。イタリア・パレルモのカプチン会修道士墓所が最も有名で観光客も多く、タクシーで「カタコンベ」と言っただけで目的地に着くほどである。以下の場所が有名な墓所。イタリア・カプチン会修道士墓所 en:Catacombe dei Cappucciniイタリア・ローマのカタコンベ en:Catacombs of Rome(サン・セバスティアーノ・フォーリ・レ・ムーラ教会など)イタリア・骸骨寺 en:Santa Maria della Concezione dei Cappucciniフランス・カタコンブ・ド・パリオーストリア・ウィーン、シュテファン大聖堂、ミヒャエル教会エジプト・アレキサンドリアマルタ島スペイン・グラナダペルー・リマ類似のものとしてはトルコのアナトリア、北アフリカのスサ、イタリアのナポリ、ドイツのトリーア、ウクライナのキエフなどに存在する。ウクライナやロシアのカタコンベは鉱石、石灰岩の採掘後のトンネルが使われており、クリミアや黒海沿岸に位置している。有名なものはオデッサやクリミア、アジムシュカイ(Ajimushkay)のものである。それらはソ連の第二次世界大戦のゲリラの基地としても使われた。Ajimushkay には10000人の兵士や難民が葬られている。その後、博物館として公開されているところもある。・ローマ劇場(ローマげきじょう)は、古代ローマ時代に建設された半円形の劇場のことで、グナエウス・ポンペイウスが古代ギリシアの劇場の特徴の大部分を取り入れてポンペイウス劇場を建設したことが始まりである。ローマはギリシアから建築上の影響の多くを受けており、劇場の設計もそういう面では他の建築物と全く変わらない。しかしローマ劇場は独立した基礎の上に築かれているのが特徴であり、土を掘ったり斜面を利用したりするギリシアの劇場とは異なる。ローマ劇場は最初の恒久的ローマ劇場であるポンペイウス劇場の基本設計を受け継いで派生していった。・コロッセウム(ラテン語: Colosseum, イタリア語: Colosseo コロッセオ)は、ローマ帝政期の西暦80年に、ウェスパシアヌス帝とティトゥス帝によって造られた円形闘技場。英語で競技場を指す colosseum や、コロシアムの語源ともなっている。建設当時の正式名称はフラウィウス円形闘技場(ラテン語: Amphitheatrum Flavium)。現在ではイタリアの首都ローマを代表する観光地である。・アルカンタラ橋アルカンタラ橋は、何年にもわたって、要素よりも戦争による被害が大きかった。ムーアは、これは元の採石場から採取された石で、1543年に、数世紀後再建されたが1214年に最小のアーチのいずれかを破壊しました。その後、北西側の2番目のアーチは、ポルトガルの前進を阻止するために1760年にスペイン人によって破壊され、1762年にチャールズIIIによって修復されましたが、1809年にウェリントン軍がフランス軍を阻止しようとして再び爆破されました。1819年に一時的な修理が行われましたが、橋の多くは1836年にカルロス主義者によって再び破壊されました。橋は1860年にモルタル石積みを使用して再建されました。[6]そして、テージョ川の河床の排水を可能にしたホセマリアデオリオールダムの完成に続いて、主要な柱は1969年に完全に修理されました。・トラヤヌス橋 (トラヤヌスばし、ルーマニア語: Podul lui Traian、セルビア語: Трајанов мост) は、ローマ帝国時代に建設されたドナウ川下流の最初の橋であるとともに、古代ローマ建築の誇る偉大な業績の一つ。橋として機能した期間は数十年にすぎなかったものの、以後1000年以上もの間、全長と支間の両方において世界で一番の長さを誇るアーチ橋であった。トラヤヌス治世下の紀元105年、第二次ダキア戦争においてローマ軍がドナウ川を渡るため架橋された。設計したのは古代ローマの建築家であるダマスカスのアポロドーロス(Apollodorus of Damascus)であった。・ローマ水道(ローマすいどう)は、紀元前312年から3世紀にかけて古代ローマで建築された水道。ローマ水路とも。古代ローマでは、都市や工場地に水を供給するために、数多くの水道が建設された。これらの水道は古代のもっとも偉大な業績の一つであり、古代ローマ滅亡後1000年以上もこれに匹敵するものは作られなかった。現代においてもこの古代の水道は多くの都市で実用に供され、実に2000年以上も水を供給しつづけている。ローマ人は帝国内のどのような大都市においても水道を建設した。中でもローマは最大の都市であり、500年かけて建造された11の水道から水が供給される、最大の水道の集積地であった。カラカラ浴場(カラカラよくじょう、ラテン語: Thermae Caracallae,イタリア語: Terme di Caracalla)は、セプティミウス・セウェルス帝の計画を引き継ぎ、ローマ帝国第22代皇帝カラカラがローマ市街の南端付近に造営したローマ浴場。当時はアントニヌス浴場(ラテン語: Thermae Antoninianae)とも呼ばれていた。日本語訳でカラカッラ浴場と表記されることもある。212年から216年にかけて、カラカラ帝の治世に造営された。構成は225mの長さに185mの幅、おおよその高さは38.5mほどで、あちらこちらに2,000から3,000の浴槽を設置できた。この浴場には「フリギダリウム(frigidarium)」と呼ばれる冷室と 「テピダリウム(tepidarium)」と呼ばれる温室と「カルダリウム(caldarium)」と呼ばれる熱室と2つの「パライストラ」という、今でいうジムのようなものさえあった。浴場や貯水所へ水を引き入れるための水道もあった。建物は「ハイポカウスト」というシステムによって加熱されていた。供されたアクエドュクトによって付加された水の加熱をするために、地下で石炭を燃焼させるシステムである。これは19世紀まで使用されてきた。
凄く詳しいですね。勉強になりました。ありがとうございます。
ここって選民の捉え方にあるような気がします持論(笑)ですがキリスト教に至るまで選民は推移している気がします当然、ユダヤ・イスラエルには選民思想がありますが、実際の選民は推移していて選民1.アブラハム・イサク・ヤコブを先祖としたイスラエル民族選民2.モーセとの流浪中1.は金の仔牛を奉り切り捨てられ、その子孫からは新たに選民として立てられた選民3.イエス殺害以降、2.は切り捨てられイエスをキリストとして信じるものが選民とされる(血族的な選民から信仰?を元にする選民)※その後は勉強不足で知らないそのように考えると、アダム・イブの歴史から現代に至るまで、なんじゃかんじゃ周辺史はありながらも聖書を中心とする流れと、それに対峙する流れ(現在でいえば共産主義/金融資本主義/グローバリズム)が世界を形成して来て、これからもそのようになるのかも、と感じていますなので、このような情勢から聖書の一神教思想は、軽く人間が作っただの、政治利用だの、安易な判断で切り捨てて考えることは出来ない、というのが私の中での聖書のポジション(ちなみにクリスチャンでもユダヤ教でもありません)
高校生の頃、山川の教科書でやった世界史が頭の中に再び入っていく感じ嬉しいです茂木先生の明日の講義、お高いけどちょっとすごい内容になりそうで。。怖いけど興味津々^_^
ユダヤ人と日本国の兵隊が戦争時にじかい自壊すると言う理解されがたい国民性と近いものを感じます。まして道徳家観念が有り日本国は何度も立ち上がる強さもしかしてDNAが近いのでは無いでしょうか?歴史的に感じたインスピレーションです!
