Размер видео: 1280 X 720853 X 480640 X 360
Показать панель управления
Автовоспроизведение
Автоповтор
大道塾の北斗旗では、他流派である日神会の平岡選手が掌底フックでKOの山を築き、階級別では優勝もされてましたね。スーパーセーフ超しで効かせるんだから、相当な威力があったのだと思います。堀辺先生も大道塾のファンだったと聞いた事があります。僕が最初に「骨法スゲー!」と思ったのは、昔々ジャッキーチェンが流行っていた頃、骨法が中国武術(台湾か、中国本土の)の演武会に招かれて、堀部先生がフックキックで弟子の顔面を蹴り、鼻血ブーになった場面を放映した番組です。あれは衝撃的でした。
コメントありがとうございます😊そんな映像があったんですか!😳堀辺先生が大道塾のファンやったのも初めて聞きました!素晴らしい情報ありがとうございます!
昭和骨法は喧嘩と云うよりどちらかと云うと対打撃格闘技用といった体系でしたね。間合いも手合いに適した蹴り技を作り上げていたものの離合いでの闘い方もかなり意識してましたし。でも堀辺先生自身、大東流合気柔術にも精通してましたからどのみち手合い中心の闘いに進むのは当然だったんでしょうね。
コメントありがとうございます😊蹴りは手合い、離合いどちらもいける技が多かったですね。あの当時でも合気柔術的な感じの関節技ありましたもんね。
ホント骨法好きですね! 私もですが (笑)私は堀辺先生が何をしたか?という部分ではなく、堀辺先生が何を考えていたか?どんな人だったかを見ていますそこを見れば間違いなく純粋に武道が好きでずっと武道とは何か?と考えていた方だと思うんですねそこを学んで継承していけばいいと思っています古人の跡を求めず、古人の求めしところを求めよっていう部分でいいのではないかと思っておりますそこを見せてくれた武道の先生として自分にとっては十分に立派な先生だったと思っています
コメントありがとうございます😊もちろん骨法大好きです!しかし勇次郎さんはかつて骨法を学んでいた方なのでやはりどんなにボクが骨法を語ったところで経験されてた方には敵いません。また勇次郎さんはボクと違った目線で見られているのでこう言う見方もあるのかと感じさせられました。
「打倒ムエタイ」こっちの方向性で行って欲しかったって言うのが僕の希望でした😭第一期では蹴り技が豊富でしたが、「離合い」から「手合い」に持ち込むには蹴り技は豊富な方が持ち込みやすいと思います❗骨法の「掌握」を生かした戦略を生かす為にも「離合い」での蹴りを磨いた方がイイなぁって言うのが交流会を通しての、今の自分の考えです…、失礼しました🙇
コメントありがとうございます😊離合いからの蹴りから手合いの間合いに入る戦法ですか!松原さんの体験は貴重な物になったと思います。我々の様ななんちゃってコッパーにとってはそういう体験は大事ですよね。
もし当時の骨法のままいっていたら… 私もそれを強く切望しておりました 他流派の戦いを意識してるのってフルコンタクト空手くらいでしたね昔は…あ、グレイシー柔術は別としてですが ボクシングもキックも柔道、レスリングも他流に対向する技術ではそもそもないため、それを目指してしまうとオリジナルがどんどん変化して、やがて総合格闘技寄りの形になっていくんだと思います 元々骨法は路上の戦いを意識した技術で、寝て行うものではなかったですよね
コメントありがとうございます😊当時のままの骨法が今でもあれば骨法の流れは大きく変わっていたかも知れませんね。当時の骨法は路上はもちろんですが他の方がコメントしていただいていた様に対打撃格闘技用でもあったと思います。当時からある意味骨法は格闘技界の異端児ですね。
好きか 嫌いか はっきりさせろ 遊びか 本気か はっきりさせろ
コメントありがとうございます😊好きで本気ですねはっきりさせました👍
当時ムエタイに勝てたとしたら達人系伝統武術を除けば北斗旗で活躍した「体術」かなと思います。鍋島さん率いる体術の方達は今はどうしてるのか…。骨法のベースである伝統詠春拳は現代格闘技に苦戦しているようですが、葉問門弟だった梁挺の弟子エミン氏のエブマス詠春拳はムエタイを制しているらしく、私も実際にエブマス系のジェイスジムのインストラクターが180cm位のキック生を一方的にボコっているのを見ましたので堀辺先生もエブマスを研究すれば打倒ムエタイに近づけたと思われます。
コメントありがとうございます😊体術気になって少しですがググりました。しかしあまり情報が出てこなかったです。仰る様に北斗旗の初期から参戦してた様ですね。最初は白道着やったのが後に黒道着で出てたそうですね。観たかったです😀
大道塾の北斗旗では、他流派である日神会の平岡選手が掌底フックでKOの山を築き、階級別では優勝もされてましたね。スーパーセーフ超しで効かせるんだから、相当な威力があったのだと思います。堀辺先生も大道塾のファンだったと聞いた事があります。僕が最初に「骨法スゲー!」と思ったのは、昔々ジャッキーチェンが流行っていた頃、骨法が中国武術(台湾か、中国本土の)の演武会に招かれて、堀部先生がフックキックで弟子の顔面を蹴り、鼻血ブーになった場面を放映した番組です。あれは衝撃的でした。
コメントありがとうございます😊
そんな映像があったんですか!😳
堀辺先生が大道塾のファンやったのも初めて聞きました!
