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年越しに…Vガンダムだと…最高ですありがとうございます
ご視聴ありがとうございます。明けましておめでとうございます!
カテジナがウッソの好意を全く受け止められなかったのは、カテジナが年上でこの年代では女性の方が成長早いから実際の年齢差以上にカテジナから見てウッソが子供に見えてしまうって単純なことではなく、大人の言うことを素直に聞き応えてしまう「良い子」であるウッソが、親に嫌気が差していたカテジナからすれば気持ち悪くてしょうがなかったって部分もあったんでしょうね。
カテジナは小悪人で低身長の父親が嫌いで 自分より身長の低い男性に嫌悪感があったのもウッソを拒絶した原因の一因でそうです
ご視聴ありがとうございます。そういった部分もあるのかもしれないですね
その指摘面白い!
富野監督、2023年にVガンダムを全話見返したそうで、「プーチンがVガンダムを見ていたら戦争をやらなかったんじゃないか」「プーチンの戦争のおかげでVガンダムはファーストよりもリアルに感じた」とインタビューで言っていたのが印象的だった
ご視聴ありがとうございます。富野監督がVガンダムを受け止めることができるようになったのは大きな変化ですよね
Vガン好きとして年納めにこの動画が視れて良かったです来年も素晴らしい動画を期待してます良いお年を。
ご視聴ありがとうございます。ギリギリ間に合って良かったです^^
いやいやに仕事だからと誤魔化しながら作っていたとはいえちゃんと深みがあるのは素晴らしい
ご視聴ありがとうございます。Vガンダムは、過去のガンダムを越える量のトミノメモが用意されていたんですよね
大人が押し付ける価値観(ウソ)に鋭敏に感じてこたえる子供だからウッソ・エヴィンなのかなぁと思いました
ご視聴ありがとうございます。なるほど。
Vを最初に観たときに感じたことで、友人はウッソの万能ぶりに対してワクワクしていたけれど、自分は気味の悪さを感じていました。その後、両親が出てきて、ああなるほどとちょっと納得がいった思い出。もう一つ、シャクティが序盤でカテジナの書き置きを「これを見せたらウッソが行ってしまうから」のような理由で隠していたことが頭に残っていて、ラストもああ、また隠したのか…と、この子にも怖さを感じた思い出があります。初見の印象なので浅かったり間違ってたりする部分があるのですが、それらの印象がとにかく強い作品でした。
ご視聴ありがとうございます。ある意味、シャクティの視点で描かれた物語ですよね
富野監督が忙しさにかまけた、のくだりでゆうきまさみ先生の「ああいそがしいそがしい」「いそがしいならイデオンでも作っていてください」のアニパロを思い出してしまった…w
ご視聴ありがとうございます。イデオン好きですよね
カテジナ「信念を貫く子供など薄気味が悪い」
ご視聴ありがとうございます。そういうことですね
名前忘れたけど、スキンヘッドの兵士さんのセリフが全てを語ってたのよね。あれはいつまでも語り継がれるべきセリフよな
ご視聴ありがとうございます。ワタリーはいいキャラですね
動画の最後にも引用されておられましたが、私がVガンダムで一番印象的かつメッセージ性を感じたのがウッソに語りかける敵兵のシーンでした。大人の世界へ子供を巻き込んでしまった事への懺悔の様に思えました。
ご視聴ありがとうございます。私もVガンダムで一番印象に残っているセリフです
Vガンダム放送時、ウッソと同年代だった自分から見た当時の世界を思い出すとなるほどなとうなってしまう。自分の親は周りと比べてかなり良かった方だと思っているがそれでも学校という場・他の子供達との付き合いの場の息苦しさは異常だった、というか一種の狂気があったように思う。子供が大人になるまでの準備期間としての子供時代ではなくなっていて、まるで大人が着せ替え人形やプラモデルで遊ぶかのように自分たちの果たせなかった夢を投影しそのロールプレイで遊ばれる期間であるかのような・・・ で子供でなくなったらいきなり「大人になれ」「いつまでも夢を見るな」と切り捨てられるんだからたまったものではない。 そりゃおかしいですよと言いたくもなる。その当時の子供達が親となって行われている子育てがどんなものやら・・・
ご視聴ありがとうございます。同じことが繰り返されるのか、変わっていくのかどうなるのでしょうね
世界や周りが見えないカテジナが、最後目が見えなくなって世界を感じるのは、皮肉な因果応報で最高です。笑
ご視聴ありがとうございます。カテジナは大分期待されていたキャラクターみたいですね
Vガンダムは一番好きなガンダムなので取り上げて貰えて嬉しいです。VガンダムはF91の続編が没になった際に、描き終えたばかりのガイア・ギアを叩き台に急遽構築した作品だと思うのでウッソという名前にはそんな混乱の想いが込められているのかもしれないですね。本来なら夜7時の放映予定で富野監督はそのつもりで高い年齢層を意識して作り始めた作品だったそうですからギャップもあったと思います。ただそのおかげで夕方にVガンダムを観た当時の子供たちは脳を焼かれたのは間違いないですね(笑)
ご視聴ありがとうございます。実はVガンダムはものすごい量のトミノメモが書かれた作品なんですよね!
そう考えると、カテジナさんはウッソをちゃんと子供扱いするまともな人だったんだなーと見えてくるわけかロボットアニメ等へのアンチテーゼの様なものでもあったんかなー
ご視聴ありがとうございます。カテジナはずっとガンダムに乗るなと云っていましたね
当時ウッソと同年代の子供でしたが確かにあのくらいの時代は親ないし大人が子供に自分の願望や価値観を押し付けるのが肯定されていたように思います。今同世代の子供への接し方を見ると自分がかけられて嫌だったものを子にかけないようにしてるのかなと感じるんですよね
ご視聴ありがとうございます。日本という国が豊かになったということもあるのでしょうね
ジンジャナハムによりエリート少年兵として育てられた少年が戦後故郷に帰り人生をやり直す話でもあると朽ち果てたv二は象徴的ですね
ご視聴ありがとうございます。V2は象徴的かもしれないですね
あけましておめでとうございます。今年もガンダム含めロボットアニメ小話楽しみ待ってます。
ご視聴ありがとうございます。明けましておめでとうございます。そう言っていただけると嬉しいです^^
子供目線や主人公サイドで物語を見ると違和感感じないけど敵側や第三者視点、大人になってから見ると違和感やいやっぱおかしいなこいつらみたいな感想が出てくるあとカテジナはまともというより精神的に潔癖すぎておかしくなったんじゃないかとは思う
ご視聴ありがとうございます。カテジナも面白いキャラですよね
「ギャアギャアうるせえ大人どもめ、お前らのお望み通り『最初から色々と完璧に出来上がっている子供』を用意してやったぞ! あーらら、そしたらお前ら大人の身勝手さやエゴが、浮き彫りになっちまったなぁーっ!?」って感じのド級クソ嫌味をやるための『嘘みたいに完璧な子供』がウッソだったのかなあ、と今は思っている……
ご視聴ありがとうございます。大人への戒めですかね
ちょっとなるほどなって思った。「自立して生活できる」「親を必要としている」という親としての矛盾をはらんだ理想を押し付けられたウッソとシャクティは確かに不気味な存在だ。
ご視聴ありがとうございます。シャクティも特別な子供ですよね
そして歪められた被害者の子供によって歪められた被害者の大人として描かれたのがカテジナさんであると。
ご視聴ありがとうございます。カテジナは思っていたように描けなかったキャラみたいですね
ワタリー・ギラの台詞は、見ていたガキの頃には「武人としてショックだった」と、思っていました。しかし、私もいい大人になってから見返した時は、とても心に突き刺さり、自分も似たような悪事に関わっていないか、など考えさせられましたね・・・。
ご視聴ありがとうございます。ワタリーのセリフは、大人になると響きますよね
なるほど・・・敵であるルペさんやファラさんがウッソにやたら執着するという意図があったんですね🤔
ご視聴ありがとうございます。大人にはよく見えるのかも?
