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ヒーローに冷めた、というより考え方やこだわりが変わったんだと思う。他の人も言ってるように、本編最終回の段階でヒーローオタクっぷりがなくなったわけではないことは示唆されてるし。何よりデクの本質である「困ってる誰かがいたら考えるより先に体が動く」のは変わってない。学生時代と比べると大きな戦いがなくなって、ヒーローの在り方も変わってきてし、デク自身、その当事者として色々見たし感じたのに加えてOFAを失ったわけで。昔みたいに「No.1ヒーローになる!」って奮闘するのではなく、「困っている人々を助けるヒーローとして皆と一緒に頑張る」って姿勢になった。それを冷めてるととるか大人になったと取るかは人それぞれだと思うし、少し寂しい気持ちになるのは分かるけどね
部活ものとかで「えっ〇〇プロにならないの!?冷めたんだ……」みたいに言われるのと近い気がするな。過程がどうあれプロを目指さなきゃ残念がられるみたいな。
僕のヒーローアカデミアが僕らのヒーローアカデミアになったんだろうな
@@菜の花辛子和えそれな〜。なんで熱中になってる=プロなんかね。いや、確かに8割はそういう考えなのかもしれないけどね、でも残念がられるのはなんか普通に可哀想よね。😢
まあでも、「ヒーロー好きなのにヒーローをやらないのは冷めてる」は子どもたちはそう思うだろうなとは思う。「野球少年・サッカー少年」はほとんど「将来はプロ選手になる!」って思ってる。でも、能力が足りなかったり、ケガとかの体の問題で「プロ選手を諦めないといけない」タイミングが来る。その時に、サポートやスタッフとかの職業の道ができる。そういう事を知るのがこれからなんだろうから、しょうがないかもね。
出久がヒーローに執着してたのは「誰かを救ける」手段としてそれしか知らなかったんだと思うでも、死柄木たちとの決戦、変わりゆく世界を見て、人を救けるのはヒーローだけじゃ無いと知ったんじゃないかな出久の重要度が「敵を倒す」から「泣いてる子を見逃さない」「子供の未来に悲劇を生まない」に変わったのもありそう
元々勝つ事よりも助ける事に重点置いてて、その過程で必要だからヴィランを倒すって感じだしね
死柄木を救った…というか最後の表情見れた時点で、「救う」の意味が変わったんだろうなぁと
あんな産まれから世界から拒絶されたような存在を見た上での答えだとしたらそうなるよね
そう考えたら教師という職は個性に悩む子供たちを救うのに一番活躍できる職だしね
冷めてはないと思うが、まぁでも学生時代のヒーロー活動で満足はしてそうよな、凄い夢見させてもらった的な事言ってたし
元々頭がイカれてたやべーやつだったから、そっからまともになったとも言えるよね。単純に夢見せてもらったから満足したんやろな。
夢から覚めたら現実見るよね
情熱を失った、腐った大人になったんだよ。
良くも悪くも自分は本来無個性って事を自覚してんだよな
他のコメ欄でも言われてるけどあくまで人を助ける手段としてのヒーローがあったわけで、それだけじゃ救えない人もいるって分かってからなら別の手段に行くのは当然だと思うけどね勿論力を失ったから適材適所って考えもあるんだろうけど
なんでみんな「冷めてる」扱いでショック受けてるのかいまいち分からん。「プロ」に拘らなくなっただけで普通にヒーローしてるだろ、あれ。ただ教師だとヒーローやヴィランになる前の子供を救えるから、教師もヒーローもどっちもやりたいって感じなんだろ。ショック受けてる人らは相澤先生とか教師陣がヒーロー熱冷めてる人に見えてたのか??
色んな人の影響受けて教師になったのは1話から最終話まで見てればよく分かる気がするけどな。最終話と今回のスピンオフのデクの発言からオールマイト、A組、壊理ちゃんとかの影響受けてるのは分かるし。
言ってしまえば教師とヒーローを両立できる治安になってるってことなんだよね作者さんはそこら辺も伝えたいんだと俺は思う
てか教師だってヒーローのひとつの形なんだよね、誰もがヒーローになれる、それをみんなプロヒーローばかり見てて作中の人らに全然追いつけてない
ヒーローに冷めたとかやたら極端な意見よな。情熱や夢を胸に秘めたとも言えるし、ヒーローの形がヒーローだけでなくなったっていう成長だよこれは。助けに飛んでいくヒーローから届く距離から差し伸べるヒーローになっただけ。良い意味でも悪い意味でもそんな人は簡単には変わらんよ
あんな体験して変わらん方がおかしいよね明るい未来を示せる人間になりたいと願った少年が、死柄木弔という存在を知って、対処療法のヒーローよりも原因療法の教職に傾いていくのはすごく自然なことだと思うたぶんデクに生徒のこと語らせたら昔と同じ熱量で語ってくれるよ
ヴィランがただの悪では無くて個性に振り回されて悪になったヒーローと紙一重の存在になったからこそ、個性を良い方向に伸ばしていける先生っていうヒーローになったんだと思う。
ヒーローに冷めたというよりは本物のヒーローになれたからこその落ち着き具合だと思う
オールマイトから出久へ受け継がれたものや全員で戦った最終戦を見てたら後進の育成に力入れてる方が彼らしいけどな。無個性でもヒーローになれることも見せれるし普通に出久のエンドとして「教師」は満点に近いもんだと思う。教師になってから使ってるフルアーマーもいずれ後進に受け継がれていくのかもとか考えると胸熱なんよ。
個性はその人一代限りだけど知識や技術は受け継ぐことができる。だからわれわれは特殊な能力を行使しなくても地球の裏側の情報をインターネットだか何だかを通じてリアルタイムで知ることができている。人類の叡智ってのは本当に偉大だよ。
