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若新さんの話は面白すぎて、ずっと聞いてたくなります!
22:14 自分を変えるなんて無理、に救われました。「困難に出会った時、相手は変わらないから自分を変えよう」といろんなところで見聞きして、自分を変えられない自分はダメだなぁと思っていました。変えようとするのではなく、理解しようとする。光が見えた気がします。
詰まり寛容になれるほどの余裕が無いと言うことでしょう。ここで言う余裕ってのが若新さんの言う愚道。先ず自己肯定感なんだろうけど、これ無い人(又は無いと気づいてない人)多すぎるね。
今の社会の不寛容さは大人もですが、特に子ども達に対して不寛容だなと感じていた中で、この動画に行き着きました。双雲さんのおっしゃった「先ずは自分が寛容になる」マインドチェンジが本質を捉えていると想いました。素晴らしい動画をありがとうございます!
26:40 「受け身を取れるようになる」がしっくりきました。転けないようにする足腰の強さではなく、転けても怪我しにくく生き続けられる技術があったら寛容になれる気がしました
一番不寛容なのは自分自身に対してな気がします。みんな自分に満ち足りない部分があるから、それを隠すために他者を攻撃するし、個人個人の幸福度が上がれば、他人にもより寛容になれるのではないでしょうか。
幸福感…だからそうその満たされない恐怖感・焦燥感を払拭する又は誤魔化す、えー自己肯定感を補強する為に、はみ出した他者に不寛容になるんだと思う。
不寛容シリーズ、なんて楽しいの!毎回笑わせてくれるだけじゃなくうなずける。
寛容になるのに最初に必要なのは自己肯定感だと思います。自分を肯定できる人は他人も肯定できるし、それが寛容に繋がると思って実践してます。簡単ではないんだけど。良い鼎談でした。
自分のネガティブな部分を認知し受け入れることを、日常の所作に落とし込む。「愚道」という話。ホントに若新さん言語化上手いんだよなぁ。
この3人のトーク好き
この最後、これだけ不寛容についてを話してきて矛盾して終わる感じがすごく好きですw愚道、極めてます
お客様で居たい人たちが自分は神様だと難癖付けてるというのが現実な気がする消費者として生きる時間が多いほど接するもの全般に不寛容になるというか生産や創造側で生きる時間が多いほど不寛容な範囲が狭くなるというか
足るを知る。自分自身に向き合っていけば、他人にも寛容になれる。
良いお言葉、ありがとうございます。
全てが解決しそうですね…沁みました。一生覚えている動画になりそうです。貴重なお話ありがとうございました!
自分を知ること❣️まさしくそれが人生だとしみじみ思います。結局、自分を知り受け入れることでしか本当の変容は起こらないかと^ ^
現在中学生の子育てしていますが、子供達に小作人教育に勤しんでいた事に気づきました。家庭内にも不寛容の歴史が刻まれてるのかもしれません😂
不寛容についての掘り下げやそこからの話の展開が面白かったです!
武田さんの言ってることが凄く分かる。一緒かどうか分からないけど、今の時代が不寛容なんじゃなくて、ネットは匿名?だから何でも言えるから不寛容に見えるだけで。所詮人間は不寛容なんだと思う。皆表面は自分に不利になるから何でもかんでも言わないだけで、ネットでは本音を言ってるだけだと思う。だから元々人間は不寛容なんだと思う。私も全然不寛容です。
やっぱり寛容の最初は自分自身を受け入れるから始まるんですね。「アウトデラックス」とか「有吉反省会」みたいなTV番組また見たいなぁ。
いやぁ、めさくさ面白かったです。奥深いなぁ。自分自身の内省がはかどりました。また観たいです!
