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一種の天才でした。鈴本の昼席で聞いたのが最後になりました。少し疲れた表情だったので二日酔いかなと思っていました。八代目桂文楽の極北に来るのがこの人でしょう。文楽は自分の芸に固執しましたが三平は芸は二の次、目の前の客をどうやって喜ばせるかに全力を注いだ人で、それが一つの芸になっていました。その意味では志ん生や談志、円蔵に近い人でしょう。ただその徹底したサービス精神は談志や志ん朝も認めていて特に談志は三平を兄弟子として慕っていたようでした。「あの人に喧嘩ふっかけても相手にしてくれない。あれには勝てない。」としみじみいってました。むしろ今ここまで客に対して誠実になれる噺家がいるかどうか、考えてみたいと思います。
ゆや
みみm
醜態を曝さず(晩年は憐れさが漂っていました),亡くなったのが三平の唯一の芸だったんでしょう
脱帽です最高、おもしろい🤣一度だけ有楽町の寄席で見ています。最前列でした。
初代三平さん もうこのお話しを数回聴いております。馬鹿馬鹿しい話が何とも素晴らしいです。昔よく三越落語会を訪問しましたが、この落語を聴くと当時を思い出します。このお話し、いつ聴いも嫌みがなく良いですね。(☆三平さんのWikipediaもご 確認下さい。)
す
いいですね、昔から三平さんの落語が好きでした。
三平は、天才だな。つくづく感じる。67のおやじはそう思う。
一見、その場の思い付きでやってるみたいですが、事前に充分に台本を練って、客の反応を見ながらやってたそうですね。早く亡くなったのが本当に惜しまれます。
50年前池袋演芸場で三平の落語聞いた時も大爆笑でした、当時の事を思い出します
ラ--メン屋の話、入り口はこちら。好きです、よしこさん、ベトナムのホ--チミン、、報知新聞をみない。あ--あ、落伍しゃ。お正月、、和尚さんがふたり。三平が太平洋戦争にいったから、日本は負けた。お客さん、お茶なんか飲んでる場合じゃありません。談志さんは天才です、天の災いです。天災。等々、笑いは人を楽しく、幸せにする力があります。
久しぶりに心から笑いました。ほんとうに心から笑える落語です!!。
天才、初代 林家三平!!!
この歌を入れての話方は三平さんの十八番、TVの前で笑っていました。
三平というのは素晴らしい。今は、頑張れ
カーター/モンデール、ウォーター・ゲート、この高座でもそうですが、枕の枕と言える部分に必ず時事ネタがはいりました.
落語?と言うより笑い話の連続とでも言いますか、それはそれで面白いのです。歌笑、痴楽、とも違うやっぱり三平の世界ですね。
古典は固くなると謙遜しているけれど、後半も面白いじゃないですか。先代金馬師匠は奥さん育ての親の三代目かな、子供の喋り方と温かみが似てますね。リアルタイムで知ってる世代ですが、とんでもないエンタテイナーでしたよ。
これだけ、声の通り咄家はいないな‼️天才だな😃
桂米朝師匠と同い年なんですよね。米朝師匠の様に長生きしていただきたかった😢😢
米丸師匠もそうです。
本来は正蔵の名跡を注ぐべき人。TVが違う道に導いてしまった。それはこれで新しい今までにない落語だが、長男はにTV出演はほどほどにして正蔵の名跡にふさわしい落語家になってほしい。
これは初めて聞いた。いいものを聞かせてもらった。金馬師匠の「勉強」をほぼそのままトレースしている。
結果的にくだらない事と言われる事を考えて表現する。これは立派な、コロンブスの卵な事であり凄い事だと私は思う。ならば自分が考えられるか⁉発見できるか⁉そう言われたら、きっと出来ないであろう。素晴らしい才能であり、物凄い語彙力であると私は考えます。凄いよ、三平!!惜しい人を若くして亡くした。もっと早く青春を過ごしたかった。
Pp
かきを!さbaでか22さかさかきか今日から出てき神尾2かかかさかきかかききさき2さかがある。それが彼彼賀正画家かかさか画家と言ってさ彼2番かき神尾はないかかは2A
これは凄い映像ですね。前半のマクラは完全な三平漫談。しかもかなりスベってる。そのスベリをものともせず(しかも内心焦って見せ)、歌をクッションとして繋ぐ、現在のピン芸人の常套手段を既に使っているという先進さ。後半の噺は見事なまでに三代目金馬のトレース。いや、憑依しているこの語り口。やはりこの人は天才なのだ。
思わず吹いて笑う、ダンディ板野にてる?
