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こういう毒にも薬にもならない人物が人事の流れで重宝されるのは今の日本の企業と変わらないね
鰻の様に生きてきて一票差で蒲焼にならずに済む、強運の持ち主。
まぁウナギなのかアナゴなのかよく分からんが、ヘビのような狡猾さは無さそうだなw
東条英機と性格そっくりだよね将来や目標のビジョンを掲げずに目の前にある仕事をたんたんとこなすだけ現場のことを全く理解しない上の人に気に入られるのは得意うちの会社のお偉いさんにもこういう人いるよ
確かに海軍から一人も死刑者が出なかったのは不思議で今となっては謎です。嶋田の場合は無能だから情状酌量の余地ありと判断した判事が多かったということでしょうか。
第二復員局を中心に一致団結して海軍擁護のストーリー作りと弁護方針で法廷対策を行った海軍と、大所帯すぎて意識整合どころか暴露合戦になった陸軍との違いが大きかったと思いますねこの判決の差に東條と武藤は驚いたでしょう 特に武藤は納得出来なかったろうね
@@user-mu5xc5wc8b 山本は「戦争犯罪人」「賊軍の将」の汚名を着ずにP-38に消してもらえてどこまでも幸運だった。
というか海軍の実務してたのが戦死したり自決したりと残らなかったから
東京裁判ではいないが、戦地で行われたB級戦犯を裁いた現地裁判では海軍提督で死刑判決を受け、銃殺された人はいました。
真面目に戦争してたのが陸軍だけだから仕方ない
良くも悪くも日本の組織人に多いタイプ。ポイントオブノーリターンである石油禁輸されてから海相就任は気の毒とも言える。
「勝てません。」とハッキリ言えれば良かったのだろうけど、開戦ムードが相当醸成されていたであろうことを考えると心労察するに余りある。そういえば、海軍の対米開戦派って伏見宮くらいしか知らないけど他に誰がいたんだろう?
石川信吾
神重徳
開戦の決定はハルノートではないから!!やはり1番の責任は伏見宮博恭王
「ハルノート(Hull notes)に嵌められた!」とか抜かす自称「保守派」論客の阿呆さ加減には確かに辟易するね。あんなの単なるメモ書き(それって個人のメモ書きですよね?)レベルでしかないし、そこに条件として書かれた「チャイナからの即時全面撤退」とやらもマンチューリァ(滿洲)なんか含めていない可能性も濃厚だったし。
もう少し度胸があればね…伏見宮についてもお願いしますあの人って海軍最大の戦犯な気がする
皇族が治外法権はおかしいね😊
旧宮家の復帰が議論されてるけど伏見宮家は若い男子がいなくて復帰の可能性があまりないから遠慮なくできますしね
嶋田さんは官公庁、大企業の課長クラスならば良い仕事しそう。
こんなせいぜい中間管理職程度の能力の人間が組織トップに上り詰めてしまう日本の不幸。
東條英機もそうだけど当時のトップクラスは中間管理職としては超有能なんよね
@@youyah7440 「中間管理職程度の能力の人間が組織トップに上り詰めてしまう」って前に書いた通りで、ガースーとか検討使キッシーとか中間管理職の調整役としては頗る有能なんだが、海外リーダーと丁々発止でやり合うのは全く向かない。そこへ行くと故アベちゃんみたく、学校のお勉強なんか大の苦手だった輩の方が海外リーダーとやり合うのに適している。トランプとメルケルが一触即発で睨み合った静止画像(合成の可能性は低い)があったが、間に立つアベちゃんの存在感に、これまでにない日本のリーダー像を見たのだが、超汚染壺カルトとの繋がりは返す返すも残念至極。
日本人は課長クラスまでは優秀、司馬さんが言ってるね確か
@@nowhereman5621 米軍の分析でも日本軍というのは下士官・兵卒クラスは優秀だが他がダメダメ。無能な上層部が優秀な現場に丸投げという図式は、現代日本の企業文化でも変わってない。別の語彙で言えば、日本人組織ってのは上層部に大局的な戦略(strategy)が無いから現場が戦術(tactics)だけで乗り切ろうとする。上層部がブレまくって芯が無いから現場はとにかく振り回されて疲弊するし、いくら優秀な現場とて大局が見えないのでドツボに嵌る。調子こいていいとこまで行っても最後は必ず負ける。偶々運よく相手の準備不足などで戦術的勝利を対清(1895年)、対露(1905年)、対独(1918年)、対仏(1941年)、対英蘭(1942年)という具合に次々と収めてきた大日本帝國だったが、最終的には米英ソに惨敗(1945年)した。まぁ相手が悪かったと言えばそれまでだが、戦う相手を選定するのも上層部だ。
