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本当にタケムラは悪魔エンドにおける唯一の癒し…もう見たくないですが笑
26:35「分かりませんが言えない大人」←ここほんとに的を得てて笑ったwハナコ無言の凝視も好き
自分はヘルマンのこと好きですけどね。確かに自分のことしか考えてないですけど、Vに対する診断や交渉は正直なものでした。科学者としてはとても優秀で、立ち回りがヘタクソな野心家という他の主要人物にはいないタイプだと思うんです。なんならVに近いのでは?という気もします。考え方や行動が短絡的ですが、他の主要人物みたいに何か信念やら義務感に囚われていないのが彼の面白いところのように思えます。
そういえばコーポルートで、ヘルマンと車でハナコを迎えに行くシーン、護衛を攻撃せずコーポ選択肢を選ぶとちょっとした元上司の話が聞けるのと、ヘルマンの大活躍が見れます。ちょっと面白いです。
ヘルマンはナイトシティでは珍しいタイプですよね
動画と関係ないですが英語音声いいですねタケムラの発音とか日本人らしさがあってこだわり感じる
分かりますwめっちゃ日本アクセントでいいですよね
考察系の動画全て拝見させていただきました。内容がビックリするくらい濃くて、サイパン3週目突入してしまいました笑今後も静かに楽しみにさせていただきます。動画投稿お疲れ様です!
ありがとうございます!これからも投稿していきます!
「わかりませんが言えないタイプの大人」が好きすぎる。笑ってしまった
良かった☺てっきりアンケート結果見てビルドなんかの攻略中心になるのかと攻略もいいけど考察好きだったから
どっちもやりますよ〜
タケムラを死なせてしまったよ・・・お互いに自分の生い立ちを伝えたから共感が出来たんだなまあこっちはローグとソウル達を引き連れてアラサカに爆撃訪問する予定だけど。
タケムラ…惜しい人を亡くした
立場が敵の人間でもタケムラは好きだったし、ハナコも好きとは言わんがある種誠実な人間なので期待や約束を反故にするような真似はしたくなかったけどミスティがブチ切れるので泣く泣くヒャッハーしました・・・。
ヘルマンは人としては糞野郎でも、技術とその進化に対する態度に科学者としての矜持が見える。アラサカや他のコープは彼にとって研究に必要な環境をくれるパトロン。そこに服従するの至極当然。実は結構嫌いじゃない。
悪人の主張する正義を理解すると、為政者側ってだけで、別に嫌いには思わないね
根っからの極悪人って感じじゃないですもんね
悪魔エンドはタケムラ生存の方はまだ胸糞感が減る…タケムラが死んでるとヘルマンのなんだこいつ感が増す
ジャッキー→診療所&タケムラ死亡のハナコルートがすごく胸糞
動画との関係薄くて恐縮だけど悪魔エンドでⅤの魂が神輿行きルート時のタケムラいいよねアラサカに魂を売ることの重大さを十分すぎるほど理解したVやプレイヤーとの妙な温度差というかVとの信頼は築きつつ、それでいてアラサカの忠臣であるからこそのあのVへの、悪意の嘘は無いとは分かるがどこかドライな別れの挨拶動画にもあるヘルマンとの会話も併せて味方0の孤独と絶望を感じる
SCP財団のアイテム解説文書読んでるような気分になった…
あそこでも上位10個に入るくらいおぞましい方の話だな
英語版だとちゃんとアクセントがあって面白い
人格チップに人格を移して、新しい身体を貰うのが適切な処置な気もするがアラサカが、Vをそこまでして生かす価値もないと思われてるのが痛いところだな。エンディングの選択肢としてそう言う可能性も合ったらそれはそれで面白そうだけど。
ハナコじゃなくてヨリノブと協力すればそんな未来があったのかもしれない(無かった)
ヨリノブから見ればVはレリックを奪った一味だし生かす必要も価値も無いでしょう。そもそも頭を撃たれてレリックに神経を乗っ取られ始めてる時点で未来はどう足掻いても無いでしょうな。可能性としてはVを人格コンストラクト化して他の人間の身体に意識を写し変える事だけど、人格チップをつけてる人間をソウルキラーで人格コンストラクト化できるのかも不明だし、もし出来るならVの身体をシルバーハンドにあげて他の身体で無理矢理にでも人格コンストラクト化して他の身体で生きるしか方法は思い付かないけどそんな多分サイバーパンクの中でも超最先端テクノロジーアラサカでしか出来ないだろうから現実味がかなり薄いけど、そう言うミッションがあったりしても面白かったなぁ。超高難易度の隠しエンドとかで実装希望(笑)
タケムラ生存させるとかなり影が薄くなるよね
ほんとそれ👆
俺のタケムラは死んじゃったがタケムラは良い奴ってことが分かってよかった
タケムラはいいやつ。間違いない
タケムラは変に真面目なのとユーモアのセンスがヒドイ時あるのが良い基本的にはいいやつだし
わかりませんが言えないタイプの大人で笑ったw
実際ヘルマンに運転させるの謎。ハナコのコマが少なすぎる
移動中に襲われたらヘルマンの運転じゃ絶対逃げられない気がするしリスク管理が甘めかも
