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良くんが復活の立役者だった、みたいな話を聞くと、「そう! 本当にそう!!」と思います。良くんがコツコツと細くつないでくれていたことが、本当によかった。活動再開、心から嬉しいです。
僕は今年31になりますが、生まれて初めて買ったCDが『音楽は素晴らしいものだ』でした活動休止になった時は、自身の青春の終焉も同時に感じましたが、こうして再始動して頂きとても嬉しく思います今後も引き続き応援しております
「同じ空の下で」がキンモクセイの中で一番好きな楽曲だったので、セールス的には……という前置きがありながらも「曲には自信があった」と断言されているのを聞いて、どこか報われた気持ちになりました。
キンモクセイのシングルはどれも秀逸でした。「アカボシ」や「車線変更」はもちろんだけど、「七色の風」、「さらば」、「同じ空の下で」、「夢で逢えたら(カバー)」、「SUMMER MUSIC」、「冬の磁石」など。だからこそ、オリコンとかでトップ10入りしなかろうが友人が知らなかろうが、ずっと聞いてました。
2時間と言わず永遠に聴いてたいこのラジオ
盛り抜きで20年間聴き続けてる
大人になってから好きになったキンモクセイ。その時すでに活動休止。過去の曲を聴くことしかできなかったけど、今こうしてまた集まってくれてることがとても嬉しいです。
感慨深いラジオだ。
キンモクセイさんを好きな理由は、なぜだかわからないけど、朝焼けや夕方が似合うからです。曲調なのか、伊藤さんの声なのか、音楽の専門家ではないのでわからないですが、the pillowsさんにも同じようなものを感じます。楽しそうなのに、どこか寂しさがある。ルーフトップコンサートをされていたので、きっと皆さまも分かっているのかなと思いました。夕方が似合って、とても素敵でした。きっと朝焼けや夕方が似合う歌が好きな人は多いのではないでしょうか。20周年おめでとうございます。これからも、ありがとうございます。
二人のアカボシからキンモクセイ知ってずっとファンです
こんな素晴らしい番組内容が有るとは?!デビュー当日、民法2局の田舎で放送最後に{二人のアカボシプロモーション}流れてましたのチャルメラおじさんの印象がインパクト有りました。
キンモクセイとの20年をもういちど追体験したような"約140分"でした。出会ったころのワクワクや、日々の生活の中にキンモクの曲があったこと。そして活動休止前後の記憶には重めの蓋をして過ごしてきましたが、それを開けてもらった感じです。みんなの20年に感謝。良くんの神編集に感謝。
辛い過去も包み隠さずに話してくれるキンモクセイほんと素敵です✨見習いたいです、、!初耳情報があって嬉しかったです😆プリクラ画像最高!!永久保存版です❣️
2023年5月10日、キンモクセイで長年に渡りベースを担当し、リーダーの白井雄介がキンモクセイを脱退しました。今後は伊藤俊吾、佐々木良、後藤秀人、張替智広の4人で活動するそうです。白井ちゃんはキンモクセイのメンバーではバンドのリーダーでバンドの運営もやっていた。白井ちゃんが脱退するっていうネットニュースを見た時は信じられなかった。4人でキンモクセイ継続してやってくれるのもすごく嬉しい。これからも4人のキンモクセイも白井ちゃんも応援していきます。キンモクセイさん、もしくは誰でもいいので返信していただけると嬉しいです。皆さんのコメント待ってます。
二人のアカボシを今日も聞いて、心が安らぎました。この曲を世に出して頂き、ありがとうございます!
20年の軌跡が聞けて面白かったです。所々笑いながら楽しみました。アカボシ2を期待しつつも、これからもまったり活動を続けていただけたら嬉しいです。
白井さんがいなくなるのとても寂しいです。さらばかもしれないけど、又ねがあることを願っていますね。
オープニング最高!
キンモクセイ·····従姉妹のお姉ちゃんからオススメされたのがあたしンち🏠初めてキンモクセイのさらば。伊藤さんの優しい歌声聞いた時、涙が止まりませんでした。心があったかくなれた💕
みんなさん仲が良いですね❤️私も輪に入って話してる感じが居心地が良い時間でしたです ありがとうございました☺️
活動休止の3ヶ月後くらいにキンモクセイに出会いました。いつか復活した時には絶対にライブに行きたいとずっと応援(?)していて、ちゃんとしたワンマンに行った時は本当に感動しました。活動休止前の色んな話を聞くことができ、楽しくて約140分あっという前でした!またライブ楽しみにしています!!