出久はオールマイトから貰った力の責任を果たそうとして、必要とされたから必要とされるだけ頑張った。出久がどうにかしなきゃいけないことが大き過ぎた。平和になりつつあって、そこまで必死に頑張る必要なくなったんだよ。やらなきゃいけないことを代わりにやってくれる他のみんなもいる。こんな素敵なことはない。
トガちゃんがお茶子ちゃんを励ます時、「好きに生きて」って言ってるの、トガちゃんが最後に心の中で呟いた台詞に掛けてるから、あれは心象風景じゃなくて本物のトガちゃん(もしくは、お茶子ちゃんの中に流れ込んだトガちゃんの血の記憶というか)。「人間の細胞は2年で入れ替わる」とかは言いっこ無し(笑)。
別に冷めてないけど悟りはしてるよね自分になかったものを与えてくれたってことだけが嬉しいんだろうなって感じ
冷めているというより、子供の時のように無邪気にヒーローを無我夢中に目指していた頃より、大人になるにつれて視野が広くなり、見えているものが変わってきたが故の結果だと思ってる。根底にあるのはなんにも変わってないと思うし、デク的には「No.1ヒーローになりたい!」じゃなくて「直ぐに駆けつけるヒーローを目指していた」ってのがあるから、それが最終的に「先生になって、自分の経験を元に後世に伝えていく」ことになったんだと思うよ
冷めたというか元々そんな野心があるキャラじゃないような...作中でそう見えたのは救けずにはいられない性格とOFAの責任であって別にNo. 1ヒーローを目指してたわけじゃないし ナルトとは違うんや
デクが教師になって、オールマイトと同じように教師になったことと、君はヒーローになれると言える立場になろうとしたことにすごくスッと気持ちが入ったんだけど、やっぱり違和感を感じる人もいるんだな。
創作物ってどんだけわかりやすく描(書)かれてても、ぶっ飛んだ方向に解釈する人って必ず現れるんだなって思った
デクは冷めたわけじゃなくてオールマイトとオールフォーワンから受け継いだ「次代に受け継ぐ事」を教師という形でやり続けてるんだよ。あと”ヒーロー”は確かに武力を以て治安維持に努める職業だが、ストーリーのテーマとして「ヒーローってのは誰かが必要としてる時に手を差し伸べてあげられる人間である」という事をメインに据えていて、そこに必ずしも武力は必要ではない。作中を通してこれを学んだデクが教師(人を教え導く人間)をやるってのは無個性な事も相まってこれ以上ないくらいの帰結だと思うよ。
俺は生涯「僕の金曜サイゼリヤ」を待ってる
デクが先生という職を選んだのは凄く良いなと思った。子供の時こそ良き大人の存在が必要だろうし(トガちゃんや弔なんか特にそうだった)、ヒーローでは救えなかった部分に手を差し伸べている感じがする。お茶子のカウンセリング然り、ホークスと目良さんの関係然り、良き大人が導くことの重要性を堀越先生は度々書いとる気がするな。
オールマイトガチヲタだから、ほぼ同じ人生歩めてめっちゃ満足してると思う。
憧れでは無くなったからでは?オールマイトのように教師をしながらヒーローをするっていう夢を現実として体現してるから精神的に落ち着いたんじゃない?
一番身近に居た相澤先生というヒーローの背を追ったのかと…
気の無い返事を装った態度でウインカー出すかっちゃんから妙に大人の色気を感じた
この漫画におけるヒーローってのは極論誰でもどんな時でも救う人。それこそ一般人だってヒーローになれるし、力あるものがヒーローになるとは限らないし、むしろ小さき力でも周りの環境によって極悪なヴィランにも最強のヒーローにもなれる。本当にあの世界に出久しかいないならプロのヒーローになるかもしれないけど、あの世界には多くのヒーローが、仲間がいる。ただ一人の人間として考えた時、自分に出来ること、やっていきたいことは別の道だったってこと。孤独な戦いではなく、孤独に戦い続ける誰かに寄り添う上で、教師っていうのは出久にとても合っているし、ある種一番の責任を負うことを決めたってことだと思う。あ少年たる主人公が大人になったから、少年誌であるジャンプを卒業するってことだよね。これからの未来は君たちのものだってこと。みんなヒーローになれる。この漫画を通して感じたことが、僕らにとってのヒーローアカデミアで学んだことなんじゃないかな。
教師エンドは順当だと思った。学生時代のヒーロー活動の結果、原因療法が大事も悟ったんだろうし。
「冷めた」だととなんだかネガティブに聞こえて違和感。人を助けたい、という気持ちは全然変わっていないと思う。出久自身多くの人に「与えてもらって」戦えたと思っているはずだから、自分も誰かに「与えられる人」になりたいと思っての教師最優先なんじゃ?と思うよ。
冷めたとは思わなかったなぁ。戦いを経て世界が変わって、オールマイトが後継を育てようとしたのと同じく平和の芽を育てようとしてるんだと思った。一人でも多くの人がヒーローになれる世界ならAFOのような悪に脅かされそうになっても誰かが手を差し伸べてくれるから。
スーツでヒーローになれる!?なら教師辞めてヒーローに専業するわ!の方がデクらしくないやん
デクはオールマイトと同じ道を選んだのだ
お祓い行けで吹いた。歴代悪霊扱いすなっ
あれだけの戦いを経験して、ヒーローとヴィランの生き様を見てきたデクが「冷めきった」ように見えるなら一体何を読んできたのかって話。バカが多過ぎ。
言葉通り受け取ったらそうだけどヒーローオタク感は少なそうだったし間違ってはなくないか?
