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いつも解説楽しみにしています。放送と同時解説してもらえるとより楽しくなりそうなのでご検討くださーい!
源氏と関わると不幸になる確率が俄然上がる気がします。なんとなく、平家は一蓮托生でみんなで栄えてみんなで衰えていくのに対して、源氏は潰し合いですよね。
たとえ本人が嫌がっても、郷御前と娘をどこかに逃がしてあげて欲しかったですね。菩提を弔うことも、妻として大切な役割だと思うのですが。それを考えると、巴御前に逃がしてあげた木曽義仲は、男から見てもかっこいい。私と同じイナカッペ大将だけど、源氏では義仲が1番好きかな。
最初の出会いの時の義経と頼朝のソックリ!は容姿じゃなく女好きの所でしたね😁
静御前を吉野に置いて郷御前の元に向かったことになるんですね。鎌倉時代に上流階級に生まれた女性の一生が過酷過ぎて辛い😭郷御前、静御前、八重さん、御三方とも沈められてるなんて辛すぎる一般の民も大変でしょうけど男児が沈められることはないでしょう史実のエグ味がすごすぎてお見合い一目惚れから浜小屋で仕事忘れて♡吹き出して撓んだと思ったらエグいの来るから来週が怖い😰
まったく同感ですね〜!!男も妊娠機能持って出産して見ればいいんだよね(怒)
@@桃饅頭-q3i 遡るほどに子孫繁栄に励まれたのは神代に倣ってかと思いました。古事記に書かれた大国主命さま(出雲大社さんの御祭神)日本の繁栄のために日本国中に数多の妻を持ち180柱の御子神様が御生まれになったとあります。初めて読んだときエーッ!と声に出た驚き。お名前もすごく沢山あって、古事記を思い返せば鎌倉時代は名前も側女もずいぶんシンプルになってる😅
@@紅白梅 いや〜!!キョーレツですね!!180柱って…。どゆ事!?日本のアイデンティティはやっぱりオットセイだったのか…。…泣ける。キリスト教の貞節教理が入る前って、日本はずっとオットセイ倫理だったんですか?
山形の瀬見温泉では、逃げていた義経一行の中に産気づいた人がいて、その後産湯に使ったと伝承があるそうです。もしかして郷御前の産んだ2人目のお子様かもしれませんね。
いつも正座して(ウソです)メモをとりながら(本当です)拝聴しています.前回の大河、「誠意」がテーマだったかと.頼朝の使者が面食らうほど腹に何もない木曽義仲、その息子、亀の忠告に耳を傾ける御台所、ある意味「正直」な義経、そして八重の心をひらく義時の純心…(次回からは一転…の予感).
本当にそうでしたね!!同感!!この義仲兄貴が幕府開いたら良かったのにねぇ(泣)
思いましたwww
正妻 里(郷)さん比企氏の親戚なんですね知らなかったです
宮城県の鳴子温泉には義経の子供が産湯をつかったという言い伝えがあります。もしかして・・? その産湯で初めて子供が泣いたので「啼き子」から鳴子になったという伝説もあります。
『義経記』からきてるのかもしれませんね。
確かに、義経は奥州でもオットセイやってたでしょうね。
@@pontarou01 目に浮かぶよねぇ(笑)
それは鳴子温泉ではなくその近くの瀬見温泉でしょう!