自分が寛容になると周囲も寛容な人が集まりやすい。ということをもうちょっと発展させて、SNSとかの第3者の不寛容な発言については、関わらないというスルースキルが大事だと思う。会社内とか町内とかの関わる必要な環境の不寛容は、最初の自分が寛容になるに加えて、個別になぜ不寛容なのか(=何が不安なのか)を解消しつつ我慢してもらえるように説得する必要があると考えてますね。
28:10 の「※数十秒間、若新さんの音声が乱れます。申し訳ございません」のテロップような情報をどうやって人々の間で事前共有しておくか、みたいなのが重要そう。
愚道の話を聞いてふっと笑ってしまって脱力した。でもそこまで頑張って苦しんだ末の方がいい
愚道の話を聞いていてオードリー若林、南キャン山里の「たりないふたり」が浮かびました。あの二人はきっと愚道の黒帯なのでぜひ番組ができたら呼んでほしいですw
面白かった!第2弾も楽しみにしてます🎵個人的には武田さんの考え方や感覚と似ているので、自分の生活環境において不寛容さを感じることはない(捉え方の違いもあると思いますが)のですが、これはおそらく私が自分にも甘く、他人にも甘いタイプなので、不寛容な人を避けて寛容な方が周りにいてくれるからだと気づきました。
寛容な言動を少しずつはじめて、自分が寛容になってはじめて周りの人にも寛容になれる気がする🤔
この3人やばい最高すぎますー!!
自愛、自分を労わるですね。
愚道めちゃくちゃいいです!世の中にある成功者の愚行ってかわいい程度過ぎますw
面白かったでーす!!
2ちゃんねるを見習うというのは面白いですね
全部観て寝ようとした時ふと思った。前編の最初「昔はどこでもタバコをうんぬん」喫煙者にとって寛容で非喫煙者にとって不寛容。逆に今は非喫煙者に寛容で喫煙者に不寛容。色んなことにありそうだなと。お酒とかセクシャリティとかある時点でひっくり返ったこと。そんな懐古厨な議論じゃなくてよかったなーと。懐古厨的に行くときっと繰り返されるような気がする。昔は良かったから昔のように振る舞おう。その先でまた昔は良かった。昔は良かった。こんなコメントを残す自分の気持ち悪さを愚かに思いながら、誰かと話をしたいが話す人を作る努力を怠ってきた自分を愚かに思い、自分で自分を良しとできない愚かさ。
学級委員長そんな羨ましかったかな…😂なりたくない損な役回りって感じで立候補する人なんてほとんどいなかったけどな…
不寛容な人に「私ここが愚かなんです」って先手で予防カード切ると「なにそれを私に気遣えっての?厚かましい」って不機嫌になられそうで怖い。対等な関係ならまだいけるけど、相手が上司とか基本的な刷り込みとして「自分の方が正しい/相手に従う必要はない」と思ってる人だとマジ無理。
何気に小泉進次郎さんめちゃウケます😂
農耕民族2000年の歴史はそう簡単には変われませんね
私も愚道を極めたいw
愚道のゴールは、やはり愚かであり続けることなのだろうか⁉🤔
寛容/不寛容っていうのは結局グラデーション問題だと思うのです。結局のところ「いいじゃん、そのくらい」って周りが言えるかどうか。不寛容は伝染するけど、寛容も伝染する。たとえばはるか昔、ある飢えた子供が妹にも食べさせたくて、パンを盗んだけど捕まってルール通りウデを折られたとします。今の常識で考えればそこまでしなくても・・・と思うわけです。その時代のルール・常識・文化によってもグラデーションだし、個々人の感覚もグラデーション。その時に効果を発揮するのが「いいじゃん、そのくらい」だと思うのです。みんなが不寛容な時、誰かがそれを言う時に魔法は起こると思うのです。
イヤそれ俺やりまくってるけど、不寛容な人にとってその言葉や態度って寛容じゃなくて、無神経で協調性の無い非常識だって攻撃されるんだよなあ。
僕の中での言葉の定義とハマりが悪いのでゴメンだけど、「(他人に)寛容・不寛容」というより「(自分の)エゴとか自由」が先立って暴走しすぎてるから「自分と同様に他人も自由や権利が欲しい」共生よりは「まず自分の分確保!」がいまの社会の状況だと思う。言葉を変えれば「自分に甘くて他人に厳しい」「いまだけ金だけ自分だけ」とか。一応言葉では「みんな他人には寛容であるべきだ!」と号令はかかっているんだけど「10人でおにぎりが8個しかありません」とか言われると「オレじゃない誰か寛容さカモン!」みたいにしてれば不利益を避け続けられる事がわかっちゃったズルい者勝ち。そこで他人への不寛容さを強力に発揮して選択肢を与えないことで自分の平和とか場所とか権利確保にしてるんじゃないかな。