@ex_EXILE いつまでも子供なわけないんですけどね。
@@時折出てきてはキモッて鳴くキモリダイくんにブツブツブツブツしてましたし、オールマイトからのプレゼントでタペストゥリーか聞いていたしヒーローオタク感少ないことはないと思いますよ。
前線で派手に戦ってヒーロー活動するよりも、後進育成したり、モブ婆ちゃんみたいに誰かの心を救うヒーローになってるんだと勝手に思ってる
「聖火のごとく受け継いできた」ものを、「よりたくさんの人に伝えていく」っていう1対1から1対多数に切り替わったように思いました。同時にそれが切り替わった瞬間ってお茶子ちゃんの演説なんだろうなとも
これを「冷めた」と感じる読解力の低さに呆れる
個人的に冷めてはないと思うな爆豪がサイドキックにデク誘ってもあっさり断ったり、競争心が薄れてたりしてたから冷めたように見えるだけでデクは、ヒーローだけじゃなくて教師も色んな人達を助けて支えていける職業だと考えたんじゃないかな
スタート時点で憧れのヒーローが新米教師になってて、終わりに主人公が教師になってるのすごくアカデミアで良い
ヒーローの捉え方が変わったんだね、良いことだ!
物語終盤までは平和の象徴になるために熱暴走してる感じ、今はA組全員でヒーローやってる分、心にゆとりができて落ち着いたんだろう
ヒーローとしての活躍を望むってこもは、敵の存在を望むってこと。酷い言い方すれば第二第三の転孤を望むってことになっちゃうもんね。だから「助けを求める人を助けたい」デクとしては、ヒーローとしての活動に執着してないんじゃないかな。助けるための力は欲しいけど、それで倒すことより救いたいというか…敵になる前に救えたら、それに越したことないもんね。
デクの「泣いている子供を諦めない戦い」は終わっていないからねヒーローやるよりも茨の道を選んでる正義の味方にはヴィランは必要悪だけど、それをデクは許容しなかったんだから
カーテンコールのデクは長い夢を見させてもらって目が覚めた後のデクやぞそら冷静にもなるし現実を見た結果の気付きがヒーローだけが人を助けるのではない、みんなが誰かのヒーローっていうのはデクの着地点としては一番綺麗よね
ダイくんの時にちゃんとブツブツブツブツブツブツやってるし、ヒーローに対してのオタクは健在だと思う。多分、色々な経験を積んで頑張るって感じのデクの頑張るの形が自分で全てをやるのではなく。自分が何かを伝えていくことで皆が最高の英雄になる為の物語の1頁を作っていく戦いになっただけ。なにかに向き合う熱さはずっと頑張るって感じのデクのままなんだなとお茶子ちゃんへのダッシュで思ったなぁ。
憧れのヒーローを目指す過程で、誰もが誰かのヒーローなんだって分かって、デクの中のヒーロー像やヒーロの在り方に変化があったんやな
学生時代が無個性であることを受け入れるためのセラピーになった感じがする。「出久は個性与えられるまで筋トレすらしてない」って批判たまにあるけど本編があったからこそ成長できたわけだし
普通に「自分なりのヒーロー像」を確立してオールマイトに憧れなくなったからじゃないの?大人(というより他者)に憧れなくなることが思春期の終わりで、僕のヒーロー「アカデミア」が終わった後の話なんだから、これで正しいと思う
最高のヒーローになってオール・フォー・ワンが無くなった事で、ヒーローとして自分が助けるという目的以外に目を向けれる余裕ができるようになって、自分が助けるより、未来のヒーローの卵達に託していく方をえらんだんだな。
ヒーローって良くも悪くも悪になってからしか対応ができないからこの選択はとても納得がいく
オールマイトの言っていた「いつだってヒーローは命懸け」って言葉に全ての答えがあると思う。1話時点のデクはこの言葉の意味を理解してなかった。最後の個性を失った大人デクは、解放戦線との戦いで多くのヒーローを亡くし、先生を亡くし、最終決戦では蘇生はできたが幼なじみの死を目の当たりにし、自分も命を失いかねない状況にいた。個性の無い自分では命を失うだけな事、足手まといが居ると他のヒーローを失ってしまうかもしれない事を身をもって理解しているからヒーローでいるということを無理やり抑えたんだと思う。だからヒーローではなく教育の道へ。ヒーローを育て送り出しそのヒーローが世界に平和を…って間接的にヒーロー活動をする方向に進路を進めたんじゃ無いか?
鈍感系ヒーローってのはよくあるけど、クラスメイトがそれわかった上でそれとなくアドバイスして主人公ハッピーエンドとか中々なくて最高すぎるんだが
なんか装備うれしそうじゃないって言ってる人いるけど、もらってからかなり時間たってそうだし当然な気がするが…。
子供たちにとっての最高のヒーローになったんだよ
ヒーローとしての素質が高くてもあくまで無個性だし、自分が無理してヒーロー続けるよりも最初から才能もった若者の為に、自分が人生で一番感銘を受けた「君はヒーローになれる」を未来のヒーロー達に伝える為に後進育成の道に進むってのはとてもよくわかる。わかるけど、ちょっとくらいはソワソワしてほしかった寂しさも確かにある。
学生の頃みたいに「自分の身をかえりみずに救いに行く」だけがヒーローじゃないってわかったってことじゃないのかなって思ったけどなぁ。
これあれか、ヒーローっていう存在のベクトルが変わったのかオールマイトのような職業「ヒーロー」から在り方や精神性とかの抽象的な「ヒーロー」みたいな
盗難車戦力過多は確かに思ったけど、もしかしたら車が盗難されることが、平時の事件としてはちょっと大きい事件の区分になりかけている世界だとしたらいいな。そんなことなくても皆で駆けつけて多すぎですって怒られてるだろうから可愛いのでヨシ!