最近の歴史学者の間では弁慶さんや静さんはモデルになった方はいるがドラマに出てくる様な方は実在しなかった可能性も否定出来ないと言われていますね いずれにしても今まで裏に追いやられていた正室さんがようやく表に出てくる様になられて良かったですね 時の権力者は正室さんの実家に理不尽な仕打ちしているから正室さんをヒロインにしたくなかったんでしょう?でも男の子は別の所に養子に出されてその末裔は今でもいらっしゃるという事はでたらめな話ではないと聞いた事ありますが
アップ順じゃなく、RUclipsを開けた時に表示されたものを視聴しています。故にアップからかなり経ってのコメをお許し下さい。川合様にしては珍しく、いい間違いでない錯誤がありましたので、言上します。勧進帳の義経は「稚児」ではなく、「強力(剛力=ごうりき)」、つまり荷物運搬者です。それ故、富樫の前では絶えず笈を負うています。川合様の発言にもあったように、いくら小柄とはいえ成人男子で稚児装束は似合わないし、ありえませんよね。
お~、ご指摘ありがとうございます。そうか、あれって強力なんですね。
@@kashimashi_rekishi_ch 勧進帳の元になった能の安宅では、義経を子方(子役)が勤め、最初は山伏姿ですが、関を通過するにあたり強力の衣装に着替えています。
中村吉右衛門主演「武蔵坊弁慶」では「若の前」という名前でした。演じていたのは、当時は清純派女優だった山咲千里さん、ものすごくキレイで可愛い女性でした。その後、山咲千里さんが、あんなのになるなんて・・・
コメ読んでから山咲千里さんがどうなったのか気になってしょ~がない(笑)
一時、ボンデージの女王となりましたが、その後はどうなったのでしょう?
その武蔵坊弁慶のNHK出版から出された本の、ストーリーページの挿絵をしたのが僕でした。 川越に住んでまして、河越重頼を描いてます。ここに出てきます。ruclips.net/video/Ym25oWHZP_E/видео.html
京都時代の義経はかなりヤンチャで、兄の頼朝から注意されたみたいですね。身分の差もあって、川越重頼の娘が正妻だったみたい。
義経は、郷御前も、静御前も、二人同時に妊娠させてたんですね😂😂😂😅
静御前は実在していない説もありますね~。
確かに静御前はあれほど吾妻鏡に取り上げられ後白川法皇まで感心させたというエピソードがあるのに吾妻鏡意外には全く記載がない事は事実みたいですから不自然であるといわれています この時代実在したかは2つ以上の歴史書あるいは誰かの記録書日記に記載がなければ実在が確定しないそうです 従って静さんは実在したかは確定がないという事ではないでしょうか?
里さんが速攻で義経にお持ち帰りされてて驚いた💦しかも、あんな海辺の掘っ建て小屋(?)🛖💦平安貴族の通い婚、後朝の文からの落差が…😨夏の湘南、大島🏖じゃないか…
河越で生まれ育ったので海を見ただけでテンション爆上がり?
@@user-Chinxy その前に里さん見てテンション爆上がりしてましたね😊
立派な家柄のお姫様がお輿入れするのに現代みたいに何処かのホテルに連れ込んでなんて事はありえないでしょうね?
わかりやすい内容でした!登録しました❤
ありがとうございます💖
河越重頼とは、今の川越市の基なのですか?。比企の尼、比企氏にも比企郡がありますよね。
そうですよ~。
おお!関西人には、貴重な情報ありがとうございます!
郷御前なんだか強烈だったな~「武蔵坊弁慶」の山咲千里が無垢で足りない感じで良かった。静御前は、やっぱり富司純子✨きれいすぎるけど実際のドラマは見たことない。因みにフィギュアの荒川静香さんは鎌倉出身で、名前を静御前からとったそう⛸️
そうなんですね!
天下とった静香御前
ま〰️英雄色を好むですな。
祝!一番。センセ、大丈夫なんでしょうか?寂しいですよ、滞ったら。肝心の内容はこれから拝見いたします!