賀屋と東郷とやり取りで使われている写真は賀屋と木戸ですね。
動画に無関係のコメント失礼します。どうか通州事件をおねがいします🙏
東條、嶋田は全くの事務屋。政治屋でも司令官でもなかったのが悲劇。しかしながら虎の威を借りた狐の伏見と閑院のような、恥ずべき軍人が実質的に上にいなければもっと闊達であったろうに残念だ。
5:08 写真が東郷外相ではなく木戸幸一になってます!😊
個々人に関係なく根本的な問題は国家として日本の方針が定まらなかった事ではないでしょうか?陸軍は南方資源地帯攻略後は資源の確保と内地への輸送を主とし長期自給方針だったと思います。一方 海軍は米海軍との決戦を求める短期決戦を考えた結果 戦線を広げて消耗戦に陥っています。東条英樹が独裁的権力を手中にして嶋田海相を指揮下に置いたのは(良し悪しは別として)法的に国家方針を一本化する為と思います。にも関わらず当時の海軍将校の回想には東条下ろし=嶋田下ろしの記述がありました。見方によっては日本が追い込まれた中で権力闘争を続けている様にも思えます。彼を批判した井上にしても開戦を止められず戦闘にあっても大きな貢献は及ぼしていません。むしろ及川の方が海上護衛司令として貢献していると思えます。一人一人の問題よりも日本国全体の問題として考えるべきではないでしょうか?
東条のポチって感じか、このような日和見の無能が海軍トップにいるのが日本らしく現在も変わらない。海軍を牛耳っていた伏見宮がA級戦犯で裁かれなかったのが残念すぎる。
嶋田以上に海軍を壊滅に追いやったのが伏見宮ではないでしょうか?この方が、余計なこと言わなければ嶋田は海軍大臣にも就くことはなかった。
軍令部総長と海軍大臣の兼務が憲法違反とは、どこに書いてあるのでしょうか。海軍内部での憲法解釈の内規なのでしようか。
帝国憲法には「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」とありますが、参謀本部・軍令部は憲法上の機関ではなく、天皇の幕僚として独立した存在でした。ところが軍部大臣が参謀の長を兼ねると政治(内閣)によって作戦や用兵を司る軍令が良くも悪くも左右される、つまり「統帥権の独立」を損なう可能性があったからです。その点を昭和天皇からご下問された東條首相兼陸相は「現在は作戦遂行に政治が追従しているのでそのご懸念に及ばず」と屁理屈を通したようです。
そんなもんも知らんのかよ😮
@@三丁目分隊員 様有難うございます。解釈から出ているのですね。日清戦争時の大本営に伊藤公が出席しているのも興味深いと思いました。
日本企業で社長にはならないがカナリの高位まで出世するタイプ。見ようによっては、日本の組織人として徹底的合理的に行動したら、タイミング最悪で起訴に到ったが、そこでも合理的を貫いたら死刑は免れた、という事かな??
非戦に近い考えだったと言われるが、それを徹底する事も出来ず、いざ開戦となっても積極的な戦争戦略を示す事も無く、よく言えば和を貴ぶ人物だったにかもしれない。対米強硬派の伏見宮にとっては都合の良い人物だったのだろう。戦艦比叡艦長についても「艦と共に運命を共にしなかった」として山本長官の強い反対にも関わらず処分している。正直「あなたが強い意志を示すのはこんな時の場合ではないだろう」と思うのだが。祖国日本さんの動画を見るにつけ国家危急の時に何でこの様な人物がこんな高位の役職についているのかと思わされる。
それが今も昔も日本の宿痾。ガースーだのキッシーだのって他国なら地方役人の中間管理職どまりだし。
海自練習艦隊の壮行会に出席し乾杯の音頭を取って井上成美元大将が激怒した件、当時の幹部候補生学校や海幕は当たり前に先輩方としての招待だったのでしょうか。隠棲生活していた井上さんにしてみれば、戦争責任が一段と強い者がノコノコ出ていくもんじゃないだろ!ってことでしょうけど。
@@user-kr1bu6rl2q勝てると思ってたのか??
