【THE対談】比嘉啓詞さん × 小林拓馬 「キリスト教とカルト問題」エホバ歴20年の脱会者がキリスト教会のカルト化について警告! 2024年6月25日(火)
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- Опубликовано: 22 ноя 2024
- 対談企画「THE対談」! 今回のゲストは「エホバ歴20年の脱会者クリスチャン」比嘉啓詞(ひがけいし)さんです!
比嘉さんは10代から約20年もの間エホバの証人の世界を経験した後に脱会し、クリスチャンとなりました。
そんな比嘉さんは「どんなキリスト教会にもカルト化の危険がある」と警告しています。
異端・カルトに20年以上関わった人だからこそ話せる内容にご期待ください!
★比嘉啓詞さんプロフィール★
1979年 沖縄県那覇市生まれ。
1989年(10歳)から家族でエホバの証人から聖書を教わり始める。
1992年(14歳)からその集会に本格的に交わりはじめ、1995年(16歳)でエホバの証人としてバプテスマを受ける。
2012年(32歳)の時に組織の間違いに気づき脱退を決意。
2015年(35歳)の時に正式に排斥になり、同年7月にプロテスタント教会にて洗礼を受け今日に至る。
現在はエホバの証人から脱退した人々や、その組織の中で悩みを抱えている方々の心のケアなど救済活動にも携わる。
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▼小林拓馬プロフィール
クラウドチャーチ牧仕。1992年長野県生まれ。高校卒業程度認定試験→ 早稲田大学国際教養学部卒。元TBSテレビ報道局政治部記者/news23ディレクター。イスラエル・ハイファ大学のほか、アメリカ、カナダ、韓国、インドネシアにも留学。現在、牧仕業のかたわら、長野県東御市での地域おこしににも携わる。「まったり聖書ラボ」で聖書の話も発信中! ひとりの夫。2児の父。
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※動画内に聖書の言葉が引用されている場合は、特に断りがない限り「聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会」から、著作権法第32条に基づき引用しています。
たくまさん、比嘉さんありがとうございました
初めから最後まで参考になる動画で楽しめました
元モルモンですが、たくまさんが話してた5つの危険な事が原因で離れた経験があります
その後は怖くて特定の教会に集うことはしてませんが、たくまさんのチャンネルや他の方のチャンネルでマインドコントロールから自分自身で抜け出ようとしてます
これからもクリスチャンの発信として楽しみにしてます
小林さんも比嘉さんも元エホバだけあって聖書に詳しい。エホバは伝導も熱心、聖書も詳しい。
輸血反対、霊界なし、地上天国に全ての人間が存在し、死が無い、イエス・キリストを神の代理と認めでない、家族忌避も酷いので異端と言われる理由はある。神観やメシア観が歪曲されてるのが根本的理由。メシアには永遠にたどり着けない、
統一教会は霊感商法、献金、創始者が韓国でメシアと名乗っている、教会の正体隠し、マインドコントロール、反共など異端、カルトと呼ばれる所以?そうは思いませんね。
エホバと統一教会は信者間の問題が真逆ですね。
ある宗教に入らなければ救われないは厳密にはあり得ません。キリスト教に分派があるのは仕方ない、カトリック自体がだらくしてしまいましたから。かと言ってペトロの立場のローマ教皇の立場は確固たるもの。神の摂理てはイエスは亡くなってしまったが復活することでペトロの前に現れその後イエス・キリスト教が出来たのです。霊的な復活です。イエスの精神と神のみ言葉を広める目的です。肉体も復活しないと神の創造本然の人間ではないので苦労する訳です。現代人はほぼ肉欲に負けてますよね、ソドムとゴモラな世界が世界中に拡がってる。所謂グローバリズムです。