面白いですねぇ!久々に聞きますと三平師匠がおっしゃるように先代の金馬師匠の新作落語勉強という噺を稽古をつけてもらったのだなぁと思う口調がいっぱい出てきますね。子供の頃から金馬さんが大好きでした!三平さんも好きで東京タワーから毎日中継していた番組名は忘れましたけどお袋と見に行ったことがあります、中継が終わったあとも皆を笑わせて引きあげていかれた三平さん、腹がよじれるほど笑わされましたよ!
個人的には源平盛衰記より清書無筆の方が好きですね😊前半の三平リズム落語のスベりつつも小噺と客いじり最高❗後半の古典に入ってからは脱線せず、きっちりやるところは、サスガだと思います❗
初代···昭和の爆笑王二代···平成の滑走王
英語の自己紹介で「スリーガス」、最高です!
His style of rakugo is so impromptu sounding and funny.
三平は、夜中に聞いてると頭緩んでてヘッヘッヘと笑えて良いや
金馬の語り口をこれだけ上手に真似られる、それだけでも才能だよね。金馬の芸を伝承するという意味でも、そうとう貴重な高座と言えるわ。談志も志ん朝も、三平には一目も二目も置いていたのが頷けるって。
金馬師直伝というわけではないのですか。(おとっつぁんなんかの)声のいいところが両師同じですからそんな想像をしていました。
そこはどうなのか、残念ながら分かりません。でも、金馬に稽古をつけてもらっている三平を想像すると相当楽しいので、そういうことにしておきましょうか。😉
@@hypershinza 仰せの見方にならいます。確かに、両師の関係を洗い立てているよりは楽しい。
香葉子夫人が金馬師匠の養女でしたからネ‼️
@@義朗青木 .ああ、そうだったんですね!これは、直伝確定で良さそうですね。
いやー、面白いですね。ありがとうございます。
昭和30年代の初代三平の勢いは、こんなもんじゃない。海老名の不出来な兄弟たちでさえ驚いていた。
三平さんの古典を初めてききました。金馬師匠そっくり!声まで似てしまう。
三平さんこの世に戻って来てください。つまらない社会になっちたよ、つまらないコントばかりです❗️M1知っている。
ドリフの「バカ兄弟」のコントはこの落語を参考にしたのか…(九九の読みかた等)
1:22 ヘイ!ジャングルハウス!アンドスリーガスwwwくだらないにもほどがあるねwww
逆直訳すると「密林の家と三つの屁」自分の名前で遊んじゃダメだよォ~(^w^)
この口から出任せ度胸が良い !!降らないが面白いじゃないか Σ(゚Д゚)
この昭和の偉大な爆笑王・故林家三平( 初代 )は、落語家になり東宝名人会における前座修業を経て二つ目に昇進して間もなく、最初の師匠である実父・故七代目林家正蔵が急逝したため、落語協会に移籍して嘗て父の弟子だった落語協会所属の故七代目橘家圓蔵の弟子となりましたが、二番目の師匠である七代目橘家圓蔵には、前座修業からやり直しを命じられるなどかなり酷遇されたそうです。初代三平には七代目橘家圓蔵以外にも、落語協会と競合関係にある落語芸術協会( 旧日本芸術協会 )所属の大看板で偉大な名人落語家である故六代目春風亭柳橋、故初代柳家権太楼( 昭和初期( 1920年代〜30年代 )に爆笑王と謳われる )、故二代目桂小文治( あの故初代桂春団治の弟弟子にあたり大正期( 1910年代 )に大阪上方落語界から東京落語界へ移籍した人気落語家 )、故五代目古今亭今輔、故三代目春風亭柳好( 野ざらしの柳好 )、故四代目三遊亭圓遊に弟子入りする話もあったそうです。
古今亭志ん朝が 心から 落語を大衆化した 偉大な人と 言っていた。後期には 若い世代に 見捨てられたのを 嘆いていた。
古典じゃなくて新作落語ですね😊
これ病気の前だと思うんですけど、既に英語落語か。これも先見の明ですね。
やめろと言われても三平笑い😆♪
3:57 お客さん、なんて言ったのですか?
