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私は在日外国人です。たまたまこのチャンネルを発見して、深い興味を持っていました。自身は歴史系と怪談系が好きなので、このチャンネルを応援していきます。
ありがとうございます。ウェルカムですよ。
動画投稿お疲れ様です!今回の京都編も面白かったです、幕末の動乱を思うと志士たちの心も荒んでいったのかなと思いました。幕末の京都といえば明日をもしれぬ危険な時代、そんな時代を生きた彼らの憂さ晴らしがこういった遊郭や料亭で遊ぶことだったのでしょうか。そこには佐幕、倒幕は関係なく命を懸けていた志士たちの覚悟があったような気がします。明日死ぬかもしれないから、今日は豪快に遊ぶ。遊郭や料亭での遊びもある意味幕末の志士たちにとっては命懸けだったのかもしれないなと思いました。伊藤甲子太郎と御陵衛士たちの話は黒鉄ヒロシ氏の漫画「新選組」を読んでなんとなく存じていましたが、色々な思惑はあったにせよ彼らも本気で国を思っていたのかなと思います。彼らも大志に殉じた志士たちだと思うのでその冥福を祈りたいです。
ありがとうございます。それはそうですね、各面々それぞれの想いで命をかけていた。基本、攘夷という部分では伊藤も新選組と同じでしたしね。
貴重な映像、有難う御座います。その当時の出来事が土地に刻まれている事に深く同意します。まるでタイムスリップした様な動画ですね。
古い建物が残っており、とても風情がありました。
いつも配信ありがとうございます。 新撰組の面々もそうですが草莽の志士たちが芸技連を引き連れて国の大事を論じていたのが目に浮かびます。やはり当時の料亭が残っていて歴史の痕跡が残っていたりすると感慨ひとしおですね。いつもの歴史の陰惨でリアルな部分。。。いわくつきの仕置き場や首塚などマイナーな場所を現場感覚で真摯に掘り下げていくのも鋭い視点だと思いますが、今回の様な新撰組という割合メジャーな存在の歴史痕跡を生々しく扱うのもなかなかだと思います。
ありがとうございます。そう、あまりに有名な題材で少し悩んだところですが、色々な動画あってもいいしエピソードがおもしろいので、今回はメジャーな新選組、取り上げました。
@@怪奇な歴史研究室 拷問仕置首塚というフレーズに雁字搦めに縛られるずに歴史上の怪奇というかリアルな歴史場面を掘り起こしてくれると愉しみが増えます。
より良い日本を目指す為に、沢山の思想があったからこその混迷した時代だと思います。佐幕、尊王があり、更にそれぞれに開国派や攘夷派がいました。立場を分けても、海外に対して日本はどうするかのスタンスも分かれ、公武合体派や倒幕派というスタンスをとる志士もいました。簡単に分けてもこれだけ沢山の思想が入り混じって、それぞれが日本のあるべき姿をそこに見出しました。それがこの時代の魅力だと思っています。どちらも見方により善であり、悪である。勝敗に限らず、この時代に生きたそれぞれを見るとまた学ぶものがあります。ちなみに新選組はその思想の縮図のような組織です。前身の浪士組の発案者・清河八郎(尊王攘夷)→壬生浪士組〜新選組初期・芹沢鴨(水戸天狗党出の佐幕攘夷)→新選組中期・近藤勇(ゴリゴリの佐幕)→新選組後期・近藤勇(公武合体&攘夷)→新選組末期土方歳三・(佐幕)局長によって組織の目的も変わりますし、近藤勇も立場と経験を経て考えを変えています。出自を絞らず隊士を募集し、募集時期に応じて、様々な思想者が入隊しています。ですから、伊東甲子太郎(勤王)もいるわけです。表立った出来事だけに目を向けると、裏切りや内部粛清ばかりですが、松平容保と近藤や土方のやりとりや、隊士達の残した手紙や書物をみるとその当時の時勢に翻弄された彼らの想いがある程度わかります。
NHKを観てる様な素晴らしい映像とわかりやすい説明で楽しめました。どの動画もクオリティ高くて最高です!
ありがとうございます。恐れ入ります
コロナ前は何度か京都へひとり旅をして新撰組ゆかりの地巡りをしていました。本光寺にも行きお線香も手向けました。史跡って、彼ら彼女らがここでちゃんと生きていたのだな、、、と文字だけでは感じる事のない何とも言えない感情が湧き上がりますね。今回も見応えありました!そのうち、金戒光明寺なども候補に挙げていただいたら嬉しいです!
今回の京都、けっこう、一人旅と思われる人が多かったのが意外でした。
相変わらず面白い!歴史を学びたくなりました。いつも有意義な動画ありがとうございます!
ありがとうございます。
京都へ出張の際は時間があれば油小路、本光寺を訪れます。輪違屋は当時コロナで閉まっておりましたので大変ありがたい。貴重映像ありがとうございます。
同志社に通う息子がちょうど油小路に住んでて映像に引き込まれました。今度遊びに行ったらお参りに伺おうと思います。
おお、そうなのですね
同志社に通う息子というワードを絶対に入れたいという信念を感じれる文章
とても興味深く、引き込まれる動画です。次回も楽しみにしています。
京都に滞在しても、こういう場所までまわることができないので、楽しく拝見しました。いつも思うのですが、音楽がいいですね。
今回も素晴らしい動画ありがとうございます。遊郭跡も大好きなのでサプライズ感が良かったです!以前丹波篠山の京口新地の大正楼跡に行った事があるのですが残念ながら取り壊されたので島原の様に綺麗に保存されてるのは貴重ですね。これからも道中気をつけて頑張ってください!