マサダと真田が妙に似ている。
いつも 敵視のことを教えてくれてありがとうございます。
今のウクライナを観ていたら似てはいますよね。西洋でもなく、ロシアでもなく、どちらでもあるのだろうとかねでも恐らくは周りは違和感だらけなのでしょう
茂木さまRUclips見れず(笑)
次回、無料で見れるのかなーワクチン明らかに利潤追及かと日本人、遺伝子、気になりますが(笑)
宗教って結局救いになってない…。混乱をまねいているだけ。宗教、神を使って正当化してる。
皇帝に頭を下げる>この『下げる』はそんなに軽いことではない。そこのところの単語は『プロスキュネオー』と言って、全能の神・創造主・絶対者と崇め敬い祈る、他のものを全能の神と認めないという意味も含まれている。あまり誤解を与えないように!コイネ―ギリシャ語やヘブル語を勉強してからにして欲しい。
どなたか私のレスにグッドボタンを押してくれた!意外だったけど嬉しい。こんなこと興味ないだろうなと思いながら、躊躇しながら書いたのです。
また一つグッドボタンが押されていました。ありがとうございます。
どうもー、今グットボタン押しました。日本人の歴史好きは血筋でしょうか、公教育やメディアは真実を詳らかに教えません、2000年来の伝統でしょうか?
神様を巡って信じ方で戦争が起きるとは日本人の私の感覚するとナントもはやです。でも戦乱が身近なアラブの方でイスラム教の人達は同じ考え方してますね。平和で豊かな暮らしの中にあればそのような事は起きないでしょうから目を覚まして日本を自ら守らないとです。
約束しなければと。こんなに大変にならなかったと思ってしまう。叱られちゃうかな?
プーチン政権と共にロシア帝国が滅亡すると思っていますので、ロシア人とロシア帝国の歴史の詳しい解説をお願いします。
異教ローマの4度に渡る凄まじい侵略
江戸時代って、後半100年ぐらいの間に、大震災が続きます。東北の震災、関東の震災、富士山の噴火、東海の津波と続くのですが、これは、日本が、外人に浸食された時期な気がするんですよね。外人は日本の震災に恐怖を覚え退散したのだと思える。日本人は復興に尽力し、さらに発展した。要するに日本に要らないものが蔓延すると、日本列島は反乱を起こすのかもしれませんよね。2023年11月に日本は沈没するんだそうです。日本人が死ぬのだそうです。ものすごい数。沈没しないでしょう。それはキット地球規模でどえらい事になるのですから。でも震災が起こるのかもしれません。これは、日本に要らない者が沢山入ってるからでしょう。日本人や日本をほんとに自国と思える外国人は復興に尽力するでしょう。でも外人は日本に来る前に居た国に逃げ帰るでしょう。東日本大震災の時中共人は全部逃げた。残っていた中国系の人は台湾人の日本人だった。日本の震災は人を選別する機械なんだろうね。
ん〜、宗教は幸せなのか不幸なのか、わかりませんね🤔そして、その宗教が本物かどうかは証明できないし。
もぎ落ち着け
テルマエ・ロマエの王様ひどいや
ユダヤ教恐るべし。
教えてください。仲哀天皇がお亡くなりになる、前年に10000人のユダヤ人(?)を受け入れる約束をしたのだ。とか。動画で是非取り上げていただけないでしょうか❗️翌年。気になる。そこは、不明でも仕方ナイですが…
ユダヤ人が悪過ぎたと言われております。ヱホバの律法を受けて居ましたが、それも守らずに、キリスト教のローマ教が模範的で、ギリシャ正教が七十人訳の外典偽典を全部受け入れるので、ローマ教の教皇庁がヒエロニムスの主義でヘブライ語の正典主義でウルガタが外典が少なかったので、それと第二正典とされている新教徒が外典だと言う所の第二正典として別けられているので、ローマ教会が神学的にも模範的だと言われておりますが。カトリックに統一されても異端審問みたいに成って来るので、ルターも必要なのですが、宗教的混乱も。誰が是認されているか解かり得るように、たくさんの分派を神が許して設けて誰が是認されているか解かるようにされたと聖書の読み方ですが。今のイスラエル国の神殿の丘は間違いで、昔のローマの闘技場であって、ヱルサレム旧市街の中央の谷の向こうのシオンの山がアントニアの城壁の城砦が罪が深くて深く土が削られているのですが、そこが昔のシオンの山であったとの一説をわたくしは採ります。欺かれては居無いと思いますが、今のイスラエルの国の政府の都合で、神殿の丘が間違って居る所にあると言うことは、真実を求める者には神が明らかにされますが、ユダヤ教の偽りが好きな者がこの世には多いので、ユダヤ教の偽りが蔓延(はびこ)っているという状態ですが。今のヱホバの証人も忠実な努力をすれば忠実にも成り得るのですが、えいいち兄弟を無視することを続けて居れば罪が重くなり破滅もし無い保証もありませんです。えいいち兄弟も悪がは滅びるように祈りますので、悪の罪を行なうことについてはどう運命が成って行くかは個人責任で罪を行なっている人殺しは聖霊冒瀆ですが。ヱホバの証人に背教の預言は在りませんが、もしかして神の聖霊を無視することを続ければ、背教の事のついて、ずっと見張って居なければならないので、背教の罪が無い訳でも無くして、油断なく見張って居なければ、使え無い無精な奴隷として悪く裁かれ無い保証はも絶対的にはありませんことに成りますので、ヱホバの証人が悪く裁かれて、悪く裁かれ無い絶対的な保証はもありませんので運命が善い運命として絶対的に予定されている訳でもありませんと言うのがアルミニウス主義の考え方ですが??ただ教理的には正しいのですがこの世と一緒に行なっている悪い罪については如何(どう)なるかは知りませんと言うのが自分の見方ですが。この世と一緒に聖霊冒瀆でもして居れば絶対に悪く裁かれる現体制でも来たるべき体制でも同じことに成りますが、と言うのが聖書の信仰ですが。神のみ裁きは絶対的にはありますのですから。この世の犯罪はも警察の力で罪を取り締まるのですが、ヱホバ神のご自身の聖霊に罪を行なっている場合は誰がその人の為に執り成しをするだろうかと裁き人のエリの預言でも有効ですが。最後に一つの聖句を、『善いことを行なったものは生命の復活に、悪いことを慣わしにした者は裁きの復活に出て来るのです』ヨハネ伝、5ノ29。それ位です、その位です。
真実はユダヤ人は流浪が好きだったんだよ(^○^)きゃははははははははははは~♬ぷっ
39
샤키 가스를
や😮
007は二度死ぬ
楽しくない😌😌😌😌😌😌😌😌😌😌私は 荏胡麻が好きですが…😌エゴイストは❗️大嫌い💔✖️
自害とは、サムライか?
