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こうやって道も街も歴史から消えて行くのかなぁと思うと寂しくなりますね。特に最後のバスの件は。。本当に貴重な動画だと思います。
私の父も日鋼開拓団の一人で蕗の台の入植者でした。貴重な動画ありがとうございます。
私が最初に蕗の台に行ったのは1979年です。鉄道があり、家が何軒かあったのを記憶しております。もしかして、貴殿のお父上の家だったかも知れませんね。
もうこの動画何度見ただろうその度に切なくなる
中々観ることの出来ない場所の貴重な動画、ありがとうございました。
深名線に列車が走っていた頃、北母子里駅から朱鞠内駅まで歩いたことがあります。その時は道も現役でしたが、かなりのダートだったことを覚えています。もう今はその道も自然に帰ろうとしているのですね。貴重な映像をありがとうございました。
朱鞠内に北海道大学職員だった親戚が居ましたので子供の頃に訪れたことがあります。もう50年以上も前の事です、その当時はまだまだにぎわっていたと記憶しています。蕗の台跡で宿泊は私でも避けます、勇気がおありですね・・・記憶がよみがえる映像を有難うございました。
無常感、寂寥感。心ひかれる動画でした。削ぎ落としたようなコメントもまた乾いた叙情が漂う。
あげられていた他の動画で塗師様の年齢が拝察できました。プロフィール写真もあぁ、と思いました。凄まじい胆力と体力に同世代として、心の底から敬意を申し上げます。
私は昨年9月初旬に、深名駅~幌加内~朱鞠内というルートでバスに乗りましたが、深名~幌加内は乗客は三人、幌加内~朱鞠内は私一人でした。PAKさんの時と同じ感じですね。
7年前のことですが両親の法事のついでに道北を車で回ったことがあります。その時に、前日宿泊した名寄から名寄ー遠別線を走り蕗の台入り口まで行きました。ちょうど入り口付近で除草作業の方々がおられたのでそこから朱鞠内へ抜け風連に出てまた国道40号線に出ようかと考えていたのですが「無理だ」と言われあえなく撤退。母子里に戻りそこから275号線を北上して美深に抜けました。この動画をみせていただいて改めて「なんと無謀なことを考えていたのだろう」と思わず笑ってしまいました。P.S. 7年前(2013年3)の時点でバスはもう走っていなかったように思われます。
無事で何よりです。通行禁止先にある宇津内湖見ることができました。ありがとうございます。
「通行禁止」ではありませんよ。「車両通行禁止」です。道道ですから、公道です。歩いて行く分には問題ありません。
@@pakuntik1211 さんわたし、車両通行止めなのは知ってます。ただ通行止めしかかかなかったので人も通っちゃダメって解釈になったのでしょうか?ややこしい文面だったんですね。熊の生息地なので無事に帰ってきて何よりと書きました。やっぱり、こういうところ歩くのはリスクを伴うと思うので。
@@鈴木真貴子-s3k 様ご返事ありがとうございます。このような「車両通行止め」を越えて入るような動画をアップすると「立ち入り禁止区域に無断で入った動画をアップしている」と通報する方がいるので、あのようなコメントになってしまいました。
@@鈴木真貴子-s3k 様 追記します。職業柄(建設業です)熊の生息するような場所にはよく行きます。遭遇したときの心構えを持って、遭遇しないように歩けば良いだけのことです。実際の事故率は交通事故よりも低いと思っております。
草に覆われた道の脇に立つカーブミラーが哀愁を感じます。
何か切なくなりました。でもこういうの好きです。
蕗の台跡に泊まるなんて、なんという猛者でしょう。なたでは勝てないような・・・ 襲われなくて何よりです。蕗の台朱鞠内線の蕗の台側の道は、当時砂利が浮いていて結構広い道だと思ったのですが、年月が経つうちに周りの草や木が伸びて恫道になってしまったのですね。
サラ 様クマの生息地でキャンプするにはちょっとしたコツがありまして、灯りは点けたまま、ラジオも付けっぱなし、何よりも食べ物の臭いを周囲に出さない(調理などもってのほか)鉈を身近に置いてウトウトするだけ(雨でも降らない限りはテントには入らない) まあ、これで大丈夫です。蕗の台朱鞠内線は20年ほど前には車で通れました。おっしゃるとおり、砂利道ですが結構広い道でした。
この道道は2001年以来通っていないですね。その時は200のオフロードバイクでしたが、それ以前に750のオンロードバイクで走破した事があります。朱鞠内側のゲートまでなら去年も行きました。
ゲート横の白いそば畑の横の砂利道が宇津内へ通じる道です。
貴重な動画を有難うございました。西側のゲートが閉ざされて何年経つんだろう・・。10年、15年?? 法面崩落とずっと記載されたままになっていて、今はどうなっているんだろう・・って、ずっと気になっておりました。廃線後に共栄の駅で鍋をやった記憶が今でも新しいです。私が望んでいた雨竜第2ダム〜蕗の台までの状態を詳しく教えて下さりありがとうございました。
雨朱鞠内湖、湖畔に雨竜第一ダムがあってそこから先に進むと第二ダムがありますそんなには道は広くないけど車ではそこまでしか行ったことはありません見た感じまさに原生林の中!今は湖の東側に国道が走っていて車の場合はそこを走ります深名線は一度もりようしたことは有りませんかこの近くの街に住んでいるのでちょっと気になって視聴させてもらいました。
貴重な映像ありがとうございます。深名線が存続していた頃は、車で通行出来ていたのでしょうか?