ありがとうございます。遊郭跡、昔の赤線跡なども独特の雰囲気あっていいですよね。多くの人間、人生が交差した欲望の吹き溜まり、そういう空気がそうさせるのだと思います。
新撰組も好きだったのですね!😊自分も壬生寺と土方歳三最後の地函館五稜郭に行ったことがあります。土方歳三の墓が一説では五稜郭の中に墓標なしの土饅頭としてあると聞いて2年前に行きました。コロナでガラガラで今から考えたら嘘みたいでした。京都も以前はコロナでガラガラだったのに今や外国人観光客だらけてバスは超満員、しばらくはいいかなと思ってました。しかし、島原と油小路は行ったことがないからタイミングが合えば行きたいですね。ちなみ私は「新選組」より「新撰組」の表記の方が好きです。
そうですね、今は京都、それなりに混んでいますね。新撰組はこのチャンネルにしてはメジャーなネタなのですが、色々と残っている史跡があるし、取り上げてみました。
今回もお疲れ様です。京都の島原は幕末の志士たちだけでなく、あの大石内蔵助も豪遊したことがあったとか。その話が事実ならば、紹介された路地を大石内蔵助も闊歩していたかもしれません。柱や鴨居に残る生々しい刀創が今も残る料亭・・・大石内蔵助も幕末の志士たちも、明日をも知れぬ時代を生き抜いていたかと思うと感無量です。貴重な映像、ありがとうございました。
そうなんですよ、町の風景が変わってもけっこう変わらないものそれが「道」とかだったりするので、現代に自分が歴史上の人物と同じ道を歩いていると思うと感慨深いものです。
小説、漫画、ゲーム、映画…いろんな新選組、人物像があるけどそれぞれ興味深いですよね。激動の時代の闇には惹きつけられます。。
新撰組はかっこよく描かれていますよね。
遠征ご苦労様です新撰組の内ゲバは壮絶ですが、それでも僕は多摩の百姓近藤土方一派の方に肩入れしちゃいますね
ありがとうございます。新選組ファンは多いですからね。
歴史感満載、とても良い動画ですこれからも身体に気おつけて動画配信よろしくお願いします本当に見ててたのしいです
とてもうれしい、ありがとうございます。
正義の反対もまた正義。思想は変革に必須ですが、相手への尊厳は必要ないのでしょうか。幕末に思いを巡らす度いつも思います。あー京都行きたくなりました(笑)
すごく面白いのでチャンネル登録しました。これからも動画楽しみにしています!
有難き幸せ、不定期配信で恐れ入りますが、1~2週1本は出す感じなので是非また見てください!
見応えのある動画を有難う御座います。何度も再生して見てしまいました。島原の門をくぐり抜ける処で緊張しました。何故?置屋は1階が観光客用になっているのに、2階は現在も太夫が使用しているとはビックリです。料亭では新撰組に対して「ツケ」禁止とは……新撰組の中には刀を預けないし金も払わない輩がいたのでしょうね😅水戸藩の天狗党でもそうでしたが、新撰組も同じく寄せ集めになると内ゲバになるのですね😅ドロドログジャグジャ。
たしか今の現役太夫は元アイドルか何かです(と言ってもそんな有名なアイドルではないと思います)まあ、当時のアイドル、芸能みたいなものと考えれば、まったく違う道ではないですね。新撰組はよく料亭で暴れたらしいですよ。
楽しみにしていました。京都在住なので、興味深いです。😮
見ていていつも勉強になります ありがとうございました😊
恐れ入ります
私が行った時は、輪違屋さんは公開されていなく外観だけ見学したので、中の様子を見る事ができて嬉しいです。ありがとうございます。是非公開時期に再訪したいです😊
夏とか公開されているんですよね、たしか。
浅田次郎の『輪違屋糸里』を読んでましたので興味深く見させて頂きました。料亭角屋で酒と料理でも味わいですね。
本当は2階もご紹介したかった。太夫の住んだ部屋もありました。六畳くらいの畳の部屋、旅館の一室のようでした。
いやぁゾクゾクしました、漢たちの集団新選組好きなんですよ。案外芹沢鴨さんも好きなんだよなぁ😊
芹沢鴨、なかなか過激なイメージですが、やはり水戸出身なので、強い攘夷思想も納得です。天狗党でしたしね。
再来週、京都に行くので実に参考になる動画でした。
島原が観光スポットになっているみたいですね、少し意外でした。昔々に短期間滞在していたことがあって、当時は何と言ったら良いのか、旧遊郭街とでも言うのか、独特な雰囲気があり、有力な893さんの屋敷もあったように記憶しています。京都の他の観光スポットとは違う何かを感じました。それと、確か、大きな銭湯といいますか、大きい公衆浴場があって(昔からのものらしく、ただ、改修を重ねたのだろう)、皆自宅に風呂場やシャワーがあるにもかかわらず、わざわざ皆で連れ立ってその浴場に向かう姿が見受けられました(洗面器にタオルなどを入れて持っているのですぐわかる)。今はどうなっているのでしょうか…
おつかれさまです😊新選組の内ゲバ、ホントに凄まじいですね、、、💧京都に行っても島原に足を向けたことは なかったので興味深く拝見させていただきました。次回も楽しみにしております( .ˬ. )
島原、いつか行ってみてください。昔はズラーと置屋や旅館、料亭が何十軒も並んでいたようです。
GWに日野と八王子へ行って来ました。目的は私の母方の御先祖様が平山季重なので、平山城址公園へ一度は行かなきゃと思っていたので、家族と一緒に行って貰いました。城址公園をぐるっと歩き筋肉痛😭平山季重神社も参拝し、宗印寺の平山季重の墓参りもしました。900年前の御先祖様の供養が出来て良かったです。日野なので、新撰組関連も見学しました。高幡不動・日野宿交流館・日野宿本陣・佐藤彦五郎新撰組資料館・土方歳三資料館と歩き回り脚がガクガク😭でも行けて良かったです。5月11〜12日に新撰組祭りがあるみたいです😃
充実したGW
楽しく視聴しました。坂本龍馬を襲ったのも、狭い室内で、殺傷できる小太刀の使い手を選らんだと聞きます。大老・井伊直弼も暗殺されたものの、護衛にあたった彦根藩士は、二刀流の使い手でしたが、抜刀に時間がかかったそうですね。😮 まだまだ京都は暑いですが、日本でいちばん古い、かつてGHQが、進駐した府立植物園は、彼岸花が綺麗に咲いています。鯖街道を通して、新鮮な魚を京都に運び、新撰組の方々も、食欲旺盛、酒もつよかったのかな・と思いました。😮😮
幕末はかなり過激ですよね。龍馬は剣の腕もありましたからね。あれは知っている人間に油断して、やられたのではないかと思いますが。説がいくつかありますよね。
敵より内ゲバで斬った同士の数の方が多いとは…土方と対立して隊を脱した山南敬介の恋人が島原の遊女明里で、屯所に連れ戻され、切腹を命じられた山南と最後の別れを窓越しに惜しんだ哀切なエピソードが忘れられない😢
そういう隊士もいましたね。
@@怪奇な歴史研究室 様スパイで斬られたり、風紀乱して斬られたり、ケンカして斬られたり、会計が合わなくて切腹だったり…(-_-;)あ!サイコロキャラメル紛いの中味はなんだったんですか?チーズ?チーズツナ?