少なくとも431話のデクみて「冷めてる」なんて感想が出る奴はとんでもなく斜に構えてるだろ。
ヒーロー=ヴィランを倒す者では無く、些細な事でも、誰かを思いやり助けれる人=ヒーローであり、デクが目指したのは先生として。生徒のヒーローになる事なんじゃないかなって思ったけど?違うの?
平和になってきて、前よりヒーローが必要とされなくなってきたって言うのと、弔の過去を知ったから緑谷は教師の道がやりたいことで自分は違和感無いかなぁ。張り合いを無くした爆豪が心配だけどw
ヒーロー再開して生徒置いていく方が嫌だったかな教師優先の出久描いてくれてほっとした
わかる
冷めたじゃないだろ……原作をしっかり読めばわかるはずだよ...
それな、デクの表情ちゃんと見てほしい
冷めてる扱いなの?達観してるって感じだった
いつになってもデクはオールマイトに憧れ続けてる。ヒーローとしてではない教師としてのオールマイト(無個性のヒーロー)に憧れたと思ってる。
誰かを導くのはヒーローだけの役割じゃないって知ったんじゃねぇかな
そもそもデクがヒーローに憧れたのはオールマイトに憧れたからであって、オールマイトの力を得て、それでオールマイトでさえ叶わなかった宿敵を倒した今、自分の役目はそれを更に繋いでいくことだと変化したんだろう。特に能力が無くなっていく過程で、当然これまでのような努力を続ける時間に費やすよりも、若い目にバトンを渡すほうが重要だって考えたって話。しかも同級生たちが信頼して任せられるヒーローなんだから自分が専念しても問題ないからな。
誰かを目標としてた側から目標とされる側になった人間ってこんなもんだと思うけどなぁ。導く側の人間となった出久がいつまでも子供みたいな憧れを持ってる方が変だと思う。
オールマイトみたいに今は指導する側に回っただけで、別にヒーローに対する意欲が落ちたとかは無いんじゃないかな?色々もらってヒーローに慣れたデクだからこそ、それを皆に返したいとか伝えたい的な感じ
AFO残ってても教師やってると言ってるから、どちらかと言えば後進育成に興味があるんだろな
世界ナンバーワン目指すより親愛なる隣人になる事を目指しただけでヒーロー熱は変わらんと思うんよね
でも無個性でもヒーローは出来ますかって聞いたデクのアンサーが出来ないみたいな回答になってるのちょっと悲しい教えるのもヒーロー活動みたいなものかもだけど
動画内で上鳴かかっちゃんかわからんて話しは多分盗難発生の連絡来た時のコマの事だよね?律儀に手を合わせてご馳走様してるし俺はかっちゃんだと思ってた
暗殺教室同様先生も生徒を救って導くヒーローって事なんや
僕のヒーローアカデミアなんだから教師で良いんだ…
普通にクソナード時代から何年経ってんだよっていう
オールマイトの姿を見てきたデクが今の教職放り出してヒーローに戻るほうが違和感あったから、これはこれで
個性伸ばしの為にアーマー来て生徒とサシで訓練したりしてそう
もうワンフォーオールもないし、無双できないからセカンドライフや!
冷めてるもなにもワンフォーオールなくなったんだからいくらパワードスーツあると言えど物理的にはヒーロー活動本業には出来ないやろ。
OFAと共に燃え尽きちまったんだな…
ヒーローに冷めたと😮言うよりアンパンマンである必要はなくなって、おばあちゃんが来たから大丈夫よってする様になった
アニメ最終章終わった後に、ラスト映画で大人編やってほしいなー
「寄生獣読んだろ」ってセリフ、出版社的にどうなの?って思った。
冒頭から「あせとう」「あかりや」はないわ
大谷の「憧れるのをやめましょう」と似たようなもんだと思う
だいたいデク 教職に関しては天職やからなあ…
「硬化してボンネット触っていい? 」
対症療法(ヴィラン退治)じゃなく根本療法(ヴィラン予備軍のケア)の重要さに気づいた結果っしょ
出茶出茶しやがって
w誰だよ冷めたって言ってる奴wもう1回読み返してこいや
例えば、プロ引退して後進育成に転向した人を冷めたっていうか?
ヒーローに対してはある程度満足したのに、爆豪が許してくれなかったなw
外人はこういう回りくどい考え方が受け入れられないからね
子供の心身ケアの重要性に気づいた形やろうけどそれならエリートばっかり来る雄英より治安悪い公立に赴任したほうがええやろと思ってまうな無粋だが。爆轟が一番寂しそうやったな
ネタバレ説明は絶対にない方がいい
無個性でもヒーローになれるかという初期の問いには「くそ高いアーマー使えばまぁ」という結論になったな
ご馳走様は上鳴やろ
負けヒロインかっちゃん
負けヒロインすぎたからもうめちゃくちゃ納得いくサイドキック見つけて幸せになれよって感じ
コピペで楽したいのはわかるけど、そんなに手間がかかるわけじゃないんだからせめてキャラの名前くらいちゃんと読ませるように直してよ。とゆっくりの読み違いを聞く度に思う。
新車の後部座席は爆豪の気持ちの表れだと思う
ネットではエジショのためにふかふかにした説が有力
帰国したエッジショット迎えに行くって言ってたからそのためだと自分も思う
まあ今まで散々母親泣かせといてまだやる気に満ち溢れてたら親不孝通り越して狂人だよ
ファイナルファンタジー(最終回発情期)しやがって!!