三平と正蔵は凄い名跡なんだな。
息子は才能無いのに無理して落語家になって、かわいそう!
三平の長男、泰孝(9代目林家正蔵)はジャズの入門書を出版するほどジャズに精通しているんだけど、セロニアス・モンクというジャズ・ピアニストの大御所が大嫌いだった。理由は「ピアノがへたくそだから。」しかしモンクは世界的に偉大なジャズメンとして認知されていて、今でも彼の曲を取り上げる若手が絶えない。そのことが泰孝には理解できない。誰か年配のジャズ評論家が言うかと思ったら、誰も気を使ったのか、こうは言わなかった。「モンクは、あなたのお父さんのような存在だったんだよ。」もしかしたらそれで泰孝は腑に落ちたかもしれないのにw
う~む なるほどジャズのことを知りませんでしたが言いたいことはよくわかりました
すごい分かる!
この人は毀誉褒貶激しいけど実力者だと思う。アンツルとか「通ぶった」評論家たちや頑迷固陋とした落語家は嫌ってたけどね。
安鶴も六代目圓生も、主観的で好悪が激しすぎるからな。特に圓生は例の分裂騒動で三平を引き入れることができなかったのも敗れた一因。そういう意味で、晩節を汚した師匠の先代(7代目)圓蔵と比較しても、ああ見えて機を見るに敏というところ。
父上が「小三治」取り上げられて「正蔵」になりましたから😩😩
@@masanojikurofuneさん、そんなアンツルが絶賛した文楽が三平庇護していたのは草
今の三平って何なのよ?先代が泣いてます!
こんなレベル(噺を記憶することができないから漫談しかできない)を評価することしかできない昭和の人間の愚かしさ。
志ん朝が大好きだが、もちろん先代の三平も評価している
落語の多重放送!面白い!
前後賞w
泰助(たいすけ)くんとは、次男・二代目三平のこと
枕だけで4割時間使ってるwでも、初代が創作落語に突っ走ってたら、もっと時代が変わったかも知れない。
今の正蔵はつまらない
多分だけどこの方は本当は落語家嫌いだったのかもな。親が落語家だったからって言うだけで。だから中々落語に入らない。それが斬新でお客さんにウケたのかもな。おれも親から嫌な仕事引き継いだのでどうすれば自分が楽しくなるか参考にしたいです。
林家木久扇は、初代林家三平がいないのでだから、桂喜久蔵に改名してください。
馬鹿に成る、話芸ほど天才が見え隠れしわくわくさせる!?
初代三平は、どんな演目でもお定まりの駄洒落を連発して誤魔化す。今の寄席ではこの流儀は通らないだろう。
井辻義男作かな?