まさにライフアフターピープルですね。日本版のロケができそうなので、NHKが来ませんかね。街が自然に還る日とか。
宇津内駅あとのレポートもぜひお願いします。気をつけて。
白樺駅や蕗の台駅と違って宇津内駅は鉄道が走っていたときに行ったことがありません。当時と比較することが出来ないので行きませんでした。
通行止めは歩行者も入れませんが、それを咎める意図はありません(オブローダー。ただしまれに地方運輸局などから警告あり)。ヒグマにはナタ(と言うかそれ包丁レベル)でもハンドアックスでも勝てません。ご武運を定期バスはなくなってオンデマンドになりそう
ときどき同じような指摘をされるのですが、この道は公道です。路肩が崩壊している箇所があるので車両を通行止めにしているだけのことです。また、鉈は最後の手段です。ヒグマに遭遇しないようにして歩くことを務めております。北海道の山の中を歩くのは50年の経験がありますが、ヒグマに遭遇したのは2回しかありません。その2回とも逃げるヒグマの後ろ姿を見ただけです。
15年ほど前、この道道がまだ通行可能だった頃、車で訪れました。同じように廃線巡りをしたのですが、白樺駅しか見つけられず、ひたすら何もない砂利道を走りました。まだスマホが普及しておらず、自宅にインターネット環境がなかったので、情報不足のまま未消化で撤収しました。ビデオ拝見しましたが、何もない印象しか残っていないので、懐かしさも感じられず。白樺駅の立て看板は撤去されてしまったんですね。
まさかの主さんからの返信、ありがと様です。立て看板というのは、木の板に縦書きで駅名が書かれた看板があったなということです。駅跡にポツンと立ててあったので、ここがそうなんだと分かった訳で。草むらに寂しそうに立ててある看板が、今となっては当時の唯一の記憶です。このルートはかなり距離がありますね。よく歩きましたねえ…。北海道にお住まいの方でしょうか? 私は10年くらい住んでおりました。いい思い出です。ヒグマに気を付けてこれからも良い旅を!
ガードレール壊れているのが切ない。 なんか廃墟みたい。
@@pakuntik1211 深刻ですね
熊よけスプレーはどうしてお使いにならないのでしょうか?🐧
@@pakuntik1211 了解です🐱
熊の縄張りになってしまい、大変、危険なのではないでしょうか?
まあ、危険なのでしょうがあくまで道道です。車両は通行止めですが、公道であることには変わりないかと思っております。
ヨハネスブルグのスラムを、一人で徘徊するより危険な行為ではないでしょうか?
雀ちゅんた 様経験則上、このような場所で一番恐ろしいのはヒグマではなくヒトです。でも、朱鞠内湖の西側にはヒトは居ませんので、たぶんヨハネスブルグよりは安全でしょう(私はヨハネスブルグには行ったことがありませんが)
マップでは道は通ることができるような表示です、(冬季閉鎖)と。「鉈」「鋸」は持ち歩きますがあくまで道を切り開くため、「奴」との戦では接近戦では勝ち目はないと・・なので登山用の金属製の「杖」を用意しています。
是非、ご経験があれば教えてください。登山用の金属製の「杖」でヒグマと戦って、撃退したご経験があるのでしょうか。私は鉈を持って歩きますが、実際にヒグマと接近戦をしたことがないので、お願いいたします。
@@pakuntik1211 護身の極意として「突き」が最も有効と思います。対悪人でもそうですが、相手の「目」だけを見て思いっきり踏み込んで肘を伸ばして顔を突くのです。これで退散してくれなければあきらめるかな・・。幸いなことに今だ経験はありませんが・・。日本刀や槍を持ち歩くわけにはいきませんので。
なんせ、羆、羆、ヒグマが怖いよ! 道民にとっての「ヒグマ」は、オージーにとっての「ジョーズ」と同じなのよ。
くまがでるんですか
出る地域だと言われています。北海道のいたるところにありますけど。
こうやって道も街も歴史から消えて行くのかなぁと思うと寂しくなりますね。特に最後のバスの件は。。
本当に貴重な動画だと思います。
私の父も日鋼開拓団の一人で蕗の台の入植者でした。貴重な動画ありがとうございます。
私が最初に蕗の台に行ったのは1979年です。鉄道があり、家が何軒かあったのを記憶しております。もしかして、貴殿のお父上の家だったかも知れませんね。
もうこの動画何度見ただろう
その度に切なくなる
中々観ることの出来ない場所の貴重な動画、ありがとうございました。
深名線に列車が走っていた頃、北母子里駅から朱鞠内駅まで歩いたことがあります。
その時は道も現役でしたが、かなりのダートだったことを覚えています。
もう今はその道も自然に帰ろうとしているのですね。
貴重な映像をありがとうございました。
