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全く賛成です。私も中学までは秀才扱いでしたが結局凡人でした。それに本当に頭良かった人は子供の頃から人間関係もそつなくやってたイメージです。子供は素直なのでホントに頭いいと一目置かれて何かとやりやすくなるのが普通でしたよ。
早めに気づいて、しっかり路線変更できると楽になりますね。ただ、路線変更せず努力し続けて何かしら成果を出すのも最近はありなのかなとも思ってます。
そもそも「ギフテッド」の定義が主観的すぎるよな
私個人としては、まだ発達途上の子供に「ギフテッド」といった特別感を与える名前をつけるのは大反対です。それが本人にとって重荷にも縛りにもなりますし、問題に直面した時の免罪符にもなり、その子のためにならないと思います。
ノイマンもアインシュタインも人気者だったらしいですね
TVに出るギフテッドって「こんなのがギフテッド…?」というのが多いなぁって薄々感じてたんですよね…・TV局が子供に「こんな感じで、ギフテッドっぽいことを言ってください」と台本を渡している・ガチなギフテッドは取材を受けない・マジな才能がある人は大人に嫉妬されてしまい、表に出てこないのいずれなんですかね…?
この動画をみてすごい納得できる部分が多かったです。上位1%なんて世界規模で見れば8000万人以上、日本だけでみても120万人以上いるわけでギフテッドというよりは得意くらいの認識の方がいいんでしょうね。
将来、全く役に立たない称号に縛られる子供達は本当にかわいそうですよね。
ギフテッドの定義は曖昧で、突出した能力があるっていうのがギフテッドって人もいれば、アメリカでは上位5-10%がギフテッドクラスに入れるので、その子たちがギフテッドキッズと言われることもあります。学校の授業が簡単で高校生まできて、勉強の仕方がわからず、高校生になってドロップオフするアメリカ人がたくさんいます。なのでそのためのサポートが必要な子もいます。ラベリングは良くないけど、グレーゾーンや発達障害のようにみんなとはちょっと違うけどそのままでもいいんだよっていうグループが必要な人もいます。そして親御さんもどのように育てたらいいかを見極める決め手にもなります。日本でもあまりに情報が少ないけど、もう少し発信するにはギフテッドについて勉強をしてほしい。。
定義が難しい領域なのでたくさんの定義があると思いますが、上位5-10%程度の普通の子をギフテッドと安易に呼ぶことに反対しています。この話にあまりピンとこない方が多いと思うので、普通なのに「天才」ともてはやされた私がその後どれだけ苦労したかを次の動画で話していきます。
@@uechi.poseidon 苦労されたのですね。きっと日本にギフテッドクラスがあればそこまで特別扱いされることはなかったかもしれないですね。
@@maiko2022000 ありがとうございます。個人的にはギフテッドクラスの存在もどうなんだろう?と思ってます。クラス分けによって幼少期に自分は「ギフテッド」で特別な存在と明確に思ってしまって、それに囚われて後々苦労してしまう子も多いと思っています。
定義が曖昧なら誰もギフテッドの判定なんか出来なくないか?判定できないものをさも天才かのように紹介するメディア、メディアの情報を鵜呑みにして小さな子供にプレッシャーを与えていることに気づかない大人。そういう現状に対する違和感があるってことを投稿者は言いたいのかもしれないよ。
5-10%って結構な数だし、それくらい多いと流動的で絞り込めないでしょう。だから10%から下の子でも普通に這い上がっちゃえるし、元から圏内の子でも圏外になりますよ。5-10%って特別扱いする数???
これは本当にそう。ギフテッドというよりとても要領が良い人偉大な功績残した人は大体が穏やかだったり見下したりしない人だから、社会性が大事なんだなと分かる。一人じゃやれることに限界がある
学問の世界に入れば子供だろうと大人と飛び抜けて優秀なら同じ土俵で研究ができるわけで、本当に才能があるならそうした環境の中でも突出した成果を出せたりするとおもうのでそういう挑戦ができる環境は多くあるといいですよね。(私自身は学力コンテストで小学生の時から載っている人を見たときは敵わないと思いました...)
過去あった人の中でこの人ギフテッド的な人だなと思ったのは数学が大好きで小学生の時から好きすぎておじいちゃんの数学書を読破したに収まらず、海外の知見を広げたいと英語や色んな言語の読書を出来てて大学になった時にはネイティブレベルの英語やらフランス語やらで話せるレベルの数学者の人がそうだと思う。その人さらにプログラムにもどハマりしてよく分からないシステムやってたし……その人人当たりめちゃくちゃよかったな……
認知の歪みは、根気良く教え続けると正してあげられるけど、コミュ力は、教えてもわからないんですよねー。感謝と敬意は、教えても本質的には理解されないけど、親が周囲の誰に対しても常にそのマインドで接していたら、子供も大人になったら自然とそうなるでしょうね。
子供の頃、多少賢くて(東大とかは余裕で無理)周囲から浮いてはいたけれど、ギフテッドとかいう言葉がなかったおかげでまともに育てた気がします。
全勘違いギフテッドに見せたい動画
本当の天才て、先人の天才たちが生み出した既出のものを完璧に覚えることじゃなく、誰もが気づかなかった発見をしたり新しい何かを創造していく人だと思ってる。覚えるのが秀才、生み出すのが天才。子供の頃から何かの検定取りましたとか丸暗記できましたとか、それは秀才だなって思います。ただ生み出す人の才能は学校教育の段階では測れないんですよね。覚えることに重点を置かれているから。だから本当のギフテッドは辛いんです。ギフテッドに必要なのは自由な時間と自由な感性とそれを否定しない大人と環境、たくさんの本と材料。彼らだって人間ですし合点がいけば自分の非を簡単に受け入れます。自分を否定されればどこか欠けているんだと捉えます。ギフテッドを育てたければ枠や概念を取っ払う必要がありますね。あと彼らは秀才とは違って評価される機会が少ないのと、無我夢中で創作しているので自分で納得できるものを生み出すまでは自分のことを出来た人間だとは思ってないと思います。特別だと崇められることに何の意味があるのかと考えると思います。そこも秀才とは違う点かなと思いますね。日本が始めようとしてるギフテッド教育やメディアが広めるギフテッドの概念に疑問を抱くのは共感です。
おっしゃる通りです!本物の天才は既存の枠組みを疑うので、馴染めず苦労すると思います(幼少期から普通とは違う発想を持ってたが成績は悪かったアインシュタインや、不登校だったエジソンなど)。なのでインプットが人並み外れて得意な秀才を天才・ギフテッド扱いするのは違うと思います。これの次の動画では秀才型凡人の私が苦労した話について話しています。
ギフテッド≠天才というのはある程度ギフテッドについて理解のある人間ならば恐らく共通の認識だと思いますよ。その上で、ひとつ主さんに欠けているのかなと思う視点がギフテッドにしろ、天才にしろ別にオールマイティではない、という点ですかね。「本当の天才なら〇〇も出来るはずだ」というのはよくある世間の誤解、もっと言ってしまえば凡人の嫉妬に根ざす見解で、勉強も人間関係もそつなくこなすのはそれこそ「要領の良い子」だと思いますよ。知能に限らずですがある程度突出した要素を持った人間が浮いてしまうという状況は現実としてよくあります。それに対して「君は多少勉強が出来るだけなんだから周りより偉いなどと思わない方がいいと思う」という風に"矯正"しようとするより、大人としてはまた別の声かけがあるはずですよ。彼らの中で特に孤独感を覚えている子が持つ悩みは、良き話し相手になってくれる人間がいないということに尽きるのですが、相手になる人間は実際に少ないですからね(見つかれば非常に幸福だと思います)。そういう子たちに大人が出来ることがあるとすれば、画一的な考えを押しつけるより可能な限り(特に精神の)自由が損なわれない環境作りをすることくらいなのでしょう。
なるほどと思って動画を拝見していました。確かにIQ130以上の人は2クラスに1人の割合でいる事にならりますが、東大に入れる人はそんなにいませんよね。こんな記事を見たのですが、優秀な子とギフテッドの違い…いわゆる優秀な子と言うのは授業態度もよく、全体的な教科で成績がよく、友だちも大勢いて、先生のいうこともきちんと聞ける。 そんな「万能選手」のイメージ一方、ギフテッドはというと、ある分野では桁外れの知能を持つ一方で、苦手分野は理解が進まないことだとありました。私自身、知能の高い子を育てていますが、ある分野にだけ能力があり、その他人間関係や生活面では出来ない事が多く、毎日苦労の連続です。学校の成績もずば抜けて良いとは言えません。😅よって決して万能ではありません。発信者の方は超優秀な方なのでは無いでしょうか。と思いました。
皆がいうギフテッドって社会的能力(コミュ力など)が欠落してるただの秀才だよね
いわゆるギフテッドと括られる2児を育てる父親です。この動画でご指摘の通り、実社会での能力として、百万人に1人の天才というほどの特異な才能は今のところ発現してないですし、ギフテッドの代表的な指標として挙げられるIQの高さと社会的な成功というのはそこまで一致しないのでは?というように思っています。(もちろん大事な子供たちですから、主観的には唯一無二の天才だと自負していますが。)ただどちらかというと心身や知能の発達の凸凹に起因する困りごとはあるので、そこへのサポートを求める意味でギフテッドというラベリングがあるのは助かるなと感じています。一方、そのラベルのネーミングが天才児のイメージを想起させ、不必要な自尊心や嫉妬のようなものを生んでしまうのは確かにあると思います。またこのようなら困りごとや才能というのも程度の差はあれ皆持っているものなので、それを乗り越えて開花させるためには1人1人の特性を前提にした環境と関わり方が大事だと思いますので、そういったものが当たり前にある世の中になればラベリングなんてそもそも不要になるので、そんな未来が来たらいいなぁと考えてます。
このコメントに共感です。我が子も全く同じで情緒と知能の凸凹で困っているのでギフテッドのラベリングはありがたいです。文科省の支援も進んでいるみたいですし…コミュ力高く表面上は学校で人気者でうまくいってても孤独を抱えてたりします。
うちもそうでしたが、発達障害ではなく、あえてギフテッドと考えることで親が子供を肯定出来るのはありますね。コミュ力養成は課題ですね。親子で勘違いを増長させないのが大事でしょうか。
ギフテッドと呼ばれる子が出てくる動画を見てもどれも小学生、幼稚園生とまだ小さな子供で違和感はありました。それも周りより勉強の進むスピードが早かったり英検1級、数検1級取得、IQが高いなどで長い目で見るとこれはギフテッドなのかと思ってしまいました
確かに小さい頃は成長の振れ幅が大きいので、幼少期に周りがどうこう言うのは微妙です。
ズバリ、理Ⅲ合格レベルは、語学も抜群に出来ますから、理解出来ないんでしょうね。 京大理学部に多いような数学、物理抜群に出来るけど英語マズマズ、国語サッパリみたいな発達障害系のギフテッドが、普通の学校では他の生徒と上手く出来ずに才能が伸ばせない、これをどうにかする、というのが目的とすれば、集めることは意味があるでしょうが、コミュ力が劣っていることを理解させて、才能を伸ばして世の中に貢献したいと思わせることが重要だと思います。理Ⅲ上がりの人何人も関わったことありますが、やはり変わってますよ。
「私から見ればギフテッドってごく普通の能力の人でコミュ障がある人」というとらえ方かと思いますが、どうしても「東大理三の俺の方が・・・」と言う風に言っているように聞こえてしまいます。ギフテッドはIQ130を境界としているため、仰る通り上位2%程度なのでそこら中に居ます。つまりTV番組などで勝手に天才扱いされているだけで、世間一般が思っている所謂天才ではないというのは当然ながら私も同意見です。しかし他人と合わないのはコミュ障のためではないか?という点は少し違うと思います。実際IQ100とIQ130とでは理解力や理解のスピードなどにはかなり違いがあると思っております。やはりIQ130以上となりますと平均的な人と比べて頭の回転が速いという印象は強く受けます。そのことから、例えば「自分の頭の回転に合わせたペースで話をしても他の人の理解がついてこれていない」といったことが頻繁に起こります。こうした「ちょっとした違い」がまだ小さな子供のころには苦痛に感じてしまうことがあります。こうした「ちょっとした違い」に困惑してしまうことがあります。結果としてIQの高さがコミュ障の原因となることはあると思いますが、これってコミュ障が先でそれが原因で孤立してしまうのとは違いますよね?東大生の平均IQは110-120というデータを見たことがあります(どこまで信頼できるかは不明ですが)。ギフテッドの人で学校の成績が悪い人も実際に多いです。当然ながらギフテッドであれば(全員が東大を受験したとして)みんな東大に合格できるという訳では無いですね。しかし同様に(もしこのデータが信頼できるのであれば)東大生=ギフテッドも成り立たないですね。※ポセ院長は「東大生=ギフテッド」とは仰っていないことは承知しております「ギフテッド=天才」という作りのTV番組などは多いですね。同様に「東大生=天才」という作りのTV番組なども多いですね。これは単純にその方が視聴率が取れるからだと思います。RUclipsであれば再生数が稼げるから。どちらもあくまで製作者が意図してそのような作りにしているのであって事実とは異なります。その点は理解しておく必要があると思います。こうしたTV番組などの捉え方が一般的認識だとして捉えてしまうと事実を誤認してしまうと思いますが如何でしょうか?因みに私は「ギフテッド=全員天才」とは全く思っておりませんが、同様に「東大生=全員頭がいい」とも思っておりません。「ギフテッドの中には本当の天才もいる」が正しいと思っております。同様に「東大生の中にも頭がいい人もいる」も正しいと思っております。当然「東大生の中にはギフテッドもいる」は正しいですね。もし「東大生の平均IQは110-120」というデータが正しければ、「東大生の中には世間よりも少し多めの割合でギフテッドがいる」と言えそうだと予想できますね。同意していただけると思いますが「天才は必ず東大生or東大卒である」は成り立たないですね。天才の例として出された藤井棋士は東大卒ではないですから。本当の天才であれば一流大学から選ばれることはあっても、必ずしも一流大学を選ぶ必要自体がないと思います。自分のやりたいことをやれる環境を選べばいいわけですので。
賛成です。取り上げられてる、giftedは、小学生なのに高校の数学が解けるとかそう言うものばかり。早期教育とかで親が鼻息荒くやってたら、凡人でも結構やってのける子はいると思う。
医院長先生は割とバランスの良いギフティッドでは?ということと,本物のギフティッドだったらちゃんと活躍してるはずだ,という言葉からはギフティッドという呼称のレベル感がかなり高いのかな?と思いました. 普通ちょいアルファでも,バランス悪いとホントに国語が行き違ったりして,社会の中で(本人には自覚ない状態で)相手により上手くいかない状況が発生します.少なくとも本人が自覚して対処することは必要ですが,周囲の求める一定の社会適合を推進する中で(コミュ力を磨く?),相手により本人がバランスを崩す場合があって,その場合には無理せずに一定の距離を保つことも必要かと思います.名前をつけるつけないでいくとつけなくてもよいですが,バランスの悪さからくる社会課題には本人>周囲が対処する必要があると思います.社会の側は人格評価を1点だけでなく,多面的にする必要がありますし,通常の感覚からすると少々迷惑な少数派の変わり者を潰すために,安易に反社勢力の手を借りたりしないことも必要です.医院長先生の周りは割と歪感や反社勢力の少ない社会かもしれませんが,自分たちと異なることについて,感情的に異常ヒステリー反応する世の中の組織は散見されます.見分けることは,見分ける側と本人のスペクトルの相互関係もあると思うので(出会い?)そう簡単ではなく,言われるようなRUclips見たレベルでは難しいと思います.いずれにしましても「イェーイ」みたいな能天気な話ではなくて,言葉の内容を多面的に定義した上で課題を議論することが必要です.