三平のブレーンは三笑亭笑三と神津友好
轢死w
今の落語家が面白く感じないわけです。
特に若手落語家ですね。いかに年配落語家の実力が抜きん出てるかっていうのが分かりますね。ラジオ深夜便の落語やNEXT名人寄席を聴いてそう感じました。
時代のせいかわからないけど話し方に侘び寂びがない(軽い)ですよね。
ーー
やなわわなゆやんらによわやわや
たあ
一種の天才でした。鈴本の昼席で聞いたのが最後になりました。少し疲れた表情だったので二日酔いかなと思っていました。八代目桂文楽の極北に来るのがこの人でしょう。文楽は自分の芸に固執しましたが三平は芸は二の次、目の前の客をどうやって喜ばせるかに全力を注いだ人で、それが一つの芸になっていました。その意味では志ん生や談志、円蔵に近い人でしょう。ただその徹底したサービス精神は談志や志ん朝も認めていて特に談志は三平を兄弟子として慕っていたようでした。「あの人に喧嘩ふっかけても相手にしてくれない。あれには勝てない。」としみじみいってました。むしろ今ここまで客に対して誠実になれる噺家がいるかどうか、考えてみたいと思います。
ゆや
みみm
醜態を曝さず(晩年は憐れさが漂っていました),亡くなったのが三平の唯一の芸だったんでしょう
脱帽です
最高、おもしろい🤣
一度だけ有楽町の寄席で見ています。最前列でした。
初代三平さん もうこのお話しを数回聴いております。馬鹿馬鹿しい話が何とも素晴らしいです。
昔よく三越落語会を訪問しましたが、この落語を聴くと当時を思い出します。
このお話し、いつ聴いも嫌みがなく良いですね。(☆三平さんのWikipediaもご 確認下さい。)
す
いいですね、昔から三平さんの落語が好きでした。
三平は、天才だな。つくづく感じる。67のおやじはそう思う。
一見、その場の思い付きでやってるみたいですが、
事前に充分に台本を練って、
客の反応を見ながらやってたそうですね。
早く亡くなったのが本当に惜しまれます。
50年前池袋演芸場で三平の落語聞いた時も大爆笑でした、当時の事を思い出します
ラ--メン屋の話、入り口はこちら。
好きです、よしこさん、ベトナムのホ--チミン、、報知新聞をみない。あ--あ、落伍しゃ。お正月、、和尚さんがふたり。
三平が太平洋戦争にいったから、日本は
負けた。お客さん、お茶なんか飲んでる場合じゃありません。談志さんは天才です、
天の災いです。天災。等々、笑いは
人を楽しく、幸せにする力があります。
久しぶりに心から笑いました。ほんとうに心から笑える落語です!!。
天才、初代 林家三平!!!
この歌を入れての話方は三平さんの十八番、TVの前で笑っていました。
三平というのは素晴らしい。今は、頑張れ
カーター/モンデール、ウォーター・ゲート、
この高座でもそうですが、枕の枕と言える部分に必ず時事ネタがはいりました.
落語?と言うより笑い話の連続とでも言いますか、それはそれで面白いのです。
歌笑、痴楽、とも違うやっぱり三平の世界ですね。
古典は固くなると謙遜しているけれど、後半も面白いじゃないですか。先代金馬師匠は奥さん育ての親の三代目かな、子供の喋り方と温かみが似てますね。リアルタイムで知ってる世代ですが、とんでもないエンタテイナーでしたよ。
これだけ、声の通り咄家はいないな‼️天才だな😃
桂米朝師匠と同い年なんですよね。米朝師匠の様に長生きしていただきたかった😢😢
米丸師匠もそうです。
本来は正蔵の名跡を注ぐべき人。TVが違う道に導いてしまった。
それはこれで新しい今までにない落語だが、長男はにTV出演はほどほどにして
正蔵の名跡にふさわしい落語家になってほしい。
これは初めて聞いた。いいものを聞かせてもらった。金馬師匠の「勉強」をほぼそのままトレースしている。
結果的にくだらない事と言われる事を考えて表現する。これは立派な、コロンブスの卵な事であり凄い事だと私は思う。ならば自分が考えられるか⁉発見できるか⁉そう言われたら、きっと出来ないであろう。素晴らしい才能であり、物凄い語彙力であると私は考えます。凄いよ、三平!!惜しい人を若くして亡くした。もっと早く青春を過ごしたかった。
Pp
かきを!さbaでか22さかさかきか今日から出てき神尾2かかかさかきかかききさき2さかがある。それが彼彼賀正画家かかさか画家と言ってさ彼2番かき神尾はないかかは2A
これは凄い映像ですね。前半のマクラは完全な三平漫談。しかもかなりスベってる。そのスベリをものともせず(しかも内心焦って見せ)、歌をクッションとして繋ぐ、現在のピン芸人の常套手段を既に使っているという先進さ。
後半の噺は見事なまでに三代目金馬のトレース。いや、憑依しているこの語り口。やはりこの人は天才なのだ。
思わず吹いて笑う、ダンディ板野にてる?
