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22nenji
Добавлен 10 авг 2009
”歌う説教使” 内田司雲師
2017年10月12日 真宗大谷派真念寺(福岡県行橋市)婦人会学習会において、内田司雲師(真宗大谷派浄光寺・福岡県みやこ町)によるご法話をいただきました。引き継続きピアノの弾き語りによるうたを歌っていただきました。
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真宗大谷派日豊教区・四日市別院 親鸞聖人750回御遠忌法要
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2016年4月19日から23日まで、日豊教区・四日市別院宗祖親鸞聖人750回御遠忌法要が厳修された。教区内各組から団体参拝が組まれ一日およそ1000人、法要全体を通して述べ5000人が参拝した。結願は御親修にて勤まり、稚児行列が行われた。また熊本地震の見舞金贈呈、御満座御礼式も併せて行われた。
真宗大谷派日豊教区・四日市別院 親鸞聖人750回御遠忌法要 法話④
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2016年4月21日 第一日中・第二日中法要 法話:大江憲成氏 京都大学大学院博士課程単位取得退学。日豊教区中津組觀定寺住職。九州大谷短期大学前学長、2016年より九州大谷短期大学名誉学長。著書に『人生を丁寧に生きる』(東本願寺出版部)がある。
真宗大谷派日豊教区・四日市別院 親鸞聖人750回御遠忌法要 法話⑤
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2016年4月22日 第一日中・結願逮夜法要 法話:加来雄之氏 大谷大学仏教学科卒業。同大学大学院博士課程満期退学。現在、大谷大学教授(真宗学科)。著書に2012年安居次講「『大無量寿経』の讃歌と問答」(東本願寺出版部)、『仏弟子論としての歎異抄』(真宗興正派教務部)などがある。
真宗大谷派日豊教区・四日市別院 親鸞聖人750回御遠忌法要 法話⑥
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2016年4月23日 結願日中法要 法話:延塚知道氏 大谷大学大学院文学研究科修了。文学博士。大谷大学助手、講師、助教授を経て、1999年大谷大学文学部教授、2014年より大谷大学特別 用教授。著書に『教行信証』―その構造と核心―(法蔵館)、『『浄土論註』の思想究明』(文栄堂)などがある。
真宗大谷派日豊教区・四日市別院 親鸞聖人750回御遠忌法要 法話①
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2016年4月19日 第一日中法要・第二日中法要 法話:田畑正久氏 九州大学医学部在学中に仏教青年会に入り、細川巌師に出遇うことで仏法とのご縁をもつ。仏教と医療の協力関係の文化を創ることを目的に活動されている。
真宗大谷派日豊教区・四日市別院 親鸞聖人750回御遠忌法要 法話③
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2016年4月20日 第二日中法要 法話:牧野佳一氏 大分大学卒。大分県内の小学校、養護学校に勤務の後、大分県教育センター研究員として教育相談に従事、研究部長を経て公立小学校教頭へ。その後、大分県教委特別支援教育推進室長から、大分県立臼杵養護学校、新生養護学校校長へ。その後、筑紫女学園大学教授。その間、大分県警少年課サポートセンターアドバイザー、大分大学客員教授等を勤める。1997年、心身障害児教育財団より「辻村奨励賞」受賞。現在、大分こども発達支援研究所所長、九州大谷短期大学講師。
真宗大谷派日豊教区・四日市別院 親鸞聖人750回御遠忌法要 法話②
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2016年4月20日 第一日中法要 法話:三明智彰(みはるとしあき)氏 早稲田大学教育学部国語国文科卒、東京大谷専修学院卒。大谷大学大学院文学研究科真宗学専攻博士後期課程単位取得満期退学。大谷大学助教授、愛知新城大谷大学教授・社会福祉学部長を経て、現在、九州大谷短期大学学長。九州大谷真宗研究所所長。奥羽教区明教寺住職。曽我学場主宰。
真宗大谷派日豊教区・四日市別院 親鸞聖人750回御遠忌法要 帰敬式
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帰敬式は、古くから「おかみそり」といわれ、如来の教えを依り処として生きる者として、歩みを新たにする大切な儀式です。帰敬式では「おかみそり」を受け、仏・法・僧の三宝に帰依することを誓い、法名をいただきます。本願念仏のおしえを聞きひらき、親鸞聖人を宗祖と仰ぎ、共に仏道を歩まんとする真宗門徒の出発式です。