嘘っぽい物が充満した時代…。…2023年の最後の最後に、この動画を出した事にも主さんの意図がありそうですね(勘繰り)今年一年、動画投稿お疲れさまでした。資料を元にした深掘りされた解説は、群を抜いて腑に落ちるものだと感じます。2024年が、主さんにとって更に飛躍の年でありますようお祈りいたしますb
ご視聴ありがとうございます。応援していただいて嬉しいです!
子供のころに見たときは「ウッソすげー!」程度だけど、親になった人が見ると全く違う話のように見えるのかな?
ご視聴ありがとうございます。子供から見る子供と、大人から見る子供は違うかもしれないですね
結局ウッソの両親の英才教育は大成功だったし、子供を最前線に送り込んだリガ・ミリティアは勝っちゃうし・・・
ご視聴ありがとうございます。元々予定されていた結末はそうではないんですよね
嘘・鋭敏と同世代の対称的なキャラクターに本当・呆と名付けた長谷川裕一のセンスは素晴らしい
ご視聴ありがとうございます。なるほど
Vガンダム30周年で富野監督や当時のスタッフ方や声優の方がインタビューに答えたり、漫画家の山田玲司先生が最近取り上げたりしてましたけど、この作品が自分にとってのマイベストでもあるんですけど、テーマは当時のものを取り上げているのに全然今の時代そのもののような気分でした。エヴァとの関係を含めて時代の真ん中にきたのが当時の世相を分かりやすくしたGTOだったような気がしました。
ご視聴ありがとうございます。GTOですか?
アドレス変えました。個人的にはVガン→エヴァ→GTOの順番だと。VガンダムやエヴァからSF要素を抜いて完全な学園ドラマにして+ヤンキーを足したらGTOになるんじゃないかなと思ってます。藤沢先生が中学時代がヤンキーで高校時代がオタクだったそうなのでヤンキー、一般、オタクを画けたのかなと。テーマとして大人が迷っているのを全面に出していましたから。
@@青空秋 なるほど
今年もお世話になりました。やはり御大の作家性はイカれてる(褒め言葉)自分は子供に有害な大人になっていないだろうか。自分はかつてちゃんと子供であっただろうか。色々考えてしまいます。
ご視聴ありがとうございます。自分がどんな子供だったか考えてしまいますよね
初代のNTが東洋思想に近いものだったのに対し、Vガンのマリア主義は西洋思想に近いものだった。その結末があの鬱エンドという事は、この作品自体が冨野の西洋コンプレックスの現れだったというのが真相ではないかな。そういう意味では確かに人に見せられたモンじゃなかったのかも。
ご視聴ありがとうございます。マリア主義の象徴しているものはまた別の意味があるんですよね!
面白い指摘だと思いました後のエヴァンゲリオンあたりからまともな大人がアニメからどんどん消えて行き、涼宮ハルヒの頃にはそもそも大人の登場シーンが一切無くなってしまった、そういう時代の先駆けだったのかなぁと思います
ご視聴ありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです^^
正解がない事が正解矛盾してるけど、時代、時と場合、国や環境によって正解は普遍的なものだと思うこれも大人のエゴなんだけど、子どもの居ない俺から見ると世の中が「責任持て!責任持て!」って圧力をかけてる様に見えるだから子供を手放しできないんだと思うその様子を見てるから、俺は子供を持ちたく無いって思ってる
ご視聴ありがとうございます。要するに、世代を重ねる事の意味を考えてということなんですよね
声は同じなのにワタリ―・ギラと碇ゲンドウの違いよ
ご視聴ありがとうございます。印象に残るという意味では同じかもしれないですね!
子供に戻ると言うより、親の価値観をすべてリセットして学び直し、自分自身を一からやり直す。なので概ね同意というか、教えや期待を全否定も全肯定もせず、しかれたレールも分解して、坊主は嫌っても袈裟の良さは見出す。。。まではあったと思う。 カサレリアには自主的に学ぶための機材は多かったわけで、あの時代なら下手に学術機関に行くより、偏見無く学べたのがカサレリアの実家なのよね。 ・・・要はこのVガン論、実のところ親だけでなく、社会が維持コストとして次世代に求めるワガママ・・・とか、教育と親が≒状態で共々に、次代に期待するからこその悪影響ってのも、想定以上に浮き彫りにした作品だと思える。(おかげで当時全話5周して、未だにちょいちょい見る) なので監督の意図を作品が越えてしまったトコロとして、親の問題点を描いた事で、未来に責任を任せる教育って概念ソノモノの問題点も、如実に浮かび上がらせたと感じてる。その意味で結論を見直すなら、子供と言う原体験に戻ると言うよりは、原点や初心すら疑ってかかり、1ではなく0や-から知識と認識の構築を始め直す・・・ってのが、より的を得たラストの認識じゃないかとも思う次第。 少なくとも自分はコレで、当時ウッソと同じ13歳からずっと、正解やレッテルってモノが、時代ごとに移り変わってく歴史的民俗学的視点も含めて、「常識」と言う言葉自体が、誰かが誰かに「良い子」であってほしいと思う仮初と思って、学び直す事や確認し直す事の意義を大切にできたと、自負を自惚れと知りつつ、道を定められたと思う。 長い?おK。意訳は「脳を焼かれた」
ご視聴ありがとうございます。ウッソとカガチの会話に現れているかもしれないですね^^
個人的に女のヒステリーに巻き込まれる少年の物語だと思ってた
ご視聴ありがとうございます。富野作品に出てくる所謂強い女性ですかね
Vガンダム最高 eyes only最高
ご視聴ありがとうございます。Vガンダムファンは多いですよね!
主人公が苦難を乗り越えて成長する、ということと、悪を糺して世直しする、ということを両立させるのは、主人公が一人前の大人であればリアルに納得感もありますが、子供にそれをさせるのは酷な話ですね
ご視聴ありがとうございます。次の世代に間違いのない世界を託すと云うのが親の世代の役目なのかもしれないですね
後から思えば本作の制作当時のゴタゴタをデザイナーであった逢坂氏やカトキ氏の爽やかなルックスで取り繕おうとした、という主旨の発言を富野氏はされていたので、体裁の良い外側で本作のどす黒い闇の部分を隠蔽するという意図を本能的な予感でされていたと考えます勿論、上の二氏を発言のような理由だけで安易に採用するような監督ではないのは劇中の描写を観ればわかりました
ご視聴ありがとうございます。デザイナーやアニメーターを決めるのは基本的に監督ではないですから、色々とあったのかもしれないですね。
レンタルビデオのコメントだと、単純にVのテーマは女性で、カテ公もかけ違うと優しいおねぇさんが怖いおねぇさんになってしまうとかなんとか。やたら女性にスポット当てて生き様(死に様)見せつけてたから、後付け感がないテーマはやっぱ女性かなと家族がテーマなのは、主人公もMSもそっちのけで、全体の半分を鉄仮面が卑屈になった原因を濃厚に描いてた小説版F91かなぁと。
ご視聴ありがとうございます。レンタルビデオよりムックやLDの発売の方が先かと思われますが、カテジナは当初予定していたものとは違う方向に進んでしまったとということは幾度となく語られていますね。F91の全体的なテーマが家族論でそれは小説版の上巻というよりもカロッゾとセシリーの関係においてテーマを語られているんですよね、ただ続編を作るつもりであったためにセシリーの描き方が弱くなってしまったのです。Vのテーマとして話されているのは、家族論ではなく親子間の問題延いては社会構造の問題ですね。
ハンゲルグが最後姿を消した理由がよく分かりました。けど特攻時に霊体みたいに出てた事を考えると最後は思い直してそのままムバラクらと特攻して死んだことを示唆してるのかな。
ご視聴ありがとうございます。意味深な演出ですよね
ウッソが"いい子"だなんて感じたコト、無かったけどなぁ…敢えて言うなら「(大人にとって都合の)イイ子」じゃない?