面白いですねぇ!久々に聞きますと三平師匠がおっしゃるように先代の金馬師匠の新作
落語勉強という噺を稽古をつけてもらったのだなぁと思う口調がいっぱい出てきますね。子供の頃から金馬さんが大好きでした!三平さんも好きで東京タワーから毎日中継していた番組名は忘れましたけどお袋と見に行ったことがあります、中継が終わったあとも皆を笑わせて
引きあげていかれた三平さん、腹がよじれるほど笑わされましたよ!
個人的には源平盛衰記より清書無筆の方が好きですね😊
前半の三平リズム落語のスベりつつも小噺と客いじり最高❗
後半の古典に入ってからは脱線せず、きっちりやるところは、サスガだと思います❗
初代···昭和の爆笑王
二代···平成の滑走王
英語の自己紹介で「スリーガス」、最高です!
His style of rakugo is so impromptu sounding and funny.
三平は、夜中に聞いてると頭緩んでてヘッヘッヘと笑えて良いや
金馬の語り口をこれだけ上手に真似られる、それだけでも才能だよね。
金馬の芸を伝承するという意味でも、そうとう貴重な高座と言えるわ。
談志も志ん朝も、三平には一目も二目も置いていたのが頷けるって。
金馬師直伝というわけではないのですか。(おとっつぁんなんかの)声のいいところが両師同じですからそんな想像をしていました。
そこはどうなのか、残念ながら分かりません。でも、金馬に稽古をつけてもらっている三平を想像すると相当楽しいので、そういうことにしておきましょうか。😉
@@hypershinza 仰せの見方にならいます。確かに、両師の関係を洗い立てているよりは楽しい。
香葉子夫人が金馬師匠の養女でしたからネ‼️
@@義朗青木 .
ああ、そうだったんですね!
これは、直伝確定で良さそうですね。
いやー、面白いですね。ありがとうございます。
昭和30年代の初代三平の勢いは、こんなもんじゃない。
海老名の不出来な兄弟たちでさえ驚いていた。
三平さんの古典を初めてききました。金馬師匠そっくり!声まで似てしまう。
三平さんこの世に戻って来てください。つまらない社会になっちたよ、つまらないコントばかりです❗️M1知っている。
ドリフの「バカ兄弟」のコントはこの落語を参考にしたのか…(九九の読みかた等)
1:22 ヘイ!ジャングルハウス!アンドスリーガスwwwくだらないにもほどがあるねwww
逆直訳すると「密林の家と三つの屁」
自分の名前で遊んじゃダメだよォ~(^w^)
この口から出任せ度胸が良い !!