▼茂木誠先生のもぎせかチャンネルはこちら
bit.ly/mus_mogi
えっと、ローマが国教にキリスト教を据えた時
なんかの争いで、その空に 光り輝く十字架が現れて
恐れた ローマ皇帝が 国教にキリスト教 十字架を選んだ。って 今は誰も確認のできない話しがあったと思います(^^)
あと、恐ろしい宗教っての あんまりないですけど
ねじ曲がった愛と、信じる心 信心が 怖いんだ と、思いますよ
ユダヤ人とナチスドイツについては皆さんと同じように知っていると思いますが、そこに至るまでのユダヤ人の歴史と
旧約聖書の話までを詳しく聞いたことがなかったので、茂木先生の一連の動画を興味深く拝見しております。
学校の授業のような学問みたいな説明ではなく、一般人にわかりやすく噛み砕いて説明くださるのがありがたいです。
続きの動画も楽しみに待っております。
ヒトラーによるユダヤ人迫害にはルターのユダヤ人蔑視思想も影響したらしい。2010年頃にルーテル教会が正式な謝罪広告を出しました。
@@佐藤秀-w4m ?
コンスタチヌスも教父アウグスチヌス(母は、聖女モニカ。)も母親が熱心なカトリックで、彼らは改宗したそうですね。「子どもの運命は、常に母親が握っている。(ナポレオンボナパルト)」(笑)individual remark thanks for uploading Merci beaucoup.
歴史って、本当に面白いですね。
よい授業をありがとうございます😊
この度の一連のユダヤ関係シリーズは現代を読み解くために大事ですよね。明確でわかりやすく とても勉強になりました
今日も有り難うございました。
先日初めて石切さんにお参りに伺って、ああ、いいなあと思ったものですから今回のお話しは凄くインパクトが有りました。
目前に起きている紛争事変の闇を読み解く鍵にも通じる、時宜を得たご講義、
頭の整理となり、有難く拝聴させていただきました。
続編、楽しみにしております。
若い頃、様々な本を乱読して、頭の中に残っていた単語や説話が結び付きます。
わかりやすくて面白い!
興味のなかったジャンルなのにシリーズ全部みてしまった
毎日Upは嬉しい。
私は滋賀県(近江)です。母方は昔の地名秦荘、湖東三山の金剛輪寺の近くです。依智秦氏の古墳が有ります。仕事は代々続く神社仏閣⛩在家仏壇等作製しています。(400年前は甲冑作製)作製に当たり七種類の特殊技術を組み合わせ完成させていみます。以前より不思議に思う伝来技法が何処から来たのか調べてたことも有り特に金属鍍金(水銀鍍金ー戦後ドイツより伝わったイオン鍍金とは持続性がまったく違います)の伝来が分かりませんでした。後 現在90近い職人さんに話の中に 実は水銀鍍金はペルシャより伝来したとお聞きしました。昔より近江の土地は渡来人の話が地元で色んな資料が多く、有名ところ五箇荘、蒲生には 今から約1300年前に百済王一族が白村江の戦いで終われこの2つのエリアに住みついた。と言われています。 何が無しに見たRUclipsですが、なんとなく変な感覚になります。この辺りでやめておきます。
茂木先生素晴らしい👩🏫難しいストーリーも難無く解明して楽しいからますます興味深々です!
14:10 次回予告「これもえげつない話になります。はい、お楽しみに!」
そのにこやかな表情に釣られて、楽しみにしてしまいましたよ。
とても分かりやすかったです✨
ありがとうございます🙇
ユダヤの歴史に何故かずっと興味があって、子供の頃から断片的に知識を得たけど、すっきりしました。
日本人には「正統ユダヤの血」が流れていると宇野正美氏がRUclipsで言ってました。GHQによって研究資料は殆ど焼かれてしまいましたが、血筋が残っているから、資料は無くとも興味を持つ人は多いんでしょうね。日本人くらいでしょう、ユダヤ人を毛嫌いしない民族は。
この話は貴重でした。
とてもわかりやすく面白いです!
動画のアップありがとうございます。
応援しております‼︎
今回も分かりやすい解説ありがとうございます!毎日投稿嬉しいです!!
茂木先生の授業、わかりやすい!歴史が本当に面白いです。ありがとうございます。
楽しい 面白い
ありがとうございます。
繰り返し何回も聴いています とても楽しいです勉強になります
おかげさまで、よくわかりました。ありがとうございました。
頭を下げるというより
自然に頭が下がっちゃう
そんな感じなら、良い気がするな。
なんかすごいな。素敵だなと思う。
そういう感情を、素直に表せたら
良いな。
は
さ
一流の話しての講師...内容の質が物凄く高い講義...
えげつない話を楽しみにって、、、
ユダヤ人とキリスト教の根源的な話ですが…複雑なので何回も見て
流れをつかみたいと思いました…
もの凄く分かりやすい解説ありがとうございます!
ところで日ユ同祖論について、一神教の彼等がすんなりと日本の古代思想に同化していくとは考えにくくなってきました😅
現在に通じる教義の成立以前に東西に生き別れて同じ祖先を持って居るだけでどちらかがどちらかの先祖と云う訳では無いですよ。日本の場合には通史的に禁教が殆ど有りませんでしたから一神教の部族が周囲と馴染むのは容易だったと思います。
@@恙恙
良かれ悪しかれ、何事も弾圧すると少なからず禍根を残す…。
勉強になります!
