【替え歌】アイデンティティ~伊藤×山縣版~

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  • Опубликовано: 2 окт 2024
  • 山県、伊藤両系の懸隔は是にて益々判明となる。 - 原敬(明治三十四年)
    お借りした原曲:kanaria 様
    • 【GUMI×初音ミク】アイデンティティ【Ka...
    お借りしたUST:かたつむり観光客 様
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    / @yayoidokiiiiiii
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    歌:重音テト
      欲音ルコ

Комментарии • 22

  • @タユウ-e8t
    @タユウ-e8t  Год назад +19

    歌詞及び雑解説です。
    本日12月22日は太政官制が廃止され内閣制度が作られた日であり、初代総理大臣に伊藤博文が就任した日です。
    以下歌詞
    あ、ちょっと君よ知り給え
    政党といふは
    国会に集う
    民のサイン
    文明乃華実※1
    脳裏に揺らめくブウランジェ
    ああ 藩閥乱れて行き着くは 第※2
    八代内閣 それは希望の政党内閣
    八代内閣 果然 党利党略※3
    まだ止めないで待って それは十年間の試験※4
    早晩倒閣 結べ 押し亨と 新たな提携※5
    自由党進歩党に苛立つ そっと国を憂いる
    溢れ出す不安 肩に背負いこむきっと 守る我らの帝国憲法(アイデンティティ)※6
    (間奏)※7
    猜疑拭えぬ政党デンジャラス 述べる空論急燥過激に
    あたれ難局 元老総出で※8
    会議紛糾足並みデンジャラス 衆議集めた二人にフォーカス
    されど憲法 停止は目前※9
    きっと互いに望まぬその指名
    ただ差し詰めふたりが求めるは ああ
    八代内閣 祈れ苦難の立憲政治(アイデンティティ)※10
    立憲政治(アイデンティティ)? 止めろ! 国乱るは制
    政友会結党 目指せ反民党のディズレーリ(ディズレリー)※11
    どのみち政党 退けろ 歳費増額(アメ)と任用制限(ムチ)で党勢排擠※12
       