何の曲の時だったか忘れましたが、Mステでイトシュンさんが「女子高の文化祭でライブをやった時、普段女性しか使わないトイレに入るのにドキドキした」的なトークをぶち込んで、白井さん?が「その話するのやめた方がいいって俺たちは言ったんですけど」って言ってたのを未だに覚えてます 笑
いやーー!もうほんと大好きだわぁ❤
めちゃくちゃ濃密な時間でした!キンモクセイ最高!いろんな話が聞けて興味深かったです。
20周年、おめでとうございます。リアタイできずアーカイブ視聴してますが、めっちゃ楽しいです😊
二人のアカボシでキンモクセイさんを知りました!
リアルタイムでみられなかったのでアーカイブ助かります🙏
割と最近聴き始めたので、貴重な話ですね!
アカボシと七色の風はMステで見たとか私千葉なんですけど、テレジオ5というMV番組で知った記憶です。車線変更はそれで知りました。ですがその他全く入ってこなくて、SNSは文字の掲示板だけだし、ガチファンしか「知る」というのが出来なくて、聴こえる環境がなくてやはり時代だなと思います。昔は悪目立ちでや、ごり押しが多かったけれど、現代はネットで無名も火が付きます。聴くつもりなくても聴こえることで初めて好き嫌いが出るので、今ならどうだったかな、エモさや人柄が伝わり…あああ分からない\(^o^)/かっこつけとかない、みんなほんわか仲がいい、個々物凄い音楽才能がある、これから火付かないかな〜同世代なので体の不調が出始めるの分かります🤭無理なく楽しくのんびり続けていってください🤗🤗🤗
ヤバい‼️久しぶり‼️最高です‼️
キンモクセイの約120分オープニング音源( 0:08〜) 今夜も我らのレディオ 愛と勇気のレディオ 日曜の夜はなぜか割とクール 佐々木良「妹にお金を借りました…」 張替智広「トレーナーだけ乾いていません…」 後藤秀人「あぁ〜 もうサザエさん終わっちゃったしなぁ…」 白井雄介「鉄腕DASHも見てね!」 伊藤俊吾「横浜から発信!」 最後まで聞け〜!キンモクセイ ヒストリー(来歴)キンモクセイ プロフィール(一部Wikipediaより抜粋) ASIAN ALL STARS時代 1998年〜1999年( 5:47 〜)1998年5月に神奈川県相模原市周辺で前身バンド「ASIAN ALL STARS(アジアン・オール・スターズ)」を結成。結成時のオリジナルメンバーは 西尾洋平(にしおようへい、Vo.(ボーカル))、伊藤俊吾(いとうしゅんご、Key. (キーボード)Vo.(ASIAN ALL STARS ライトの時のみ))、佐々木良(ささきりょう、Gt.(ギター)Cho.(コーラス))、後藤秀人(ごとうひでと、LeGt.(リードギター)Cho.)、白井雄介(しらいゆうすけ、Ba.(ベース))、張替智広(はりがえともひろ、Dr.(ドラムス)Vo.)、杉浦愛子(すぎうらあいこ、Cho.)の7人。 2回目のスタジオリハーサルの時に、張替がスピード脱退後に急遽地元の音楽仲間であった、佐藤大(さとうだい、Dr.)が加入。 1999年に西尾洋平(Vo.)が脱退した11月21日にバンド名を「キンモクセイ 」に改名する。バンド改名直後に脱退していたはずの張替がメンバーに復帰。6人で活動をスタートし、精力的にライブを行う。2000年〜2001年( 12:25 〜)2000年、東京・下北沢のライブハウスに出演した際に、レコード会社のスタッフと出会う。同年3月22日に杉浦愛子の脱退が発表され、同年7月に張替のピンチヒッターで加入した佐藤大(Dr.)と結成時のオリジナルメンバーだった杉浦愛子(Cho.)が脱退。 残ったメンバーは 伊藤俊吾(1976年11月25日-、神奈川県相模原市出身、血液型AB型):Vo. Gt. Key.、佐々木良(1976年4月12日-、東京都町田市出身、血液型B型):Cho. Gt. Syn(シンセサイザー).、後藤秀人(1976年12月27日-、神奈川県相模原市出身、血液型A型):LeGt. Cho.、張替智広(1976年5月8日-、静岡県伊東市出身、血液型O型):Dr. Vo.、白井雄介(1977年1月31日-、神奈川県相模原市出身、血液型O型):Ba.