@@hm-kq6cg ユダヤ人も奴隷使ってましたし何がどう転ぶか気をつけないと往けませんね😅
似るわけないんですよね😊
居住地を持たない放浪していたユダヤ人が日本の祭事や神社は古ユダヤのとかマジ意味分からん😂
秦の始皇帝がユダヤで子孫が渡来したからユダヤの文化が日本に根付いたみたいな事を言うてるが秦の始皇帝がユダヤ人なら中ユ道祖論が話題にならない方が可笑しい😂
個人的には大陸半島ユ道祖論を推したい😊
言語も似てると言うがパレスチナの中にイスラエルを建国したときに新しいヘブライ語にしてるから日本語に似てる言語をユダヤ人が取り入れたと思った方が良い😂
戦国時代の日本に一神教の布教を建前に渡来したイエスズ会ですら思考をコントロールして家畜支配するための侵略用カルトだったので禁教令を出して一神教の関係者を狩り続け鎖国😅
宗教=侵略と考えた方が無難
有難うございます。
日本に渡って来たユダヤ人の話しもしてほしいです。田中英道先生が言う様に、千葉県の古墳に多くのユダヤ人そっくりな埴輪が出土していますし、日本書紀に有ります様に、3〜4世紀辺りに、弓月の国から朝鮮半島を経由して、1万8000人ほど日本に移民して来た秦氏一族がいますが、その人々はユダヤ系の人達だと思います。是非そのあたりの先生のご意見をお聞きしたいと思います。
もはや話が高校世界史ですなあ
本当に宗教は人間を幸せにするのか 疑問が湧いてきますね。
地球に宗教が出来た時から、争いが生まれました。
諸悪の根源は宗教です。宗教で”支配”を作りました。
日本的に言うと、縄文時代に地球に”支配”を持ってこようとした為、地球原住民(イシカミ)により地球から追放され、流浪の民となった、ユ〇ヤの復讐物語が弥生=巳=蛇時代より本格化し、自然=神→テクノロジーAI=神とすり替わり、ユ〇ヤの復讐物語が完了する。
医療が発達していなかったり、社会保障などまったく無かった当時の貧しい人達の生き方を想像すれば、宗教ぐらいにしか救いを求められなかったのではないかなと私は思います。
失意のどん底にいて、何も信じられない時に、裏切られない何かを求めて、思想に縋る。僕は宗教人じゃないけど、不幸を薄めるくらい盲信できればそれは幸せに似た何かになるんではないでしょうか。
キリスト教、名前は知ってけど、実は知らんかった事がわかりました。つまり、先生のおかげ概要がわかりました。
偉い先生が聖書を説明したり、ラジオで今日の言葉みたいにやってますが、今まで日本の教育は何だったのでしょうか?
盲目の日本人を育てていたのでしょうか!?
宗教=思考をコントロールして家畜支配するために頭の良い人が作った
一神教が布教した国=侵略済
日本は明治維新から資本家の劇場が開幕
天皇制を取り入れ資本家の台本通り国をあげて天皇崇拝させてカルト国家になる
歴史を何世代語り継いでいても
常に同じ間違いを犯して身を亡ぼすとは・・
大変勉強になっています。
お願いですが、タイトルに番号ふっていただけますか。
面白いですね、歴史。ユダヤ教、キリスト教がその後、古代日本社会にどう絡んで来たのか?が楽しみです。ありがとうございます。
マサダ要塞跡を軍隊の入所式に使っていたのはずいぶん前のことで、現在は使用されてないそうです。
聖母マリヤの怪奇現象が民衆の間で多発したというのもあるかと思います。
勉強させて頂きました。有難うございます。歴史は基本「殺戮」と「略奪」の繰り返しだと思っています。・・あとはイデオロギーの強制かな?
実に喋りが上手い、百田さんの日本保守党から議員になってほしいな。
神のユダヤに対する試練はえげつない感じがする。
現代のイスラエルが小国でも強いのはユダヤは神の試練を乗り越えたからか?
いよいよ「グローバリズム」の本質と正体が明らかになりますね。
太宰治の「走れメロス」の時代ですね。
マサダ、ネゲヴ、イェリコ、いずれもイスラエル軍の銃の名前になっていますね
ありがとう
最終戦争で世界の2/3の人口が殺される惨状をみながら、自分らは助かったヤハウエ万歳と叫ぶという預言だからな。俺にはどうしてもそれがイエスの啓示とは思えない。
しかも、その戦争を自分らで仕掛けるんだぜ‼😡
@@princeglobaljapan 許しや慈愛、平等を説いたイエスとは完全に正反対の思想だよ。
後、教員は絶対知らないよりは知っておくべき!!だと思う。
その上で判断して欲しいけど余りにも知らない教員が今は多い…。
ネットが正しい訳でも無いかも知れないが
データ過ぎて戦地に行った人見てないから仕方ないかも知れないが、教鞭振るなら突き詰めろ!!
マサダの戦いって、まさに日本の山城の籠城戦の末、玉砕する日本人みたい。
発掘の結果、籠城したマサダでは、大量自殺の痕跡は見当たらないそうです。ローマ兵の遺骨が25人発見されただけから、かなり誇張した話とか。
@@バチコ-y9i さん
そうなんですか⁉️😳
それ(ユダヤ人は自殺してない、ローマ兵が殺された)が真相ならユダヤの迫害の歴史とはかなり歪なものになってるかもしれませんね?
神話とは、だいたい、こんなものでしよう。この話の出典は不確かですが、キリスト教辞典だったようです。もし、お望みならば調べてみます。
@@バチコ-y9i さん
仰る通り、神話は悠久の時を隔て醸造されていくものだとは思いますが、、、でも、これは…なにも被害妄想で盛り付けなくても…
純心な(?)ユダヤ教徒が気の毒になりました😢(ユダヤ教は根本的に、その方向付けする危険性を孕んでいるのでしょうか?)
お手数お掛けしますが、何か解ったら、ぜひお聞かせください。🙏
自分でも調べてみようと思います。
@@バチコ-y9i さん
私のイメージでは天草の原城みたく掘れば虐殺の遺骨が出てくる感じでしたが、ローマ兵のみとは驚きですね。どういう事でしょう!!