小学2年生の子供を育てていますが、老若男女と仲良くなれるコミュ力で謙虚故に周りに合わせて疲労を溜めるタイプの高IQ児です。社会に出ればただの人になると思います。ただ、授業が簡単過ぎて聞けないのは周りを下に見ているからではありません。常に新しい知識を取り入れていないと耐えられない脳なので、学校でも家でも本を読み続け、映像から学び思考する。永遠と止まりません。親子でかなりの疲労です。明らかに「優秀児」とは違います。ギフトなんてポジティブなイメージに追い打ちをかけられますが、本当に苦しんで育児している母親には名称だけでも唯一の居場所です。そして知的能力と精神性は比例していないので問題解決を自力でするのは難しいです。それができるのは「優秀児」です。
それは大変ですね。私のようなエセエリートの凡人にはあまり理解できませんが、優秀さ故の様々な苦悩があるかと思います。動画でも話していますが、私のような凡人は驕らず周りに適応することが大事ですが、本当に特殊で優秀な方は周りに無理に適応せず1つの分野に特化してそれを伸ばしていくことも大事だと思います。
授業が簡単なのは、集団授業の弊害で学校の先生はクラスの中間、中間より少し上あたりのボリューム層に向けて授業を行います。小学あたりだと下に合わせて授業やったりもします。なので小中あたりでは、授業が簡単だと思う子供は結構います。学校で学ぶのはむしろ人間関係とかなので、普通の中に入ってコミュ力を鍛えるっていうことのほうが大切だったりします。あと周りに合わせて忍耐することだったり。将来一般社会に子供は投げ出されるので、いろんな側面から考えて子供の将来を考えて、本当に特別なクラスでいいのか一般学級に入れないで大丈夫なのか考える必要があると思います。
そんなレベルなんて掃いて捨てるほどいるんだから、特別と思わないことだね
精神的な成熟度とは別なのでは?
理解者とは「自分と同じ視点で見てくれる、考えてくれる人」の事を指すと自分自身は思うけど、自分がギフテッドかは分からないがIQの差が広すぎるが故に、相手に寄り添って同じ視点で見ようと努力しても相手の精神年齢の問題だったり、考え方の違いや幼さで、周りと浮いた存在になる。それこそ、自分は自分の突飛した才能が自分を苦しめていたりとか色々な苦行が重なって不登校になって内申が貰えず、一般にも受験できず、底辺高校に通うことになったけど、教師陣は優秀なのだけど生徒の自己認識の誤差や、周りとの考え方の違いで上手くいかなかったりする。自分自身コミュ力はあるが、万人受けする考え方では無いから人から1歩引いて生きてはいる。ギフテッドは2E型にしろ、英才型にしろ理解者や才能を見つけてくれる存在が居なければ潰れてしまう脆い生き物。
改めて自己認識って大事だなとは思う
勉強ができるのがギフテッドではないと思うんですよね。動画的にわかりやすいからなのかもしれませんが世の中こんなにたくさんの材料があるのに指標を勉強の枠に絞ってしまうところが洗脳的な認知の歪みなのではと思ってしまう。
その通りだと思います。受験勉強は決められたレールの上を、いかに早めにスタートして脱線せず進み続けるかの勝負だと思ってて、学問の本質とは異なる気がします。なので頭の良し悪しはほぼ関係なく、いかにレール上の環境が整ってるか、早くスタートするかどうかが全てだと思ってます。
ギフテッドとテレビで持ち上げられるか理III生どちらがいいか天秤かけられたら理III生選ぶ笑
支援が必要とする生きづらい子を指す言葉であるので、何が天才かとかそういう話ではないですよ。
最近、発達に偏りがある子供達をメディアがギフテッドと特集していてそういう間違った解釈をしている方が増えてきていますが、ギフテッドとは本来、天賦の才を持つ天才という意味です。
小学生の子どもを育てていますが、勉強よりも何よりもまず小さなうちに学ぶのは社会性や人間関係、同年代の人との交わりだと思っています。その中でギフテッドかどうかに関わらずに興味のあることはどんどん伸ばしていけるような教育ができたらいいですね。学校やその他の教育機関任せにするのではなく、教育はある程度は家庭の中でできることだと思います。所謂マスコミなどで取り上げられているギフテッドとされる子達は、親が幼い頃から英才教育を受けさせたことにより、予め答えのあることから興味を広げてギフテッドと呼ばれるようになった早熟型の造られたギフテッドなのか。早熟型の子は時期が来れば周りと同じようになり、天才も二十歳過ぎればただの人と言われるようになるでしょう。一方、ひらめき型、発見型のギフテッドは二十歳過ぎてもただの人にはなれないと思います。これらの人はアインシュタインだったり、エジソンだったり、スティーブ・ジョブズだったりと何かしら後世に大きな影響を及ぼしているはずです。
ギフテッドって言葉が強すぎる、ほとんどの人は周りに生まれ持った才能だなって思ったやつ人生で数人もいないだろ。普通に先天性異常思考とかに名前変えれば世間の評価も変わりそう笑
数学のことは全くわかりませんが音楽ならば100万分の1では。安易にギフテッドなんて単語使うなかれ😮
一能型の個性が強い子供はザラにいるし、単に趣味にしか傾注できない子や他人と強調できないだけの子までギフテッドという言葉で特別とするのは、ある種の逃避ですね。そういう子が阻害されない社会であるべきだが、本人の歩み寄りがいらない訳ではないし、結果的に本人が不幸になる教育にしかならない。
まったくその通りで、いうて周りより少し賢いくらいの人間が、普通学級に通わせることをやめさせ周りと協調することを学ぶことをやめさせたらそりゃあ一般社会出たときさらに生きづらくなるんだから、自分は特別だと思わせ、やりたいことだけやらせる教育が本当にその子のためになるかよく考える必要がある。いうて藤井壮太も大谷翔平も普通の学校の普通のクラスに通って、そのうえで将棋も野球も時間とっていたわけで
天才なのに本棚置いて論文を引用しまくるのには違和感ありすぎです。確率的にジャングルとか僻地でもキフテッドでないとおかしいですよね。
ギフテッドの子供がいますが本当に本人つらそうです。他にもたくさんこういう子供が世の中いるとはいってもだからがまんできるというシンプルなものではありません。親子で本当に苦労しながら解決策を見つけて少しづつ改善していくしかなく、学校でも理解してもらえずただただ大変です。
うちもそうです。😢
@@hjnmylove❤❤❤❤
親は無責任にはしゃぎすぎだと思っていました。まず浮いてるならそれを心配すべきなのに、優秀だから浮きこぼれ!配慮を!ってあつかましい。
はじめてこう言うところでコメントします。すごく良い動画すぎて感心しました。
ポセ院長を含むたくさんの力を持つ優秀な方達にお願いします。私にとってギフテッドかどうかは問題ではありません。優秀な日本人を育てるためにお力を貸してください。今の日本の公立学校の教育現場では、できない子たちを引き上げるために学校をあげて多くの時間を費やしています。でもそのために金銭的に普通の家庭で育つ成績優秀な子どもたちは放っておかれていています。伸びる子たちがいっぱい放置されているのが現状です。このままでは日本人は優秀な人間が育ちません。どうか日本の義務教育を変えてください。
たしかに、鬱とか、LGBTとかも、枠や型に嵌めすぎてて、他の選択肢が少なくなる環境を作っているような気がします。
げんげんさん、についても、モヤモヤしちゃいます、、、医師と弁護士を両立してバリバリ活躍するか、げんげんさんを、早く見たい!と思ってしまいます。ギフテッドと思われる方に対して、どうしても、期待が大きくなりすぎてしまいます。
いろいろ調べてて思ったんですが、そもそも今のメディアで語られるギフテッドのイメージがおかしくて、見てる側の人もそれに引きずられているのかなーと思います。英才教育・天才教育みたいなものの歴史は遡るとずっと昔まで行くようですが、今日本で流布しているギフテッドの話に直接関係があるのはおそらくアメリカの現代のギフテッド教育でしょう。こちらの歴史的経緯を調べると、冷戦下でソ連との宇宙開発競争があったり、日本の経済復興に対して自国の教育の状況に危機を感じたりして「国力向上のための教育改革」を意識して行われたもののようです。だからIQ130程度という、東大理3の先生から見ると低く感じるラインが引かれているわけです。少数の歴史に残る大天才を育てたいというよりは優秀な人材を増やし、パワーアップさせたいのだと思います。先生が動画中でおっしゃった「東大生は全員ギフテッドなのか」は反語ですが、この答えはイエスでいいんだと思います。実際東大生は官僚になったり研究者になったりして日本を支える人材になっているし、そこまでの経路の有名進学校や予備校・塾などもほかより進んだカリキュラムをやったりしているわけです。もし東大に行くような人達の学びを支えさらに能力を伸ばしたりモチベーションを上げたりできれば日本の国力が上がることを期待できますよね。第二次世界大戦後の日本ではこういう国を強くするみたいな話はタブーなところがあるので、こういう角度からのギフテッド教育の話は語られにくい。朝日新聞では、第二次世界大戦末期の日本の英才教育についての記事もあるようですが。アメリカでも子供たちの自分に合った教育を受ける権利みたいな考え方が後からくっついてきて、その結果、偏った能力で補助を必要とするようなタイプの子に注目が集まるようになったのかなと思います。
今日本でギフテッドが話題になっていることと日本が沈没しつつあること、隣国の中国やロシアが物騒な動きをしていることはおそらく無関係ではなく、朝日新聞の記者はそのへんに危機感を持って記事を書いたのかなと思います。ただし今文科省が検討しているギフテッド教育は、障害があるタイプの子の補助に特化しているようです。
私は東京育ちだったので、あまり苦労はしませんでしたが、才能ある子ども達にいろいろや知識や体験を与えるのは意味があるとは思います。ただ、道徳や協調性を教育するのも必要ですし、本当にオールマイティーなギフテッドは相手の事を配慮する知性もあると思います。偏った秀才は、2eや、発達障害系統なのかもしれませんね。おっしゃる通り、エジソンやスティーブジョブズ、ビル・ゲイツ、マザーテレサなどは家系や学歴に関係なく頭角を表してしまうものなのかもしれません。ギフテッドか2eかは別として、独自路線で偉業を達成してしまう人が本当のギフテッドなのかもしれませんね。もちろん、すごい虐待やいじめなどの環境因は無くすべきですが。理想としては、協調性や道徳、人生哲学、生き方、みたいな教育や素質もギフテッドには必要だと思います。ちなみに私は公立小学校では学年一位、都内の進学校では90点台くらいとれましたが、理三や官僚には及ばず、ギフテッドではない普通の人間です。ただ、幼稚園くらいで、自分はいつか死ぬと悟って号泣したり、簡単な漢字やひらがなカタカナくらいは自然とマンガなどで覚えてましたが、偉人や天才には及びません。。また、勉強以外の才能も、天才の定義に入ると思います。普通は大学受験や全国大会、オリンピックなどで選抜されますが、それで充分な気もします。
たしかに離散に入れるような人間は全員小学1で中学レベルまで余裕とかという世界なんですかね?知らんが、、ただ一方で、日本にはアメリカのような飛び級制度もないので、無駄な時間を学校で過すというも微妙。この辺制度が日本はもう少しあっても良いのではとは思いますね。ただ、コミュ力が大事というのもそうでたしかアメリカで飛び級しすぎて、子供でNASAは入れたけど馴染めなくて辞めたとかそういう事例はあった気がする
社会性に限らずなんでも小さい頃しか身につかないことは多いと思うので、小さい頃にこそ飛び級とかせずに同年代のいろんな人と接した方が後の人生のためになると個人的には思ってます!