きりゅうさん、弁慶が持ってきた水の件りですが…その場所って、親不知・子不知の海岸付近ではありませんか⁉️😳歴史家のきりゅうさんのことですので、親不知・子不知の伝説は聞いたことくらいあると思いますが…新潟県と富山県の県境近くに、親不知の天下の剣と言われるところがありまして、断崖絶壁が海に突き出しており、道の整備がされていない(もちろんトンネルも無い)大昔には、天下の難所として有名なところでした。義経一行が、奥州へ向かう際、ここを訪れたという言い伝えがありまして、長い海岸線を歩いてきた一行が、喉の乾きを訴えたので、弁慶が近くに湧き出ていた湧水を試飲したところ、みるみる力が湧いてきて、近くにあった大岩を海に投げたそうです。こういう伝説が親不知にはあり、今もそこには湧水が出ており"弁慶の力水"と言われていまして、海の方(砂浜より50m程沖)には"弁慶の投げ岩"という岩が残っています。よって、この時、持ってきた水は"弁慶の力水"かな?と思いました😅
ちなみに、親不知海岸には他にも伝説がありまして…遠い昔、その付近を荒らしていた鬼がいたのですが、たまたま通り掛かった倭建命(ヤマトタケルノミコト)が住民の愚痴を聞き、鬼に力比べをして、負けたら村を荒らさないことを約束させました。親不知海岸の上にそびえる山(名前は忘れてしまいました😅)から岩を投げて、遠くまで飛んだ方の勝ちとし、競ったところ…鬼の投げた岩は海岸の砂浜に、倭建命が投げた岩は海の方(砂浜より80m程沖)まで飛びました。負けた鬼は、こりゃ敵わんと、いくつもの山を飛び越え逃げていったそうです😅以上、小学三年生の時の遠足で歴史資料館のおじさんに教わった話でした…ご視聴ありがとうございました😅
史実通りにドラマを描くなら義経さんの最愛の人はやはり正室さんになってしまいますでしょう⁇だから静さんを持ち上げるドラマではほとんど史実を歪曲しているでしょう⁇それが北条氏の操作だったんではないでしょうか⁇いずれにしても近頃は裏が表に現れて来て嬉しいです
番組だと比企能員の縁者って感じであてがわれた感じになってますけれど、河越重頼の娘としての方が有名だと思います。比企尼の孫という点では縁者ではないかと思いますけれどどうなっているんでしょうか?あくまでもドラマ的な展開?
ドラマに河越重頼を出さない予定なのかもしれませんね。
以前、平泉の高館まで行った時に、義経が腹をくくった時、郷御前と子供も自害……と言うか、殺されたと言う案内があるのを思い出しました。何とも悲し過ぎるお話です😑勝手に官位を受けたのも、野心?もあったんでしょうね…🤔兄に取って代わろうと言うのではなくとも。かなりの自信家さんでもあったのかなぁ…。
本当のところはわかりませんが、個人的には、そんな野心はなく、ただ政治家の兄の考えがわからなかったんじゃないかな~と思ってます。
@@kashimashi_rekishi_ch 武人としては天才的でも、政治家としては…💦だったのかもですね😑う〜ん、だからこそ、二人がタッグを組んだら、最強になってた…のかな🤔
いつも楽しく拝見しています。無知で恥ずかしいのですが、この時代の女性の旅装束?で、政子もりくさんも胸に棒?を横にしたようなものを下げていましたが、あれはなんなのでしょうか?
私もアレは何なんだろうと思ってました。守り刀でも入っているのでしょうか?
あれは「懸け守り」です。
御守りなんですね。視聴したことはないんですが、禰󠄀豆子ちゃんが咥えてる竹筒の高級な筒?絹巻きを咥えるんだろうかと傾げてました。スッキリした。ありがとうございます。
お守りか〰。私はまた水筒かハンカチちり紙入れかと思ってた。
しっかし、博識ですね、貴方程の知識があれば小学校か中学校で生徒たちに講義が出来るでしょう、大河ドラマこそ、今の若い人達に観てもらいたいですね。
頼朝が人気が無いのがわかりました。鎌倉のお墓が囲い混みもなく なんか道すがらにポツンと置いてあり いつも 不思議に思ってました。訳がわかりました。ここ3年は見てないからわかりませんが。
郷との間の娘が「さだ」で静との間の息子も「さだ」だったと言われているが、「貞」と「定」であったと言われているが、どっちの子が「貞」でどっちの子が「定」であったか教えて欲しい。可能性としてはよく「貞女」と言う言葉があるから「貞」は女の子に使う文字と思われがちだが「王貞治」のように男児に使うのが通常でないかと思われるんだが、「定」を女の子に使うのはどうかなと言う気もするんだけどね紫式部や清少納言の時代に後宮の「定子」と言う存在はいるけどね。ただ、「郷」との間に息子がいたのは知らなかった。
静御前が…正妻じゃないのは…誰でも知ってるでしょ…!北の方が正妻?それが…郷御前なの?