聖書は素晴らしい書物です。神様を解き明かす書物ですから。イエス様は旧約聖書も当然読んでおり学問も優秀だったそうです。ユダヤ人は子供の教育に非常に熱心だった。選民教育としての教育もあったしプライドも高かった。アブラハムの血統で間違いなくイエス様もそうです。ユダヤ人の頭の良さはここから来ています。
キリスト教原理主義、根本主義は聖書を歪曲しているのでスライムとある意味一緒、他は受け容れない。しかし政治的には反共、反同性婚、反中絶と賛成する所もある。小林さんも聖書第一主義ですね。祈る事とか、信じる事が大事だと言いますが神様の証たるお話を聞いたことが有りません。
時代的恩恵を私達は受けています(文明の利器、例えばSNSです笑)霊界に置いても今は大分明るくなっているようです。ネットでも霊能者っぽい人が再生数を稼いでいますし、霊的に敏感な方が出没していますが偽物です。本来ローマ教皇が霊的な立場に立ってキリスト教を纏めて欲しかった。ペトロとしての役目を担いイエス様よりペトロに繋がるものは天の父に繋がると言われてますからね。結局、分派が出来てしまうという事は力が無かったと言えます。
既成教会の堕落が表面に
出てくるのも必然です。
神様を信じなければ日々の生活は違ったものになりますが信じるだけで救われるって思い込みは違うと思います。
霊感商法については裁判に任せるしかありません。10年以上前より霊感商法はやっていないのに弁護士連絡会の鬼頭さんエイトマンさんは古いものを引っ張って来て色々こじつけてまだやってる。原告側は弁護士に言い組められ飯の種にされていることさえ気づかない。
共産党は反共の統一教会が死ぬほど怖いのです。解散命令が出たら好きな様に牛耳るでしょうね。これ程叩かれるのは異常、皆さんは何一つ真実を見ていないと思います。 世界がグローバリズム社会になってしまったら日本は中国共産党の一つになりウィグルの様に人権侵害をされるのは間違いないでしょうね。呑気に神様を信じる、心の拠り所などと言ってる場合ではないのです。オンラインも出来なくなりますよ。実際ニコ生がヤラれました。他でもやられてますからね。
共産党が嫌うのは真実と拡散です。神様には勝てないのに人類を利用しているのです。平和は神様と悪のバランスに関係しています。人類歴史は闘争の歴史になのは其れが理由です。自己中心的な人間、国家元首が代表選手です。統一教会は異端でもカルトでもなく正統な血統です。
お金が気になる人は献金の必要の無い所で信仰すればいいことです。
イーロン・マスクがシンギュラリティのなかで日本の精神世界と伝統的な分化に注目! 日本人には何か使命を帯びているところがあるのではと仰ってるようです。日本人のXにもリツイートするぐらいですから。
日本人はバブル期を通してかなり天に貢献していると思います。深くは言いませんが。だから一時的なものだったわけです。ご先祖を救い、未来についての家族の幸せを実行出来るのは統一教会しか有りません。
私は信者ではなく色んな宗教を見ているものです。仏教霊界ではないので調べて見て統一教会が
真理だと考えています。
ご視聴ありがとうございます。比嘉です。こちらこそありがとうございます。
元モルモンの方なんですね。モルモン教も5つの危険な要素が絡んでいるんですね。
モルモン教とエホバの証人に共通するのは、やはりどちらも「自分たちこそ真のキリスト教」だと主張している点ではないでしょうか。
モルモン書が本当に聖典であるならば、他のすべての教会も読まなければならない書物になってしまいますね。
異端スレスレと評される教会に20年近くいて、出てからもマインドコントロールに苦しみました。
自分の息子にはそんな経験をさせたくなくて、「『おかしい』と思うことは、相手が誰であっても『おかしい』と言いなさい」と教えながら育てました。