オーこれまた渋い人選ですね。嶋田さんは良くも悪くも伏見宮に従った結果ですね。対米戦にしても鋼鉄配分で非戦で粘ったが杉山の悪知恵に敗北。対米戦に舵を切った。伏見宮と陸軍の決定に従った自分に何の責任があるのかというのは本音だろう。
いろんな資料を読むと結局、ラスボスは東條英機だったんじゃないと思ってしまいますね彼がこの世にいなかったら日米開戦が起こったとしてももう少し引き際が良かったんじゃないかと思いますてか海軍のラスボスって一体誰なんでしょうね?色々な動画を見る中で伏見宮なんじゃ…って最近思うようになってます
@@ケズナン さん海軍のラスボスは伏見宮ですが対米強硬派の中でも最弱(苦笑)陸軍のラスボスは服部や田中新一ですかね。
嶋田は癖がないから良くも悪くも評価しようがない。
癖のなさで大角人事を生き延びたのだから世渡り上手と言えるのではないか?
上司も大変ですね腹芸しないと不人気になるのかよ
トップで率いる器では無いにせよ「癖がない」と言わしめるのは相当優秀な証拠。
癖がないからこそ東條の妾と揶揄されるほど出世できたんですかね😂ある意味あの太平洋戦争の中での海軍の中心人物なので、生きてるうちに会って色々と話聞きたかった。てかこの人なら飄々と語ってくれそう「あの時はこうすればよかった。この時はこうすれば良かったと思ったが、陸軍将校に殺されるからそんなことを言える空気じゃなかった。でも、俺のいった通りにしてたら原爆も落ちなかったし、北方領土も日本のもので沖縄戦も起こらなかった」とか言われそう
癖がないから杉山と並んで扱いやすい人間と目されてたとか
副官ならまだしも、その追随ぶりに東條の男妾とあだ名された。
一々話題になるのが不思議!居ても居なくても同じ人❣️
もともと、嶋田大将は、艦隊参謀や軍令部の経験が多くて、海軍省の経験が少ない。もともと、軍令部長候補だった。伏見宮から、相当気に入られていたと言われている。だから、海軍大臣になったとき、当人が一番びっくりしていたんじゃないかな。もともと、不戦派だったと聞いているけど、伏見宮に押し切られる形で、主戦派になったらしい。どこか人に引っ張られるような面があるから、どうも大将には向かないのではないでしょうかね。戦争の後半は兼任だけど、軍令部総長になったけど、余計にこの人、恨みを買った。ただ、大角人事の一環であった同期の堀悌吉中将予備役編入事件の時は自分も海軍を辞めるつもりで反対だったらしい。不思議なことでしたね。
伏見宮と閑院宮は本来戦犯されるべきであったはず。この人は伏見宮に代わって介錯無しで割腹自決酢べきであった。
清廉にして自己保身に汲々偏差値は高かったのだろうが、中堅管理職が精一杯の素材。
自己の確固たる信念も思想もない。世間の流れに身を委ねる。だから、自分の行動に責任をもつという観念は求めるべくもない。山本五十六が「おめでたい人だ」と評する所以であり、信念と思想の塊のような井上成美の激怒を買うのも当然。嶋田からしたら井上が激怒する理由すら理解出来なかった気がする。
これほど器の小さい奴が大将になっちゃうんだから旧軍の人事が根本からダメなんだろうな
ピーターの法則、組織において人は無能になるまで出世するでしたっけ
やっぱり武藤章日記に書いてあることが全てだよなあ😊山本五十六が言ったようにお目出度い人や😂
この動画見る限り、無能とは思わない。冷静に自他の戦力を客観視できて、開戦には否定的だったし、戦争が始まって戦果が上がっても舞い上がることはなかったのだから、寧ろ優秀な方だったのではないか。東京裁判で死刑判決が免れたのも、動画を見る限り妥当だったと思われる。ただ、米内や井上のように日本という国に対し献身した人物ではないことは確かのようだが、それを出来る人物の方が少ないし、だからこそ東條に重用されたのではないだろうか。けど、こういうあまり取り上げられない人物を掘り下げることは当時の状況の理解を大分助けることになると分かった。
この時代の軍部首脳は海軍にせよ陸軍にせよ戦後表に出られないですよあなたがたの指揮で戦争に負けたんですから。
0:25誕生日の3か月以上前の死去なのに「誕生日を前にして世を去った」ってちょっと変じゃないですか?誕生日の一週間前に死刑執行された東条英機とかなら適切でしょうが
この時代ではマイルドな方だったんですね^ ^祖国さん、話は変わりますが小笠原事件てのは真実なんですかね?
