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QCes
Добавлен 13 май 2008
【宮様手毬 歌ふ】
◆ 紀元節(2/11)に御軍(みいくさ)を偲ひて燕に託す歌 併せて短歌 QCes 平成二十六年
冬ごもり 春去り来れば 我が宿に 妻呼ぶ燕 冬越(こ)しし 南の島を 青雲(あをくも)の 出で立つ時は むらぎもの 心知らねど 里思ひ 海渡るらむ 花慕ひ 山越ゆるらむ 人こそは 国をし思ひ たらちねの 御祖(みおや)を祀る 畝傍(うねび)の 橿原(かしはら)宮の 高光る 日知(ひじ)りの御代ゆ 皇御祖(すめろき)の いや継ぎ継ぎに 知ろしめす 大八洲国 波風の 四方(よも)立ち騒く 大戦(おほいくさ) 御楯(みたて)となりて 顧(かへり)みず 皇御軍士(すめらみくさ)が 勲(いさをし)の 擲(なげう)つ命 愛(うつく)しき 母父(おもちち)がため 置きて来し 妻と子のため わたつみの 海の果(は)たてに 飛ぶ燕 千重波(ちへなみ)越えて 遠つ神 我が大君の 敷きませる 国へ帰らな 春の日の本
◇ (冬ごもり) 春が訪れると わたしの家で 妻を求めて呼ぶ燕 冬越しした 南方の島を (青雲の) 出立する時の (むらぎもの) その心はわからないが 故郷を思って 海を渡ってくるのか 花を慕って 山を越えてくるのか 人というものは 国をこそ思い (たらちねの) 先祖を祀るもの 畝傍の 橿原の宮の (高光る) 神武天皇の御代から 皇祖が 代々受け継いで 治めてこられた 日本国の 波風が 四方に立ち騒ぐ 大戦に 天皇の楯となって 振り返らず 皇軍の 勲功の なげうった命は 愛する 母父のため 故郷に残して来た 妻と子供のため (わたつみの) 海の果てに 飛んでいる燕よ いくつもの波を越えて (遠つ神) 今上天皇の 治めたまえる 国へお帰り 春の日本へ
◇ 萬葉集より反歌 二首
● 今日(けふ)よりは 顧みなくて 大君の 醜(しこ)のみ楯と 出で立つ我は (二十・4373)
○ 今日からは 振り返らずに 大君の つたない護衛者として 出かけていくのだおれは
● 国々の 社(やしろ)の神に 幣(ぬさ)祭り 我(あ)が恋(こひ)すなむ 妹(いも)がかなしさ (二十・4391)
○ 諸国の 社の神々に 幣を捧げて おれを恋い慕っていることであろう 妻の愛しさよ
◆ 紀元節(2/11)に御軍(みいくさ)を偲ひて燕に託す歌 併せて短歌 QCes 平成二十六年
冬ごもり 春去り来れば 我が宿に 妻呼ぶ燕 冬越(こ)しし 南の島を 青雲(あをくも)の 出で立つ時は むらぎもの 心知らねど 里思ひ 海渡るらむ 花慕ひ 山越ゆるらむ 人こそは 国をし思ひ たらちねの 御祖(みおや)を祀る 畝傍(うねび)の 橿原(かしはら)宮の 高光る 日知(ひじ)りの御代ゆ 皇御祖(すめろき)の いや継ぎ継ぎに 知ろしめす 大八洲国 波風の 四方(よも)立ち騒く 大戦(おほいくさ) 御楯(みたて)となりて 顧(かへり)みず 皇御軍士(すめらみくさ)が 勲(いさをし)の 擲(なげう)つ命 愛(うつく)しき 母父(おもちち)がため 置きて来し 妻と子のため わたつみの 海の果(は)たてに 飛ぶ燕 千重波(ちへなみ)越えて 遠つ神 我が大君の 敷きませる 国へ帰らな 春の日の本
◇ (冬ごもり) 春が訪れると わたしの家で 妻を求めて呼ぶ燕 冬越しした 南方の島を (青雲の) 出立する時の (むらぎもの) その心はわからないが 故郷を思って 海を渡ってくるのか 花を慕って 山を越えてくるのか 人というものは 国をこそ思い (たらちねの) 先祖を祀るもの 畝傍の 橿原の宮の (高光る) 神武天皇の御代から 皇祖が 代々受け継いで 治めてこられた 日本国の 波風が 四方に立ち騒ぐ 大戦に 天皇の楯となって 振り返らず 皇軍の 勲功の なげうった命は 愛する 母父のため 故郷に残して来た 妻と子供のため (わたつみの) 海の果てに 飛んでいる燕よ いくつもの波を越えて (遠つ神) 今上天皇の 治めたまえる 国へお帰り 春の日本へ
◇ 萬葉集より反歌 二首
