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さすが謙信だなと改めて感心しました
敵に塩を送るの話は、無料で塩を送ったのではなく、塩止めをしなかっただけ、というのが事実ですよね。
なるほど。私は新潟の人間で、私の祖父や祖母の菩提寺は上杉謙信に認められた寺です。実際に、祖父や祖母の葬儀の時に上杉謙信の開山の証書を見ました。写真撮ってなかったことが悔やまれますが。そんな人間からして、上杉謙信は義の武将ではないと思いますよ。ただ、武田晴信や北条氏康、今川義元といった武将に比べればって話ですね。新潟の人間はとして、敵に塩を送るは違うと思っているけど、商売なら分かるかな。先生のお話が地元で語り継がれている話と符合したので面白いです。
売り手良し、買い手良し、世間良し。
先生の説明その方が有名な話よりも常識的に考えられます。常識を破る説明いただくありがとございました。
旧富士郡出身ですが町内に「塩出/ショデ」という地区があります。子供の頃、ここで甲斐に塩を止めたと年長者に聞かされました。富士川が流れる「尾崎」地区から山梨県「万沢」にぬける国道52号線入り口です。本当だったんでしょうかね。
伝説って、そういうものかとも思いました。みんながそう思い込んでいるもとに、少しずつ、話が引き寄せられて、原形がないほどに事実とは違うものが作り上げられていくようですね。 先生の根拠をもとにした「塩」話、勉強になりました。
謙信は元からビジネス上手なのです。
昔から「敵に塩を送る」さすが義の謙信公だと思っていたのですが複雑ですね。駿河湾産と遠州灘産の塩の道、謙信公御年譜のお話し等、たくさん学ばせていただきました。いつも有難うございます。
敵に塩を送るの根拠がない事に驚きました。釈迦に説法ですが、謙信自身よりも塩業者などの突き上げを受けて塩を武田に売った説を聞いたことがあります。
解説ありがとうございます。その時の塩の販売価格が分かる資料があると面白いですね。
武田の方に書がないのは、武田側からしたらいやだったり?
いつも小和田先生の動画を楽しみにしております。上杉謙信といえば、「謙信越山」(乃至政彦著)を拝読し、"「敵に塩を送る」の史実性"の項目での乃至氏のご意見に、驚きつつも大変納得しておりました。小和田先生とは少し相違点もあるのかなと感じました。これに関しまして先生のさらなるご意見を伺うことが出来れば歴史好きの醍醐味、大変嬉しく思います。(歴史に関しては私は全くの素人にて勘違いや失礼がありましたらお許しください。)
謙信公が「義」の武将と言われるのは謙信公に何らかの縁を持つ方々、支援者、ファンのような方々による謙信公のイメージアップ戦略の賜物だろうと思っています。「義」の旗からイメージされたものだと思いますが、いかにも物語に登場させると華になるキャラクターです。過酷な中世戦国を生きた謙信公の実像はどうだったのかも気になります。
武田側の記録には残ってないんですかね…。今後の研究に期待です。
学者の先生の言うてる事は最も出し史実に持と付いて要るけど此の先生は武田系の子孫系列だからか今一納得いかないかな誰しもおんなじ事だけどさ信濃制圧して国人まとめて強く成って成り上がって行ったし今でも武田が強かったとか言えばかっこがつくからかな?
結論から話して下さると、私自身は助かりました。あまり時間的余裕がないので、敵に塩を送る、記録があれば、寧ろ武田家商人が越後に塩の買い出しに来て、それを黙認したのではないか。
さすが謙信だなと改めて感心しました
敵に塩を送るの話は、無料で塩を送ったのではなく、塩止めをしなかっただけ、というのが事実ですよね。
なるほど。
私は新潟の人間で、私の祖父や祖母の菩提寺は上杉謙信に認められた寺です。
実際に、祖父や祖母の葬儀の時に上杉謙信の開山の証書を見ました。写真撮ってなかったことが悔やまれますが。
そんな人間からして、上杉謙信は義の武将ではないと思いますよ。
ただ、武田晴信や北条氏康、今川義元といった武将に比べればって話ですね。
新潟の人間はとして、敵に塩を送るは違うと思っているけど、商売なら分かるかな。
先生のお話が地元で語り継がれている話と符合したので面白いです。
売り手良し、買い手良し、世間良し。
先生の説明その方が有名な話よりも常識的に考えられます。常識を破る説明いただくありがとございました。
旧富士郡出身ですが町内に「塩出/ショデ」という地区があります。
子供の頃、ここで甲斐に塩を止めたと年長者に聞かされました。
富士川が流れる「尾崎」地区から山梨県「万沢」にぬける国道52号線入り口です。本当だったんでしょうかね。
伝説って、そういうものかとも思いました。みんながそう思い込んでいるもとに、少しずつ、話が引き寄せられて、原形がないほどに事実とは違うものが作り上げられていくようですね。
先生の根拠をもとにした「塩」話、勉強になりました。
謙信は元からビジネス上手なのです。
昔から「敵に塩を送る」さすが義の謙信公だと思っていたのですが複雑ですね。駿河湾産と遠州灘産の塩の道、謙信公御年譜のお話し等、たくさん学ばせていただきました。
いつも有難うございます。
敵に塩を送るの根拠がない事に驚きました。釈迦に説法ですが、謙信自身よりも塩業者などの突き上げを受けて塩を武田に売った説を聞いたことがあります。
解説ありがとうございます。
その時の塩の販売価格が分かる資料があると面白いですね。
武田の方に書がないのは、武田側からしたらいやだったり?
いつも小和田先生の動画を楽しみにしております。
上杉謙信といえば、「謙信越山」(乃至政彦著)を拝読し、"「敵に塩を送る」の史実性"の項目での乃至氏のご意見に、驚きつつも大変納得しておりました。
小和田先生とは少し相違点もあるのかなと感じました。これに関しまして先生のさらなるご意見を伺うことが出来れば歴史好きの醍醐味、大変嬉しく思います。(歴史に関しては私は全くの素人にて勘違いや失礼がありましたらお許しください。)
謙信公が「義」の武将と言われるのは
謙信公に何らかの縁を持つ方々、支援者、ファンのような方々による
謙信公のイメージアップ戦略の賜物だろうと思っています。
「義」の旗からイメージされたものだと思いますが、いかにも物語に登場させると華になるキャラクターです。
過酷な中世戦国を生きた謙信公の実像はどうだったのかも気になります。
武田側の記録には残ってないんですかね…。今後の研究に期待です。
学者の先生の言うてる事は最も出し史実に持と付いて要るけど此の先生は武田系の子孫系列だからか今一納得いかないかな誰しもおんなじ事だけどさ信濃制圧して国人まとめて強く成って成り上がって行ったし今でも武田が強かったとか言えばかっこがつくからかな?
結論から話して下さると、私自身は助かりました。あまり時間的余裕がないので、敵に塩を送る、記録があれば、寧ろ武田家商人が越後に塩の買い出しに来て、それを黙認したのではないか。