素晴らしい情報ありがとうございます!
昭和骨法は喧嘩と云うよりどちらかと云うと対打撃格闘技用といった体系でしたね。
間合いも手合いに適した蹴り技を作り上げていたものの離合いでの闘い方もかなり意識してましたし。
でも堀辺先生自身、大東流合気柔術にも精通してましたからどのみち手合い中心の闘いに進むのは当然だったんでしょうね。
コメントありがとうございます😊
蹴りは手合い、離合いどちらもいける技が多かったですね。
あの当時でも合気柔術的な感じの関節技ありましたもんね。
ホント骨法好きですね! 私もですが (笑)
私は堀辺先生が何をしたか?という部分ではなく、堀辺先生が何を考えていたか?どんな人だったかを見ています
そこを見れば間違いなく純粋に武道が好きでずっと武道とは何か?と考えていた方だと思うんですね
そこを学んで継承していけばいいと思っています
古人の跡を求めず、古人の求めしところを求めよ
っていう部分でいいのではないかと思っております
そこを見せてくれた武道の先生として自分にとっては十分に立派な先生だったと思っています
コメントありがとうございます😊
もちろん骨法大好きです!
しかし勇次郎さんはかつて骨法を学んでいた方なのでやはりどんなにボクが骨法を語ったところで経験されてた方には敵いません。
また勇次郎さんはボクと違った目線で見られているのでこう言う見方もあるのかと感じさせられました。
「打倒ムエタイ」こっちの方向性で行って欲しかったって言うのが僕の希望でした😭
第一期では蹴り技が豊富でしたが、「離合い」から「手合い」に持ち込むには蹴り技は豊富な方が持ち込みやすいと思います❗
骨法の「掌握」を生かした戦略を生かす為にも「離合い」での蹴りを磨いた方がイイなぁって言うのが交流会を通しての、今の自分の考えです…、失礼しました🙇
コメントありがとうございます😊
離合いからの蹴りから手合いの間合いに入る戦法ですか!
松原さんの体験は貴重な物になったと思います。
我々の様ななんちゃってコッパーにとってはそういう体験は大事ですよね。
もし当時の骨法のままいっていたら… 私もそれを強く切望しておりました 他流派の戦いを意識してるのってフルコンタクト空手くらいでしたね昔は…あ、グレイシー柔術は別としてですが ボクシングもキックも柔道、レスリングも他流に対向する技術ではそもそもないため、それを目指してしまうとオリジナルがどんどん変化して、やがて総合格闘技寄りの形になっていくんだと思います 元々骨法は路上の戦いを意識した技術で、寝て行うものではなかったですよね
コメントありがとうございます😊
当時のままの骨法が今でもあれば骨法の流れは大きく変わっていたかも知れませんね。
当時の骨法は路上はもちろんですが他の方がコメントしていただいていた様に対打撃格闘技用でもあったと思います。
当時からある意味骨法は格闘技界の異端児ですね。
好きか 嫌いか はっきりさせろ
遊びか 本気か はっきりさせろ
コメントありがとうございます😊
好きで本気ですね
はっきりさせました👍
当時ムエタイに勝てたとしたら達人系伝統武術を除けば北斗旗で活躍した「体術」かなと思います。
鍋島さん率いる体術の方達は今はどうしてるのか…。
骨法のベースである伝統詠春拳は現代格闘技に苦戦しているようですが、葉問門弟だった梁挺の弟子エミン氏のエブマス詠春拳はムエタイを制しているらしく、私も実際にエブマス系のジェイスジムのインストラクターが180cm位のキック生を一方的にボコっているのを見ましたので堀辺先生もエブマスを研究すれば打倒ムエタイに近づけたと思われます。
コメントありがとうございます😊
体術気になって少しですがググりました。
しかしあまり情報が出てこなかったです。
仰る様に北斗旗の初期から参戦してた様ですね。
最初は白道着やったのが後に黒道着で出てたそうですね。
観たかったです😀