吾輩は祖国さんではないが、小笠原事件てのは数々の証拠が挙がっていて否定の仕様が無いと思うが。
無色であろうとすると、結局誰かの色に染まって見えてしまう。だとしたら、やはり自分の色を出した方がよほどマシだと感じる。
大臣よりも連合艦隊司令長官の方が良かったかも嶋田さんは。(しっかりした.副官と参謀を付けてね)
塩沢幸一は他の3人よりも1年早く大将に昇進
開戦時、山本と配置が逆だったら、真珠湾攻撃もなくもっとマシな負け方が出来たのではないかと思う時がある。いや、東條が山本を入閣させるわけがないけど。
海相の選任権は首相にはない。海軍側から推挙による。
豊田副武が東條に入閣を拒否されたではないかと反論しようと思って確認したら、豊田が入閣を固辞したのですね。失礼しました。
アイヒマン型だな。課長クラスなら有能だろうけどな
島田さんは海軍内部の裏切りに絶望したのだろう。
白頭山
アメリカ海軍に勝つには帝国海軍そのものを変えないと無理!!
生き恥
生きて虜囚の辱めを受けずはどこへ行った。特攻隊員は浮かばれんよ。米内、井上、島田、栗田、小沢、豊田副武、etc 将官クラスはみな自決すべきだった。
宮様将軍は災いだな?
立派な人だったのでは!
マイナンバーカード、防衛費の倍増と財源の問題、今の時代も同じ様な感じがします。悪い人では無いのだが、才能の無い人が上に立つと国民が苦しむ。あの時はアメリカと戦争を避けていたら、と残念です。
海軍の将官は、極東軍事裁判で、何故、絞首刑ならなかったのでしょうか?
井上成美「恥知らずにも程がある」俺から言わせれば75年まで生き長らえた井上も相当な恥知らず。
まあのうのうと表舞台に出なかったことだけは評価したい軍人としては下の下だけど
こういう毒にも薬にもならない人物が人事の流れで重宝されるのは今の日本の企業と変わらないね
鰻の様に生きてきて一票差で蒲焼にならずに済む、強運の持ち主。
まぁウナギなのかアナゴなのかよく分からんが、ヘビのような狡猾さは無さそうだなw
東条英機と性格そっくりだよね
将来や目標のビジョンを掲げずに目の前にある仕事をたんたんとこなすだけ
現場のことを全く理解しない
上の人に気に入られるのは得意
うちの会社のお偉いさんにもこういう人いるよ
確かに海軍から一人も死刑者が出なかったのは不思議で今となっては謎です。嶋田の場合は無能だから情状酌量の余地ありと判断した判事が多かったということでしょうか。
第二復員局を中心に一致団結して海軍擁護のストーリー作りと弁護方針で法廷対策を行った海軍と、大所帯すぎて意識整合どころか暴露合戦になった陸軍との違いが大きかったと思いますね
この判決の差に東條と武藤は驚いたでしょう 特に武藤は納得出来なかったろうね
@@user-mu5xc5wc8b
山本は「戦争犯罪人」「賊軍の将」の汚名を着ずにP-38に消してもらえてどこまでも幸運だった。
というか海軍の実務してたのが戦死したり自決したりと残らなかったから
東京裁判ではいないが、戦地で行われたB級戦犯を裁いた現地裁判では海軍提督で死刑判決を受け、銃殺された人はいました。
真面目に戦争してたのが陸軍だけだから仕方ない
良くも悪くも日本の組織人に多いタイプ。
ポイントオブノーリターンである石油禁輸されてから海相就任は気の毒とも言える。
「勝てません。」とハッキリ言えれば良かったのだろうけど、開戦ムードが相当醸成されていたであろうことを考えると心労察するに余りある。
そういえば、海軍の対米開戦派って伏見宮くらいしか知らないけど他に誰がいたんだろう?
石川信吾
神重徳
開戦の決定はハルノートではないから!!