2ちゃんねるの誹謗中傷の被害者が訴訟を「諦めた」のは文字通り泣き寝入りしてるだけであって、「ダサい便所の落書きで無害」という認識が広まったからではないと思うけどね近年ツイッターほどの被害を引き起こさなくなったのも単にユーザーの数が減っただけのこと
今日~若新さん~余計に冴えてる(笑)寛容~?場所によっては自分の存在感を消す。しかし~言論人は~反対に存在感を際立たせる~✨才能の有るのが凡人達に障害者にされる だったらば~凡人を障害者と笑えば宜しい!読めない人間になれば防御出来るかな~?私は馬鹿げたユーチューブを発信する仲間が欲しい(笑)年齢不詳の若新さん(笑)
愚道、ちょっと自信ある笑
どんなに思考が悟ってもそれが自己言及的にグルグルしてしまうのが人間が愚かたる所以だなぁw
愚道やろっと
嫉妬心が大きいと思うけどな。低学歴な人は高学歴な人に不寛容な人が多い。逆はほぼない。低所得者は高所得者に不寛容な人が多い。逆はほぼない。資産の少ない人は資産家に不寛容な人が多い。逆はほぼない。そして、一番わかりやすいのは能力の低い人は明らかに能力の高い人に不寛容。逆はまったくない。結局、自分がまったく寛容でいられるためには圧倒的な才能で学歴や年収や資産を勝ち取っておけばいいということ。すなわち、自分の問題なんだと思う。自分の問題だと認識して言い訳しないで努力し続ける姿勢を取れば、不寛容も嫉妬も自然となくなっていくと思うんだけど。
この場合の小作人ってどんな意味なんでしょうか、、、?
1本目の動画から見ていただくとわかりやすいと思います。ぜひご覧ください!ruclips.net/video/rJ21qiK5uac/видео.html
不寛容撲滅会議のまとめが、不寛容を認めず、目をそらし、如何に不寛容を受け流せるか。小手指の対処療法に落とし込むとは、、、。日本の闇を見させていただきました。
あ
でも日本だけなの?韓国もアメリカも誹謗中傷とかもおるし差別もあるし
若新さんの話は面白すぎて、ずっと聞いてたくなります!
22:14 自分を変えるなんて無理、に救われました。「困難に出会った時、相手は変わらないから自分を変えよう」といろんなところで見聞きして、自分を変えられない自分はダメだなぁと思っていました。変えようとするのではなく、理解しようとする。光が見えた気がします。
詰まり寛容になれるほどの余裕が無いと言うことでしょう。
ここで言う余裕ってのが若新さんの言う愚道。
先ず自己肯定感なんだろうけど、これ無い人(又は無いと気づいてない人)多すぎるね。
今の社会の不寛容さは大人もですが、特に子ども達に対して不寛容だなと感じていた中で、この動画に行き着きました。双雲さんのおっしゃった「先ずは自分が寛容になる」マインドチェンジが本質を捉えていると想いました。素晴らしい動画をありがとうございます!
26:40 「受け身を取れるようになる」がしっくりきました。転けないようにする足腰の強さではなく、転けても怪我しにくく生き続けられる技術があったら寛容になれる気がしました
一番不寛容なのは自分自身に対してな気がします。みんな自分に満ち足りない部分があるから、それを隠すために他者を攻撃するし、個人個人の幸福度が上がれば、他人にもより寛容になれるのではないでしょうか。
幸福感…だからそうその満たされない恐怖感・焦燥感を払拭する又は誤魔化す、えー自己肯定感を補強する為に、はみ出した他者に不寛容になるんだと思う。
不寛容シリーズ、なんて楽しいの!毎回笑わせてくれるだけじゃなくうなずける。
寛容になるのに最初に必要なのは自己肯定感だと思います。自分を肯定できる人は他人も肯定できるし、それが寛容に繋がると思って実践してます。簡単ではないんだけど。良い鼎談でした。
自分のネガティブな部分を認知し受け入れることを、日常の所作に落とし込む。「愚道」という話。
ホントに若新さん言語化上手いんだよなぁ。
この3人のトーク好き
この最後、これだけ不寛容についてを話してきて矛盾して終わる感じがすごく好きですw
愚道、極めてます
お客様で居たい人たちが自分は神様だと難癖付けてるというのが現実な気がする
消費者として生きる時間が多いほど接するもの全般に不寛容になるというか
生産や創造側で生きる時間が多いほど不寛容な範囲が狭くなるというか
足るを知る。自分自身に向き合っていけば、他人にも寛容になれる。
良いお言葉、ありがとうございます。
全てが解決しそうですね…沁みました。一生覚えている動画になりそうです。貴重なお話ありがとうございました!