ご視聴ありがとうございます。いい子という言葉自体にそういう意味があるんですよね
ガンダムというネームタイトルから、子供向けと思われがちだが、富野由悠季監督作品は大人にならないと判らない作品が殆どだと思います。小説版Vガンダムを読めば、小学生にはお勧め出来ない内容ですし、男女の拗らせ具合が半端無いです。富野さんの鋭い批判とマスキングされたエログロが愉しみな本でした。もはや、原作がどれなのかも分からないですが。
かっこよさをききたい
ご視聴ありがとうございます。子供に向けたものだからこそ真剣に・・ということですよね
ワタリーの発言は大人として止めるのは当然だとしてそれ以前に戦争していることは問題だと思う大人がしなければ、子供(ウッソ達)もしていないから
ご視聴ありがとうございます。その責任は、子供ではなく大人が背負わなければならないということですね
ウッソ(物分かりと聞き分けが良く、それでいて能力が異様に高い子供)を「良い子」と見てしまうこと自体が歪み、そういう作品ですからね。しかもそれが両親から意図的に仕込まれたもので、ウッソ自身がMSに乗る立場になって戦い続けるうちにようやく自身の異常性に気づけたというのも本当にもう…。
ご視聴ありがとうございます。現代社会の歪みなのかもしれないですね
富野監督が作品に込めた想いは理解出来ますが、ウッソ自身が最後まで己の異常性に気づくことも悩むことも無いため視聴者には伝わり辛かったように思います。
ご視聴ありがとうございます。序盤の方で何度か説明されているのですが、テーマ的な部分に気付くのは難しいですよね
ウッソだろお前ガンダムってことか
30年来のカテジナファンです。放送当時、13歳。御大がメッセージを届けたかった子供たちの一人ですが、今や長女が13歳。やはり、大人になった当時の子供は、当時の大人と同じ間違いを繰り返しているのかもしれないです。
ご視聴ありがとうございます。大人になってみると重いメッセージですよね
ウッソ エビン → 嘘 鋭敏
フォントボー→本当 呆
ウッソ・エヴィンの対義語がフォント・ボーって考えるとやっぱりガンダムの言葉遊びやもじりや意味の込め合いが面白い
ご視聴ありがとうございます。そう言う事になっているのですね
富野節や演出のせいで感情移入しにくいキャラばかりに見えますが、自分が大人になるとそのキャラ達の行動の理由や根拠がはっきりわかるので意外とまともな作品だと感じます。物語序盤で地球の荒廃ぶりがちゃんと描けてたらもっと深みのある作品になったのに、と思います。
ご視聴ありがとうございます。一応人間が住めてしまうというのが問題の根本にあるので表現が難しいのかもしれないですね
カデジナファンの私歓喜
ご視聴ありがとうございます。で、あります!
Vガン、映画化しないかなぁ。。。
ご視聴ありがとうございます。凄い映画になりそうですね
ウッソだろお前(公式)とはたまげたなぁ
ご視聴ありがとうございます。ファッ!
昔、私達兄弟を集めて親が言い放った言葉。「私は老後の金儲けの為だけにお前達を作った。いいか、お前達は将来恩を返す義務が有る」…成る程。創作と現実の差は有れど、出来不出来の差は有れど、Vガンダムを見た時感じた「私は彼の様に優秀では無いけど、なんとなく似てる?」と言う感覚は、気持ちは同じ様に親のエゴに支配されたニンゲンとしてあながち間違いでは無かったのか。
ご視聴ありがとうございます。それは衝撃的な経験ですね
いやでもカテジナ大考察でも一本動画つくれそうですね?
ご視聴ありがとうございます。カテジナは色々と語れることがありそうですよね
シャクティや親父は狂ってるしオデロ意味なく〇んじゃうし個人的には全く感じ取れないテーマでしたがそんな事どうでもよくてムバラクやゴメス艦長らの特攻は名シーンだったし、もう一度TENDERNESSやいくつもの愛をかさねては神曲でとても好きなガンダムです!
ご視聴ありがとうございます。作品が好きと云うのは何よりも重要な事ですよね!
違うのか―残念だなぁ おかしいですよ、カテジナさん
ご視聴ありがとうございます。まさにですね
この作品におけるウッソは毎話オープニングナレーションやってるとこから見ても語り部で良いと思うんですよね。テーマはやはり女で、見るべきものはどこまで言っても富野の狂気ですよ。カイラスギリーの形見てください、アレが子供向け作品の造形ですか。母なる地球に向けて先端からビーム出すって完全にどうかしてる。
ご視聴ありがとうございます。OPのナレーションは中田譲治さんかと思いますが?当時の心境の表れはカテジナというキャラクターですね
@@eyesonly777 印象としてはFF10のティーダがやるような振り返りのナレーション入ってたと思うんです。OPは確かに中田さんでした。幕間の新傷病者が多いのかな。 個人的には小説版のファラ・グリフォンの掘り込みが印象的です。カテジナで印象強いのはカサレリアについたときにひなげしのオルゴール消える演出ですね。聞かせねえぞって強い意志を感じます。
@@satoshitamai3681 これは一話を入れ替えた演出の影響もあって、次回予告をシャクティがしていることにあらわれていますが、物語の語り部としての役割はシャクティにさせていますね。カテジナについては彼女の扱いをあのようにせざるを得なくなったからこそVを富野監督が嫌っている理由の大きな要因でもあるんですよね
@@eyesonly777 どちらかというとシャクティの話ってシノプシスの提示が多くないですか。ストーリー構造を重ねてるのってウッソの語りが多い気がします。不安になってきたので時間作って見直す必要がありそうですが・・・。これ根本の齟齬はなんだろうと自問自答してみたんですが、多分根本的に自分がウッソの成長を認めてない気がします。ガトーがデラーズに会う前後で結局変わってねえじゃん、的なものをウッソにもやはり感じざるをえない、っていう。
@@satoshitamai3681 satoshitamai3681 さんがそう見えるのは当然だと思います。何せウッソは主人公ですから。例えば女性がテーマだとしたら女性の何を描こうとしたのか、ということなのですよね
ウッソだろお前www…というネタがネタではなかったという事実
ご視聴ありがとうございます。そういうことですね^^
カテジナさんは最終話でシャクティの時限爆弾で爆死する悲しい人ですね(マテVガンは冨野さんの精神状態がかなりやばい状況で作られた作品なので、いろいろ鬱要素が入っている作品です。(冨野さん自身が見るなという作品)もう少し精神状態が良い時に作ってもらいたかった作品でもあります
ご視聴ありがとうございます。どちらかというと作り終わった後かもしれないですね
昨年のインタビュー記事、山本裕介に聞いた「Vガンダム」30年目の真実によると、当時の富野さんの精神状態云々の話はちょっと独り歩きしてる気もします
精神状態が良い時ならもっと死んでる。最後は皆殺し全滅エンドだよ。
ガンダムやその元祖となった昭和アニメ全体のテーマはいつまでも「一見賢く見える稚拙な大人の正体」だよ。Vや∀/Gレコは古い時代のロボットプロレスに揺り戻しを掛けた作品と言って良い、要は他人のふりみてなんとやらして欲しいというスタッフからの強い願いだ。
ご視聴ありがとうございます。色々とテーマを探ってみると面白いかもしれないですね
嘘っぽいものに溢れた社会というと、Vガンダムとほぼ同時期の93年に押井監督が劇場版パトレイバー2で東京の存在自体が幻の様に感じられるキャラを出したのが思い起こさせられますね…
ご視聴ありがとうございます。押井守さんも独特な感性をもたれた方ですもんね
名前に意味がない分けないよな😮
ご視聴ありがとうございます。御大は名前に拘りがありますよね
とあるガンダムの2次小説で、グリプス戦役、第一次ネオ・ジオン戦争時にエゥーゴに所属した兵は地球連邦軍吸収後に冷遇されているという話を書いた人がいました。その理由の1つに「子供や民間人を戦わせた」と言っていました。職業軍人としてあるまじき行為であると。
ご視聴ありがとうございます。面白い設定ですね
ガンダムはV以前のシリーズも親子で色々ありましたがVは親と子の話を長く描いていたのは親子論が根幹だったからなのですねウッソは良い子の話を聞いてこち亀で両さんが「いい人ってのはどうでもいい人のことだ」って言っていたのを思い出しました言葉をそのまま受け止めるのは危険ですね発言や台詞の意図や背景を読み取れないとオールドタイプは誤解に誤解を重ねることになりそうです関係ないのですがマシンロボの2ndオープニングの一番の歌詞は凄くカッコいいのですが二番の歌詞は個人的には微妙です…
ご視聴ありがとうございます。勝利の大行進!