結果、小学校では先生とよくぶつかって大変でした。特に、自分がリーダーシップ取らないと気が済まないようなタイプの先生とは合わなくて…。
マズイことを教えたかな?と思わないでもなかったですが、彼が成人した今は、あれでよかったと思っています。
どんな教会でもカルト化する恐れがあると、私も実感しています。
聖霊に導かれて聖書を知る姿勢を持ち続けたいです。
発信いただき、感謝します。
ご視聴ありがとうございます。比嘉です。異端から出てこられたんですね!それは出た後も相当ご苦労されたと思います。聖書的視点からおかしいと思うことは互いに意見を尊重し合いながら論じ合うことは健全な信仰を保つ上で重要ではないかと思います。
@@kei-js8bb ありがとうございます。
私自身は、完全な「異端」とまでは思っていませんが、カルト化はしていたと思います。
最近、クラウドチャーチの集会に参加させていただいています。
また、お目にかかれることがあるかと思いますが、よろしくお願いします🙇
比嘉さんの語られた、聖書のいいとこ取りをしてしまう。という言葉にそのとおりだと思います。一つの真理のみを強調しすぎると、イエス・キリストの福音から外れてしまいますね。それは危険です。
対談視聴しました。私がかつて所属していた教団の話も出てきました。脱会後所属教会を模索しましたが、見つからず連れと1日二回の聖書の学び、ネット礼拝をしています。日比野歩み
主ょ~† 全てのことに感謝❤ 神は愛なり❤ ハレルヤ❤ グローリーエンジェルmi❤ 沖縄 ❤
おはようございます🌞沖縄からです。
まだ途中なんですが(通勤中に聞いていたので)セカンドチャンス論と少しにてるなと思いました。
ご視聴ありがとうございます。比嘉です。同じ沖縄からなんですね!ありがとうございます。
そうですね。地獄に行ってもチャンスがあるのがセカンドチャンスですね。エホバの証人は、信じないまま死んでしまっても不義者の復活でチャンスがあるとしているのでその点で似ていると言えるかもしれません。
私は、まだ教会につながる前に自分でネットであれこれ調べていた当時は、セカンドチャンス論にも魅力を感じていました。
結局のところ聖書が何と言っているかがすべてであり、人間には理解できない領域があること、何でもかんでも白黒はっきりつけられないことを認めることも必要なのかもしれないですね。
「歴史的イエスはカルトの指導者だったんですか?」という質問がインターネットにありました。
その回答のひとつは要約すると次のようなものでした。
そうです、実際イエスはカルトの指導者のあらゆる特徴と特徴に当てはまります。初期の弟子たちはカルトの信者でした。
イエス自身はユダヤ教を実践していたとされていますが、彼はより良い方法を知っていると主張し、神からの救いと赦しを望むなら、専門家、つまり当時の律法学者、律法学者、教育を受けた宗教指導者ではなく、彼を信じなければならないと主張しました。
彼の信者はイエスの足跡をたどり、所有物をすべて売り払って貧しい人々に与え、家族や友人よりもイエスを愛し、世界と敵対し、十字架を背負って迫害され、子供や羊のようになり、死に至るまでイエスに従わなければならない、と教わりました。
彼らはイエスの肉を食べたりイエスの血を飲んだりする象徴的行為を儀式として制定しなければなりませんでした。彼らは自分の思いに教祖とは別の教えが入ってこないように努力しなければなりませんでした。さもないと、思想犯罪や罪を犯すことになるかもしれないし、悪魔(目に見えない存在)の怒りの対象になるからです。
以上が、ぼくが見つけたインターネットのやり取りです。
実際、一部のキリスト教神学のテキストなどでは、キリスト教初期のイエスを中心とした宗教活動の時代を「Jesus Cult」と記していたと記憶しています。たしかに、新約聖書を読んでいてそれを示唆するようなところはたくさんありますが、
「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。」
