Размер видео: 1280 X 720853 X 480640 X 360
Показать панель управления
Автовоспроизведение
Автоповтор
障害の影響で不登校になった時のこと、自分を苦しめた人間に対しても慈愛の心を持ちたいという気持ちとリンクして、いつも泣いてしまいます。
この強烈な孤独感。そしてそこからの救済。谷山浩子さんの曲は心の原風景を見せてくれる。
ああ、初めて涙を流さずにこの曲を聞けた。今私は満たされてるんだな。
そうです
タイトル:よその子歌手:谷山浩子作詞:谷山浩子作曲:谷山浩子編曲:石井AQ 谷山浩子温かな明かりがともる 小さな家の窓の外にきみはたたずみのぞきこんでる ささやかな家族の夕餉父と母とふたりの子供 わずかなすきま そのすきまにきみはどんなに座りたいだろう 閉ざされた家族の時間「誰かいるよ」指さす弟 振り向く父と母と姉と決してあかないガラスの向こう 呼びかける声はくぐもる「どうしたの どこから来たの 早くお帰り うちへお帰り」うなずいて 歩き出すきみ 日暮れの道を影になってたどりつくのはまた別の家 のぞきこむ家族の時間きみはよその子 どこにいてもきみはよその子 誰といてもあんなに仲良く遊んだあと帰る友達の背中を見てる丘の上から見おろす町は いくつもの家 いくつもの窓全ての窓はあかない窓だ そう言ってきみは泣いたよ燃え上がる赤い夕焼け 町を焼き尽くせ 跡形もなくきみの夢は涙に歪む 淋しい影が世界になるきみは幻影の焼け跡を見る 焼け焦げたきみの心をきみはよその子 母に憧れきみはよその子 母を憎んだ果てしない旅の始まりはもう思い出せない記憶の彼方「それでも僕は 全ての家の全ての人の幸せを祈れるくらいに強い心を強い心を 僕は持ちたい」雲の中 巨大な人が 巨大な腕を空にひろげたきみを焦がす熱い炎は いつか温かな光になる心つつむ夕焼けマント 抱きしめた きみの命を丘の上から見おろす町の ひとつの家の窓が開いたやがてまたひとつ そしてまたひとつ 次々と窓が開いたここから見える全ての家の全ての人の幸せを祈れるくらいに強い心を強い心を 僕は持ちたいここから見えない全ての家の全ての人の幸せを祈れるくらいに強い心を強い心を 僕は持ちたいきみはよその子 宇宙の子供全ての家の 窓を開くよきみはよその子 わたしの子供閉ざした心の 窓を開くよ
arigatou
歌詞有難う❗❤
小学、中学時代の孤独感にリンクする、いつでも泣かずにいられずに居られない曲です。恨むことから許して包み込む、「よそのこ」の強さが美しく、こうありたいと強く願います。
谷山さんの 歌は 人間の心の中の 真髄を掴んでくる。
こんな物語紡げるの信じられない。凄い。
「うちへお帰り」って言葉がこんなに悲しい響きをもつなんて…彼には帰る家はないのに。
思い出したとき聴きに来てる、家族の大切さを再確認したい時に
素晴らしい
胸に刺さる歌詞とメロディ。
ネグレクトされていた人にはつらい歌詞…「ささやかな夕餉」がどんなに憧れても叶わない…
血の繋がりが全てでは無い、、ワシは「血の繋がりがあろうと自分以外の人は他人」と思っておるが自分を必要としつくれる人が見つかって穏やかな暮らしを送っておる(´ω`)友達や彼氏彼女、築く絆が血よりも濃いものと成る事を願っておるよ
それでも、産み落としたひとに愛して欲しかった。その葛藤を乗り越え吐きそうでも飲み込み、憎むのではなく愛するように。そうなりたい。私はまだなれない