新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。親と子の関係、そして家族関係を通して社会を描くというのは作品創りの王道でありどんな作品であってもそういう部分は見られますよね。でも天邪鬼な私は現実の世界を脳裏に浮かべてしまうのです。言ってしまえば家族の形態は千差万別で同じモノはひとつとして存在しないという事です。 まるで排他律の様に。遺伝的要因、時代背景、文化的要因そして親と子の年齢差等。そういう数多の要因が複雑に絡み合って形成されて行くのが『家族』なのだと思います。ですから幾つかの親子関係を扱って社会像を写だそうというのはまるで暗闇の中に陰影を探そうとする児戯に等しい行いな訳です。もちろん御大はそんな事は端からご承知で知った上で、ある親子関係をシンボリックに扱っているのだと推察されます。確かに、このテーマを子供向けロボット・アニメで取り扱うのは些かハイブロー過ぎると私も思いますけどw次回の動画を楽しみにしています。それでは、
ご視聴ありがとうございます。家族関係、親子関係をはっきりさせておくというのは、作劇の教科書の初めの方に書かれている事なんですよね。そうしないとキャラクターがただの作り物になってしまうので
@@eyesonly777 返信、ありがとうございます。あるキャラクターを成立させる為に表に出て来ない家族関係や親子関係の設定を創る事もよくありますね。でも、それをするとしないとでは大違い。ドラマの現場でタンスの引き出しに中身として衣類を詰めておくって、一見無駄な様に思えますがところがぎっちょん↑シン・仮面ライダーより。中身が入ってないと引き出しの開き方の具合が微妙に異なるのですよね。神は細部に宿る、とはよく言ったものです。UCに関してのニュータイプ論の違いの動画を視聴しました。何か、(UCのクリエイター達にとって)キツいコメントを書いてしまったかなぁ、って少し反省してます。でも、自分のオリジナルで勝負しろよ、本当のプロならな、って思っているのも事実なんですよね。人間、喰っていかなきゃいけないのは十分承知しているのですけど。私、まだ青いみたいです。
Vはいわゆる黒富野全盛期で、色々とその時の鬱屈した気持ちがぶつけられたんじゃないかなと考えてしまうんですよね。
ご視聴ありがとうございます。後にわかったVガンダムを取り巻く環境の方が大きかったのかもしれないですね
現代の親は子離れできてない人が多すぎる。子供に親を求めてほしいという願望を感じなくもない。Vで親子テーマはほぼ捨てきった気はする。富野作品でこれ以降主人公の親は殆ど登場しなくなったと思う。
そして切り捨てられた親を尻目に、姉と弟が全部持ってったブレンパワードである
でも今の親が子離れできない気持ちもわからないでもない。現代社会は横のつながりがどんどん薄くなってるから、縦のつながりを離しづらくなってるのかも。
ご視聴ありがとうございます。親子関係を描くと云うのは作劇の一番大事なところなんですよね
ここまで鋭い洞察力をお持ちなら、別の動画コメントにも書きましたがエヴァとの関連性や共通点も語って欲しいパッと見た限り、作品単体が主で別々の作品同士を語るみたいな動画が無い(宇宙世紀関連除く)のはこだわりでしょうか?実はあるんですよ、だったらすみません
ご視聴ありがとうございます。エヴァの方ではVガンダムとの関連性は語っていますが、Vガンダムがエヴァの影響をうけているわけではないのでVガンダムの方ではエヴァについて語る事はないですね
13歳の少年が大量殺戮者になっていく話。
ご視聴ありがとうございます。そういう物語にはならなかったんですよね
@@eyesonly777 なりましたやん。V2になる前になんちゃらいうデカいビーム砲の引き金を引く羽目になった。あれかなり敵死んだでしょ?
@@KawaiHiromi 元々ウッソはカガチのポジションに行くはずだったのですが、カガチを否定する側に変わったのです
嘘みたいに大人顔負けの活躍をする少年、だからウッソなのでは?
ご視聴ありがとうございます。ご本人が意味を説明されていますので・・・
ウッソとスレッタって似てるねウッソのが年上に見えるが
長谷川雄一氏はどういう意図で自作の主人公にフォントと名付けたのか
ご視聴ありがとうございます。どういう意図があったんでしょうね
子供は子供らしく遊んでろなんて言うことこそ、親のエゴの押し付けだと思うけどな 子供だって現状を理解しなんとかしたいって思ってる。それを無視してMSから降りろって言うのは子供という枠に無理やり押し込めてる気がする
子供が現状を理解するためにも、自身の目的を認識してなんとかしたいと思うためにも価値観が必要になる。ウッソがMSで戦おうと思ったのは親の価値観だけでモノを判断したためである。と設定して自身の経験から未来を生きるための新しい価値観を得るためにイチ(子供)からからやり直そうというのが動画で言っていたことだと思える。動画の最後の部分は価値観を押しつけられるのは不幸なこと(=満たされていない)で子供が自ら価値観を創り上げていく(=子供らしさ)ことが望ましいと言っているのではないか。
ご視聴ありがとうございます。子供は大人になる為の準備期間であるということですね
鬱蒼エビデンス辺りかなと思っていた都合の良い理想を押し付けられて「僕は左手も右のように使えるんだ」そうなった子供かと「おかしいですよカテジナさん!おかしいですよ」シャクティとの対比もあったと思う片方はそうデザインされたウッソとほったらかしにされた女の子結局、物語りは破綻したと…それは 敵方のモビルスーツ名やラスボス交代に現れている
ご視聴ありがとうございます。ラスボスというか初めはカガチの代わりをウッソがやる予定だったんですよね
そもそもVガンダムのVってなんのVだよヴァイオレンスか?
Stand up to the Violence!
ご視聴ありがとうございます。真面目に答えた方が宜しいのでしょうか?・・・
レジスタンスのvサインとか。
勝利とは、力づくでもぎ取る暴力の結果である。
年越しに…Vガンダムだと…
最高ですありがとうございます
ご視聴ありがとうございます。明けましておめでとうございます!