正妻にしちゃあ、安直な、ワンナイトな感じのLove Affairって感じだったな。。。
頼朝さんはキチだけど、国のトップなら相当なサイコ寄りのキチじゃなきゃ務まらんしなぁ…。🙄🤔🤨
義経記の内容は弁慶記だよね。
頼朝はひどいやつや武士の初めて作った幕府だけど悪いことしすぎだから馬から落ちるんやわ😅
馬を褒めてやりたい(笑)
しかし、今作の義経の扱いは散々で御座いますね。
勝手に美化しすぎちゃったから…逆にこういうのもありかな💦
こういうのも好きですけどねwww
どちらかというと木曾義高役の染五郎さんの方が、見た目義経っぽいです。
@@口頭内侍 この意見に一票!!
当時の武士は自分の血筋を残す為に色々な女性と関係を持ったり囲ったりと、本能がそうさせていたのですかね?子孫を残すことも戦と同じくらいに大切な時代だったから沢山の女性を囲うことに対して今ほどうるさくはなかったのかな。それにしても当時の女性は肝が座っているというか、健気というか、命に対する覚悟が素晴らしすぎます。やっぱりいつの時代も女性には頭が上がりませんwwwちなみに八重に対する義時の恋が叶って涙を誘った第十三回でしたが、そんな純情な義時はこの先も八重に対して一途だったんですか?
歌垣(うたがき)というのがあってフリーで誰とでもOK。筑波山の「かがい」は有名で「歌垣」の訛り。第1回で時政が目出度いことの例で正月と並べた三島明神の祭礼も同じで第4回の山木攻めの進軍でもナンパしている男とされている女がモブで映っている。義時は言動が第13回になってもDT臭いが、三島明神の祭礼でDTを捨てているはず
帝王切開かもしらん
いつも解説楽しみにしています。
放送と同時解説してもらえるとより楽しくなりそうなのでご検討くださーい!
源氏と関わると不幸になる確率が俄然上がる気がします。なんとなく、平家は一蓮托生でみんなで栄えてみんなで衰えていくのに対して、源氏は潰し合いですよね。
たとえ本人が嫌がっても、郷御前と娘をどこかに逃がしてあげて欲しかったですね。
菩提を弔うことも、妻として大切な役割だと思うのですが。
それを考えると、巴御前に逃がしてあげた木曽義仲は、男から見てもかっこいい。
私と同じイナカッペ大将だけど、源氏では義仲が1番好きかな。
最初の出会いの時の義経と頼朝のソックリ!は容姿じゃなく女好きの所でしたね😁
静御前を吉野に置いて郷御前の元に向かったことになるんですね。
鎌倉時代に上流階級に生まれた女性の一生が過酷過ぎて辛い😭
郷御前、静御前、八重さん、御三方とも沈められてるなんて辛すぎる
一般の民も大変でしょうけど男児が沈められることはないでしょう
史実のエグ味がすごすぎて
お見合い一目惚れから浜小屋で仕事忘れて♡
吹き出して撓んだと思ったらエグいの来るから来週が怖い😰
まったく同感ですね〜!!
男も妊娠機能持って出産して見ればいいんだよね(怒)
@@桃饅頭-q3i
遡るほどに子孫繁栄に励まれたのは神代に倣ってかと思いました。
古事記に書かれた大国主命さま(出雲大社さんの御祭神)日本の繁栄のために日本国中に数多の妻を持ち180柱の御子神様が御生まれになったとあります。
初めて読んだときエーッ!と声に出た驚き。
お名前もすごく沢山あって、古事記を思い返せば鎌倉時代は名前も側女もずいぶんシンプルになってる😅
@@紅白梅
いや〜!!キョーレツですね!!
180柱って…。どゆ事!?
日本のアイデンティティはやっぱりオットセイだったのか…。
…泣ける。キリスト教の貞節教理が入る前って、日本はずっとオットセイ倫理だったんですか?
