妬み、嫉妬に振り回されない生き方を仏教に学ぶ

Поделиться
HTML-код
  • Опубликовано: 6 ноя 2024

Комментарии • 57

  • @鷹の爪団員Tだぜ
    @鷹の爪団員Tだぜ Год назад +1

    他人の過失を見る必要はありません
    他人のしたことしなかったことを見るのでは無く
    自分がしたこととにしなかったことだけを見るようにせよ
    仏陀

  • @sakurakumagon
    @sakurakumagon Год назад +2

    テレビで簡単にRUclipsが観れるようになり、菊谷先生のお話しもすぐ聴けるようになりました。最近はテレビと携帯とでお話を聴いています、いつもわかりやすく、心が落ち着いてきます。
    今回も特に心に響きました、最近の私は忙しさや人間関係などなど悩む事もあり、因果の道理を忘れかけていた気がします。
    良い種まきをしていけるように心掛けたいと改めて思いました。いつもいつも、大切なお話しを有難う御座います。

    • @ポッちゃん-m1x
      @ポッちゃん-m1x Год назад +2

      全くの同意見でいます。
      心が落ち着きますね。
      有難い限りで感謝としています。

  • @Mユン
    @Mユン Год назад +6

    薄々は気がついていましたが、今回の話を聞き自身の愚かさを確信いたしました。因果応報という言葉は知っていましたが理解していなかったのだと。
    心に刷り込むため、何度もこの話を聞き理解し楽に生きていけるよう努力します。ありがとうございました。

  • @motoyasushimizu7107
    @motoyasushimizu7107 Год назад +12

    毎度毎度ためになります。心穏やかに過ごす秘訣だと思って聞いています。

  • @kiekotohda966
    @kiekotohda966 Год назад +5

    🌹いつも菊谷先生の御話、有難う御座居ます🖌
    🌹「嫉妬心」を起こさぬ方法の教え、肝に銘じます🖌
    🌹菊谷先生のRUclipsチャンネルで自分自身の日々反省と、今この瞬間から先の私の未来へ向けて、菊谷先生の御言葉を常に心に留めて置きたいと思います🖌
    🌹RUclipsに感謝です🖌有難いと思っております🖌

  • @毘沙門-g9m
    @毘沙門-g9m Год назад +5

    菊谷先生の講話を聴いていて思い出しました。自分は20年以上も前、親鸞上人が40歳代常陸の国稲田に拠点に修行・布教していたという地を、そういう所とは知らずに、なんて癒される良い散歩道なのか、と何度ものんびりミニハイキングをしておりました。実に地元の僧の嫉妬を買った法難の地の至近距離でした。某寺のお庭も観光地化していない良い趣があり、うっとり眺めていると、記憶では縁側にさそわれて何かいただいたと思います。社寺によくある賽銭箱も外にはなく、リュックを持ったまま自由勝手に本堂に入って正座するのが実に心落ち着く時間でした。晴れ晴れと本堂から外へ出ると無人のお庭に像が立っておりました。それが親鸞上人像だとわかったのは後のことでした。殺人剣を前に逃げもせず自愛の心で迎えた親鸞上人の広く平安な心は現代の地元民に息づいているようでした。

  • @ミドリ-m7g
    @ミドリ-m7g Год назад

    いつも有難うございます。ねたみは煩悩なので、湧き上がってくることは仕方ないのだと思います。しかし、それに任せていては惑業苦の輪がどんどん回ってしまうのだと学びました。 仰る通りに、良い結果がその人に来たのは、目立たないところでコツコツと善い種を蒔いていた結果なのだと思いました。そして、ねたみは愚かな心と気付き、自らも善い種を蒔いて行きたいと感じました。有難うございました。

  • @バルボアロッキー-q5h
    @バルボアロッキー-q5h Год назад +3

    本日もありがとうございました

  • @joy.atlove
    @joy.atlove Год назад

    ありがとうございました🙏✨

  • @MH-wo6in
    @MH-wo6in Год назад +2

    菊谷先生、
    今回も貴重なお話をありがとうございました。
    妬みの心は一番良くない心だと、
    何度も聞いているお話なのですが、なかなか自分の心は分かろうとしません。妬む気持ちが、自分でとても嫌な気持ちになるので、どうしたら良いのか、悩んでいました。
    今回のお話の中に、
    「妬む心に頑として正義を持っている。」とあり、
    そういう気持ちだったのかもしれない、
    と、発見でした。
    冷静に、因果の通理を改めて見つめ直し、日常意識してみたいと思います。