カテジナがウッソの好意を全く受け止められなかったのは、カテジナが年上でこの年代では女性の方が成長早いから実際の年齢差以上にカテジナから見てウッソが子供に見えてしまうって単純なことではなく、大人の言うことを素直に聞き応えてしまう「良い子」であるウッソが、親に嫌気が差していたカテジナからすれば気持ち悪くてしょうがなかったって部分もあったんでしょうね。
カテジナは小悪人で低身長の父親が嫌いで
自分より身長の低い男性に嫌悪感があったのも
ウッソを拒絶した原因の一因でそうです
ご視聴ありがとうございます。そういった部分もあるのかもしれないですね
その指摘面白い!
富野監督、2023年にVガンダムを全話見返したそうで、「プーチンがVガンダムを見ていたら戦争をやらなかったんじゃないか」「プーチンの戦争のおかげでVガンダムはファーストよりもリアルに感じた」とインタビューで言っていたのが印象的だった
ご視聴ありがとうございます。富野監督がVガンダムを受け止めることができるようになったのは大きな変化ですよね
Vガン好きとして年納めにこの動画が視れて良かったです
来年も素晴らしい動画を期待してます
良いお年を。
ご視聴ありがとうございます。ギリギリ間に合って良かったです^^
いやいやに仕事だからと誤魔化しながら作っていたとはいえちゃんと深みがあるのは素晴らしい
ご視聴ありがとうございます。Vガンダムは、過去のガンダムを越える量のトミノメモが用意されていたんですよね
大人が押し付ける価値観(ウソ)に鋭敏に感じてこたえる子供だからウッソ・エヴィンなのかなぁと思いました
ご視聴ありがとうございます。なるほど。
Vを最初に観たときに感じたことで、
友人はウッソの万能ぶりに対してワクワクしていたけれど、自分は気味の悪さを感じていました。その後、両親が出てきて、ああなるほどとちょっと納得がいった思い出。
もう一つ、シャクティが序盤でカテジナの書き置きを「これを見せたらウッソが行ってしまうから」のような理由で隠していたことが頭に残っていて、ラストもああ、また隠したのか…と、この子にも怖さを感じた思い出があります。
初見の印象なので浅かったり間違ってたりする部分があるのですが、それらの印象がとにかく強い作品でした。
ご視聴ありがとうございます。ある意味、シャクティの視点で描かれた物語ですよね
富野監督が忙しさにかまけた、のくだりでゆうきまさみ先生の「ああいそがしいそがしい」「いそがしいならイデオンでも作っていてください」のアニパロを思い出してしまった…w
ご視聴ありがとうございます。イデオン好きですよね
カテジナ「信念を貫く子供など薄気味が悪い」
ご視聴ありがとうございます。そういうことですね
名前忘れたけど、スキンヘッドの兵士さんのセリフが全てを語ってたのよね。あれはいつまでも語り継がれるべきセリフよな
ご視聴ありがとうございます。ワタリーはいいキャラですね
動画の最後にも引用されておられましたが、私がVガンダムで一番印象的かつメッセージ性を感じたのがウッソに語りかける敵兵のシーンでした。
大人の世界へ子供を巻き込んでしまった事への懺悔の様に思えました。
ご視聴ありがとうございます。私もVガンダムで一番印象に残っているセリフです
Vガンダム放送時、ウッソと同年代だった自分から見た当時の世界を思い出すとなるほどなとうなってしまう。自分の親は周りと比べてかなり良かった方だと思っているがそれでも学校という場・他の子供達との付き合いの場の息苦しさは異常だった、というか一種の狂気があったように思う。
子供が大人になるまでの準備期間としての子供時代ではなくなっていて、まるで大人が着せ替え人形やプラモデルで遊ぶかのように自分たちの果たせなかった夢を投影しそのロールプレイで遊ばれる期間であるかのような・・・ で子供でなくなったらいきなり「大人になれ」「いつまでも夢を見るな」と切り捨てられるんだからたまったものではない。 そりゃおかしいですよと言いたくもなる。
その当時の子供達が親となって行われている子育てがどんなものやら・・・
ご視聴ありがとうございます。同じことが繰り返されるのか、変わっていくのかどうなるのでしょうね
世界や周りが見えないカテジナが、最後目が見えなくなって世界を感じるのは、皮肉な因果応報で最高です。笑
ご視聴ありがとうございます。カテジナは大分期待されていたキャラクターみたいですね
Vガンダムは一番好きなガンダムなので取り上げて貰えて嬉しいです。VガンダムはF91の続編が没になった際に、描き終えたばかりのガイア・ギアを叩き台に急遽構築した作品だと思うのでウッソという名前にはそんな混乱の想いが込められているのかもしれないですね。本来なら夜7時の放映予定で富野監督はそのつもりで高い年齢層を意識して作り始めた作品だったそうですからギャップもあったと思います。ただそのおかげで夕方にVガンダムを観た当時の子供たちは脳を焼かれたのは間違いないですね(笑)
ご視聴ありがとうございます。実はVガンダムはものすごい量のトミノメモが書かれた作品なんですよね!
そう考えると、カテジナさんはウッソをちゃんと子供扱いするまともな人だったんだなーと見えてくるわけか
ロボットアニメ等へのアンチテーゼの様なものでもあったんかなー
ご視聴ありがとうございます。カテジナはずっとガンダムに乗るなと云っていましたね
当時ウッソと同年代の子供でしたが確かにあのくらいの時代は親ないし大人が子供に
自分の願望や価値観を押し付けるのが肯定されていたように思います。
今同世代の子供への接し方を見ると自分がかけられて嫌だったものを
子にかけないようにしてるのかなと感じるんですよね
ご視聴ありがとうございます。日本という国が豊かになったということもあるのでしょうね
ジンジャナハムによりエリート少年兵として育てられた少年が戦後故郷に帰り人生をやり直す話でもあると
朽ち果てたv二は象徴的ですね
ご視聴ありがとうございます。V2は象徴的かもしれないですね
あけましておめでとうございます。
今年もガンダム含めロボットアニメ小話楽しみ待ってます。
ご視聴ありがとうございます。明けましておめでとうございます。そう言っていただけると嬉しいです^^
子供目線や主人公サイドで物語を見ると違和感感じないけど
敵側や第三者視点、大人になってから見ると違和感や
いやっぱおかしいなこいつらみたいな感想が出てくる
あとカテジナはまともというより精神的に潔癖すぎておかしくなったんじゃないかとは思う
ご視聴ありがとうございます。カテジナも面白いキャラですよね
「ギャアギャアうるせえ大人どもめ、お前らのお望み通り『最初から色々と完璧に出来上がっている子供』を用意してやったぞ! あーらら、そしたらお前ら大人の身勝手さやエゴが、浮き彫りになっちまったなぁーっ!?」って感じのド級クソ嫌味をやるための『嘘みたいに完璧な子供』がウッソだったのかなあ、と今は思っている……
ご視聴ありがとうございます。大人への戒めですかね
ちょっとなるほどなって思った。
「自立して生活できる」「親を必要としている」という親としての矛盾をはらんだ理想を押し付けられたウッソとシャクティは確かに不気味な存在だ。
ご視聴ありがとうございます。シャクティも特別な子供ですよね
そして歪められた被害者の子供によって歪められた被害者の大人として描かれたのがカテジナさんであると。
ご視聴ありがとうございます。カテジナは思っていたように描けなかったキャラみたいですね
ワタリー・ギラの台詞は、見ていたガキの頃には「武人としてショックだった」と、思っていました。しかし、私もいい大人になってから見返した時は、とても心に突き刺さり、自分も似たような悪事に関わっていないか、など考えさせられましたね・・・。
ご視聴ありがとうございます。ワタリーのセリフは、大人になると響きますよね
なるほど・・・敵であるルペさんやファラさんがウッソにやたら執着するという意図があったんですね🤔
ご視聴ありがとうございます。大人にはよく見えるのかも?