そのギフテッドという英語の呪縛から脱却しないとダメですね。日本語でなんか変わっているが出来てるあの子でいいと思うのです。
めっちゃ良い動画じゃん
ギフテッド当事者やその保護者の方々がこの動画をみたら大変落胆すると思います。あなたのような発信力のある方がギフテッドを正しく理解してくれることを願います。訂正の動画を待っています。
むしろ自分が自分の子供がギフテッドだと思い、やりたいことだけやってやりたいことだけやらせて辛抱強く学ぶことや、コミュ力高めることをやってこなかった子供が大人になったとき普通の人間だと気が付かされたときその子は一般社会で生きていく力を持っているような気がしないんだよねその教育本当にして大丈夫なのかよく考えたほうがいいよ
あくまでも世の中知らずな高校生の意見ですが「ギフテッド」と「秀才(努力型)」とが違うことについては賛成ですが「ギフテッド」と「突出した才能を持った天才」との間にも違いがあるのではないかと思います。というのも、「ギフテッド」の核となる部分は、考える手順や優先順位、目の付け所が独特であるがために、周囲からはなかなか認識されない、本人のみが感じる違和感や孤独感だと考えるからです。(稀に集団の中で浮いてしまうケースがあるが)そこに多かれ少なかれ才能が加わったというだけなのではないでしょうか。だからメディアは稀なケースのみを取り上げていて、それをポセ院長が見ると「それほど凄いものではないし、もっと社会になじめるようになってほしい」と思えてしまう、(間違った理解をしていたらすみません)そういうことな気がします。そのため、(少し理由は違いますが)ポセ院長のおっしゃる通り、「ギフテッド」という名前を付けることには反対です。
ギフテッドという名称が良くないのでは?有能な子が飛び級する事には賛成。
名称もかっこつけている感じがして良くないですね。学校は勉強するところではなくて、色々な人と接してコミュ力や協調性を鍛えるために通うものと思っています。勉強は学校外ですればいいと思ってるので個人的には飛び級は微妙と思っていますが、本物の天才限定でするのはアリかなと思います。
横からすみません。まずギフテッドという言葉は、おそらくキリスト教の神から特別な才能・能力を与えられた人という意味から来ていて、キリスト教国である欧米で生まれた言葉だと推定されます。 また「gifted」の定義についてはアメリカ教育省が1993年に提唱した、かなり曖昧な定義ですが、それに基づいているのではないかと思われます。
@@uechi.poseidon確かにそうですね。公立の学校は他人との協調性を身につける為に存在するのだと思います。私は音楽が好きなのですが学校の音楽の授業を受けたとて下品な表現ですが「屁の突っ張り」にもなりませんからね
大体が何かに特化しているといっても、それもできる人からすると、大したことなかったりしますね。学校のテストで百点は普通ですし、そういう子達は多いので習熟度別になれば退屈しないのにと思います。
小学校のとき、岐阜から転校してきた奴に、「岐阜テッド」ってあだ名つけてやったことがある。いまだに恨まれてる。
😂😂昔からギフテッド知ってたのは最先端いってましたね!
私もギフテッド教育には反対なのですが、ただ音楽とか芸術分野やスポーツ分野には校外教育の場はあるのですが、数学とか物理、自然科学分野や人文科学は学校という住み分けになっているので、そこから進んで学習したい子供たちを受け入れる校外学習の場がありません仮にそうした校外学習のサークルがあってその中から成長していく才能であれば育てていく意味はあると思っています。とりあえずそうした場所を作るのが先ではないでしょうか、学問が受験にとらわれすぎで教師もそれ以外関心がないのではギフテッド教育も何もあったもんではありません。 学問の面白さは解があるかどうかもわからない問題に取り組むことにあるので、解が絶対にあることがわかっている問題ならば解探しに走るのは必然でそれを教える産業も育ちます。解探しのノウハウを身に着けた子をギフテッドとは呼ばないでしょう。
いずれか差別問題になりそうだなギフテッドって
普通の基準って人によって違いますよね。私の普通は貴方の普通じゃないし、貴方の普通は私の普通じゃない。東大理3にたいして勉強せずに現役で受かるような人は、勉強が出来るという意味で特別の才能を持っているので、ギフデットに入れて良いと思います。コミュ障やアスペは別問題です。
ちょっと何学年か先の勉強ができるだけでギフテッドとか言ってしまう親が居ますね。あと学業ギフテッド、知能ギフテッドなどギフテッドって種類がありますし、海外だとギフテッドの中にもランクがありますが、日本はまだまだごっちゃに考えてる人多いと思います。あと、発達障害疑ってWISCなどの知能テストをして130以上が出ると、ギフテッドですねと医師が言ってしまうので、それで変に意識しすぎてしまう親が多いのでは無いかと。
そうですね。私も今勉強中ですが、何をギフテッドとするか定義が様々で色々な意味があるので難しいですよね。
ギフテッド(突出した能力の兆し)が問題じゃなくて、敏感さ(色々な視点と直感)が目立ってきていることが問題なんじゃないかな。日本の教育は、特に戦前戦後、基本押し込み型教育で、才能があったとしても潰していくちょっと奇妙なシステム。先生たちが「正解」以外は受け付けないところや、矯正のように「こう考えてください」で自由な発想が却下され続けた結果、日本人は従順だけれど、自主的に行動/思考する能力に欠けてしまい、結果元気のない、他人の責任ばかり責め立てる、言われたことしかやる気のない発展性のない社会になっている。もし子供の頃に、自分の優れた能力が支持されて、興味のおもむくまま専門性を高め、弱点は(協調性など)は社会性のスキルとして別のカテゴリーとして扱われていたら、能力のある子供たち&大人同士が専門分野を高め合って、(もちろん社会性が専門分野の人たちもいるだろう)、もっとバランスと活気に溢れた社会になるだろうと思う。今はまだアイディアだけでも進めておくことが必要。現実的にどうやるのかはこれから、私たちの仕事。「そうだ、ギフテッドのやつは生意気だ。世界に従順しろ!」では、日本の社会が自滅、消沈していくことがもう明らか。
勉強して頭が良いのは当たり前でしょ。ギフテッドの見方や観点が違う。
精神年齢は身体の成長と共にしか身につかないので、才能と精神年齢のアンバランスが問題なのかな
それもありますし、そこそこ優秀な分日常生活で多少ダメなところも許してもらえるので、精神年齢が発達しないのではと自分自身の経験から個人的にそう思っています!
興味深いお話しですし、コメントも面白かったので私もコメントします。ギフテッドとは少し話がずれますが、私は賢さや知恵というのは「広がり」や「深まり」だと感じています。賢い人は、自分だけの考えだけでなく、俯瞰的にものごとを見たり、本質を貫く物事に気がついたりするからです。そうした視点を豊かに持っているからこそ、共感性や協調性が磨かれたり、他者と共にあるなかで新しいものを生み出すヒントに恵まれたり、自分が生み出したものを他者にも理解したり利用可能な形で伝えることができるのではないかと思います。歴史を超えて読み継がれる書物や思想なども、普遍を探求した結果なのではないでしょうか。一方、自閉的傾向はどちらかというと自分という一極集中の才能なのではないでしょうか。天才的な才能で自分しか理解できないすごい理論や作品、発明品を生み出せたとしても、それを他の誰かが理解できなかったら、その人は天才と呼ばれるよりは奇人とされてしまうのでしょう。そしてきっと孤独だと思います。俯瞰する能力が高ければ、自分の才能が他者には理解するのが難しいことも理解できると思います。そこで、他者でも理解しやすいように工夫するか、わからない他者が劣っているのだと切り捨ててしまうかが分かれ道でもあると思います。きっとそれは、子どもか大人かに関係なく起きると思いますし、天才でない人の間でも優劣の競争の間で起きることだと思います。そういう意味で、様々な他者に受け入れられるよう努力したり工夫できる人が本当に賢いんじゃないかと個人的には思います。そういう賢さを磨くためにも、ふつうの教育環境の中で、世の中には色々な人がいるのだと体験していくのは、決して無駄ではなく財産だと思います。その上で、とても知的好奇心が高い子どもたちには、それが安心して探求できるコミュニティが開かれているといいなと思います。あくまで学校は、様々な人との体験を積む場所で、知的好奇心を満たすのは、他の子どもが運動や芸術でクラブやサークルに入るように、課外活動として楽しむのがいいんじゃないかなと思います。学問の場が年齢関係なく、収入や家庭環境に関係なく開かれていたら素晴らしいなと思います。
ギフテッドの割合が2%なら一般人に近いギフテッドから高いレベルのギフテッドまでいろいろいるという事だと思います
自分のイメージでは、東大卒は陸上競技の10種競技のような万能型秀才。ギフテッドは、数学は天才的だけどそれ以外は凡庸というように何かに特化した人。だからギフテッドの人は、東大には合格し辛いと思っています。
ハイリーギフテッドとの違いですかね?
多分問題になりやすいのは2eの子らなんよ
優秀な成績を残している人が発信しているからこそ、とても意義のある動画だと思います。どうしても変人や若年といったみんなの期待する天才がコンテンツとして魅力があるのかもしれませんが、「普通を目指していく」という教育のあり方がもっと大事にされていくといいですね。
ありがとうございます!30過ぎた今となっては普通でいいと思えますが、中高生の頃は特別な何かになりたい欲が強い傾向にありますよね😅
要はギフテッドの基準が甘すぎるっつうことねまあ日本で1学年に100人とかそれくらいのレベルの人たちねそりゃそうだ
流れが同じである時点でそれは造られたものだよね。ギフテッドって悲劇のヒロインぶってるよね。勝手に生きづらくしているだけ。あとiqの高さで定義するのなら有名中学の人はみんなギフテッドだから。
もしこの世に将棋がなかった場合藤井聡太さんはギフテッドと判断できると思いますか?
藤井聡太さんレベルだと、将棋以外のジャンルでもずば抜けた功績を出せると思います。
ただサポートが必要なだけなのに・・・・・・
仰る通りです。人より頭が良いレベルでgiftedを名乗り、それだからと言う理由で自由奔放に振る舞い何事も許されるのはどうかと思います。本当のgiftedとはもっと素直で純粋に美しい心を持って居る様に思います。
なんか視点が少し違う気がします。発達障害に近い悩みで苦労されてるというところが取り上げられてる理由なので、この動画のように優秀とか成績とかそう言う目線で語られることがギフテッドたちの悩みではないでしょうか。また、発達障害と近いということは、「自称」は成立しないと思います。
全体の2%が普通ならIP70以下の知的障害者も普通だし特別支援学校があるならギフテッドクラスがあってもいい気がするけど。健常者が知的障害者に混じって積み木を延々と組み立て続けるような苦痛がギフテッドにはあるんじゃないの。
コメントありがとうございます!結構前の動画なので、動画の内容について私自身うろ覚えではありますが、コメントに返信させて頂きます。上位2%は厳密には普通ではないですが、個人的にはまぁ普通レベルの範疇だと思っています。上位2%レベルならギフテッドクラスなどに入るよりも、私立の小学校をお受験して入学し、中高は筑駒・灘・開成→東大・難関医学部 のようなありふれた普通の優秀路線に進む方が人生幸せになれると思っています。もちろん、上位0.001%とかまでいくと特別な道を作ってあげた方が良いと私も思います。
才能を一括りにしてギフテッドという言葉を考案したこと自体が間違いかなと思いますね。
うーん、これはちょっと浅いかなこの人の中で「天才」が過剰に持ち上げられすぎてると思う。天才と秀才は根本的に違う!みたいな。日本人がよく言いがちなことだけど。でも実際は物事はグラデーション。天才と秀才の境目だって曖昧。藤井聡太も将棋に出会わなきゃ、(この人の基準で言うところの)ちょっと賢いだけの秀才だった可能性は十分ある。前の動画で「天才コンプレックス」があったと語ってたけど、それがいまだに消化できてないと思う。天才ってそんなに大したもんじゃないと思うよ。
それはあるかもしれません!天才に対するハードルが高くて、圧倒的な天才しか天才と感じないかもしれません!