(マタイによる福音書10章37-39節)
などというのはその典型的な例の一つです。
一般的にみれば(キリスト教を外から客観的にみれば)、歴史的イエスの宗教運動は「カルト」である、ということになるんじゃないでしょうか。
ご視聴ありがとうございます。比嘉です。
この点は、カルトをどう定義するかによって見える景色は全く異なるかと思います。
「反社会的な組織」をカルトと定義するならば、1世紀のクリスチャンたちは当時のローマ帝国から危険因子だと見られていたわけで、反社会的(カエサルを神とせずキリストを神とする)ことによってカルトという見方をされていたことは間違いないでしょう。
しかし、それだけだと今日私たちが用いているカルトとはニュアンスがことなるのではないでしょうか。
カルトという言葉そのものがキリスト教用語であり、Wikipediaによると「カルトとは、米国で伝統的に異端的なキリスト教や新宗教に対して使われた言葉である。」とあります。
なので、まずは何をもってカルトという言葉を使うかによってそれが適切なのかどうかを見分ける必要があると考えています。
組織の在り方において、キリストの言動を見倣った結果としてカルト的教会が誕生するのではなく、むしろキリストの言動の本質を見失ってしまった結果がカルトを生み出したと考えるのが妥当ではないかと思います。
もし、比嘉さんがこのコメントを見ていたらお答えしていただきたいのですが、エホバの方はダニエル70週の預言をどのように理解していたのでしょうか?
特に、最後の1週が始まる契機となるダニエル書ダニエル書9章27節についての見解をお聞きしたいです。
また、元エホバの人をクリスチャンに導くためにはどのようなアプローチが効果的だと思われますか?
ご質問ありがとうございます。メシヤの現れるのが西暦1世紀に成就したという計算に関しては、プロテスタントの一般的解釈の仕方とさほど相違はないかと思います。
念のため、以下に彼らの資料からの抜粋を紹介します。
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エルサレムが実際に建て直されるまでに何年の歳月が流れたのでしょうか。その都市の修復は「苦境の時に」成し遂げられることになっていました。ユダヤ人自身の間の難しい問題や,サマリア人などからの反対があったためです。その業は西暦前406年ごろまでに ―「七週」つまり49年が終わるまでに ― 必要とされる程度の完成を見たようです。(ダニエル 9:25)そのあとに六十二週,すなわち434年という期間が続きます。その期間が終了すると,待望のメシアが現われます。西暦前455年を起点として483年(49年プラス434年)を数えると,西暦29年になります。その時にはどんなことがあったでしょうか。福音書筆者のルカはこう告げています。「ティベリウス・カエサルの治世の第十五年,ポンテオ・ピラトがユダヤの総督,ヘロデがガリラヤの地域支配者……であった時……,神の宣言が荒野においてゼカリヤの子ヨハネに臨んだ。それで彼はヨルダン周辺の全地方に来て,罪の許しのための悔い改めの象徴としてのバプテスマを宣べ伝えた」。その時,『民は[メシアを]待ち設けていた』。―ルカ 3:1-3,15。
70番目の週には何が成し遂げられることになっていましたか。ガブリエルの言葉によれば,「七十週」の期間は,「違犯を終結させ,罪を終わらせ,とがの贖いをし,定めのない時に至る義を携え入り,幻と預言者とに証印を押し,聖の聖なる所に油をそそぐため」に定められたものでした。それが成し遂げられるためには,「指導者であるメシア」が死ななければなりません。それはいつ生じるのでしょうか。ガブリエルはこう語りました。「その六十二週の後にメシアは断たれる。自らのためには何も持たないであろう。……彼は多くの者のために一週のあいだ契約の効力を保たねばならない。そして,週の半ばに,彼は犠牲と供え物とを絶えさせる」。(ダニエル 9:26前半,27前半)その決定的な時は「週の半ば」,つまり最後の週年の真ん中に当たります。