    • @byBuddhism
      @byBuddhism  Год назад +1

      お布施拝受しました。ありがとうございました。

  • @kazzk9354
    @kazzk9354 Год назад +2

    こんにちは。毎回では無いですがなるべく拝見するようにしています。ためになるお話をありがとうございます。この回、何回も繰り返し見ました。自分に置き換えて見ました。分かりやすかったです。そして気付かされました。ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

  • @享子吉澤
    @享子吉澤 Год назад +2

    いつも勉強になっております。感謝致します🙇

  • @津川恭子-i8v
    @津川恭子-i8v Год назад

    私は以前、友達の幸福に羨ましさを感じていましたが、仏法で、有無同然や因果の理法を聞いて、相手の感性を思ったり、相手にも因果があったのだなぁと思うと、少し落ち着きました。妬みは上昇すると愚痴になり、嫌な自分になってしまうんですね。思ったことなんですが、周りの人が親身に私に話かけてくれるのを感じ、、醜い自分を改め、やさしくなりたいなぁと思いました。先生お話聴聞しました。ありがとうございます。。

  • @寿子川村-m8p
    @寿子川村-m8p Год назад +3

    とても、大変、勉強に、なりました。尊い、ご説法、誠に、ありがとうございました。

  • @user-8_m_7_m_8_m_7
    @user-8_m_7_m_8_m_7 Год назад +6

    大変為になるお話でした。
    妬む人は知恵がない…はなんかかなり納得できましたし、妬んでる人は自分が正しいと思っているというところが腑に落ちました。
    いつも聞いて心を落ち着けています。ありがとうございます。

  • @cufk1101
    @cufk1101 Год назад +6

    私が心掛けているのは、怒りや妬みの感情に飲み込まれているな~と感じた時に、鏡を見るようにしています。
    そこには、醜く貧相になった自分の顔が映っています。
    自分は、こんな顔を世間に晒していたのかと愕然とします。
    逆にメンタルが清らかな時に、鏡を見ますと穏やかな表情が映っています。
    「年を取ったら自分の顔に責任をもて」とよく言われますが、その人がどういう人生を送って来たのかが、顔に表れて来ますよね。
    日々清らかな心で精進しなければと、反省しきりな毎日です。🙂

    • @hiroshifactory6751
      @hiroshifactory6751 Год назад

      そういう冷静さがある人は恵まれていると思います

  • @癒しの森-t8p
    @癒しの森-t8p Год назад

    良いお話しでした、ありがとうございます。

  • @hikarufukuda8349
    @hikarufukuda8349 Год назад +2

    人は煩悩具足の凡夫であり決して煩悩は消えません。しかし他力はその都度でてきて即ではありませんがいつの間にか消えているのです。おかげさまでいつもニコニコできています。これがまた良い方向にしか行かない宇宙の法則と確信します。ありがとうございました。他力一閃!!

  • @あや鈴木-h9l
    @あや鈴木-h9l Год назад

    ありがとうございました😊

  • @sisihihi6539
    @sisihihi6539 Год назад +2

    妬みの酷い人の特徴は、子供の時の環境にあると思います。
    生まれたばかりの赤ん坊には、妬みの心はないでしょうから。
    子供の時、負けたり劣ったりした場合、周りが蔑んだり、非常な差別をしたりしたら、
    常に他人との比較に神経を尖らせた人間になると思います。
    負けたり劣ったりすることを咎めず、愛情で包んでくれる親の場合は、おおらかに育つように思います。
    おおらかすぎて競争社会に馴染めず、大人になっても引きこもる危険性もありますが。。