あれは飴でした。。
@@怪奇な歴史研究室 キャラメルじゃなくて?
はい飴です、飴。なんかべっこう飴みたいな
浅間山荘事件の時の赤軍派の内ゲバも酷かったですよ。
そう、新選組と赤軍、やや似ている気も…ただ新選組の場合、かっこよく描かれるからファンも多い
普通の観光では行ったことの無い所ばかりで、興味深かったです。若い頃はイケメンに惹かれて新撰組に好意を持っていましたが、さすがに今は、当時と同じ熱意で支持することは難しくなってしまいました。むしろあきれ気味です。でも、みんな若くて、情熱を燃やした生き方は少し羨ましくもあります。次の作品も楽しみにしています。ありがとうございました。
あと、新選組も武士道も時代に合わないんですよね。昔は少しくらいヤンチャなことを時代も許していた。今はそういう事は許されないから、時代劇も時代に合わない。主君のためとかいって人を斬りまくるとか、それは間違いでしょっ、て冷静にみる世だと思う。
確かに、昭和生まれの私の若い頃とは違っています。幕末や戦国時代ほどでは無いにせよ、荒ぶる時代がまた来るのでしょうか。どんな時でも、法に従い、道理に背くことの無いようにおらねばと思いました。
とても興味深い内容でした。いつも感動させられます。この時代の男性達は毎日が死ぬってことと隣り合わせで気持ちは休まらなかったのかなと思います。😢主さんの声、語り口がとても好き❤何回も聴きにきてしまいます。 取材お疲れ様でした。💕
ありがとうございます。大変恐れ入ります。
楽しみにしています
落ち着いた動画でとてもよくわかります。観光客は他にあまりいませんでしたか?「新撰組始末記」かつて何度も読みました。元は同志として集まったのに、分裂して内紛。今の世も変わりませんね。
そこまでいませんでしたね、たまたまなのか。まあ、勝手にひと様を動画に映せないから、なるべく避けて撮影はしますけどね。
甲子太郎は裏切ったのではなく、最初からそうするつもりで利用しようとしただけだし、残党が逆恨みしてるのは違うと思う。藤堂平助が甲子太郎にどんな気持ちで付き従ったのか気になります。一回平助の視点の話を読んだことがあり、裏切りたくなかったけど仕方ないみたいな感じが作者の解釈でした。新八が「見逃してやるから逃げろ」って言って逃げようとした所で背中切られて「俺の人生はなんだったんだ」とか嘆いてるとこで泣きました。真実はもう少し救いがあるといいなって思いました。推しは沖田なのに、何故か気になる藤堂平助、私は前世で何か縁があるのだろうか?
前使ってたedのタイトルはなんですか?あのBGM好きなんですよね
フリー音源ですみません、覚えておらず。。
取材お疲れ様でした。昔なら思想の違いは命のやり取りにまで繋がった。今もやってることは同じ。殺し合いがない分泥沼の政争を続けてる感じですね。
そうですね、同じですね。。
島原と壬生屯所は割と近くて 私の生家はこの真ん中です。75年前とこの映像とは同じ雰囲気です。今は歳で行けませんがこうして動画で見せてくださるので懐かしいです。。
昔からの店もまだありましたね。京都は爆撃とか受けていないですものね。あまり町が壊されていないのかもしれませんね。東京も意外に昔から残っているところもあります。
@@怪奇な歴史研究室 御返信ありがとうございます.100メートル毎に史跡がある京都にいや、日本全体が凄いと思います。
古都編の記念すべき第1回ですね。長い歴史のある宮処の京都は掘っても尽きない為根気が要りますが頑張ってください。
京都は何回かやりたいですね、一日じゃとてもまわりきれない。。
launch time 今回も「マニアックで黒い歴史」略して「マニクロ歴史」解説ありがとうございます。
新撰組自体は比較的メジャーですが、あまり油小路とかは取り上げられないですからね。
新選組は戦闘よりも内部粛清での消耗が多いらしい……😮💨
新選組は殺した敵は26人、内部粛清で新選組同士で殺したのは40人内部粛清で殺した理由で1番多かったのが、新選組を抜けようとしたため。
昔の同僚のお父さんの実家が、島原界隈にあったかたばみやで、輪違屋さんは別格やわ、と言ってました。自分の先祖はやり手や、とも。お父さんは家業を嫌い家出し継ぐ人がおらずなくなったらしいですが、今は輪違屋さんだけが残ってますね。
あのあたりに明治前までは数十件の置屋とか料亭があったらしいです。
新選組にしろ尊王攘夷派にしろ、何が正義か全くわからないのが幕末だと思います。日本が過去一番、不透明になっていた時代なのかなと感じました。誰かにとっては正しい、その逆、誰かにとっては悪となる、、幕末史はなんとなく昔から好きになれません、、、、
当時の志士はただのテロリストやん
@@なる-k4j人によって見方が変わりますよね。
@@なる-k4jテロ対テロの戦いだね。
京都は今でこそ観光客で賑わっておりますが血生臭い戦いが多く 亡くなった人は放置されその地を掘り起こせば亡骸が沢山出てきます又、内ゲバをおこす等 疑心暗鬼に支配されていたのでしょうかいつも主様のトークに引き込まれて楽しみにしております ありがとうございます
そう、京都はかなり血なまぐさい。千本通りの名前の由来とか。風葬とか長くやっていたので、掘り起こせば色々でてくるのは間違いないですね。
角や美術館ですね。何回か行きました。以前は二階の見学は予約制だったんですが、今はどうなんでしょうね。ボランティアガイドさんの説明、マニュアルがあるからなのでしょうが島原の解釈に少し違和感があるのが気になりました。かなり昔の美術館のスタッフさんの説明が良かったです。
二階は解放されていませんね。二階にも新選組の別の刀傷があるようです。芹沢鴨が酔って暴れまわった記録があり、そのときのものとか。またここ自体も年で解放されて行ける期間が決まっているようです。
動画拝見しました!新撰組の斬った相手が敵より味方と言うのが皮肉過ぎて笑えないですね。仲間内で立ち上げそこへ別の者が組み込まれてくれば意志疎通も難しく中には思想が違う者、ゴールは同じでもやり方が違う者も出てくるのは新撰組に限らずで今の令和でも変わりません。改めて現代日本に生まれてきて良かったと痛感しました。