学業方面で進む場合は理3や医者や官僚や大学の研究者ぐらいの学歴は当然求められるとして、学業以外ならば、ひろゆきやDAIGOぐらいと競える知力のインフルエンサーや経営者、または実業や芸術での実績などでしょうか。iq団体会員やギフテッド児クラスの人にもそろそろ結果が求められる時期が来ましたので、お互い本格的に頑張りましょうと思っています。簡易テストの結果で喜んでいただけならば、脱落していくでしょうね。
凄く本物の「ギフテッド」感溢れる話し方でした。ただ、ご自身でも「えせギフテッド」とおっしゃっているように、「天才」よりも「秀才」って感じがします。ギフテッド系の動画ではよく変にニコニコしてる人達が出てきますが、本物の天才ってもっと強迫観念というか意志に取りつかれているように見えることが多いので、何か違うなという感じはします。昔「エスパー魔美」という漫画を読んでいたのですが、院長はそこに出てくる魔美の相方の高畑にそっくりな気がします。頭は本当に凄く良さそうで。ただ、高須院長とかにも感じるのですが、思考が窮屈な方向に行きがちで若いのに凄く老化しているようにも思います。右翼になることはないと思いますが、保守になり過ぎないように気を付けて下さい。
コメントありがとうございます!すごく的確なコメントだと思います!強迫観念、おっしゃる通りで人によっては狂気のように感じる方も多いですよね。自分でも思考が窮屈だな、もっと自由に考えたり生きられたらなーと思うことは多々あります。ただ、私の場合は不幸中の幸いかそれほど優秀ではないので、本物の方に比べるとそれほど悩みは深くないかもしれません。
飛び級や落第もどしどしすすめられたら良いのに。
やる気がすごくあるなら飛び級はありかなと思いますね!ただ、勉強は1人でもどこでもできますが、同年齢の友人と密な時間を過ごすのは学校でしかなかなかできないので、個人的には飛び級やや反対派です。
天才は測れない
うーんちょっと偏見が入ってるかなと。最後の「謙虚に、人を下に見ず」って、基本ギフテッドはしないんですよ。普通にしてるだけで僻まれて攻撃される、その毎日なので「何で上とか下とかいう発想が生まれんの?」って散々辟易してるから。そんだけ頭のいい人が『人は対等』が分からないってのはおかしくて、それは確かにギフテッドじゃないかも。むしろどんなに努力しても『努力しないでもできる奴』と努力してない事にされ、努力もしない人が『あんた頭いいんだからあんたが考えろ』と当然のように責任や義務を押し付けてくる、もうこれ人権無視の奴隷なんですね。人として対等に見てもらえない、つまり見下されてる訳で、逆差別が酷い。ゆえ下に見られる事に慣れちゃってたりします。そしてエンパス能力高くメンタル弱いので、人の悪意や僻み、卑怯さなどを気づきたくないのに敏感に読み取ってしまい(何でそんな人を傷つける発想するんだろう……)って悲しくなってザクザク傷つく。それを支援する一貫としてギフテッド教育があるんですよ。ギフテッドも障害にあたりまして、知能が低い人達には沢山の支援施設があるのに、ギフテッドはメンサしか無しでみんなの悪意に囲まれながら普通と同じに生きなきゃいけない。更にギフテッドあるあるらしく、私も4、5人絡まれてますが、自己愛性パーソナリティーの人がむっちゃ奴隷扱いしようとつきまとってきて追い払っても離れない。普通の職場では大抵人気者になりますが、悪意や見栄が強い人には何もしてないのに嫌われ苛められる。親切にしても努力しても関わらないようにしてもわざわざ寄ってきて嫌がらせされる。存在が許せないって人とどう人付き合いできます?そんなのの面倒見る義務ないのに「頭良かったらそんな人とも付き合えるだろ」ってこちらの苦労も努力も忍耐も何も見ず丸投げってのはどうかとね。そういう時『ギフテッドは特別だから』で誰も助けてくれないショック、分かりますかねえ。あと、ギフテッドの違いというなら、脳の作り自体が違う感じなのかも。何か正解を出したい時、みんな考えて正解に辿り着きますよね。ギフテッドは逆で、先に最善の答えがなぜかポンと出てきちゃう。んでなぜそれが正しいのか即座に説明できるんですね。ご存知ならファイブスターストーリーズって漫画のミース・シルバーのテスト解答、あれかなり近いです(勉強の答えが分かるという意味ではなくあくまで思考の仕方の例えです)。そして人格はちゃんと普通の人なんですよ。パーフェクトでもオールマイティーでも魔法使いでもありません。普通の人なのにそれをみんなに強要される人達の事ですよ、ギフテッドってのは。どこか調子に乗ってるところ、ありますかね?知り合った他のギフテッドもみんな謙虚ですよ。
コメントありがとうございます!この頃は再生数や登録者もほとんど0に近かったので、動画の内容が尖ってますね😅動画の内容が誤解を招くような内容だったかもしれませんが、本当に優秀な方(gifted)は謙虚だと私も思います。動画でも話しているかもしれませんが、学校のお勉強が少しできるIQが少し高い程度の子(動画で言っているエセgiftedで私もこのタイプ)をgiftedと扱っている最近の風潮に違和感です。実際学校の成績が少し良かったgifted扱いの大学生のインタビューでの発言が、同級生を馬鹿にしてるような発言でした。
小学生中学生で公文式の高校レベルまで到達する子はけっこういます。私の姉、私が進学した偏差値49の私立高校の友人2人、中学から私立にいった公文式教室の息子さん。計4人いました。姉は横浜市立大文系、高校の友人2人は東海大学と四国大学、公文教室の息子さんは千葉工業大学にいきました。私は公文式で学校より遅い学習スピードしか出ませんでした。しかし慶應理工に合格できましたよ。上記の4人は勉強内容を理解している訳では無いのです。数学では単純な手続きを覚えているだけ、英語では単語の意味を適当に繋げて文意をねつ造しているだけなのです。殆どのgiftedがおそらくこのパターンだと思います。安易にgiftedと呼ぶのはやめた方がいいと思います。東大に楽勝で受かってしまう人がいる以上giftedという言葉は安易に適用すべきじゃない。さて理3生について。間違いなくgiftedです、少なくともペーパーテストの天才です。
おっしゃる通り、安易なギフテッドの言葉の濫用は良くないです。理三はペーパーテストのプロフェッショナルというイメージです。
全く同感!!! 上位1%とか全然普通。将来優秀な人材程度。上位0.3位?からにしないと。そもそも、物心付く前にIQ測るなと😂。正確に出ないでしょ。
小さい頃は成長の振れ幅が特に大きいので、その時に判定するのはかなり微妙だと私も思います。
そうゆうところで、嫉妬心が沸くのがおもしろいですね。
才能≠学力
一部、疑問を感じるのですが、東大生の平均IQ120(上位10%)と聞きますので、東大生全員が上位2%(IQ130以上)に余裕で入るというのは壮大な勘違いだと思いますが。メンサをバカにされているようですが、仮に東大生全員メンサ受けても、おそらく2割も受からないと思われます。IQ130以上の東大生がいったい何割いるのかと思います。(理Ⅲならおそらく全員受かると思います。)学業成績とは違う素質がいると思います。東大生の8割はIQ130未満でただ努力しただけのふつうよりちょっと賢いだけの全然「ふつうの人」なのではないかと思われます。(98%のIQ130未満が「ふつうの人」だとすると)ポテンシャルあっても家庭事情やその他もろもろの理由で、十分な教育費をかけてもらえなかったり、勉強する環境になかったり、勉強時間を取れない生徒もたくさんいます。親が高学歴の家庭なら格段に有利になるというのもあります。さらには、頭よくても真面目でない生徒もたくさんいます。学業成績上げるためには頭のよさだけでなく真面目さも必要です。IQ高い人みなが勉強に興味を示すわけではありません。勉強以外にもいろんな分野で才能を発揮していたり、あるいは無為に遊び惚けてるだけの人たちも多いでしょう。気付いていないだけで、ポテンシャルある人はそこらじゅうにウヨウヨいると思います。「理Ⅲ」ということで、ご自分の頭脳を「上位10000分の1ほど」だと思われているようですが、そこまでの方ではないと思います。それはあくまで学業成績だけでの位置づけですね。沖縄という不利な環境を跳ね返してということを考慮すれば物凄い人なのだというのは分かるのですが、それでもさすがに10000分の1は買い被りすぎだと私は思います。ご自身が仮に知能検査受けたら、10000人に1人の上位0.01%に当たるIQ155あたり出るでしょうか?上位2%のギフテッドの人たちのことを、「自分よりはるかに格下の人間」と思われているような感じですが、ご自身とそこまで思っているほどの大差はないと思います。学業成績で上位2%では全然大したことないですが、IQで上位2%ならかなり凄いと思います。学業は努力すれば誰でもある程度伸びますが、IQは先天性が強いので、努力してもさほど伸びないでしょう。IQを学業成績と同じものと混同して勘違いしているのです。勉強したかしてないかだけの差で人間の能力なんてそんなに大差ないと思います。「学業成績上位2%」と「IQ上位2% 」を同列に比較することがそもそもの間違いです。それぞれかなりの別物です。理Ⅲ平均IQは140程度と言われています。 上位0.38% (10000人中38位)~ 「学力」と「知能指数」の関係 ~ある集団で「学力」がトップの人が「知能指数」トップにはなかなかなりません。ある程度の相関関係は有ると言われていますが、成績はいまいちでも飛びぬけた「知能指数」を示す子供もいるのです。論理的思考能力や問題解決能力が高ければ「知能指数」は高いと言われます。それでも、理ⅢならIQ140ぐらいは保証されていますし、おっしゃっている内容はよく理解できました。「天才はなぜ生きづらいのか」も視聴させていただきましたが、それも合わせて、メインである話の筋は非常にわかりやすく、これほど説明が上手な方は初めてでした。ありがとうございました。
ギフテッドとは新発見したり、人にはない発想をしたりする人です。成績が良いのがギフテッドとは言いません。物理や数学での新定理、科学での新発見、発明家などです。
中受で筑駒に余裕で受かってから自称してほしいですね。
コメントありがとうございます!個人的には勉強がすごくできるとかIQが高いというのは秀才型なので、本物の天才はもっと異次元の存在だと思っています。それこそ最近8冠になった藤井聡太さんは圧倒的に本物の天才ですね!
@@uechi.poseidon ですね。というか、能力が高い人ってIQテストとかで能力を証明しないです。
?精神年齢と頭の良さ混同してませんか?幼い子供で精神年齢も低いのでコミュニケーションは年齢相応。けれども頭が良い人で周囲と同じレベルの学習では暇すぎてついていけないか、そのレベルの答えを強要されるので反発する。だから勉強自体も馴染めない。もっとレベルの高い事教える。が今の言われているギフテッド教育の話なのかなと。ただこの人たちがスゴイ人かどうかは別だと。
コナンの例えが悪かったですね。申し訳ありません。学習速度が速く授業が暇すぎるというのは多少優秀なら誰もが通る道で、世の中色々な学力や性格の人がいることを理解して周りにあわせる協調性を学ぶのが学校(特に小学校)だと思います。学力向上にだけ重きを置いてるギフテッド教育は、その視点が欠けているので問題が多いと思います。
年相応の精神年齢で他人が苦労する問題を余裕で解けるなら、むしろ周りと仲良くなれるはずなんだけどね。
やっぱり東大でお医者さんなるような人は違うね
同感です。なんで、発達障害がある子(でそこそこ賢い子)を取材して「ギフテッド特集」とタイトルにするのか、いつも違和感があります。それなら「発達障害」というタイトルにするべきなのに。しかも、取材されてる子よりも、開成中学とか目指している子たちのほうが何倍も賢いわけで、取材されている子がとりわけ優秀でもない。
日本ではギフテッドと2Eを混同して定義してるようで、報道などでは特に違和感を覚えます。うちの息子もえせかなと思ってますが😂無勉強で受けた模試で灘合格の偏差値でした。学校生活に困ったことがないので、日本定義のギフテッド児ではないんです。困ってる子には支援はあるけど、困ってない子にプラスαの教育はない。結局【秀才】で終わるのが現状日本ですね。
まぁ本当のギフテッドなら、「日本の教育が〜」とか関係なく偉業を成し遂げそう。結局外部の力を頼らないと大成出来ないなら、秀才で十分かも
ギフテッドを理解されてないのに否定的な発信されているのが残念に思いました。IQ検査にある項目内容で得意な事、不向きな事がわかります。検査を受けて判明するのでエセギフテッドはいないと思います。親も子育てで解決できない苦悩から病院に行くので目に見えない苦労も理解してあげてほしいです。
100%同意
今見ると正直、お医者さんとしてはちょっと不勉強な印象を受ける動画ですね
私もそう思いますが、医師といっても意外と精神科領域はあまり勉強していない人が多いと思います。
オーバーアチーバーの方が人生うまくいく。ただ、成功したオーバーアチーバーの言う事は凡庸で聞くに値しない。「それくらいわかっとるわ」ということをわざわざ言う。
Giftedの幅は広い。私が知っているそれは、小学一年生にして書字の才能がある人であった。見本の字を、コピーするかのように書けたばかりか、既に、この人の手跡であるとはっきりわかる字を書いた。私はこの人のおかげで、字を習う必要はないと悟った。字とは感性の問題で、幾分かの修練が必要だとしても、常人が到達できないレベルがあるのだ。故に、私は字は習ったことがない。だが嫌いではない。
なるほど😊
やっぱり長所を伸ばすってのはそうあるべきってのはわかりますが、平均になるように短所をカバーすべきですね。短所があるとどんな長所も無意味になりますからね
どんな基準ならみんな納得するのか
べつに批判的な意味じゃないです
@@お爺さんの極み みんなが納得する基準はないと思ってます。だからこそ、安易にレッテルを貼るべきでは無いと思っています。
勉強じゃなく、たとえばプログラミングとかに異常に興味があってその道に進む決意のある子供を保護してあげて欲しいね。
ペーパーテストなら理三と数オリ本戦突破からgiftedかなあ。メジャーなスポーツならプロになったらgifted。棋士ならプロになったらgifted。藤井聡太はthe giftedof gifteds。最近神戸大学、筑波大学とメンサ資格と小学校中学校の成績でgiftedと名乗る方々がいますがそんなの普通も普通、凡人も凡人です。
@@MultiYUUHI 凡人らと仲良く生活できる人間は救う必要はないのですよ。突出し過ぎて周囲に溶け込めないレベルの天才がギフテッドでしょう。
この動画で、自分のずっと思っていたことをほぼ、言ってくださっていて、驚きました。自称ギフテッド(エセ)だった僕を、上司、先輩方、そして、なにより客先の皆様方が、きちんと教育し直して下さって、、、かれこれ、15年笑笑、おかげさまで、今の自分があります。(当時、ギフテッドという言葉無かったかも)今は、自我が、かなり薄れて、もっともっと、会社に、社会に、貢献したいと素直に思っています。
ありがとうございます!動画では尖ったこと言っていますが、実際は若い頃はある程度自信がありすぎるくらいが良いかもしれないと最近は思っています!おっしゃるように、みんな自我が薄れて丸くなっていきますので。
オレは自分を天才だと思っている。デメリットがほぼないから。"あー発想が凡人だなー"と思うがモーマンタイ(^_^*)✌️
結局は自分のメンタルがハッピーでいられるのが正解だと思います!
会話興味・関心、価値観の差かなと思います。例えば「遺伝子工学の可能性について。先日面白い記事を発見しました。同性同士のマウスで生命が誕生したそうです。凄いと思いませんか?発展すればLGBTの方、不妊に悩んでいるの希望になります。反対する人もいるでしょう。私が小3のとき、科学館で遺伝子操作に対するアンケートがあったんですよね。遺伝子組換えによる食料問題の解決と貧困について…………」と言っても大抵の人は聞く耳を持たないでしょう。
ギフテッドってそもそも人類が思いつかない難題や発見した人がそうかなぁと私は思います。
知能レベルが高いなら、その知能を活かして人間関係を良好にすることも上手くいくはずだわな?藁
全く賛成です。私も中学までは秀才扱いでしたが結局凡人でした。それに本当に頭良かった人は子供の頃から人間関係もそつなくやってたイメージです。子供は素直なのでホントに頭いいと一目置かれて何かとやりやすくなるのが普通でしたよ。
早めに気づいて、しっかり路線変更できると楽になりますね。
ただ、路線変更せず努力し続けて何かしら成果を出すのも最近はありなのかなとも思ってます。
そもそも「ギフテッド」の定義が主観的すぎるよな
私個人としては、まだ発達途上の子供に「ギフテッド」といった特別感を与える名前をつけるのは大反対です。それが本人にとって重荷にも縛りにもなりますし、問題に直面した時の免罪符にもなり、その子のためにならないと思います。
ノイマンもアインシュタインも人気者だったらしいですね
TVに出るギフテッドって「こんなのがギフテッド…?」というのが多いなぁって薄々感じてたんですよね…
・TV局が子供に「こんな感じで、ギフテッドっぽいことを言ってください」と台本を渡している
・ガチなギフテッドは取材を受けない
・マジな才能がある人は大人に嫉妬されてしまい、表に出てこない
のいずれなんですかね…?