山形の瀬見温泉では、逃げていた義経一行の中に産気づいた人がいて、その後産湯に使ったと伝承があるそうです。
もしかして郷御前の産んだ2人目のお子様かもしれませんね。
いつも正座して(ウソです)メモをとりながら(本当です)拝聴しています.
前回の大河、「誠意」がテーマだったかと.頼朝の使者が面食らうほど腹に何もない木曽義仲、その息子、亀の忠告に耳を傾ける御台所、ある意味「正直」な義経、そして八重の心をひらく義時の純心…
(次回からは一転…の予感).
本当にそうでしたね!!同感!!
この義仲兄貴が幕府開いたら良かったのにねぇ(泣)
思いましたwww
正妻 里(郷)さん
比企氏の親戚なんですね
知らなかったです
宮城県の鳴子温泉には義経の子供が産湯をつかったという言い伝えがあります。もしかして・・? その産湯で初めて子供が泣いたので「啼き子」から鳴子になったという伝説もあります。
『義経記』からきてるのかもしれませんね。
確かに、義経は奥州でもオットセイやってたでしょうね。
@@pontarou01
目に浮かぶよねぇ(笑)
それは鳴子温泉ではなくその近くの瀬見温泉でしょう!
最近の歴史学者の間では弁慶さんや静さんはモデルになった方はいるがドラマに出てくる様な方は実在しなかった可能性も否定出来ないと言われていますね いずれにしても今まで裏に追いやられていた正室さんがようやく表に出てくる様になられて良かったですね 時の権力者は正室さんの実家に理不尽な仕打ちしているから正室さんをヒロインにしたくなかったんでしょう?でも男の子は別の所に養子に出されてその末裔は今でもいらっしゃるという事はでたらめな話ではないと聞いた事ありますが
アップ順じゃなく、RUclipsを開けた時に表示されたものを視聴しています。故にアップからかなり経ってのコメをお許し下さい。
川合様にしては珍しく、いい間違いでない錯誤がありましたので、言上します。
勧進帳の義経は「稚児」ではなく、「強力(剛力=ごうりき)」、つまり荷物運搬者です。それ故、富樫の前では絶えず笈を負うています。
川合様の発言にもあったように、いくら小柄とはいえ成人男子で稚児装束は似合わないし、ありえませんよね。
お~、ご指摘ありがとうございます。そうか、あれって強力なんですね。
@@kashimashi_rekishi_ch 勧進帳の元になった能の安宅では、義経を子方(子役)が勤め、最初は山伏姿ですが、関を通過するにあたり強力の衣装に着替えています。
中村吉右衛門主演「武蔵坊弁慶」では「若の前」という名前でした。演じていたのは、当時は清純派女優だった山咲千里さん、ものすごくキレイで可愛い女性でした。その後、山咲千里さんが、あんなのになるなんて・・・
コメ読んでから山咲千里さんがどうなったのか気になってしょ~がない(笑)
一時、ボンデージの女王となりましたが、その後はどうなったのでしょう?
その武蔵坊弁慶のNHK出版から出された本の、ストーリーページの挿絵をしたのが僕でした。
川越に住んでまして、河越重頼を描いてます。
ここに出てきます。
ruclips.net/video/Ym25oWHZP_E/видео.html
京都時代の義経はかなりヤンチャで、兄の頼朝から注意されたみたいですね。身分の差もあって、川越重頼の娘が正妻だったみたい。
義経は、郷御前も、静御前も、二人同時に妊娠させてたんですね😂😂😂😅
静御前は実在していない説もありますね~。
確かに静御前はあれほど吾妻鏡に取り上げられ後白川法皇まで感心させたというエピソードがあるのに吾妻鏡意外には全く記載がない事は事実みたいですから不自然であるといわれています この時代実在したかは2つ以上の歴史書あるいは誰かの記録書日記に記載がなければ実在が確定しないそうです 従って静さんは実在したかは確定がないという事ではないでしょうか?