ただ、日本とは気候が違うので、野ざらしで埋もれていく気はしませんね。
なので、戦後の遺体はまとめて撤去し、ローマ軍の拠点として再利用で使ったのなら、ローマ兵の遺体だけ出てきてもおかしくないとは思います。
ピラトー1
ポンテオ・ピラト
(古典ラテン語:Pontius Pilatus (ポンティウス・ピーラートゥス)、生没年不詳)は、ローマ帝国の第5代ユダヤ属州総督(タキトゥスによれば皇帝属領長官、在任:26年 - 36年)。新約聖書で、イエスの処刑に関与した総督として登場することで有名。新約聖書の福音書の登場のほか、少し後の時代のユダヤ人の歴史家であるフィロンやフラウィウス・ヨセフスなどの歴史書においては、アグリッパ1世以前のユダヤ総督で唯一詳しい説明が存在する[1]。
概説
生没年や出身地などは不詳。ピラトはローマの騎士階級(エクィテス)に属し、ティベリウス帝治下に総督を務めた。シリア総督の下では代官。任期の前半においては反ユダヤ的な思想を持っていた親衛隊長官セイヤヌスの影響力が大きかったため、ピラトの統治にもその影響が出ている。
ヨセフスの『ユダヤ古代誌』(第XVIII巻3章と4章)では、彼についての記述で以下のようなものがある。
それまでのユダヤ総督が自重していた皇帝の胸像が付いた軍旗を夜間カエサリアからエルサレムに持ち込み、人目が付くところに掲げておいたが、人々の嘆願と態度で折れて撤去した。
エルサレムに水を引くための水道工事に神殿に人々が納めていた金の一部を使用し、工事中止を訴えた人々を力ずくで解散させたことで死傷者が出た。
ユダヤ人の指導者に告発されたイエスに十字架刑の判決を下した。
ゲリジム山に集結した(ヨセフスによると詐欺師の「モーセの什器が見られる」という情報を信じて集まったという)サマリア人を、ローマ人からの離反未遂と思い込んで兵士たちに攻撃させ死傷者を出した。
(なお『ユダヤ戦記』第II巻にもイエスの処刑の下りがない以外はほぼ同内容の記述がある。)
この最後のサマリア人達の殺傷事件の後、サマリア人の評議会はシリア総督ウィテリウス(ピラトの上司に当たる)に使者を出し、ピラトの非道を訴えた(ローマ帝国では被支配住民に総督のリコール権があった)[2]。ところ、ウィテリウスは友人のマルケルスをユダヤ総督として派遣し、ピラトに「ローマに帰ってサマリア人から告発されていることを皇帝に釈明せよ」と命じた。こうしてピラトは10年間のユダヤ総督生活を終え、ローマへ向かったが、到着前に皇帝ティベリウスは死亡していたという[3]。
フィロンの方(Filo,Leg.38 (299-306) )は、アグリッパ1世からカリグラに送られた手紙の中の話として書かれている記述で、ヨセフスの最初の話に似ているが内容が微妙に異なる。エルサレムに皇帝の像を建てることは不可能と考えたピラトが「像はないが皇帝の名がついた飾り用の金箔の張られた盾をエルサレムにある総督邸宅(元ヘロデの宮殿)に掲げる」という行為を行い、これを知ったエルサレム貴族とヘロデの4人の息子達[4] が盾を取り除くように嘆願し、それがピラトに通じないと知るとティベリウスに直訴してティベリウスはこれを認め、カエサリアにあるアウグストゥス神殿に移すように命じたことで皇帝の名誉とエルサレムの風習が保たれた。というものである[5]。
キリスト教の聖書におけるピラト
キリスト教の使徒信条に「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」とあるのは、史実性を示すものであり、キリスト教においてはこの記述は史実であるととらえられてきたが、史実性を否定する主張も存在する[6][7]。
日本語訳聖書における名前の表記
ピラトは新約聖書に記載のある人物だが、日本語訳聖書の中では様々な表記がなされる。具体例を挙げるとポンテオ・ピラト(文語訳・口語訳・新改訳)、ポンティイ ピラト(正教会訳)、ポンティウス・ピラトゥス(共同訳)、ポンティオ・ピラト(新共同訳)などがある。
ピラトの性質
ヨセフスは『ユダヤ古代誌』18巻で、ピラトとユダヤ人との間に起こった騒動として三つの事件をあげている。18巻3章3節には有名なイエス・キリストに関する記事がでていて、そこには「ピラトスは、彼(イエス)がわれわれ(ユダヤ人)の指導者たちによって告発されると、十字架刑の判決を下したが、最初に彼を愛するようになった者たち(イエスの弟子たち)は、彼を見棄てようとはしなかった」とある。
フィロンに言わせれば「彼は融通のきかない性格で、とても頑固なばかりか無慈悲でもあった」〔フィロン「ガイウスへの弁明書」38章301節〕
『ルカによる福音書』13:1に「ピラトがガリラヤ人の血をガリラヤ人たちのささげるいけにえに混ぜた」[8]と書かれているなど残虐であるが、裁判でのピラトの行動は陳情を繰り返すユダヤ人への恐れから(マルコ15:15)のものであったとされる[9][10]。
ところが、この「冷酷無慈悲な」はずのピラトが、イエスの裁判に臨んだ際には、全く違った様子を見せる。
イエスの無罪性
新約聖書に描かれるピラトは最初のうちイエスの処刑に消極的であった[11]。福音書記者の証言では、ピラトがイエスの無罪を知っていたとされる(ルカ23:4、ヨハネ13:38)[12]。
『ルカによる福音書』(23:4)には「わたしはこの男に何の罪を見いだせない」[13]とピラトが語ったと書かれており、『ヨハネによる福音書』(19:6)には、「十字架につけろ。」と叫ぶ人々に対し、「わたしはこの男に罪を見いだせない」[14]と述べたとあり、イエスの無実すら明言する。 『マタイによる福音書』(27:19)ではピラトの妻が登場し、死刑を宣告する前の晩に夢の中で苦しい目にあったので「あの正しい人」に関わらないでくださいと訴える。
『ルカによる福音書』(23:1-12)によれば、ピラトはヘロデ・アンテパスの所にイエスを送り、イエスはヘロデによる尋問を受ける。ヘロデは兵士と一緒にイエスを侮辱し、派手な服を着せてピラトのもとにイエスを送り返したので、それまで敵対していたピラトとヘロデは仲良くなったという。
手を洗うピラト
ピラトは手を洗って自分に責任がないことを示そうとしたが、彼は無罪を知りながら、人々を満足させるために不当な死刑判決を認めたのであり、ジェームス・パッカーはこれを最も愚かなジェスチャーである、としている[15]。『マルコによる福音書』(15:1-15)と『ヨハネによる福音書』(19章)には群集の要求にこたえてやむをえずイエスの処刑に踏み切ったとの記述がある。ピラトの動機には自分の政治生命を守ることがあり(ヨハネ19:12)、ローマにユダヤの情勢が伝わらないようにしたいという願いがあったとされる[12][9][10]。
ハドリアヌス、お前もか!と思ってしまいました。
というかいつでも中東周りの情勢はカオスですね。
迫害を受ける人々にもう悪意が触れて回る事が無いように、フラグが立てられる事が無いように祈ります。
このこじれ方が全ての始まり…。
そもそもが切り離された瞬間…。一体どこまで続くの⁇
茂木先生、イスラエル建国のユダヤ人は違うってご存じの上で仰ってますね
中学高校の時にこんな先生に巡り合っていたら間違いなく人生が変わっていたと思う。時計の針が戻らないのが残念だ!