やはり1番の責任は伏見宮博恭王
「ハルノート(Hull notes)に嵌められた!」とか抜かす自称「保守派」論客の阿呆さ加減には確かに辟易するね。あんなの単なるメモ書き(それって個人のメモ書きですよね?)レベルでしかないし、そこに条件として書かれた「チャイナからの即時全面撤退」とやらもマンチューリァ(滿洲)なんか含めていない可能性も濃厚だったし。
もう少し度胸があればね…
伏見宮についてもお願いします
あの人って海軍最大の戦犯な気がする
皇族が治外法権はおかしいね😊
旧宮家の復帰が議論されてるけど伏見宮家は若い男子がいなくて復帰の可能性があまりないから遠慮なくできますしね
嶋田さんは官公庁、大企業の課長クラスならば良い仕事しそう。
こんなせいぜい中間管理職程度の能力の人間が組織トップに上り詰めてしまう日本の不幸。
東條英機もそうだけど当時のトップクラスは中間管理職としては超有能なんよね
@@youyah7440
「中間管理職程度の能力の人間が組織トップに上り詰めてしまう」って前に書いた通りで、ガースーとか検討使キッシーとか中間管理職の調整役としては頗る有能なんだが、海外リーダーと丁々発止でやり合うのは全く向かない。そこへ行くと故アベちゃんみたく、学校のお勉強なんか大の苦手だった輩の方が海外リーダーとやり合うのに適している。トランプとメルケルが一触即発で睨み合った静止画像(合成の可能性は低い)があったが、間に立つアベちゃんの存在感に、これまでにない日本のリーダー像を見たのだが、超汚染壺カルトとの繋がりは返す返すも残念至極。
日本人は課長クラスまでは優秀、司馬さんが言ってるね確か
@@nowhereman5621
米軍の分析でも日本軍というのは下士官・兵卒クラスは優秀だが他がダメダメ。無能な上層部が優秀な現場に丸投げという図式は、現代日本の企業文化でも変わってない。別の語彙で言えば、日本人組織ってのは上層部に大局的な戦略(strategy)が無いから現場が戦術(tactics)だけで乗り切ろうとする。上層部がブレまくって芯が無いから現場はとにかく振り回されて疲弊するし、いくら優秀な現場とて大局が見えないのでドツボに嵌る。調子こいていいとこまで行っても最後は必ず負ける。偶々運よく相手の準備不足などで戦術的勝利を対清(1895年)、対露(1905年)、対独(1918年)、対仏(1941年)、対英蘭(1942年)という具合に次々と収めてきた大日本帝國だったが、最終的には米英ソに惨敗(1945年)した。まぁ相手が悪かったと言えばそれまでだが、戦う相手を選定するのも上層部だ。
賀屋と東郷とやり取りで使われている写真は賀屋と木戸ですね。
動画に無関係のコメント失礼します。どうか通州事件をおねがいします🙏
東條、嶋田は全くの事務屋。政治屋でも司令官でもなかったのが悲劇。しかしながら虎の威を借りた狐の伏見と閑院のような、恥ずべき軍人が実質的に上にいなければもっと闊達であったろうに残念だ。
5:08 写真が東郷外相ではなく木戸幸一になってます!😊
個々人に関係なく根本的な問題は国家として日本の方針が定まらなかった事ではないでしょうか?
陸軍は南方資源地帯攻略後は資源の確保と内地への輸送を主とし長期自給方針だったと思います。
一方 海軍は米海軍との決戦を求める短期決戦を考えた結果 戦線を広げて消耗戦に陥っています。
東条英樹が独裁的権力を手中にして嶋田海相を指揮下に置いたのは(良し悪しは別として)法的に国家方針を一本化する為と思います。
にも関わらず当時の海軍将校の回想には東条下ろし=嶋田下ろしの記述がありました。
見方によっては日本が追い込まれた中で権力闘争を続けている様にも思えます。
彼を批判した井上にしても開戦を止められず戦闘にあっても大きな貢献は及ぼしていません。
むしろ及川の方が海上護衛司令として貢献していると思えます。
一人一人の問題よりも日本国全体の問題として考えるべきではないでしょうか?
東条のポチって感じか、このような日和見の無能が海軍トップにいるのが日本らしく現在も変わらない。海軍を牛耳っていた伏見宮がA級戦犯で裁かれなかったのが残念すぎる。
嶋田以上に海軍を壊滅に追いやったのが伏見宮ではないでしょうか?