● 今日(けふ)よりは 顧みなくて 大君の 醜(しこ)のみ楯と 出で立つ我は (二十・4373)
○ 今日からは 振り返らずに 大君の つたない護衛者として 出かけていくのだおれは
● 国々の 社(やしろ)の神に 幣(ぬさ)祭り 我(あ)が恋(こひ)すなむ 妹(いも)がかなしさ (二十・4391)
○ 諸国の 社の神々に 幣を捧げて おれを恋い慕っていることであろう 妻の愛しさよ
「 内外詣 」 能 伊勢神宮・祝詞奏上・神楽・獅子舞
内外詣(うちともうで) 能 金剛流 'Uchito-moude'/Noh
内外詣 ・・・伊勢神宮に天皇が勅使を差し遣わされる。勅使のご所望により、神官が祝詞を奏上し、御神徳を称え、臣民のあり方を教示する。そして巫女の神楽、神官が獅子舞を舞う。
金剛流のみの演目。
勅使「光のどけき 日の本や 内外の宮に参らん」
神官・巫女「治まれる 御代の恵みも 神風や 伊勢の宮居に 出づるなり」
「げに君は船 臣は水 水よく船を浮かむなる この日の本ぞありがたき」
内外詣 ・・・伊勢神宮に天皇が勅使を差し遣わされる。勅使のご所望により、神官が祝詞を奏上し、御神徳を称え、臣民のあり方を教示する。そして巫女の神楽、神官が獅子舞を舞う。
金剛流のみの演目。
勅使「光のどけき 日の本や 内外の宮に参らん」
神官・巫女「治まれる 御代の恵みも 神風や 伊勢の宮居に 出づるなり」
「げに君は船 臣は水 水よく船を浮かむなる この日の本ぞありがたき」
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「 翁 」 能 天下泰平・国土安穏・子孫繁栄・五穀豊穣
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翁(おきな/金剛流) 'Okina'/Noh 翁 ・・・能、狂言とは別格の祭儀的で古風な様式を備える。別名「式三番(しきさんば)」と呼ばれ、父尉(ちちのじょう)、翁、三番猿楽(さんばさるがく)(三番叟;さんばそう)の3演目を指す。面そのものがご神体とみなされ役者は舞台でそれぞれ父尉、白色尉(はくしきじょう)または肉色尉(にくしきじょう)、黒色尉(こくしきじょう)の面をつける。老体の神が祝福をもたらすという信仰に関係し、子孫繁栄、天下泰平、国土安穏、五穀豊穣を祈る。 現在の上演では父尉を省略する形が一般的で翁は能役者、三番叟は狂言役者が演じる。 能楽師や狂言師によって演じられるものの、能や狂言とは見なされない格式の高い演目である。能との顕著な違いの一つに、面を着ける場所がある。能においては面は舞台向かって左奥の「鏡の間」において着脱されるが、「翁」では面は舞台上で着脱される。また「鏡...
ありがとうございます
普通のお能と一味違うリズミカルな鼓が好きで、不謹慎かもしれませんがずっとBGMとして流しています。聞き飽きないしほっとします。お能の沼にずぶずぶとハマっております
良かったです
Very important thank.
02:35
これぞ国粋である。
日本語でおk?
やっと 浦島太郎のお話から解放されました。 ありがとうございます。 乙姫様への感謝を舞う翁。新たなる出発。 いやささかえよ もろひとわらえ 亀の呪いは、祝いへと 鶴の軛は、解きはなたれました。 玉手箱 翁の面に 童らの 喜び笑う 鈴の音響く
26:20 千秋万歳の喜びの舞なれば~
oh〜 ノォウ(感嘆)
イケメンワキ方福王様、若くて麗しいですね
센과 치히로의 오물신 가면이 저거였구나 !!
사라져라
素晴らしい日本文化🙏🙏🙏
後半の方の動きはマイケルジャクソンですね。ムーンウォークはこれをパクった説。
幽玄の美。これこそ日本の古典芸能だ。これぞ日本人の本来あるべき正しい生き方だ。
41:37
Actually amazing!
This is like watching live history!! the traditions are deep and beautiful! The actors did a wonderful job helping us understand the importance of Okina!!