デクには諦めずにヒーローでいて欲しかったよ「君はヒーローになれる」無個性でもこれを証明し続けててほしかった
全編読んだ結論が「敵を倒すのがヒーロー」になっちゃう人っているんだな力の使い方とか人を救うということを子供に教えられる大人はヒーローだと思うんだがな…
ヒーローに冷めた、というより考え方やこだわりが変わったんだと思う。
他の人も言ってるように、本編最終回の段階でヒーローオタクっぷりがなくなったわけではないことは示唆されてるし。何よりデクの本質である「困ってる誰かがいたら考えるより先に体が動く」のは変わってない。
学生時代と比べると大きな戦いがなくなって、ヒーローの在り方も変わってきてし、デク自身、その当事者として色々見たし感じたのに加えてOFAを失ったわけで。
昔みたいに「No.1ヒーローになる!」って奮闘するのではなく、「困っている人々を助けるヒーローとして皆と一緒に頑張る」って姿勢になった。
それを冷めてるととるか大人になったと取るかは人それぞれだと思うし、少し寂しい気持ちになるのは分かるけどね
部活ものとかで「えっ〇〇プロにならないの!?冷めたんだ……」みたいに言われるのと近い気がするな。過程がどうあれプロを目指さなきゃ残念がられるみたいな。
僕のヒーローアカデミアが僕らのヒーローアカデミアになったんだろうな
@@菜の花辛子和えそれな〜。なんで熱中になってる=プロなんかね。いや、確かに8割はそういう考えなのかもしれないけどね、でも残念がられるのはなんか普通に可哀想よね。😢
まあでも、「ヒーロー好きなのにヒーローをやらないのは冷めてる」は子どもたちはそう思うだろうなとは思う。
「野球少年・サッカー少年」はほとんど「将来はプロ選手になる!」って思ってる。でも、能力が足りなかったり、ケガとかの体の問題で「プロ選手を諦めないといけない」タイミングが来る。
その時に、サポートやスタッフとかの職業の道ができる。そういう事を知るのがこれからなんだろうから、しょうがないかもね。
出久がヒーローに執着してたのは「誰かを救ける」手段としてそれしか知らなかったんだと思う
でも、死柄木たちとの決戦、変わりゆく世界を見て、人を救けるのはヒーローだけじゃ無いと知ったんじゃないかな
出久の重要度が「敵を倒す」から「泣いてる子を見逃さない」「子供の未来に悲劇を生まない」に変わったのもありそう
元々勝つ事よりも助ける事に重点置いてて、その過程で必要だからヴィランを倒すって感じだしね
死柄木を救った…というか最後の表情見れた時点で、「救う」の意味が変わったんだろうなぁと
あんな産まれから世界から拒絶されたような存在を見た上での答えだとしたら
そうなるよね
そう考えたら教師という職は個性に悩む子供たちを救うのに一番活躍できる職だしね
冷めてはないと思うが、まぁでも学生時代のヒーロー活動で満足はしてそうよな、凄い夢見させてもらった的な事言ってたし
元々頭がイカれてたやべーやつだったから、そっからまともになったとも言えるよね。単純に夢見せてもらったから満足したんやろな。
夢から覚めたら現実見るよね
情熱を失った、腐った大人になったんだよ。
良くも悪くも自分は本来無個性って事を自覚してんだよな
他のコメ欄でも言われてるけどあくまで人を助ける手段としてのヒーローがあったわけで、それだけじゃ救えない人もいるって分かってからなら別の手段に行くのは当然だと思うけどね
勿論力を失ったから適材適所って考えもあるんだろうけど
なんでみんな「冷めてる」扱いでショック受けてるのかいまいち分からん。
「プロ」に拘らなくなっただけで普通にヒーローしてるだろ、あれ。
ただ教師だとヒーローやヴィランになる前の子供を救えるから、教師もヒーローもどっちもやりたいって感じなんだろ。
ショック受けてる人らは相澤先生とか教師陣がヒーロー熱冷めてる人に見えてたのか??
色んな人の影響受けて教師になったのは1話から最終話まで見てればよく分かる気がするけどな。最終話と今回のスピンオフのデクの発言からオールマイト、A組、壊理ちゃんとかの影響受けてるのは分かるし。
言ってしまえば教師とヒーローを両立できる治安になってるってことなんだよね
作者さんはそこら辺も伝えたいんだと俺は思う
てか教師だってヒーローのひとつの形なんだよね、誰もがヒーローになれる、それをみんなプロヒーローばかり見てて作中の人らに全然追いつけてない
ヒーローに冷めたとかやたら極端な意見よな。情熱や夢を胸に秘めたとも言えるし、ヒーローの形がヒーローだけでなくなったっていう成長だよこれは。助けに飛んでいくヒーローから届く距離から差し伸べるヒーローになっただけ。
良い意味でも悪い意味でもそんな人は簡単には変わらんよ
あんな体験して変わらん方がおかしいよね
明るい未来を示せる人間になりたいと願った少年が、死柄木弔という存在を知って、対処療法のヒーローよりも原因療法の教職に傾いていくのはすごく自然なことだと思う
たぶんデクに生徒のこと語らせたら昔と同じ熱量で語ってくれるよ
ヴィランがただの悪では無くて個性に振り回されて悪になったヒーローと紙一重の存在になったからこそ、個性を良い方向に伸ばしていける先生っていうヒーローになったんだと思う。
ヒーローに冷めたというよりは本物のヒーローになれたからこその落ち着き具合だと思う
オールマイトから出久へ受け継がれたものや全員で戦った最終戦を見てたら後進の育成に力入れてる方が彼らしいけどな。無個性でもヒーローになれることも見せれるし普通に出久のエンドとして「教師」は満点に近いもんだと思う。教師になってから使ってるフルアーマーもいずれ後進に受け継がれていくのかもとか考えると胸熱なんよ。
個性はその人一代限りだけど知識や技術は受け継ぐことができる。
だからわれわれは特殊な能力を行使しなくても地球の裏側の情報をインターネットだか何だかを通じてリアルタイムで知ることができている。
人類の叡智ってのは本当に偉大だよ。
出久はオールマイトから貰った力の責任を果たそうとして、必要とされたから必要とされるだけ頑張った。
出久がどうにかしなきゃいけないことが大き過ぎた。
平和になりつつあって、そこまで必死に頑張る必要なくなったんだよ。やらなきゃいけないことを代わりにやってくれる他のみんなもいる。
こんな素敵なことはない。
トガちゃんがお茶子ちゃんを励ます時、「好きに生きて」って言ってるの、トガちゃんが最後に心の中で呟いた台詞に掛けてるから、あれは心象風景じゃなくて本物のトガちゃん(もしくは、お茶子ちゃんの中に流れ込んだトガちゃんの血の記憶というか)。「人間の細胞は2年で入れ替わる」とかは言いっこ無し(笑)。
別に冷めてないけど悟りはしてるよね
自分になかったものを与えてくれたってことだけが嬉しいんだろうなって感じ
冷めているというより、子供の時のように無邪気にヒーローを無我夢中に目指していた頃より、大人になるにつれて視野が広くなり、見えているものが変わってきたが故の結果だと思ってる。
根底にあるのはなんにも変わってないと思うし、デク的には「No.1ヒーローになりたい!」じゃなくて「直ぐに駆けつけるヒーローを目指していた」ってのがあるから、それが最終的に「先生になって、自分の経験を元に後世に伝えていく」ことになったんだと思うよ
冷めたというか元々そんな野心があるキャラじゃないような...
