素晴らしい!平さん。貴方は私のヒーローです!ありがとうございます!
汚れた英雄!平忠彦に憧れてRZ250、TZR250に乗って峠を攻めた高校時代!レーサーになりたくSUGOサーキットも走った。しかし夢叶わず今は50半ばの平サラリーマン。2ストの加速とカストロールのオイルの匂いを思い出します。
同じ地元。汚れた英雄を映画館に観に行ったら、平忠彦さんが映画館に来ていて、挨拶をしてくれた。そこでファンになって、SUGOに何度も観に行った。パドックでは、いつも優しくしてくれた。彼は本当の紳士だなぁ、自分もこんな大人になりたいと心から思った。
このラストラン、SPコーナーで大号泣で見送った
これ、行きました。確か4月末だったかな。青い平レプリカを被ってプロショップ高井の革ツナギを着て。シケインの外側で半泣きしながら観てました。私にとっては今でも英雄です👍。
いいわーほんと日本バイク界の英雄だね
この頃のヤマハワークスカラーは本当に恰好よかった。自分のYSRにも同じイメージのカラーをペイントショップで塗ってもらって乗っていました。平レプリカヘルメットはさすがに恐れ多くてかぶれなかったけど、一番尊敬するライダーでした。
SUGOと言えば、ラストラップ、シケインでエディ・ローソンをかわしての優勝が凄かった。当時仙台の専門学校に通っていたが、そのレースを見に行き正にシケインで見ていた友人が、どれだけ平が凄かったか熱弁してくれたを覚えてる。イケメンなのに寡黙で多くを語らないところがとてもカッコ良かった♪TECH21のCMがカッコ良すぎて、女性ファンが急増し、女性ライダーも増えたっけ(笑引退後、ツーリングに行くようになった平さんには、ツーリングの師匠がいたらしく、「師匠は色んな道や、色んな食べ物や、ツーリングのコツを知ってて凄いんだよ。僕はサーキットばかり走ってたから知らない事だらけで、師匠と走ると凄く勉強になるし楽しい」と、雑誌で語ってるのを読んで、 ああ、この人は本当に良い人なんだな。「正に実るほど頭を垂れる稲穂かな」と言う事なんだとしみじみ思った。
この日SUGOに行きました。3:00平さんの手を離さないのはのちの友人です(笑)
草刈正雄の影武者はヘルメット脱いでも同じレベルの二枚目で驚いた。
ライダーとしての天賦の資質を持ち甘いマスクに長身の平忠彦選手のメチャカッコ良いハングオンスタイルが同時期に世界を引っ張ってた天才ライダーフレディースペンサーとよく被ってた意識が有りました。日本人ライダーとして本当にカッコ良い平選手のハングオンのスタイルその少し前のワールドチャンプ片山敬済選手と又一味違って超絶カッコ良かった!
日本にバイクブームを巻き起こした男😂✌️🚲🚲🚲🚲🚲🚲
かつて350から500にスイッチした頃、サインを求めた際に手が汚れているから洗ってくるから待っててと言いサインしてくれました。ステッカーも沢山くれて感激したのを覚えてます。腰の低い人格者ですよ、平さんは。
速くてカッコいいだけじゃない。そういう人柄だからこそ、平選手は男にも女にも絶大な人気があったんだろうね。
高校生の時にいつも見に行ってたで😂✌️🏍️💨10%勾配をホイルスピンしながら立ち上がる姿は今でも目に焼き付いている😂✌️🏍️💨💨💨
The japanese Rider had so much expierence on 500 ccm Bikes.I Wonder why they didn't win the Worldchampionship.And then came Daijiro .I think he had the talent to beat Rossi.