” ダニエルの預言に注意を払いなさい 11章 ”より抜粋
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元エホバの証人をクリスチャンに導くアプローチについてですが、これは様々な方法があるので一概には言えませんが、一番は、彼ら自身が間違いに気づいて自ら調べ始めることだと思っています。
今は救出サイトなどもありますから、それが入り口になれる可能性は以前よりも広がっているかと思います。
私の身近では、中川牧師のハーベストタイムが入り口になっているケースが多く見受けられました。
元エホバの証人にとって、近くの教会に通ってみるというのは案外遠道になってしまうかもしれません。
教会全体に対して拒否反応がある状態では教会探しというのは途方もない作業です。
今はネットが充実しているのでありがたいですし、小林さんの動画も元エホバの証人にとっては大変助けになるコンテンツです。
キリスト教会がカルト化するって話は全く共感できないのは、私が行ってる教会の姿とかけ離れているからなのかな。そう言う教会があるのなら悲しいですね。基本的に小林さんが言ってることは共感できないことが多いのは、健康な教会にいるからって理解します。
健康な教会がどのような特徴があるのかも、小林さんの動画で紹介されていますからそれらもご覧になられてみてはいかがでしょうか。
@@kei-js8bb 小林さんのいうことが健康な教会であるという決めつけがもはやカルト化なのでは、、、変な教会は確かにあるでしょうけど、こういう形でそれを流布するのは日本のキリスト教全体に悪影響があると思うんです。
プロテスタント信徒全体が気づいて下さい‼️ カソリック教会1ヶ所が問題起こせばバチカンやカソリック教会全体責任となるのに対し、プロテスタントは無責任すぎる。自分の教会は大丈夫、カルト化、異端教会は自分には関係ない、カルト牧師、教団は被害が出てるのに責任も追求されず野放し。本来プロテスタントで1ヶ所でもカルト教会あれば、一般社会からキリスト教自体の信用を失うことを逆に理解するべきです。可視化時代に隠蔽などできません。
他人事ではない。現実家族から引き離し洗脳依存させ被害に遭っている者が存在してることを知って下さい。
プロテスタント信者全体や牧師全体が繋がり、第三者委員会のようなものを作らなければ、カルト牧師や教会は被害者を増やすだけです。当人達は正しいと思い込んでいる。
牧師同士が庇いあい被害を隠蔽、放置しオカルト牧師の暴走を家族ぐるみで独裁してる教会があるのに警告もなく無放置です。
責任を感じるから小林さんや勇気ある方々が発信してくれている。感謝です。
キリスト者は兄弟姉妹と言いながら他人のようだ。信者である前に人権があるのです。カルト化したオカルト牧師がいつの間にか予言者と変名し詐欺師にしか思えない。何故暴走を止める牧師がいないのか?利権のため弱者をカモに献金集め宗教ビジネスしてる。
このようなカルト牧師を野放しにしている方が一般人は更にキリスト教から離れますよ。キリスト者なら危機感を持ち止めさせて下さい。宗教やるにも責任があるのです。
カルト・・・30年以上前に脱会した「聖書キリスト教会」を思い出す。
やはり本家【教祖】からカルトDNAが引き継がれているのですね。教祖講義動画を視聴したら、他人を蹴落とし孫牧師は天使だと信者に崇めさせ、牧師には権威がありピラミッド組織だとか、いかにも自分達が信者を支配し、羊は自分達の兵士と戦争時のような話をしてたりと、これが牧師の説教かと違和感を持ちました。教祖娘婿(両牧師)の枝教会も、説教が聖書からでなく、息子3世牧師や家族の自慢話ばかりで昔から疑問に。
教祖他界後、その孫3世牧師が海外オカルト予言者に洗脳され、家族ぐるみで宗教ビジネス始め暴走しており、息子が巻き込まれ被害に遭っています。