作中でそう見えたのは救けずにはいられない性格とOFAの責任であって別にNo. 1ヒーローを目指してたわけじゃないし ナルトとは違うんや
デクが教師になって、オールマイトと同じように教師になったことと、君はヒーローになれると言える立場になろうとしたことにすごくスッと気持ちが入ったんだけど、やっぱり違和感を感じる人もいるんだな。
創作物ってどんだけわかりやすく描(書)かれてても、ぶっ飛んだ方向に解釈する人って必ず現れるんだなって思った
デクは冷めたわけじゃなくてオールマイトとオールフォーワンから受け継いだ「次代に受け継ぐ事」を教師という形でやり続けてるんだよ。
あと”ヒーロー”は確かに武力を以て治安維持に努める職業だが、ストーリーのテーマとして「ヒーローってのは誰かが必要としてる時に手を差し伸べてあげられる人間である」という事をメインに据えていて、そこに必ずしも武力は必要ではない。
作中を通してこれを学んだデクが教師(人を教え導く人間)をやるってのは無個性な事も相まってこれ以上ないくらいの帰結だと思うよ。
俺は生涯「僕の金曜サイゼリヤ」を待ってる
デクが先生という職を選んだのは凄く良いなと思った。子供の時こそ良き大人の存在が必要だろうし(トガちゃんや弔なんか特にそうだった)、ヒーローでは救えなかった部分に手を差し伸べている感じがする。お茶子のカウンセリング然り、ホークスと目良さんの関係然り、良き大人が導くことの重要性を堀越先生は度々書いとる気がするな。
オールマイトガチヲタだから、ほぼ同じ人生歩めてめっちゃ満足してると思う。
憧れでは無くなったからでは?
オールマイトのように教師をしながらヒーローをするっていう夢を現実として体現してるから精神的に落ち着いたんじゃない?
一番身近に居た相澤先生というヒーローの背を追ったのかと…
気の無い返事を装った態度でウインカー出すかっちゃんから妙に大人の色気を感じた
この漫画におけるヒーローってのは極論誰でもどんな時でも救う人。それこそ一般人だってヒーローになれるし、力あるものがヒーローになるとは限らないし、むしろ小さき力でも周りの環境によって極悪なヴィランにも最強のヒーローにもなれる。
本当にあの世界に出久しかいないならプロのヒーローになるかもしれないけど、あの世界には多くのヒーローが、仲間がいる。
ただ一人の人間として考えた時、自分に出来ること、やっていきたいことは別の道だったってこと。孤独な戦いではなく、孤独に戦い続ける誰かに寄り添う上で、教師っていうのは出久にとても合っているし、ある種一番の責任を負うことを決めたってことだと思う。
あ少年たる主人公が大人になったから、少年誌であるジャンプを卒業するってことだよね。これからの未来は君たちのものだってこと。
みんなヒーローになれる。この漫画を通して感じたことが、僕らにとってのヒーローアカデミアで学んだことなんじゃないかな。
教師エンドは順当だと思った。学生時代のヒーロー活動の結果、原因療法が大事も悟ったんだろうし。
「冷めた」だととなんだかネガティブに聞こえて違和感。
人を助けたい、という気持ちは全然変わっていないと思う。
出久自身多くの人に「与えてもらって」戦えたと思っているはずだから、自分も誰かに「与えられる人」になりたいと思っての教師最優先なんじゃ?と思うよ。
冷めたとは思わなかったなぁ。
戦いを経て世界が変わって、オールマイトが後継を育てようとしたのと同じく平和の芽を育てようとしてるんだと思った。
一人でも多くの人がヒーローになれる世界ならAFOのような悪に脅かされそうになっても誰かが手を差し伸べてくれるから。
スーツでヒーローになれる!?なら教師辞めてヒーローに専業するわ!の方がデクらしくないやん
デクはオールマイトと同じ道を選んだのだ
お祓い行けで吹いた。
歴代悪霊扱いすなっ
あれだけの戦いを経験して、ヒーローとヴィランの生き様を見てきたデクが
「冷めきった」ように見えるなら一体何を読んできたのかって話。
バカが多過ぎ。
言葉通り受け取ったらそうだけどヒーローオタク感は少なそうだったし間違ってはなくないか?