若かりし頃の俳優草刈正雄にも引けを取らない、ってか凌駕する程のマスク!更には実力まで兼ね備えてるというね。こんなワールドクラスの日本人はもう二度と出てこないだろうな。でもこんなに完璧なのに喋るとちょっと訛りがあるところはご愛嬌笑。
90年の8耐で優勝した時に、この日が来るのはそう遠くないんだろうなと思った。
0:45 もうここがカッコいい
ミーハーと思われるから買わなかったけど平レプリカのヘルメット欲しかった。
ミーハーと呼ばれても構わないから、平忠彦レプリカではないが、(キング・ケニー)ロバーツのおっさんのレプリカを買った😅
私はなぜかドミニクサロンのレプリカ買いました w
映画「汚れた英雄」のモデルが平さんで本当に良かった。
目元が似てて、ほんと違和感がなかった。平選手はニ枚目だからね!
私生活は流石にあんなジゴロではないですよね?
モデルじゃないです、実際は架空の人物らしいが存在していたとしても500クラスの人ではないな。
平さんはやっぱりカッコいい。パレードカーはロードスターだったんだ。
今更ながらお疲れ様でした 私はあなたの走りを見、あなたの人格を尊敬しモータースポーツを好きに成りました 後進の藤原さんと共に永遠の憧れです
かっこよかったよなぁ
最初のスクエアのBGMがセンス抜群ですね。
エキゾースト音と焼けたオイルの香りが4ストでは味わえない2ストの証。
この人はめっちゃカッコイイ‼️
あこがれてました❗️カッコ良かった‼️
このあと筑波サーキットでも引退セレモニーが行われました。その時、平さんを乗せてコースを一周してピットに戻ってきたオープンカーに近づき過ぎてスニーカーの爪先を轢かれちゃいました。てへ(^^ゞ
気付くと拍手している、あのガッツポーズは時代を超えてますね
筑波サーキットの、ヤマハスポーツ走行会で、実際に、見たけど___ルックスからして俳優見たいだったからなぁ😱レプリカヘルメット買ってRZ 250乗ってたのは、青春の思い出😔
青春時代に平良やスペンサー観に行ったなぁ~汚れた英雄も何度観たか分らんよ。8耐とかドラマ満載だったなぁ~懐かしい!
平忠彦さん、汚れた英雄のスタントではウィリーができずに別のライダーにスタントのまたスタンドをお願いしたらしいけど、平さんのウィリーは、もう完璧でしたね!
最後までスタートはアレだねぇ
木下選手もサプライズで一緒に走って欲しかった😲💦スーパースターのプレッシャー😱誰も体験出来ない😓シリアスな時代のただ一人の孤独なヒーローでは?🌈
平は職業ライダーだったけど、プロライダーではなかった。
@Terra いや、平はヤマハの社員でしかなかったということ、だから職業ライダー。 社員だから会社の意向でしか動けなかった。 プロライダーってのは企業に属さず、企業と契約するライダー。 フリーだから契約企業を自由に選べれるし、逆に切られもする。外国人ライダーは全員そう。
記憶が確かなら、世界選手権から帰ってきて、ぶっちぎりで速過ぎて、レースをヤマハの後輩に順位譲っていたのがあったと思った。仕事ですからって雰囲気だった。
平選手は、引退してから「今、僕にはバイクの師匠がいる。ツーリングの師匠」「仕事でサーキットばかり走ってきた僕に、ツーリングの楽しさを教えてくれた師匠で、彼は僕の知らない事を沢山知ってて、すごく頼りになるし、彼と走るとすごく勉強になる」ってとあるバイク雑誌で語ってた。その写真はとても嬉しそうだった。それを見て「実ほど、こうべを垂れる稲穂かな」と言う言葉を思い出した。
社員でしかなかったとは聞き捨てならんな。平がヤマハに留まってくれたからこそ、レイニーの3連覇できたと思うが。
@@mazda3679 しかし、監督のケニー・ロバーツはYZRのエンジンについて、ヤマハはいつまで91年式を使いまわすんだ、と言って怒ってた。 圧倒的パワーで走り回るNSRのドゥーハンに勝つためにレイニーは無理をしすぎてあのクラッシュをしたと見ている。
素晴らしい!平さん。貴方は私のヒーローです!ありがとうございます!