こんにちは。今回も興味深く視聴させて頂いております。まずはこちらの油小路で亡くなられた、芹澤鴨殿・伊東甲子太郎殿他、御陵衛士の方々のご冥福をお祈りいたします。さて今回はかなり最近の話ですね。いまから156年前に新選組が元仲間だったものを殺害した場所ですね。時代のながれで旧幕府側と新政府側に二分した戦争の一端ですね。悲しいことですね。とても貴重な料亭の映像や資料を有難うございました。やはり人が無念そして無残に殺されたところは何らかの怪異がおきるのでしょう。ちゃんと祀られていますがやはり恐ろしさや圧のようなものを感じます。改めてご冥福をお祈りします。話は変わりますが、以前お話した「古民家ちゃんねる」かなりやばい現象が観測されたそうです。お時間有りましたらご視聴願います。
おお、みてみよう。なんかありまよ、あの古民家。。
@@怪奇な歴史研究室そうですね。ぜひご自身の目でご確認願います。
なんか古民家ちゃんねる地下室の動画がアップされてますね。
@@怪奇な歴史研究室 この地下室もやばいです。心霊現象の根源のような何かが出るかもしれませんね。今後の動画も目がはなせませんね。またほかの動画で女性の音声が入っていましたね。
新選組や志士たちの通った宴会場が現存しているのがすごい。彼らを等身大の人として親しみを感じる。芹沢グループはともかく近藤土方体制で行くと決めたら伊東グループなんて入隊させるなよ。
サイコロ…キャラメルであって欲しかったですねーw
そうなんですよ
芹沢氏も伊藤氏も故郷の近くの出です。芹沢鴨の子孫が経営しているクリニックがあります。
芹沢鴨の末裔はクリニックなのですか。それはまたすごいですね。。
いつも興味深く楽しく動画を拝見しています。芸妓と太夫は全くの別物で、遊女の最高位が京都は太夫、江戸は花魁だと思っていました。
まあ、あと太夫は体を売らないですね。
こんなことが今でも続いているのがパレスチナなんだろうな
🙏🙏🙏
伊東甲子太郎は元々尊皇攘夷的な考えのまま、新撰組の幹部として迎え入れられた。が、結局、近藤、土方と袂を分かち、御陵衛士として高台寺に拠点を置き、薩長と連絡を取っていた。斎藤一は土方歳三の命令で伊東一派の御陵衛士に間者として行動を共にする。近藤の妾宅に甲子太郎を呼び出し、酔った甲子太郎を永倉新八引きいる新撰組隊士が油小路にて闇討ちする。斎藤一は山口一と名前を変えて新撰組に合流。この件で、伊東の遺体を引き取りに来た伊東一派を新撰組は駆逐するも数人(伊東の弟含め)逃がす。この時、江戸試衛館時代からの仲間だった藤堂兵助を失う。ここから、坂道を下るように幕府側の敗走が始まる。
確か伊東甲子太郎を槍で刺したの大石鍬次郎という人だと思ったな(多摩の出身)
いつも動画UPを楽しみにして見ております!新撰組最期の地、函館にはサイコロキャラメル、しっかり販売されてしまいますし製造工場も有りますよ。ちなみに、その工場の裏側には新撰組の中島三郎の助親子が戦い、刑場跡があります。現在では、市営の球場、陸上競技場などになっているのですが…そこの球場で野球の試合に参加後には、日ハム斎藤佑樹が故障でずっと二軍落ち、中田翔は暴力事件で日ハムを出され、極楽とんぼ山本は淫行でテレビから追放となっているのですが…😅忌み地で影響受けたのでしょうね⁉️
そうなんですよね、北海道物産展でサイコロキャラメルみます。
藤堂平助が甲子太郎の亡骸を回収しようとして彼も又最後は悲劇的な死を迎えた。近藤も最後は偽名を使ったが正体がばれて流山で斬首。土方は最後まで力戦したが蝦夷の地で果てた。歴史にはifはないが激動の時代に身を投じた志士達の生き様は熱き心に燃えていたんだろうか?
京都は原爆おとされ無かったから良かった。
はっきり言って新撰組は、893みたいなもんだと思います…w「斎藤一」は「るろうに剣心」の影響のせいか、ダーティーヒーローのイメージがついちゃってますよ!w
そうです、893みたいなもの、というか本来は893が武士道とかからきているので、現代の組が、経済にはしって武士道を忘れただけに思う。
馬鹿面白い‼️
輪違屋は見学できるようになったのですか?!
できます、が、期間が限られていたかと。
@@怪奇な歴史研究室 あちゃーっ
農民から武士へ。結局虐げられる側から虐げる側に行きたかっただけじゃないのか?
う~ん、そういう見方もありますか。ならば逆もまた然り、奇兵隊は武士とは程遠い寄せ集団だった為、各地で乱暴狼藉略奪強姦と犬畜生にも悖る行為を働いたのですね。
そうでもなくて近藤の最後は武士の名誉の切腹じゃなく犯罪者扱いの斬首だったけど最後まで農民出身なのが響いて虐げられた最後だよ( ノД`)…
なにがどうであれ、数の暴力は卑怯な戦い方で嫌だわ。
こんばんわ、すみませんね、何が内ゲバですか?!一番に責任が有るのが薩摩と長州じゃあ無いですか?やりたい放題京都で暴れては、火を付けて、で旗色が悪くなると薩摩の屋敷に逃げこむどっちが悪いのか?新選組は、京都の治安を守っただけです
何が内ゲバか?→局中法度の名のもと40人くらいの同志を消しました。倒した敵は26人まあ、わかりますよ、私も新選組好きでね。
こんばんわ、それ位厳しいルール作りをしなければ、あの時代の荒くれ浪人を束ねては、行けなかったと思います、でそのルールを破ったのが芹沢鴨で、京都でやりたい放題やって迷惑行為の数々を重ねたのが、芹沢鴨と言う人だったんですから
僕は新撰組が好きと言う人の気持ちが分かりません。
アニメやドラマのイメージかと、やたらイケメンに描かれますしね。
@@怪奇な歴史研究室そうですね。
村八分や五人組みたいな統制に馴染んでいた土方と武士丸出しの芹沢の差か。コソコソ動くのが当たり前の土方。無頓着こそカッコイイと思ってる芹沢。伊東は土方の上位互換。嫉妬だろうな。やっぱり土方ってやなやつ
私は在日外国人です。たまたまこのチャンネルを発見して、深い興味を持っていました。自身は歴史系と怪談系が好きなので、このチャンネルを応援していきます。
ありがとうございます。ウェルカムですよ。
動画投稿お疲れ様です!