(バンドリーダー)となり現在の5人体制となる。2001年1月に自主制作CD「キンモクセイの約18分」をリリースした後、全国14ヶ所を回るライブハウスツアーを行う。同年10月24日に1stシングル「僕の行方」をリリースし、BMGファンハウスよりメジャーデビュー。 2002年( 25:16 〜)2002年1月9日、2ndシングル「二人のアカボシ」をリリース。オリコンランキング10位を記録し、バンド最大のヒット曲となり、全国のラジオ局31局ものパワープレイを獲得する。この曲のスマッシュヒットにより同年の「第53回NHK紅白歌合戦」に出場した。2002年5月9日に3rdシングル「七色の風」、同年7月3日に4thシングル「さらば」と1stフルアルバム「音楽は素晴らしいものだ」を同時発売し、同年11月27日に5thシングル「車線変更25時」をリリース。2003年( 53:22〜)2003年4月9日に6thシングル「同じ空の下で」を、同年9月17日に初の両A面7thシングル「人とコウモリ/日曜日の夜」を、同年10月22日2ndアルバム「風の子でいたいね」をリリース。2004年〜2005年( 1:23:58 〜)2004年4月21日に、女優で歌手の松たか子とのデュエットでキンモクセイと東京ジェンヌ名義での8thシングル「二人のムラサキ東京」を、同年8月25日に9thシングル「メロディ」をリリース。同年10月2日、神奈川県立相模原球場で地元凱旋ライブを開催。同年11月からオンエアの「ダイハツ・ミラジーノ」のCMソングに吉田美奈子のカバー「夢で逢えたら」が起用される。同年12月1日に10thシングル「むすんでひらいて」を、同年12月22日に3rdアルバム「NICE BEAT(ナイス・ビート)」をリリース。2005年2月16日にカバー曲の「夢で逢えたら」を11thシングルとしてリリース。同年7月28日に12thシングル「SUMMER MUSIC(サマー・ミュージック)」、同年11月30日に13thシングル「冬の磁石」、同年12月21日に4thアルバム「13月のバラード」をリリース。2006年〜2007年( 1:43:53 〜)2006年に全国高校ラグビー大会のテーマ曲として松任谷由実の「ノーサイド」のカバーを手がけ、2007年のカヴァーアルバム「さくら」に収録された。同年10月18日に14thシングル「さよならの表情」をリリース。2007年3月21日、さくらソングばかりを集めたカヴァーアルバム「さくら」をリリース。同年4月3日に上野公園でさくらづくしのフリーライブを行い、ゲストにタレントの前田健(2016年4月26日急逝(享年44)や歌手の河口恭吾が参加した。同年10月24日にラストシングルとして15thシングル「金木犀e.p.(イーピー)」を、同年11月21日に活動休止前のラストアルバムとして、ベストアルバム「ベストコンディション〜kinmokusehi single collection(キンモクセイ・シングル・コレクション)〜」をリリースした。この上記の来歴ようにコンスタントに活動を続け、ポピュラーミュージックの枠にとらわれない変的な楽曲を追求し、2007年の10月までにシングル15枚、アルバム5枚(内1枚はカバーアルバム)、ベストアルバム1枚をリリース。イトシュンヒゲ問題( 1:49:19 〜)2008年〜( 1:52:49 〜)2008年1月24日に横浜BLITZ(ブリッツ)でツアーファイナルとなった、全国ツアー「LIVE TOUR 2008「ベストコンディション」」及び2月のイベントライブを最後に活動を休止することを発表。はじめは、公式ファンクラブ「お楽しみ会」会報(2007年12月号)に別紙を挟む形で発表され、その後公式HP(ホームページ)にて正式に発表した。活動休止〜現在( 2:02:53 〜)2011年3月25日にデジタルデータ配信サイト「nau(ナウ)」から配信された東北関東大震災被災地支援コンピレーション・アルバム「HOPE nau!(ホープ ナウ!)」に収録の新曲「アシタ」をレコーディングするため3年ぶりにメンバー5人が集結した(この時点ではあくまでこの曲を録音するためだけの再集結であり、本格的な活動再開ではないことが佐々木のサイトにて語られていた)。 