かの空前絶後の仏教的な優しさモンスター宮沢賢治、是非とも彼の作品けでなく人生も知って、その基地街じみた優しさに半ば呆れてみて頂きたいものですが。(彼の膨大な著作、その殆どは、死後に「発見」されたものです。)中でも、今で言う過労死の後、遺品整理で、仕事用の手帳の中に鉛筆の走り書き(誰にも見せるツモリもなく、ただ自分の反省の為だけの言葉)で書かれていたものが見付かったのが、いわゆる「手記より」その中でもっとも有名なのが雨ニモマケズ、彼はその最後を「そういうものに私は成りたい」で結んでいます。いわゆる日本仏教は上座部でなく大乗仏教。その根本的な理念に大乗(身の回りの村や国、大勢の人の幸福を考える)利他(自分の小さな利益より周りの人の幸福を)優先的に考えようと自分を戒め努力しようとする姿勢、心の在りようこそ「悟り」への道と考える宗派の集まりです。つまり何が言いたいのかといえば…出来ていない自覚を持てるだけで、既にカナリ高いレベルの路の上にいるんじゃないかと。
명곡. 동영상을 볼 수 없어 아쉽네요
包み込む巨大な人・・・( ゚д゚)ハッ!まもる君⁉
谷山浩子さんの曲を聴くようになったきっかけの曲です。聴いているときは哀しい曲だとおもっていましたが、あたたかな光につつまれた手、夕焼けマントが、いのちと心をつつんでくれた。苦しみ、淋しさ、憎しみを抱えても、大乗仏教のような…それでもすべてのひとの幸せを祈れるくらいに強くなりたい。やさしさ、つよさを持って生きていこうと想える曲。
I'm agree with you
10年以上、谷山ファンを離れていましたが、この曲を聴いて、またファンに戻りたいと思いました。
2人ともすごく楽しかったんだと歌声でわかるくらい🎉しんごちゃん、あきなちゃん、素敵な歌をありがとう😂
余程鈍感でもなければ、誰でも多かれ少なかれ『よその子』の感覚を経験しているのではないだろうか?「孤独」を感じる心はとても重要だろう。それは集団欲求を感じている(人としての自然な欲求だそうです)事の表れなのだから。自己犠牲を伴うか否かは別にしても誰かの役に立ちたいと思う心、自分の幸せは勿論だが、周りの人や全くの他人の幸せを求める心、これには偽りはないだろう。『衣食足りて礼節を知り、倉廩満ちて栄辱を知る』のが人間だ。反面、自分もひもじいなか他人に食物を分けるのも人間だ。浩子さんは『よその子』で、こういった人間の心に「あんた、たまには青臭く考えてごらんよ!!」と、美しく優しい声でズバッと問かけてくれている。
MTさん…そうですね…更に私が思い付く語は…「男子三日会わざれば刮目して見よ」です…この曲を耳にした人全ての…幸せを祈ると共に…「意識をかえて…」の願いと共に……届け…この想い…有難う御座います
俺は一度も「よその子」感覚は経験した事ないし、孤独を感じた事はない。自分は自分の身体が病気や怪我をせず、無限の孤独を感じてみたい
巨大な人 あたりから涙腺崩壊
今、自分の家に住んでるツンデレ猫がこの曲を聞くと甘えてきます。
こんな凄い歌詞書ける人、世の中いるんだね。でも、鬱気味のときは聴けないかも....。
我利を棄て利他に努める。明徳(これ見よがしな分かり易い「良い」行い)より、陰徳(誰にも知られない事への努力込みの善行)を圧倒的に功徳が大きいと考える。これは正に、日本の仏教の多くに共通する特徴その物なんですが、この歌にはかなり詰め込まれていますよねぇ。なんか私評価で「史上最強の優しさモンスター」である宮沢賢治にも迫る勢いと考えます。
ピアノ小学生の子供の頃好きだったのは、津軽に寄せて or たんぽぽ食べて。で、大学のころ好きだったのは、王国です。そして、谷山さんのデビュー時に生まれた私が今好きなのは、この、よその子です。
わぁ!イントロから鳥肌立った。泣いてしまった。。。;_;
神
壊したのは自分 壊れたのは家族 心はまだ・・・
硝子窓の中の「家族の時間」が幸せなものとは限らない。知らぬが花って事もある・・・。
確かに家族がいる者、家のある者が皆幸せとも限らない家族仲が悪かったり問題を抱えていることも多くある。しかし家族も帰る家もない少年は全ての人の幸せを願いたいと言っただからこそ家族のいるものは家族がいるということのありがたさ、そして少年の幸せを願う心を持たないといけない
皆さん真面目にコメントしている中すみません。わたし当時「サイボーグ009」の島村ジョーを思い浮かべていました😅
君はどこに落ちたい?