嘘っぽい物が充満した時代…。
…2023年の最後の最後に、この動画を出した事にも主さんの意図がありそうですね(勘繰り)
今年一年、動画投稿お疲れさまでした。資料を元にした深掘りされた解説は、群を抜いて腑に落ちるものだと感じます。
2024年が、主さんにとって更に飛躍の年でありますようお祈りいたしますb
ご視聴ありがとうございます。応援していただいて嬉しいです!
子供のころに見たときは「ウッソすげー!」程度だけど、親になった人が見ると全く違う話のように見えるのかな?
ご視聴ありがとうございます。子供から見る子供と、大人から見る子供は違うかもしれないですね
結局ウッソの両親の英才教育は大成功だったし、子供を最前線に送り込んだリガ・ミリティアは勝っちゃうし・・・
ご視聴ありがとうございます。元々予定されていた結末はそうではないんですよね
嘘・鋭敏と同世代の対称的なキャラクターに本当・呆と名付けた長谷川裕一のセンスは素晴らしい
ご視聴ありがとうございます。なるほど
Vガンダム30周年で富野監督や当時のスタッフ方や声優の方がインタビューに答えたり、漫画家の山田玲司先生が最近取り上げたりしてましたけど、この作品が自分にとってのマイベストでもあるんですけど、テーマは当時のものを取り上げているのに全然今の時代そのもののような気分でした。エヴァとの関係を含めて時代の真ん中にきたのが当時の世相を分かりやすくしたGTOだったような気がしました。
ご視聴ありがとうございます。GTOですか?
アドレス変えました。
個人的にはVガン→エヴァ→GTOの順番だと。VガンダムやエヴァからSF要素を抜いて完全な学園ドラマにして+ヤンキーを足したらGTOになるんじゃないかなと思ってます。藤沢先生が中学時代がヤンキーで高校時代がオタクだったそうなのでヤンキー、一般、オタクを画けたのかなと。テーマとして大人が迷っているのを全面に出していましたから。
@@青空秋 なるほど
今年もお世話になりました。
やはり御大の作家性はイカれてる(褒め言葉)
自分は子供に有害な大人になっていないだろうか。自分はかつてちゃんと子供であっただろうか。色々考えてしまいます。
ご視聴ありがとうございます。自分がどんな子供だったか考えてしまいますよね
初代のNTが東洋思想に近いものだったのに対し、Vガンのマリア主義は西洋思想に近いものだった。
その結末があの鬱エンドという事は、この作品自体が冨野の西洋コンプレックスの現れだったというのが真相ではないかな。
そういう意味では確かに人に見せられたモンじゃなかったのかも。
ご視聴ありがとうございます。マリア主義の象徴しているものはまた別の意味があるんですよね!
面白い指摘だと思いました
後のエヴァンゲリオンあたりからまともな大人がアニメからどんどん消えて行き、涼宮ハルヒの頃にはそもそも大人の登場シーンが一切無くなってしまった、そういう時代の先駆けだったのかなぁと思います
ご視聴ありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです^^
正解がない事が正解
矛盾してるけど、時代、時と場合、国や環境によって正解は普遍的なものだと思う
これも大人のエゴなんだけど、子どもの居ない俺から見ると
世の中が「責任持て!責任持て!」
って圧力をかけてる様に見える
だから子供を手放しできないんだと思う
その様子を見てるから、俺は子供を持ちたく無いって思ってる
ご視聴ありがとうございます。要するに、世代を重ねる事の意味を考えてということなんですよね
声は同じなのにワタリ―・ギラと碇ゲンドウの違いよ
ご視聴ありがとうございます。印象に残るという意味では同じかもしれないですね!
子供に戻ると言うより、親の価値観をすべてリセットして学び直し、自分自身を一からやり直す。なので概ね同意というか、教えや期待を全否定も全肯定もせず、しかれたレールも分解して、坊主は嫌っても袈裟の良さは見出す。。。まではあったと思う。 カサレリアには自主的に学ぶための機材は多かったわけで、あの時代なら下手に学術機関に行くより、偏見無く学べたのがカサレリアの実家なのよね。 ・・・要はこのVガン論、実のところ親だけでなく、社会が維持コストとして次世代に求めるワガママ・・・とか、教育と親が≒状態で共々に、次代に期待するからこその悪影響ってのも、想定以上に浮き彫りにした作品だと思える。(おかげで当時全話5周して、未だにちょいちょい見る) なので監督の意図を作品が越えてしまったトコロとして、親の問題点を描いた事で、未来に責任を任せる教育って概念ソノモノの問題点も、如実に浮かび上がらせたと感じてる。その意味で結論を見直すなら、子供と言う原体験に戻ると言うよりは、原点や初心すら疑ってかかり、1ではなく0や-から知識と認識の構築を始め直す・・・ってのが、より的を得たラストの認識じゃないかとも思う次第。 少なくとも自分はコレで、当時ウッソと同じ13歳からずっと、正解やレッテルってモノが、時代ごとに移り変わってく歴史的民俗学的視点も含めて、「常識」と言う言葉自体が、誰かが誰かに「良い子」であってほしいと思う仮初と思って、学び直す事や確認し直す事の意義を大切にできたと、自負を自惚れと知りつつ、道を定められたと思う。 長い?おK。意訳は「脳を焼かれた」
ご視聴ありがとうございます。ウッソとカガチの会話に現れているかもしれないですね^^
個人的に女のヒステリーに巻き込まれる少年の物語だと思ってた
ご視聴ありがとうございます。富野作品に出てくる所謂強い女性ですかね
Vガンダム最高 eyes only最高
ご視聴ありがとうございます。Vガンダムファンは多いですよね!
主人公が苦難を乗り越えて成長する、ということと、悪を糺して世直しする、ということを両立させるのは、主人公が一人前の大人であればリアルに納得感もありますが、子供にそれをさせるのは酷な話ですね
ご視聴ありがとうございます。次の世代に間違いのない世界を託すと云うのが親の世代の役目なのかもしれないですね
後から思えば本作の制作当時のゴタゴタをデザイナーであった逢坂氏やカトキ氏の爽やかなルックスで取り繕おうとした、という主旨の発言を富野氏はされていたので、体裁の良い外側で本作のどす黒い闇の部分を隠蔽するという意図を本能的な予感でされていたと考えます
勿論、上の二氏を発言のような理由だけで安易に採用するような監督ではないのは劇中の描写を観ればわかりました
ご視聴ありがとうございます。デザイナーやアニメーターを決めるのは基本的に監督ではないですから、色々とあったのかもしれないですね。
レンタルビデオのコメントだと、単純にVのテーマは女性で、カテ公もかけ違うと優しいおねぇさんが怖いおねぇさんになってしまうとかなんとか。
やたら女性にスポット当てて生き様(死に様)見せつけてたから、後付け感がないテーマはやっぱ女性かなと
家族がテーマなのは、主人公もMSもそっちのけで、全体の半分を鉄仮面が卑屈になった原因を濃厚に描いてた小説版F91かなぁと。
ご視聴ありがとうございます。レンタルビデオよりムックやLDの発売の方が先かと思われますが、カテジナは当初予定していたものとは違う方向に進んでしまったとということは幾度となく語られていますね。F91の全体的なテーマが家族論でそれは小説版の上巻というよりもカロッゾとセシリーの関係においてテーマを語られているんですよね、ただ続編を作るつもりであったためにセシリーの描き方が弱くなってしまったのです。
Vのテーマとして話されているのは、家族論ではなく親子間の問題延いては社会構造の問題ですね。
ハンゲルグが最後姿を消した理由がよく分かりました。
けど特攻時に霊体みたいに出てた事を考えると最後は思い直してそのままムバラクらと特攻して死んだことを示唆してるのかな。
ご視聴ありがとうございます。意味深な演出ですよね
ウッソが"いい子"だなんて感じたコト、無かったけどなぁ…
敢えて言うなら
「(大人にとって都合の)イイ子」
じゃない?