今回の京都編も面白かったです、
幕末の動乱を思うと志士たちの心も荒んでいったのかなと思いました。
幕末の京都といえば明日をもしれぬ危険な時代、
そんな時代を生きた彼らの憂さ晴らしがこういった遊郭や料亭で遊ぶことだったのでしょうか。
そこには佐幕、倒幕は関係なく命を懸けていた志士たちの覚悟があったような気がします。
明日死ぬかもしれないから、今日は豪快に遊ぶ。
遊郭や料亭での遊びもある意味幕末の志士たちにとっては命懸けだったのかもしれないなと思いました。
伊藤甲子太郎と御陵衛士たちの話は黒鉄ヒロシ氏の漫画「新選組」を読んでなんとなく存じていましたが、色々な思惑はあったにせよ
彼らも本気で国を思っていたのかなと思います。
彼らも大志に殉じた志士たちだと思うので
その冥福を祈りたいです。
ありがとうございます。
それはそうですね、各面々それぞれの想いで命をかけていた。
基本、攘夷という部分では伊藤も新選組と同じでしたしね。
貴重な映像、有難う御座います。その当時の出来事が土地に刻まれている事に深く同意します。
まるでタイムスリップした様な動画ですね。
古い建物が残っており、とても風情がありました。
いつも配信ありがとうございます。 新撰組の面々もそうですが草莽の志士たちが芸技連を引き連れて国の大事を論じていたのが目に浮かびます。やはり当時の料亭が残っていて歴史の痕跡が残っていたりすると感慨ひとしおですね。いつもの歴史の陰惨でリアルな部分。。。いわくつきの仕置き場や首塚などマイナーな場所を現場感覚で真摯に掘り下げていくのも鋭い視点だと思いますが、今回の様な新撰組という割合メジャーな存在の歴史痕跡を生々しく扱うのもなかなかだと思います。
ありがとうございます。
そう、あまりに有名な題材で少し悩んだところですが、色々な動画あってもいいし
エピソードがおもしろいので、今回はメジャーな新選組、取り上げました。
@@怪奇な歴史研究室 拷問仕置首塚というフレーズに雁字搦めに縛られるずに歴史上の怪奇というかリアルな歴史場面を掘り起こしてくれると愉しみが増えます。
より良い日本を目指す為に、沢山の思想があったからこその混迷した時代だと思います。
佐幕、尊王があり、更にそれぞれに開国派や攘夷派がいました。
立場を分けても、海外に対して日本はどうするかのスタンスも分かれ、公武合体派や倒幕派というスタンスをとる志士もいました。
簡単に分けてもこれだけ沢山の思想が入り混じって、それぞれが日本のあるべき姿をそこに見出しました。
それがこの時代の魅力だと思っています。
どちらも見方により善であり、悪である。
勝敗に限らず、この時代に生きたそれぞれを見るとまた学ぶものがあります。
ちなみに新選組はその思想の縮図のような組織です。
前身の浪士組の発案者・清河八郎(尊王攘夷)→壬生浪士組〜新選組初期・芹沢鴨(水戸天狗党出の佐幕攘夷)→新選組中期・近藤勇(ゴリゴリの佐幕)→新選組後期・近藤勇(公武合体&攘夷)→新選組末期土方歳三・(佐幕)
局長によって組織の目的も変わりますし、近藤勇も立場と経験を経て考えを変えています。
出自を絞らず隊士を募集し、募集時期に応じて、様々な思想者が入隊しています。
ですから、伊東甲子太郎(勤王)もいるわけです。
表立った出来事だけに目を向けると、裏切りや内部粛清ばかりですが、松平容保と近藤や土方のやりとりや、隊士達の残した手紙や書物をみるとその当時の時勢に翻弄された彼らの想いがある程度わかります。
NHKを観てる様な素晴らしい映像とわかりやすい説明で楽しめました。
どの動画もクオリティ高くて最高です!
ありがとうございます。恐れ入ります
コロナ前は何度か京都へひとり旅をして新撰組ゆかりの地巡りをしていました。本光寺にも行きお線香も手向けました。
史跡って、彼ら彼女らがここでちゃんと生きていたのだな、、、と文字だけでは感じる事のない何とも言えない感情が湧き上がりますね。
今回も見応えありました!
そのうち、金戒光明寺なども候補に挙げていただいたら嬉しいです!
今回の京都、けっこう、一人旅と思われる人が多かったのが意外でした。
相変わらず面白い!
歴史を学びたくなりました。
いつも有意義な動画ありがとうございます!
ありがとうございます。
京都へ出張の際は時間があれば油小路、本光寺を訪れます。
輪違屋は当時コロナで閉まっておりましたので大変ありがたい。
貴重映像ありがとうございます。
同志社に通う息子がちょうど油小路に住んでて映像に引き込まれました。今度遊びに行ったらお参りに伺おうと思います。
おお、そうなのですね
同志社に通う息子というワードを絶対に入れたいという信念を感じれる文章
とても興味深く、引き込まれる動画です。
次回も楽しみにしています。
ありがとうございます。
京都に滞在しても、こういう場所までまわることができないので、楽しく拝見しました。いつも思うのですが、音楽がいいですね。
ありがとうございます。
今回も素晴らしい動画ありがとうございます。遊郭跡も大好きなのでサプライズ感が良かったです!以前丹波篠山の京口新地の大正楼跡に行った事があるのですが残念ながら取り壊されたので島原の様に綺麗に保存されてるのは貴重ですね。これからも道中気をつけて頑張ってください!