朱鞠内に北海道大学職員だった親戚が居ましたので子供の頃に訪れたことがあります。
もう50年以上も前の事です、その当時はまだまだにぎわっていたと記憶しています。
蕗の台跡で宿泊は私でも避けます、勇気がおありですね・・・
記憶がよみがえる映像を有難うございました。
無常感、寂寥感。心ひかれる動画でした。削ぎ落としたようなコメントもまた乾いた叙情が漂う。
あげられていた他の動画で塗師様の年齢が拝察できました。プロフィール写真もあぁ、と思いました。凄まじい胆力と体力に同世代として、心の底から敬意を申し上げます。
私は昨年9月初旬に、深名駅~幌加内~朱鞠内というルートでバスに乗りましたが、深名~幌加内は乗客は三人、幌加内~朱鞠内は私一人でした。PAKさんの時と同じ感じですね。
7年前のことですが両親の法事のついでに道北を車で回ったことがあります。
その時に、前日宿泊した名寄から名寄ー遠別線を走り蕗の台入り口まで行きました。
ちょうど入り口付近で除草作業の方々がおられたのでそこから朱鞠内へ抜け風連に出て
また国道40号線に出ようかと考えていたのですが「無理だ」と言われあえなく撤退。
母子里に戻りそこから275号線を北上して美深に抜けました。
この動画をみせていただいて改めて「なんと無謀なことを考えていたのだろう」と
思わず笑ってしまいました。
P.S. 7年前(2013年3)の時点でバスはもう走っていなかったように思われます。
無事で何よりです。
通行禁止先にある宇津内湖見ることができました。
ありがとうございます。
「通行禁止」ではありませんよ。「車両通行禁止」です。道道ですから、公道です。歩いて行く分には問題ありません。
@@pakuntik1211 さん
わたし、車両通行止めなのは知ってます。
ただ通行止めしかかかなかったので人も通っちゃダメって解釈になったのでしょうか?
ややこしい文面だったんですね。
熊の生息地なので無事に帰ってきて何よりと書きました。
やっぱり、こういうところ歩くのはリスクを伴うと思うので。
@@鈴木真貴子-s3k 様
ご返事ありがとうございます。
このような「車両通行止め」を越えて入るような動画をアップすると「立ち入り禁止区域に無断で入った動画をアップしている」と通報する方がいるので、あのようなコメントになってしまいました。
@@鈴木真貴子-s3k 様
追記します。職業柄(建設業です)熊の生息するような場所にはよく行きます。遭遇したときの心構えを持って、遭遇しないように歩けば良いだけのことです。実際の事故率は交通事故よりも低いと思っております。
草に覆われた道の脇に立つカーブミラーが哀愁を感じます。
何か切なくなりました。でもこういうの好きです。
蕗の台跡に泊まるなんて、なんという猛者でしょう。
なたでは勝てないような・・・ 襲われなくて何よりです。
蕗の台朱鞠内線の蕗の台側の道は、当時砂利が浮いていて結構広い道だと思ったのですが、
年月が経つうちに周りの草や木が伸びて恫道になってしまったのですね。
サラ 様
クマの生息地でキャンプするにはちょっとしたコツがありまして、灯りは点けたまま、ラジオも付けっぱなし、何よりも食べ物の臭いを周囲に出さない(調理などもってのほか)鉈を身近に置いてウトウトするだけ(雨でも降らない限りはテントには入らない) まあ、これで大丈夫です。
蕗の台朱鞠内線は20年ほど前には車で通れました。おっしゃるとおり、砂利道ですが結構広い道でした。
この道道は2001年以来通っていないですね。その時は200のオフロードバイクでしたが、それ以前に750のオンロードバイクで走破した事があります。
朱鞠内側のゲートまでなら去年も行きました。
ゲート横の白いそば畑の横の砂利道が宇津内へ通じる道です。
貴重な動画を有難うございました。西側のゲートが閉ざされて何年経つんだろう・・。10年、15年?? 法面崩落とずっと記載されたままになっていて、今はどうなっているんだろう・・って、ずっと気になっておりました。廃線後に共栄の駅で鍋をやった記憶が今でも新しいです。私が望んでいた雨竜第2ダム〜蕗の台までの状態を詳しく教えて下さりありがとうございました。
雨朱鞠内湖、湖畔に雨竜第一ダムがあってそこから先に進むと第二ダムがありますそんなには道は広くないけど車ではそこまでしか行ったことはありません見た感じまさに原生林の中!今は湖の東側に国道が走っていて車の場合はそこを走ります深名線は一度もりようしたことは有りませんかこの近くの街に住んでいるのでちょっと気になって視聴させてもらいました。
貴重な映像ありがとうございます。
深名線が存続していた頃は、車で通行出来ていたのでしょうか?