ご視聴ありがとうございます。いい子という言葉自体にそういう意味があるんですよね
ガンダムというネームタイトルから、子供向けと思われがちだが、富野由悠季監督作品は大人にならないと判らない作品が殆どだと思います。
小説版Vガンダムを読めば、小学生にはお勧め出来ない内容ですし、男女の拗らせ具合が半端無いです。
富野さんの鋭い批判とマスキングされたエログロが愉しみな本でした。
もはや、原作がどれなのかも分からないですが。
かっこよさをききたい
ご視聴ありがとうございます。子供に向けたものだからこそ真剣に・・ということですよね
ワタリーの発言は大人として止めるのは当然だとして
それ以前に戦争していることは問題だと思う
大人がしなければ、子供(ウッソ達)もしていないから
ご視聴ありがとうございます。その責任は、子供ではなく大人が背負わなければならないということですね
ウッソ(物分かりと聞き分けが良く、それでいて能力が異様に高い子供)を「良い子」と見てしまうこと自体が歪み、そういう作品ですからね。
しかもそれが両親から意図的に仕込まれたもので、ウッソ自身がMSに乗る立場になって戦い続けるうちにようやく自身の異常性に気づけたというのも本当にもう…。
ご視聴ありがとうございます。現代社会の歪みなのかもしれないですね
富野監督が作品に込めた想いは理解出来ますが、ウッソ自身が最後まで己の異常性に気づくことも悩むことも無いため視聴者には伝わり辛かったように思います。
ご視聴ありがとうございます。序盤の方で何度か説明されているのですが、テーマ的な部分に気付くのは難しいですよね
ウッソだろお前ガンダムってことか
ご視聴ありがとうございます。そういうことですね
30年来のカテジナファンです。放送当時、13歳。御大がメッセージを届けたかった子供たちの一人ですが、
今や長女が13歳。やはり、大人になった当時の子供は、当時の大人と同じ間違いを繰り返しているのかも
しれないです。
ご視聴ありがとうございます。大人になってみると重いメッセージですよね
ウッソ エビン → 嘘 鋭敏
フォントボー→本当 呆
ウッソ・エヴィンの対義語がフォント・ボーって考えるとやっぱりガンダムの言葉遊びやもじりや意味の込め合いが面白い
ご視聴ありがとうございます。そう言う事になっているのですね
富野節や演出のせいで感情移入しにくいキャラばかりに見えますが、自分が大人になるとそのキャラ達の行動の理由や根拠がはっきりわかるので意外とまともな作品だと感じます。
物語序盤で地球の荒廃ぶりがちゃんと描けてたらもっと深みのある作品になったのに、と思います。
ご視聴ありがとうございます。一応人間が住めてしまうというのが問題の根本にあるので表現が難しいのかもしれないですね
カデジナファンの私歓喜
ご視聴ありがとうございます。で、あります!
Vガン、映画化しないかなぁ。。。
ご視聴ありがとうございます。凄い映画になりそうですね
ウッソだろお前(公式)
とはたまげたなぁ
ご視聴ありがとうございます。ファッ!
昔、私達兄弟を集めて親が言い放った言葉。
「私は老後の金儲けの為だけにお前達を作った。いいか、お前達は将来恩を返す義務が有る」
…成る程。創作と現実の差は有れど、出来不出来の差は有れど、Vガンダムを見た時感じた「私は彼の様に優秀では無いけど、なんとなく似てる?」と言う感覚は、気持ちは同じ様に親のエゴに支配されたニンゲンとしてあながち間違いでは無かったのか。
ご視聴ありがとうございます。それは衝撃的な経験ですね
いやでもカテジナ大考察でも
一本動画つくれそうですね?
ご視聴ありがとうございます。カテジナは色々と語れることがありそうですよね
シャクティや親父は狂ってるしオデロ意味なく〇んじゃうし
個人的には全く感じ取れないテーマでしたがそんな事どうでもよくて
ムバラクやゴメス艦長らの特攻は名シーンだったし、もう一度TENDERNESSや
いくつもの愛をかさねては神曲でとても好きなガンダムです!
ご視聴ありがとうございます。作品が好きと云うのは何よりも重要な事ですよね!
違うのか―残念だなぁ おかしいですよ、カテジナさん
ご視聴ありがとうございます。まさにですね
この作品におけるウッソは毎話オープニングナレーションやってるとこから見ても語り部で良いと思うんですよね。テーマはやはり女で、見るべきものはどこまで言っても富野の狂気ですよ。カイラスギリーの形見てください、アレが子供向け作品の造形ですか。母なる地球に向けて先端からビーム出すって完全にどうかしてる。
ご視聴ありがとうございます。OPのナレーションは中田譲治さんかと思いますが?当時の心境の表れはカテジナというキャラクターですね
@@eyesonly777 印象としてはFF10のティーダがやるような振り返りのナレーション入ってたと思うんです。OPは確かに中田さんでした。幕間の新傷病者が多いのかな。 個人的には小説版のファラ・グリフォンの掘り込みが印象的です。カテジナで印象強いのはカサレリアについたときにひなげしのオルゴール消える演出ですね。聞かせねえぞって強い意志を感じます。
@@satoshitamai3681 これは一話を入れ替えた演出の影響もあって、次回予告をシャクティがしていることにあらわれていますが、物語の語り部としての役割はシャクティにさせていますね。カテジナについては彼女の扱いをあのようにせざるを得なくなったからこそVを富野監督が嫌っている理由の大きな要因でもあるんですよね
@@eyesonly777 どちらかというとシャクティの話ってシノプシスの提示が多くないですか。ストーリー構造を重ねてるのってウッソの語りが多い気がします。不安になってきたので時間作って見直す必要がありそうですが・・・。これ根本の齟齬はなんだろうと自問自答してみたんですが、多分根本的に自分がウッソの成長を認めてない気がします。ガトーがデラーズに会う前後で結局変わってねえじゃん、的なものをウッソにもやはり感じざるをえない、っていう。
@@satoshitamai3681 satoshitamai3681 さんがそう見えるのは当然だと思います。何せウッソは主人公ですから。例えば女性がテーマだとしたら女性の何を描こうとしたのか、ということなのですよね
ウッソだろお前www…というネタがネタではなかったという事実
ご視聴ありがとうございます。そういうことですね^^
カテジナさんは最終話でシャクティの時限爆弾で爆死する悲しい人ですね(マテ
Vガンは冨野さんの精神状態がかなりやばい状況で作られた作品なので、いろいろ鬱要素が入っている作品です。(冨野さん自身が見るなという作品)
もう少し精神状態が良い時に作ってもらいたかった作品でもあります
ご視聴ありがとうございます。どちらかというと作り終わった後かもしれないですね
昨年のインタビュー記事、山本裕介に聞いた「Vガンダム」30年目の真実によると、当時の富野さんの精神状態云々の話はちょっと独り歩きしてる気もします
精神状態が良い時ならもっと死んでる。最後は皆殺し全滅エンドだよ。
ガンダムやその元祖となった昭和アニメ全体のテーマはいつまでも「一見賢く見える稚拙な大人の正体」だよ。Vや∀/Gレコは古い時代のロボットプロレスに揺り戻しを掛けた作品と言って良い、要は他人のふりみてなんとやらして欲しいというスタッフからの強い願いだ。
ご視聴ありがとうございます。色々とテーマを探ってみると面白いかもしれないですね
嘘っぽいものに溢れた社会というと、Vガンダムとほぼ同時期の93年に押井監督が劇場版パトレイバー2で東京の存在自体が幻の様に感じられるキャラを出したのが思い起こさせられますね…
ご視聴ありがとうございます。押井守さんも独特な感性をもたれた方ですもんね
名前に意味がない分けないよな😮
ご視聴ありがとうございます。御大は名前に拘りがありますよね
とあるガンダムの2次小説で、グリプス戦役、第一次ネオ・ジオン戦争時にエゥーゴに所属した兵は地球連邦軍吸収後に冷遇されているという話を書いた人がいました。その理由の1つに「子供や民間人を戦わせた」と言っていました。職業軍人としてあるまじき行為であると。
ご視聴ありがとうございます。面白い設定ですね
ガンダムはV以前のシリーズも親子で色々ありましたが
Vは親と子の話を長く描いていたのは親子論が根幹だったからなのですね
ウッソは良い子の話を聞いてこち亀で両さんが「いい人ってのはどうでもいい人のことだ」って言っていたのを思い出しました
言葉をそのまま受け止めるのは危険ですね発言や台詞の意図や背景を読み取れないとオールドタイプは誤解に誤解を重ねることになりそうです
関係ないのですがマシンロボの2ndオープニングの一番の歌詞は凄くカッコいいのですが二番の歌詞は個人的には微妙です…
ご視聴ありがとうございます。勝利の大行進!