真宗大谷派日豊教区・四日市別院 親鸞聖人750回御遠忌 本堂修復落慶法要
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真宗大谷派日豊教区では、宗祖親鸞聖人750回御遠忌法要を厳修するにあたり、教区を挙げてその取り組みを推進してきた。記念事業として四日市別院本堂の御修復を計画。約3年の工事期間を経て、御遠忌法要を翌日に控えた2016年4月18日、落慶法要ならびに記念式典が執り行われた。
真宗大谷派日豊教区・四日市別院 親鸞聖人750回御遠忌法要庭儀 稚児行列
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2016年4月23日、御遠忌法要結願の庭儀(稚児行列)が執り行われた。雅楽が鳴り響くなか、隣接する西別院を出発。御門首・鍵役・宗務総長をはじめ、約200名の稚児による行列が四日市の街を練り歩き、東別院本堂へ入堂。東西別院の門前町に彩りを添えた。
真宗大谷派日豊教区・四日市別院 親鸞聖人750回御遠忌法要催事 舞楽
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宇佐市四日市は門前町として栄えた歴史があり、真宗大谷派の別院と浄土真宗本願寺派の別院(西別院)が隣接している。法要期間中には西別院を会場にお借りして、本堂外陣で舞楽が披露され、後堂では教区教化委員会や所属団体による展示が行われた。(2016年4月21日)
真宗大谷派日豊教区・四日市別院 親鸞聖人750回御遠忌法要 御伝鈔拝読
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2016年4月20日、真宗大谷派日豊教区・四日市別院 親鸞聖人750回御遠忌法要 逮夜にて『御伝鈔』が拝読されました。 『御伝鈔』は正式には『本願寺聖人伝絵』といい、本願寺第三代の覚如上人が撰述された絵巻物です。親鸞聖人の伝記として最初のものであり、聖人のご生涯が感銘深いエピソードを交えてなじみやすく述べられています。 4月20日の逮夜は上巻が拝読されました。
真宗大谷派日豊教区・四日市別院 親鸞聖人750回御遠忌 御本尊還座式
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2016年3月16日、真宗大谷派四日市別院では、春彼岸会・永代経に併せて「御本尊還座式」が執り行われた。仮安置していた教務所からご本尊を厨子に乗せて、別院列座・楽僧らが行列。輪番が内陣宮殿内に安置させた。出仕者参詣者一同は、約3年ぶりに本堂に戻ったご本尊に手を合わせた。還座式のあと、安冨信哉教学研究所所長より記念法話をいただいた。
真宗大谷派日豊教区・四日市別院 親鸞聖人750回御遠忌法要 駒札立柱式
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2015年7月31日、日豊教区・四日市別院宗祖親鸞聖人750回御遠忌法要を告げる「駒札立柱式」が執り行われた。夏空のもと、別院院議会議員、別院責 役員、揮毫人、工事関係者等多数の列席を得て、駒札を除幕披露。いよいよ間近になった御遠忌を内外に告知した。
真宗大谷派日豊教区・四日市別院「宗祖親鸞聖人750回御遠忌お待ち受け同朋大会」
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真宗大谷派日豊教区・四日市別院「宗祖親鸞聖人750回御遠忌お待ち受け同朋大会」
善光よ、例え玉の輝く金の御殿なりとも、念仏の声なきところにわれはすまず。我が名を称える人あるところこそわがすみかなり。最近出会い感動した言葉です。長野県善光寺大本願で販売されているありがたい子供向けの本ですが、とても感動しました。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。🙏
ご法話ありがとうございます📿🙏 南無阿弥陀佛
何回聴いてもありがたい御法話です。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
南無阿弥陀仏
タイトルは忘れましたが、延塚先生の本で、奥様が富山県出身と知り、少し驚きました。富山県在住者です、
昨夜夜中に、元居た母教会日本キリスト教団札幌北光教会牧師で、現在東京の日本キリスト教団東京霊南坂教会牧師の後宮よしや牧師の一昨日の説教で、あわごんしょうこうさん知りました。札幌北区島貫慎之しまぬきのりゆきといいます。ウクライナへのロシアの侵略戦争の今、ウクライナとかロシアとか関係なく、あくまでも、命の問題に沈黙させないという視点に立って、あわごんしょうこうの肩より上には絶対に手を上げるなという信条が響きました。毎週日曜日の朝11時から札幌駅南口にて、ウクライナ侵略戦争に抗議する集会がありますが、このタイミングであわごんしょうこうさんのお話しを聞けて良かったです。札幌北区島貫慎之しまぬきのりゆき
第1段だけ?