  • @Hoittony
    @Hoittony Год назад +2

    中途半端な差だと妬まれるが、
    遥かに凌駕すれば尊敬で終わる。

    • @hiroshifactory6751
      @hiroshifactory6751 Год назад +1

      この動画でもおっしゃっていますが的を射ていますね

  • @FJN-i8q
    @FJN-i8q Год назад +2

    幼いころから競争を強いられていると、つい不要な闘争心を燃やしてしまうことは否めません。
    切磋琢磨出来る存在として、双方が伸びていくような関係を作れると良いと思います。
    親友はライバルで、ライバルが親友という関係は、お互いに尊敬し、見習いながら成長出来る関係になります・・・スケートの小平奈緒さんと韓国の李相花選手が良い例で、お互いにライバル的な存在であり、熱い友情が育まれている。
    二人とも、流石に超一流の選手だと思います。

  • @田中清子-h4r
    @田中清子-h4r Год назад

    ありがとうございました。

  • @koichi2831
    @koichi2831 Год назад +1

    この様な内容の動画を前にも観た覚えがあります。

  • @abbb6049
    @abbb6049 Год назад

    やっぱり仏教も引き寄せと同じこと言ってるなぁ。まだ結果は見えなくても、今は種まきをしてるのだと思っておきます🍀

  • @瑞紀西川
    @瑞紀西川 Год назад +4

    こんばんは。🌃🤱🌆🤱コメント遅くなって、ごめんなさい。🙇🤱🙇‍♂🤱🙇‍♀🤱🙏🤱今日も、ありがとうございます。🙇🤱🙇‍♂🤱🙇‍♀🤱🙏🤱

  • @齋藤雅晴-p9f
    @齋藤雅晴-p9f Год назад +2

    惑業苦の輪の説明は良くわかります。本当にその通りです。妬み嫉みは無いと言えば嘘になります。口業、身業はしなくとも意業、心では思います。意業こそ仏教では大切とのことですので、やはり惑業苦の輪の中にいます。

  • @bikeyoshiro
    @bikeyoshiro Год назад +2

    先生から「愚痴」とは「妬み」の言葉と伺いました。惑業苦の負の連鎖から逃れる術は因果の道理を受け入れて実践すること。知恵と愚痴の本来の意味を考えて自己の嫉妬心をなるべく抑えて、それから解放し自由になりたいですね。❤

  • @sisihihi6539
    @sisihihi6539 Год назад +2

    能力で差別しない社会なら、妬みも少なくなるでしょう
    成績が優秀な社員も、ダメな社員も給与が同じ
    管理職も平社員も給与が同じ
    年金も全ての人が同じ
    妬みの原因には差別があると感じます。
    差別することで、頑張る人になり、国は成長するんでしょうが、
    そこには、精神の葛藤、妬みというリスクがあります。

  • @山﨑邦彦-e6x
    @山﨑邦彦-e6x Год назад +1

    全ての根本には『因果の道理』が働くのは理解出来ます。ただ私の個人的な見解ですが
    相手に対する『妬み』が消えるのは、相手の培ってきたであろう人間としての器の大き
    さを認めた時でした。また、その人にもやはりその人のレベルに応じた苦労が必ずある
    という事を知った時でした。『楽は下にあり』とも言います。今は善き人を見て学び、
    悪しき人を見て、また学ぶという段階なのかなぁ~と思っています。

    • @hiroshifactory6751
      @hiroshifactory6751 Год назад

      おっしゃるとおりです ただ人は善の分と等しい善に授かれもしません

  • @hasekazuko
    @hasekazuko Год назад +3

    そもそも上司の評価なんてものすごくいい加減なものだと思う。

  • @小春-e5j
    @小春-e5j Год назад

    今晩は。いつも楽しみしています。今回も大変、為にならお話を聞かせていただきました。ありがとうございます。ところで、親鸞さんは善人が救われるのだから、悪人なら当然、救われるとおっしゃったのですね。
    機を踏まえてお話しされたのでしょうか。よくよく考えると、誰の目で見た善人、悪人なのですか?他人てすか、自分ですか。そもそも善人、悪人をどう区別したのでしょう。生きる者全てがいずれ往生するのですから
    親鸞さんは煩悩に苦しむ
    全ての凡夫を救おうと善意の心、煩悩の極みに居たのではないのでしょうか。生きている間は何をしても苦しみの煩悩は消えない。つまり、それが生きている証なのてはないのでしょうか。親鸞さんは生きている間に悟りを得られなかっと自ら おっしゃっておられます。
    親鸞さんは本当は何を伝えたかったのか?疑問です。