この曲が収録されているアルバムのタイトルが『宇宙の子供』よその子が可哀そうとか頑張れとか思わせておいてからの よその子=地球人=自分たち というね。
障害の影響で不登校になった時のこと、自分を苦しめた人間に対しても慈愛の心を持ちたいという気持ちとリンクして、いつも泣いてしまいます。
この強烈な孤独感。
そしてそこからの救済。
谷山浩子さんの曲は心の原風景を見せてくれる。
ああ、初めて涙を流さずにこの曲を聞けた。今私は満たされてるんだな。
そうです
タイトル:よその子
歌手:谷山浩子
作詞:谷山浩子
作曲:谷山浩子
編曲:石井AQ 谷山浩子
温かな明かりがともる 小さな家の窓の外に
きみはたたずみのぞきこんでる ささやかな家族の夕餉
父と母とふたりの子供 わずかなすきま そのすきまに
きみはどんなに座りたいだろう 閉ざされた家族の時間
「誰かいるよ」指さす弟 振り向く父と母と姉と
決してあかないガラスの向こう 呼びかける声はくぐもる
「どうしたの どこから来たの 早くお帰り うちへお帰り」
うなずいて 歩き出すきみ 日暮れの道を影になって
たどりつくのはまた別の家 のぞきこむ家族の時間
きみはよその子 どこにいても
きみはよその子 誰といても
あんなに仲良く遊んだあと
帰る友達の背中を見てる
丘の上から見おろす町は いくつもの家 いくつもの窓
全ての窓はあかない窓だ そう言ってきみは泣いたよ
燃え上がる赤い夕焼け 町を焼き尽くせ 跡形もなく
きみの夢は涙に歪む 淋しい影が世界になる
きみは幻影の焼け跡を見る 焼け焦げたきみの心を
きみはよその子 母に憧れ
きみはよその子 母を憎んだ
果てしない旅の始まりは
もう思い出せない記憶の彼方
「それでも僕は 全ての家の
全ての人の幸せを
祈れるくらいに強い心を
強い心を 僕は持ちたい」
雲の中 巨大な人が 巨大な腕を空にひろげた
きみを焦がす熱い炎は いつか温かな光になる
心つつむ夕焼けマント 抱きしめた きみの命を
丘の上から見おろす町の ひとつの家の窓が開いた
やがてまたひとつ そしてまたひとつ 次々と窓が開いた
ここから見える全ての家の
全ての人の幸せを
祈れるくらいに強い心を
強い心を 僕は持ちたい
ここから見えない全ての家の
全ての人の幸せを
祈れるくらいに強い心を
強い心を 僕は持ちたい
きみはよその子 宇宙の子供
全ての家の 窓を開くよ
きみはよその子 わたしの子供
閉ざした心の 窓を開くよ
arigatou
歌詞有難う❗❤
小学、中学時代の孤独感にリンクする、いつでも泣かずにいられずに居られない曲です。
恨むことから許して包み込む、「よそのこ」の強さが美しく、こうありたいと強く願います。
谷山さんの 歌は 人間の心の中の 真髄を
掴んでくる。
こんな物語紡げるの信じられない。
凄い。
「うちへお帰り」って言葉がこんなに悲しい響きをもつなんて…彼には帰る家はないのに。
思い出したとき聴きに来てる、家族の大切さを再確認したい時に
素晴らしい
胸に刺さる歌詞とメロディ。
ネグレクトされていた人にはつらい歌詞…
「ささやかな夕餉」がどんなに憧れても叶わない…
血の繋がりが全てでは無い、、ワシは「血の繋がりがあろうと自分以外の人は他人」と思っておるが自分を必要としつくれる人が見つかって穏やかな暮らしを送っておる(´ω`)友達や彼氏彼女、築く絆が血よりも濃いものと成る事を願っておるよ
それでも、産み落としたひとに愛して欲しかった。その葛藤を乗り越え吐きそうでも飲み込み、憎むのではなく愛するように。そうなりたい。私はまだなれない
かの空前絶後の仏教的な優しさモンスター宮沢賢治、是非とも彼の作品けでなく人生も知って、その基地街じみた優しさに半ば呆れてみて頂きたいものですが。(彼の膨大な著作、その殆どは、死後に「発見」されたものです。)中でも、今で言う過労死の後、遺品整理で、仕事用の手帳の中に鉛筆の走り書き(誰にも見せるツモリもなく、ただ自分の反省の為だけの言葉)で書かれていたものが見付かったのが、いわゆる「手記より」その中でもっとも有名なのが雨ニモマケズ、彼はその最後を「そういうものに私は成りたい」で結んでいます。
いわゆる日本仏教は上座部でなく大乗仏教。
その根本的な理念に大乗(身の回りの村や国、大勢の人の幸福を考える)利他(自分の小さな利益より周りの人の幸福を)優先的に考えようと自分を戒め努力しようとする姿勢、心の在りようこそ「悟り」への道と考える宗派の集まりです。
つまり何が言いたいのかといえば…
出来ていない自覚を持てるだけで、既にカナリ高いレベルの路の上にいるんじゃないかと。
명곡. 동영상을 볼 수 없어 아쉽네요
包み込む巨大な人・・・
( ゚д゚)ハッ!