御伝承拝読始まるのは、12:18から。
僕!八田りゅうじゅん!!! 後の住職だよ!よろしく!
おちんぽ!!
阿波根 昌鴻(あはごん しょうこう)さん、講話 文字起こし facebook.com/notes/1840758829355974/より 「パート1」 や、遠いところから不便な伊江島までいらしてもらって、ありがとうございます。 じつは、全国の活動家の坊〈ぼん〉さんたちが皆、たくさんいらっしゃるということで、わたくしは今日は坊さんたちから、いろいろ平和とか戦争とか人間とか、いうことについて、いろいろお話を聞かしてもらって、勉強しようと考えておりましたら、そうではない、初めての方々が多いということで、わたしの話をお聞きになりたいとのことで、考え方を変えたわけでありますね。 そういうことでありますから――そして、 農民の、無学無能の、この自島(伊江島)の農民が体験したことを報告させてもらって、ご参考になれば、結構、ありがたいと思います。 間違ったところがありましたら、あとで教えていただきたい。 また、ご理解にご不審のところがありましたら、質問なり、ご意見なり、ご自由にされていただきたいと思います。 ま、わかりやすく、頭に浮かんでくることをそのまま申しあげますと、わたしたちは、戦争に日本が負けるまでは、人間ではなかった。犬猫以下であったんじゃないかと思うようになりまして、わたしは63から勉強を始めて、いま93歳か、なったようでありますが、きょうも皆さんと共に、人間になる勉強、なぜ人間は、勉強もする、働きもする、生きておるのか、というようなことについても、勉強したい。 そして、平和でさえあれば、犯罪もない、人間に不幸はない、すべて軍備によって人間は不幸になる、というふうに考えるようになりましたですね、うん。 それでは、戦争の始まりは、昭和16年、あの、八紘一宇〈はっこういちう〉―― 八紘一宇の精神で、東洋永遠の平和を確立する、共存共栄、聖戦である。 そして、日本は神の国、アメリカは鬼畜、鬼の国である。いまで滅ぼしておかないと日本はひどいことになる。といって、看板をかけたもんですから、日本の国民、二百名あまりは、あたらずは〈?〉アメリカ鬼畜ではないよと言うために殺されて、国会議員の五名、国民を苦しめるような戦争はやめなさい、というために、二等兵にとられて南方に送られた。 戦後できた本に書いてありますね。 そのほかの日本中の国民、皆、戦犯である、というふうに考えるようになりました。 そして、日本の純情な青年たち、(伊江島の地図)これ、昭和16年の新聞の切り取り、日本の青年、平和を愛するがゆえに、人間兵器になって出陣する、万歳、君に忠、親に孝。神の国の神風〈しんぷう〉号、飛行機に乗って、ハワイの真珠湾にあるアメリカの軍艦に体当たり。いまも、その軍艦はそのままあると言われます。〈注*1〉 これが、戦争の始まりであります。 (返信の中の「パート2」に続きます)
「パート4」 もう時間のようでありますから、皆さんとわたしと、約一時間、話し合って語り合ったことは、その目的は、お互い百まで生きておっても、喜びだけである。感謝、一生を楽しく送るための勉強、ということに、わたしは考えております。 わたくしは、戦争中、軍の壕の中で、暗い、太陽が欲しい、そして、空気が悪い、水はない、この三つに非常に不自由しましたので、いまは、太陽が毎日ある、一回も電気料取りに来ない、空気、夜昼吸っても、上等な空気、水も飲んでも、いくら飲んでもある、ほんとにありがたい。 そして、道を歩くときは、道を作った人にも感謝する、波止場に行けば桟橋を造られておる、おっ、船を造って浮かべてある、本部〈もとぶ〉着けば、バスに運転手まで乗って出迎えに来ておる、こんなありがたい世の中 . . . こういう世の中でありながら、原爆が足りない、武器が足りない、飛行機が足りないといって、もうソ連が100原爆を作ったと言ったら、アメリカ150、また中国200、こういうような人々は、非常に可哀想な人間である、不幸である、というふうに考え、そして基地、基地は、アメリカのためにも我々のためにも良くない。75%が沖縄に基地があって、その基地で、アメリカが次の戦争の練習ばっかりやっておるから、アメリカの国は予算赤字。立つことができない。