この動画をみてすごい納得できる部分が多かったです。上位1%なんて世界規模で見れば8000万人以上、日本だけでみても120万人以上いるわけでギフテッドというよりは得意くらいの認識の方がいいんでしょうね。
将来、全く役に立たない称号に縛られる子供達は本当にかわいそうですよね。
ギフテッドの定義は曖昧で、突出した能力があるっていうのがギフテッドって人もいれば、アメリカでは上位5-10%がギフテッドクラスに入れるので、その子たちがギフテッドキッズと言われることもあります。学校の授業が簡単で高校生まできて、勉強の仕方がわからず、高校生になってドロップオフするアメリカ人がたくさんいます。なのでそのためのサポートが必要な子もいます。ラベリングは良くないけど、グレーゾーンや発達障害のようにみんなとはちょっと違うけどそのままでもいいんだよっていうグループが必要な人もいます。そして親御さんもどのように育てたらいいかを見極める決め手にもなります。日本でもあまりに情報が少ないけど、もう少し発信するにはギフテッドについて勉強をしてほしい。。
定義が難しい領域なのでたくさんの定義があると思いますが、上位5-10%程度の普通の子をギフテッドと安易に呼ぶことに反対しています。
この話にあまりピンとこない方が多いと思うので、普通なのに「天才」ともてはやされた私がその後どれだけ苦労したかを次の動画で話していきます。
@@uechi.poseidon 苦労されたのですね。きっと日本にギフテッドクラスがあればそこまで特別扱いされることはなかったかもしれないですね。
@@maiko2022000
ありがとうございます。
個人的にはギフテッドクラスの存在もどうなんだろう?と思ってます。クラス分けによって幼少期に自分は「ギフテッド」で特別な存在と明確に思ってしまって、それに囚われて後々苦労してしまう子も多いと思っています。
定義が曖昧なら誰もギフテッドの判定なんか出来なくないか?判定できないものをさも天才かのように紹介するメディア、メディアの情報を鵜呑みにして小さな子供にプレッシャーを与えていることに気づかない大人。そういう現状に対する違和感があるってことを投稿者は言いたいのかもしれないよ。
5-10%
って結構な数だし、それくらい多いと流動的で絞り込めないでしょう。だから10%から下の子でも普通に這い上がっちゃえるし、元から圏内の子でも圏外になりますよ。
5-10%って特別扱いする数???
これは本当にそう。ギフテッドというよりとても要領が良い人
偉大な功績残した人は大体が穏やかだったり見下したりしない人だから、社会性が大事なんだなと分かる。一人じゃやれることに限界がある
学問の世界に入れば子供だろうと大人と飛び抜けて優秀なら同じ土俵で研究ができるわけで、本当に才能があるならそうした環境の中でも突出した成果を出せたりするとおもうのでそういう挑戦ができる環境は多くあるといいですよね。
(私自身は学力コンテストで小学生の時から載っている人を見たときは敵わないと思いました...)
過去あった人の中でこの人ギフテッド的な人だなと思ったのは数学が大好きで小学生の時から好きすぎておじいちゃんの数学書を読破したに収まらず、海外の知見を広げたいと英語や色んな言語の読書を出来てて大学になった時にはネイティブレベルの英語やらフランス語やらで話せるレベルの数学者の人がそうだと思う。
その人さらにプログラムにもどハマりしてよく分からないシステムやってたし……
その人人当たりめちゃくちゃよかったな……
認知の歪みは、根気良く教え続けると正してあげられるけど、コミュ力は、教えてもわからないんですよねー。感謝と敬意は、教えても本質的には理解されないけど、親が周囲の誰に対しても常にそのマインドで接していたら、子供も大人になったら自然とそうなるでしょうね。
子供の頃、多少賢くて(東大とかは余裕で無理)周囲から浮いてはいたけれど、ギフテッドとかいう言葉がなかったおかげでまともに育てた気がします。
全勘違いギフテッドに見せたい動画
本当の天才て、先人の天才たちが生み出した既出のものを完璧に覚えることじゃなく、誰もが気づかなかった発見をしたり新しい何かを創造していく人だと思ってる。
覚えるのが秀才、生み出すのが天才。
子供の頃から何かの検定取りましたとか丸暗記できましたとか、それは秀才だなって思います。
ただ生み出す人の才能は学校教育の段階では測れないんですよね。覚えることに重点を置かれているから。
だから本当のギフテッドは辛いんです。
ギフテッドに必要なのは自由な時間と自由な感性とそれを否定しない大人と環境、たくさんの本と材料。
彼らだって人間ですし合点がいけば自分の非を簡単に受け入れます。自分を否定されればどこか欠けているんだと捉えます。
ギフテッドを育てたければ枠や概念を取っ払う必要がありますね。
あと彼らは秀才とは違って評価される機会が少ないのと、無我夢中で創作しているので自分で納得できるものを生み出すまでは自分のことを出来た人間だとは思ってないと思います。特別だと崇められることに何の意味があるのかと考えると思います。
そこも秀才とは違う点かなと思いますね。
日本が始めようとしてるギフテッド教育やメディアが広めるギフテッドの概念に疑問を抱くのは共感です。
おっしゃる通りです!
本物の天才は既存の枠組みを疑うので、馴染めず苦労すると思います(幼少期から普通とは違う発想を持ってたが成績は悪かったアインシュタインや、不登校だったエジソンなど)。
なのでインプットが人並み外れて得意な秀才を天才・ギフテッド扱いするのは違うと思います。これの次の動画では秀才型凡人の私が苦労した話について話しています。
ギフテッド≠天才というのはある程度ギフテッドについて
理解のある人間ならば恐らく共通の認識だと思いますよ。
その上で、ひとつ主さんに欠けているのかなと思う視点が
ギフテッドにしろ、天才にしろ別にオールマイティではない、という点ですかね。
「本当の天才なら〇〇も出来るはずだ」というのはよくある世間の誤解、
もっと言ってしまえば凡人の嫉妬に根ざす見解で、勉強も人間関係もそつなくこなすのは
それこそ「要領の良い子」だと思いますよ。
知能に限らずですがある程度突出した要素を持った人間が浮いてしまうという状況は現実としてよくあります。
それに対して「君は多少勉強が出来るだけなんだから周りより偉いなどと思わない方がいいと思う」という風に
"矯正"しようとするより、大人としてはまた別の声かけがあるはずですよ。
彼らの中で特に孤独感を覚えている子が持つ悩みは、良き話し相手になってくれる人間がいないということに尽きるのですが、
相手になる人間は実際に少ないですからね(見つかれば非常に幸福だと思います)。
そういう子たちに大人が出来ることがあるとすれば、画一的な考えを押しつけるより
可能な限り(特に精神の)自由が損なわれない環境作りをすることくらいなのでしょう。
なるほどと思って動画を拝見していました。確かにIQ130以上の人は2クラスに1人の割合でいる事にならりますが、東大に入れる人はそんなにいませんよね。
こんな記事を見たのですが、優秀な子とギフテッドの違い…いわゆる優秀な子と言うのは授業態度もよく、全体的な教科で成績がよく、友だちも大勢いて、先生のいうこともきちんと聞ける。 そんな「万能選手」のイメージ
一方、ギフテッドはというと、ある分野では桁外れの知能を持つ一方で、苦手分野は理解が進まないことだとありました。
私自身、知能の高い子を育てていますが、ある分野にだけ能力があり、その他人間関係や生活面では出来ない事が多く、毎日苦労の連続です。
学校の成績もずば抜けて良いとは言えません。😅よって決して万能ではありません。
発信者の方は超優秀な方なのでは無いでしょうか。
と思いました。
皆がいうギフテッドって社会的能力(コミュ力など)が欠落してるただの秀才だよね
いわゆるギフテッドと括られる2児を育てる父親です。この動画でご指摘の通り、実社会での能力として、百万人に1人の天才というほどの特異な才能は今のところ発現してないですし、ギフテッドの代表的な指標として挙げられるIQの高さと社会的な成功というのはそこまで一致しないのでは?というように思っています。
(もちろん大事な子供たちですから、主観的には唯一無二の天才だと自負していますが。)
ただどちらかというと心身や知能の発達の凸凹に起因する困りごとはあるので、そこへのサポートを求める意味でギフテッドというラベリングがあるのは助かるなと感じています。
一方、そのラベルのネーミングが天才児のイメージを想起させ、不必要な自尊心や嫉妬のようなものを生んでしまうのは確かにあると思います。
またこのようなら困りごとや才能というのも程度の差はあれ皆持っているものなので、それを乗り越えて開花させるためには1人1人の特性を前提にした環境と関わり方が大事だと思いますので、そういったものが当たり前にある世の中になればラベリングなんてそもそも不要になるので、そんな未来が来たらいいなぁと考えてます。
このコメントに共感です。我が子も全く同じで情緒と知能の凸凹で困っているのでギフテッドのラベリングはありがたいです。文科省の支援も進んでいるみたいですし…
コミュ力高く表面上は学校で人気者でうまくいってても孤独を抱えてたりします。
うちもそうでしたが、発達障害ではなく、あえてギフテッドと考えることで親が子供を肯定出来るのはありますね。コミュ力養成は課題ですね。親子で勘違いを増長させないのが大事でしょうか。
ギフテッドと呼ばれる子が出てくる動画を見てもどれも小学生、幼稚園生とまだ小さな子供で違和感はありました。
それも周りより勉強の進むスピードが早かったり英検1級、数検1級取得、IQが高いなどで長い目で見るとこれはギフテッドなのかと思ってしまいました
確かに小さい頃は成長の振れ幅が大きいので、幼少期に周りがどうこう言うのは微妙です。
ズバリ、理Ⅲ合格レベルは、語学も抜群に出来ますから、理解出来ないんでしょうね。
京大理学部に多いような数学、物理抜群に出来るけど英語マズマズ、国語サッパリみたいな発達障害系のギフテッドが、普通の学校では他の生徒と上手く出来ずに才能が伸ばせない、これをどうにかする、というのが目的とすれば、集めることは意味があるでしょうが、コミュ力が劣っていることを理解させて、才能を伸ばして世の中に貢献したいと思わせることが重要だと思います。理Ⅲ上がりの人何人も関わったことありますが、やはり変わってますよ。
「私から見ればギフテッドってごく普通の能力の人でコミュ障がある人」というとらえ方かと思いますが、どうしても「東大理三の俺の方が・・・」と言う風に言っているように聞こえてしまいます。
ギフテッドはIQ130を境界としているため、仰る通り上位2%程度なのでそこら中に居ます。つまりTV番組などで勝手に天才扱いされているだけで、世間一般が思っている所謂天才ではないというのは当然ながら私も同意見です。しかし他人と合わないのはコミュ障のためではないか?という点は少し違うと思います。実際IQ100とIQ130とでは理解力や理解のスピードなどにはかなり違いがあると思っております。やはりIQ130以上となりますと平均的な人と比べて頭の回転が速いという印象は強く受けます。そのことから、例えば「自分の頭の回転に合わせたペースで話をしても他の人の理解がついてこれていない」といったことが頻繁に起こります。こうした「ちょっとした違い」がまだ小さな子供のころには苦痛に感じてしまうことがあります。こうした「ちょっとした違い」に困惑してしまうことがあります。結果としてIQの高さがコミュ障の原因となることはあると思いますが、これってコミュ障が先でそれが原因で孤立してしまうのとは違いますよね?
東大生の平均IQは110-120というデータを見たことがあります(どこまで信頼できるかは不明ですが)。ギフテッドの人で学校の成績が悪い人も実際に多いです。当然ながらギフテッドであれば(全員が東大を受験したとして)みんな東大に合格できるという訳では無いですね。しかし同様に(もしこのデータが信頼できるのであれば)東大生=ギフテッドも成り立たないですね。※ポセ院長は「東大生=ギフテッド」とは仰っていないことは承知しております
「ギフテッド=天才」という作りのTV番組などは多いですね。同様に「東大生=天才」という作りのTV番組なども多いですね。これは単純にその方が視聴率が取れるからだと思います。RUclipsであれば再生数が稼げるから。どちらもあくまで製作者が意図してそのような作りにしているのであって事実とは異なります。その点は理解しておく必要があると思います。こうしたTV番組などの捉え方が一般的認識だとして捉えてしまうと事実を誤認してしまうと思いますが如何でしょうか?