@ex_EXILE
いつまでも子供なわけないんですけどね。
@@時折出てきてはキモッて鳴くキモリダイくんにブツブツブツブツしてましたし、オールマイトからのプレゼントでタペストゥリーか聞いていたしヒーローオタク感少ないことはないと思いますよ。
前線で派手に戦ってヒーロー活動するよりも、後進育成したり、モブ婆ちゃんみたいに誰かの心を救うヒーローになってるんだと勝手に思ってる
「聖火のごとく受け継いできた」ものを、「よりたくさんの人に伝えていく」っていう1対1から1対多数に切り替わったように思いました。
同時にそれが切り替わった瞬間ってお茶子ちゃんの演説なんだろうなとも
これを「冷めた」と感じる読解力の低さに呆れる
個人的に冷めてはないと思うな
爆豪がサイドキックにデク誘ってもあっさり断ったり、競争心が薄れてたりしてたから冷めたように見えるだけでデクは、ヒーローだけじゃなくて教師も色んな人達を助けて支えていける職業だと考えたんじゃないかな
スタート時点で憧れのヒーローが新米教師になってて、終わりに主人公が教師になってるのすごくアカデミアで良い
ヒーローの捉え方が変わったんだね、良いことだ!
物語終盤までは平和の象徴になるために熱暴走してる感じ、今はA組全員でヒーローやってる分、心にゆとりができて落ち着いたんだろう
ヒーローとしての活躍を望むってこもは、敵の存在を望むってこと。
酷い言い方すれば第二第三の転孤を望むってことになっちゃうもんね。
だから「助けを求める人を助けたい」デクとしては、ヒーローとしての活動に執着してないんじゃないかな。助けるための力は欲しいけど、それで倒すことより救いたいというか…
敵になる前に救えたら、それに越したことないもんね。
デクの「泣いている子供を諦めない戦い」は終わっていないからね
ヒーローやるよりも茨の道を選んでる
正義の味方にはヴィランは必要悪だけど、それをデクは許容しなかったんだから
カーテンコールのデクは長い夢を見させてもらって目が覚めた後のデクやぞ
そら冷静にもなるし現実を見た結果の気付きがヒーローだけが人を助けるのではない、みんなが誰かのヒーローっていうのはデクの着地点としては一番綺麗よね
ダイくんの時にちゃんとブツブツブツブツブツブツやってるし、ヒーローに対してのオタクは健在だと思う。
多分、色々な経験を積んで頑張るって感じのデクの頑張るの形が自分で全てをやるのではなく。自分が何かを伝えていくことで皆が最高の英雄になる為の物語の1頁を作っていく戦いになっただけ。
なにかに向き合う熱さはずっと頑張るって感じのデクのままなんだなとお茶子ちゃんへのダッシュで思ったなぁ。
憧れのヒーローを目指す過程で、誰もが誰かのヒーローなんだって分かって、デクの中のヒーロー像やヒーロの在り方に変化があったんやな
学生時代が無個性であることを受け入れるためのセラピーになった感じがする。「出久は個性与えられるまで筋トレすらしてない」って批判たまにあるけど本編があったからこそ成長できたわけだし
普通に「自分なりのヒーロー像」を確立してオールマイトに憧れなくなったからじゃないの?
大人(というより他者)に憧れなくなることが思春期の終わりで、僕のヒーロー「アカデミア」が終わった後の話なんだから、これで正しいと思う
最高のヒーローになってオール・フォー・ワンが無くなった事で、ヒーローとして自分が助けるという目的以外に目を向けれる余裕ができるようになって、自分が助けるより、未来のヒーローの卵達に託していく方をえらんだんだな。
ヒーローって良くも悪くも悪になってからしか対応ができないからこの選択はとても納得がいく
オールマイトの言っていた「いつだってヒーローは命懸け」って言葉に全ての答えがあると思う。
1話時点のデクはこの言葉の意味を理解してなかった。
最後の個性を失った大人デクは、解放戦線との戦いで多くのヒーローを亡くし、先生を亡くし、最終決戦では蘇生はできたが幼なじみの死を目の当たりにし、自分も命を失いかねない状況にいた。
個性の無い自分では命を失うだけな事、足手まといが居ると他のヒーローを失ってしまうかもしれない事を身をもって理解しているからヒーローでいるということを無理やり抑えたんだと思う。
だからヒーローではなく教育の道へ。ヒーローを育て送り出しそのヒーローが世界に平和を…って間接的にヒーロー活動をする方向に進路を進めたんじゃ無いか?
鈍感系ヒーローってのはよくあるけど、クラスメイトがそれわかった上でそれとなくアドバイスして主人公ハッピーエンドとか中々なくて最高すぎるんだが
なんか装備うれしそうじゃないって言ってる人いるけど、もらってからかなり時間たってそうだし当然な気がするが…。
子供たちにとっての最高のヒーローになったんだよ
ヒーローとしての素質が高くてもあくまで無個性だし、自分が無理してヒーロー続けるよりも
最初から才能もった若者の為に、自分が人生で一番感銘を受けた「君はヒーローになれる」を
未来のヒーロー達に伝える為に後進育成の道に進むってのはとてもよくわかる。
わかるけど、ちょっとくらいはソワソワしてほしかった寂しさも確かにある。
学生の頃みたいに「自分の身をかえりみずに救いに行く」だけがヒーローじゃないってわかったってことじゃないのかなって思ったけどなぁ。
これあれか、ヒーローっていう存在のベクトルが変わったのか
オールマイトのような職業「ヒーロー」から在り方や精神性とかの抽象的な「ヒーロー」みたいな
盗難車戦力過多は確かに思ったけど、もしかしたら車が盗難されることが、平時の事件としてはちょっと大きい事件の区分になりかけている世界だとしたらいいな。
そんなことなくても皆で駆けつけて多すぎですって怒られてるだろうから可愛いのでヨシ!