片足は日本の援助によって立たされておる、一つの足はドイツの援助によって立たされておるといって、新聞・雑誌にありますね。 ですから、わたしたちは、アメリカの誤りを正して、平和の道を教えていく、これが平和運動というふうに考えまして、いまは、日本の平和憲法は、日本の政府も守ってもらいたい。アメリカも守ってもらいたい。 そして、日本の平和憲法を世界の平和憲法にしよう。皆さん、わたし、世界の良心を持つ教会、お寺、平和運動家、みんなの義務、使命、であると訴え続けておるわけでありますね。お互いには、自分が幸せになるのと同時に、他人も他国も、みんな豊かに幸せにしていく、これをするには、日本の平和憲法を世界の平和憲法にしていきましょう。させる、その義務、使命、それを誇りとして、希望を持って、お互い長生きをして、がんばっていく。これが我々の生きがいであると、信じているわけであります。 以上、もし誤りがあったら、教えていただき、疑問があったら、質問をなされてもらいたいと思います。 お疲れのところを長時間、ほんとに . . . ありがとうございました。 (拍手 8888888888888)
浅井先生🎵
まさかと思って見てみたらそのまさかだった…
阿波根さんの言葉が私の道だったのかも。
団塊世代の小児科医です。最後まで、しっかりと拝見させて頂きました。ありがとうございました。今まで、私なりに長く死に付いて悩んできたものへの解決の道しるべとなりました。明日を思い煩うことなく、今を精一杯生きることの大切さ、病気が治る見込みがない時の心の在り方、又、ガンになる人、ガンでなくなる人が多い今の日本、そこでの医療で欠けているものなど、考えさせられる内容でした。とても勉強になりました。合掌。
女はリードする男に恋し、中立な立場の男には恋しない。 つまり国家が男女同権(中立)になれば一般男性の魅力の低下を招く。 現に「すきな人がいない」で検索すれば多くの女性のコメントが見れる。 心理的には国家が男女同権になれば、国内の未婚の男女や夫婦も男女同権になる。 ・国家が男を立てるようになれば、国内の未婚の男女は彼氏を立てるようになり、夫婦は夫を立てるようになる。そして一般男性の魅力は向上する。
1:08.00あたりから1:45.00の交流会では、日本のいい大人が韓国の学生に言われっぱなしで、まともな受け答えができていない。日本人として史実を検証して反論すべきところはたくさんあるのにと残念に思いました。20年以上前のこととはいえ、日本人がこのような足跡を残すことが歴史問題をより悪い方向へと向かわせる結果になっていると感じます。彼らにとってはこれが日本人の通常の歴史観だと印象付けられたのではないでしょうか。
2014/2/25に日豊教区四日市別院にて、タバコがご縁で立ち話をさせていただきました。直にお会いできる念仏者の声には力があります。一本のタバコでのご縁をいただけたと喜んでおりますし、この映像が以前に増しまして私の宝であります。
「書を捨て」と誰かは言いましたが、「茶は習うな」ですか。 通じるものがありますね。 宗教も同じだと思います。 知識に長ける宗教学者が救われているかというと、それは別の問題。 習い修めるのも大事だけれども、それだけでは「観念」なんでしょうね。 素敵なことをおっしゃったおじい様ですね。
@kuniko1971ify さま ミステリアスなことを排したところに真宗があると思っています。 そういった意味では「夢告」はとても非科学的な感じがしますね。 しかし「夢告」は現代人の感覚と中世の人の感覚とではずいぶん違うようです。 親鸞聖人自身も人生の大事な決断を夢告に拠っていることがあります。 恵信尼様も夫(親鸞)の夢を見たことを非常に大切に思い、それを娘(覚信尼)への手紙に書いたりしています。 現代人の私たちが考える夢と、当時の夢とはとらえ方がずいぶん違うということで、 「勉学を積んだ」かどうかとは関係のないことだと思います。 同様に鍛冶谷さんの「仏書」との出会いも、特別に勉学を積んだからということではないですね。 たまたま触れた『教行信証』の言葉が、鍛冶谷さんの生き方を決定づけたことです。 答えにはなっていませんが、いずれも「ミステリアスなことに出会った」のではなく、 たまたま出会ったことが、自我の思いを超えた「不可思議」としか言いようのないことだったのでしょうね。