プレイヤーは“V”とは別人格であったはずなのに、いつの間にか感情移入し、そして没入してしまい、最後には完全に自己投影してしまっている。あたかもコンストラクトに乗っ取られるように。新潮文庫シェイクスピア『ハムレット』翻訳者福田恆存の解説では、舞台演出家でもある福田氏の演劇論が説明されていますが、そこでは「観客は主役の演技を見ているのではなく、主役と一緒になって演じているのだ」と説明されています。ヘルマンの演技は、明らかにアラサカ=コーポへの懐疑と不信を演出しています。それは、ジョニーのセリフとの対比になっています。プレイヤーは、『サイバーパンク』の世界への没入感が高まる…つまり、ジョニー度が高まるほどに、(皮肉にも)このクソッタレな世界に次第々々に居続けたいと思うようになります。『サイバーパンク』の世界観は、明確にディストピアとして描かれています。誰もこんな世界は望まない、そのはずなのになぜかこの世界で永遠に遊んでいたい、そんな気分にさせられます。『サイバーパンク』の世界に救いはありません(あるように思えているのなら錯覚にすぎません)。あるがままを受け入れるしかない、不条理を認めるしかない、そんなシーシュポスの神話が存在するだけです。ナイトシティは巨大な肥溜めで、そこに生きる住民はその糞山にたかるウジ虫です。でも、考えてみてください。ウジ虫にとっては、そこは天国なのではないでしょうか。我々にとってはディストピアですが、彼らにとってはユートピアです。ディストピアはユートピアの対義語ではありません、類義語なのです。ここで質問させていただきたいのですが、なぜそんな肥溜めのウジ虫に自己投影してしまうんです?なぜ『サイバーパンク』のような勧善懲悪の存在しない、汚穢に満ち満ちた最低最悪の世界で生きようと思ってしまうんです?理由は簡単です。戦うべき敵がいる。反抗すべき体制がある。壊すべき世界がある。生きるべき道がある。それが『サイバーパンク』の優れたシナリオ性だからです。ウジ虫は「なぜ自分はこんな糞溜めの中で生きているんだろう?」と自問したりしませんよね?ナイトシティ…いや、世界は最早コーポの管理なしでは成立しない段階に入っています。そして、企業が力を持てば持つほど人間性は失われ、個人は部品化されていきます。それに立ち向かうのがパンクなのです。ジュディのシナリオでは、クラウドの支配権を巡って争います。ジュディの望むがままに従うなら、秩序の崩壊が待っています。だからといって、マイコに加担するなら結局はコーポのように強者に屈するだけです。どちらの道を選んでもいいが、その先には不条理が待っている。その基本コンセプトには変わりありません。部品化されるか、それともパンクするか、どちらに人間性は宿っているか?という問題です。そして、それを決めるのは他の誰でもなく自分自身です。なぜって、自分が本当に人間なのかどうかは自分にしかわからないからです(たとえそれが人間のフリであっても、ね)。ヘルマンは確かにアラサカのコーポ野郎で、鼻持ちならない人間です。彼はアラサカ・サブロウの忠実なる下僕で、サブロウの野心のために生きている自我のないロボットです。しかし、アラサカの影響力が衰えれば企業戦争は加速し、世界は群雄割拠の封建社会に逆戻りすることも確かです。そういう意味では、ヘルマンはそのための人柱で、自分を犠牲にして世界を支えているともいえます。このクソまみれのクソッタレな世界を救うためにね。私の好きな作品に『ロードス島戦記』という小説があります。アレクラスト大陸の南にある呪われた島ロードスでは、灰色の魔女カーラがロードスの命運を弄んでいます。彼女は大量絶滅を回避するため、ロードスの歴史の影で密かに暗躍し、善と悪のバランスを保とうと画策しています。ロードスの自由騎士パーンは、カーラの野望を阻止するために彼女を追い詰め、最後にはロードスを彼女の管理下から解放し、ロードスの自由と未来を手に入れます。ここで問題が生じます。カーラという管理人を失ったロードスという島は、最早未曾有の危機に直面してもそれを回避することはできないでしょう。船長のいない船と同じで、いつ難破してもおかしくない状況なのです。しかし、我々はそれを望んでいます。それは自由意志のためなのです。たとえ滅びの道を歩んだとしても、管理されるよりは自由を選ぶ。宮崎駿の『風の谷のナウシカ』でも、ナウシカはオーマに命じて墓所の主を破壊します。それはナウシカ達にとっては悲劇的な未来を暗示しています。しかし、作者の宮崎氏はそれを悲劇的には描写していません。これも自由意志のためであると解釈できます。我々にとってヘルマンが卑屈で矮小に思えるのは、彼がアラサカに忠誠を誓うコーポ野郎で、自由意志を持っていない人形だからです。でも、それと同時に我々はジョニーのグルーピーになっていやしないか、という批判が常につきまといます(ジョニーに中指を立てたことがありますか?)。自由意志を失った人間の成れの果て、それがヘルマンです。でも、我々がそうならないという保証は、我々が自由意志を持っているかどうか、魂を持っているかどうか、という問題に直結しているのです。その根拠ですか?そう囁くんですよ、私のゴーストが。
有料note読み終えた気分
非情に面白い考察でした 視聴者でここまで考える人は初めて『でも、それと同時に我々はジョニーのグルーピーになっていやしないか、という批判が常につきまといます(ジョニーに中指を立てたことがありますか?)。』という部分で、ジョニーはパンク(反コーポ代表)というイメージが私はどうにも持てなかったんですよねそもそも彼はギャングからミリテクの傭兵になり、アラサカタワーを吹っ飛ばす水爆もミリテクから購入してますゲーム内でも「コーポとその社員」をことごとく批判してますが、昔いたミリテクやバイオテクニカは一切批判してません私が感じたのは、ジョニーが嫌ってるのは「アメリカに乗り込んできた日本企業」であって、メガコーポ全部じゃないんだということ生産を牛耳ってるのは企業なので、ストリートギャングだろうがノーマッドだろうが、会社が全部無くなったら全員野垂れ死ぬだけ 彼もそれくらい分かってるジョニーの価値観は「彼にとって都合の良い正義」というだけ それを当然のように「自由意志って素晴らしいよね」と思い込ませようとするストーリーでもそこに「自由」はあるんか?