汚れた英雄!平忠彦に憧れてRZ250、TZR250に乗って峠を攻めた高校時代!レーサーになりたくSUGOサーキットも走った。しかし夢叶わず今は50半ばの平サラリーマン。
2ストの加速とカストロールのオイルの匂いを思い出します。
同じ地元。汚れた英雄を映画館に観に行ったら、平忠彦さんが映画館に来ていて、挨拶をしてくれた。そこでファンになって、SUGOに何度も観に行った。パドックでは、いつも優しくしてくれた。彼は本当の紳士だなぁ、自分もこんな大人になりたいと心から思った。
このラストラン、SPコーナーで大号泣で見送った
これ、行きました。確か4月末だったかな。青い平レプリカを被ってプロショップ高井の革ツナギを着て。シケインの外側で半泣きしながら観てました。私にとっては今でも英雄です👍。
いいわーほんと日本バイク界の英雄だね
この頃のヤマハワークスカラーは本当に恰好よかった。
自分のYSRにも同じイメージのカラーをペイントショップで塗ってもらって乗っていました。
平レプリカヘルメットはさすがに恐れ多くてかぶれなかったけど、一番尊敬するライダーでした。
SUGOと言えば、ラストラップ、シケインでエディ・ローソンをかわしての優勝が凄かった。
当時仙台の専門学校に通っていたが、そのレースを見に行き正にシケインで見ていた友人が、どれだけ平が凄かったか熱弁してくれたを覚えてる。
イケメンなのに寡黙で多くを語らないところがとてもカッコ良かった♪
TECH21のCMがカッコ良すぎて、女性ファンが急増し、女性ライダーも増えたっけ(笑
引退後、ツーリングに行くようになった平さんには、ツーリングの師匠がいたらしく、
「師匠は色んな道や、色んな食べ物や、ツーリングのコツを知ってて凄いんだよ。僕はサーキットばかり走ってたから知らない事だらけで、師匠と走ると凄く勉強になるし楽しい」と、雑誌で語ってるのを読んで、
ああ、この人は本当に良い人なんだな。「正に実るほど頭を垂れる稲穂かな」と言う事なんだとしみじみ思った。
この日SUGOに行きました。3:00平さんの手を離さないのはのちの友人です(笑)
草刈正雄の影武者はヘルメット脱いでも同じレベルの二枚目で驚いた。
ライダーとしての天賦の資質を持ち甘いマスクに長身の平忠彦選手のメチャカッコ良いハングオンスタイルが同時期に世界を引っ張ってた天才ライダーフレディースペンサーとよく被ってた意識が有りました。日本人ライダーとして本当にカッコ良い平選手のハングオンのスタイルその少し前のワールドチャンプ片山敬済選手と又一味違って超絶カッコ良かった!
日本にバイクブームを巻き起こした男😂✌️🚲🚲🚲🚲🚲🚲
かつて350から500にスイッチした頃、サインを求めた際に手が汚れているから洗ってくるから待っててと言いサインしてくれました。ステッカーも沢山くれて感激したのを覚えてます。腰の低い人格者ですよ、平さんは。
速くてカッコいいだけじゃない。
そういう人柄だからこそ、平選手は男にも女にも絶大な人気があったんだろうね。
高校生の時にいつも見に行ってたで😂✌️🏍️💨10%勾配をホイルスピンしながら立ち上がる姿は今でも目に焼き付いている😂✌️🏍️💨💨💨
The japanese Rider had so much expierence on 500 ccm Bikes.I Wonder why they didn't win the Worldchampionship.And then came Daijiro .I think he had the talent to beat Rossi.
若かりし頃の俳優草刈正雄にも引けを取らない、ってか凌駕する程のマスク!