    現実主義者らに阻まれ そっと党を退く※13
    乱れゆく日露 臨む桂園きっと 届く我らの明治時代(アイデンティティ)
    ※1 国会が「文明乃華実」であるというのは実は山県の言。ドイツの国会、選挙などを見学した際にこのような感想を残した。ただし同時に、選挙において冷静な言い分は人気が出ず、急燥過激な空論を述べるものが名望を集めるという否定的な見方もしている。しかしこのような国民の意思の表れである政党でなければ国家運営はできないというように考えたのが伊藤や大隈といった政党政治を求める政治家である。
    ※2 これもまた、山県が渡欧した際に見た光景。時のフランスではブーランジェ将軍事件のただなかにあり、急進的な政治運動による政治の停滞、という点で山県は不信感を募らせることになった。
    ※3 政党の育成に心血を注いできた伊藤にとっても、この時期の政党内閣は決して「希望の内閣」とは言えない。政党人は就官を求めることに終始するなど、いまだ国家のために尽力するという意識に欠けていた。しかし伊藤は大隈・板垣両名への大命降下を主張した。帝国憲法による憲法政治を守るためである。
    ※4 伊藤の尽力により憲法は停止されることなく隈板内閣を成立させ、見事に発布十周年を迎えた。オスマン帝国憲法が施行よりわずか1年余りで停止されたことと比較すれば偉業であることが理解できる。伊藤は「憲法の試験は誠に上結果」と断言した。
    ※5 山県は政党嫌いではあるが、超然内閣を続けるような人間ではなく、現実的に旧自由党を率いる星亨(通称:押し通る)との提携を通じた議会運営を行う。星側としても旧進歩党系との提携の結果を踏まえれば山県内閣との協力が最も現実的な党勢拡大への策であった。星亨および旧自由党との円滑な提携関係の構築には伊藤も関わっている。
    ※6 伊藤は第三次内閣期でも現状の政党を嫌っていた。しかし選挙の結果に基づき、衆議院の大多数を占めるに至った憲政党に大命を降下させることで伊藤は憲法政治を守り、ひいては日本が憲法に則った政治を行う文明国である、という事実を守った。
    ※7 順に大隈重信・板垣退助・尾崎行雄・松田正久・鳩山和夫・片岡健吉・大東義徹・杉田定一・星亨・河野広中。大隈と板垣以外はすべて衆議院議員である。尾崎、鳩山、大東は大隈率いる進歩党の幹部であり、また松田、片岡、杉田は自由党の幹部である。彼らが中心となり進歩党と自由党の連合(憲政党)は成った。またこの会合には河野広中も参加した。もっともこの連合は完全に党勢拡大という意識のみで行われたものであり、二党の政策のすり合わせすら行われていない。大隈重信も連合には慎重ではあったが、憲政党のため従来の主張を変えて地租増徴を否定するなど、結局は党勢拡大のため(ひいては政党政治を根付かせるためにという意識のもとであるとはいえ)行動することを選んだ。一大政党を作り政党の力を見せつけてやるぜ!という方向性と思う。なお大隈の野望は帰国した星亨により打ち砕かれることになる。
    ※8 山県の意見は、政党に国を任せるわけにはいかない、伊藤が政党を率いるのもよろしくない。伊藤内閣に元老総出で入閣して事態にあたろうというもの。事態にあたるというのは、藩閥を支持する勢力が議会で多数を占めるまで解散を繰り替えすような形になったと思われる。それでも打開が困難であれば憲法を停止してでも、という思いはあったかもしれない。
    ※9 それに対する伊藤の意見は上記の通り、憲法を守るために大隈および板垣に大命を降すというもの。この時期には黒田清隆と芳川顕正(山縣系官僚)の間で憲法停止論すら交されるようになっていた。元老会議でも伊藤山縣の間で激論が交わされ、冒頭の二発言が飛び交った。国家が大事か政党が大事かという議論のなかで、互いに国家優位である意識を持っているにも関わらず異なる選択をする両者が好きです。
    ※10 すでに述べた通り、伊藤は大隈(板垣)内閣の成立を危ぶんでいた。明治天皇にふたりを推薦した後で松方正義に会った際には法師になりたいと口走るまでに憔悴していた。ここまでの苦難の末に成立した大隈内閣が党争の果て短命に終わったことで伊藤の威信は低下し、その後を継ぐ山県の勢いは上がっていく。
    ※11 政友会は旧自由党を中心とした政党であったが、伊藤は「政治の得失は即ち国家の得失」と述べ山県内閣への協力姿勢を明らかにした。またこれ以前に伊藤は「党員は又絶対的に其首領の命令に服従しなければならぬ」とイギリスの保守政治家ディズレーリを引用して述べた。政友会もまた、設立において伊藤が絶対的に君臨するものとなった。
    ※12 山県内閣はある意味伊藤よりも上手に議会を運営していく。議員歳費を増額するという露骨な利益誘導で政党を黙らせると、軍部大臣現役武官制を制定、また文官任用令を改正して猟官運動を抑えた。これに対し提携を結んでいた憲政党(隈板内閣における憲政党とは別物)は反発し、陸海軍大臣を除く全閣僚を入党させるか党員を数名入閣させよと迫るも山県に躱される。なお議員歳費増額にただ一人反発したのが、足尾銅山事件で活躍した田中正造である。
    ※13 最終的に伊藤博文は原敬に政友会を追い出されるような形で離党することになる。原敬は、ある意味で現実主義に過ぎ、政党政治の隆盛を遠ざけたとも言われる。これは日比谷焼き討ち事件を始めとした日露戦争後の政権禅譲、講和反対の論を張った憲政本党ではなく弱体した桂内閣(官僚閥)との提携を重視して確実に政友会内閣を得ようとした面でも現れる。やはり原は山縣に似ているのだろう。