ナイトシティを理解する上でアンダースヘルマンという存在は無視出来ない、と言う意図で動画を出したので深く考察していただいて嬉しいです。エヴリンがストリートらしく生きたようにヘルマンはコーポらしく生きているだけです。Vにとってのヘルマンは嫌なやつですが、ヘルマン自身は普通のコーポレートの感性してますね。
@@人食いレッサーパンダ こんな駄文をお読みいただいて誠に恐縮です。私は原作の『2020』もプレイしていない、どちらかというと『シャドウラン』や『メタルヘッド』の方が好きなニワカもいいところで、そこまで真面目に考えているわけではないのです。貴方の指摘は至極真っ当で誠に正鵠を射ており、自分の浅はかさを恥じるばかりです。原作がどのような背景を元にサイバーパンク世界観を構築しているかまでは全くの不勉強なのですが、浅学非才の身で私見を述べる機会をいただけるならば、宗教の問題に当てはめるのが最も簡単でわかりやすいのではないか、と個人的には考えています。ここではアラサカはキリスト教だと仮定してみます。対するジョニーはニーチェやサルトルなどの実存主義者です。歴史的に見るなら、人類は古代から人類を支配していた宗教から脱却し、科学の時代に変遷していきました。資本主義の権化であるアラサカをカトリックの総本山であると仮定するなら、近代までの西洋ではキリスト教以外の価値観は虐げられていました。それに異を唱えたのがアンチクライスト、ニーチェでした。彼はキリスト教を弱者の宗教だと罵り、「心貧しき者は幸いなるかな」という教義をルサンチマンであると批判しました。そして、人類は宗教というゆりかごから立ち上がることができました。帝政ロシアにおいてはロシア正教が農奴を支配し、貴族が搾取していました。羊のように従順な農奴は、貴族に搾取されるために生まれ、そして死んでいくというただのロボットだったのです。現在ではあまり評価されていない共産主義ですが、共産主義が宗教を徹底的に否定するのはそのような歴史的過程があったからなのです。しかし、共産主義が必ずしも正しくなかったように、やはり科学にも当然のことながら批判は存在します。資本主義も共産主義も絶対ではないし、宗教も科学も絶対ではありません。ここで論じられている問題は“相対性”だと考えます。原作は未プレイなので確実なことは申し上げられませんが、ジョニーの行動原理はオルトとの関係によるもので一貫しています。彼がアラサカに喧嘩を売ったのはまぎれもなくオルトのためで、ジョニーの行動のすべてはオルトが最優先でありそれ以外は副産物にすぎないと考えます(確かにジョニーはオルトを手に入れておきながら、結局は手放して、そして後悔し、再びオルトに出会いたいと思っています。この矛盾した構造は、アーサー王伝説の聖杯探索において騎士パーシヴァルが一度は聖杯を手に入れておきながら結局は失い、苦難の末に本当の意味で聖杯を再び手に入れる“聖杯構造”と似通っています)。ジョニーの行動原理は“理由なき反抗”、それそのものだと思えます。だから、我々には彼が支離滅裂でカオスの申し子のように思えるのです。彼の存在は不条理そのもので、まるでアンチクライストです。その対比となるのが、効率的なシステムとして完成されたアラサカなのでしょう。“超”個人と“超”組織、個と全体、0と1。この二項対立から類推できることは、2077年のアラサカはすべてにおいて完成しきっているということであると考えます。ジョニーの支離滅裂さは、翻ってアラサカの完成度を反映しているのではないでしょうか。ジョニーは『サイバーパンク2077』において、プレイヤーである“V”の影として創造されたキャラクターであると考えます。彼はことあるごとに“V”につきまとい、批判し、悪態をつき、皮肉り、茶化し、そして寄り添ってくれます。これは明らかに旧約聖書におけるサタンがモチーフであると考えます。サタン、ヘブライ語で「反対する者」を意味するこの悪魔は、ユダヤ教においては至高の天使であり、同時に神の子であるイエス・キリストを試す役割を与えられた唯一の存在です。つまり、彼はユング心理学におけるシャドウで、もう一人の自分なのです。我々は善行を為せば偽善を感じ、悪行を為せば罪悪を感じる、常に自分自身をもう一つの視点から見ているはずで、それはサタンの成せる業なのです。人助けをすればなじられ、タケムラとイチャイチャすると嫉妬され、持ち上げると調子に乗り、それでいていつも一緒にいてくれる…しかも顔と尻がキアヌという、この…。そして、キアヌは『マトリックス』において人間と機械の双方に福音をもたらした救世主でもあります…ああもう。システムとして完成されたアサラカを嫌悪し、不条理そのものであるジョニーに魅力を感じる、それは我々の罪業そのものなのかもしれませんね…。 相反するものなしに進歩はない。 牽引と反発、理性と活力、愛と憎しみが、人間の存在には必要である。 これらの相反するものから宗教的な人々の善悪と呼ぶものが生じる。 善は理性に従う受動的なものである悪は活力から生じる能動的なものである。 対立が真の友情である。18世紀において最も重要な詩人であるウィリアム・ブレイクは『天国と地獄の結婚』において、このように歌っています。彼の登場によって善だとか悪だとか、秩序だとか混沌だとか、宗教だとか科学だとか、資本主義だとか共産主義だとか、クラシックだとかロックだとか、たけのこだとかきのこだとかといった争いはなくなり、両義的な解釈が可能になったといってもいいでしょう。貴方はジョニーを立派に批判し、ジョニーという“蛇(旧約聖書においてはサタンは蛇といわれています)”に飲まれず、彼の誘惑に打ち勝った、聖者の試練に耐えたといえます。素晴らしい!ジョニーがパシフィカの空を指差してあれを見ろといってもそこには何もないし、彼がアラサカを倒したい理由を説明してもらってもエントロピーがどうのとよくわからない。でもどうして、彼の言葉を無視できないのでしょう。ここでいえるのは、「我々は幼児性を愛するのではないか?」という批判が存在するのではないでしょうか。