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訂正コメント:動画7:29時点で「スピットファイア PR.IX」とありますが、正しくは「スピットファイア PR.XI」です。
飛行艇とはいえ、この当時で6発機を作ったのは、すごいと思います。
当時の事だからこの巨人機にも各舵の油圧補助が無かったはずで操縦悍が重くて大変だったはずなおアメリカはおなじく巨大飛行艇H4には油圧補助を付けていたがこちらも量産には至らずどっちも戦況が変化すると要らない子になってしまったのは興味深い
書籍発行元の関係者と直接連絡を取ってるあたりが、他の兵器解説動画と一線を画している。
従来はゲーリングの横槍で空軍が海軍に協力されにくくなりUボートの戦果に影響があったと言われましたが実際には機体そのものが無かったのですね。Fw-200は機数が少ない上に強度が弱かったですし。九七大艇や二式大艇 一式陸攻の様な機体があれば別だったでしょうがドイツの生産力や用兵思想も違いました。
ドイツの大型機の無骨なスタイルが好きです😊
すばらしい動画でした。ここまで詳細に解説しているのを見たことがありません。 質問です。FG 227の名称についてですが、小生はFGP 227と認識していました。Pを抜いたのはなぜでしょうか? あと、7:28 1944年4月6日時点で第541飛行隊が使用していたスピットファイアはPR.IXではなくPR.XIだと思います。
ありがとうございます。FG 227はいくつか表記揺れがあって、FFG 227やFGP 227と呼ばれることもあります。それぞれ、製造元の「Flugtechnische Fertigungs Gemeinschaft GmbH Prag」から頭文字をとったものです。今回の動画では、原文書でどのように表記されているかを確認できなかったので、「Das gab's nur einmal! BV 238」の表示に準拠しました。また、間違いについてのご指摘ありがとうございます。IXとXIが入れ替わってましたね💦訂正コメントを追記します。
リヒャルト・フォークト氏は川崎航空機の土井武夫さんのお師匠さんでしたね。
戦前の機体ですがドルニエDo Xとかもあったりして、巨大飛行艇がこの頃の流行りやったんでしょうかねぇ。速度を見ると自軍の制空権下でしか運用が難しかったでしょう。かなり面白そうな銃塔が付いてますが、平和な時代に旅客輸送で活躍できたらドルニエのように名を残せたのかもしれませんね。
ドルニエDo Xの時とBV238の時とでは事情がかなり異なります。ドルニエDo Xが登場した戦間期はエンジンの性能向上により速度が上がるとともに、離着陸滑走距離が伸び続けていて、十分な滑走路の確保が難しくなってきていた時代でした。陸上での滑走路の確保が難しかったので飛行艇や水上機に注目が集まっていたのです。ただ、その後すぐにフラップが開発されると、離着陸の際の速度を下げることができ、滑走距離も短くできるようになってくると、水上機や飛行艇のメリットよりもデメリットの方が目立つようになり、水上機や飛行艇は航空業界の主流からわき役へと追いやられていくようになります。WW2の頃は第一線に水上機や飛行艇に活躍の場が遺されていた最後の時代でした。
@@nuruosan4398 さんなるほどそういう事なんですね。ありがとうございました。
6:30 この時代にAnti Ice Systemが装備されていたとは…∑(゚Д゚)
縮小モデルのFG227イイなぁ〜。実機であり、模型でもあるという。誰か作ってRUclipsに上げてくれないかなぁ。
機体サイズでで97式飛行艇と比べて1.6倍機体重量で3倍搭載重量で2.5倍・・・可能なら97式飛行艇ライセンス生産で可能レベルの駄作機?機体サイズと重量で見れば97式飛行艇比で見ると本機1機で2倍以上の資材が使われているわけだからこの手の技術資料がドイツに渡っていたら違う未来があっtかもしれない。機体設計は1937年で実用できているわけだからエンジンをドイツ製にローカライズさせるだけで即戦力になっtだろうなぁ。ちょび髭の総統が日本の飛行艇技術を所望したら尻尾をビンビン振って2式飛行艇の資料も提供下だろうね。ちょび髭の総統は日本の飛行艇については・・・多分だけど何も知らなかったんだろう。同じ機数ならBV 238は日本の飛行艇より多くの兵装や資材運べるけど、まぁテンプレに忠実な駄っ作機の未来しか無いと思う
訂正コメント:
動画7:29時点で「スピットファイア PR.IX」とありますが、正しくは「スピットファイア PR.XI」です。
飛行艇とはいえ、この当時で6発機を作ったのは、すごいと思います。
当時の事だからこの巨人機にも各舵の油圧補助が無かったはずで操縦悍が重くて大変だったはず
なおアメリカはおなじく巨大飛行艇H4には油圧補助を付けていたがこちらも量産には至らず
どっちも戦況が変化すると要らない子になってしまったのは興味深い
書籍発行元の関係者と直接連絡を取ってるあたりが、他の兵器解説動画と一線を画している。
従来はゲーリングの横槍で空軍が海軍に協力されにくくなりUボートの戦果に影響があったと言われましたが実際には機体そのものが無かったのですね。
Fw-200は機数が少ない上に強度が弱かったですし。
九七大艇や二式大艇 一式陸攻の様な機体があれば別だったでしょうがドイツの生産力や用兵思想も違いました。
ドイツの大型機の無骨なスタイルが好きです😊
すばらしい動画でした。ここまで詳細に解説しているのを見たことがありません。
質問です。FG 227の名称についてですが、小生はFGP 227と認識していました。Pを抜いたのはなぜでしょうか?