2016年、白井を除く4人が4月29日の音楽イベント「佐々木良&張替智広のGo!Do!40!(合同ふぉーてぃ)」にて共演し、5月2日の熊本地震支援イベント「音楽で九州を応援する Pray for 九州 Machi Rock Night(プレイ フォー きゅうしゅう マチ ロック ナイト)」では、前述の4人が「キンモクセイ 」の名義を使用して単発で出演している。 2018年10月21日に開催された「はやぶさの故郷(こきょう) 潤水都市(じゅんすいとし)さがみはらフェスタ2018」に活動休止時のメンバー5人全員が「キンモクセイ 」として出演し、2008年2月の活動休止以来10年8カ月ぶりとなるライブを行った。当初はソロで弾き語りの活動をしていた伊藤個人への出演依頼だったが、「相模原」ということもあってキンモクセイ として活動するかどうか決着をつけるいい機会だと思い、メンバー一人ひとりに連絡したのがきっかけだった。 2019年10月15日、相模原市民会館にて11年ぶりのワンマンライブ「ちゃんとしたワンマン2019」を開催。本格的に活動を再開した。 2019年12月25日、オリジナルアルバムとしては約14年ぶりとなる5thアルバム「ジャパニーズポップス」、2007年に発売されたベストアルバムの収録曲を一部変更し、未収録曲を追加収録した「ベストコンディション+レアトラックス」を同時にリリースした。2020年2月26日、2002年7月3日にさらばと同時発売された1stフルアルバム「音楽は素晴らしいものだ」を完全リマスタリングし、LP形態でのアナログ盤レコードアルバム「アナログは素晴らしいものだ」をリリースした。
追記2023年5月10日、ベース担当の白井雄介がキンモクセイを脱退。今後は伊藤俊吾、佐々木良、後藤秀人、張替智広の4人体制で活動する。
楽しみ。
伊藤さんはデビュー当時、V6の三宅さんに似てると思いました
チャットに伊藤さんと白井さんいる!?
❤
👏👏
うん…
良くんが復活の立役者だった、みたいな話を聞くと、「そう! 本当にそう!!」と思います。
良くんがコツコツと細くつないでくれていたことが、本当によかった。活動再開、心から嬉しいです。
僕は今年31になりますが、生まれて初めて買ったCDが『音楽は素晴らしいものだ』でした
活動休止になった時は、自身の青春の終焉も同時に感じましたが、こうして再始動して頂きとても嬉しく思います
今後も引き続き応援しております
「同じ空の下で」がキンモクセイの中で一番好きな楽曲だったので、
セールス的には……という前置きがありながらも「曲には自信があった」と
断言されているのを聞いて、どこか報われた気持ちになりました。
キンモクセイのシングルはどれも秀逸でした。
「アカボシ」や「車線変更」はもちろんだけど、「七色の風」、「さらば」、「同じ空の下で」、「夢で逢えたら(カバー)」、「SUMMER MUSIC」、「冬の磁石」など。
だからこそ、オリコンとかでトップ10入りしなかろうが友人が知らなかろうが、ずっと聞いてました。
2時間と言わず永遠に聴いてたいこのラジオ
盛り抜きで20年間聴き続けてる
大人になってから好きになったキンモクセイ。
その時すでに活動休止。
過去の曲を聴くことしかできなかったけど、今こうしてまた集まってくれてることがとても嬉しいです。
感慨深いラジオだ。
キンモクセイさんを好きな理由は、なぜだかわからないけど、朝焼けや夕方が似合うからです。曲調なのか、伊藤さんの声なのか、音楽の専門家ではないのでわからないですが、the pillowsさんにも同じようなものを感じます。楽しそうなのに、どこか寂しさがある。ルーフトップコンサートをされていたので、きっと皆さまも分かっているのかなと思いました。夕方が似合って、とても素敵でした。きっと朝焼けや夕方が似合う歌が好きな人は多いのではないでしょうか。
20周年おめでとうございます。これからも、ありがとうございます。
二人のアカボシからキンモクセイ知ってずっとファンです
こんな素晴らしい番組内容が有るとは?!
