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メーデー歌『聞け万国の労働者』は、『インターナショナル』や『赤旗の歌』と違い、日本で作詞・作曲されたオリジナルの革命歌・労働歌ですが、これが朝鮮半島に伝わって北朝鮮では朝鮮語で歌われています。一方で『赤旗の歌』は現在イギリス労働党の準党歌になっており、元はドイツ民謡の『もみの木』のメロディーに載せたものだったのが、日本語に翻訳するときに七五調になるようにしたので、メロディーが他国の『赤旗の歌』と異なっています。しかし、朝鮮半島に伝わって北朝鮮では日本語版と同じメロディーで歌われています。
メーデー、5月1日に職場の赤がかった労組の人に集会に誘われた。疲れるから断った。赤い思想も好きじゃないし。でも確かに彼らの運動によって労働環境が改善されて来たのは事実。でもなぁ、昔のストライキで職場を封鎖してオルグでとか怖いよ。
昭和においては、明治大正時代に先鋭化した筋金入りの社会主義者が幅を利かせてしまっていましたからね。ですから、今の人の記憶では(ソ連崩壊等もあって)社会主義への警戒心が多くあると思います。
>疲れるから断った。赤い思想も好きじゃないし。そんな時は、オリジナルの「歩兵の本領」を歌ってしまえ。
この曲母校の運動会の応援歌に採用されてるから好き。なんなら殺伐してる歩兵の本領より好き
歩兵の本領よりも好きって方もいますよね👍
またまたコメントさせていただきます🙇♂️私は保守派ですが、よく対抗になる革新派の主張も勉強しているので参考になりました。(だいぶ偏見の目で見てますが)大正あたりにコミンテル主導の当時の日本共産党が結成しだと思うのでより勢力的に社会主義・共産主義運動が起きたのだと考えられますね。暴力革命と国体を破壊するその主張はやはり相入れられませんが、一時的には労働者の味方になる存在は人々にとって必要悪だったのかもしれませんね。その後の60年代の闘争を見てもです。まぁ結局労働者は共産主義革命の手先として使われるのですが…
大正時代からそういった共産党やコミンテルンの動きが活発になりましたが、味噌も糞も分けずに摘発しようとしてしまったのが治安維持法ですね。その流れは戦後において、歯止めがなくなり、学生運動はじめ左翼の隆盛につながってしまいます。詳しくは参考文献にある江崎氏の書籍が良いのですが、左翼は一見ありがたい甘言で、ノンポリ層(江崎氏はデュープスと称しています)を取り込むことが上手かったというのがあります。左翼の思想及び成立し成熟していく歴史を知ることは、私はとても重要だと思います。
@@asuparaginchannel おっしゃる通りですね。彼らの広報や大衆を動かす戦略はとても狡猾で保守はこの点は圧倒的に劣っていると思います。これらに扇動されないよう知識をつけて正しい選択をできるようにしていきたいですね。参考書籍も参考にさせていただきます。m(__)m
小楠公は替え歌になりがち例 彦根東 玄和 ミャンマー以下略
6:01解釈の違いかもしれませんが、「無産の民」は、恐らく共産主義思想における「生産手段」:工場や畑etcを持たざる労働者のことを指しているものと思われます。
予科練をきぼう
リクエストありがとうございます。
これからも頑張ってください
メーデー歌『聞け万国の労働者』は、『インターナショナル』や『赤旗の歌』と違い、日本で作詞・作曲されたオリジナルの革命歌・労働歌ですが、これが朝鮮半島に伝わって北朝鮮では朝鮮語で歌われています。
一方で『赤旗の歌』は現在イギリス労働党の準党歌になっており、元はドイツ民謡の『もみの木』のメロディーに載せたものだったのが、日本語に翻訳するときに七五調になるようにしたので、メロディーが他国の『赤旗の歌』と異なっています。
しかし、朝鮮半島に伝わって北朝鮮では日本語版と同じメロディーで歌われています。
メーデー、5月1日に職場の赤がかった労組の人に集会に誘われた。疲れるから断った。赤い思想も好きじゃないし。
でも確かに彼らの運動によって労働環境が改善されて来たのは事実。でもなぁ、昔のストライキで職場を封鎖してオルグでとか怖いよ。
昭和においては、明治大正時代に先鋭化した筋金入りの社会主義者が幅を利かせてしまっていましたからね。
ですから、今の人の記憶では(ソ連崩壊等もあって)社会主義への警戒心が多くあると思います。
>疲れるから断った。赤い思想も好きじゃないし。
そんな時は、オリジナルの「歩兵の本領」を歌ってしまえ。
この曲母校の運動会の応援歌に採用されてるから好き。なんなら殺伐してる歩兵の本領より好き
歩兵の本領よりも好きって方もいますよね👍
またまたコメントさせていただきます🙇♂️
私は保守派ですが、よく対抗になる革新派の主張も勉強しているので参考になりました。(だいぶ偏見の目で見てますが)大正あたりにコミンテル主導の当時の日本共産党が結成しだと思うのでより勢力的に社会主義・共産主義運動が起きたのだと考えられますね。
暴力革命と国体を破壊するその主張はやはり相入れられませんが、一時的には労働者の味方になる存在は人々にとって必要悪だったのかもしれませんね。その後の60年代の闘争を見てもです。
まぁ結局労働者は共産主義革命の手先として使われるのですが…
大正時代からそういった共産党やコミンテルンの動きが活発になりましたが、味噌も糞も分けずに摘発しようとしてしまったのが治安維持法ですね。
その流れは戦後において、歯止めがなくなり、学生運動はじめ左翼の隆盛につながってしまいます。
詳しくは参考文献にある江崎氏の書籍が良いのですが、左翼は一見ありがたい甘言で、ノンポリ層(江崎氏はデュープスと称しています)を取り込むことが上手かったというのがあります。
左翼の思想及び成立し成熟していく歴史を知ることは、私はとても重要だと思います。
@@asuparaginchannel
おっしゃる通りですね。彼らの広報や大衆を動かす戦略はとても狡猾で保守はこの点は圧倒的に劣っていると思います。
これらに扇動されないよう知識をつけて正しい選択をできるようにしていきたいですね。参考書籍も参考にさせていただきます。m(__)m
小楠公は替え歌になりがち
例 彦根東 玄和 ミャンマー以下略
6:01
解釈の違いかもしれませんが、「無産の民」は、
恐らく共産主義思想における「生産手段」:工場や畑etcを
持たざる労働者のことを指しているものと思われます。
予科練をきぼう
リクエストありがとうございます。
これからも頑張ってください