少なくとも431話のデクみて「冷めてる」なんて感想が出る奴はとんでもなく斜に構えてるだろ。
ヒーロー=ヴィランを倒す者
では無く、
些細な事でも、誰かを思いやり助けれる人=ヒーローであり、
デクが目指したのは先生として。
生徒のヒーローになる事なんじゃないかなって思ったけど?
違うの?
平和になってきて、前よりヒーローが必要とされなくなってきたって言うのと、弔の過去を知ったから緑谷は教師の道がやりたいことで自分は違和感無いかなぁ。
張り合いを無くした爆豪が心配だけどw
ヒーロー再開して生徒置いていく方が嫌だったかな
教師優先の出久描いてくれてほっとした
わかる
冷めたじゃないだろ……原作をしっかり読めばわかるはずだよ...
それな、デクの表情ちゃんと見てほしい
冷めてる扱いなの?
達観してるって感じだった
いつになってもデクはオールマイトに憧れ続けてる。ヒーローとしてではない教師としてのオールマイト(無個性のヒーロー)に憧れたと思ってる。
誰かを導くのはヒーローだけの役割じゃないって知ったんじゃねぇかな
そもそもデクがヒーローに憧れたのはオールマイトに憧れたからであって、オールマイトの力を得て、それでオールマイトでさえ叶わなかった宿敵を倒した今、自分の役目はそれを更に繋いでいくことだと変化したんだろう。特に能力が無くなっていく過程で、当然これまでのような努力を続ける時間に費やすよりも、若い目にバトンを渡すほうが重要だって考えたって話。しかも同級生たちが信頼して任せられるヒーローなんだから自分が専念しても問題ないからな。
誰かを目標としてた側から目標とされる側になった人間ってこんなもんだと思うけどなぁ。
導く側の人間となった出久がいつまでも子供みたいな憧れを持ってる方が変だと思う。
オールマイトみたいに今は指導する側に回っただけで、別にヒーローに対する意欲が落ちたとかは無いんじゃないかな?
色々もらってヒーローに慣れたデクだからこそ、それを皆に返したいとか伝えたい的な感じ
AFO残ってても教師やってると言ってるから、どちらかと言えば後進育成に興味があるんだろな
世界ナンバーワン目指すより親愛なる隣人になる事を目指しただけでヒーロー熱は変わらんと思うんよね
でも無個性でもヒーローは出来ますかって聞いたデクのアンサーが出来ないみたいな回答になってるのちょっと悲しい教えるのもヒーロー活動みたいなものかもだけど
動画内で上鳴かかっちゃんかわからんて話しは多分盗難発生の連絡来た時のコマの事だよね?
律儀に手を合わせてご馳走様してるし俺はかっちゃんだと思ってた
暗殺教室同様先生も生徒を救って導くヒーローって事なんや
僕のヒーローアカデミアなんだから教師で良いんだ…
普通にクソナード時代から何年経ってんだよっていう
オールマイトの姿を見てきたデクが今の教職放り出してヒーローに戻るほうが違和感あったから、これはこれで
個性伸ばしの為にアーマー来て生徒とサシで訓練したりしてそう
もうワンフォーオールもないし、無双できないからセカンドライフや!
冷めてるもなにもワンフォーオールなくなったんだからいくらパワードスーツあると言えど物理的にはヒーロー活動本業には出来ないやろ。
OFAと共に燃え尽きちまったんだな…
ヒーローに冷めたと😮言うよりアンパンマンである必要はなくなって、おばあちゃんが来たから大丈夫よってする様になった
アニメ最終章終わった後に、ラスト映画で大人編やってほしいなー
「寄生獣読んだろ」ってセリフ、出版社的にどうなの?って思った。
冒頭から「あせとう」「あかりや」はないわ
大谷の「憧れるのをやめましょう」と似たようなもんだと思う
だいたいデク 教職に関しては天職やからなあ…
「硬化してボンネット触っていい? 」
対症療法(ヴィラン退治)じゃなく根本療法(ヴィラン予備軍のケア)の重要さに気づいた結果っしょ
出茶出茶しやがって
w誰だよ冷めたって言ってる奴wもう1回読み返してこいや
例えば、プロ引退して後進育成に転向した人を冷めたっていうか?
ヒーローに対してはある程度満足したのに、爆豪が許してくれなかったなw
外人はこういう回りくどい考え方が受け入れられないからね
子供の心身ケアの重要性に気づいた形やろうけどそれならエリートばっかり来る雄英より治安悪い公立に赴任したほうがええやろと思ってまうな無粋だが。爆轟が一番寂しそうやったな
ネタバレ説明は絶対にない方がいい
無個性でもヒーローになれるか
という初期の問いには
「くそ高いアーマー使えばまぁ」
という結論になったな
ご馳走様は上鳴やろ
負けヒロインかっちゃん
負けヒロインすぎたからもうめちゃくちゃ納得いくサイドキック見つけて幸せになれよって感じ
コピペで楽したいのはわかるけど、そんなに手間がかかるわけじゃないんだからせめてキャラの名前くらいちゃんと読ませるように直してよ。とゆっくりの読み違いを聞く度に思う。
新車の後部座席は爆豪の気持ちの表れだと思う
わかる
ネットではエジショのためにふかふかにした説が有力
帰国したエッジショット迎えに行くって言ってたからそのためだと自分も思う
まあ今まで散々母親泣かせといてまだやる気に満ち溢れてたら親不孝通り越して狂人だよ
ファイナルファンタジー(最終回発情期)しやがって!!
デクには諦めずにヒーローでいて欲しかったよ
「君はヒーローになれる」無個性でもこれを証明し続けててほしかった
全編読んだ結論が「敵を倒すのがヒーロー」になっちゃう人っているんだな
力の使い方とか人を救うということを子供に教えられる大人はヒーローだと思うんだがな…