ロシア帝国の歴史のセミナーを希望します。
マサダで立て籠った7年間、水、食料、建材・・など、どうやって手に入れたのだろうか?
66年から73年までマサダに立て籠もりしたんちゃうで
70年にエルサレム陥落から逃げてマサラに立て籠もり
2年がかりでローマ軍が準備だから
2年か長くて3年
それでも兵糧攻め状態で精々半年しか水分と食糧も耐えられないと思う
千人分の
1日消費量で水1000リットル食糧1000キロ
3年で水1000000リットル食糧1000トンなんて準備出来てるはずないもの
現実は3ヶ月か半年で餓死だろうね
@@トワスト総研 ありがとうございます。
@@Aランチ-d9m さん
あとマサダ砦は既に以前から建設してあった要塞なので、逃げ込んでから完全にゼロから建てた施設な訳ではないです
もう、最初にイエスが主張してたことを無視してるから、教え自体を悪くは思わないけど、教会という組織に対してはなんというか懐疑的になってしまうんだよなぁ
頭下げたくらいで地獄に送るだなんてなんて心の狭い神様だこと。そんな人でも神でもそんな了見の狭い者に従うほうがどうかしてる。
ですね。エゴを肯定している時点で駄目宗教。仏教というか釈迦の教えはその真逆。
信仰とは何か考えさせられます❣…行き過ぎた思想のように。
だんだん宗教を国、民衆を統率するために使われていくんですね、日本も天皇陛下万歳で特攻ありました。
拘り過ぎると宗教とか思想は怖いです。色々な考えや人種、自由がいいな❣次回も楽しみにしています。
天皇崇拝=宗教=侵略済
天皇家こそ共産主義の象徴
個人崇拝させて思考をコントロールして家畜として支配するのが一神教=天皇崇拝、イエス崇拝、サタン崇拝など
バビロン捕囚は70年ではないですか。
マサダの様な孤山に陣構えて水食料はどうしたのだろう。
なるほど、全ての疑問が解決しました。もしかしてユダヤ人にとって宗教が無かった方が幸せな人生を送れてたんじゃないかと思ったりします。
ユダヤ人の定義ってユダヤ教を崇拝してるかしてないかで人種的に捉えるのは困難なんだけどな…
人種を定義する時に言語はとても大事なものだが、ヘブライ語はヨーロッパの言語に近づけて1948年の建国に合わせて最近作られた言語だし…今イスラエルにただ住んでる人達を表すならユダヤ人ではなくイスラエル人。
ユダヤ人っていうのはイスラム教を崇拝してる人達をイスラム人って言っているような感じ
ローマの宗教傾向と建築ー4
・カタコンベ
(イタリア語:catacombe)とは、地下の墓所のこと。
もともとはローマのサン・セバスティアーノ・フォーリ・レ・ムーラ教会がある場所の地下に存在する埋葬場所のことを意味していた。周辺の地形「窪地のあたり」を意味するad catacumbasに由来する。その後、死者を葬る為に使われた洞窟、岩屋や地下の洞穴のこと全般を指すようになった。厳密には3、4世紀のローマやその周辺地方の地下墓所をカタコンベと呼ぶ。英語(catacomb)ではカタコームまたはカタクームといい、語尾のbは発音しない。イタリア語(catacombe)やドイツ語(Katakombe)ではカタコンベと発音される。フランス語(Catacombes)ではカタコンブに近い音になる。イタリア・パレルモのカプチン会修道士墓所が最も有名で観光客も多く、タクシーで「カタコンベ」と言っただけで目的地に着くほどである。
以下の場所が有名な墓所。
イタリア・カプチン会修道士墓所 en:Catacombe dei Cappuccini
イタリア・ローマのカタコンベ en:Catacombs of Rome(サン・セバスティアーノ・フォーリ・レ・ムーラ教会など)
イタリア・骸骨寺 en:Santa Maria della Concezione dei Cappuccini
フランス・カタコンブ・ド・パリ
オーストリア・ウィーン、シュテファン大聖堂、ミヒャエル教会
エジプト・アレキサンドリア
マルタ島
スペイン・グラナダ
ペルー・リマ
類似のものとしてはトルコのアナトリア、北アフリカのスサ、イタリアのナポリ、ドイツのトリーア、ウクライナのキエフなどに存在する。
ウクライナやロシアのカタコンベは鉱石、石灰岩の採掘後のトンネルが使われており、クリミアや黒海沿岸に位置している。有名なものはオデッサやクリミア、アジムシュカイ(Ajimushkay)のものである。それらはソ連の第二次世界大戦のゲリラの基地としても使われた。Ajimushkay には10000人の兵士や難民が葬られている。その後、博物館として公開されているところもある。
・ローマ劇場
(ローマげきじょう)は、古代ローマ時代に建設された半円形の劇場のことで、グナエウス・ポンペイウスが古代ギリシアの劇場の特徴の大部分を取り入れてポンペイウス劇場を建設したことが始まりである。ローマはギリシアから建築上の影響の多くを受けており、劇場の設計もそういう面では他の建築物と全く変わらない。しかしローマ劇場は独立した基礎の上に築かれているのが特徴であり、土を掘ったり斜面を利用したりするギリシアの劇場とは異なる。ローマ劇場は最初の恒久的ローマ劇場であるポンペイウス劇場の基本設計を受け継いで派生していった。
・コロッセウム
(ラテン語: Colosseum, イタリア語: Colosseo コロッセオ)は、ローマ帝政期の西暦80年に、ウェスパシアヌス帝とティトゥス帝によって造られた円形闘技場。英語で競技場を指す colosseum や、コロシアムの語源ともなっている。建設当時の正式名称はフラウィウス円形闘技場(ラテン語: Amphitheatrum Flavium)。現在ではイタリアの首都ローマを代表する観光地である。
・アルカンタラ橋
アルカンタラ橋は、何年にもわたって、要素よりも戦争による被害が大きかった。ムーアは、これは元の採石場から採取された石で、1543年に、数世紀後再建されたが1214年に最小のアーチのいずれかを破壊しました。その後、北西側の2番目のアーチは、ポルトガルの前進を阻止するために1760年にスペイン人によって破壊され、1762年にチャールズIIIによって修復されましたが、1809年にウェリントン軍がフランス軍を阻止しようとして再び爆破されました。1819年に一時的な修理が行われましたが、橋の多くは1836年にカルロス主義者によって再び破壊されました。橋は1860年にモルタル石積みを使用して再建されました。[6]そして、テージョ川の河床の排水を可能にしたホセマリアデオリオールダムの完成に続いて、主要な柱は1969年に完全に修理されました。