デビュー当日、民法2局の田舎で放送最後に{二人のアカボシプロモーション}流れてましたのチャルメラおじさんの印象がインパクト有りました。
キンモクセイとの20年をもういちど追体験したような"約140分"でした。
出会ったころのワクワクや、日々の生活の中にキンモクの曲があったこと。そして活動休止前後の記憶には重めの蓋をして過ごしてきましたが、それを開けてもらった感じです。
みんなの20年に感謝。
良くんの神編集に感謝。
辛い過去も包み隠さずに話してくれるキンモクセイほんと素敵です✨
見習いたいです、、!
初耳情報があって嬉しかったです😆
プリクラ画像最高!!
永久保存版です❣️
2023年5月10日、キンモクセイで長年に渡りベースを担当し、リーダーの白井雄介がキンモクセイを脱退しました。今後は伊藤俊吾、佐々木良、後藤秀人、張替智広の4人で活動するそうです。白井ちゃんはキンモクセイのメンバーではバンドのリーダーでバンドの運営もやっていた。白井ちゃんが脱退するっていうネットニュースを見た時は信じられなかった。4人でキンモクセイ継続してやってくれるのもすごく嬉しい。これからも4人のキンモクセイも白井ちゃんも応援していきます。
キンモクセイさん、もしくは誰でもいいので返信していただけると嬉しいです。皆さんのコメント待ってます。
二人のアカボシを今日も聞いて、心が安らぎました。この曲を世に出して頂き、ありがとうございます!
20年の軌跡が聞けて面白かったです。所々笑いながら楽しみました。
アカボシ2を期待しつつも、これからもまったり活動を続けていただけたら嬉しいです。
白井さんがいなくなるのとても寂しいです。
さらばかもしれないけど、又ねがあることを願っていますね。
オープニング最高!
キンモクセイ·····
従姉妹のお姉ちゃんからオススメされたのがあたしンち🏠
初めてキンモクセイのさらば。伊藤さんの優しい歌声聞いた時、涙が止まりませんでした。
心があったかくなれた💕
みんなさん仲が良いですね❤️
私も輪に入って話してる感じが居心地が良い時間でしたです ありがとうございました☺️
活動休止の3ヶ月後くらいにキンモクセイに出会いました。いつか復活した時には絶対にライブに行きたいとずっと応援(?)していて、ちゃんとしたワンマンに行った時は本当に感動しました。活動休止前の色んな話を聞くことができ、楽しくて約140分あっという前でした!またライブ楽しみにしています!!
何の曲の時だったか忘れましたが、Mステでイトシュンさんが「女子高の文化祭でライブをやった時、普段女性しか使わないトイレに入るのにドキドキした」的なトークをぶち込んで、白井さん?が「その話するのやめた方がいいって俺たちは言ったんですけど」って言ってたのを未だに覚えてます 笑
いやーー!もうほんと大好きだわぁ❤
めちゃくちゃ濃密な時間でした!キンモクセイ最高!いろんな話が聞けて興味深かったです。
20周年、おめでとうございます。リアタイできずアーカイブ視聴してますが、めっちゃ楽しいです😊
二人のアカボシでキンモクセイさんを知りました!
リアルタイムでみられなかったのでアーカイブ助かります🙏
割と最近聴き始めたので、貴重な話ですね!
アカボシと七色の風はMステで見たとか私千葉なんですけど、テレジオ5というMV番組で知った記憶です。車線変更はそれで知りました。
ですがその他全く入ってこなくて、SNSは文字の掲示板だけだし、ガチファンしか「知る」というのが出来なくて、聴こえる環境がなくてやはり時代だなと思います。昔は悪目立ちでや、ごり押しが多かったけれど、現代はネットで無名も火が付きます。聴くつもりなくても聴こえることで初めて好き嫌いが出るので、今ならどうだったかな、エモさや人柄が伝わり…あああ分からない\(^o^)/
かっこつけとかない、みんなほんわか仲がいい、個々物凄い音楽才能がある、これから火付かないかな〜
同世代なので体の不調が出始めるの分かります🤭
無理なく楽しくのんびり続けていってください🤗🤗🤗
ヤバい‼️久しぶり‼️最高です‼️
キンモクセイの約120分
オープニング音源( 0:08〜)
今夜も我らのレディオ
愛と勇気のレディオ
日曜の夜はなぜか
割とクール
佐々木良「妹にお金を借りました…」
張替智広「トレーナーだけ乾いていません…」
後藤秀人「あぁ〜 もうサザエさん終わっちゃったしなぁ…」
白井雄介「鉄腕DASHも見てね!」
伊藤俊吾「横浜から発信!」
最後まで聞け〜!