ありがとうございます。遊郭跡、昔の赤線跡なども独特の雰囲気あっていいですよね。
多くの人間、人生が交差した欲望の吹き溜まり、そういう空気がそうさせるのだと思います。
新撰組も好きだったのですね!😊
自分も壬生寺と土方歳三最後の地函館五稜郭に行ったことがあります。土方歳三の墓が一説では五稜郭の中に墓標なしの土饅頭としてあると聞いて2年前に行きました。
コロナでガラガラで今から考えたら嘘みたいでした。
京都も以前はコロナでガラガラだったのに今や外国人観光客だらけてバスは超満員、しばらくはいいかなと思ってました。
しかし、島原と油小路は行ったことがないからタイミングが合えば行きたいですね。
ちなみ私は「新選組」より「新撰組」の表記の方が好きです。
そうですね、今は京都、それなりに混んでいますね。
新撰組はこのチャンネルにしてはメジャーなネタなのですが、
色々と残っている史跡があるし、取り上げてみました。
今回もお疲れ様です。
京都の島原は幕末の志士たちだけでなく、あの大石内蔵助も豪遊したことがあったとか。
その話が事実ならば、紹介された路地を大石内蔵助も闊歩していたかもしれません。
柱や鴨居に残る生々しい刀創が今も残る料亭・・・
大石内蔵助も幕末の志士たちも、明日をも知れぬ時代を生き抜いていたかと思うと感無量です。
貴重な映像、ありがとうございました。
そうなんですよ、町の風景が変わってもけっこう変わらないもの
それが「道」とかだったりするので、
現代に自分が歴史上の人物と同じ道を歩いていると思うと感慨深いものです。
小説、漫画、ゲーム、映画…
いろんな新選組、人物像があるけど
それぞれ興味深いですよね。
激動の時代の闇には惹きつけられます。。
新撰組はかっこよく描かれていますよね。
遠征ご苦労様です
新撰組の内ゲバは壮絶ですが、それでも僕は多摩の百姓近藤土方一派の方に肩入れしちゃいますね
ありがとうございます。新選組ファンは多いですからね。
歴史感満載、とても良い動画です
これからも身体に気おつけて動画配信よろしくお願いします本当に見ててたのしいです
とてもうれしい、ありがとうございます。
正義の反対もまた正義。思想は変革に必須ですが、相手への尊厳は必要ないのでしょうか。幕末に思いを巡らす度いつも思います。あー京都行きたくなりました(笑)
すごく面白いのでチャンネル登録しました。これからも動画楽しみにしています!
有難き幸せ、不定期配信で恐れ入りますが、
1~2週1本は出す感じなので是非また見てください!
見応えのある動画を有難う御座います。何度も再生して見てしまいました。
島原の門をくぐり抜ける処で緊張しました。何故?
置屋は1階が観光客用になっているのに、2階は現在も太夫が使用しているとはビックリです。
料亭では新撰組に対して「ツケ」禁止とは……
新撰組の中には刀を預けないし金も払わない輩がいたのでしょうね😅
水戸藩の天狗党でもそうでしたが、新撰組も同じく寄せ集めになると内ゲバになるのですね😅
ドロドログジャグジャ。
たしか今の現役太夫は元アイドルか何かです
(と言ってもそんな有名なアイドルではないと思います)
まあ、当時のアイドル、芸能みたいなものと考えれば、
まったく違う道ではないですね。
新撰組はよく料亭で暴れたらしいですよ。
楽しみにしていました。
京都在住なので、興味深いです。😮
ありがとうございます。
見ていていつも勉強になります ありがとうございました😊
恐れ入ります
私が行った時は、
輪違屋さんは公開されていなく外観だけ見学したので、
中の様子を見る事ができて嬉しいです。
ありがとうございます。
是非公開時期に再訪したいです😊
夏とか公開されているんですよね、たしか。
浅田次郎の『輪違屋糸里』を読んでましたので興味深く見させて頂きました。料亭角屋で酒と料理でも味わいですね。
本当は2階もご紹介したかった。
太夫の住んだ部屋もありました。六畳くらいの畳の部屋、旅館の一室のようでした。
いやぁゾクゾクしました、漢たちの集団新選組好きなんですよ。
案外芹沢鴨さんも好きなんだよなぁ😊
芹沢鴨、なかなか過激なイメージですが、
やはり水戸出身なので、強い攘夷思想も納得です。天狗党でしたしね。
再来週、京都に行くので実に参考になる動画でした。
島原が観光スポットになっているみたいですね、少し意外でした。
昔々に短期間滞在していたことがあって、当時は何と言ったら良いのか、旧遊郭街とでも言うのか、独特な雰囲気があり、有力な893さんの屋敷もあったように記憶しています。京都の他の観光スポットとは違う何かを感じました。
それと、確か、大きな銭湯といいますか、大きい公衆浴場があって(昔からのものらしく、ただ、改修を重ねたのだろう)、皆自宅に風呂場やシャワーがあるにもかかわらず、わざわざ皆で連れ立ってその浴場に向かう姿が見受けられました(洗面器にタオルなどを入れて持っているのですぐわかる)。今はどうなっているのでしょうか…
おつかれさまです😊
新選組の内ゲバ、ホントに
凄まじいですね、、、💧
京都に行っても島原に
足を向けたことは なかったので
興味深く拝見させていただきました。
次回も楽しみにしております( .ˬ. )
島原、いつか行ってみてください。
昔はズラーと置屋や旅館、料亭が何十軒も並んでいたようです。
GWに日野と八王子へ行って来ました。目的は私の母方の御先祖様が平山季重なので、平山城址公園へ一度は行かなきゃと思っていたので、家族と一緒に行って貰いました。城址公園をぐるっと歩き筋肉痛😭
平山季重神社も参拝し、宗印寺の平山季重の墓参りもしました。900年前の御先祖様の供養が出来て良かったです。
日野なので、新撰組関連も見学しました。高幡不動・日野宿交流館・日野宿本陣・佐藤彦五郎新撰組資料館・土方歳三資料館と歩き回り脚がガクガク😭
でも行けて良かったです。
5月11〜12日に新撰組祭りがあるみたいです😃
充実したGW
楽しく視聴しました。
坂本龍馬を襲ったのも、狭い室内で、殺傷できる小太刀の使い手を選らんだと聞きます。大老・井伊直弼も暗殺されたものの、護衛にあたった彦根藩士は、二刀流の使い手でしたが、抜刀に時間がかかったそうですね。😮 まだまだ京都は暑いですが、日本でいちばん古い、かつてGHQが、進駐した府立植物園は、彼岸花が綺麗に咲いています。鯖街道を通して、新鮮な魚を京都に運び、新撰組の方々も、食欲旺盛、酒もつよかったのかな・と思いました。😮😮
幕末はかなり過激ですよね。龍馬は剣の腕もありましたからね。
あれは知っている人間に油断して、やられたのではないかと思いますが。説がいくつかありますよね。
敵より内ゲバで斬った同士の数の方が多いとは…土方と対立して隊を脱した山南敬介の恋人が島原の遊女明里で、屯所に連れ戻され、切腹を命じられた山南と最後の別れを窓越しに惜しんだ哀切なエピソードが忘れられない😢
そういう隊士もいましたね。
@@怪奇な歴史研究室 様
スパイで斬られたり、風紀乱して斬られたり、ケンカして斬られたり、会計が合わなくて切腹だったり…(-_-;)
あ!サイコロキャラメル紛いの中味はなんだったんですか?チーズ?チーズツナ?