自分を知ること❣️
まさしくそれが人生だと
しみじみ思います。
結局、自分を知り受け入れることでしか
本当の変容は起こらないかと^ ^
現在中学生の子育てしていますが、子供達に小作人教育に勤しんでいた事に気づきました。
家庭内にも不寛容の歴史が刻まれてるのかもしれません😂
不寛容についての掘り下げやそこからの話の展開が面白かったです!
武田さんの言ってることが凄く分かる。一緒かどうか分からないけど、今の時代が不寛容なんじゃなくて、ネットは匿名?だから何でも言えるから不寛容に見えるだけで。所詮人間は不寛容なんだと思う。皆表面は自分に不利になるから何でもかんでも言わないだけで、ネットでは本音を言ってるだけだと思う。だから元々人間は不寛容なんだと思う。私も全然不寛容です。
やっぱり寛容の最初は自分自身を受け入れるから始まるんですね。「アウトデラックス」とか「有吉反省会」みたいなTV番組また見たいなぁ。
いやぁ、めさくさ面白かったです。奥深いなぁ。
自分自身の内省がはかどりました。
また観たいです!
自分が寛容になると周囲も寛容な人が集まりやすい。ということをもうちょっと発展させて、
SNSとかの第3者の不寛容な発言については、関わらないというスルースキルが大事だと思う。
会社内とか町内とかの関わる必要な環境の不寛容は、最初の自分が寛容になるに加えて、
個別になぜ不寛容なのか(=何が不安なのか)を解消しつつ我慢してもらえるように説得する必要があると考えてますね。
28:10 の「※数十秒間、若新さんの音声が乱れます。申し訳ございません」のテロップような情報をどうやって人々の間で事前共有しておくか、みたいなのが重要そう。
愚道の話を聞いてふっと笑ってしまって脱力した。でもそこまで頑張って苦しんだ末の方がいい
愚道の話を聞いていてオードリー若林、南キャン山里の「たりないふたり」が浮かびました。
あの二人はきっと愚道の黒帯なのでぜひ番組ができたら呼んでほしいですw
面白かった!
第2弾も楽しみにしてます🎵
個人的には武田さんの考え方や感覚と似ているので、自分の生活環境において不寛容さを感じることはない(捉え方の違いもあると思いますが)のですが、これはおそらく私が自分にも甘く、他人にも甘いタイプなので、不寛容な人を避けて寛容な方が周りにいてくれるからだと気づきました。
寛容な言動を少しずつはじめて、自分が寛容になってはじめて周りの人にも寛容になれる気がする🤔
この3人やばい最高すぎますー!!
自愛、自分を労わるですね。
愚道めちゃくちゃいいです!世の中にある成功者の愚行ってかわいい程度過ぎますw
面白かったでーす!!