この方が、余計なこと言わなければ
嶋田は海軍大臣にも就くことはなかった。
軍令部総長と海軍大臣の兼務が憲法違反とは、どこに書いてあるのでしょうか。海軍内部での憲法解釈の内規なのでしようか。
帝国憲法には「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」とありますが、参謀本部・軍令部は憲法上の機関ではなく、天皇の幕僚として独立した存在でした。
ところが軍部大臣が参謀の長を兼ねると政治(内閣)によって作戦や用兵を司る軍令が良くも悪くも左右される、つまり「統帥権の独立」を損なう可能性があったからです。
その点を昭和天皇からご下問された東條首相兼陸相は「現在は作戦遂行に政治が追従しているのでそのご懸念に及ばず」と屁理屈を通したようです。
そんなもんも知らんのかよ😮
@@三丁目分隊員 様
有難うございます。解釈から出ているのですね。
日清戦争時の大本営に伊藤公が出席しているのも興味深いと思いました。
日本企業で社長にはならないがカナリの高位まで出世するタイプ。見ようによっては、日本の組織人として徹底的合理的に行動したら、タイミング最悪で起訴に到ったが、そこでも合理的を貫いたら死刑は免れた、という事かな??
非戦に近い考えだったと言われるが、それを徹底する事も出来ず、いざ開戦となっても積極的な戦争戦略を示す事も無く、
よく言えば和を貴ぶ人物だったにかもしれない。対米強硬派の伏見宮にとっては都合の良い人物だったのだろう。
戦艦比叡艦長についても「艦と共に運命を共にしなかった」として山本長官の強い反対にも関わらず処分している。
正直「あなたが強い意志を示すのはこんな時の場合ではないだろう」と思うのだが。
祖国日本さんの動画を見るにつけ国家危急の時に何でこの様な人物がこんな高位の役職についているのかと思わされる。
それが今も昔も日本の宿痾。ガースーだのキッシーだのって他国なら地方役人の中間管理職どまりだし。
海自練習艦隊の壮行会に出席し乾杯の音頭を取って井上成美元大将が激怒した件、当時の幹部候補生学校や海幕は当たり前に先輩方としての招待だったのでしょうか。
隠棲生活していた井上さんにしてみれば、戦争責任が一段と強い者がノコノコ出ていくもんじゃないだろ!ってことでしょうけど。
@@user-kr1bu6rl2q
勝てると思ってたのか??
オーこれまた渋い人選ですね。嶋田さんは良くも悪くも伏見宮に従った結果ですね。対米戦にしても鋼鉄配分で非戦で粘ったが杉山の悪知恵に敗北。対米戦に舵を切った。伏見宮と陸軍の決定に従った自分に何の責任があるのかというのは本音だろう。
いろんな資料を読むと結局、ラスボスは東條英機だったんじゃないと思ってしまいますね
彼がこの世にいなかったら日米開戦が起こったとしてももう少し引き際が良かったんじゃないかと思います
てか海軍のラスボスって一体誰なんでしょうね?色々な動画を見る中で伏見宮なんじゃ…って最近思うようになってます
@@ケズナン さん
海軍のラスボスは伏見宮ですが
対米強硬派の中でも最弱(苦笑)
陸軍のラスボスは服部や田中新一ですかね。
嶋田は癖がないから良くも悪くも評価しようがない。
癖のなさで大角人事を生き延びたのだから世渡り上手と言えるのではないか?