あれは飴でした。。
@@怪奇な歴史研究室 キャラメルじゃなくて?
はい飴です、飴。なんかべっこう飴みたいな
浅間山荘事件の時の赤軍派の内ゲバも酷かったですよ。
そう、新選組と赤軍、やや似ている気も…ただ新選組の場合、かっこよく描かれるからファンも多い
普通の観光では行ったことの無い所ばかりで、興味深かったです。
若い頃はイケメンに惹かれて新撰組に好意を持っていましたが、さすがに今は、当時と同じ熱意で支持することは難しくなってしまいました。むしろあきれ気味です。
でも、みんな若くて、情熱を燃やした生き方は少し羨ましくもあります。
次の作品も楽しみにしています。ありがとうございました。
あと、新選組も武士道も時代に合わないんですよね。
昔は少しくらいヤンチャなことを時代も許していた。
今はそういう事は許されないから、時代劇も時代に合わない。
主君のためとかいって人を斬りまくるとか、それは間違いでしょっ、て冷静にみる世だと思う。
確かに、昭和生まれの私の若い頃とは違っています。
幕末や戦国時代ほどでは無いにせよ、荒ぶる時代がまた来るのでしょうか。
どんな時でも、法に従い、道理に背くことの無いようにおらねばと思いました。
とても興味深い内容でした。いつも感動させられます。この時代の男性達は毎日が死ぬってことと隣り合わせで気持ちは休まらなかったのかなと思います。😢
主さんの声、語り口がとても好き❤何回も聴きにきてしまいます。
取材お疲れ様でした。💕
ありがとうございます。大変恐れ入ります。
楽しみにしています
ありがとうございます。
落ち着いた動画でとてもよくわかります。
観光客は他にあまりいませんでしたか?
「新撰組始末記」かつて何度も読みました。
元は同志として集まったのに、分裂して内紛。
今の世も変わりませんね。
そこまでいませんでしたね、たまたまなのか。
まあ、勝手にひと様を動画に映せないから、なるべく避けて撮影はしますけどね。
甲子太郎は裏切ったのではなく、最初からそうするつもりで利用しようとしただけだし、残党が逆恨みしてるのは違うと思う。藤堂平助が甲子太郎にどんな気持ちで付き従ったのか気になります。一回平助の視点の話を読んだことがあり、裏切りたくなかったけど仕方ないみたいな感じが作者の解釈でした。新八が「見逃してやるから逃げろ」って言って逃げようとした所で背中切られて「俺の人生はなんだったんだ」とか嘆いてるとこで泣きました。
真実はもう少し救いがあるといいなって思いました。推しは沖田なのに、何故か気になる藤堂平助、私は前世で何か縁があるのだろうか?
前使ってたedのタイトルはなんですか?
あのBGM好きなんですよね
フリー音源ですみません、覚えておらず。。
取材お疲れ様でした。昔なら思想の違いは命のやり取りにまで繋がった。今もやってることは同じ。殺し合いがない分泥沼の政争を続けてる感じですね。
そうですね、同じですね。。
島原と壬生屯所は割と近くて 私の生家はこの真ん中です。75年前とこの映像とは同じ雰囲気です。今は歳で行けませんがこうして動画で見せてくださるので懐かしいです。。
昔からの店もまだありましたね。京都は爆撃とか受けていないですものね。
あまり町が壊されていないのかもしれませんね。
東京も意外に昔から残っているところもあります。
@@怪奇な歴史研究室 御返信ありがとうございます.100メートル毎に史跡がある京都にいや、日本全体が凄いと思います。
古都編の記念すべき第1回ですね。
長い歴史のある宮処の京都は掘っても尽きない為
根気が要りますが頑張ってください。
京都は何回かやりたいですね、一日じゃとてもまわりきれない。。
launch time
今回も「マニアックで黒い歴史」略して「マニクロ歴史」解説ありがとうございます。
新撰組自体は比較的メジャーですが、あまり油小路とかは取り上げられないですからね。
新選組は戦闘よりも内部粛清での消耗が多いらしい……😮💨
新選組は殺した敵は26人、内部粛清で新選組同士で殺したのは40人
内部粛清で殺した理由で1番多かったのが、新選組を抜けようとしたため。
昔の同僚のお父さんの実家が、島原界隈にあったかたばみやで、輪違屋さんは別格やわ、と言ってました。自分の先祖はやり手や、とも。
お父さんは家業を嫌い家出し継ぐ人がおらずなくなったらしいですが、今は輪違屋さんだけが残ってますね。
あのあたりに明治前までは数十件の置屋とか料亭があったらしいです。
新選組にしろ尊王攘夷派にしろ、何が正義か全くわからないのが幕末だと思います。日本が過去一番、不透明になっていた時代なのかなと感じました。誰かにとっては正しい、その逆、誰かにとっては悪となる、、幕末史はなんとなく昔から好きになれません、、、、
当時の志士はただのテロリストやん
@@なる-k4j人によって見方が変わりますよね。
@@なる-k4j
テロ対テロの戦いだね。
京都は今でこそ観光客で賑わっておりますが
血生臭い戦いが多く 亡くなった人は放置されその地を掘り起こせば
亡骸が沢山出てきます
又、内ゲバをおこす等 疑心暗鬼に支配されていたのでしょうか
いつも主様のトークに引き込まれて楽しみにしております
ありがとうございます
そう、京都はかなり血なまぐさい。千本通りの名前の由来とか。
風葬とか長くやっていたので、掘り起こせば色々でてくるのは間違いないですね。
角や美術館ですね。何回か行きました。以前は二階の見学は予約制だったんですが、今はどうなんでしょうね。ボランティアガイドさんの説明、マニュアルがあるからなのでしょうが島原の解釈に少し違和感があるのが気になりました。かなり昔の美術館のスタッフさんの説明が良かったです。
二階は解放されていませんね。二階にも新選組の別の刀傷があるようです。
芹沢鴨が酔って暴れまわった記録があり、そのときのものとか。
またここ自体も年で解放されて行ける期間が決まっているようです。
動画拝見しました!