2ちゃんねるを見習うというのは面白いですね
全部観て寝ようとした時ふと思った。
前編の最初「昔はどこでもタバコをうんぬん」喫煙者にとって寛容で非喫煙者にとって不寛容。逆に今は非喫煙者に寛容で喫煙者に不寛容。色んなことにありそうだなと。お酒とかセクシャリティとかある時点でひっくり返ったこと。
そんな懐古厨な議論じゃなくてよかったなーと。懐古厨的に行くときっと繰り返されるような気がする。昔は良かったから昔のように振る舞おう。その先でまた昔は良かった。昔は良かった。
こんなコメントを残す自分の気持ち悪さを愚かに思いながら、誰かと話をしたいが話す人を作る努力を怠ってきた自分を愚かに思い、自分で自分を良しとできない愚かさ。
学級委員長そんな羨ましかったかな…😂
なりたくない損な役回りって感じで立候補する人なんてほとんどいなかったけどな…
不寛容な人に「私ここが愚かなんです」って先手で予防カード切ると
「なにそれを私に気遣えっての?厚かましい」って不機嫌になられそうで怖い。
対等な関係ならまだいけるけど、相手が上司とか基本的な刷り込みとして「自分の方が正しい/相手に従う必要はない」と思ってる人だとマジ無理。
何気に小泉進次郎さんめちゃウケます😂
農耕民族2000年の歴史はそう簡単には変われませんね
私も愚道を極めたいw
愚道のゴールは、やはり愚かであり続けることなのだろうか⁉🤔
寛容/不寛容っていうのは結局グラデーション問題だと思うのです。
結局のところ「いいじゃん、そのくらい」って周りが言えるかどうか。
不寛容は伝染するけど、寛容も伝染する。
たとえばはるか昔、ある飢えた子供が妹にも食べさせたくて、パンを盗んだけど捕まってルール通りウデを折られたとします。今の常識で考えればそこまでしなくても・・・と思うわけです。
その時代のルール・常識・文化によってもグラデーションだし、個々人の感覚もグラデーション。
その時に効果を発揮するのが「いいじゃん、そのくらい」だと思うのです。みんなが不寛容な時、誰かがそれを言う時に魔法は起こると思うのです。
イヤそれ俺やりまくってるけど、不寛容な人にとってその言葉や態度って寛容じゃなくて、無神経で協調性の無い非常識だって攻撃されるんだよなあ。
僕の中での言葉の定義とハマりが悪いのでゴメンだけど、「(他人に)寛容・不寛容」というより「(自分の)エゴとか自由」が先立って暴走しすぎてるから「自分と同様に他人も自由や権利が欲しい」共生よりは「まず自分の分確保!」がいまの社会の状況だと思う。言葉を変えれば「自分に甘くて他人に厳しい」「いまだけ金だけ自分だけ」とか。一応言葉では「みんな他人には寛容であるべきだ!」と号令はかかっているんだけど「10人でおにぎりが8個しかありません」とか言われると「オレじゃない誰か寛容さカモン!」みたいにしてれば不利益を避け続けられる事がわかっちゃったズルい者勝ち。そこで他人への不寛容さを強力に発揮して選択肢を与えないことで自分の平和とか場所とか権利確保にしてるんじゃないかな。
2ちゃんねるの誹謗中傷の被害者が訴訟を「諦めた」のは文字通り泣き寝入りしてるだけであって、「ダサい便所の落書きで無害」という認識が広まったからではないと思うけどね
近年ツイッターほどの被害を引き起こさなくなったのも単にユーザーの数が減っただけのこと
今日~若新さん~余計に冴えてる(笑)
寛容~?場所によっては自分の存在感を消す。
しかし~言論人は~反対に存在感を際立たせる~✨
才能の有るのが凡人達に障害者にされる
だったらば~凡人を障害者と笑えば宜しい!
読めない人間になれば防御出来るかな~?
私は馬鹿げたユーチューブを発信する仲間が欲しい(笑)
年齢不詳の若新さん(笑)
愚道、ちょっと自信ある笑
どんなに思考が悟ってもそれが自己言及的にグルグルしてしまうのが人間が愚かたる所以だなぁw
愚道やろっと
嫉妬心が大きいと思うけどな。
低学歴な人は高学歴な人に不寛容な人が多い。逆はほぼない。
低所得者は高所得者に不寛容な人が多い。逆はほぼない。
資産の少ない人は資産家に不寛容な人が多い。逆はほぼない。
そして、一番わかりやすいのは能力の低い人は明らかに能力の高い人に不寛容。逆はまったくない。
結局、自分がまったく寛容でいられるためには圧倒的な才能で学歴や年収や資産を勝ち取っておけばいいということ。すなわち、自分の問題なんだと思う。自分の問題だと認識して言い訳しないで努力し続ける姿勢を取れば、不寛容も嫉妬も自然となくなっていくと思うんだけど。
この場合の小作人ってどんな意味なんでしょうか、、、?
1本目の動画から見ていただくとわかりやすいと思います。ぜひご覧ください!
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不寛容撲滅会議のまとめが、不寛容を認めず、目をそらし、如何に不寛容を受け流せるか。小手指の対処療法に落とし込むとは、、、。日本の闇を見させていただきました。
あ
でも日本だけなの?韓国もアメリカも誹謗中傷とかもおるし差別もあるし