・トラヤヌス橋
(トラヤヌスばし、ルーマニア語: Podul lui Traian、セルビア語: Трајанов мост) は、ローマ帝国時代に建設されたドナウ川下流の最初の橋であるとともに、古代ローマ建築の誇る偉大な業績の一つ。橋として機能した期間は数十年にすぎなかったものの、以後1000年以上もの間、全長と支間の両方において世界で一番の長さを誇るアーチ橋であった。トラヤヌス治世下の紀元105年、第二次ダキア戦争においてローマ軍がドナウ川を渡るため架橋された。設計したのは古代ローマの建築家であるダマスカスのアポロドーロス(Apollodorus of Damascus)であった。
・ローマ水道
(ローマすいどう)は、紀元前312年から3世紀にかけて古代ローマで建築された水道。ローマ水路とも。古代ローマでは、都市や工場地に水を供給するために、数多くの水道が建設された。これらの水道は古代のもっとも偉大な業績の一つであり、古代ローマ滅亡後1000年以上もこれに匹敵するものは作られなかった。現代においてもこの古代の水道は多くの都市で実用に供され、実に2000年以上も水を供給しつづけている。ローマ人は帝国内のどのような大都市においても水道を建設した。中でもローマは最大の都市であり、500年かけて建造された11の水道から水が供給される、最大の水道の集積地であった。
カラカラ浴場
(カラカラよくじょう、ラテン語: Thermae Caracallae,イタリア語: Terme di Caracalla)は、セプティミウス・セウェルス帝の計画を引き継ぎ、ローマ帝国第22代皇帝カラカラがローマ市街の南端付近に造営したローマ浴場。当時はアントニヌス浴場(ラテン語: Thermae Antoninianae)とも呼ばれていた。日本語訳でカラカッラ浴場と表記されることもある。212年から216年にかけて、カラカラ帝の治世に造営された。構成は225mの長さに185mの幅、おおよその高さは38.5mほどで、あちらこちらに2,000から3,000の浴槽を設置できた。この浴場には「フリギダリウム(frigidarium)」と呼ばれる冷室と 「テピダリウム(tepidarium)」と呼ばれる温室と「カルダリウム(caldarium)」と呼ばれる熱室と2つの「パライストラ」という、今でいうジムのようなものさえあった。浴場や貯水所へ水を引き入れるための水道もあった。建物は「ハイポカウスト」というシステムによって加熱されていた。供されたアクエドュクトによって付加された水の加熱をするために、地下で石炭を燃焼させるシステムである。これは19世紀まで使用されてきた。
凄く詳しいですね。勉強になりました。ありがとうございます。
ここって選民の捉え方にあるような気がします
持論(笑)ですがキリスト教に至るまで選民は推移している気がします
当然、ユダヤ・イスラエルには選民思想がありますが、実際の選民は推移していて
選民1.アブラハム・イサク・ヤコブを先祖としたイスラエル民族
選民2.モーセとの流浪中1.は金の仔牛を奉り切り捨てられ、その子孫からは新たに選民として立てられた
選民3.イエス殺害以降、2.は切り捨てられイエスをキリストとして信じるものが選民とされる(血族的な選民から信仰?を元にする選民)
※その後は勉強不足で知らない
そのように考えると、アダム・イブの歴史から現代に至るまで、なんじゃかんじゃ周辺史はありながらも聖書を中心とする流れと、それに対峙する流れ(現在でいえば共産主義/金融資本主義/グローバリズム)が世界を形成して来て、これからもそのようになるのかも、と感じています
なので、このような情勢から聖書の一神教思想は、軽く人間が作っただの、政治利用だの、安易な判断で切り捨てて考えることは出来ない、というのが私の中での聖書のポジション(ちなみにクリスチャンでもユダヤ教でもありません)
高校生の頃、山川の教科書でやった世界史が頭の中に再び入っていく感じ
嬉しいです
茂木先生の明日の講義、お高いけどちょっとすごい内容になりそうで。。怖いけど興味津々^_^
ユダヤ人と日本国の兵隊が戦争時にじかい自壊すると言う理解されがたい国民性と近いものを感じます。まして道徳家観念が有り日本国は何度も立ち上がる強さ
もしかしてDNAが近いのでは無いでしょうか?
歴史的に感じたインスピレーションです!
マサダと真田が妙に似ている。
いつも 敵視のことを教えてくれてありがとうございます。
今のウクライナを観ていたら似てはいますよね。西洋でもなく、ロシアでもなく、どちらでもあるのだろうとかね
でも恐らくは周りは違和感だらけなのでしょう
茂木さまRUclips見れず(笑)
次回、無料で見れるのかなーワクチン明らかに利潤追及かと日本人、遺伝子、気になりますが(笑)
宗教って結局救いになってない…。
混乱をまねいているだけ。
宗教、神を使って正当化してる。
地球に宗教が出来た時から、争いが生まれました。
諸悪の根源は宗教です。宗教で”支配”を作りました。
日本的に言うと、縄文時代に地球に”支配”を持ってこようとした為、地球原住民(イシカミ)により地球から追放され、流浪の民となった、ユ〇ヤの復讐物語が弥生=巳=蛇時代より本格化し、自然=神→テクノロジーAI=神とすり替わり、ユ〇ヤの復讐物語が完了する。
皇帝に頭を下げる>この『下げる』はそんなに軽いことではない。そこのところの単語は『プロスキュネオー』と言って、全能の神・創造主・絶対者と崇め敬い祈る、他のものを全能の神と認めないという意味も含まれている。あまり誤解を与えないように!コイネ―ギリシャ語やヘブル語を勉強してからにして欲しい。
どなたか私のレスにグッドボタンを押してくれた!意外だったけど嬉しい。こんなこと興味ないだろうなと思いながら、躊躇しながら書いたのです。
また一つグッドボタンが押されていました。ありがとうございます。
どうもー、今グットボタン押しました。日本人の歴史好きは血筋でしょうか、公教育やメディアは真実を詳らかに教えません、2000年来の伝統でしょうか?