新撰組の斬った相手が敵より味方と言うのが皮肉過ぎて笑えないですね。
仲間内で立ち上げそこへ別の者が組み込まれてくれば意志疎通も難しく中には思想が違う者、ゴールは同じでもやり方が違う者も出てくるのは新撰組に限らずで今の令和でも変わりません。
改めて現代日本に生まれてきて良かったと痛感しました。
こんにちは。今回も興味深く視聴させて頂いております。まずはこちらの油小路で亡くなられた、芹澤鴨殿・伊東甲子太郎殿他、御陵衛士の方々のご冥福をお祈りいたします。さて今回はかなり最近の話ですね。いまから156年前に新選組が元仲間だったものを殺害した場所ですね。時代のながれで旧幕府側と新政府側に二分した戦争の一端ですね。悲しいことですね。とても貴重な料亭の映像や資料を有難うございました。やはり人が無念そして無残に殺されたところは何らかの怪異がおきるのでしょう。ちゃんと祀られていますがやはり恐ろしさや圧のようなものを感じます。改めてご冥福をお祈りします。話は変わりますが、以前お話した「古民家ちゃんねる」かなりやばい現象が観測されたそうです。お時間有りましたらご視聴願います。
おお、みてみよう。なんかありまよ、あの古民家。。
@@怪奇な歴史研究室そうですね。ぜひご自身の目でご確認願います。
なんか古民家ちゃんねる地下室の動画がアップされてますね。
@@怪奇な歴史研究室 この地下室もやばいです。心霊現象の根源のような何かが出るかもしれませんね。今後の動画も目がはなせませんね。またほかの動画で女性の音声が入っていましたね。
新選組や志士たちの通った宴会場が現存しているのがすごい。
彼らを等身大の人として親しみを感じる。
芹沢グループはともかく近藤土方体制で行くと決めたら伊東グループなんて入隊させるなよ。
サイコロ…キャラメルであって欲しかったですねーw
そうなんですよ
芹沢氏も伊藤氏も故郷の近くの出です。
芹沢鴨の子孫が経営しているクリニックがあります。
芹沢鴨の末裔はクリニックなのですか。それはまたすごいですね。。
いつも興味深く楽しく動画を拝見しています。芸妓と太夫は全くの別物で、遊女の最高位が京都は太夫、江戸は花魁だと思っていました。
まあ、あと太夫は体を売らないですね。
こんなことが今でも続いているのがパレスチナなんだろうな
🙏🙏🙏
伊東甲子太郎は元々尊皇攘夷的な考えのまま、新撰組の幹部として迎え入れられた。が、結局、近藤、土方と袂を分かち、御陵衛士として高台寺に拠点を置き、薩長と連絡を取っていた。斎藤一は土方歳三の命令で伊東一派の御陵衛士に間者として行動を共にする。近藤の妾宅に甲子太郎を呼び出し、酔った甲子太郎を永倉新八引きいる新撰組隊士が油小路にて闇討ちする。斎藤一は山口一と名前を変えて新撰組に合流。この件で、伊東の遺体を引き取りに来た伊東一派を新撰組は駆逐するも数人(伊東の弟含め)逃がす。この時、江戸試衛館時代からの仲間だった藤堂兵助を失う。ここから、坂道を下るように幕府側の敗走が始まる。
確か伊東甲子太郎を槍で刺したの大石鍬次郎という人だと思ったな(多摩の出身)
いつも動画UPを楽しみにして見ております!新撰組最期の地、函館にはサイコロキャラメル、しっかり販売されてしまいますし製造工場も有りますよ。ちなみに、その工場の裏側には新撰組の中島三郎の助親子が戦い、刑場跡があります。現在では、市営の球場、陸上競技場などになっているのですが…
そこの球場で野球の試合に参加後には、日ハム斎藤佑樹が故障でずっと二軍落ち、中田翔は暴力事件で日ハムを出され、極楽とんぼ山本は淫行でテレビから追放となっているのですが…😅忌み地で影響受けたのでしょうね⁉️
そうなんですよね、北海道物産展でサイコロキャラメルみます。
藤堂平助が甲子太郎の亡骸を回収しようとして彼も又最後は悲劇的な死を迎えた。近藤も最後は偽名を使ったが正体がばれて流山で斬首。土方は最後まで力戦したが蝦夷の地で果てた。歴史にはifはないが激動の時代に身を投じた志士達の生き様は熱き心に燃えていたんだろうか?
京都は原爆おとされ無かったから良かった。
はっきり言って新撰組は、893みたいなもんだと思います…w
「斎藤一」は「るろうに剣心」の影響のせいか、ダーティーヒーローのイメージがついちゃってますよ!w
そうです、893みたいなもの、
というか本来は893が武士道とかからきているので、
現代の組が、経済にはしって武士道を忘れただけに思う。
馬鹿面白い‼️
ありがとうございます。
輪違屋は見学できるようになったのですか?!
できます、が、期間が限られていたかと。
@@怪奇な歴史研究室 あちゃーっ
農民から武士へ。結局虐げられる側から虐げる側に行きたかっただけじゃないのか?
う~ん、そういう見方もありますか。ならば逆もまた然り、奇兵隊は武士とは程遠い寄せ集団だった為、各地で乱暴狼藉略奪強姦と犬畜生にも悖る行為を働いたのですね。
そうでもなくて近藤の最後は武士の名誉の切腹じゃなく犯罪者扱いの斬首だったけど最後まで農民出身なのが響いて虐げられた最後だよ( ノД`)…
なにがどうであれ、数の暴力は卑怯な戦い方で嫌だわ。
こんばんわ、すみませんね、何が内ゲバですか?!一番に責任が有るのが薩摩と長州じゃあ無いですか?やりたい放題京都で暴れては、火を付けて、で旗色が悪くなると薩摩の屋敷に逃げこむどっちが悪いのか?新選組は、京都の治安を守っただけです
何が内ゲバか?→局中法度の名のもと40人くらいの同志を消しました。倒した敵は26人
まあ、わかりますよ、私も新選組好きでね。
こんばんわ、それ位厳しいルール作りをしなければ、あの時代の荒くれ浪人を束ねては、行けなかったと思います、でそのルールを破ったのが芹沢鴨で、京都でやりたい放題やって迷惑行為の数々を重ねたのが、芹沢鴨と言う人だったんですから
僕は新撰組が好きと言う人の気持ちが分かりません。
アニメやドラマのイメージかと、やたらイケメンに描かれますしね。
@@怪奇な歴史研究室そうですね。
村八分や五人組みたいな統制に馴染んでいた土方と武士丸出しの芹沢の差か。コソコソ動くのが当たり前の土方。無頓着こそカッコイイと思ってる芹沢。伊東は土方の上位互換。嫉妬だろうな。やっぱり土方ってやなやつ