ここでいう幼児性とは発展性、成長性のことです。ジョニーのようにいつまでも赤ん坊じみているのも嫌だし、だからといってアラサカ絶対至上主義に染まりたくもない。永遠に“成長し続けていたい”という願望そのものが、この悪夢の源泉なのではないでしょうか。“でもそこに「自由」はあるんか?”単純にして明快、されど難解にして深遠、この問いに答えられる賢者はこの世には存在しないことだけは断言できます。「普遍的真実は実在すると思うか?それとも精神的概念にすぎないか?」『ウィッチャー3』におけるゲラルトの問いに明確な答えは返ってきません。普遍的真実が目の前にあっても我々がそれを知覚認識できなければ存在しないのと同義であるし、知覚認識できないからといって存在しないとは限らないといえば「では神は存在するのか?」という問いにも答えられなくなります。ここで一つだけはっきりとお答えできることがあります。それは、CD PROJEKT REDの脚本力ははっきりいって当代最高レベルで、無数に存在する選択肢のバリエーションの数だけそこに自由があります。自由とは、「一つとして同じ選択肢だけを選ぶプレイヤーは存在しない、多様性こそが自由である、完成は進化の袋小路を意味し、進化の執着地点は自滅である、プレイヤーの数だけ自由がある」ということだと思います。最後にこの言葉を捧げてこの駄文を終わりにしたいと思います。 “汝の欲するところを為せ。それが汝の法とならん” ―アレイスター・クロウリー『法の書』
@@ichro_kanamori いつも楽しく拝見させていただいております。差し出がましい文章で大変申し訳ありません。『サイバーパンク2077』はロックスターゲームスの『GTA』の対抗馬の最有力候補として鳴り物入りで発売されたにも関わらず、悲運に見舞われて初動でつまずいてしまった悲劇の作品で悲しいです。『サイバーパンク』の世界観を解説している動画は少ないので大変有り難いです。2023年のDLCに向けてプレイヤー人口がもっともっと増えてくれれば嬉しいです。そのためにもいちろうさんを応援しております。エヴリンの末路はあまりにも悲しいものでした。私はジュディがレズなせいかどうしても『ウィッチャー3』のシリとリンクしてしまって、シリの恋人が無惨な目に遭ったようでジュディに同情してしまいます。私はCD PRJEKT REDのシナリオが好きで、『ウィッチャー3』のゲラルトの皮肉に対する各キャラクターの痛烈な応酬も大好きです。ヘルマンも企業の人間ですが、それなりに修羅場をくぐり抜けてきて骨太な価値観を持ってますよね。面白い動画をいつもありがとうございます。これからも応援しております。がんばってください。
34:26 蘇ったとしてもアダムスマッシャーみたいな扱いされそうだしなぁ
分離したあともジョニーの声が聞こえてるんでアラサカにとっては生かす価値よりリスクの方が大きそう。なんで蘇る前に荒坂に消されると思ってますねー
@@ichro_kanamori まあ、Vがサイコにならないのはジョニーがいるからなんて考察もあったからなぁ...もし居なくなって傭兵は続けられないだろうなぁ
あーヨリノブの電話の相手かぁ~ 自分がVとしていつヘルマンのことを調べたのか覚えてなかった(笑)アタマワル
誰しもが通る道😑
😉😉😉
いつもサイバーパンク2077の考察ありがとうございます、本当に改めてみてもヘルマンは嫌みなキャラです、ぶん殴りたいです。確かに今のところVのエンド全てにおいていいエンドではないですね……、来年ある追加有利ダウンロードシナリオのリバティと続編でもあるオリオンで追加としてもっといいエンディング迎えられるエンディング欲しいですね………、これでは報われないです。
個人的には太陽エンドと星エンドは寿命が来る前に延命手段見つけられるんだろうなーって思ってました
太陽はMr.ブルーアイズ絡みなので長生きは無理じゃないですかね 星で可能性があるかな?程度
悪魔ルートのメインヒロインやめろ
300時間ほどプレイしましたが、結局なんでいったん死んで蘇ったらジョニーに取りつかれたのかといった基本的なところからわかってなかったんですが、こういうことだったんですね。ただ、盗んだ生体チップにジョニーが入ってたのはなんでなんですかね。ま、プレーヤーとしては、とにかくVはこのままだと死ぬということだけわかってればとりあえず話の骨格は理解できるということで、この辺りのことは読みたい人だけジャーナルで読んでくださいということなのですかね。
ジョニーはブラックウォールの向こう側に居るオルトと接触するための鍵として使われてます。このゲームは寄り道しないと分からないことはかなり多いですね
本当にタケムラは悪魔エンドにおける唯一の癒し…もう見たくないですが笑
26:35「分かりませんが言えない大人」←ここほんとに的を得てて笑ったw
ハナコ無言の凝視も好き
自分はヘルマンのこと好きですけどね。
確かに自分のことしか考えてないですけど、Vに対する診断や交渉は正直なものでした。
科学者としてはとても優秀で、立ち回りがヘタクソな野心家という
他の主要人物にはいないタイプだと思うんです。なんならVに近いのでは?という気もします。
考え方や行動が短絡的ですが、
他の主要人物みたいに何か信念やら義務感に囚われていないのが
彼の面白いところのように思えます。
そういえばコーポルートで、ヘルマンと車でハナコを迎えに行くシーン、
護衛を攻撃せずコーポ選択肢を選ぶとちょっとした元上司の話が聞けるのと、
ヘルマンの大活躍が見れます。ちょっと面白いです。
ヘルマンはナイトシティでは珍しいタイプですよね
動画と関係ないですが英語音声いいですね
タケムラの発音とか日本人らしさがあってこだわり感じる
分かりますwめっちゃ日本アクセントでいいですよね
考察系の動画全て拝見させていただきました。内容がビックリするくらい濃くて、サイパン3週目突入してしまいました笑
今後も静かに楽しみにさせていただきます。動画投稿お疲れ様です!