キンモクセイ ヒストリー(来歴)
キンモクセイ プロフィール(一部Wikipediaより抜粋)
ASIAN ALL STARS時代 1998年〜1999年( 5:47 〜)
1998年5月に神奈川県相模原市周辺で前身バンド「ASIAN ALL STARS(アジアン・オール・スターズ)」を結成。
結成時のオリジナルメンバーは 西尾洋平(にしおようへい、Vo.(ボーカル))、伊藤俊吾(いとうしゅんご、Key. (キーボード)Vo.(ASIAN ALL STARS ライトの時のみ))、佐々木良(ささきりょう、Gt.(ギター)Cho.(コーラス))、後藤秀人(ごとうひでと、LeGt.(リードギター)Cho.)、白井雄介(しらいゆうすけ、Ba.(ベース))、張替智広(はりがえともひろ、Dr.(ドラムス)Vo.)、杉浦愛子(すぎうらあいこ、Cho.)の7人。
2回目のスタジオリハーサルの時に、張替がスピード脱退後に急遽地元の音楽仲間であった、佐藤大(さとうだい、Dr.)が加入。
1999年に西尾洋平(Vo.)が脱退した11月21日にバンド名を「キンモクセイ 」に改名する。バンド改名直後に脱退していたはずの張替がメンバーに復帰。6人で活動をスタートし、精力的にライブを行う。
2000年〜2001年( 12:25 〜)
2000年、東京・下北沢のライブハウスに出演した際に、レコード会社のスタッフと出会う。同年3月22日に杉浦愛子の脱退が発表され、同年7月に張替のピンチヒッターで加入した佐藤大(Dr.)と結成時のオリジナルメンバーだった杉浦愛子(Cho.)が脱退。
残ったメンバーは 伊藤俊吾(1976年11月25日-、神奈川県相模原市出身、血液型AB型):Vo. Gt. Key.、佐々木良(1976年4月12日-、東京都町田市出身、血液型B型):Cho. Gt. Syn(シンセサイザー).、後藤秀人(1976年12月27日-、神奈川県相模原市出身、血液型A型):LeGt. Cho.、張替智広(1976年5月8日-、静岡県伊東市出身、血液型O型):Dr. Vo.、白井雄介(1977年1月31日-、神奈川県相模原市出身、血液型O型):Ba.(バンドリーダー)となり現在の5人体制となる。
2001年1月に自主制作CD「キンモクセイの約18分」をリリースした後、全国14ヶ所を回るライブハウスツアーを行う。同年10月24日に1stシングル「僕の行方」をリリースし、BMGファンハウスよりメジャーデビュー。
2002年( 25:16 〜)
2002年1月9日、2ndシングル「二人のアカボシ」をリリース。オリコンランキング10位を記録し、バンド最大のヒット曲となり、全国のラジオ局31局ものパワープレイを獲得する。この曲のスマッシュヒットにより同年の「第53回NHK紅白歌合戦」に出場した。
2002年5月9日に3rdシングル「七色の風」、同年7月3日に4thシングル「さらば」と1stフルアルバム「音楽は素晴らしいものだ」を同時発売し、同年11月27日に5thシングル「車線変更25時」をリリース。
2003年( 53:22〜)
2003年4月9日に6thシングル「同じ空の下で」を、同年9月17日に初の両A面7thシングル「人とコウモリ/日曜日の夜」を、同年10月22日2ndアルバム「風の子でいたいね」をリリース。
2004年〜2005年( 1:23:58 〜)
2004年4月21日に、女優で歌手の松たか子とのデュエットでキンモクセイと東京ジェンヌ名義での8thシングル「二人のムラサキ東京」を、同年8月25日に9thシングル「メロディ」をリリース。同年10月2日、神奈川県立相模原球場で地元凱旋ライブを開催。同年11月からオンエアの「ダイハツ・ミラジーノ」のCMソングに吉田美奈子のカバー「夢で逢えたら」が起用される。同年12月1日に10thシングル「むすんでひらいて」を、同年12月22日に3rdアルバム「NICE BEAT(ナイス・ビート)」をリリース。
2005年2月16日にカバー曲の「夢で逢えたら」を11thシングルとしてリリース。同年7月28日に12thシングル「SUMMER MUSIC(サマー・ミュージック)」、同年11月30日に13thシングル「冬の磁石」、同年12月21日に4thアルバム「13月のバラード」をリリース。