あと、7:28 1944年4月6日時点で第541飛行隊が使用していたスピットファイアはPR.IXではなくPR.XIだと思います。
ありがとうございます。
FG 227はいくつか表記揺れがあって、FFG 227やFGP 227と呼ばれることもあります。それぞれ、製造元の「Flugtechnische Fertigungs Gemeinschaft GmbH Prag」から頭文字をとったものです。今回の動画では、原文書でどのように表記されているかを確認できなかったので、「Das gab's nur einmal! BV 238」の表示に準拠しました。
また、間違いについてのご指摘ありがとうございます。IXとXIが入れ替わってましたね💦
訂正コメントを追記します。
リヒャルト・フォークト氏は川崎航空機の土井武夫さんのお師匠さんでしたね。
戦前の機体ですがドルニエDo Xとかもあったりして、巨大飛行艇がこの頃の流行りやったんでしょうかねぇ。
速度を見ると自軍の制空権下でしか運用が難しかったでしょう。
かなり面白そうな銃塔が付いてますが、平和な時代に旅客輸送で活躍できたらドルニエのように名を残せたのかもしれませんね。
ドルニエDo Xの時とBV238の時とでは事情がかなり異なります。
ドルニエDo Xが登場した戦間期はエンジンの性能向上により速度が上がるとともに、離着陸滑走距離が伸び続けていて、十分な滑走路の確保が難しくなってきていた時代でした。
陸上での滑走路の確保が難しかったので飛行艇や水上機に注目が集まっていたのです。
ただ、その後すぐにフラップが開発されると、離着陸の際の速度を下げることができ、滑走距離も短くできるようになってくると、水上機や飛行艇のメリットよりもデメリットの方が目立つようになり、水上機や飛行艇は航空業界の主流からわき役へと追いやられていくようになります。
WW2の頃は第一線に水上機や飛行艇に活躍の場が遺されていた最後の時代でした。
@@nuruosan4398 さん
なるほどそういう事なんですね。
ありがとうございました。
6:30 この時代にAnti Ice Systemが装備されていたとは…∑(゚Д゚)
縮小モデルのFG227イイなぁ〜。
実機であり、模型でもあるという。誰か作ってRUclipsに上げてくれないかなぁ。
機体サイズでで97式飛行艇と比べて1.6倍機体重量で3倍搭載重量で2.5倍・・・可能なら97式飛行艇ライセンス生産で可能レベルの駄作機?
機体サイズと重量で見れば97式飛行艇比で見ると本機1機で2倍以上の資材が使われているわけだからこの手の技術資料がドイツに渡っていたら違う未来があっtかもしれない。
機体設計は1937年で実用できているわけだからエンジンをドイツ製にローカライズさせるだけで即戦力になっtだろうなぁ。ちょび髭の総統が日本の飛行艇技術を所望したら尻尾をビンビン振って2式飛行艇の資料も提供下だろうね。
ちょび髭の総統は日本の飛行艇については・・・多分だけど何も知らなかったんだろう。
同じ機数ならBV 238は日本の飛行艇より多くの兵装や資材運べるけど、まぁテンプレに忠実な駄っ作機の未来しか無いと思う