更には実力まで兼ね備えてるというね。
こんなワールドクラスの日本人はもう二度と出てこないだろうな。
でもこんなに完璧なのに喋るとちょっと訛りがあるところはご愛嬌笑。
90年の8耐で優勝した時に、この日が来るのはそう遠くないんだろうなと思った。
0:45 もうここがカッコいい
ミーハーと思われるから買わなかったけど平レプリカのヘルメット欲しかった。
ミーハーと呼ばれても構わないから、平忠彦レプリカではないが、(キング・ケニー)ロバーツのおっさんのレプリカを買った😅
私はなぜかドミニクサロンのレプリカ買いました w
映画「汚れた英雄」のモデルが平さんで本当に良かった。
目元が似てて、ほんと違和感がなかった。
平選手はニ枚目だからね!
私生活は流石にあんなジゴロではないですよね?
モデルじゃないです、実際は架空の人物らしいが存在していたとしても500クラスの人ではないな。
平さんはやっぱりカッコいい。
パレードカーはロードスターだったんだ。
今更ながらお疲れ様でした 私はあなたの走りを見、あなたの人格を尊敬しモータースポーツを好きに成りました 後進の藤原さんと共に永遠の憧れです
かっこよかったよなぁ
最初のスクエアのBGMがセンス抜群ですね。
エキゾースト音と焼けたオイルの香りが4ストでは味わえない2ストの証。
この人はめっちゃカッコイイ‼️
あこがれてました❗️カッコ良かった‼️
このあと筑波サーキットでも引退セレモニーが行われました。
その時、平さんを乗せてコースを一周してピットに戻ってきたオープンカーに近づき過ぎてスニーカーの爪先を轢かれちゃいました。
てへ(^^ゞ
気付くと拍手している、あのガッツポーズは時代を超えてますね
筑波サーキットの、ヤマハスポーツ走行会で、実際に、見たけど___ルックスからして俳優見たいだったからなぁ😱
レプリカヘルメット買ってRZ 250乗ってたのは、青春の思い出😔
青春時代に平良やスペンサー観に行ったなぁ~汚れた英雄も何度観たか分らんよ。8耐とかドラマ満載だったなぁ~懐かしい!
平忠彦さん、汚れた英雄のスタントではウィリーができずに別のライダーにスタントのまたスタンドをお願いしたらしいけど、平さんのウィリーは、もう完璧でしたね!
最後までスタートはアレだねぇ
木下選手もサプライズで一緒に走って欲しかった😲💦スーパースターのプレッシャー😱誰も体験出来ない😓シリアスな時代のただ一人の孤独なヒーローでは?🌈
平は職業ライダーだったけど、プロライダーではなかった。
@Terra いや、平はヤマハの社員でしかなかったということ、だから職業ライダー。 社員だから会社の意向でしか動けなかった。
プロライダーってのは企業に属さず、企業と契約するライダー。 フリーだから契約企業を自由に選べれるし、逆に切られもする。
外国人ライダーは全員そう。
記憶が確かなら、世界選手権から帰ってきて、ぶっちぎりで速過ぎて、レースをヤマハの後輩に順位譲っていたのがあったと思った。仕事ですからって雰囲気だった。
平選手は、引退してから
「今、僕にはバイクの師匠がいる。ツーリングの師匠」
「仕事でサーキットばかり走ってきた僕に、ツーリングの楽しさを教えてくれた師匠で、彼は僕の知らない事を沢山知ってて、すごく頼りになるし、彼と走るとすごく勉強になる」ってとあるバイク雑誌で語ってた。
その写真はとても嬉しそうだった。
それを見て「実ほど、こうべを垂れる稲穂かな」と言う言葉を思い出した。
社員でしかなかったとは聞き捨てならんな。平がヤマハに留まってくれたからこそ、レイニーの3連覇できたと思うが。
@@mazda3679 しかし、監督のケニー・ロバーツはYZRのエンジンについて、ヤマハはいつまで91年式を使いまわすんだ、と言って怒ってた。
圧倒的パワーで走り回るNSRのドゥーハンに勝つためにレイニーは無理をしすぎてあのクラッシュをしたと見ている。