ありがとうございます!
これからも投稿していきます!
「わかりませんが言えないタイプの大人」
が好きすぎる。笑ってしまった
良かった☺
てっきりアンケート結果見て
ビルドなんかの攻略中心になるのかと
攻略もいいけど考察好きだったから
どっちもやりますよ〜
タケムラを死なせてしまったよ・・・お互いに自分の生い立ちを伝えたから共感が出来たんだな
まあこっちはローグとソウル達を引き連れてアラサカに爆撃訪問する予定だけど。
タケムラ…惜しい人を亡くした
立場が敵の人間でもタケムラは好きだったし、ハナコも好きとは言わんがある種誠実な人間なので期待や約束を反故にするような真似はしたくなかったけどミスティがブチ切れるので泣く泣くヒャッハーしました・・・。
ヘルマンは人としては糞野郎でも、技術とその進化に対する態度に科学者としての矜持が見える。アラサカや他のコープは彼にとって研究に必要な環境をくれるパトロン。そこに服従するの至極当然。実は結構嫌いじゃない。
悪人の主張する正義を理解すると、為政者側ってだけで、別に嫌いには思わないね
根っからの極悪人って感じじゃないですもんね
悪魔エンドはタケムラ生存の方はまだ胸糞感が減る…
タケムラが死んでるとヘルマンのなんだこいつ感が増す
ジャッキー→診療所&タケムラ死亡のハナコルートがすごく胸糞
動画との関係薄くて恐縮だけど悪魔エンドでⅤの魂が神輿行きルート時のタケムラいいよね
アラサカに魂を売ることの重大さを十分すぎるほど理解したVやプレイヤーとの妙な温度差というか
Vとの信頼は築きつつ、それでいてアラサカの忠臣であるからこそのあのVへの、悪意の嘘は無いとは分かるがどこかドライな別れの挨拶
動画にもあるヘルマンとの会話も併せて味方0の孤独と絶望を感じる
SCP財団のアイテム解説文書読んでるような気分になった…
あそこでも上位10個に入るくらいおぞましい方の話だな
英語版だとちゃんとアクセントがあって面白い
人格チップに人格を移して、新しい身体を貰うのが適切な処置な気もするがアラサカが、Vをそこまでして生かす価値もないと思われてるのが痛いところだな。エンディングの選択肢としてそう言う可能性も合ったらそれはそれで面白そうだけど。
ハナコじゃなくてヨリノブと協力すればそんな未来があったのかもしれない(無かった)
ヨリノブから見ればVはレリックを奪った一味だし生かす必要も価値も無いでしょう。そもそも頭を撃たれてレリックに神経を乗っ取られ始めてる時点で未来はどう足掻いても無いでしょうな。
可能性としてはVを人格コンストラクト化して他の人間の身体に意識を写し変える事だけど、人格チップをつけてる人間をソウルキラーで人格コンストラクト化できるのかも不明だし、もし出来るならVの身体をシルバーハンドにあげて他の身体で無理矢理にでも人格コンストラクト化して他の身体で生きるしか方法は思い付かないけどそんな多分サイバーパンクの中でも超最先端テクノロジーアラサカでしか出来ないだろうから現実味がかなり薄いけど、そう言うミッションがあったりしても面白かったなぁ。超高難易度の隠しエンドとかで実装希望(笑)
タケムラ生存させるとかなり影が薄くなるよね
ほんとそれ👆
俺のタケムラは死んじゃったがタケムラは良い奴ってことが分かってよかった
タケムラはいいやつ。間違いない
タケムラは変に真面目なのとユーモアのセンスがヒドイ時あるのが良い
基本的にはいいやつだし
わかりませんが言えないタイプの大人で笑ったw
実際ヘルマンに運転させるの謎。ハナコのコマが少なすぎる
移動中に襲われたらヘルマンの運転じゃ絶対逃げられない気がするしリスク管理が甘めかも
プレイヤーは“V”とは別人格であったはずなのに、いつの間にか感情移入し、そして没入してしまい、最後には完全に自己投影してしまっている。あたかもコンストラクトに乗っ取られるように。
新潮文庫シェイクスピア『ハムレット』翻訳者福田恆存の解説では、舞台演出家でもある福田氏の演劇論が説明されていますが、そこでは「観客は主役の演技を見ているのではなく、主役と一緒になって演じているのだ」と説明されています。
ヘルマンの演技は、明らかにアラサカ=コーポへの懐疑と不信を演出しています。それは、ジョニーのセリフとの対比になっています。
プレイヤーは、『サイバーパンク』の世界への没入感が高まる…つまり、ジョニー度が高まるほどに、(皮肉にも)このクソッタレな世界に次第々々に居続けたいと思うようになります。
『サイバーパンク』の世界観は、明確にディストピアとして描かれています。誰もこんな世界は望まない、そのはずなのになぜかこの世界で永遠に遊んでいたい、そんな気分にさせられます。
『サイバーパンク』の世界に救いはありません(あるように思えているのなら錯覚にすぎません)。あるがままを受け入れるしかない、不条理を認めるしかない、そんなシーシュポスの神話が存在するだけです。
ナイトシティは巨大な肥溜めで、そこに生きる住民はその糞山にたかるウジ虫です。でも、考えてみてください。ウジ虫にとっては、そこは天国なのではないでしょうか。我々にとってはディストピアですが、彼らにとってはユートピアです。ディストピアはユートピアの対義語ではありません、類義語なのです。
ここで質問させていただきたいのですが、なぜそんな肥溜めのウジ虫に自己投影してしまうんです?なぜ『サイバーパンク』のような勧善懲悪の存在しない、汚穢に満ち満ちた最低最悪の世界で生きようと思ってしまうんです?