里さんが速攻で義経にお持ち帰りされてて驚いた💦
しかも、あんな海辺の掘っ建て小屋(?)🛖💦
平安貴族の通い婚、後朝の文からの落差が…😨
夏の湘南、大島🏖じゃないか…
河越で生まれ育ったので
海を見ただけでテンション爆上がり?
@@user-Chinxy
その前に里さん見てテンション爆上がりしてましたね😊
立派な家柄のお姫様がお輿入れするのに現代みたいに何処かのホテルに連れ込んでなんて事はありえないでしょうね?
わかりやすい内容でした!登録しました❤
ありがとうございます💖
河越重頼とは、今の川越市の基なのですか?。比企の尼、比企氏にも比企郡がありますよね。
そうですよ~。
おお!
関西人には、貴重な情報ありがとうございます!
郷御前なんだか強烈だったな~
「武蔵坊弁慶」の山咲千里が無垢で足りない感じで良かった。
静御前は、やっぱり富司純子✨きれいすぎるけど実際のドラマは見たことない。
因みにフィギュアの荒川静香さんは鎌倉出身で、名前を静御前からとったそう⛸️
そうなんですね!
天下とった静香御前
ま〰️英雄色を好むですな。
祝!一番。センセ、大丈夫なんでしょうか?
寂しいですよ、滞ったら。肝心の内容はこれから拝見いたします!
きりゅうさん、弁慶が持ってきた水の件りですが…
その場所って、親不知・子不知の海岸付近ではありませんか⁉️😳
歴史家のきりゅうさんのことですので、親不知・子不知の伝説は聞いたことくらいあると思いますが…
新潟県と富山県の県境近くに、親不知の天下の剣と言われるところがありまして、断崖絶壁が海に突き出しており、道の整備がされていない(もちろんトンネルも無い)大昔には、天下の難所として有名なところでした。
義経一行が、奥州へ向かう際、ここを訪れたという言い伝えがありまして、長い海岸線を歩いてきた一行が、喉の乾きを訴えたので、弁慶が近くに湧き出ていた湧水を試飲したところ、みるみる力が湧いてきて、近くにあった大岩を海に投げたそうです。
こういう伝説が親不知にはあり、今もそこには湧水が出ており"弁慶の力水"と言われていまして、海の方(砂浜より50m程沖)には"弁慶の投げ岩"という岩が残っています。
よって、この時、持ってきた水は"弁慶の力水"かな?と思いました😅
ちなみに、親不知海岸には他にも伝説がありまして…
遠い昔、その付近を荒らしていた鬼がいたのですが、たまたま通り掛かった倭建命(ヤマトタケルノミコト)が住民の愚痴を聞き、鬼に力比べをして、負けたら村を荒らさないことを約束させました。
親不知海岸の上にそびえる山(名前は忘れてしまいました😅)から岩を投げて、遠くまで飛んだ方の勝ちとし、競ったところ…
鬼の投げた岩は海岸の砂浜に、倭建命が投げた岩は海の方(砂浜より80m程沖)まで飛びました。
負けた鬼は、こりゃ敵わんと、いくつもの山を飛び越え逃げていったそうです😅
以上、小学三年生の時の遠足で歴史資料館のおじさんに教わった話でした…ご視聴ありがとうございました😅
史実通りにドラマを描くなら義経さんの最愛の人はやはり正室さんになってしまいますでしょう⁇だから静さんを持ち上げるドラマではほとんど史実を歪曲しているでしょう⁇それが北条氏の操作だったんではないでしょうか⁇いずれにしても近頃は裏が表に現れて来て嬉しいです
番組だと比企能員の縁者って感じであてがわれた感じになってますけれど、河越重頼の娘としての方が有名だと思います。
比企尼の孫という点では縁者ではないかと思いますけれどどうなっているんでしょうか?
あくまでもドラマ的な展開?