  • @edogawalemon
    @edogawalemon Год назад +24

    日本近代史替え歌流行れ

  • @しばこうえん
    @しばこうえん Год назад +12

    内ゲバで四ヶ月の短命に終わった隈板内閣に黙祷

  • @じぇーむずASMR
    @じぇーむずASMR Год назад +5

    美しすぎる、、二人の肖像が変わるのも最後背景が日の丸になるのも素敵ですね。もっと日本近代史替え歌増えるといいなー

  • @天神シロかわ
    @天神シロかわ Год назад +2

    アイデンティティ替え歌好き
    歌詞改編のセンスがいい

  • @suisennohanasi
    @suisennohanasi 10 месяцев назад +1

    替え歌を作れるの本当にすごいと思う
    言葉とか映像とか全部好き…

  • @新時代-g4y
    @新時代-g4y Год назад +4

    歴史を学べるいい動画ですね!

  • @ボンタン飴-p2r
    @ボンタン飴-p2r Год назад +1

    差し支えなければ、この動画を作成する上で参考にした資料等を教えていただくことはできますでしょうか?

    • @タユウ-e8t
      @タユウ-e8t  Год назад +2

      参考文献は概ね以下の通りです。
      ただ、動画は演出のため私の感覚が多く混じっていますので、著者の方々のご意見とは異なる場合があると思います。そこはご了承下さい。
      伊藤之雄『伊藤博文』
      伊藤之雄『山県有朋』
      伊藤之雄『大隈重信』
      井上寿一『山県有朋と明治国家』
      井上寿一『政友会と民政党』
      松元崇『山縣有朋の挫折』

  • @雪下由布
    @雪下由布 Год назад +2

    長州閥って統制派や皇道派みたいな思想って、あったんだろうか?

    • @タユウ-e8t
      @タユウ-e8t  Год назад +4

      山縣有朋を筆頭とした長州閥の領袖は「軍服を着た政治家」と評されることもあり、列国協調路線かつ政治主導が基本思想であったように思います。それに対して、より強烈に国防計画を充実させようとする新派(統制派や皇道派に分裂する以前)、いわば「政治に関与する軍人」が台頭してきたという形でしょうか。

    • @hardtech5211
      @hardtech5211 Год назад +2

      私が知るには前原一誠と山縣有朋が維新初期当時徴兵制問題で争ったというのにそれを言うのではないでしょうか?

  • @eracircus8412
    @eracircus8412 Год назад +2

    最初の「それができない位なら貴様は 腹を切ってしまうほかない・・・」
    の意味ってなんですか?

    • @タユウ-e8t
      @タユウ-e8t  Год назад +3

      これは八代首相を選ぶ重臣会議にて伊藤と意見が対立した際の山縣の発言となります。国と政党政治(つまり憲法政治)のどちらが大事なのかという論争で国を取れない位なら貴様は…という流れになります。

    • @eracircus8412
      @eracircus8412 Год назад +2

      @@タユウ-e8t
      ありがとうございます
      調べても全く出てこなかったので、ぜひ出典をご教授頂きたいです

    • @タユウ-e8t
      @タユウ-e8t  Год назад +2

      一次資料については記載が無く不明ですが、井上寿一著『山県有朋と明治国家』p212からの引用です。

    • @eracircus8412
      @eracircus8412 Год назад +1

      @@タユウ-e8t
      出典をご教授してくださりありがとうございます
      お手数おかけし申し訳ありません
      私はまだまだ知識不足なのでそちらの書籍を読んでみます。

  • @キングクラウン
    @キングクラウン 3 месяца назад +1

    これと神っぽいなって硬派なMAD多いな

  • @akarameru
    @akarameru Год назад +2

    歴史上の出来事を綺麗に歌詞に落とし込んでいて尊敬します。この映像の雰囲気が好きです。

    • @タユウ-e8t
      @タユウ-e8t  Год назад +2

      なかなか上手く噛み合いました!