上司も大変ですね
腹芸しないと不人気になるのかよ
トップで率いる器では無いにせよ「癖がない」と言わしめるのは相当優秀な証拠。
癖がないからこそ東條の妾と揶揄されるほど出世できたんですかね😂
ある意味あの太平洋戦争の中での海軍の中心人物なので、生きてるうちに会って色々と話聞きたかった。てかこの人なら飄々と語ってくれそう
「あの時はこうすればよかった。この時はこうすれば良かったと思ったが、陸軍将校に殺されるからそんなことを言える空気じゃなかった。でも、俺のいった通りにしてたら原爆も落ちなかったし、北方領土も日本のもので沖縄戦も起こらなかった」とか言われそう
癖がないから杉山と並んで扱いやすい人間と目されてたとか
副官ならまだしも、その追随ぶりに東條の男妾とあだ名された。
一々話題になるのが不思議!居ても居なくても同じ人❣️
もともと、嶋田大将は、艦隊参謀や軍令部の経験が多くて、海軍省の経験が少ない。もともと、軍令部長候補だった。伏見宮から、相当気に入られていたと言われている。だから、海軍大臣になったとき、当人が一番びっくりしていたんじゃないかな。もともと、不戦派だったと聞いているけど、伏見宮に押し切られる形で、主戦派になったらしい。どこか人に引っ張られるような面があるから、どうも大将には向かないのではないでしょうかね。戦争の後半は兼任だけど、軍令部総長になったけど、余計にこの人、恨みを買った。ただ、大角人事の一環であった同期の堀悌吉中将予備役編入事件の時は自分も海軍を辞めるつもりで反対だったらしい。不思議なことでしたね。
伏見宮と閑院宮は本来戦犯されるべきであったはず。この人は伏見宮に代わって介錯無しで割腹自決酢べきであった。
清廉にして自己保身に汲々
偏差値は高かったのだろうが、中堅管理職が精一杯の素材。
自己の確固たる信念も思想もない。世間の流れに身を委ねる。だから、自分の行動に責任をもつという観念は求めるべくもない。山本五十六が「おめでたい人だ」と評する所以であり、信念と思想の塊のような井上成美の激怒を買うのも当然。嶋田からしたら井上が激怒する理由すら理解出来なかった気がする。
これほど器の小さい奴が大将になっちゃうんだから旧軍の人事が根本からダメなんだろうな
ピーターの法則、組織において人は無能になるまで出世するでしたっけ
やっぱり武藤章日記に書いてあることが全てだよなあ😊山本五十六が言ったようにお目出度い人や😂
この動画見る限り、無能とは思わない。冷静に自他の戦力を客観視できて、開戦には否定的だったし、戦争が始まって戦果が上がっても舞い上がることはなかったのだから、寧ろ優秀な方だったのではないか。東京裁判で死刑判決が免れたのも、動画を見る限り妥当だったと思われる。ただ、米内や井上のように日本という国に対し献身した人物ではないことは確かのようだが、それを出来る人物の方が少ないし、だからこそ東條に重用されたのではないだろうか。けど、こういうあまり取り上げられない人物を掘り下げることは当時の状況の理解を大分助けることになると分かった。
この時代の軍部首脳は海軍にせよ陸軍にせよ戦後表に出られないですよ
あなたがたの指揮で戦争に負けたんですから。
0:25
誕生日の3か月以上前の死去なのに「誕生日を前にして世を去った」ってちょっと変じゃないですか?
誕生日の一週間前に死刑執行された東条英機とかなら適切でしょうが
この時代ではマイルドな方だったんですね^ ^
祖国さん、話は変わりますが小笠原事件てのは真実なんですかね?
吾輩は祖国さんではないが、小笠原事件てのは数々の証拠が挙がっていて否定の仕様が無いと思うが。
無色であろうとすると、結局誰かの色に染まって見えてしまう。
だとしたら、やはり自分の色を出した方がよほどマシだと感じる。
大臣よりも連合艦隊司令長官の方が良かったかも
嶋田さんは。
(しっかりした.副官と参謀を付けてね)
塩沢幸一は他の3人よりも1年早く大将に昇進
開戦時、山本と配置が逆だったら、真珠湾攻撃もなくもっとマシな負け方が出来たのではないかと思う時がある。いや、東條が山本を入閣させるわけがないけど。
海相の選任権は首相にはない。海軍側から推挙による。
豊田副武が東條に入閣を拒否されたではないかと反論しようと思って確認したら、豊田が入閣を固辞したのですね。失礼しました。
アイヒマン型だな。課長クラスなら有能だろうけどな
島田さんは海軍内部の裏切りに絶望したのだろう。
白頭山
アメリカ海軍に勝つには帝国海軍そのものを変えないと無理!!
生き恥
生きて虜囚の辱めを受けずはどこへ行った。特攻隊員は浮かばれんよ。
米内、井上、島田、栗田、小沢、豊田副武、etc 将官クラスはみな自決すべきだった。
宮様将軍は災いだな?
立派な人だったのでは!
マイナンバーカード、防衛費の倍増と財源の問題、今の時代も同じ様な感じがします。悪い人では無いのだが、才能の無い人が上に立つ
と国民が苦しむ。あの時はアメリカと戦争を避けていたら、と残念です。
海軍の将官は、極東軍事裁判で、何故、絞首刑ならなかったのでしょうか?
井上成美「恥知らずにも程がある」
俺から言わせれば75年まで生き長らえた井上も相当な恥知らず。
まあのうのうと表舞台に出なかったことだけは評価したい
軍人としては下の下だけど