まさにライフアフターピープルですね。日本版のロケができそうなので、
NHKが来ませんかね。街が自然に還る日とか。
宇津内駅あとのレポートもぜひお願いします。気をつけて。
白樺駅や蕗の台駅と違って宇津内駅は鉄道が走っていたときに行ったことがありません。当時と比較することが出来ないので行きませんでした。
通行止めは歩行者も入れませんが、それを咎める意図はありません(オブローダー。ただしまれに地方運輸局などから警告あり)。
ヒグマにはナタ(と言うかそれ包丁レベル)でもハンドアックスでも勝てません。ご武運を
定期バスはなくなってオンデマンドになりそう
ときどき同じような指摘をされるのですが、この道は公道です。路肩が崩壊している箇所があるので車両を通行止めにしているだけのことです。また、鉈は最後の手段です。ヒグマに遭遇しないようにして歩くことを務めております。北海道の山の中を歩くのは50年の経験がありますが、ヒグマに遭遇したのは2回しかありません。その2回とも逃げるヒグマの後ろ姿を見ただけです。
15年ほど前、この道道がまだ通行可能だった頃、車で訪れました。
同じように廃線巡りをしたのですが、白樺駅しか見つけられず、ひたすら何もない砂利道を走りました。
まだスマホが普及しておらず、自宅にインターネット環境がなかったので、情報不足のまま未消化で撤収しました。
ビデオ拝見しましたが、何もない印象しか残っていないので、懐かしさも感じられず。
白樺駅の立て看板は撤去されてしまったんですね。
まさかの主さんからの返信、ありがと様です。
立て看板というのは、木の板に縦書きで駅名が書かれた看板があったなということです。
駅跡にポツンと立ててあったので、ここがそうなんだと分かった訳で。
草むらに寂しそうに立ててある看板が、今となっては当時の唯一の記憶です。
このルートはかなり距離がありますね。よく歩きましたねえ…。
北海道にお住まいの方でしょうか?
私は10年くらい住んでおりました。いい思い出です。
ヒグマに気を付けてこれからも良い旅を!
ガードレール壊れているのが切ない。 なんか廃墟みたい。
@@pakuntik1211 深刻ですね
熊よけスプレーはどうしてお使いにならないのでしょうか?🐧
@@pakuntik1211 了解です🐱
熊の縄張りになってしまい、大変、危険なのではないでしょうか?
まあ、危険なのでしょうがあくまで道道です。車両は通行止めですが、公道であることには変わりないかと思っております。
ヨハネスブルグのスラムを、一人で徘徊するより危険な行為ではないでしょうか?
雀ちゅんた 様
経験則上、このような場所で一番恐ろしいのはヒグマではなくヒトです。でも、朱鞠内湖の西側にはヒトは居ませんので、たぶんヨハネスブルグよりは安全でしょう(私はヨハネスブルグには行ったことがありませんが)
マップでは道は通ることができるような表示です、(冬季閉鎖)と。「鉈」「鋸」は持ち歩きますがあくまで道を切り開くため、「奴」との戦では接近戦では勝ち目はないと・・なので登山用の金属製の「杖」を用意しています。
是非、ご経験があれば教えてください。登山用の金属製の「杖」でヒグマと戦って、撃退したご経験があるのでしょうか。私は鉈を持って歩きますが、実際にヒグマと接近戦をしたことがないので、お願いいたします。
@@pakuntik1211 護身の極意として「突き」が最も有効と思います。対悪人でもそうですが、相手の「目」だけを見て思いっきり踏み込んで肘を伸ばして顔を突くのです。これで退散してくれなければあきらめるかな・・。幸いなことに今だ経験はありませんが・・。日本刀や槍を持ち歩くわけにはいきませんので。
なんせ、羆、羆、ヒグマが怖いよ! 道民にとっての「ヒグマ」は、オージーにとっての「ジョーズ」と同じなのよ。
くまがでるんですか
出る地域だと言われています。北海道のいたるところにありますけど。