2006年〜2007年( 1:43:53 〜)
2006年に全国高校ラグビー大会のテーマ曲として松任谷由実の「ノーサイド」のカバーを手がけ、2007年のカヴァーアルバム「さくら」に収録された。同年10月18日に14thシングル「さよならの表情」をリリース。
2007年3月21日、さくらソングばかりを集めたカヴァーアルバム「さくら」をリリース。同年4月3日に上野公園でさくらづくしのフリーライブを行い、ゲストにタレントの前田健(2016年4月26日急逝(享年44)や歌手の河口恭吾が参加した。同年10月24日にラストシングルとして15thシングル「金木犀e.p.(イーピー)」を、同年11月21日に活動休止前のラストアルバムとして、ベストアルバム「ベストコンディション〜kinmokusehi single collection(キンモクセイ・シングル・コレクション)〜」をリリースした。
この上記の来歴ようにコンスタントに活動を続け、ポピュラーミュージックの枠にとらわれない変的な楽曲を追求し、2007年の10月までにシングル15枚、アルバム5枚(内1枚はカバーアルバム)、ベストアルバム1枚をリリース。
イトシュンヒゲ問題( 1:49:19 〜)
2008年〜( 1:52:49 〜)
2008年1月24日に横浜BLITZ(ブリッツ)でツアーファイナルとなった、全国ツアー「LIVE TOUR 2008「ベストコンディション」」及び2月のイベントライブを最後に活動を休止することを発表。はじめは、公式ファンクラブ「お楽しみ会」会報(2007年12月号)に別紙を挟む形で発表され、その後公式HP(ホームページ)にて正式に発表した。
活動休止〜現在( 2:02:53 〜)
2011年3月25日にデジタルデータ配信サイト「nau(ナウ)」から配信された東北関東大震災被災地支援コンピレーション・アルバム「HOPE nau!(ホープ ナウ!)」に収録の新曲「アシタ」をレコーディングするため3年ぶりにメンバー5人が集結した(この時点ではあくまでこの曲を録音するためだけの再集結であり、本格的な活動再開ではないことが佐々木のサイトにて語られていた)。
2016年、白井を除く4人が4月29日の音楽イベント「佐々木良&張替智広のGo!Do!40!(合同ふぉーてぃ)」にて共演し、5月2日の熊本地震支援イベント「音楽で九州を応援する Pray for 九州 Machi Rock Night(プレイ フォー きゅうしゅう マチ ロック ナイト)」では、前述の4人が「キンモクセイ 」の名義を使用して単発で出演している。
2018年10月21日に開催された「はやぶさの故郷(こきょう) 潤水都市(じゅんすいとし)さがみはらフェスタ2018」に活動休止時のメンバー5人全員が「キンモクセイ 」として出演し、2008年2月の活動休止以来10年8カ月ぶりとなるライブを行った。当初はソロで弾き語りの活動をしていた伊藤個人への出演依頼だったが、「相模原」ということもあってキンモクセイ として活動するかどうか決着をつけるいい機会だと思い、メンバー一人ひとりに連絡したのがきっかけだった。
2019年10月15日、相模原市民会館にて11年ぶりのワンマンライブ「ちゃんとしたワンマン2019」を開催。本格的に活動を再開した。
2019年12月25日、オリジナルアルバムとしては約14年ぶりとなる5thアルバム「ジャパニーズポップス」、2007年に発売されたベストアルバムの収録曲を一部変更し、未収録曲を追加収録した「ベストコンディション+レアトラックス」を同時にリリースした。
2020年2月26日、2002年7月3日にさらばと同時発売された1stフルアルバム「音楽は素晴らしいものだ」を完全リマスタリングし、LP形態でのアナログ盤レコードアルバム「アナログは素晴らしいものだ」をリリースした。
追記
2023年5月10日、ベース担当の白井雄介がキンモクセイを脱退。今後は伊藤俊吾、佐々木良、後藤秀人、張替智広の4人体制で活動する。
楽しみ。
伊藤さんはデビュー当時、V6の三宅さんに似てると思いました
チャットに伊藤さんと白井さんいる!?
❤
👏👏
うん…