日本版ミュージカルだ
令和三年四月十一日 投稿。感謝。
先日、若宗家のシテで拝見して、確認したいところがあったので、丁度お薦めに上がってきて助かりました。
故・藤田先生の笛ではありませんか❣️動画も素晴らしいです。ありがとうございます😊
詞がきを見ることができ、この珍しい曲を拝見できることを感謝致します。
面つけるとこ 何かいけないものをみてしまった感覚
いい顔してますねー❗️ 能面なしでも充分生かされていると思いました。 やっぱりお正月は能ですね。
かっこいいねぇ。 独特の発声とリズム感。 重低音のビブラートが好きやわぁ。 安珍清姫の能もかなり激しいけど これもなかなかのボイパ 裏打ち裏声こぶしがリズムになってるー
雅楽の採桑老がオリジナルらしい。
宿神の形
芸術の終着地点
ご覧なりたい場面を頭出します。青い時間表示を触れて下さい🙇 笛~「とうとうたらり…」…6:49 ツレ 千歳の舞…10:22 シテ 翁 祝言の謡…13:34 祝の舞…17:12 ワキ 三番叟 揉ノ段…33:40 鈴ノ段…44:56 ※鈴ノ段(舞のみ)…48:40
綺麗に伊ってるよなーほんと
能というのは西洋でいえば聖歌や讃美歌みたいなものですか?。宗教的な意味のあるものなんですか?。よくオペラと歌舞伎なんかは比較されていますけど。ミュージカルと歌舞伎でしたっけ。
能は鎮魂の意があります
鈴の段すごい。
Надо полагать, герой переживает глубокую личную драму...
(。>ω<)ノ暇をもて余して 翁に会いに来ました❗✨ ( ゚ 3゚)あれー?みんなゆっくり🐌💨💨だね😃 お腹痛いのかな❔☺️
大河ドラマとかだと、素早く動いてるようなシーンとかありますよね。 まあ時間の関係があるから仕方ないのですが。
最近能に興味を持った者です。知識もほとんどありませんが、翁という能面が神様の面だという事だけ頭に置いた状態でこの動画にたどり着きました。分かりやすく説明も書いてあり、神様の能面は他にもあるんだと勉強になったり、黒式尉が舞っている時の地面に向かって鈴を鳴らす動きは地に種を撒く、五穀豊穣の願いを込めた動きなのかなと考察してみたりとてもいい時間が過ごせました。また、能面を付けて舞っていらっしゃる所を見ていたら涙がポロポロ零れ、浄化されるかのような気持ちになりました。本当に貴重でいい動画をありがとうございます。いつか実際に翁の舞を見に行きたいと思います。本当にありがとう。
水色の人謡が綺麗
空気感は日本人の感性。それこそは能ですね:D ただし能の上演に籠められたそれは・・研ぎ澄まされ、極めてある。余韻、間、うつろい、集約を味わえる自分でありたい。和楽器は一つの音の変化に耳を凝らすことを知って始めて、その楽しみが分かる。言語より短くて強い、意志疎通の在り方。
一生に一度は「翁」を拝見したいものである。なにせ、能舞台の落成式など特別な場面でしか上演されないそうなので‥。
1月の各流派の定期公演ですと、翁が舞台に上がる確率が高いです。年末、3ヶ月くらい前からチェックしてみてください。
@@miokayaha8260 ありがとうございます!
能のことなんてなんもわからんけど 意外とオペラに似てるんだなぁって思った
室町時代のことば
おちんぎん!
日本人は日本人でなくなっている。この動き、正に本来の日本人の動き。素晴らしいと思います。
能、和楽、一糸乱れぬ最高の様式美。静と動のコントラスト。非常に微細な変化を見逃さない心。
この曲を聴き、集中すれば病気も治る。神事とはこういうものか。 神様が舞い降りて、人々と伴にある。最後は阿波踊りを舞う神様だ。 幸せの表現はすごい。
翁の面の口が動いている!すごいからくり
『翁』の正体は住吉神だった! ここに登場する【三人の神様】については、正体不明の【謎の老人】であるとされてきました。 なぜか? 長い間そう伝えられてきたのです。 ところが今回、『ウエツフミ』の記述から、それが【住吉三神】であることが判明しました。 つまり、三人の老人とは、底筒男(そこつつのお)・中筒男(なかつつのお)・表筒男(うわつつのお)の住吉三神のことだったのです。 ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%8F%E5%90%89%E4%B8%89%E7%A5%9E 大分県から発見された謎の古文書『ウエツフミ』によると・・・・ 山幸彦(別名:ヒコホホデミ)と豊玉姫の夫婦が、奈良県の宇陀地方を訪れたときのこと、300歳ほどの老人が三人進み出て、「とうとうたらり」と謡いながらおめでたい舞を奉納します。 その正体を尋ねられると「我は、天皇の御代を守護する住之江の翁である」と名乗り、紫色の雲に乗って飛び去ってしまいます。 【原文は豊国文字で書かれていた】 www.coara.or.jp/~fukura/uetufumidata/uetudata.php?tno=16&sno=18 能楽『翁』は、この逸話を忠実に再現したものと思われます。 ところがなぜか、このことは完全に忘れ去られています。 住吉神とは、ずばり“日本国の守り神”なのです。 神功皇后の三韓征伐のときも、元寇のときも、この住吉神がどこからか登場して我が国の危機を救ってくれました。 つまり、敵国からみればこの住吉神を抹消してしまえば、日本国は容易に滅ぶということです。 私たち日本人が決して忘れてはならない大切な神様、そのことをよく理解していた観阿弥も、この演目に最も力を割いたのでしょう。 そういった目で、この『翁』をもう一度詳細にご鑑賞ください。
能のことは全くわかりませんが、めちゃくちゃかっこよくて、笑みがこぼれます。
A brief introduction to Okina : Okina is probably the oldest Noh repertoire currently in existence. With its root dating back to almost a thousand years ago, it was formed as a sacred ritual that was supposed to bring peace to the land as well as bountiful harvest. Okina is vastly different to any other Noh plays as it was actually formed before the art of Noh was formed. Therefore, although it is technically classified as a Noh piece, it should be considered something different; it is more of a Shinto ritual than a theatrical play. There are three main characters in this piece, the Senzai(the man in blue costume; played by Kyogen actor Yuusuke Takazawa), the Okina(the man in golden robe; played by Shité Noh actor Hisanori Kongou) and the Sanbasou(the man in black costume; played by Kyogen actor Ukon Miyake). Each of them represent different hopes for the Japanese people; the Senzai represents eternal longevity of the