【実録】あなたはきっと好きになる⁉石田三成、壮絶な人生最期の2週間と悲惨な末路とは⁉【ずんだもん&ゆっくり解説】
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- Опубликовано: 22 ноя 2024
- 今回は、「石田三成」について動画にしました!
1600年、関ケ原の戦いで完膚なきまでに叩きのめされた西軍石田三成。戦の裏側では何が⁉そして三成最期の2週間の間には何があったのか⁉教科書では伝わらない三成の壮絶な信念とは⁉
このチャンネルでは引き続き、ずんだもんによる歴史ゆっくり解説動画を投稿していきます!
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・音声:VOICEVOX
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・ずんだもん:坂本アヒル様
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石田三成は確かにまっすぐ過ぎて、優柔がきかず、加藤や福島など武断派から嫌われていましたが、裏てコソコソと工作していた徳川や、石田嫌いから徳川につき結果的に豊臣家の寿命を縮めた加藤福島コンビたちと比べて
ただ、豊臣のために忠義を尽くしたまっすぐすぎる不器用さがどこか悲しいくらいに感じます。
勉強なりました
秀吉にお茶を出すエピソードで平茶碗から筒茶碗のイラストに変えているの好き💓
石田三成や大谷吉継は奉行衆で武断派のライバルの様にドラマや小説で扱われているせいか、石田も大谷も賤ヶ岳七本鎗より武功あげて感状もあるのに個人的な槍働きの事がいつも無かったことにされているのがかわいそう。
逆に歴史ドラマでは猛将扱いの武断派大名たちは徳川政権下ではいらん子扱いでしたね
それ創作。実際は島津の税制改革に親身になって協力したり大名間な調整に尽力したりと親切な人物。
関ヶ原の後、東西に分かれた豊臣政権再編成のために全ての責任を背負わせて処刑された。
また、諸大名も徳川の手前仲がよかったり助けてもらったエピソードは封印してしまったため、融通の利かない偏屈な能吏というイメージが形作られた。
やはり タヌキ だったんだ😢。
最期のほうの出されたものを断るエピソード、自分の芯を曲げない気骨があるといえる部分と出した相手の面子を一切考慮しない人間として器が小さい面両方がわかる
確かに三成は器が小さかったかし優柔のない面倒な官僚だたかもしれませんが、徳川家康の裏で工作したり、豊臣秀吉からの家臣でありながら、徳川の工作にのり徳川方着いた連中みたいに誰もが利己的に動く中で、三成まっすぐすぎる姿勢にどこか惹かれるところがあります