  • @yebisu1445
    @yebisu1445 Год назад +2

    いつもありがとうございます😊
    口は災いの元ですね。
    愚痴は災いの元……。
    言ってる方も、聞いてる方もイヤな気持ちになるので、いつも自分を冷静に見たいです(▭-▭)✧

  • @たけりお-t2h
    @たけりお-t2h Год назад +2

    ありがとうございます。とても分かりやすいです。分からないことがあるのですが、娑婆の世界と因果の道理の違いがピンとこないのですが、今後教えていただけると嬉しいです。

    • @byBuddhism
      @byBuddhism  Год назад

      私たちは煩悩によって悪業を造ってその報いで娑婆世界になってしまう、と説かれています。

    • @たけりお-t2h
      @たけりお-t2h Год назад

      ありがとうございます。娑婆世界は煩悩からということ、煩悩についてもっと聴聞していきたいと思います。

  • @高橋美春-r3v
    @高橋美春-r3v Год назад +2

    こんにちは、幼い時から幸いにしてあまりこの「妬み」の気持ちは持ちませんでした、今日この世界においてこの「妬み」を持つ国がいろいろ散見されますが日本人は国際的に見れば余り他国のことを妬んだりしない国民性を持っていると思います

    • @木戸脇慶子
      @木戸脇慶子 Год назад

      高橋様 これは今話題の 典型的な皇族女性お2人のことと思います!
      リアルな意地悪行動をユウチュウブで読んではいるのですが 先生の言われている通りでビックリです!怖い怖い 自分の撒いた種の無限地獄に 落ちるとは?!

  • @バルボアロッキー-q5h
    @バルボアロッキー-q5h Год назад +3

    種まきが全てですね

    • @hiroshifactory6751
      @hiroshifactory6751 Год назад

      まいた種の分だけ実りがあるわけでもないこともあります

  • @中中中中
    @中中中中 Год назад +1

    なんでも人のせいもののせいにする人。いますね。妬みの塊ですね。仕事も反省しないから覚えれなくてまた注意されて。傍から見てて悲しくなってまいます。感謝の気持ちないんだろうな。
    今では発達障害と言われてしましいますが。

  • @犬猫-w3o
    @犬猫-w3o Год назад +2

    妬んだ人が徒党を組んで足を引っ張ってくる場合もあってそこから離れるしかない場合も多いと思いますが、因果論に通じるのでしょうか?
    徒党を組まれた場合はこちらの負けだと思いました。

  • @土方歳三-n8o
    @土方歳三-n8o Год назад +2

    こんばんは。
    菊谷先生にはいつも助けられています。
    ありがとうございます。
    今、私は仕事をくびになり妻とも別れ話になっています。
    今まで妻にも仕事にも、どこか自分よがりな昭和かぜをふかしていた気がします。
    これから、一人になりどう受け入れて生きてゆけば良いでしょうか。
    お忙しいところだと思いますが、ご回答お願いします。
    よろしくおねがいします。

    • @byBuddhism
      @byBuddhism  Год назад +1

      自己の種まきをそのように受け止められるということは素晴らしいことで、その受け止め、智慧が今後の行いに必ず良い影響を及ぼし、人生は好転されることと思います。

    • @土方歳三-n8o
      @土方歳三-n8o Год назад +1

      お忙しところコメントありがとうございます。
      妻とは一応復縁できました。
      未熟な自分を恥じと受け止めこれからの身の振り方を妻と考えてゆきたいと思います。
      有難う御座います。

  • @きこり-m3v
    @きこり-m3v Год назад +1

    幾らか動画を拝見して納得する部分もあるのですが、しばしば自己責任色が強い印象があり、虐待を受けて後遺症が残っているのは私が産まれたのが悪かったの?と思ってしまいます。

    • @hiroshifactory6751
      @hiroshifactory6751 Год назад

      因と果は比率が違うので被害者を生むくらいの因を踏む必要もあるようです