理由は簡単です。戦うべき敵がいる。反抗すべき体制がある。壊すべき世界がある。生きるべき道がある。それが『サイバーパンク』の優れたシナリオ性だからです。ウジ虫は「なぜ自分はこんな糞溜めの中で生きているんだろう?」と自問したりしませんよね?
ナイトシティ…いや、世界は最早コーポの管理なしでは成立しない段階に入っています。そして、企業が力を持てば持つほど人間性は失われ、個人は部品化されていきます。それに立ち向かうのがパンクなのです。
ジュディのシナリオでは、クラウドの支配権を巡って争います。ジュディの望むがままに従うなら、秩序の崩壊が待っています。だからといって、マイコに加担するなら結局はコーポのように強者に屈するだけです。どちらの道を選んでもいいが、その先には不条理が待っている。その基本コンセプトには変わりありません。
部品化されるか、それともパンクするか、どちらに人間性は宿っているか?という問題です。そして、それを決めるのは他の誰でもなく自分自身です。なぜって、自分が本当に人間なのかどうかは自分にしかわからないからです(たとえそれが人間のフリであっても、ね)。
ヘルマンは確かにアラサカのコーポ野郎で、鼻持ちならない人間です。彼はアラサカ・サブロウの忠実なる下僕で、サブロウの野心のために生きている自我のないロボットです。
しかし、アラサカの影響力が衰えれば企業戦争は加速し、世界は群雄割拠の封建社会に逆戻りすることも確かです。そういう意味では、ヘルマンはそのための人柱で、自分を犠牲にして世界を支えているともいえます。このクソまみれのクソッタレな世界を救うためにね。
私の好きな作品に『ロードス島戦記』という小説があります。アレクラスト大陸の南にある呪われた島ロードスでは、灰色の魔女カーラがロードスの命運を弄んでいます。彼女は大量絶滅を回避するため、ロードスの歴史の影で密かに暗躍し、善と悪のバランスを保とうと画策しています。
ロードスの自由騎士パーンは、カーラの野望を阻止するために彼女を追い詰め、最後にはロードスを彼女の管理下から解放し、ロードスの自由と未来を手に入れます。
ここで問題が生じます。カーラという管理人を失ったロードスという島は、最早未曾有の危機に直面してもそれを回避することはできないでしょう。船長のいない船と同じで、いつ難破してもおかしくない状況なのです。しかし、我々はそれを望んでいます。それは自由意志のためなのです。たとえ滅びの道を歩んだとしても、管理されるよりは自由を選ぶ。
宮崎駿の『風の谷のナウシカ』でも、ナウシカはオーマに命じて墓所の主を破壊します。それはナウシカ達にとっては悲劇的な未来を暗示しています。しかし、作者の宮崎氏はそれを悲劇的には描写していません。これも自由意志のためであると解釈できます。
我々にとってヘルマンが卑屈で矮小に思えるのは、彼がアラサカに忠誠を誓うコーポ野郎で、自由意志を持っていない人形だからです。でも、それと同時に我々はジョニーのグルーピーになっていやしないか、という批判が常につきまといます(ジョニーに中指を立てたことがありますか?)。
自由意志を失った人間の成れの果て、それがヘルマンです。でも、我々がそうならないという保証は、我々が自由意志を持っているかどうか、魂を持っているかどうか、という問題に直結しているのです。
その根拠ですか?そう囁くんですよ、私のゴーストが。
有料note読み終えた気分
非情に面白い考察でした 視聴者でここまで考える人は初めて
『でも、それと同時に我々はジョニーのグルーピーになっていやしないか、という批判が常につきまといます(ジョニーに中指を立てたことがありますか?)。』という部分で、ジョニーはパンク(反コーポ代表)というイメージが私はどうにも持てなかったんですよね
そもそも彼はギャングからミリテクの傭兵になり、アラサカタワーを吹っ飛ばす水爆もミリテクから購入してます
ゲーム内でも「コーポとその社員」をことごとく批判してますが、昔いたミリテクやバイオテクニカは一切批判してません
私が感じたのは、ジョニーが嫌ってるのは「アメリカに乗り込んできた日本企業」であって、メガコーポ全部じゃないんだということ
生産を牛耳ってるのは企業なので、ストリートギャングだろうがノーマッドだろうが、会社が全部無くなったら全員野垂れ死ぬだけ 彼もそれくらい分かってる
ジョニーの価値観は「彼にとって都合の良い正義」というだけ それを当然のように「自由意志って素晴らしいよね」と思い込ませようとするストーリー
でもそこに「自由」はあるんか?