神様を巡って信じ方で戦争が起きるとは日本人の私の感覚するとナントもはやです。でも戦乱が身近なアラブの方でイスラム教の人達は同じ考え方してますね。平和で豊かな暮らしの中にあればそのような事は起きないでしょうから目を覚まして日本を自ら守らないとです。
約束しなければと。こんなに大変にならなかったと思ってしまう。叱られちゃうかな?
プーチン政権と共にロシア帝国が滅亡すると思っていますので、ロシア人とロシア帝国の歴史の詳しい解説をお願いします。
異教ローマの4度に渡る凄まじい侵略
江戸時代って、後半100年ぐらいの間に、大震災が続きます。東北の震災、関東の震災、富士山の噴火、東海の津波と続くのですが、これは、日本が、外人に浸食された時期な気がするんですよね。外人は日本の震災に恐怖を覚え退散したのだと思える。日本人は復興に尽力し、さらに発展した。要するに日本に要らないものが蔓延すると、日本列島は反乱を起こすのかもしれませんよね。2023年11月に日本は沈没するんだそうです。日本人が死ぬのだそうです。ものすごい数。沈没しないでしょう。それはキット地球規模でどえらい事になるのですから。でも震災が起こるのかもしれません。これは、日本に要らない者が沢山入ってるからでしょう。日本人や日本をほんとに自国と思える外国人は復興に尽力するでしょう。でも外人は日本に来る前に居た国に逃げ帰るでしょう。東日本大震災の時中共人は全部逃げた。残っていた中国系の人は台湾人の日本人だった。日本の震災は人を選別する機械なんだろうね。
ん〜、宗教は幸せなのか不幸なのか、わかりませんね🤔そして、その宗教が本物かどうかは証明できないし。
もぎ
落ち着け
テルマエ・ロマエの王様ひどいや
ユダヤ教恐るべし。
教えてください。仲哀天皇がお亡くなりになる、前年に10000人のユダヤ人(?)を受け入れる約束をしたのだ。とか。動画で是非取り上げていただけないでしょうか❗️
翌年。気になる。そこは、不明でも仕方ナイですが…
ユダヤ人が悪過ぎたと言われております。ヱホバの律法を受けて居ましたが、それも守らずに、キリスト教のローマ教が模範的で、ギリシャ正教が七十人訳の外典偽典を全部受け入れるので、ローマ教の教皇庁がヒエロニムスの主義でヘブライ語の正典主義でウルガタが外典が少なかったので、それと第二正典とされている新教徒が外典だと言う所の第二正典として別けられているので、ローマ教会が神学的にも模範的だと言われておりますが。カトリックに統一されても異端審問みたいに成って来るので、ルターも必要なのですが、宗教的混乱も。誰が是認されているか解かり得るように、たくさんの分派を神が許して設けて誰が是認されているか解かるようにされたと聖書の読み方ですが。今のイスラエル国の神殿の丘は間違いで、昔のローマの闘技場であって、ヱルサレム旧市街の中央の谷の向こうのシオンの山がアントニアの城壁の城砦が罪が深くて深く土が削られているのですが、そこが昔のシオンの山であったとの一説をわたくしは採ります。欺かれては居無いと思いますが、今のイスラエルの国の政府の都合で、神殿の丘が間違って居る所にあると言うことは、真実を求める者には神が明らかにされますが、ユダヤ教の偽りが好きな者がこの世には多いので、ユダヤ教の偽りが蔓延(はびこ)っているという状態ですが。今のヱホバの証人も忠実な努力をすれば忠実にも成り得るのですが、えいいち兄弟を無視することを続けて居れば罪が重くなり破滅もし無い保証もありませんです。えいいち兄弟も悪がは滅びるように祈りますので、悪の罪を行なうことについてはどう運命が成って行くかは個人責任で罪を行なっている人殺しは聖霊冒瀆ですが。ヱホバの証人に背教の預言は在りませんが、もしかして神の聖霊を無視することを続ければ、背教の事のついて、ずっと見張って居なければならないので、背教の罪が無い訳でも無くして、油断なく見張って居なければ、使え無い無精な奴隷として悪く裁かれ無い保証はも絶対的にはありませんことに成りますので、ヱホバの証人が悪く裁かれて、悪く裁かれ無い絶対的な保証はもありませんので運命が善い運命として絶対的に予定されている訳でもありませんと言うのがアルミニウス主義の考え方ですが??ただ教理的には正しいのですがこの世と一緒に行なっている悪い罪については如何(どう)なるかは知りませんと言うのが自分の見方ですが。この世と一緒に聖霊冒瀆でもして居れば絶対に悪く裁かれる現体制でも来たるべき体制でも同じことに成りますが、と言うのが聖書の信仰ですが。神のみ裁きは絶対的にはありますのですから。この世の犯罪はも警察の力で罪を取り締まるのですが、ヱホバ神のご自身の聖霊に罪を行なっている場合は誰がその人の為に執り成しをするだろうかと裁き人のエリの預言でも有効ですが。最後に一つの聖句を、『善いことを行なったものは生命の復活に、悪いことを慣わしにした者は裁きの復活に出て来るのです』ヨハネ伝、5ノ29。それ位です、その位です。
真実はユダヤ人は流浪が好きだったんだよ(^○^)きゃははははははははははは~♬ぷっ
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샤키 가스를
や😮
007は二度死ぬ
楽しくない😌😌😌😌😌😌😌😌😌😌
私は 荏胡麻が好きですが…😌
エゴイストは❗️大嫌い💔✖️
自害とは、サムライか?
プーチン政権と共にロシア帝国が滅亡すると思っていますので、ロシア人とロシア帝国の歴史の詳しい解説をお願いします。