完全にカルト化です。被害家族が出てるのに彼らは家族から引き離し無視されています。自分達家族の利益しか考えていない。
共同生活させ、情報遮断、洗脳で周りをイエスマンに仕立ており、暴走した3世お坊ちゃま牧師を両親が教義を変えてまで、家族ぐるみでどさ回りし弱者から献金稼ぎしています。
なぜ教団側、兄弟牧師は黙認しているのか、非常に疑問です。【死人が生き返る】【病は全て癒される】と100%だと豪語。精霊派の異言まで加え、海外から危険視されてる【新使徒運動 NAR】と同じ事もしている。
リバイバルだの、全て過去は捨て生まれ変われだの、牧師は権威があるから従えだの、若者を現実から離しお花畑に誘導し奇跡を起こし、師匠からの予言だと陰謀論で脅し、トランプまで支持し信者に刷り込ませています。オームと変わらない。
また医療を否定させ、手かざしで治ると信じ込ませています。
海外カルト、日本カルト教会DNAを信者に感染させ広めています。本当に内部は異常なのです。
意見が自分と違っても、それはもっともだと思える謙遜さは会社などでも適用でしますね。僕の場合は自分が微妙でも相手が感情的になるとその人を受け入れないことがしばしばある。笑
賛美奏者が目立ち過ぎは、笑った😂
教会に交わり始めたころは、賛美についての知識が浅かったのでいろいろと誤解も多かったです。今は賛美について聖書から学んだことによってだいぶ誤解が解けました。
アタシがJWをやめたのは聖書が違うということに気づいたのが発端です。あちらの聖書は新世界訳といって二重訳です。英語の新世界訳から日本語に訳しています。JWの教理では神の名はエホバでイエスは神ではなく、最初の被造物であり、聖霊は人格的なものでなく、神の力なので、異端であることはこれだけでもわかると思います。
アタシはプロテスタント教会の助けを得て教理の置き換えに一年近くかかりました。非常に巧妙に聖書を改竄しているので(詐欺師のように)牧師でも論破出来る方は少ないと感じます。
ご視聴ありがとうございます。比嘉です。元エホバの証人の方からのコメントがいただけるのは嬉しい限りです。
確かに聖書が違いますね。二重訳は確かに問題です。
三位一体と反三位一体に関しては多くの議論が必要ですね。反三位一体といっても、彼らは3世紀から存在しているアリウス主義的解釈に基づいてそれを解いているので、それですら彼ら独自の解釈ではありません。
エホバの証人は三位一体そのものではなく、実は三位一体論について論破しようとしています。三位一体ではなく三位一体論です。そして教会の信徒はこの三位一体論には詳しくありません。
つまり、どのようにして三位一体が正統的解釈として成立するようになったのかの経緯についてです。
その歴史的背景もエホバの証人は論じてきて、「だから三位一体は間違っている」と批判します。その言い分は、何時間でも話し合うことができ、一見正しいようにも思えてしまうので、三位一体に詳しくない教会の一般信徒はエホバの証人と知識的領域においてまともに議論することは、かなり学んだ方でないと非常に難しいのではないかと思います。
Jwをやめたらダメですよ。
それが人類の最後の希望ですよ。
セプアストロレギオン(検索)
「正」
三位一体が聖書的で正しいと信じる聖句を教えてくだされば幸いです。!!
お待ちしています。!!
@ さん、
ご存知でしょうが、聖書に「三位一体」という語は出てきません。あなたは教会に繋がっておられますか?牧師に聞くといいのですが。
この教理を説明するには多くのみことばを開いて確認する必要があり、この言葉がそれを示しているというような単純なものではありません。
いのちのことば社から出ている「エホバの証人の反三位一体に答える」または「エホバの証人の教えと聖書の教え」という本が助けになると思います。当方もこれを読んで目から鱗が落ちました。
いろんな教会に、行った方がいいのですか?