因みに私は「ギフテッド=全員天才」とは全く思っておりませんが、同様に「東大生=全員頭がいい」とも思っておりません。「ギフテッドの中には本当の天才もいる」が正しいと思っております。同様に「東大生の中にも頭がいい人もいる」も正しいと思っております。当然「東大生の中にはギフテッドもいる」は正しいですね。もし「東大生の平均IQは110-120」というデータが正しければ、「東大生の中には世間よりも少し多めの割合でギフテッドがいる」と言えそうだと予想できますね。同意していただけると思いますが「天才は必ず東大生or東大卒である」は成り立たないですね。天才の例として出された藤井棋士は東大卒ではないですから。本当の天才であれば一流大学から選ばれることはあっても、必ずしも一流大学を選ぶ必要自体がないと思います。自分のやりたいことをやれる環境を選べばいいわけですので。
賛成です。
取り上げられてる、giftedは、小学生なのに高校の数学が解けるとかそう言うものばかり。
早期教育とかで親が鼻息荒くやってたら、凡人でも結構やってのける子はいると思う。
医院長先生は割とバランスの良いギフティッドでは?ということと,本物のギフティッドだったらちゃんと活躍してるはずだ,という言葉からはギフティッドという呼称のレベル感がかなり高いのかな?と思いました. 普通ちょいアルファでも,バランス悪いとホントに国語が行き違ったりして,社会の中で(本人には自覚ない状態で)相手により上手くいかない状況が発生します.少なくとも本人が自覚して対処することは必要ですが,周囲の求める一定の社会適合を推進する中で(コミュ力を磨く?),相手により本人がバランスを崩す場合があって,その場合には無理せずに一定の距離を保つことも必要かと思います.名前をつけるつけないでいくとつけなくてもよいですが,バランスの悪さからくる社会課題には本人>周囲が対処する必要があると思います.社会の側は人格評価を1点だけでなく,多面的にする必要がありますし,通常の感覚からすると少々迷惑な少数派の変わり者を潰すために,安易に反社勢力の手を借りたりしないことも必要です.医院長先生の周りは割と歪感や反社勢力の少ない社会かもしれませんが,自分たちと異なることについて,感情的に異常ヒステリー反応する世の中の組織は散見されます.見分けることは,見分ける側と本人のスペクトルの相互関係もあると思うので(出会い?)そう簡単ではなく,言われるようなRUclips見たレベルでは難しいと思います.いずれにしましても「イェーイ」みたいな能天気な話ではなくて,言葉の内容を多面的に定義した上で課題を議論することが必要です.
小学2年生の子供を育てていますが、老若男女と仲良くなれるコミュ力で謙虚故に周りに合わせて疲労を溜めるタイプの高IQ児です。社会に出ればただの人になると思います。ただ、授業が簡単過ぎて聞けないのは周りを下に見ているからではありません。常に新しい知識を取り入れていないと耐えられない脳なので、学校でも家でも本を読み続け、映像から学び思考する。永遠と止まりません。親子でかなりの疲労です。明らかに「優秀児」とは違います。ギフトなんてポジティブなイメージに追い打ちをかけられますが、本当に苦しんで育児している母親には名称だけでも唯一の居場所です。そして知的能力と精神性は比例していないので問題解決を自力でするのは難しいです。それができるのは「優秀児」です。
それは大変ですね。私のようなエセエリートの凡人にはあまり理解できませんが、優秀さ故の様々な苦悩があるかと思います。
動画でも話していますが、私のような凡人は驕らず周りに適応することが大事ですが、本当に特殊で優秀な方は周りに無理に適応せず1つの分野に特化してそれを伸ばしていくことも大事だと思います。
授業が簡単なのは、集団授業の弊害で
学校の先生はクラスの中間、中間より少し上あたりのボリューム層に向けて授業を行います。
小学あたりだと下に合わせて授業やったりもします。
なので小中あたりでは、授業が簡単だと思う子供は結構います。
学校で学ぶのはむしろ人間関係とかなので、普通の中に入ってコミュ力を鍛えるっていうことのほうが大切だったりします。
あと周りに合わせて忍耐することだったり。将来一般社会に子供は投げ出されるので、
いろんな側面から考えて子供の将来を考えて、本当に特別なクラスでいいのか一般学級に入れないで大丈夫なのか考える必要があると思います。
そんなレベルなんて掃いて捨てるほどいるんだから、特別と思わないことだね
精神的な成熟度とは別なのでは?
理解者とは「自分と同じ視点で見てくれる、考えてくれる人」の事を指すと自分自身は思うけど、自分がギフテッドかは分からないがIQの差が広すぎるが故に、相手に寄り添って同じ視点で見ようと努力しても相手の精神年齢の問題だったり、考え方の違いや幼さで、周りと浮いた存在になる。それこそ、自分は自分の突飛した才能が自分を苦しめていたりとか色々な苦行が重なって不登校になって内申が貰えず、一般にも受験できず、底辺高校に通うことになったけど、教師陣は優秀なのだけど生徒の自己認識の誤差や、周りとの考え方の違いで上手くいかなかったりする。自分自身コミュ力はあるが、万人受けする考え方では無いから人から1歩引いて生きてはいる。ギフテッドは2E型にしろ、英才型にしろ理解者や才能を見つけてくれる存在が居なければ潰れてしまう脆い生き物。
改めて自己認識って大事だなとは思う
勉強ができるのがギフテッドではないと思うんですよね。動画的にわかりやすいからなのかもしれませんが世の中こんなにたくさんの材料があるのに指標を勉強の枠に絞ってしまうところが洗脳的な認知の歪みなのではと思ってしまう。
その通りだと思います。
受験勉強は決められたレールの上を、いかに早めにスタートして脱線せず進み続けるかの勝負だと思ってて、学問の本質とは異なる気がします。
なので頭の良し悪しはほぼ関係なく、いかにレール上の環境が整ってるか、早くスタートするかどうかが全てだと思ってます。
ギフテッドとテレビで持ち上げられるか理III生どちらがいいか天秤かけられたら理III生選ぶ笑
支援が必要とする生きづらい子を指す言葉であるので、何が天才かとかそういう話ではないですよ。
最近、発達に偏りがある子供達をメディアがギフテッドと特集していてそういう間違った解釈をしている方が増えてきていますが、ギフテッドとは本来、天賦の才を持つ天才という意味です。
小学生の子どもを育てていますが、勉強よりも何よりもまず小さなうちに学ぶのは社会性や人間関係、同年代の人との交わりだと思っています。その中でギフテッドかどうかに関わらずに興味のあることはどんどん伸ばしていけるような教育ができたらいいですね。
学校やその他の教育機関任せにするのではなく、教育はある程度は家庭の中でできることだと思います。
所謂マスコミなどで取り上げられているギフテッドとされる子達は、親が幼い頃から英才教育を受けさせたことにより、予め答えのあることから興味を広げてギフテッドと呼ばれるようになった早熟型の造られたギフテッドなのか。
早熟型の子は時期が来れば周りと同じようになり、天才も二十歳過ぎればただの人と言われるようになるでしょう。
一方、ひらめき型、発見型のギフテッドは二十歳過ぎてもただの人にはなれないと思います。これらの人はアインシュタインだったり、エジソンだったり、スティーブ・ジョブズだったりと何かしら後世に大きな影響を及ぼしているはずです。
ギフテッドって言葉が強すぎる、ほとんどの人は周りに生まれ持った才能だなって思ったやつ人生で数人もいないだろ。普通に先天性異常思考とかに名前変えれば世間の評価も変わりそう笑
数学のことは全くわかりませんが音楽ならば100万分の1では。安易にギフテッドなんて単語使うなかれ😮
一能型の個性が強い子供はザラにいるし、単に趣味にしか傾注できない子や他人と強調できないだけの子までギフテッドという言葉で特別とするのは、ある種の逃避ですね。
そういう子が阻害されない社会であるべきだが、本人の歩み寄りがいらない訳ではないし、結果的に本人が不幸になる教育にしかならない。
まったくその通りで、いうて周りより少し賢いくらいの人間が、普通学級に通わせることをやめさせ
周りと協調することを学ぶことをやめさせたらそりゃあ一般社会出たときさらに生きづらくなるんだから、
自分は特別だと思わせ、やりたいことだけやらせる教育が
本当にその子のためになるかよく考える必要がある。
いうて藤井壮太も大谷翔平も普通の学校の普通のクラスに通って、そのうえで将棋も野球も時間とっていたわけで
天才なのに本棚置いて論文を引用しまくるのには違和感ありすぎです。
確率的にジャングルとか僻地でもキフテッドでないとおかしいですよね。
ギフテッドの子供がいますが本当に本人つらそうです。他にもたくさんこういう子供が世の中いるとはいってもだからがまんできるというシンプルなものではありません。親子で本当に苦労しながら解決策を見つけて少しづつ改善していくしかなく、学校でも理解してもらえずただただ大変です。
うちもそうです。😢
@@hjnmylove❤❤❤❤
親は無責任にはしゃぎすぎだと思っていました。まず浮いてるならそれを心配すべきなのに、優秀だから浮きこぼれ!配慮を!ってあつかましい。
はじめてこう言うところでコメントします。すごく良い動画すぎて感心しました。
ポセ院長を含むたくさんの力を持つ優秀な方達にお願いします。私にとってギフテッドかどうかは問題ではありません。優秀な日本人を育てるためにお力を貸してください。今の日本の公立学校の教育現場では、できない子たちを引き上げるために学校をあげて多くの時間を費やしています。でもそのために金銭的に普通の家庭で育つ成績優秀な子どもたちは放っておかれていています。伸びる子たちがいっぱい放置されているのが現状です。このままでは日本人は優秀な人間が育ちません。どうか日本の義務教育を変えてください。
たしかに、鬱とか、LGBTとかも、枠や型に嵌めすぎてて、他の選択肢が少なくなる環境を作っているような気がします。
げんげんさん、についても、モヤモヤしちゃいます、、、
医師と弁護士を両立してバリバリ活躍するか、げんげんさんを、早く見たい!と思ってしまいます。ギフテッドと思われる方に対して、どうしても、期待が大きくなりすぎてしまいます。
いろいろ調べてて思ったんですが、そもそも今のメディアで語られるギフテッドのイメージがおかしくて、見てる側の人もそれに引きずられているのかなーと思います。英才教育・天才教育みたいなものの歴史は遡るとずっと昔まで行くようですが、今日本で流布しているギフテッドの話に直接関係があるのはおそらくアメリカの現代のギフテッド教育でしょう。こちらの歴史的経緯を調べると、冷戦下でソ連との宇宙開発競争があったり、日本の経済復興に対して自国の教育の状況に危機を感じたりして「国力向上のための教育改革」を意識して行われたもののようです。だからIQ130程度という、東大理3の先生から見ると低く感じるラインが引かれているわけです。少数の歴史に残る大天才を育てたいというよりは優秀な人材を増やし、パワーアップさせたいのだと思います。先生が動画中でおっしゃった「東大生は全員ギフテッドなのか」は反語ですが、この答えはイエスでいいんだと思います。実際東大生は官僚になったり研究者になったりして日本を支える人材になっているし、そこまでの経路の有名進学校や予備校・塾などもほかより進んだカリキュラムをやったりしているわけです。もし東大に行くような人達の学びを支えさらに能力を伸ばしたりモチベーションを上げたりできれば日本の国力が上がることを期待できますよね。第二次世界大戦後の日本ではこういう国を強くするみたいな話はタブーなところがあるので、こういう角度からのギフテッド教育の話は語られにくい。朝日新聞では、第二次世界大戦末期の日本の英才教育についての記事もあるようですが。アメリカでも子供たちの自分に合った教育を受ける権利みたいな考え方が後からくっついてきて、その結果、偏った能力で補助を必要とするようなタイプの子に注目が集まるようになったのかなと思います。
今日本でギフテッドが話題になっていることと日本が沈没しつつあること、隣国の中国やロシアが物騒な動きをしていることはおそらく無関係ではなく、朝日新聞の記者はそのへんに危機感を持って記事を書いたのかなと思います。ただし今文科省が検討しているギフテッド教育は、障害があるタイプの子の補助に特化しているようです。
私は東京育ちだったので、あまり苦労はしませんでしたが、才能ある子ども達にいろいろや知識や体験を与えるのは意味があるとは思います。ただ、道徳や協調性を教育するのも必要ですし、本当にオールマイティーなギフテッドは相手の事を配慮する知性もあると思います。偏った秀才は、2eや、発達障害系統なのかもしれませんね。おっしゃる通り、エジソンやスティーブジョブズ、ビル・ゲイツ、マザーテレサなどは家系や学歴に関係なく頭角を表してしまうものなのかもしれません。ギフテッドか2eかは別として、独自路線で偉業を達成してしまう人が本当のギフテッドなのかもしれませんね。もちろん、すごい虐待やいじめなどの環境因は無くすべきですが。
理想としては、協調性や道徳、人生哲学、生き方、みたいな教育や素質もギフテッドには必要だと思います。
ちなみに私は公立小学校では学年一位、都内の進学校では90点台くらいとれましたが、理三や官僚には及ばず、ギフテッドではない普通の人間です。ただ、幼稚園くらいで、自分はいつか死ぬと悟って号泣したり、簡単な漢字やひらがなカタカナくらいは自然とマンガなどで覚えてましたが、偉人や天才には及びません。。また、勉強以外の才能も、天才の定義に入ると思います。普通は大学受験や全国大会、オリンピックなどで選抜されますが、それで充分な気もします。
たしかに離散に入れるような人間は全員小学1で中学レベルまで余裕とかという世界なんですかね?
知らんが、、
ただ一方で、日本にはアメリカのような飛び級制度もないので、無駄な時間を学校で過すというも微妙。
この辺制度が日本はもう少しあっても良いのではとは思いますね。
ただ、コミュ力が大事というのもそうでたしかアメリカで飛び級しすぎて、子供でNASAは入れたけど馴染めなくて辞めたとかそういう事例はあった気がする
社会性に限らずなんでも小さい頃しか身につかないことは多いと思うので、小さい頃にこそ飛び級とかせずに同年代のいろんな人と接した方が後の人生のためになると個人的には思ってます!