新年、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
親と子の関係、そして家族関係を通して社会を描くというのは
作品創りの王道であり
どんな作品であってもそういう部分は見られますよね。
でも天邪鬼な私は現実の世界を脳裏に浮かべてしまうのです。
言ってしまえば
家族の形態は千差万別で同じモノはひとつとして存在しないという事です。
まるで排他律の様に。
遺伝的要因、時代背景、文化的要因そして親と子の年齢差等。
そういう数多の要因が複雑に絡み合って形成されて行くのが『家族』なのだと思います。
ですから幾つかの親子関係を扱って社会像を写だそうというのは
まるで暗闇の中に陰影を探そうとする児戯に等しい行いな訳です。
もちろん御大はそんな事は端からご承知で
知った上で、ある親子関係をシンボリックに扱っているのだと推察されます。
確かに、このテーマを子供向けロボット・アニメで取り扱うのは些かハイブロー過ぎると私も思いますけどw
次回の動画を楽しみにしています。
それでは、
ご視聴ありがとうございます。家族関係、親子関係をはっきりさせておくというのは、作劇の教科書の初めの方に書かれている事なんですよね。そうしないとキャラクターがただの作り物になってしまうので
@@eyesonly777
返信、ありがとうございます。
あるキャラクターを成立させる為に
表に出て来ない家族関係や親子関係の設定を創る事もよくありますね。
でも、それをするとしないとでは大違い。
ドラマの現場で
タンスの引き出しに中身として衣類を詰めておくって、一見無駄な様に思えますが
ところがぎっちょん
↑シン・仮面ライダーより。
中身が入ってないと引き出しの開き方の具合が微妙に異なるのですよね。
神は細部に宿る、とはよく言ったものです。
UCに関してのニュータイプ論の違いの動画を視聴しました。
何か、(UCのクリエイター達にとって)キツいコメントを書いてしまったかなぁ、って少し反省してます。
でも、自分のオリジナルで勝負しろよ、本当のプロならな、って思っているのも事実なんですよね。
人間、喰っていかなきゃいけないのは十分承知しているのですけど。
私、まだ青いみたいです。
Vはいわゆる黒富野全盛期で、色々とその時の鬱屈した気持ちがぶつけられたんじゃないかなと考えてしまうんですよね。
ご視聴ありがとうございます。後にわかったVガンダムを取り巻く環境の方が大きかったのかもしれないですね
現代の親は子離れできてない人が多すぎる。子供に親を求めてほしいという願望を感じなくもない。Vで親子テーマはほぼ捨てきった気はする。富野作品でこれ以降主人公の親は殆ど登場しなくなったと思う。
そして切り捨てられた親を尻目に、姉と弟が全部持ってったブレンパワードである
でも今の親が子離れできない気持ちもわからないでもない。現代社会は横のつながりがどんどん薄くなってるから、縦のつながりを離しづらくなってるのかも。
ご視聴ありがとうございます。親子関係を描くと云うのは作劇の一番大事なところなんですよね
ここまで鋭い洞察力をお持ちなら、別の動画コメントにも書きましたがエヴァとの関連性や共通点も語って欲しい
パッと見た限り、作品単体が主で別々の作品同士を語るみたいな動画が無い(宇宙世紀関連除く)のはこだわりでしょうか?
実はあるんですよ、だったらすみません
ご視聴ありがとうございます。エヴァの方ではVガンダムとの関連性は語っていますが、Vガンダムがエヴァの影響をうけているわけではないのでVガンダムの方ではエヴァについて語る事はないですね
13歳の少年が大量殺戮者になっていく話。
ご視聴ありがとうございます。そういう物語にはならなかったんですよね
@@eyesonly777
なりましたやん。
V2になる前になんちゃらいうデカいビーム砲の引き金を引く羽目になった。
あれかなり敵死んだでしょ?
@@KawaiHiromi 元々ウッソはカガチのポジションに行くはずだったのですが、カガチを否定する側に変わったのです
嘘みたいに大人顔負けの活躍をする少年、だからウッソなのでは?
ご視聴ありがとうございます。ご本人が意味を説明されていますので・・・
ウッソとスレッタって似てるね
ウッソのが年上に見えるが
ご視聴ありがとうございます。なるほど
長谷川雄一氏はどういう意図で自作の主人公にフォントと名付けたのか
ご視聴ありがとうございます。どういう意図があったんでしょうね
子供は子供らしく遊んでろなんて言うことこそ、親のエゴの押し付けだと思うけどな 子供だって現状を理解しなんとかしたいって思ってる。それを無視してMSから降りろって言うのは子供という枠に無理やり押し込めてる気がする
子供が現状を理解するためにも、自身の目的を認識してなんとかしたいと思うためにも価値観が必要になる。ウッソがMSで戦おうと思ったのは親の価値観だけでモノを判断したためである。と設定して自身の経験から未来を生きるための新しい価値観を得るためにイチ(子供)からからやり直そうというのが動画で言っていたことだと思える。動画の最後の部分は価値観を押しつけられるのは不幸なこと(=満たされていない)で子供が自ら価値観を創り上げていく(=子供らしさ)ことが望ましいと言っているのではないか。
ご視聴ありがとうございます。子供は大人になる為の準備期間であるということですね
鬱蒼エビデンス辺りかなと思っていた
都合の良い理想を押し付けられて「僕は左手も右のように使えるんだ」そうなった子供かと
「おかしいですよカテジナさん!おかしいですよ」
シャクティとの対比もあったと思う
片方はそうデザインされたウッソとほったらかしにされた女の子
結局、物語りは破綻したと…
それは 敵方のモビルスーツ名やラスボス交代に現れている
ご視聴ありがとうございます。ラスボスというか初めはカガチの代わりをウッソがやる予定だったんですよね
そもそもVガンダムのVってなんのVだよヴァイオレンスか?
Stand up to the Violence!
ご視聴ありがとうございます。真面目に答えた方が宜しいのでしょうか?・・・
レジスタンスのvサインとか。
勝利とは、力づくでもぎ取る暴力の結果である。