それは人によると思います。私のようにいくつもの教会に通うことによって、本当に求めていた教えや解釈に出逢う場合もありますし、救われた教会でずっと根付くことのできる場合もあります。
使徒の働き2章の異言(外国語)と賜物としての異言違いますよ。
異言については、各教派によって解釈が異なり、この対談の中の主要テーマである異端やカルトとは話題性が違うのでこの動画の中では私は明言をあえて避けています。
解釈したい方面でご自由に解釈ください。
@@kei-js8bb 使徒の働き2章は「異言」ではありません。外国語です(現在で言えば英語とか中国語とか・・・)。ですから「異言の解釈」どうのこうのから除外されます。この点については各教派も異論はないと思います。聖書にはっきり「他国のことば」(新改訳)と書かれていますので。
@@saihiro5954 申し訳ないですがその時点で解釈に相違がありますので、これでクローズしましょう。
たくまさん パウロみたい
聖書をよくご存じ
「正」
異端とカルトの相違は、理解できるのです が、カルトは、客観的に見て判断できます!
しかし、異端は客観的に判断することは困難ですし、「正しい聖書の解釈」を知っているのは神やイエスのお二方だけなのですから、不完全な人間が聖書の正しい解釈をすることは不可能です!!
ですから、神は、完璧な解釈を求めてはおられません!!!
イエスが最大の掟として「マタイ 22 : 37- 39」で二つのことを命令されましたが、それらを誠実に実践し、「神とすべての人」を愛することではないでしょうか?
異端とは、永遠の命から離れてしまうような主張をする組織や団体を指すのが一般的です。
絶対的真理として外すことができない教理が「三位一体」ですね。これは解釈が違っていて良いという問題ではありません。
地獄に関することやセカンドチャンス論、携挙説については解釈が分かれてもお互いに敬意を払うことが可能です。
しかし、異端の場合には三位一体が聖書の解釈ではないと教えます。
このことからも、絶対に外せない真理だけは、聖書の正しい解釈をすることの大切さがわかります。
「正」
返信ありがとうございます。
しかしながら、私には、「三位一体」論が理解しかねるのです。
その聖書的根拠を教えて下されば幸いです。
お二人の有益な対談を興味深く拝聴させていただいています。
おれはエホバの証人ではないけど、三位一体は腑に落ちない。
普通に考えて、イエスは神ではない。
イエスが神だというのは、こじつけの産物だと思う。
ユダヤ教やイスラム教のほうが、まだ、しっくりくる。
イエスが今、ここに居て、直接話を聞けるとしたら、
「自分が神であるなどと、畏れ多い。ありえない。」
って、絶対言うと思う。おれは、そう確信してる。
三位一体が腑に落ちないというお気持ち良く分かります。ですが、イエスが神であると証している聖書箇所をご紹介します。
テトスへの手紙2:13「大いなる神であり私たちの救い主であるイエス・キリスト」
ヨハネの福音書 20:28「トマスは彼に答えて言った。『私の主、私の神よ。』」
「正」
ヨハネ20:28「わが主よ、わが神よ」という聖句は、一見、イエスが「神」であるかのように見えますが、文脈を考慮することが不可欠です!!
これを無視すると、解釈は大きな誤解が生じます。
20︰31には「しかし、これらのことを書いたのは、あなたがたがイエスは神の子キリストであることを信じるるためであり、」と明白に記述されています!!
ゆえに、イエスと「神」とは別個の存在であり、イエス・キリストは神の「 子」です。!
また、ヨハネ 20︰ 28「わが主よ、わが神よ」という聖句は、イザヤ言 9︰ 6「...大能の神」と将来のメシア(キリスト)について記述されていますが、これも一見メシアなるイエスが「神」であるかのように思えるかもしれませんが、「神」とは「力ある方、強い方という意味もある」のです。!!!
ゆえに、この聖句も「全能者の神」とメシア(キリスト)が同一であるのではなく、メシアとなるイエスが「強い方、力ある方」という意味で「神」と述べているのです!!!
詩編にも、人間の力ある強い者である「裁き人たち」を「神」と表現していることからも理解できます!!
わたしたちも、「野球の神様」や「音楽の神様」と表現するのと同じです!
ですから、神は「三位一体」の神ではありません!!!