そのギフテッドという英語の呪縛から脱却しないとダメですね。
日本語でなんか変わっているが出来てるあの子でいいと思うのです。
めっちゃ良い動画じゃん
ギフテッド当事者やその保護者の方々がこの動画をみたら大変落胆すると思います。あなたのような発信力のある方がギフテッドを正しく理解してくれることを願います。訂正の動画を待っています。
むしろ自分が自分の子供がギフテッドだと思い、やりたいことだけやってやりたいことだけやらせて
辛抱強く学ぶことや、コミュ力高めることをやってこなかった子供が
大人になったとき普通の人間だと気が付かされたとき
その子は一般社会で生きていく力を持っているような気がしないんだよね
その教育本当にして大丈夫なのかよく考えたほうがいいよ
あくまでも世の中知らずな高校生の意見ですが
「ギフテッド」と「秀才(努力型)」とが違うことについては賛成ですが
「ギフテッド」と「突出した才能を持った天才」との間にも違いがあるのではないかと思います。
というのも、「ギフテッド」の核となる部分は、考える手順や優先順位、目の付け所が独特であるがために、周囲からはなかなか認識されない、本人のみが感じる違和感や孤独感だと考えるからです。(稀に集団の中で浮いてしまうケースがあるが)
そこに多かれ少なかれ才能が加わったというだけなのではないでしょうか。
だからメディアは稀なケースのみを取り上げていて、
それをポセ院長が見ると「それほど凄いものではないし、もっと社会になじめるようになってほしい」と思えてしまう、(間違った理解をしていたらすみません)そういうことな気がします。
そのため、(少し理由は違いますが)ポセ院長のおっしゃる通り、「ギフテッド」という名前を付けることには反対です。
ギフテッドという名称が良くないのでは?
有能な子が飛び級する事には賛成。
名称もかっこつけている感じがして良くないですね。
学校は勉強するところではなくて、色々な人と接してコミュ力や協調性を鍛えるために通うものと思っています。
勉強は学校外ですればいいと思ってるので個人的には飛び級は微妙と思っていますが、本物の天才限定でするのはアリかなと思います。
横からすみません。まずギフテッドという言葉は、おそらくキリスト教の神から特別な才能・能力を与えられた人という意味から来ていて、キリスト教国である欧米で生まれた言葉だと推定されます。 また「gifted」の定義についてはアメリカ教育省が1993年に提唱した、かなり曖昧な定義ですが、それに基づいているのではないかと思われます。
@@uechi.poseidon確かにそうですね。公立の学校は他人との協調性を身につける為に存在するのだと思います。私は音楽が好きなのですが学校の音楽の授業を受けたとて下品な表現ですが「屁の突っ張り」にもなりませんからね
大体が何かに特化しているといっても、それもできる人からすると、大したことなかったりしますね。
学校のテストで百点は普通ですし、そういう子達は多いので習熟度別になれば退屈しないのにと思います。
小学校のとき、岐阜から転校してきた奴に、「岐阜テッド」ってあだ名つけてやったことがある。
いまだに恨まれてる。
😂😂
昔からギフテッド知ってたのは最先端いってましたね!
私もギフテッド教育には反対なのですが、ただ音楽とか芸術分野やスポーツ分野には校外教育の場はあるのですが、数学とか物理、自然科学分野や人文科学は学校という住み分けになっているので、そこから進んで学習したい子供たちを受け入れる校外学習の場がありません仮にそうした校外学習のサークルがあってその中から成長していく才能であれば育てていく意味はあると思っています。とりあえずそうした場所を作るのが先ではないでしょうか、学問が受験にとらわれすぎで教師もそれ以外関心がないのではギフテッド教育も何もあったもんではありません。
学問の面白さは解があるかどうかもわからない問題に取り組むことにあるので、解が絶対にあることがわかっている問題ならば解探しに走るのは必然でそれを教える産業も育ちます。解探しのノウハウを身に着けた子をギフテッドとは呼ばないでしょう。
いずれか差別問題になりそうだなギフテッドって
普通の基準って人によって違いますよね。
私の普通は貴方の普通じゃないし、貴方の普通は私の普通じゃない。
東大理3にたいして勉強せずに現役で受かるような人は、勉強が出来るという意味で特別の才能を持っているので、ギフデットに入れて良いと思います。
コミュ障やアスペは別問題です。
ちょっと何学年か先の勉強ができるだけでギフテッドとか言ってしまう親が居ますね。
あと学業ギフテッド、知能ギフテッドなどギフテッドって種類がありますし、海外だとギフテッドの中にもランクがありますが、日本はまだまだごっちゃに考えてる人多いと思います。
あと、発達障害疑ってWISCなどの知能テストをして130以上が出ると、ギフテッドですねと医師が言ってしまうので、それで変に意識しすぎてしまう親が多いのでは無いかと。
そうですね。
私も今勉強中ですが、何をギフテッドとするか定義が様々で色々な意味があるので難しいですよね。
ギフテッド(突出した能力の兆し)が問題じゃなくて、敏感さ(色々な視点と直感)が目立ってきていることが問題なんじゃないかな。日本の教育は、特に戦前戦後、基本押し込み型教育で、才能があったとしても潰していくちょっと奇妙なシステム。先生たちが「正解」以外は受け付けないところや、矯正のように「こう考えてください」で自由な発想が却下され続けた結果、日本人は従順だけれど、自主的に行動/思考する能力に欠けてしまい、結果元気のない、他人の責任ばかり責め立てる、言われたことしかやる気のない発展性のない社会になっている。
もし子供の頃に、自分の優れた能力が支持されて、興味のおもむくまま専門性を高め、弱点は(協調性など)は社会性のスキルとして別のカテゴリーとして扱われていたら、能力のある子供たち&大人同士が専門分野を高め合って、(もちろん社会性が専門分野の人たちもいるだろう)、もっとバランスと活気に溢れた社会になるだろうと思う。
今はまだアイディアだけでも進めておくことが必要。現実的にどうやるのかはこれから、私たちの仕事。「そうだ、ギフテッドのやつは生意気だ。世界に従順しろ!」では、日本の社会が自滅、消沈していくことがもう明らか。
勉強して頭が良いのは当たり前でしょ。ギフテッドの見方や観点が違う。
精神年齢は身体の成長と共にしか身につかないので、才能と精神年齢のアンバランスが問題なのかな
それもありますし、そこそこ優秀な分日常生活で多少ダメなところも許してもらえるので、精神年齢が発達しないのではと自分自身の経験から個人的にそう思っています!
興味深いお話しですし、コメントも面白かったので私もコメントします。
ギフテッドとは少し話がずれますが、私は賢さや知恵というのは「広がり」や「深まり」だと感じています。賢い人は、自分だけの考えだけでなく、俯瞰的にものごとを見たり、本質を貫く物事に気がついたりするからです。
そうした視点を豊かに持っているからこそ、共感性や協調性が磨かれたり、他者と共にあるなかで新しいものを生み出すヒントに恵まれたり、自分が生み出したものを他者にも理解したり利用可能な形で伝えることができるのではないかと思います。
歴史を超えて読み継がれる書物や思想なども、普遍を探求した結果なのではないでしょうか。
一方、自閉的傾向はどちらかというと自分という一極集中の才能なのではないでしょうか。
天才的な才能で自分しか理解できないすごい理論や作品、発明品を生み出せたとしても、それを他の誰かが理解できなかったら、その人は天才と呼ばれるよりは奇人とされてしまうのでしょう。そしてきっと孤独だと思います。
俯瞰する能力が高ければ、自分の才能が他者には理解するのが難しいことも理解できると思います。
そこで、他者でも理解しやすいように工夫するか、わからない他者が劣っているのだと切り捨ててしまうかが分かれ道でもあると思います。
きっとそれは、子どもか大人かに関係なく起きると思いますし、天才でない人の間でも優劣の競争の間で起きることだと思います。
そういう意味で、様々な他者に受け入れられるよう努力したり工夫できる人が本当に賢いんじゃないかと個人的には思います。
そういう賢さを磨くためにも、ふつうの教育環境の中で、世の中には色々な人がいるのだと体験していくのは、決して無駄ではなく財産だと思います。
その上で、とても知的好奇心が高い子どもたちには、それが安心して探求できるコミュニティが開かれているといいなと思います。
あくまで学校は、様々な人との体験を積む場所で、知的好奇心を満たすのは、他の子どもが運動や芸術でクラブやサークルに入るように、課外活動として楽しむのがいいんじゃないかなと思います。
学問の場が年齢関係なく、収入や家庭環境に関係なく開かれていたら素晴らしいなと思います。
ギフテッドの割合が2%なら一般人に近いギフテッドから高いレベルのギフテッドまでいろいろいるという事だと思います
自分のイメージでは、東大卒は陸上競技の10種競技のような万能型秀才。ギフテッドは、数学は天才的だけどそれ以外は凡庸というように何かに特化した人。だからギフテッドの人は、東大には合格し辛いと思っています。
ハイリーギフテッドとの違いですかね?
多分問題になりやすいのは2eの子らなんよ
優秀な成績を残している人が発信しているからこそ、とても意義のある動画だと思います。
どうしても変人や若年といったみんなの期待する天才がコンテンツとして魅力があるのかもしれませんが、
「普通を目指していく」という教育のあり方がもっと大事にされていくといいですね。
ありがとうございます!
30過ぎた今となっては普通でいいと思えますが、中高生の頃は特別な何かになりたい欲が強い傾向にありますよね😅
要はギフテッドの基準が甘すぎるっつうことね
まあ日本で1学年に100人とかそれくらいのレベルの人たちね
そりゃそうだ
流れが同じである時点でそれは造られたものだよね。ギフテッドって悲劇のヒロインぶってるよね。勝手に生きづらくしているだけ。あとiqの高さで定義するのなら有名中学の人はみんなギフテッドだから。
もしこの世に将棋がなかった場合藤井聡太さんはギフテッドと判断できると思いますか?
藤井聡太さんレベルだと、将棋以外のジャンルでもずば抜けた功績を出せると思います。
ただサポートが必要なだけなのに・・・・・・
仰る通りです。
人より頭が良いレベルでgiftedを名乗り、それだからと言う理由で自由奔放に振る舞い何事も許されるのはどうかと思います。
本当のgiftedとはもっと素直で純粋に美しい心を持って居る様に思います。
なんか視点が少し違う気がします。
発達障害に近い悩みで苦労されてるというところが取り上げられてる理由なので、この動画のように優秀とか成績とかそう言う目線で語られることがギフテッドたちの悩みではないでしょうか。また、発達障害と近いということは、「自称」は成立しないと思います。
全体の2%が普通ならIP70以下の知的障害者も普通だし特別支援学校があるならギフテッドクラスがあってもいい気がするけど。健常者が知的障害者に混じって積み木を延々と組み立て続けるような苦痛がギフテッドにはあるんじゃないの。
コメントありがとうございます!
結構前の動画なので、動画の内容について私自身うろ覚えではありますが、コメントに返信させて頂きます。
上位2%は厳密には普通ではないですが、個人的にはまぁ普通レベルの範疇だと思っています。上位2%レベルならギフテッドクラスなどに入るよりも、私立の小学校をお受験して入学し、中高は筑駒・灘・開成→東大・難関医学部 のようなありふれた普通の優秀路線に進む方が人生幸せになれると思っています。
もちろん、上位0.001%とかまでいくと特別な道を作ってあげた方が良いと私も思います。
才能を一括りにしてギフテッドという言葉を考案したこと自体が間違いかなと思いますね。
うーん、これはちょっと浅いかな
この人の中で「天才」が過剰に持ち上げられすぎてると思う。
天才と秀才は根本的に違う!みたいな。
日本人がよく言いがちなことだけど。
でも実際は物事はグラデーション。
天才と秀才の境目だって曖昧。
藤井聡太も将棋に出会わなきゃ、(この人の基準で言うところの)ちょっと賢いだけの秀才だった可能性は十分ある。
前の動画で「天才コンプレックス」があったと語ってたけど、それがいまだに消化できてないと思う。
天才ってそんなに大したもんじゃないと思うよ。
それはあるかもしれません!
天才に対するハードルが高くて、圧倒的な天才しか天才と感じないかもしれません!
学業方面で進む場合は理3や医者や官僚や大学の研究者ぐらいの学歴は当然求められるとして、
学業以外ならば、ひろゆきやDAIGOぐらいと競える知力のインフルエンサーや経営者、
または実業や芸術での実績などでしょうか。
iq団体会員やギフテッド児クラスの人にも
そろそろ結果が求められる時期が来ましたので、
お互い本格的に頑張りましょうと思っています。
簡易テストの結果で喜んでいただけならば、脱落していくでしょうね。
凄く本物の「ギフテッド」感溢れる話し方でした。ただ、ご自身でも「えせギフテッド」とおっしゃっているように、「天才」よりも「秀才」って感じがします。ギフテッド系の動画ではよく変にニコニコしてる人達が出てきますが、本物の天才ってもっと強迫観念というか意志に取りつかれているように見えることが多いので、何か違うなという感じはします。昔「エスパー魔美」という漫画を読んでいたのですが、院長はそこに出てくる魔美の相方の高畑にそっくりな気がします。頭は本当に凄く良さそうで。ただ、高須院長とかにも感じるのですが、思考が窮屈な方向に行きがちで若いのに凄く老化しているようにも思います。右翼になることはないと思いますが、保守になり過ぎないように気を付けて下さい。
コメントありがとうございます!
すごく的確なコメントだと思います!
強迫観念、おっしゃる通りで人によっては狂気のように感じる方も多いですよね。
自分でも思考が窮屈だな、もっと自由に考えたり生きられたらなーと思うことは多々あります。
ただ、私の場合は不幸中の幸いかそれほど優秀ではないので、本物の方に比べるとそれほど悩みは深くないかもしれません。
飛び級や落第もどしどしすすめられたら良いのに。
やる気がすごくあるなら飛び級はありかなと思いますね!