降らないが面白いじゃないか Σ(゚Д゚)
この昭和の偉大な爆笑王・故林家三平( 初代 )は、落語家になり東宝名人会における前座修業を経て二つ目に昇進して間もなく、最初の師匠である実父・故七代目林家正蔵が急逝したため、落語協会に移籍して嘗て父の弟子だった落語協会所属の故七代目橘家圓蔵の弟子となりましたが、二番目の師匠である七代目橘家圓蔵には、前座修業からやり直しを命じられるなどかなり酷遇されたそうです。初代三平には七代目橘家圓蔵以外にも、落語協会と競合関係にある落語芸術協会( 旧日本芸術協会 )所属の大看板で偉大な名人落語家である故六代目春風亭柳橋、故初代柳家権太楼( 昭和初期( 1920年代〜30年代 )に爆笑王と謳われる )、故二代目桂小文治( あの故初代桂春団治の弟弟子にあたり大正期( 1910年代 )に大阪上方落語界から東京落語界へ移籍した人気落語家 )、故五代目古今亭今輔、故三代目春風亭柳好( 野ざらしの柳好 )、故四代目三遊亭圓遊に弟子入りする話もあったそうです。
古今亭志ん朝が 心から 落語を大衆化した 偉大な人と 言っていた。後期には 若い世代に 見捨てられたのを 嘆いていた。
古典じゃなくて新作落語ですね😊
これ病気の前だと思うんですけど、既に英語落語か。これも先見の明ですね。
やめろと言われても三平笑い😆♪
3:57 お客さん、なんて言ったのですか?
三平と正蔵は凄い名跡なんだな。
息子は才能無いのに無理して落語家になって、かわいそう!
三平の長男、泰孝(9代目林家正蔵)はジャズの入門書を出版するほどジャズに
精通しているんだけど、セロニアス・モンクというジャズ・ピアニストの大御所が
大嫌いだった。理由は「ピアノがへたくそだから。」
しかしモンクは世界的に偉大なジャズメンとして認知されていて、今でも
彼の曲を取り上げる若手が絶えない。そのことが泰孝には理解できない。
誰か年配のジャズ評論家が言うかと思ったら、誰も気を使ったのか、こうは言わなかった。
「モンクは、あなたのお父さんのような存在だったんだよ。」
もしかしたらそれで泰孝は腑に落ちたかもしれないのにw
う~む なるほど
ジャズのことを知りませんでしたが
言いたいことはよくわかりました
すごい分かる!
この人は毀誉褒貶激しいけど実力者だと思う。アンツルとか「通ぶった」評論家たちや頑迷固陋とした落語家は嫌ってたけどね。
安鶴も六代目圓生も、主観的で好悪が激しすぎるからな。特に圓生は例の分裂騒動で三平を引き入れることができなかったのも敗れた一因。そういう意味で、晩節を汚した師匠の先代(7代目)圓蔵と比較しても、ああ見えて機を見るに敏というところ。
父上が「小三治」取り上げられて「正蔵」になりましたから😩😩
@@masanojikurofuneさん、そんなアンツルが絶賛した文楽が三平庇護していたのは草
今の三平って何なのよ?先代が泣いてます!
こんなレベル(噺を記憶することができないから漫談しかできない)を評価することしかできない昭和の人間の愚かしさ。
志ん朝が大好きだが、もちろん先代の三平も評価している
落語の多重放送!面白い!
前後賞w
泰助(たいすけ)くんとは、次男・二代目三平のこと
枕だけで4割時間使ってるw
でも、初代が創作落語に突っ走ってたら、もっと時代が変わったかも知れない。
今の正蔵はつまらない
多分だけどこの方は本当は落語家嫌いだったのかもな。親が落語家だったからって言うだけで。だから中々落語に入らない。それが斬新でお客さんにウケたのかもな。おれも親から嫌な仕事引き継いだのでどうすれば自分が楽しくなるか参考にしたいです。
林家木久扇は、初代林家三平がいないのでだから、桂喜久蔵に改名してください。
馬鹿に成る、話芸ほど天才が見え隠れしわくわくさせる!?
初代三平は、どんな演目でもお定まりの駄洒落を連発して誤魔化す。今の寄席ではこの流儀は通らないだろう。
井辻義男作かな?
三平のブレーンは三笑亭笑三と神津友好
轢死w
今の落語家が面白く感じないわけです。
特に若手落語家ですね。
いかに年配落語家の実力が抜きん出てるかっていうのが分かりますね。
ラジオ深夜便の落語やNEXT名人寄席を聴いてそう感じました。
時代のせいかわからないけど話し方に侘び寂びがない(軽い)ですよね。
ーー
やなわわなゆやんらによわやわや
たあ