ドラマに河越重頼を出さない予定なのかもしれませんね。
以前、平泉の高館まで行った時に、義経が腹をくくった時、郷御前と子供も自害……と言うか、殺されたと言う案内があるのを思い出しました。何とも悲し過ぎるお話です😑
勝手に官位を受けたのも、野心?もあったんでしょうね…🤔兄に取って代わろうと言うのではなくとも。かなりの自信家さんでもあったのかなぁ…。
本当のところはわかりませんが、個人的には、そんな野心はなく、ただ政治家の兄の考えがわからなかったんじゃないかな~と思ってます。
@@kashimashi_rekishi_ch 武人としては天才的でも、政治家としては…💦だったのかもですね😑う〜ん、だからこそ、二人がタッグを組んだら、最強になってた…のかな🤔
いつも楽しく拝見しています。
無知で恥ずかしいのですが、この時代の女性の旅装束?で、政子もりくさんも胸に棒?を横にしたようなものを下げていましたが、あれはなんなのでしょうか?
私もアレは何なんだろうと思ってました。守り刀でも入っているのでしょうか?
あれは「懸け守り」です。
御守りなんですね。
視聴したことはないんですが、禰󠄀豆子ちゃんが咥えてる竹筒の高級な筒?絹巻きを咥えるんだろうかと傾げてました。スッキリした。ありがとうございます。
お守りか〰。
私はまた水筒かハンカチちり紙入れかと思ってた。
しっかし、博識ですね、貴方程の知識があれば小学校か中学校で生徒たちに講義が出来るでしょう、大河ドラマこそ、今の若い人達に観てもらいたいですね。
頼朝が人気が無いのがわかりました。鎌倉のお墓が囲い混みもなく なんか道すがらにポツンと置いてあり いつも 不思議に思ってました。訳がわかりました。ここ3年は見てないからわかりませんが。
郷との間の娘が「さだ」で静との間の息子も「さだ」だったと言われているが、「貞」と「定」であったと言われているが、どっちの子が「貞」でどっちの子が「定」であったか教えて欲しい。可能性としてはよく「貞女」と言う言葉があるから「貞」は女の子に使う文字と思われがちだが「王貞治」のように男児に使うのが通常でないかと思われるんだが、「定」を女の子に使うのはどうかなと言う気もするんだけどね紫式部や清少納言の時代に後宮の「定子」と言う存在はいるけどね。ただ、「郷」との間に息子がいたのは知らなかった。
静御前が…正妻じゃないのは…誰でも知ってるでしょ…!北の方が正妻?それが…郷御前なの?
正妻にしちゃあ、安直な、ワンナイトな感じのLove Affairって感じだったな。。。
頼朝さんはキチだけど、国のトップなら相当なサイコ寄りのキチじゃなきゃ務まらんしなぁ…。🙄🤔🤨
義経記の内容は弁慶記だよね。
頼朝はひどいやつや
武士の初めて作った
幕府だけど
悪いことしすぎ
だから馬から落ちるんやわ😅
馬を褒めてやりたい(笑)
しかし、今作の義経の扱いは散々で御座いますね。
勝手に美化しすぎちゃったから…
逆にこういうのもありかな💦
こういうのも好きですけどねwww
どちらかというと木曾義高役の染五郎さんの方が、見た目義経っぽいです。
@@口頭内侍
この意見に一票!!
当時の武士は自分の血筋を残す為に色々な女性と関係を持ったり囲ったりと、本能がそうさせていたのですかね?
子孫を残すことも戦と同じくらいに大切な時代だったから沢山の女性を囲うことに対して今ほどうるさくはなかったのかな。
それにしても当時の女性は肝が座っているというか、健気というか、命に対する覚悟が素晴らしすぎます。
やっぱりいつの時代も女性には頭が上がりませんwww
ちなみに八重に対する義時の恋が叶って涙を誘った第十三回でしたが、そんな純情な義時はこの先も八重に対して一途だったんですか?
歌垣(うたがき)というのがあってフリーで誰とでもOK。筑波山の「かがい」は有名で「歌垣」の訛り。第1回で時政が目出度いことの例で正月と並べた三島明神の祭礼も同じで第4回の山木攻めの進軍でもナンパしている男とされている女がモブで映っている。義時は言動が第13回になってもDT臭いが、三島明神の祭礼でDTを捨てているはず
帝王切開かもしらん