ただ、勉強は1人でもどこでもできますが、同年齢の友人と密な時間を過ごすのは学校でしかなかなかできないので、個人的には飛び級やや反対派です。
天才は測れない
うーんちょっと偏見が入ってるかなと。最後の「謙虚に、人を下に見ず」って、基本ギフテッドはしないんですよ。普通にしてるだけで僻まれて攻撃される、その毎日なので「何で上とか下とかいう発想が生まれんの?」って散々辟易してるから。そんだけ頭のいい人が『人は対等』が分からないってのはおかしくて、それは確かにギフテッドじゃないかも。むしろどんなに努力しても『努力しないでもできる奴』と努力してない事にされ、努力もしない人が『あんた頭いいんだからあんたが考えろ』と当然のように責任や義務を押し付けてくる、もうこれ人権無視の奴隷なんですね。人として対等に見てもらえない、つまり見下されてる訳で、逆差別が酷い。ゆえ下に見られる事に慣れちゃってたりします。
そしてエンパス能力高くメンタル弱いので、人の悪意や僻み、卑怯さなどを気づきたくないのに敏感に読み取ってしまい(何でそんな人を傷つける発想するんだろう……)って悲しくなってザクザク傷つく。
それを支援する一貫としてギフテッド教育があるんですよ。ギフテッドも障害にあたりまして、知能が低い人達には沢山の支援施設があるのに、ギフテッドはメンサしか無しでみんなの悪意に囲まれながら普通と同じに生きなきゃいけない。更にギフテッドあるあるらしく、私も4、5人絡まれてますが、自己愛性パーソナリティーの人がむっちゃ奴隷扱いしようとつきまとってきて追い払っても離れない。普通の職場では大抵人気者になりますが、悪意や見栄が強い人には何もしてないのに嫌われ苛められる。親切にしても努力しても関わらないようにしてもわざわざ寄ってきて嫌がらせされる。存在が許せないって人とどう人付き合いできます?そんなのの面倒見る義務ないのに「頭良かったらそんな人とも付き合えるだろ」ってこちらの苦労も努力も忍耐も何も見ず丸投げってのはどうかとね。そういう時『ギフテッドは特別だから』で誰も助けてくれないショック、分かりますかねえ。
あと、ギフテッドの違いというなら、脳の作り自体が違う感じなのかも。何か正解を出したい時、みんな考えて正解に辿り着きますよね。ギフテッドは逆で、先に最善の答えがなぜかポンと出てきちゃう。んでなぜそれが正しいのか即座に説明できるんですね。ご存知ならファイブスターストーリーズって漫画のミース・シルバーのテスト解答、あれかなり近いです(勉強の答えが分かるという意味ではなくあくまで思考の仕方の例えです)。そして人格はちゃんと普通の人なんですよ。パーフェクトでもオールマイティーでも魔法使いでもありません。普通の人なのにそれをみんなに強要される人達の事ですよ、ギフテッドってのは。
どこか調子に乗ってるところ、ありますかね?知り合った他のギフテッドもみんな謙虚ですよ。
コメントありがとうございます!
この頃は再生数や登録者もほとんど0に近かったので、動画の内容が尖ってますね😅
動画の内容が誤解を招くような内容だったかもしれませんが、本当に優秀な方(gifted)は謙虚だと私も思います。動画でも話しているかもしれませんが、学校のお勉強が少しできるIQが少し高い程度の子(動画で言っているエセgiftedで私もこのタイプ)をgiftedと扱っている最近の風潮に違和感です。実際学校の成績が少し良かったgifted扱いの大学生のインタビューでの発言が、同級生を馬鹿にしてるような発言でした。
小学生中学生で公文式の高校レベルまで到達する子はけっこういます。私の姉、私が進学した偏差値49の私立高校の友人2人、中学から私立にいった公文式教室の息子さん。計4人いました。
姉は横浜市立大文系、高校の友人2人は東海大学と四国大学、公文教室の息子さんは千葉工業大学に
いきました。私は公文式で学校より遅い学習スピードしか出ませんでした。しかし慶應理工に合格できましたよ。上記の4人は勉強内容を理解している訳では無いのです。数学では単純な手続きを覚えているだけ、英語では単語の意味を適当に繋げて文意をねつ造しているだけなのです。殆どのgiftedがおそらくこのパターンだと思います。安易にgiftedと呼ぶのはやめた方がいいと思います。東大に
楽勝で受かってしまう人がいる以上giftedという言葉は安易に適用すべきじゃない。
さて理3生について。間違いなくgiftedです、少なくともペーパーテストの天才です。
おっしゃる通り、安易なギフテッドの言葉の濫用は良くないです。
理三はペーパーテストのプロフェッショナルというイメージです。
全く同感!!!
上位1%とか全然普通。将来優秀な人材程度。上位0.3位?からにしないと。そもそも、物心付く前にIQ測るなと😂。正確に出ないでしょ。
小さい頃は成長の振れ幅が特に大きいので、その時に判定するのはかなり微妙だと私も思います。
そうゆうところで、嫉妬心が沸くのがおもしろいですね。
才能≠学力
一部、疑問を感じるのですが、東大生の平均IQ120(上位10%)と聞きますので、東大生全員が上位2%(IQ130以上)に余裕で入るというのは壮大な勘違いだと思いますが。
メンサをバカにされているようですが、仮に東大生全員メンサ受けても、おそらく2割も受からないと思われます。IQ130以上の東大生がいったい何割いるのかと思います。(理Ⅲならおそらく全員受かると思います。)
学業成績とは違う素質がいると思います。東大生の8割はIQ130未満でただ努力しただけのふつうよりちょっと賢いだけの全然「ふつうの人」なのではないかと思われます。(98%のIQ130未満が「ふつうの人」だとすると)
ポテンシャルあっても家庭事情やその他もろもろの理由で、十分な教育費をかけてもらえなかったり、勉強する環境になかったり、勉強時間を取れない生徒もたくさんいます。親が高学歴の家庭なら格段に有利になるというのもあります。さらには、頭よくても真面目でない生徒もたくさんいます。学業成績上げるためには頭のよさだけでなく真面目さも必要です。
IQ高い人みなが勉強に興味を示すわけではありません。勉強以外にもいろんな分野で才能を発揮していたり、あるいは無為に遊び惚けてるだけの人たちも多いでしょう。気付いていないだけで、ポテンシャルある人はそこらじゅうにウヨウヨいると思います。
「理Ⅲ」ということで、ご自分の頭脳を「上位10000分の1ほど」だと思われているようですが、そこまでの方ではないと思います。それはあくまで学業成績だけでの位置づけですね。
沖縄という不利な環境を跳ね返してということを考慮すれば物凄い人なのだというのは分かるのですが、それでもさすがに10000分の1は買い被りすぎだと私は思います。
ご自身が仮に知能検査受けたら、10000人に1人の上位0.01%に当たるIQ155あたり出るでしょうか?
上位2%のギフテッドの人たちのことを、「自分よりはるかに格下の人間」と思われているような感じですが、ご自身とそこまで思っているほどの大差はないと思います。学業成績で上位2%では全然大したことないですが、IQで上位2%ならかなり凄いと思います。学業は努力すれば誰でもある程度伸びますが、IQは先天性が強いので、努力してもさほど伸びないでしょう。
IQを学業成績と同じものと混同して勘違いしているのです。勉強したかしてないかだけの差で人間の能力なんてそんなに大差ないと思います。「学業成績上位2%」と「IQ上位2% 」を同列に比較することがそもそもの間違いです。それぞれかなりの別物です。
理Ⅲ平均IQは140程度と言われています。 上位0.38% (10000人中38位)
~ 「学力」と「知能指数」の関係 ~
ある集団で「学力」がトップの人が「知能指数」トップにはなかなかなりません。
ある程度の相関関係は有ると言われていますが、成績はいまいちでも飛びぬけた「知能指数」を示す子供もいるのです。
論理的思考能力や問題解決能力が高ければ「知能指数」は高いと言われます。
それでも、理ⅢならIQ140ぐらいは保証されていますし、おっしゃっている内容はよく理解できました。
「天才はなぜ生きづらいのか」も視聴させていただきましたが、それも合わせて、メインである話の筋は非常にわかりやすく、これほど説明が上手な方は初めてでした。ありがとうございました。
ギフテッドとは新発見したり、人にはない発想をしたりする人です。成績が良いのがギフテッドとは言いません。物理や数学での新定理、科学での新発見、発明家などです。
中受で筑駒に余裕で受かってから自称してほしいですね。
コメントありがとうございます!
個人的には勉強がすごくできるとかIQが高いというのは秀才型なので、本物の天才はもっと異次元の存在だと思っています。
それこそ最近8冠になった藤井聡太さんは圧倒的に本物の天才ですね!
@@uechi.poseidon ですね。というか、能力が高い人ってIQテストとかで能力を証明しないです。
?精神年齢と頭の良さ混同してませんか?
幼い子供で精神年齢も低いのでコミュニケーションは年齢相応。
けれども頭が良い人で周囲と同じレベルの学習では暇すぎてついていけないか、そのレベルの答えを強要されるので反発する。だから勉強自体も馴染めない。もっとレベルの高い事教える。が今の
言われているギフテッド教育の話なのかなと。
ただこの人たちがスゴイ人かどうかは別だと。
コナンの例えが悪かったですね。申し訳ありません。
学習速度が速く授業が暇すぎるというのは多少優秀なら誰もが通る道で、世の中色々な学力や性格の人がいることを理解して周りにあわせる協調性を学ぶのが学校(特に小学校)だと思います。学力向上にだけ重きを置いてるギフテッド教育は、その視点が欠けているので問題が多いと思います。
年相応の精神年齢で他人が苦労する問題を余裕で解けるなら、むしろ周りと仲良くなれるはずなんだけどね。
やっぱり東大でお医者さんなるような人は違うね
同感です。なんで、発達障害がある子(でそこそこ賢い子)を取材して「ギフテッド特集」とタイトルにするのか、いつも違和感があります。それなら「発達障害」というタイトルにするべきなのに。
しかも、取材されてる子よりも、開成中学とか目指している子たちのほうが何倍も賢いわけで、取材されている子がとりわけ優秀でもない。
日本ではギフテッドと2Eを混同して定義してるようで、報道などでは特に違和感を覚えます。
うちの息子もえせかなと思ってますが😂
無勉強で受けた模試で灘合格の偏差値でした。
学校生活に困ったことがないので、日本定義のギフテッド児ではないんです。
困ってる子には支援はあるけど、困ってない子にプラスαの教育はない。結局【秀才】で終わるのが現状日本ですね。
まぁ本当のギフテッドなら、「日本の教育が〜」とか関係なく偉業を成し遂げそう。
結局外部の力を頼らないと大成出来ないなら、秀才で十分かも
ギフテッドを理解されてないのに否定的な発信されているのが残念に思いました。IQ検査にある項目内容で得意な事、不向きな事がわかります。
検査を受けて判明するのでエセギフテッドはいないと思います。親も子育てで解決できない苦悩から病院に行くので目に見えない苦労も理解してあげてほしいです。
100%同意
今見ると正直、お医者さんとしてはちょっと不勉強な印象を受ける動画ですね
私もそう思いますが、医師といっても意外と精神科領域はあまり勉強していない人が多いと思います。
オーバーアチーバーの方が人生うまくいく。ただ、成功したオーバーアチーバーの言う事は凡庸で聞くに値しない。「それくらいわかっとるわ」ということをわざわざ言う。
Giftedの幅は広い。私が知っているそれは、小学一年生にして
書字の才能がある人であった。見本の字を、コピーするかのように書けたばかりか、
既に、この人の手跡であるとはっきりわかる字を書いた。
私はこの人のおかげで、字を習う必要はないと悟った。
字とは感性の問題で、幾分かの修練が必要だとしても、常人が到達できないレベルがあるのだ。
故に、私は字は習ったことがない。だが嫌いではない。
なるほど😊
やっぱり長所を伸ばすってのはそうあるべきってのはわかりますが、平均になるように短所をカバーすべきですね。短所があるとどんな長所も無意味になりますからね
どんな基準ならみんな納得するのか
べつに批判的な意味じゃないです
@@お爺さんの極み
みんなが納得する基準はないと思ってます。だからこそ、安易にレッテルを貼るべきでは無いと思っています。
勉強じゃなく、たとえばプログラミングとかに異常に興味があってその道に進む決意のある子供を保護してあげて欲しいね。
ペーパーテストなら理三と数オリ本戦突破からgiftedかなあ。メジャーなスポーツならプロになったらgifted。棋士ならプロになったらgifted。藤井聡太はthe gifted
of gifteds。
最近神戸大学、筑波大学とメンサ資格と小学校中学校の成績で
giftedと名乗る方々がいますが
そんなの普通も普通、凡人も凡人
です。
@@MultiYUUHI
凡人らと仲良く生活できる人間は救う必要はないのですよ。
突出し過ぎて周囲に溶け込めないレベルの天才がギフテッドでしょう。
この動画で、自分のずっと思っていたことをほぼ、言ってくださっていて、驚きました。
自称ギフテッド(エセ)だった僕を、上司、先輩方、そして、なにより客先の皆様方が、きちんと教育し直して下さって、、、かれこれ、15年笑笑、おかげさまで、今の自分があります。(当時、ギフテッドという言葉無かったかも)
今は、自我が、かなり薄れて、
もっともっと、会社に、社会に、貢献したいと素直に思っています。
ありがとうございます!
動画では尖ったこと言っていますが、実際は若い頃はある程度自信がありすぎるくらいが良いかもしれないと最近は思っています!
おっしゃるように、みんな自我が薄れて丸くなっていきますので。
オレは自分を天才だと思っている。デメリットがほぼないから。"あー発想が凡人だなー"と思うがモーマンタイ(^_^*)✌️
結局は自分のメンタルがハッピーでいられるのが正解だと思います!
会話
興味・関心、価値観の差かなと思います。
例えば
「遺伝子工学の可能性について。先日面白い記事を発見しました。同性同士のマウスで生命が誕生したそうです。凄いと思いませんか?
発展すればLGBTの方、不妊に悩んでいるの希望になります。
反対する人もいるでしょう。私が小3のとき、科学館で遺伝子操作に対するアンケートがあったんですよね。
遺伝子組換えによる食料問題の解決と貧困について…………」
と言っても大抵の人は聞く耳を持たないでしょう。
ギフテッドってそもそも人類が思いつかない難題や発見した人がそうかなぁと私は思います。
知能レベルが高いなら、その知能を活かして人間関係を良好にすることも上手くいくはずだわな?藁