ナイトシティを理解する上でアンダースヘルマンという存在は無視出来ない、と言う意図で動画を出したので深く考察していただいて嬉しいです。
エヴリンがストリートらしく生きたようにヘルマンはコーポらしく生きているだけです。
Vにとってのヘルマンは嫌なやつですが、ヘルマン自身は普通のコーポレートの感性してますね。
@@人食いレッサーパンダ
こんな駄文をお読みいただいて誠に恐縮です。私は原作の『2020』もプレイしていない、どちらかというと『シャドウラン』や『メタルヘッド』の方が好きなニワカもいいところで、そこまで真面目に考えているわけではないのです。
貴方の指摘は至極真っ当で誠に正鵠を射ており、自分の浅はかさを恥じるばかりです。
原作がどのような背景を元にサイバーパンク世界観を構築しているかまでは全くの不勉強なのですが、浅学非才の身で私見を述べる機会をいただけるならば、宗教の問題に当てはめるのが最も簡単でわかりやすいのではないか、と個人的には考えています。
ここではアラサカはキリスト教だと仮定してみます。対するジョニーはニーチェやサルトルなどの実存主義者です。
歴史的に見るなら、人類は古代から人類を支配していた宗教から脱却し、科学の時代に変遷していきました。
資本主義の権化であるアラサカをカトリックの総本山であると仮定するなら、近代までの西洋ではキリスト教以外の価値観は虐げられていました。それに異を唱えたのがアンチクライスト、ニーチェでした。彼はキリスト教を弱者の宗教だと罵り、「心貧しき者は幸いなるかな」という教義をルサンチマンであると批判しました。そして、人類は宗教というゆりかごから立ち上がることができました。
帝政ロシアにおいてはロシア正教が農奴を支配し、貴族が搾取していました。羊のように従順な農奴は、貴族に搾取されるために生まれ、そして死んでいくというただのロボットだったのです。現在ではあまり評価されていない共産主義ですが、共産主義が宗教を徹底的に否定するのはそのような歴史的過程があったからなのです。
しかし、共産主義が必ずしも正しくなかったように、やはり科学にも当然のことながら批判は存在します。資本主義も共産主義も絶対ではないし、宗教も科学も絶対ではありません。ここで論じられている問題は“相対性”だと考えます。
原作は未プレイなので確実なことは申し上げられませんが、ジョニーの行動原理はオルトとの関係によるもので一貫しています。彼がアラサカに喧嘩を売ったのはまぎれもなくオルトのためで、ジョニーの行動のすべてはオルトが最優先でありそれ以外は副産物にすぎないと考えます(確かにジョニーはオルトを手に入れておきながら、結局は手放して、そして後悔し、再びオルトに出会いたいと思っています。この矛盾した構造は、アーサー王伝説の聖杯探索において騎士パーシヴァルが一度は聖杯を手に入れておきながら結局は失い、苦難の末に本当の意味で聖杯を再び手に入れる“聖杯構造”と似通っています)。
ジョニーの行動原理は“理由なき反抗”、それそのものだと思えます。だから、我々には彼が支離滅裂でカオスの申し子のように思えるのです。彼の存在は不条理そのもので、まるでアンチクライストです。その対比となるのが、効率的なシステムとして完成されたアラサカなのでしょう。“超”個人と“超”組織、個と全体、0と1。この二項対立から類推できることは、2077年のアラサカはすべてにおいて完成しきっているということであると考えます。ジョニーの支離滅裂さは、翻ってアラサカの完成度を反映しているのではないでしょうか。
ジョニーは『サイバーパンク2077』において、プレイヤーである“V”の影として創造されたキャラクターであると考えます。彼はことあるごとに“V”につきまとい、批判し、悪態をつき、皮肉り、茶化し、そして寄り添ってくれます。これは明らかに旧約聖書におけるサタンがモチーフであると考えます。サタン、ヘブライ語で「反対する者」を意味するこの悪魔は、ユダヤ教においては至高の天使であり、同時に神の子であるイエス・キリストを試す役割を与えられた唯一の存在です。
つまり、彼はユング心理学におけるシャドウで、もう一人の自分なのです。我々は善行を為せば偽善を感じ、悪行を為せば罪悪を感じる、常に自分自身をもう一つの視点から見ているはずで、それはサタンの成せる業なのです。人助けをすればなじられ、タケムラとイチャイチャすると嫉妬され、持ち上げると調子に乗り、それでいていつも一緒にいてくれる…しかも顔と尻がキアヌという、この…。そして、キアヌは『マトリックス』において人間と機械の双方に福音をもたらした救世主でもあります…ああもう。
システムとして完成されたアサラカを嫌悪し、不条理そのものであるジョニーに魅力を感じる、それは我々の罪業そのものなのかもしれませんね…。
相反するものなしに進歩はない。
牽引と反発、理性と活力、愛と憎しみが、人間の存在には必要である。
これらの相反するものから宗教的な人々の善悪と呼ぶものが生じる。
善は理性に従う受動的なものである悪は活力から生じる能動的なものである。
対立が真の友情である。
18世紀において最も重要な詩人であるウィリアム・ブレイクは『天国と地獄の結婚』において、このように歌っています。彼の登場によって善だとか悪だとか、秩序だとか混沌だとか、宗教だとか科学だとか、資本主義だとか共産主義だとか、クラシックだとかロックだとか、たけのこだとかきのこだとかといった争いはなくなり、両義的な解釈が可能になったといってもいいでしょう。
貴方はジョニーを立派に批判し、ジョニーという“蛇(旧約聖書においてはサタンは蛇といわれています)”に飲まれず、彼の誘惑に打ち勝った、聖者の試練に耐えたといえます。素晴らしい!