Emperor(the name "Senzai" actually means "Thousand-years old"), the Okina representing peace and the Sanbasou representing bountiful harvest. In the older days, there used to be more characters appearing on stage including the Chichino-jou(representing domestic peace and fatherly dignity) and the Enmeikaja(representing long lives for the individual people and filial piety), however these characters no longer appear on stage now. Because the Waki Noh actor is absent in Okina, there is no real plot or storyline for the performance, which adds up to why it is hardly a theatrical play. However there are parts in which each actors participate, of which I shall explain here. An Okina performance always starts with the actor playing Okina bowing deeply on stage. The rest of the cast then appears on stage, and the mesmerizing chanting begins with "Towodou tarari tarari ra~". Nobody knows the real meaning behind the chanting, although it is believed that it has something to do with ancient incantations representing water flowing continuously. Senzai then stands up and starts to dance briskly and energetically; he paves the way for Okina to dance, and aspires for the Emperor's longevity. The dance speeds up gradually, becomes increasingly frenzied, until a sharp flute note cuts in, after which he returns to his seat. While Senzai is dancing, the actor who plays Okina dons his mask(a special mask used only for Okina), and 'becomes' the deity itself. He then aspires for eternal peace on earth, the country of Japan, while dancing majestically and slowly. He finally wishes for eternal happiness, takes off his mask, bows again on stage, and leaves. Then, the Otsuzumi(the larger hand drum that produces sharp snapping notes) player starts playing a very hypnotizing beat along with existing drummers and flutist. Sanbasou stands up, and comes on stage while chanting "Osae, osae, owo, how delightful it is". Without donning his mask, he then starts dancing a very peculiar piece, which involves continuous foot-stomping, representing the footsteps of farmers stomping on the rice field after seeding, in wish of successful germination of the rice seeds. As with the case of Senzai, the dance speeds up, and Sanbasou jumps up and down three times at the very climax, while yelling in extreme excitement. After the initial dance, everything calms down and Sanbasou dons his mask representing an old man with blackened face(also a special mask used only for Okina), 'becoming' the deity itself, and starts a short conversation with Senzai describing how auspicious and delightful the deity is to be with mankind. Senzai then hands him a small bell tree, requests him to dance once more, and leaves. Then, Sanbasou starts his second dance, which involves shaking the bell tree up and down, representing the act of sprinkling water on the rice field. The drummers gradually speed up until everything becomes frenzied and the yells of the drummers become almost ecstatic. Then, the dance suddenly calms down and everything comes to an end. The three sharp notes of the flute and a simple Kotsuzumi(the smaller hand drum that is played on one's right shoulder) beat signals the end of the performance.
thank you for your very helpful remarks
l
そうなんですね!
자세한 설명 감사드립니다만... 그... 왜 여기 있습니까?
수준이.. 전문가 수준입니다.
198l年的魔界轉生地獄篇第一歌平知盛亡靈舞長薙刀縱橫天草四郎首級飛起撲向演者借屍還魂