まもる君⁉
谷山浩子さんの曲を聴くようになったきっかけの曲です。
聴いているときは哀しい曲だとおもっていましたが、
あたたかな光につつまれた手、夕焼けマントが、
いのちと心をつつんでくれた。
苦しみ、淋しさ、憎しみを抱えても、
大乗仏教のような…それでもすべてのひとの幸せを祈れるくらいに強くなりたい。
やさしさ、つよさを持って生きていこうと想える曲。
I'm agree with you
10年以上、谷山ファンを離れていましたが、この曲を聴いて、またファンに戻りたいと思いました。
2人ともすごく楽しかったんだと歌声でわかるくらい🎉しんごちゃん、あきなちゃん、素敵な歌をありがとう😂
余程鈍感でもなければ、誰でも多かれ少なかれ『よその子』の感覚を経験しているのではないだろうか?
「孤独」を感じる心はとても重要だろう。それは集団欲求を感じている(人としての自然な欲求だそうです)事の表れなのだから。
自己犠牲を伴うか否かは別にしても誰かの役に立ちたいと思う心、自分の幸せは勿論だが、周りの人や全くの他人の幸せを求める心、これには偽りはないだろう。
『衣食足りて礼節を知り、倉廩満ちて栄辱を知る』のが人間だ。
反面、自分もひもじいなか他人に食物を分けるのも人間だ。
浩子さんは『よその子』で、こういった人間の心に「あんた、たまには青臭く考えてごらんよ!!」と、美しく優しい声でズバッと問かけてくれている。
MTさん…そうですね…
更に私が思い付く語は…
「男子三日会わざれば刮目して見よ」
です…この曲を耳にした人全ての…
幸せを祈ると共に…
「意識をかえて…」
の願いと共に…
…届け…この想い…
有難う御座います
俺は一度も「よその子」感覚は経験した事ないし、孤独を感じた事はない。自分は自分の身体が病気や怪我をせず、無限の孤独を感じてみたい
巨大な人 あたりから涙腺崩壊
今、自分の家に住んでるツンデレ猫がこの曲を聞くと甘えてきます。
こんな凄い歌詞書ける人、世の中いるんだね。
でも、鬱気味のときは聴けないかも....。
我利を棄て利他に努める。
明徳(これ見よがしな分かり易い「良い」行い)より、陰徳(誰にも知られない事への努力込みの善行)を圧倒的に功徳が大きいと考える。
これは正に、日本の仏教の多くに共通する特徴その物なんですが、この歌にはかなり詰め込まれていますよねぇ。
なんか私評価で「史上最強の優しさモンスター」である宮沢賢治にも迫る勢いと考えます。
ピアノ小学生の子供の頃好きだったのは、津軽に寄せて or たんぽぽ食べて。で、
大学のころ好きだったのは、王国です。そして、谷山さんのデビュー時に生まれた私が今好きなのは、この、よその子です。
わぁ!イントロから鳥肌立った。泣いてしまった。。。;_;
神
壊したのは自分 壊れたのは家族 心はまだ・・・
硝子窓の中の「家族の時間」が幸せなものとは限らない。知らぬが花って事もある・・・。
確かに家族がいる者、家のある者が皆幸せとも限らない
家族仲が悪かったり問題を抱えていることも多くある。
しかし家族も帰る家もない少年は全ての人の幸せを願いたいと言った
だからこそ家族のいるものは家族がいるということのありがたさ、そして少年の幸せを願う心を持たないといけない
皆さん真面目にコメントしている中すみません。わたし当時「サイボーグ009」の島村ジョーを思い浮かべていました😅
君はどこに落ちたい?
この曲が収録されているアルバムのタイトルが『宇宙の子供』
よその子が可哀そうとか頑張れとか思わせておいてからの よその子=地球人=自分たち というね。