ジョニーがパシフィカの空を指差してあれを見ろといってもそこには何もないし、彼がアラサカを倒したい理由を説明してもらってもエントロピーがどうのとよくわからない。でもどうして、彼の言葉を無視できないのでしょう。
ここでいえるのは、「我々は幼児性を愛するのではないか?」という批判が存在するのではないでしょうか。ここでいう幼児性とは発展性、成長性のことです。ジョニーのようにいつまでも赤ん坊じみているのも嫌だし、だからといってアラサカ絶対至上主義に染まりたくもない。永遠に“成長し続けていたい”という願望そのものが、この悪夢の源泉なのではないでしょうか。
“でもそこに「自由」はあるんか?”
単純にして明快、されど難解にして深遠、この問いに答えられる賢者はこの世には存在しないことだけは断言できます。
「普遍的真実は実在すると思うか?それとも精神的概念にすぎないか?」『ウィッチャー3』におけるゲラルトの問いに明確な答えは返ってきません。普遍的真実が目の前にあっても我々がそれを知覚認識できなければ存在しないのと同義であるし、知覚認識できないからといって存在しないとは限らないといえば「では神は存在するのか?」という問いにも答えられなくなります。
ここで一つだけはっきりとお答えできることがあります。それは、CD PROJEKT REDの脚本力ははっきりいって当代最高レベルで、無数に存在する選択肢のバリエーションの数だけそこに自由があります。自由とは、「一つとして同じ選択肢だけを選ぶプレイヤーは存在しない、多様性こそが自由である、完成は進化の袋小路を意味し、進化の執着地点は自滅である、プレイヤーの数だけ自由がある」ということだと思います。
最後にこの言葉を捧げてこの駄文を終わりにしたいと思います。
“汝の欲するところを為せ。それが汝の法とならん”
―アレイスター・クロウリー『法の書』
@@ichro_kanamori
いつも楽しく拝見させていただいております。差し出がましい文章で大変申し訳ありません。
『サイバーパンク2077』はロックスターゲームスの『GTA』の対抗馬の最有力候補として鳴り物入りで発売されたにも関わらず、悲運に見舞われて初動でつまずいてしまった悲劇の作品で悲しいです。
『サイバーパンク』の世界観を解説している動画は少ないので大変有り難いです。2023年のDLCに向けてプレイヤー人口がもっともっと増えてくれれば嬉しいです。そのためにもいちろうさんを応援しております。
エヴリンの末路はあまりにも悲しいものでした。私はジュディがレズなせいかどうしても『ウィッチャー3』のシリとリンクしてしまって、シリの恋人が無惨な目に遭ったようでジュディに同情してしまいます。
私はCD PRJEKT REDのシナリオが好きで、『ウィッチャー3』のゲラルトの皮肉に対する各キャラクターの痛烈な応酬も大好きです。ヘルマンも企業の人間ですが、それなりに修羅場をくぐり抜けてきて骨太な価値観を持ってますよね。
面白い動画をいつもありがとうございます。これからも応援しております。がんばってください。
34:26 蘇ったとしてもアダムスマッシャーみたいな扱いされそうだしなぁ
分離したあともジョニーの声が聞こえてるんでアラサカにとっては生かす価値よりリスクの方が大きそう。
なんで蘇る前に荒坂に消されると思ってますねー
@@ichro_kanamori まあ、Vがサイコにならないのはジョニーがいるからなんて考察もあったからなぁ...もし居なくなって傭兵は続けられないだろうなぁ
あーヨリノブの電話の相手かぁ~ 自分がVとしていつヘルマンのことを調べたのか覚えてなかった(笑)アタマワル
誰しもが通る道😑
😉😉😉
いつもサイバーパンク2077の考察ありがとうございます、本当に改めてみてもヘルマンは嫌みなキャラです、ぶん殴りたいです。
確かに今のところVのエンド全てにおいていいエンドではないですね……、来年ある追加有利ダウンロードシナリオのリバティと続編でもあるオリオンで追加としてもっといいエンディング迎えられるエンディング欲しいですね………、これでは報われないです。
個人的には太陽エンドと星エンドは寿命が来る前に延命手段見つけられるんだろうなーって思ってました
太陽はMr.ブルーアイズ絡みなので長生きは無理じゃないですかね 星で可能性があるかな?程度
悪魔ルートのメインヒロインやめろ
300時間ほどプレイしましたが、結局なんでいったん死んで蘇ったらジョニーに取りつかれたのかといった基本的なところからわかってなかったんですが、こういうことだったんですね。ただ、盗んだ生体チップにジョニーが入ってたのはなんでなんですかね。
ま、プレーヤーとしては、とにかくVはこのままだと死ぬということだけわかってればとりあえず話の骨格は理解できるということで、この辺りのことは読みたい人だけジャーナルで読んでくださいということなのですかね。
ジョニーはブラックウォールの向こう側に居るオルトと接触するための鍵として使われてます。
このゲームは寄り道しないと分からないことはかなり多いですね